第6話

静寂

少年が体験するであろう、耳が痛くなるほどの

静寂

真っ白い雲の上で
羽を生やした初号機は音もなく羽ばたいている

さらにその上に
弐号機やそのほかのEVAが飛んでいる

役目を全うし、神の元へ召されるのか
それとも飛び続けることで罪を償うのか

静寂は何も教えてはくれない

 


 

「全くなんでこんな時に・・・
いや、こんな時だからこそ来たんだわ・・・ゼーレ・・・」
ミサトは車の中で歯を食いしばっていた。

駿河湾沖にエンタープライズ級の空母が2隻、その他戦艦、巡洋艦、多数、それに大型輸送船が4隻が現れたのはそれからしばらく後のことだった。
まだ月は紅く天空にたたずんでいた。

『こちらは国連軍だ。・・・いや、君たちには委員会とか、ゼーレ、とかいった言葉を使う方がいいかな。』
ミサトが戻るとモニターに大きく映し出された老人達が意味不明な含み笑いをしながらそう言っていた。
『そちらに碇ゲンドウはいるかね。』
中心にいたサンバイザーをした老人が今は亡きゲンドウを呼び出した。
『どうした。この期に及んでしっぽを巻いて逃げ出したか?』
再び意味不明な含み笑いをする老人達。
そこへミサトが応対する。
「碇司令は先ほどお亡くなりになりました。」
ミサトは自分でも驚くほどあっさりと言った。
『そうか。碇は死んだか。』
三度意味不明な含み笑いをする老人達。彼らにはそれしか芸がないのか、それともよほど楽しいことがあったのか、どちらかぐらいしか、ネルフの若い職員は思いつかなかっただろう。
事の正邪は置いておくとして自分の理想や野望に生きて死んでいった者を、鼻でせせら笑うような醜悪な趣味を持つ老人を、ミサトはまるっきり好きになれなかった。
『では冬月はどうした。まさかあやつも死んだわけではあるまい。』
「冬月副司令は重傷により病室でお休みいただいてます。」
『そうか。せっかくいい知らせを持ってきたのだが。』
ミサトは沸き上がる不快感を辛うじて押さえ込みながら、老人達の話と聞こうとした。その時ドアが開くと、そこには片手を三角巾にぶら下げた姿で冬月が出てきた。
「ふ、副司令・・・」
「おちおち寝てる場合でもなさそうなんでね、とりあえず出てきたよ。」
『おや、冬月先生。重傷との話だったが?』
「重傷ですよ。この老体にとってはですが。それより今日はどうしたんですか?」
『さっきも言ったんだが、君たちに話があってね。』
「そのためだけにわざわざ相模湾までいらしたんですか? 全員お揃いで。あいにくですが、こちらもあんまり時間がないんですよ。」
『そうか。じゃあ単刀直入に言おう。
我々はこれからネルフそのものを消滅させる。』
発令塔にざわめきと悲鳴が起きる。
『10分だけ時間をやる。死にたくない者は武器を捨てて表に出ろ。そのものたちを回収次第、総攻撃を仕掛ける。以上だ。』
老人達の含み笑いが聞こえたかと思うと一方的に通信を切られてしまった。

「前回の復讐のつもりでしょうか?」
「それもあるが、国連は・・・いや、委員会は多分日本が邪魔なんだろう。」
「どういうことですか?」
「ネルフの本部があり、EVAがいる。これだけで十分驚異よ。」
「そ、そうですが・・・いくら何でも消滅とまでは・・・」
「さあね。あたしにはもう、誰が何を考えてるかなんてわからないわ。」
ミサトはもうお手上げ、といった様子だった。先ほどマナから聞いた話だけでも、彼女にとっては分からない話の一つだったのだろう。
「ところで葛城君。さっきの10分という話、どう思う?」
モニターには、ネルフ本部上部が映っていた。そこには脱出しようとする者がすでに集まっていた。いまやネルフの命令系統というのは完全に麻痺していた。
「さあどうでしょう。もし約束通り回収したとしても、その後どうするということまで話してませんでしたし。」
「そうだな。しかし、これではもう収拾のつけようがないな。」
「そうですね。」
モニターには多くの人々が集まっていた。
攻撃されるのも、戦うのも、もう限界であると思ったに違いない。
発令塔にいる6人の男女は何も言うことが出来なかった。
この時点でネルフはその機能を全く果たすことが出来ないように思えた。

