ネルフにおいてリツコと白衣の取り合わせは、ごく日常的なものである。
その日エレベーターに乗っているリツコに、わずかな違和感があるのは、
白衣を着ていないからだろうか?
エレベーターのドアが閉まりかけたそのとき、一人の男が滑り込む。
WANDERING CHILD 第拾五話
「やあ、リっちゃん、久しぶり。今から帰るところ?」
「あら、加持君」
軽い口調で話し掛けるこの男のもう一つの顔を知るリツコは、話をはぐらかそうと心に決める。
「どうだい?これから。
リっちゃん、たしかワイン党だったよな?いい店、見付けたんだ」
「私なんかを誘っていて良いのかしら?ミサトは一人で寂しく帰っていったわよ」
「葛城は帰れば一人じゃないからな。
とは言え、告げ口されると困るな。……口止めも兼ねてこれからどうだい?」
エレベーター内に、リツコの含み笑いがこだまする。
「フフフ……
加持君、相変わらずね。駄目よ、今日は早く帰るつもりなの。
猫に餌もあげなくちゃいけないし」
チンという涼やかな音と共に駐車場のある目的の階にたどり着く。
リツコの後ろをさも当然のように加持がついてくる。
「えーと、リっちゃんの車は、たしか……」
「加持君……」
リツコが振り返ると、そこに加持の姿はなかった。
「おーい、早いこと開けてくれ」
再び振り返ると、加持が助手席のドアに手をかけていた。
「わかったわよ。降参」
リツコは一つため息をつく。
「ちょっと、わざとらしいな」
そんな加持の寸評を無視して。
(やっぱり、話すべきなのだろうか……)
シンジは部屋でSDATを聞きながら、一人考え込んでいた。
前回の記憶なら、そろそろ次の使徒がくるはずだ。
それもMAGIをハッキングすると言う方法で侵入してくる、自分にはどうする事も出来ない使徒だ。
リツコに任せるしかない。
だとすれば少しでも情報を教えれば、それだけ有利にことが進むはずだ。
当たり前だが、前回は事前の情報無しでうまくいった。
今回も必要ないのかもしれない。しかし、上手くいくという保証もないのだ。
シンジはしばらく右手を見詰めると、固く握り締めた。
「それで、私に何か御用かしら?スパイさん」
リツコが口火を切ったのは、カートレインを降り、加持のナビゲーションで車を10分ほど走らせたときだった。
「おいおい、やけにストレートだな」
「加持君に持って回った言い方をすると、必要以上に疲れるのよ」
「俺の人徳かな?」
思わせぶりな笑顔。
「さて、どうかしら。それで?」
「いや、なに。リっちゃんはどう決着をつけるつもりなのかなと思って」
「どういうことかしら」
リツコの表情が厳しくなる。
「おいおい、俺は『スパイさん』なんだろ?おとぼけは止めようや、疲れるだけだぜ。
……おっと、次を右だ」
はぐらかすように、軽い口調で話す加持の表情をそっと覗き見る。
しかし研究一筋だったリツコには、加持の表情からは何も読み取る事は出来なかった。
「色々あるのよ。それに、内調だけじゃないんでしょ?」
「おんや。うーん、葛城はうまく騙されてくれているんだけどなあ」
苦笑しながら、人差し指で顎をさする。
「あれだけ内調のスパイだって事があからさまだと、普通は何かあると思うわよ」
「内調の事も一応隠しているつもりだぞ。
葛城なんか必死になってやっと探り当てたみたいだし。
ま、知っているのはリっちゃんを入れて三人だけだろ?なら、かまわんさ。
司令はまだ泳がせてくれる」
「色々あるのね」
「色々あるのさ。
……そこの駐車場に停めよう。そこから歩いてすぐだ」
(僕の目的はサードインパクトを防ぐことだ。
その為にも今、不用意に疑いをかけられる訳にはいかない)
決定的な部分で歴史を変える為には、大きく歴史を変える訳にはいかない。
背反二律。
シンジの顔がさらに厳しくなる。
より確実に使徒を殲滅するためには、リツコに秘密を話さなければならない。
だが、それは大きなターニングポイントになるだろう。非常に大きな賭けになる。
ふううーーー
ため息をつくと、苦笑しながらSDATのイヤホンを外す。
何時までたっても、ループする思考から抜け出せていないことに気付いたからだ。
(とりあえず、お風呂にでも入るか)
気分を切り替えようと、シンジは勢いよくベッドから立ち上がった。
そこは住宅地にある民家を改装した店で、素朴ながら美味い料理といい酒を出す店だった。
「意外ね。加持君ならもっと高級なお店に連れて行くのかと思ったけど」
「仕方ないさ」
器用に肩をすくめる。
「込み入った話をするからな。条件が厳しいんだよ」
「呆れた、やっぱりそのつもりだったのね。嫌ね、裏のある男は」
「表しかない男は薄っぺらだぞ」
