いつもと同じの朝。
いつもと同じの登校。
シンジは『いつもと同じ』を楽しんでいた。
確か、この角を曲がると近遙がいて、朝一からアスカと口喧嘩して・・・。
そら、始まった。
中学生らしくないだの、羨ましいなら羨ましいって言ってみなさいよとか。
ちょっとしたことを騒いで・・・表面上は喧嘩して仲が悪そうだけど、実際は二人とも今の関係を気に入ってるのだろう。
アスカにとっても年相応の同性の喧嘩友達が出来てどことなく楽しそうな表情が増えてきた。
そんな平和な日々をシンジとアスカは永遠に続くものと思っていた何時も通りの朝の通学風景。
そんな、二人の後ろ姿を見ている黒ずくめの男がいた。
その男は黒いワゴンに乗り、バックミラーを使ってシンジ達の様子をうかがっていた。
フロント以外はスモークシールが張られていて中が見えなかった。
そして、その男は無線機に向かって言った。
「目標確認。 任務続行・・・」
その男の目には復讐の炎が揺らいでいた。
そして、空にはネズミ色の雲が太陽に差し掛かっていた。
昼になってから突然の雨に生徒たちは教室での昼食となっていた。
外のうっとしい天気とは裏腹にシンジとアスカは相変わらず熱々だった。
特に、文化発表会後の二人は親友のトウジやヒカリから見ても目に剰るものがあった。
ただ、二人の熱々ぶりは今更ってのがあるので気にかけるものはあまりいなかった。
それに、下手に声でもかけようものならアスカにジト目で睨まれるのがおちだからだ。
しかし、近遙だけは相変わらずシンジにちょっかいをかけていた。
「も~う、碇君。 惣流さんの作った不味いモノなんか食べると食中毒になるよ。 そんなモノより私の料理を食べてよ。 絶対惣流さんもモノより美味しいはずよ。」
そんな、台詞を聞いて正妻のアスカが黙ってるはずがなく
「なにがそんなモノですって!!」
と言い出して口げんかのスタートとなった。
「ま~た始まりよったで。」
アスカと近遙の恒例の昼休みの喧嘩が始まり、ついトウジが口走っていた。
「「またとは何よ!!」」
見事なユニゾンでアスカと近遙はトウジにパンチを決めていた。
そんな二人を後目にシンジは黙々とアスカの作ったお弁当を食べていた。
確かに近遙の言う通り最初の頃のアスカの弁当は酷かった。
それでも、毎日作るようになって最近では結構行けるようになってきていた。
食べ終えたシンジは口げんかに没頭しているアスカに向かって言った。
「アスカ、ご馳走様。 とても美味しかったよ。」
シンジのそんな台詞で近遙との口げんかは終演を迎えた。
アスカはほんのりと頬を紅く染め、照れ隠しの為に逆にシンジにとばっちりがきた。
「な、何よ。 私を放っておいて先に食べてしまうなんて~。 信じらんない!」
しかし、アスカの瞳には歓喜が満ちていた。
放課後になっていつも通りシンジとアスカが帰ろうとしていた。
「トウジ、ケンスケ、ゴメン。 今日アスカの買い物に付き合わないといけないんだ・・・。だから、ゴメン。 先に帰るね。」
シンジはトウジ達に一言入れてアスカの後を追った。 アスカは下駄箱の所にいた。
昼間の近遙との一件からか今日はアスカが晩御飯を作ると言い出したので買い出しにシンジも付き合うことにしたのだ。ところがいざ校門を出ると近遙が待っていた。
「ちょっと、しつこいわね。 何かシンジに用でもあんの?」
アスカは近遙を見つけるやいなや喰ってかかっていた。
「別に惣流さんには関係ないでしょ。 たまたま、帰る方向が一緒で碇君が出てきた所に私もいただけよ。 文句ある!」
近遙も負けじとアスカに喰ってかかっていた。
アスカと近遙は口げんかをしながら帰り道を歩いていた。
そして、朝に近遙と出会った曲がり角に差し掛かった。
キキキキッーーーーーーー
突然曲がり角から黒いワゴン車が飛び出してきた。
「キャー」
近遙が車とぶつかりそうになり悲鳴を上げていた。
「危ない!!」
アスカは持ち前の反射神経を駆使してはねらそうになった近遙を助けた。
近遙とアスカは倒れ込むように歩道に倒れ込んだ。
「アスカ!!」
2~3歩後ろを歩いていたシンジはアスカの名を叫んで駆けていった。
「大丈夫? アスカ」
シンジはアスカを抱き起こすとそう叫んでいた。
「う~ん・・・。 はっ、近遙さんは?」
アスカは咄嗟に助けた級友の身を案じた。
「えっ? あぁ、大丈夫みたいだよ。 それよりアスカは・・・。」
シンジがそうアスカに聞き返そうとしたとき、通り過ぎたはずのワゴンがバックで引き返してきた。
そして、シンジ達の横で突然止まると中から黒いコンバットスーツを着た男が出てきた。
「!!」
シンジは咄嗟に鞄の中の銃に手を伸ばした。
「させるか!!」
シンジはアスカを自分の後ろに退避させつつ照準を一番手前の男に合わせた。
バッキ!!
