外伝1  雨上がりの後に(前編)

退屈な授業が続いていた。
ただテキストに書いてあることを生徒の持っている端末に流し、そのまま読む。
無味乾燥な授業をただ教師がだらだらと続けていた。
洞木ヒカリは眠気を誤魔化しながら授業を受けていた。
何度欠伸をかみ殺した事だろう。
眠気を追いやるのに苦労していた。
そして、彼女は何度もある場所を見ていた。
何故か其所は空席だった。
本来ならそこには活発な栗毛色の髪をもった少女が座ってるはずだった。

(アスカどうしたのかしら・・・。 昨日は元気だったから風邪って訳でもないし・・・。)
そして、彼女の側にいつもいて、陰日向に支えている少年のいるはずの場所も見た。
やはり其所も空席だった。

(碇君も欠席か・・・。 ネルフか何かの用事かな?)

ヒカリが不安気に二人の席を交互に見ている姿を鈴原トウジは最後尾の席から見ていた。
そして、何か表現出来ない不安に駆られていた。
トウジは何かを感じたのか手元の端末のキーボードを叩いた。

ピッ

トウジがリターンキーを押した次の瞬間ヒカリの端末にメールが着信した。
ヒカリは突然の、それも授業中のメール着信に驚いた。
そして、生真面目なヒカリは授業中にメールを送ると言う行為が許せなかった。
怒り心頭でメールを受信した。
恐らく、送信相手を見て後で注意しようと思っていたのだろう。

>どないしたんや? さっきから碇と惣流の席ばかり見てるやないか?
>何か用事ができたんやろ。 帰りにでも二人の家に寄ってこ。

ヒカリはさっきまでの怒りはどこえやら、トウジからのメールとわかり嬉しくなっていた。
そして、ヒカリは鈴原からのメッセージを読んで力付けられた。
アスカ達の事を心配している友達がいると・・・。

ピリリリィ

その時不意にヒカリの携帯が鳴った。

(キャ。 携帯の留守電入れるの忘れてた。 一体、誰よこんな時に!!)

ヒカリは慌てて携帯を取り、着信を押した。
幸い教師は気がついていないのかそのまま授業を続けていた。

「一体誰よ! 今授業中でしょ!!」

ヒカリは受話器の向こうの相手に怒りをぶつけていた。

「ゴメン・・・。 碇だけど。」

受話器から弱々しい声が聞こえてきた。
それはさっきから心配していた張本人からだった。
ヒカリも相手がシンジとわかり少しは機嫌が良くなったのか、声色が優しいものに変わっていた。
ただ授業中ってこともあり端末のモニターの影に隠れながら通話していた。

「あぁ、碇君。 授業中にどうしたの?」
「アスカ知らない? 家にいないんだ・・・」

そして、彼から次に出てきたセリフがそれだった。
ヒカリはシンジの質問を聞いて一瞬訳が判らず聞き返していた。

「アスカ知らないかって、碇君一緒じゃないの?」

ヒカリはてっきりシンジとアスカは一緒にいるもんだと思い安心していた。
その分反動で言い様もない不安感に捕らわれていた。

「実は家に帰ったらアスカがいないんだ。 だから、学校かなって・・・。」

シンジは不安を隠しきれないでいた。

「アスカ学校に来ていないよ。 ねぇ、碇君一体アス・・・・」

ヒカリがシンジに聞き返そうとしたとき携帯が切れた。
ヒカリはただぼう然と不通音を聞いていた。
そんなヒカリを心配そうにトウジは見つめていた。
早く授業が終われと思いながら・・・。


長かった授業も終わりトウジは早速ヒカリの元へ急いだ。
そんな二人の様子を察したケンスケも近づいて行った。

「どないしたんや委員長。 真っ青な顔してからに! 碇達に何ぞあったんか!」

トウジはいきなりヒカリに質問をぶつけていた。
トウジは授業中のヒカリの態度から二人に何かあったに違いないと確信していた。
ヒカリはトウジの声を聞いた事で少しは冷静になったのかシンジが発したセリフを話していた。