「時間です。」
マコトが短く伝える。
その場にいる全員に緊張が走る。
「シンジ君はどうしてるの?」
「EVA初号機は無事ですから、大丈夫だとおもいますが。」
「初号機との連絡はまだ取れない?」
「はい。エントリープラグがまだ挿入されてません。」
「しくじったわねぇ、無理にでも連れてくるべきだったわ。上の人々の状態は?」
「我々を除く全員が集結しています。」
「そう・・・。今更なんだけど、何でみんな行かなかったの?」
ミサトの質問に冬月が答えた。
「まあ、私は一応ここの責任者だからな。」
次にマコトが答えた。
「そうですねぇ。葛城さんをおいて行くわけにいかなかった、というのは理由にはなりませんかね。」
シゲルが続く。
「後、もうここ以外はどこに行っても一緒っすよ。」
そしてマヤ。
「先輩を置いていけないです。」
最後はリツコであった。
「どうせ死ぬ気だったしね。だったらミサト、あんたの最期を見届けてからでも遅くないわ。」
そう言ったリツコは笑っていた。
リツコだけでなく、全員がミサトの方に向いて笑っていた。
ミサトは嬉しかった。このときほど仲間というのがありがたいと思ったのは初めてだった。
「ネルフにはもう未練も愛着もないけど、それでもただ黙って潰されるのはごめんだわ。」
前方のレーダーに大型機の反応があった。
それも複数台。確かに上に集まった人間は多かったが、それにしては大袈裟だ。
「マヤ、ちょっとどいてくれる?」
リツコはそう言ってマヤの席に座ると、猛烈な勢いでコンソールを操る。コンソールの上を滑る手と指はまるでスケートリンクで踊るフィギュアスケートの選手のようだ。
「先輩・・・?」
「迎撃システムを全部ここでコントロールできるようにMAGIを接続し直してるの。それをどう使うかはミサト、あなた次第よ。」
「リツコ・・・」
「あんたの最期を見届けるのは別に今じゃなくて良いもの。」
「・・・・・アリガト。」
「どういたしまして。」
二人の親友は多少照れながらその言葉を言った。

『残ったのは君たちだけかね。』
再びモニターに通信が入るとキール・ローレンツはそう言った。
「ええ。やっぱりただ潰されるのはどうやら趣味じゃないんで。」
『そうか。ネルフでも優秀な人材ばかりで私は残念だが。まあ心おきなく予定を変更できそうだ。』
「どういうことです?!」
『判っていてとぼけているのか? まあいい。審判の時間は過ぎた。
やれ。』
そう言うと入った時同様突然通信が切れる。そしてレーダーに映る大型機がその高度を大きく下げてきた。
「あの高度の下げ方、とても人間の収容とおもえないっすよ!!」
「そうだな。あれはセカンドインパクト以前の機体でB52大型爆撃機という。」
冬月がどう呟いたのと同時にミサトが大声を上げる
「迎撃開始!目標は敵大型機!!」
マコトとマヤが忙しく手を動かすと、対空迎撃兵器がB52に照準を合わせ、攻撃を開始した。
「一機も撃ち漏らすんじゃないわよ。でないと上に上がった人が死ぬわ!!」
ミサトの言葉はちゃんと二人の耳に届いたが、目の前の操作で口を利く余裕はなかった。その甲斐あってか、上空にいたB52数機は全部落ちた。
「迎撃システムに損害はありません。ですがもう弾薬が底をつきかけてます。」
シゲルが珍しく焦った声で報告する。
「地上にいる全員をシェルターに退避させて。」
「はい・・・連れ戻さなくても良いのですか?」
「多分そんな余裕はないわ。相手は世界最大級の空母二隻なのよ。」
レーダーに無数の光る点が現れたのはその時のことだった。
ミサトの言うことは現実となって押し寄せてきた。
「それでも間に合うかしら・・・それにシンジ君、動かなくても良いからEVAにのって頂戴。」
ミサトは願った。自分の手が届かないところにいる少年が無事でいることを。