一通り注文を済ませた後、口火を切ったのは、やはりリツコの方だった。
「加持君こそどうするつもり?」
「どうって?」
「決着よ。最初に訊いてきたの加持君でしょ」
「うーん」
煙草をくわえるが、店内は禁煙だった事を思い出す。
「煙草が吸えれば、もっとこの店にも来るんだけどなあ」
注文した品が次々に運ばれてくる。
氷竜頭の煮含め、南仏風の煮込み料理、お造りにチーズの盛り合わせといった小皿料理がテーブルの上に所狭しと並ぶ。
ワインも名の通ったものでは無いが、ボディーの強いなかなかのものである。
「結構いけるだろ?」
「禁煙なのを減点しても60点以上あるわね」
「辛口だな。
……実は、宗旨替えしようかと思って」
「え?」
話をはぐらかしておいて、すっと核心を突く。その加持の話術にリツコは一瞬戸惑う。
「決着だよ。最近、死にたくないと思い初めてな」
「今まで、死にたがっていたみたいな言い方ね」
「自分の命が二の次だったのは確かだな。
……おい、そのシシャモは俺のだぞ」
「まったく、レディーの前なんだから見栄ぐらい張りなさいよ。
それも、まじめな話の最中に……」
加持は憮然とした顔をしている。
「なんて顔しているのよ」
思わず脱力して肩の力が抜ける。
その一方で何処までが計算かしらと、冷静に考えている自分に気付いてリツコは肩をすくめる。
「とりあえず生き残るのが第一だな」
そんなリツコの様子を見ながら話を本題に戻す。
「それに人類が滅んじまえば、どうにもならんからそれが第二かな……」
「あら、いまさらネルフにつくつもり?」
「ハハハ……。ネルフがそのための組織ならそうするんだが」
「ネルフが何のための組織か、お忘れ?」
「司令の目的はまだ掴み切れていないからな」
(司令の目的……私は、私の目的は……)
深刻な顔で黙り込んでしまったリツコの、空のグラスにワインを注ぐ。
今度は、フルーティーな新酒の白ワインを注文する。シシャモも忘れずに追加する。
「アスカ……変わったと思わないか?」
「そうね……」
「俺はアスカの事を長い間、見てきた。
アスカには幸せになってもらいたいと思っている。
リっちゃんは……いや、ネルフはアスカの変化を喜んでくれるのかな?」
「それは……」
「アスカは可愛くなった」
「もともと美人よ」
「アスカは泣く事を止めて、一人で生きていく事を選んだ。
そのために自分の外側に、もう一人のアスカを作り上げた。
強気で、攻撃的な自分を。
アスカは美人だよ、外から見るには。でも、不用意に近づくと噛みつかれちまう」
「加持君には懐いていると思うけど?」
「必要以上に踏み込んでこない事を知っているからさ。だから安心して甘えられる。
俺にはこれが限界さ」
そこでリツコは、加持が誰に付いて話しているのか思い当たる。
「碇シンジか……」
「彼には、素のアスカを見せている。そのアスカは綺麗じゃなくて可愛いのさ。
……おっ、俺のシシャモ」
追加の注文が運ばれてくる。
リツコはグラスにワインを注ぐと、じっとそれを見つめている。
「俺はアスカに幸せになって欲しいと思ってる。
リっちゃんは、どう思っているんだい?未来の息子の事は」
「ネルフじゃなくて、シンジ君についたの?」
リツコの言葉に、しばし考える顔になる。
「ま、信頼できるとは思うが、彼については分からないことも多いしな」
「何者なのかしらね、彼は」
「……子供の幸せを願えない男女は幸せになれない」
意外な言葉に、リツコは俯いていた顔を上げる。
「加持君の持論?」
「俺は真実だと思っているがな」
覗き込んでいた、グラスのワインを一息に飲み干す。
「私の決着か……
恋に生きる女には成れない、仕事に全てを賭ける事も出来そうにない。
中途半端な人生になりそうね」
リツコは苦笑しようとして失敗した。
「自分で決めつける必要はないさ
知ってるかい?リっちゃんは綺麗なんだぜ……そして素顔は、その何倍も可愛いんだ」
「あら、今日は口説かれないと思っていたのに」
ふうぅぅぅーと、リツコは大きくため息をつく。
「やっぱり、少しわざとらしいんだよな」
そんな、加持の寸評を無視して。
着替えを持って部屋から出たシンジに、アスカが心配げな声をかけた。
「シンジ、アンタどうかしたの?」
「どうかしたのって?」
怪訝な声を出すシンジ。
「あのねえ、夕飯食べたらすぐに部屋にこもっちゃうし。
今も浮かない顔してるじゃ無いの。
これで心配するなって方がおかしいでしょうが」
怒ったようなその顔は照れ隠しだろうか?ソッポを向く顔は、その声に反して僅かに赤い。
心配してくれていた。シンジにはそのことが酷く嬉しかった。
(でも、まだアスカに話すわけにはいかない)
結局、はぐらかすような笑みを浮かべる事しか出来なかった。