「さっきの電話碇くんからだったんだけど、『アスカ知らないか』ってだけで・・・。」

それだけでトウジ達には十分だった。
おそらくシンジが知らないうちにアスカが消えた。
いつもの夫婦ゲンカ程度ならアスカは学校に来てヒカリにその怒りをぶつけてるはずだ。
そして、友達のトウジ、ケンスケ、ヒカリが仲介して元の鞘にもどる。
ある意味犬も食わぬ夫婦ゲンカの仲介みたいなものだ。
それがきていないとなると余程のことらし。
それぐらいは碇シンジの親友を名乗るトウジには理解出来た。
ただ、アスカが姿を消す理由がトウジには判らなかった。
シンジとのいつもの口ゲンカ程度ではないことはわかる。
他人を傷つける事を極端に嫌うシンジなら、いつも以上の喧嘩をしたならとっくにシンジの方が謝ってる。
そうすればアスカが居なくなると言う事はない。

「委員長惣流がいなくなる理由わかるか? 碇と喧嘩したぐらいで居なくならんやろ。 お前しか今は頼りにならん。 何でもええ思い出してくれ。」

トウジはヒカリに言い寄った。

「でも・・・。」

ヒカリは話す事を躊躇していた。
アスカにとって自我崩壊していた事は知られたくない過去である。
無闇やたらに話すべきことではない。
話す事はアスカのプライベート、特に病に関する事を話す事になる。
それは人権侵害どころの問題じゃない。
かといって話さなかったらアスカを見つける為の情報が不足する。
ヒカリは葛藤していた。

「あっ・・・。」

ヒカリがトウジに話そうとしたとき近遥がぼそりとつぶやいた。

「碇くんの気を引きたいから何処かに消えたふりしてるんでしょ。 汚い女ね!」

それをトウジは聞き逃さなかった。

「何ゆうてかましてんねん!! こんボケが!!!」

それは教室中に響き渡った。
そして、トウジは近遥の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとしていた。

「辞めろトウジ!」
「辞めて鈴原!!」

ヒカリとケンスケが同時にトウジを止めた。
小柄なケンスケは兎に角トウジの振り上げた右腕にしがみついて押えていた。
後ろからヒカリがトウジを抑えていた。
女に殴りかかろうとする鈴原は初めて見る姿だった。
いつもアスカと大げんかしているが、何を言われても殴りかかろうとはしなかった。
それは鈴原のポリシーでもあった。

『男は女子供に手をあげるもんやない。』

そのトウジが今にも近遥に殴りかかろうとしていた。

「離しなさいよ! この野蛮人と唐変木。」

近遥はいきなり殴られそうになって恐ろしかったのか顔面蒼白になりながらトウジに抗議していた。

「なんやてこのアマ!」

完全に頭に来ていたトウジは近遥の胸ぐらを掴んだまま怒鳴り散らしていた。

「お前が何かしたんか惣流に!! この色ボケ!」

それは確信に近いものがあった。

「うっさいわね。 惣流さんがあまりにもオバカだから碇君のかわりに真実を教えただけよ。」

中傷にされた事で近遥のプライドが傷つけられたのか普段とは全く違う口調で近遥も鈴原に言い返していた。

「何さらしたんじゃこのサルが!」
「誰がサルよ! この原始人。」
「トモちゃんは悪くないわ。 悪いのは赤毛ザルと野蛮人のあんたでしょが!」

近遥の取り巻きの末尾までが近遥の加勢に入って話がややこしくなっていた。
そん時冷静に状況を見ていたケンスケが横から口を挟んだ。

「惣流に言った真実ってなんだい。 それに部外者の末尾さんが首を突っ込むべきじゃないと思うけど・・・、それが判らないほど君はバカじゃないだろ。」

冷静なケンスケの発言のお陰でトウジと近遥は喧騒なムードから脱する機会を得た。
そして、分が悪い事を悟った末尾はその場を離れた。
しかし、執拗な目でその場を見つめていた。
それを悟ったケンスケは更に続けた。