最初の爆撃が失敗に終わったとき、シンジはすでに動いていた。
マナを連れてエントリープラグに乗り込んだ。幸いエントリープラグはEVAの体内に収容されたが、その後は動かなかった。
「シンジぃ、大丈夫かなぁ。」
「大丈夫だよ。ミサトさんが相手じゃ熊も手を出せないから。」
シンジは軽口を聞いてマナを安心させようとしたが、自分の中で自信はなかった。動かないEVAではミサトやネルフのみんな、そしてマナを守るなんて言うことは出来ないのだから。
二人は薄暗いエントリープラグの中でじっとしていた。
そして来た。
二回目の攻撃はシンジの所にも来た。
爆撃によってEVAが大きく揺れる中、マナは為す術もなくシンジにしがみついている。
「くっそぉ・・・うごけよぉ、うごいてよぉ!!」
シンジはそう叫んだ瞬間、不思議な感覚を感じることが出来た。
ネルフに戻ってきて、核爆弾を処分しようとして初号機に乗ったときと同じ感覚だった。
「いける・・のか?」
そう言うと目の前のモニターが突然周りの状況を映し出した。
そこには戦闘機が群がっていた。
「シンジぃ・・・・・・」
「マナ、ごめんね。もうちょっとだけつきあってくれる?」
「うん。その代わりわたしをちゃんと守ってね。」
「わかった・・・」
シンジは言わなかった。その後に「死んでも守る」とは。
それは態度で示すことにした。
シンジは初号機を起きあがらせると、その両の腕で戦闘機を叩きつぶしに入った。戦闘機の爆撃は初号機に届いてもその威力を発揮できなかった。ATフィールドがある限り通常兵器ではEVAの敵ではなかった。
だがしかし、シンジの乗る初号機に攻撃を仕掛けたのは単なる足止めのようであった。その遙か上空から、ネルフ本部の方へ向けて急降下していく戦闘機が無数に見えた。そのことに気が付いたシンジは、とりあえず近くにいる戦闘機を無視しつつ、ネルフ本部へ向けて初号機を走らせる。
「間に合ってくれよぉ・・・」
エネルギーはなし、よくわからないS2機関だけで動かしているのである。隣にいるマナにはまるで信じられないことであった。そしてやっぱり本物は違うなぁ、などと感心していた。
シンジは初号機を走らせ続けると、目の前でやっかいなことが起こっていた。彼にとってその理由は判らなかったが、ネルフの職員らしき人間が右往左往していたのである。そして間もなく戦闘機多数がネルフ本部上空へと到着しそうなのであった。
「な、なんで・・・?」
そう呟いてみても答えは出てきそうになかった。とりあえず彼らと本部施設を守るためにATフィールドを上空に展開させる。その直後、遠距離からの爆撃をきっかけとして、無差別な絨毯爆撃が展開された。

『速く!シンジ君がATフィールドを展開してる間にシェルターへ逃げ込むのよ!!』
本部スピーカーから聞こえるミサトの声もほとんどの人は聞いていない。命を助けてもらうばかりか、無差別攻撃を食らっている人間の心理なんてそんなものだろう。
『速くシェルターへ!!』
ミサトのヒステリックな声がシンジの乗る初号機にも聞こえた。そしてシンジもそうしてほしいと思った。こうもバラバラではATフィールドを張るのも広範囲だし、武器を取りに行く暇もない。なによりいくら永久機関らしい、とはいえいつS2機関が止まるかもわからない。
その間に、都市迎撃システムが迫り来る戦闘機を次々と撃ち落としていた。だがそれでも攻撃はやまない。
『シンジ君!聞こえる?!』
突然音声だけだったが、通信が入る。ミサトである。
「はい、聞こえます、ミサトさん。」
『近くの兵装ビルにパレットガンがあるの、何とか取れないかしら。』
「わかりました。やってみます。」
その後、初号機のしばらく向こうにある兵装ががばっと開き、中にパレットガンが収まっているのが見えた。アンビリカルケーブルもある。シンジはなんとかATフィールドを展開したままその近くまで行くと、その二つを装備した。
「いくぞ。」
そう呟くが速いか、空に群れている戦闘機の集団に向け、パレットガンのトリガーを引いた。
それまで散発的な迎撃システムの攻撃しか受けていなかった戦闘機はうろたえているように見えた。それは誰の目にも明らかだった。
爆弾を全て落とし尽くした戦闘機はさっさと引き上げていく。これ以上この空域にいる必要もなかったし、何より正確な射撃をしてくる初号機にこれ以上つきまとうつもりもなかった。それは次に出てくるものへの畏怖があったからに他ならない。
あらかた戦闘機が引き上げると、地上に出ていたネルフの人間は次第にシェルターの方へとその数を減らしていった。
「マナも今のうちシェルターに行く?」
とりあえず電源と武器を確保でき、一時的に敵を退け余裕の出てきたシンジはシートにしがみついていたマナに言った。
マナは答えなかった。その代わりシンジの腕にしがみついた。
「・・・わかった。ここにいるとすごく危ないけど・・・」
「・・・いいの・・・」
そう言ってシンジの方を見ようとしたマナはモニターに映る8個の白い影を見た。
マナは自分の目を疑った。が、その影は次第に大きくなってくる。
「・・・し、シンジ! あ、あれ・・・」
マナはそれ以上言うことが出来なかった。言ってしまえば現実として襲いかかってくると思った。
「ごめん、マナ。シェルターに行かせてあげられなくなったよ。」
シンジの口調に余裕は全くと言っていいほど感じられなかった。