「場所を変えて飲み直すのは分かったわ。で、今度は何処に連れて行ってくれるの?」
「ん?ああ、俺ん家」
ワインを丸々一瓶以上飲んだリツコに変わってハンドルを握りながら、加持が答える。
「まったく、油断も隙も無いわね」
「……だから、さらに込み入った話をするんだから仕方ないだろ」
「ちょっと、もう少し静かに運転してちょうだい。ワインが泡立っちゃうわ」
「葛城じゃ無いんだから、そこまで酷くないだろ。
……まだ聞かせて貰ってないぜ」
「……」
「俺はアスカに、いや子供たちに幸せになってもらいたいと思っている。
その方向で決着をつけるつもりだ。
リっちゃんはどうするつもりだ?
未来の息子……シンジ君だけじゃない、アスカやレイちゃんのこともだ」
「……綾波レイか」
車は、加持の住むマンションにたどり着く。
バックの警告音にまぎれるようにリツコはそっと呟く。
「許してはもらえないわね……」
その時、加持の眉がぴくりと反応した事にリツコは気づかなかった。
シンジは何かを振り払おうとするように、熱めのシャワーを頭からかぶる。
「キャアアァァァーーー」
レイの悲鳴が頭の中をこだまする。
何もしなくても前回と同じように全滅できるかもしれない。
でも、レイも同じように苦痛を味わうことになるのだ。
(何とかしなければ)
だが、いくら考えても、思考の迷路から抜け出すことは出来なさそうだった。
フウゥゥーー
一つため息をついてシャワーを止める。
「何をやってるんだ、僕は」
浴室に、シンジの声が響いた。
「まあ、男の一人暮らしだからな、散らかっているとは思うが気にしないで上がってくれ」
意外と片付いている部屋に座椅子を引っ張り出す。
「大丈夫よ。だてにミサトの友人やってないわ」
「そいつは結構」
「……ホントに自宅ね。
どこか、隠れ家にでも招かれるのかと思っていたわ」
「この町は全てMAGIに管理されているんだぜ?
隠れ家を持つなんて無理だよ。リっちゃんが一番よく知っているだろ?」
加持は悪戯小僧のような顔になる。
「何処まで本当なのかしら?」
「信用、無いなあ」
「人徳でしょ」
「あのな。
……それより、許してもらえないと決めつけるのは自虐でしかないぞ」
はっとした表情になるリツコ。
「聞こえたの?」
「悪いね。耳はすこぶる付きの性能でね」
意地の悪い笑みを浮かべる加持。
「研究してみたくなるわね」
「勘弁してくれよ」
「冗談よ」
「……まったく、心臓に悪い」
「どういう意味かしら?」
「人徳だろ?」
「あ、そう。
……聞かないの?」
加持はリツコに湯呑みを渡すと、自分は缶ビールのプルトップを開ける。
「正直な話、今は手元にある情報の裏を取るので精一杯なんでな。
……聞いて欲しいのか?って、どうした?」
そこには憮然とした顔のリツコがいた。
「湯呑みで、ワインを飲めって言うの?」
「しょうがないだろ、ワイングラスなんて気の効いた物は無いんだから。
俺のぐい呑みのコレクションから、とっておきのを出そうか?」
「それでワインを飲めと?」
「いや……ごめんなさい」
「別に、謝られてもね……」
「そんなこと無いさ。謝っちまえば、結構それで済んじまうもんさ」
「私のした事は、謝って許される事じゃないわ」
相変わらず、加持の話は意外なところから確信をついてくる。
「だからと言って謝る事すらしないつもりか?」
加持の顔がはじめて厳しいものになる。
「加持君……」
泣き崩れそうになるリツコを。加持が受け止める。
「参ったな。こう見えても、俺は葛城に操を立ててるんだぜ」
「嘘つき」
「本当だって」
「この町は、MAGIによって管理されているのよ」
「……えーと、マジ?」
「嘘」
「ぐ……」
「フフフ……やっぱりね」
はあぁーーー
「加持君も、ちょっとわざとらしいわよ」
そんな声を無視して、加持はリツコの耳もとに顔を近づける。
「全ての使徒を殲滅した後、ゼーレが行動を起こす可能性は?」
バッと加持から離れる。
「あなた……」
「俺は『スパイさん』だぜ?」
「……まったく、何処の『スパイさん』なのかしら。
そうね、その可能性は十分あるわね」
「おそらく、そのときMAGIはハッキングされるだろう。
対策を立てておいたほうがいいだろうな」
「ええ」
「このあいだの停電の件もある。早い方がいい」
「あら、誰の仕業だったのかしら」
加持は皮肉な笑みを浮かべるリツコを無視して、話を進める。
「あれは内調の方からの仕事だが、裏でゼーレが動いている可能性もある。
もしもの時は、おそらく戦自を動かすだろうしな……」
一瞬、静寂が辺りを支配する。
「加持君、私はどうするべきかしら?」
「それは俺が決める事じゃないだろう?