「兎に角話してくれないとね・・・。 みんな心配なんだよ、あの二人の事が・・・。 親友だから。」

近遥はケンスケの言葉を聞いてトウジから目をそらしつつ話しだした。

それは昨夜の晩、シンジがテロ組織に襲われ負傷し運ばれた病院の中庭での話だった。
近遥は少しづつ思い出しながら話をした。

『そうよ。 貴方は心の何処かで碇君の死を願ってるのよ。 そうとも知らず碇君は貴方と一緒にいる限りずっと貴方を守ろうとするわ。 そして、いつかは命を落とすの。 貴方を庇って・・・。 あなたの思いが実現するのよ。 碇君なんていらない人間だって願いが。 碇君の死が・・・。』

アスカの瞳は既に光を失い、焦点も定かではなかった。
そして、近遙の言ってることをただ繰り返し呟いていた。

『私がシンジを殺す・・・。』

近遙はアスカの様子に関係なく話を続けていた。

『碇君は貴方の為に命を落とすの。 それを貴方は当たり前の事のように思ってるのよ。 碇君の命なんて何とも思ってないの。 恋人の・・・友達の振りをしているだけ。 内心じゃ碇君の死を、不幸を願ってるのよ。 いつかその願いが叶うことを貴方は心の何処かで願ってるはずよ。 そして、願いが叶って貴方は碇君の事を忘れていつか他の人と幸せを掴むの。 碇君の想いを無駄にして・・・。 そう、裏切るの。 貴方はそういう人なのよ。 今は碇君に御心中のふりをしてるだけ。 いつかきっと碇君を不幸にするわ。 現に今もそうでしょう。 きっと過去にも身に覚えがあるはずよ。 貴方は死に神なのよ。』

それが全てだったと近遥は言った。
しばらく沈黙がその場を支配した。
その静寂を破るかのごとく近遥が話しだした。

「冗談だったのよ。 ちょっと頭に来て・・・。 それでそれを惣流さんにぶつけて・・・。 本当に冗談だったのよ。 それに昔のことでしょ。 忘れたわ!! それにその程度の冗談を真に受けるほうがおかしいのよ。 私のせいじゃないわ。 迷惑なのよ私のせいにされるのが!!」

近遥は自分はエリートだから私に落ち度はないと言いたげにしゃべっていた。

「われな冗談でも言って良いことと悪いことがある。 幾ら友達でも言って良いこととあかんことがあるんや。 それもおのれはわからんのか! それに自分の都合良く言った事忘れるなボケが!!」

トウジは怒りに震えていた。

「冗談を本気にとる惣流さんがいけないんでしょ。 私は悪くないわ。 誰が聞いてもそう思うわよ。 言いがかりつけられていい迷惑よ。 本当に疫病神よあの女! 死ねばいいのよ!」

そこまで言った瞬間トウジの右手が近遥の左頬を叩いていた。

「われ何言い逃れしとんじゃ! われが惣流傷つけたんやろが! 責任転嫁するなこのボケ!!」

さすがにヒカリもケンスケもトウジの怒りを止める気にはなれなかった。

「われの冗談は葬式で万歳三唱する様なもんじゃ。 いてもたろかこの色ボケのが! お前にとって冗談でも相手はそう取れん時があるんじゃ。 冗談でもな人は殺せるちゅうことが判らんのか!」
「あんた何様のつもりよ。 なんらな警察に行って話つけましょうか? 私は何も悪いことしてないわよ。 何か証拠でもあるの! あるなら出して見なさいよ。」

あくまでも自分の正当性を主張する近遥にトウジは言い難い怒りを覚えていた。
おそらく殺意とでも言えば良いだろうか。
そんなトウジを察してケンスケがまた横から口を挟んでいた。

「あのさ近遥さん。 冗談でも言って良いことと悪い事があるのは判るよね。 誰だって自分が原因で人が死んだらいい気はしないだろ。 詳しい事はしらない。 でも、惣流をそう思わせる事を君は惣流に言ったんだよ。 惣流を殺せるだけの事をね。 それだけじゃない。 あの二人は僕らが理解出来ないような苦しみを乗り越えて来たんだ。 それも碇が惣流の分を幾らか背負ってね。 それを惣流は知っていた。 だから少しでも碇の力になりたいと料理や色々頑張ってきたんだ。 それを君は死に神呼ばわりした。 これは許しがたい事だよ。 親しき中にも礼儀ありってね。 兎に角君の発言のせいで今惣流は死の淵にあるかもしれない。 それだけは覚えておくといいよ。」