「み、ミサトさん!」
「ええ、言わなくても良いわ。見えるもの・・・」
マコトはコンソールとモニターを交互に見てミサトに何か告げようとしたが、ミサトは聞くまでもなくモニターを見て確認していた。それはそこにいる全員が見、そして信じたくないことだった。
だがミサトはそれを現実として受け止める覚悟は出来ていたようだ。次々に指示を出す。
「日向君、兵装ビルにありったけの武器を送っておいて。」
「は、はい。」
「青葉君、迎撃システムはどうなってるの?」
「先の戦闘で稼働率は9%まで落ちました。弾薬も後一回、一斉に発射して終わりです。」
「マヤ、初号機の状態は?」
「全て正常です。内部電源も充電完了してます。」
「そう・・・」
その言葉を最期に発令塔は静かになった。
8体の白いEVAが羽ばたいている音以外は。

—–

「というわけだが、君たちはどうする? もちろん此処に居てもかまわんが。」
アスカ達の部屋に司令が来た。
話した内容はネルフが攻撃されたことであった。大型爆撃機の攻撃を確認した後、司令は真っ先にこの部屋にやってきた。
4人の子供達は驚いた。自分たち - EVAを含めて - が、此処に居るにも関わらずその敵とやらはネルフを攻撃しているのである。一方的な殺戮にしかならない、と彼らは思ったのだ。同時にこの時期にEVAを含めて自分たちをネルフに送るという、司令官の考えを疑問にも思った。
「私の建前としては、EVAが此処にあると、この基地が攻撃にあってしまうかもしれない。だから君たちを含め、ネルフに送り返すことにしようと思う。後は私の口からは言えないから察してくれ。さあどうする?答えは早い方が良いと思うが。」
真っ先に答えたのはアスカだった。
「ええ。いくわ。」
そう言って立ち上がった。その表情に迷いはみじんも感じられない。そのアスカにつられるように他の3人も立ち上がって声をそろえていった。
「お願いします。」
「わかった。滑走路の一番端ににC-130が2機準備してある。君たちはEVAを動かして自力で乗り込んでくれたまえ。」
司令そう言うと先導するように部屋を出た。部屋の外で怖い顔をしていた兵士も今は彼らに何かを託すような顔をしていた。
「今度こそ、やってやるんだから。」
アスカは再びその瞳に炎を燃やし始めた。

しかしその後は決して順調でなかった。
二機のC-130にEVA4機が乗り込むのである。しかも固定用の器具など存在しない。4人はどうにか二手に分かれて乗り込むと、EVAの腕や足を使い無理矢理機内に固定させた。ここを攻撃しようとしたが一瞬にしてシンジに捕まってしまったため、内部電源だけは余裕があった。
だがその後も大変だった。何しろこれだけの重量である。規定搭載重量には収まっていたが、所詮それだけである。その上時間は夜間。さらに白いEVAとN2爆雷による被害で滑走路が半分吹き飛んでいるのだ。
「司令、どうやって離陸するんですか?」
「ロケットブースターはまだ余っているだろう。」
基地の整備兵は開いた口がふさがらなかった。C-130にロケットブースターを取り付けて離陸させるなど、聞いたことがない。
「し、しかし・・・」
「じゃあなんだ、ここにEVAを置きっぱなしにして、国連軍が、いや、委員会と呼ばれるものがここを攻撃しに来るのを、指をくわえて眺めてるか?」
「それは・・・・・・わかりました。」
「私は護衛のため自分の機で出る。C-130のパイロットとしては先ほど収容した戦闘機乗りで元気なものを4人連れてこい。」
いくら自分たちの基地を守るためとはいえ、これほどまでに無茶な行動はないだろう。だが司令自らが戦闘機に乗っているのだ。他の兵士の志気が上がらないわけはない。
パイロットはすぐに集まった。所詮、空を飛ぶのが好きで飛行機乗りをやっている連中である。しかもEVA2体を載せ、ロケットブースターで離陸し、建前はともかく本音としては、4人の子供達の仲間を助けるために飛ぶ。彼らがそんな燃える状況を黙って見逃すはずもない。そしてEVAを二機ずつ載せたC-1302機は順番に、そして強引に離陸した。
「もうちょっと優しく飛んでよね。あたしのEVAが傷ついちゃうじゃない。」
無茶な離陸で中に乗っていたEVAがよろけそうになったとき、アスカがそう叫んだのにたいして、さっき碇君に付けられた傷はいいの、とは聞けないヒカリがいた。
その後を先の戦闘同様、司令の操縦するドラ猫が空に向けて飛び出した。

「ねえアスカ、怖くないの?」
ヒカリは同じ機に乗り込んだアスカに聞いた。ヒカリの膝は震えていた。
「ちょっとね。」
アスカは以外にもそう答えた。いつも気丈で怖いもの知らずな彼女は、自分の親友には正直だった。
「あたしだって怖いわ。だって戦いとなれば自分はいつ死んでもおかしくないでしょ。」 アスカはそう言うと一寸だけ遠い目をした。
「前はそうでもなかったわ。自分が死ぬとも思わなかったし、死ぬこと自体も何とも思ってなかった。でも、今は正直一寸怖い。」
「じゃあ何であのとき真っ先に答えたの?」
「なんでだろうねぇ。・・・ネルフのみんなが心配だったからかなぁ・・・」
二人の少女はその真意をわからなかった。だがわからないなりに戦うことで答えを見つけられるかもしれない、そう思うことにした。