……まあ、これだけは確かだ。リっちゃんは幸せになるべきだ」
「私の幸せってなにかしら?」
「それこそ俺に聞く事じゃないだろう?」
「……シンジ君、いい子ね」
「ああ」
「加持君、一升瓶持って来て。日本酒の。
どうせあるんでしょ?とっておきの奴が」
「あるけど……」
「今日は飲むわよぉー!」
「……まあ。ほどほどにな」
「とことんよ」
リツコは、どこか吹っ切れたような晴々とした顔でそう宣言した。
シンジが風呂から上がると、ミサトがビールを飲んでいた。
アスカは部屋に戻ったようだ。
「シンジ君、考えすぎるのもよくないわよ。……MAGIにハッキングしてくるヤツよね。
そうね、私の方からそれとなくリツコに言っとくわ」
見ていた『北海道、地ビール巡りの旅』がちょうど終わったのでテレビを消す。
「まだ先は長いのに、シンジ君の体が持たないわ。
もう少し大人を信頼して、ね」
そして、優しい笑みを浮かべた。それはまるで慈母の笑みだった。
「リツコ。コーヒー、もらうわよ」
翌日、リツコのオフィスにミサトの脳天気な声が響く。
「まったく。私の部屋は喫茶店じゃないわよ。
……それと、大きな声を出さないで。頭に響く」
「二日酔い?珍しいわね」
「あれぐらいで二日酔いとは、……私も歳かしら?」
頭を抱えながら、声を絞りだす。
「あれぐらいって?」
「ワイン一本半と、日本酒7合」
「うわばみ」
「ミサトに言われたくないわね」
「まったく。人が珍しく仕事をしてるってのに」
「私は毎日しているわよ」
「うっ」
こんな機会はめったに無いと、憤然とした態度を見せるもあっさりと返される。
「それで、今度は何をしたの?」
「何って?」
「仕事って始末書でしょ?」
「違うわよ!……対使徒戦のシミュレート」
「大きな声出さないでよ」
頭を抱える。
「ごみん、ごみん。いや、その事でリツコに聞きたい事もあってさ」
「?」
「今までの使徒って、無茶な形のヤツばっかりだったじゃない?
そんで、使徒の形に制限はあるのかなって思ってね」
考えるポーズになる。
「使徒は、光のようなもので形成されているわ。
そして、どのような機関があるのかわからない。
はっきり言って可能性としてはどんな形の使徒が現れてもおかしくないわね」
「てことは、エヴァじゃ対応できない使徒が現れる可能性もあるって事か」
腕を組んだミサトが難しい顔になる。
「ちょっと、エヴァの汎用性を馬鹿にしないで欲しいわね」
リツコの方眉が上がる。
「前回の使徒は、衛星軌道上に現れたわ。
……もし、衛星軌道上から、何らかの方法で攻撃してこられたら?」
「使徒の目的は明確よ。必ず降りてくるわ」
そのとき、施設が破壊されていたら?パイロットに何らかの影響があったら?」
「……」
「あるいわミクロン単位の大きさの使徒が現れたら、エヴァじゃ捕まえられない」
「使徒にコアは必須よ?コアのサイズは知っているでしょ」
「ありえない?」
「そうね。……いや、コアの原理はS2機関。
たしか、あれには未完成の応用理論があったはず。それが正しいのなら、あるいは……」
自らの思考に没入しかけるリツコに、慌てて声をかける。
「ありえるの?」
「これから、研究チームを作って検証しないと。
とりあえずは、否定できないといったところかしら?」
「微妙な言い回しね」
「仕方が無いでしょ。S2理論は門外漢なんだから」
その言葉に、ミサトは意外そうな顔をする。
「そういや、リツコの専門って何?」
「知らなかった?形而上生物学よ。つまり生物を……すでに逃げ腰ね」
「いや、難しい話はちょっち」
「ミサトにも、チンパンジーにもわかるように話すと、エヴァの基礎理論よ」
「チンパンジーと一緒か?あたしは。
えっと、MAGIは?」
「生態コンピューター理論ね。マヤはこっちが専門なんだけどね。
母さんが死んだ後、後を継いでしばらく研究していたからね、準専門ってところかしら?