シンジが照準を合わせた男がシンジの握る銃を蹴りあげていた。
ミサトの形見の銃が中を舞った。
ガスッ!
そして、男の第二撃がシンジの鳩尾に炸裂した。
「グッ・・・。」
シンジは意識が遠くなりそうだった。
うずくまったシンジの上にアスカが覆い被さった。
「ダメ!! シンジを殺させない!!」
アスカは叫んでいた。
そんなアスカの叫びも天には通じなかった。
男が腰から黒光りするベレッタ92Fを取りだし、シンジに照準を合わせた。
照準がシンジの頭に合わされた瞬間アスカは男の腕に飛びついた。
「させない。 絶対シンジを殺させない!」
アスカに腕を押さえられた男はアスカを振り払おうとした。
アスカは必死に捕まっていた。
『ここで離したらシンジが死んじゃう・・・』
好きな人を守りたいが為の力であろう。
普段では考えられない力で男の腕にしがみついていた。
辛うじて意識をつなぎ止めたシンジはふらつきながら立ち上がりアスカともつれてる男に体当たりをした。
「アスカ、逃げて!!」
相手が中学生のシンジにも関わらず不意を付かれた男は突き飛ばされていた。
「でも、シンジを置いていけないよ。」
アスカはシンジに向かってそう言っていた。
「良いから。近遙さんを連れて逃げろ!」
シンジは倒れて気を失ってる近遙をちらっと見て言った。
「でも・・・。」
踏ん切りが付かないアスカにシンジは苛付きながら叫んでいた。
「良いから、早く」
シンジとアスカがひと悶着してる間に男が立ち上がり頭を左右に振って意識をハッキリさせようとしていた。
アスカはシンジの表情を見て泣きながら近遙を背負って逃げようとしていた。
その瞬間。
パーン
男の握った銃の銃口から白い煙が立ちのぼっていた。
「逃がすもんか」
男がそう言ってシンジ達を睨んだ。
男の撃った弾はシンジの足下に着弾していた。
シンジの額に冷や汗がつたった。
TVドラマならここでヒーローか警察が颯爽と現れて悪人をやっつけるだろうが、あいにくこの状況でそれはなさそうであった。
そして、悪いことにさっきの銃声で近遙が目をさました。
「ん・・・・。 えっ!? 一体なに・・・。」
一瞬、状況が掴めない近遙ではあったが、シンジと対峙している男の手に握られてる銃を見て尋常でない状況であることを理解していた。
「逃がしはしないさ。 君たちには死んでもらうよ。」
シンジもアスカもその場で固まっていた。
どう見ても絶対絶命の状況だった。
しかし、シンジの目には諦めの光は灯っていなかった。
「アスカ! 逃げろ!!」
シンジは絶叫すると男に向かって飛びかかった。
「シンジ!!」
パーン
銃声が1つ鳴り響いた。 男が握る銃からまた弾が発射された。
そして、今度はシンジの右足をかすめていた。
激痛に顔が歪むシンジ。 それでも、大切なアスカを守る貯めに立ち上がろうとしていた。
そんな、シンジの表情を見た男の顔は恐怖に支配されていた。
「早くしろ!」
車の中から共犯の男が声をかけた。
「あ、あっ。 判ってる・・・。」
男は何とか正気を取り戻し、シンジの頭に銃を突きつけた。
「これで終わりだ。 寂しくないようにあの女もすぐにあの世に送ってやるよ。」
男はそう言った。
「くっそ・・・。」
シンジは悔しさのあまり涙を流していた。
死ぬことが悔しいのではない。 好きな女の子を、愛する人を守れない悔しさで泣いていたのだ。
「じゃあなっ・・・。」
男はトリガーを引いた。
パーン
乾いた銃声がこだました。
「イヤー!!」