——

「ふふふふふふ。たとえEVA初号機でも、この数の量産機にはかなうまい。」
キール・ローレンツがそういうと同席していた老人達全員が含み笑いをした。そこは空母の中の要人用執務室で、自分たちの声は外に漏れることはもちろん、空母自体が爆発しない限り通常のシェルターよりも遙かに高い強度を誇る一室である。自分たちの手を汚さずに事を進めたい保身者たちにとってまさにうってつけの場所であった。
「せいぜいもがいてくれ。そして本部の人間もな。」
老人達が含み笑いをしながら、前のモニターを見ると、ちょうど初号機が空中から襲われるところであった。
初号機はパレットガンを正確に量産機に向けて発射していたが、全く歯が立たなかった。パレットガンの打ち出す劣化ウラニウム弾では量産機の装甲板に傷一つつけることが出来ない。それでも初号機は8体ものEVAを相手に決して怯むことはなかったし、またネルフ本部への攻撃をさせていなかった。
「ほほう。それでも突っ込んでくるところなんかは流石碇の息子だけある。」
「だが力の差を勇気などというバカげたもので埋めようとするあたりはやっぱり子供だな。」
「まったくだ。最近の若い者は何を考えているかわからんな。」
「さっさと負けを認めれば楽に死ねるものを。」
初号機はそれでも攻撃の手をゆるめなかった。接近してきた一体の腕を取り、振り回し、その手にあるロンギヌスの槍を奪おうとした。敵に背を向けて兵装ビルに向かわなかったのは称賛に値したが、新しく現れた量産機の実力を過小評価していたことはいがめない。いつの間にか振り回していたはずが振り回され、槍に突かれそうになったとたん、大きく飛び下がる。そこへ別に一体が襲いかかる。量産機は見事に連携してシンジの乗る初号機へ波状攻撃を仕掛けていた。
「この間使った量産機は連携が取れず、そこを弐号機にしてやられたが、今回はそうはいかんぞ。」
「あのときの教訓を我々が生かしてると思わなかったのか。」
初号期の状況の悪化はすでにそれと見てわかるほどであった。圧倒的な防御力と武器を持つ量産機が連携して初号機に攻撃を仕掛けているのである。しかもその数1対8。これで諦めない方がどうかしているとまで思われた状況だった。
「しかしネルフ本部からの迎撃や援護が全くないのが気にはならんか?」
「ふん。おおかた先の戦闘で弾薬が底を突いたんだろう。追加予算は与えていなかったしな。」
「それにEVA専用の武器を人間が使うわけにもいくまい。」
全員が含み笑いをする中、一人が言う。
「さあ、どこまで楽しませてくれるかな、ネルフの諸君。」
これほど悪趣味な言葉はないだろう。圧倒的な兵力、武器、弾薬、等考え得る限りの武装を施し、偽りの無条件降伏を勧告しておいてさらに無差別な殺戮をしようとして、さらに抵抗する力を失い欠けた者達に投げかける言葉としては。
事実モニターの中の都市迎撃システムは沈黙を保っていたし、EVA初号機は致命傷こそ負わないものの、反撃の手を失っていた。
そして再び老人達の満足そうで品のない含み笑いが始まると思われた頃、艦内放送がなった。
『未確認飛行物体発見!その数3!』
「誰だ、この楽しみを邪魔する者は」
『うち2機はC-130大型輸送機、もう一機はF14トムキャットです!』
「なんだなんだ。ここはベトナムじゃないんだぞ?」
『間もなくネルフ本部上空に達します。』
老人達の目の前にあるモニターにもそれは映り始めていた。
そして当然、ネルフ側でもそれを確認することは出来ていた。