まあ、あながち関係ないともいえない分野だからね」
「医師免許は?」
「形而上生物学を学ぶのに役立つからついでにね」
平然と言ってのける親友の常識はずれさに、思わず怯みそうになる。
「ついでで取れるものなの?」
「普通は無理ね」
「そ、そう」
「そんなことより、可能性がある限り何らかの対策を立てなくちゃね。
何かいいアイデアは?作戦部長さん」
圧倒されるミサトは、とりあえずうなずいておく事にしたようだ。
「今、思ったんだけどさ。その小さい使徒、細菌みたいにエヴァに感染する可能性は?」
ミサトは態勢を立て直すと、今回の訪問の目的を果たすために慎重に言葉を選ぶ。
「いくら、エネルギー量は同じでも。一匹じゃ無理ね」
「なら、群れで来るとか」
「使徒の特長は、単体の生物って事よ?
……いえ、これもS2の応用理論ならあるいは。そうか、群れに見えても本質的には単体。
これなら可能性はあるか……」
「どーゆーこと?」
「S2理論は私も大雑把な概念しか知らないから、そのつもりで聞いてよ。
S2機関はこの世界と別の次元をつなぐ事で、無限のエネルギーを生み出す装置なの」
「別の次元?」
「どうせ、説明しても分からないのだから、そういうものとして納得しなさい」
説明の途中で邪魔されたリツコは、不機嫌そうに声を荒げる。
科学者と横丁のご隠居の話は、邪魔をしてはいけないのだ。
「その通りなんだけど、なんか腹立つわね」
なおも口を挟もうとするミサトを一瞥して黙らせると、話を続ける。
「それで、本体の核を別次元において、エネルギーだけをこっちに送る事ができれば?」
「ミクロな使徒の出来上がりか」
「そう。そして、群体に見える使徒も、別次元にあるコアは一つのみというわけね」
「ちょっと待って。コアが別次元にあるって事は、コアを破壊できないって事でしょ?」
「大丈夫よ。
別次元からエネルギーを送っているとしたら、それは非常に不安定な状態だわ。
恐らく、A.T.フィールドを応用して安定させているのでしょうけど。
一定以上のダメージを与えられれば、別次元と完全に切り離す事ができるわ」
「つまり殲滅できるって事?」
「こっちの次元ではね」
「なるほど。対策ね、殺虫剤なんてどう?使徒コロリとか」
リツコは、やれやれと肩をすくめる。
「……あるいは、MAGIをハッキングするかもしれないわ」
……まさか、リツコの方から言い出すとわね……
「何か言った?」
「いいえ。それより、使徒がキーボード叩くの?」
「違うわ。
もしミクロサイズの使徒が多数集まって集積回路を形作るとすれば、それは生態コンピューターと本質的には同じものだわ」
「それこそ、エヴァじゃどうする事も出来ないわよ」
「技術部のほうで、対策を考えておくわ」
「頼んだわよ。なるべく急いでね」
プシューというエア音と満足げな顔と共に、ミサトが出ていく。
「ミサト、何か知っているのかしら?
加持君?……それともシンジ君。
加持君も、MAGIのハッキング対策をしてくれって言っていたけれど……まさか?」
「3基とも、自己診断モードに入りました」
男性オペレーターの声にも、疲れの色が見える。
移動テーブルの乱雑さが、徹夜空けである事をうかがわせる。
「第127時定期検診、終了。異状無し。
センパイ、今回は特に念入りでしたね」
マヤの声は疲れが窺えるものの、まだまだ張りがある。
「了解。思うところがあってね。
……ちょっと、顔を洗ってくるわ」
「異常なしか……母さんは今も元気なのに、私はただ歳をとるだけなのかしらね。
……それでも私は母さんを護ろうとしている。いいえ、MAGIを護っているのよ」
つづく