ケンスケはそう言ってトウジを見た。

「そや。 冗談でも人は死ぬんや。 お前の言った事を相手がどう取るかわからん。 ただ、相手の状況を見てしゃべりや。 もし、惣流とシンジに何かあったらただじゃ済まさんからな。 覚悟しとけ・・・。」

そう言ってトウジは近遥を解放した。

「私が何をしたって言うのよ。 寄ってたかって私を悪者にして! 何様のつもりよ」

近遥はヒステリックに怒鳴っていた。
そんな近遥をにらみながらトウジはヒカリに話しかけた。

「サルが。 自分のした事よう考えや。 兎に角今は惣流の事が心配や。 おいヒカリ携帯かせや。」

そう言ってトウジはヒカリに右手を差し出した。

「う、うん。」

ヒカリは条件反射的に携帯をトウジに渡していた。
トウジは誰からも判らない様に番号を押した。

「あっ、鈴原トウジです。 冬月さんに話があるんですがつないでくれませんか?」

トウジは当然の様に相手に話しかけていた。
向こうからも何か言ってきたのかトウジは返事をしていた。

「そうです。 コードナンバーエフシー539の鈴原です。 回線6番で御願いします。」

しばらく、トウジは黙っていた。
恐らく回線が回されるまでの間だろう、チラチラと近遥とヒカリ、ケンスケを交互に見ていた。

「あっ、鈴原です。 その節は御世話になりました。 ハイ、調子よう頑張ってます。 実はさっき碇シンジ君から電話がありまして・・・ハイ、そうです。 惣流さんの事で・・・ハイ・・・実はクラスメートの子と惣流が喧嘩したらしくて・・・それが原因のようなんですわ。 詳しい事は碇くんが直接彼女に聞いた方がええと思います。 何で惣流がそんな事になったは直接彼女がか聞いた方がええと思います。 彼女の名前ですか・・・・えぇ、近遥と言います。 判りますか・・・・そうでっか。 じゃ、碇くんから連絡があったらそうする様に言っときます。 それでは失礼します。」

トウジはそう言って携帯を切った。

「鈴原・・・。」

ヒカリは携帯を受け取りながら鈴原を心配そうに見つめた。
トウジはヒカリの心情が理解できるのか優しく話しかけた。

「心配せんでええ。 あいつらはきっと戻ってくる。 わしらはそん時に笑って迎えてやればええ。」

そう言ってトウジは近遥を一別した。

「多分碇からお前宛に電話がはいるやろ。 そんときにお前が惣流に言った事を全部話しいや。 冗談やろ。 冗談やったら碇にも話せるはずや。 我がしゃべらんでもワイらがしゃべる。 それにな彼奴等に何かあった時には許さんからな。 友達を傷つけられて黙ってる様な人間とちゃうからな。 覚えとれ、このボケが!!!」

残酷な事をトウジは近遥にさせようとしていた。
恐らくトウジには似付かわしくない行動だろう。
それが親友を傷つけられた怒りがそうさせてるのかどうかは判らない。
しかし、それは贖罪と言ってもいいだろう。
近遥がその罪の重さに気がつけば・・・。

「碇に全部話しいや。 われの落とし前はわれでつけ。」

そう言ってトウジは自分の机に向った。
半泣きで目を真っ赤にした近遥はトウジの後ろ姿をにらみつけていた。

「近遥さん・・・私もちゃんとアスカに謝ってほしい。 冗談でも言って良いことと悪い事があるわ・・・もし、アスカの身に何かあったらその時は・・・。」

ヒカリもそう言って近遥の側を離れた。
最後に残ったケンスケはただ一言近遥に言ってその場を離れた。

「自分の言った事ぐらい覚えておきなよ。」

と。

三人が立ち去った後腰ギンチャクの末尾が近遥の側に来て大声でトウジ達を中傷していた。
そして、近遥が家に帰った直後にシンジからの電話があり、それで自分の犯した罪の重さを知り、その重さに苦しんだ事、その近遥を励ましたトウジ達の姿はアスカが元気を取り戻した時に初めて語られた。