「未確認飛行物体発見!その数3!
うち2機はC-130大型輸送機、もう一機はF14トムキャットです!」
「この期に及んでまだ何か隠し玉があるの?!」
マコトの報告にミサトはうんざりした表情で答えた。先ほどから窮地に立たされている初号機を見ながら、何も打つ手がなかった彼女にしてみれば当然の反応だった。
「戦闘機の方から暗号通信が入ってる模様。開きますか?」
「ええ。」
ミサトは短く答えた。どうせ対したことは言ってこないのだろう、とたかをくくっていた。
『こちらは自衛隊北海道基地司令、東条大佐だ。あなた方の持ち物を返しに来た。』
「えっ?」
『後は現物を見ていただければわかると思う。』
そう通信が入るとドラ猫はネルフ本部上空をフライパスした。そのあとをC-130が通過しようとする。
その時であった。後部ハッチが開き、それぞれEVAが2体、飛び出してきたのだ。
『我々には必要ないものだ。しかもそれがあるために攻撃を受ける可能性があった。だからここにお返しする。』
そういった声はわずかながら笑っていた。
「そ、それはいいけど、何でまた・・・」
『先に言ったとおりだ。霧島君と碇君には「いつでも来なさい」と伝えておいてくれ。
ではあまり大きな声では言えないが・・・
グッド・ラック!』
ミサトと冬月は消え去る3機に向け敬礼をしていた。二人ともその目にはうれし涙がうかんでいた。
「アスカ!聞こえる?」
『ハァイ、ミサト!』
ミサトは嬉しさをかみしめつつアスカに伝えた。
「アスカはアンビリカルケーブルを接続後、他の3機の援護の準備が出来るまでそこで待機。準備が出来次第初号機と連携して敵を殲滅しなさい!」
『わかったわ。』
アスカは深刻で無理難題な命令をいともあっさりと了解した。
了解すると早速手近な兵装ビルからアンビリカルケーブルを引っぱり出し、パレットガンを手に持つと初号機の向こう側にいる敵に向け発射した。その後ろでは若干もたつきながらも援護体制に入る3機がいた。
「さぁーいくわよぉ!」
怖いのか武者震いか。全身を震わせながらアスカはエントリープラグの中で叫んだ。

一方シンジにはそんな状況を把握している余裕は全くなかった。
次々とうんざりするほど量産機が攻めてきては引いていく。自分自身は午前中からこんな夜中まで戦い続けで疲労の色が濃くなる。
もう何がなんだかわからなくなってきた頃、いきなりそれはきた。
自分を援護してくれている者が現れたのだ。そして通信回線が開いた。
『こら!シンジ、しっかりやんなさい!!男の子でしょう!?』
「あ・あ・アスカ!」
『ほらぁ!バカみたいにどもなってんじゃないわよ。また「バカシンジ」ってよばれたいのぉ!?』
「どうしてここに・・・」
『霧島さんのとこの司令が送ってくれたのよ。お喋りはお終い!一気にかたつけるわよ!!』
シンジは驚きもし、嬉しくもあった。自分が慕い尊敬し怖れていた頃のアスカが此処に居たことを。マナはそんなシンジを見て一瞬複雑な顔をしたが、すぐ気を取り直した。彼女は彼女で自分の想いに間違いがないことをすでに悟っていた。
『遅れるんじゃないわよ!』
「アスカこそ!」
初号機と弐号機はそれぞれ紫の弾丸、赤い弾丸と化し目の前にたむろする量産機の群に突っ込んでいく。それをトウジ、ケンスケ、ヒカリの乗る3体が遠回しに援護していた。ここに来て状況は一変した。

「ふん。今頃のこのこと現れて何しに来たんだ?」
「まあそういうな。我々の手間を省きに来たんだろう。」
「そうだな。でなくては北まで行かなくてはならなかったのだから。」
老人達はそこで黙らざる終えなかった。
猛然と突っ込んでくる2体のEVAはそれぞれ完璧な連携を見せつつ2体の量産機を殴り倒し、その手にあったロンギヌスの槍を奪い取ったのだ。
これで量産機の方も、ATフィールドによる防御が不可能になる。
さらにネルフ本部近くで援護する3体のおかげで前に出にくくなっていた。
「なぜだ!なぜあれほどの力があるというのだ!!」
老人達のくだらないダミープラグというプライドはその時あっさりと霧散した。
前衛の2体の赤と紫のEVAはその手に持つロンギヌスの槍で次々と量産機にダメージを与え続けていたのだ。

最初の一体を倒したのはシンジとアスカ二人がかりだった。
シンジが横に大きく薙いだ槍が一体の量産機を上下二つにぶったぎった。もちろんこれだけではやられないきわめて非常識な量産機であったが、初号機の後ろから飛んで現れた弐号機に脳天から左右にまっぷたつにされる。
大爆発を起こし粉々に砕け散る量産機。
その影から地獄の使者のように槍を持って現れる初号機と弐号機。
量産機がダミープラグで動いていなければ、このとき勝敗は決したはずであった。
それほどの圧力を、確かにこの2体は持っていた。