アスカはしゃがみ込んで叫んでいた。
そう、目の前には血塗れのシンジが・・・。
だが、アスカの目の前にあったのは血塗れのシンジではなく、頭を打ち抜かれた男の亡骸であった。
「えっ?」
アスカは次の瞬間シンジの姿を探した。 そして、視界の角に顔面が蒼白になったシンジが入った。
「畜生!!」
車の中にいた共犯がドアも閉めずに急発進した。
しかし、10メートルも走らない内に大音響と共に爆発炎上していた。
少し落ちついたアスカが周囲を見渡したらさっきまで自分たちが歩いていた道に数人の男達が立っていた。 その連中はいつもシンジの射撃練習時に横で射撃をしていた男達であった。
そう、国連軍のMPであった。
「大丈夫ですか。 惣流・アスカ・ラングレーさん。」
MPの一人がアスカに声をかけた。
「えっ? ええ。 私は大丈夫です。 あ、シンジが!」
アスカは近遙をMPに預けてシンジの側に駆け寄った。
幸いシンジの怪我は弾がかすっただけの擦過傷であった。
駆け寄ってきたアスカにシンジは優しく声をかけた。
「アスカ怪我してない? ゴメンね僕が弱いばかりにアスカに恐い想いさせて・・・」
シンジはそう言ってアスカを抱きしめた。
アスカはシンジの鼓動を聞いた瞬間大声で泣きだした。
そんな二人にMPはどう声をかけてよいやら悩んでいた。
そうこうしてる内に救急車が来て3人を運んでいった。
幸いシンジの怪我は軽く2、3日もすれば痛みも引くだろうと言う医者の診断であった。
ただ、犯人ともみ合った際頭を強く打ってる可能性もあるので今日一晩は病院に泊まる事になった。
アスカと近遙はかすり傷程度だったので即時帰宅が認められた。
が、案の定アスカはシンジの付き添いを申し出て看護婦とやり合っていた。
「別に良いじゃないよ。 私がシンジの側にいたらいけないの?」
「ですから、規則で親族以外の方の付き添いは禁止されてるんです。」
「だから、何度も言ってるでしょ。 私とシンジは家族なんだって!」
若い看護婦の頭の固さにアスカの怒りが最高潮に達しようとした時、帰り支度を済ませた近遙がアスカに声をかけた。
「惣流さん、私先に失礼するわ。」
「ちょうど、良いところに来たわ。 ねぇ、ちょっとこの看護婦に言ってやってよ。 私とシンジは家族も同然なんだって。」
アスカのその台詞を聞いた瞬間近遙の表情が曇った。
「ちょっと、いいかしら、惣流さん。 そのことでお話があるの。」
そう言って近遙はアスカを呼びだした。 その後ろではアスカの口げんかから解放されて安堵の色が隠せない看護婦がいた。
アスカと近遙の二人は病院の中庭で対峙していた。
呼び出された理由が判らないアスカの表情と険しい近遙の表情が対照的であった。
そして、気まずい沈黙が二人の周囲を支配していた。
そんな重苦しい空気を最初に破ったのは近遙であった。
「惣流さん。 まず、最初にお礼を言わせてもらうわね。 さっきは助けてくれてありがとう」
「えっ? あぁ、良いのよ。 私たちが無関係の近遙さんを巻き込んだんだから」
アスカは笑顔で近遙の謝辞に対して答えていた。
その瞬間なごやかな空気がアスカの回りにあった。
(なんだ、そんな事か・・・。 わざわざ、お礼を言うなんて近遙さんって結構いい人なのかもね・・・。)
アスカはそう考えていた。
しかし、そんなアスカの想いを近遙が裏切った。
「そうね。 巻き込まれたのよね。 自分でも判ってるんじゃない。 貴方がいると碇君まで危険にさらしてるって。」
近遙の表情が変わった。