「腕は鈍ってないようだね、アスカ。」
「あんたこそ隣に霧島さん乗せてるのに無茶してるじゃなぁい。」
二人は軽口を叩きながらそれぞれ別の一体に向けて踊り出す。
初号機は頭上から迫ってくる量産機を下からねらい打ちした。先ほど核爆弾を大気圏外までほおり投げた腕力は健在であった。槍がその体を打ち抜き根元まで突き刺さると、翼まで縫いつけてしまった。その落ちてくる量産機にパレットガンを乱射する初号機。先ほどとは違いATフィールドによる干渉がないためあっさりと着弾しダメージを与え続ける。
シンジはさらに初号機を走らせると、その腹に突き刺さった槍を握りしめ、片方の手を量産機の体に突っ込みATフィールドを展開させる。ATフィールドは量産機の体の中で展開され、その体を木っ端みじんに吹き飛ばす。もちろん初号機にダメージはない。

アスカの操る弐号機は華麗に舞っていた。自分に向かって迫り狂う槍の穂先を見極めそして綺麗に体をひねりながらその攻撃をかわす。そして次第に間合いを縮めていくと、一気に自分が持つ槍を大きく振り回す。
振り回された槍に体を大きくえぐり取られた量産機はそのまま大爆発を起こす。そして大爆発からさけるように大きく後ろに飛んだ。
着地した瞬間、背後から別の一体が迫っていることに気が付いた。そのまま身をくねらせてかわそうとした瞬間、シンジの乗る初号機がまっすぐ突っ込んできてそれを串刺しにする。それだけでも止まらず初号機は走り抜けた。そして串刺しのまま槍を大きく薙ぐとS2機関が破壊されたのか、そのまま動かなくなった。
「ちょっとシンジ! あたしの後ろで危ないことすんじゃないわよ!」
「大丈夫だったじゃないかぁ。」
「それは単に結果論でしょぉがぁ!」
そういうとアスカは弐号機をジャンプさせた。着地目標は初号機の側。
そして大きく振りかぶると初号機に迫っていた一体をまたも頭からまっぷたつにした。爆発の直前、弐号機は大きく後ろに飛ぶ。
そして爆発。その影からはATフィールドを展開させた初号機が見えた。
「アスカだって人のこと言えないじゃないかぁ! こっちにはマナも乗ってるんだぞ!」
「あーら。無敵のシンジ様が守ってくれるわよ!」
少し不機嫌にアスカはそういうと次の目標を探し始めた。
シンジはとりあえずアスカの上空にいる量産機に狙いを定めた。そして先ほどとは違ってコアのあるだろう胸部に向けて槍を投げつける。
ものの見事に槍がコアを打ち抜くのを確認したら弐号機に向かって走り始めた。そして爆発のその瞬間、頭上にATフィールドを展開させてその爆発から両機を守る。
「ちょっとシンジ!あんた全然人のこと言えないじゃない、今のはとことん怖かったわよぉ!」
「アスカ!苦情は後で聞く。」
一方的に通信を切ったシンジはそのまま弐号機の側を走り抜け、目の前にいた量産機に突っ込んでいく。
「あんたバカぁ!?槍持ってないのに突っ込んでいってどおすんのよぉ!」
アスカは横から攻めてきた別の一体を適当にあしらいながら叫んだ。だがシンジは全く聞き入れずに突っ込んでいく。
シンジは突っ込んでいきながらも敵の繰り出す槍を避け、思い切り間合いを詰めた。そして左の手で槍を握り動けなくすると、反対の手でもって量産機の頭を鷲掴みにする。
鷲掴みにされ、中にぶら下げられた状態になった量産機はそのまま頭を握りつぶされてしまった。ぐったりとなった状態の量産機を初号機が投げ飛ばし、またも奪い取った槍でコアを貫いた。
そしてその爆発を利用して飛び上がると、弐号機が相手していた量産機の上を取った。そのまま自由落下に身を任せる初号機。そして頭から胴体にかけてを貫かれ、さらに地面に縫いつけられる。初号機は槍を奪い取ると自分が地面に縫いつけた槍に沿って、大きく速く上から下まで振り抜いた。
すでに慣れてしまった大爆発は、ここで一応の終わりを見せた。
両機は片手にロンギヌスの槍を携えて仁王立ちになっていた。
その後ろで炎上する量産機の破片や部品。正にその姿は地獄の業火から現れた使者のようであった。

「て、敵目標・・・完全に沈黙・・・」
「・・・確かに殲滅しなさい、とは言ったけど・・・」
ミサトがアスカに指示を出した後から、今まで発令塔は不気味なほど静かだった。
シンジとアスカが次々と敵をぶち倒していく姿をただ黙ってみていた。
「敵艦隊、引き上げていきます。どうします?」
「ほっといたらいいわ。今回の暴走を黙認するほど国連も間抜けじゃないでしょ。それに今の私達にはもうどうしようもないわ。」
ミサトはそれだけ言うとやっと一息ついた。
そこへリツコがコーヒーを全員分入れて持ってくる。
「はい。とりあえずお疲れさま。ミサトの言うとおり、後は上の方でなんとかしてくれるでしょ。」
一人一人にカップを渡しながらリツコはそう言った。その言葉を聞いてか、ようやく全員に笑顔が戻った。
「今度こそ英雄達を連れ戻してくるわ。みんなはシェルターを開けて全員をだしておいて。後、近くにいるEVAの収容もお願い。」
「はい!」
コーヒーを飲み終わったミサトはそう言うとジャケットを片手に発令塔を出ていった。今度こそ、戦闘は終わったのだ。

EVA両機は戦地から少し離れたところで、その活動をやめていた。
戦闘中にアンビリカルケーブルが切れてしまい、内部電源が無くなってしまっていた。
「あーあ。ここでちゃんとネルフまでかえって行けたら格好良かったのになぁ。」
「そうだねぇ。」
EVAを降りて一休みしているシンジとアスカ。マナはシンジの隣にやはりちょこんと座っていた。
「霧島さんも大変だったでしょう。バカシンジの無茶苦茶な操縦につきあわされて。」
「そ、そんなことないです。シンジ君いつもかばってくれたから。」
「へぇー。シンジがねぇ。あたしん時なんて邪魔しかしなかったのに。」
「あ、あのときはちゃんと最期で手伝ったじゃないかぁ。」
「えーい!問答無用!立ちなさいシンジ!!」
そう言うとアスカは無理矢理シンジを立たせ、自分はシンジのすぐ前に立つ。
彼らの立つすぐ足下ではマナがはらはらしながらその様を見ていた。
「な、何?アスカ・・・」
シンジは最期まで言葉を紡いでいられなかった。
アスカの渾身の張り手がシンジの頬を打ったのだった。
「あのときの仕返し。」
そう言ってアスカはぷいっ、っとシンジに背を向けた。
そしてアスカは万感の思いを込めてその言葉を言った。
「ありがと・・・シンジ」
シンジが聞いた声はそれが最後だった。
その後彼は深い深い眠りにつこうとしていた。安堵という名の微笑みを連れて。

そっか。僕はあのとき、アスカを助けるつもりで、アスカに生きてもらうために、あんな事をしたのかなぁ・・・

それにしてもよかった。アスカもマナも、トウジやケンスケや委員長、ミサトさん達もきっと笑ってる。そうかぁ、僕が守りたかったのはこのことだったんだ。

でも僕はそのためとはいえ、父さんを殺したんだ・・・
父さんだけじゃない、もっとたくさんに人を・・・

一生かけても・・・ゆるしてもらえる・・・わけないよね・・・

「そうだ、シンジ。一生かかっても許さんからな。」

父さん!

「だからお前の一生をかけて私を、そして多くの人を傷つけた罪を償え。」

「だいじょうぶ。シンジならきっとやれるわ。」

母さん!

「私をユイのところまで導いてくれたのは感謝している。」

「シンジ、父さんと母さんは先に行ってるからね。」

だめだよ。僕は、僕は、いっぱいの人を傷つけたんだ、だから・・・

「だから死ぬとでも言う気か?お前はこの私を越えたのだ、もっと自信を持て。」

「だめ。シンジには待つ人がたくさんいるわ。聞こえない?あなたを呼ぶ声が。その人達の笑顔を奪わないためにも、シンジ・・・」

『生きろ』

父さん!母さん!
いっちゃだめだ、いっちゃぁ・・・・・・

夢の中の現 現の中の夢

そして少年は自分を呼ぶ声を聞く。

「・・・こらバカシンジ起きなさい・・・起きなさいよぉ・・・」
「・・・シンジぃ・・・」
アスカとマナがシンジにしがみついて泣いていた。
目を閉じたと思ったら、すでに生命の鼓動が微弱になっていた。
その事を悟った二人はなんとかしてシンジを起こそうとした。泣きながら。

幾度か揺さぶりでシンジは再び意識を取り戻した。

「・・・ふたりとも・・・なんで泣いてるの?」
「シンジ!」
「シンジぃ!」
二人は再びシンジの腕で泣き始めた。
「ばかっ!ほんとに心配したんだから・・・ほんとに・・・」
アスカがそう言うと、その反対でマナが刻々と頷いていた。
「シンジぃ、嬉しくて泣いてるの。シンジが生きてて・・・」
今度はマナの言ったことにアスカがうんうん頷いていた。

シンジはもう一度目を閉じると、大きく深呼吸した。
「そっか・・・僕は生きていかなきゃいけないんだね。
父さん・・・
母さん・・・
わかったよ。」

シンジはそう呟くと父親の理想と、母親の魂の固まりであるEVA初号機に再びその身を預けた。
ふと前を見ると太陽が昇り初めていた。
彼らの行く道を示すかのように一条の光は空高く、はしっていた。