「えっ?」
アスカは一瞬近遙の言ってることが理解できなかった。
「惣流さんが生きてる限り碇君が・・・、碇君の命が危険にさらされるって言ってるのよ。」
やっと、近遙の言ってる事が理解出来たのかアスカの瞳孔が収瞳した。
「私がシンジの・・・・命を・・・」
近遙はなおも言い続けた。
「そうよ。 貴方は心の何処かで碇君の死を願ってるのよ。 そうとも知らず碇君は貴方と一緒にいる限りずっと貴方を守ろうとするわ。 そして、いつかは命を落とすの。 貴方を庇って・・・。 あなたの思いが実現するのよ。 碇君なんていらない人間だって願いが。 碇君の死が・・・。」
アスカの瞳は既に光を失い、焦点も定かではなかった。
そして、近遙の言ってることをただ繰り返し呟いていた。
「私がシンジを殺す・・・。」
近遙はアスカの様子に関係なく話を続けていた。
「碇君は貴方の為に命を落とすの。 それを貴方は当たり前の事のように思ってるのよ。 碇君の命なんて何とも思ってないの。 恋人の・・・友達の振りをしているだけ。 内心じゃ碇君の死を、不幸を願ってるのよ。 いつかその願いが叶うことを貴方は心の何処かで願ってるはずよ。 そして、願いが叶って貴方は碇君の事を忘れていつか他の人と幸せを掴むの。 碇君の想いを無駄にして・・・。 そう、裏切るの。 貴方はそういう人なのよ。 今は碇君に御心中のふりをしてるだけ。 いつかきっと碇君を不幸にするわ。 現に今もそうでしょう。 きっと過去にも身に覚えがあるはずよ。」
近遙は自分でも自制が効かなくなってることに気が付いた。 言ってはならないことを言ってしまいそうで、暴走する自分が怖かった。
止めようと心の中で葛藤していただろう。
が、既に自分で抑えられる領域ではなかった。
「だから、惣流さん。 今の貴方に出来ることは碇君を楽にしてあげることなのよ。 そう、貴方のお守りから解放させてあげることなの。 きっと、碇君も解放されたいに決まってるわ。 貴方見たいな子につきまとわれて碇君も可哀想にね。 きっと迷惑してるわ。」
アスカはシンジの迷惑になってると言う近遙の台詞に過剰に反応した。
「私がシンジの迷惑に・・・」
それはアスカにとって死刑宣告に匹敵するものであった。
「そうよ、碇君は優しいから言えないだけよ。 きっと、貴方の存在を迷惑に思っているはずよ。 いなければいいのにって。 死んでしまえばいいのにって。 貴方さえいなかったら幸せな人生を送れるのにって。 そうよ! 貴女はいらない人間なのよ。 だから消えちゃいなさいよ! 私や碇君の前から消えなさいよ。 人殺し! 人間のクズ!!」
アスカは泣いた。 シンジがアスカの事をそう思ってると思い泣いた。
そして、その場から逃げ出した。いや、シンジの存在から逃げだした。
信じていたシンジから存在否定をされたと思ったアスカの心は再び死んだ。
信ずるものを失った人間の心ほど脆いものはない。
そして、一度壊れた心がそう簡単には元に戻らない事はアスカがよく知っていた。
だから壊れないようにシンジを、シンジの優しさだけを信じていた。
そのシンジの優しさを近遙が否定した。
シンジのアスカに向けている優しさのすべてがアスカの思い違いだと。
アスカが逃げ出した後には近遙が一人いた。
そして、彼女も自分の犯した罪の深さに懺悔をしていた。
「私こそ最低だ。 碇君に好かれるはずないよね、こんな子じゃ・・・。」
近遙の周囲には悔恨と言う名の暗闇が覆い、アスカの周囲には絶望と言う名の暗闇が覆った。