第八話 心の中に(前編)

「センセちょっとええかぁ?」

それはトウジの言葉から始まった。
シンジがアスカと昼食を食べてる時にトウジがシンジの側にやってきて、そう言った。

「どうしたの? トウジ。 ここじゃ、ダメなの?」

シンジはアスカの方をちらっと見てから、トウジに聞き返した。

「イヤ・・・。 ちょっとな悪いけど其処まで顔かしてくれへんかぁ・・・」

トウジはそう言って教室を出ていった。

「ゴメン、アスカ。 すぐ戻ってくるから。」

シンジはアスカにそう言ってトウジの後を追った。

「シ・・・シンジ。」

アスカはトウジの態度からただならぬものを感じ不安で一杯だった。
そんな、トウジの態度をヒカリも心配そうな目で見ていた。

「鈴原・・・」

一方、シンジとトウジは誰もいない音楽室の準備室に入っていった。

(一体、何の用だろう・・・? アスカに聞かれたくないってどんな事だろう・・・洞木さんのことかな?)

そうシンジの思考回路が模索していたら突然トウジがしゃべり始めた。
「センセ!!地球防衛バンド再びや!!」

トウジは拳を力一杯握り力説していた。 その後ろにはケンスケがギターアンプに何やら怪しいメカをとりつけていた。

「は?・・・」

シンジは一瞬呆気にとられてしまった。

「そんなこと、別に教室でも良かったのに。わざわざこんな所で・・・。」

シンジは素直に意見を言った。 が、トウジはそんなシンジの意見にこうつけ加えた。

「そや。 別に教室でもよかったんや。 けど、惣流がおったさかいに、言えんかったんや。 わかるやろわいとセンセの中やからさかいな。」

シンジはトウジの言ってる意味が理解出来なかった。

「ふつう、わかんないと思うけど・・・。」

シンジがそう呟くとトウジは思わずぼけていた。

「酷いわセンセ。 わいとセンセの中はそんなもんやったんか。 シクシクシクシク・・・」

トウジは科を作ってしゃべっていた。 でもしっかりすべっていた。
シンジとケンスケはそんなトウジの姿を見てつき合い方を考えていた。
そんな二人の態度を見てトウジも恥ずかしくなったのか咳払いを一つしてからシンジに訳を話し出した。

「ちゃうちゃう。 惣流がおったら私がボーカルよって言い出して、男らしいバンドが目指せへんやろ。 だから、呼び出したんや。」

トウジは側に立てかけていたギターを手に取った。
シンジは何となく理解できたが何故今更バンドなのかが理解できずにいた。

「でも、何でいまさらバンドなの? それに男らしいバンドって言っても・・・」

シンジは素朴な疑問をトウジにぶつけていた。 それに答えたのは影の薄いケンスケだった。

「今度の文化発表会でエントリーしようと思ってさ。 そこで、バンドが復活したわけさ。」

いやな予感がしたシンジは逃げ腰になっていた。

「で、僕に何をしろと・・・。」

聞くだけ野暮だった。 前回のクッキー騒動や普段のシンジの振る舞いから女生徒のファンが急増していた。 ケンスケが裏で取り仕切るファンクラブまであるくらいだった。

「決まってるだろ。 ボーカルだよボーカル。 メインボーカル!」

ケンスケはシンジの参加の了解を取らずに決めていた。
多分、もてない君のケンスケが目立ちたいばかりに企画したのだろう。

「はぁ~。 そんなの出来ないよ。 だって、人前で歌うんだろ。 恥ずかしいよ。 絶対出来ないよ。」
「とにかく、もうエントリーしちゃったんだ。 頼むよシンジ。 俺を男にしてくれ。 僕には君しかいないんだ~~~~~。」

しかし、そんな事では諦めきれないケンスケはシンジを説得した。
渋々了解したシンジは渋ちん顔で教室に戻った。
シンジが教室に戻るや否やアスカが駆け寄ってきた。

「どうシンジ? 鈴原に痛いことされなかった? 怪我してない?」

アスカは目を潤ませてシンジに詰め寄った。

「えっ? あぁ、大丈夫だよ。 そんな事じゃなかったから。 心配いらないよ。」

シンジはそう言って満面の笑みをアスカに返した。 そんなシンジの笑みを受けてアスカは思わず赤面した。

「じゃあ、一体何だったのよ? 言いなさいよ。 私に言えない訳でもあるの? さあ、白状しろ碇シンジっ!!」

アスカは照れ隠しにうわずった声でシンジに聞いた。

「いいや。そんな事ないよ。 ただ、ここじゃ言い難いから家に帰ってから話すよ。」

シンジは誰にも聞こえない様にアスカの耳元でそうっと囁いた。
が、傍目から見るとシンジがアスカの頬にキスをしてる様に見えた。

「ちょ・・・ちょっと、あなた達。ここを何処だと思ってるのよ。 よりにもよって教室でキスするなんて!! もー許せない。 惣流さん! 碇君から離れなさいよ!!」

そう叫んだのは前回クッキー対決で負けたことを根に持っていた近遙だった。
そんな、近遙の叫びにアスカが反論した・・・と言うより、火に油を注いだ。

「何処でキスしようがあんたに関係ないでしょ。 私たちは愛しあってるから良いのよ何処でしたって!! それとも、羨ましいの? 羨ましかったらあんたも彼氏の一人ぐらい作ってキスの一つぐらいしてみなさいよ!」

恒例のアスカvs近遙の口喧嘩が始まった。 こうなっては誰も止められない。
シンジもとばっちりが来ないようにしっかり避難していた。
「アスカ、ゴメン。 ちょっと、待っていてくれるかな? 30分程で用事済むから。」

放課後シンジはアスカに教室で待っている様に言って教室を後にした。
アスカは一瞬寂しそうな瞳をしたもののシンジの御願いだからといって待つことにした。
そして、シンジはアスカを教室に待たせておいてから音楽準備室に急いだ。

「センセ、遅いで。 2分も遅刻や。 妻帯者は辛いでんなぁ。」

部屋に入るなりトウジが冷やかしを言ってきた。

「ゴメン、ゴメン。 で、決まったの曲。」

シンジはトウジの冷やかしを無視してケンスケに聞いた。

「いいや。 取りあえず、僕がキーボードでトウジがドラムでシンジがギターってとこまではね決まったけど、後はまだだよ。」
「そうなんだ。 で、どうするの?」

アスカを待たせてるから気が焦っているのだろかシンジは結論を急がせた。 

「まあ、今日の所は各自でやりたい曲を探してきて、明日からでも練習を開始しようかと思ってるんだ。」

ケンスケはそう言って、スケジュールを調整しだした。

「シンジは何かやってみたい曲あるかい?」

ケンスケはそうシンジに聞いた。

「今直ぐにはちょっと・・・。 明日までには決めてくるよ。」

シンジは気が進まないのか消極的な返事だった。

「頼むよ。 なんていってもシンジがこのバンドのメインボーカルなんだからな!」

ケンスケは力説していた。

「それじゃ、僕アスカを待たしてるから・・・。」

シンジはそう言って部屋をでた。

「妻帯者は辛いの・・・・って、行ってしもたがな。 艦載機並のダッシュ力やな・・・。」

トウジはシンジの去った後を見てそう言った。

「しっかり教育されてるな。」

ケンスケはシンジの後ろ姿にそんな感想を漏らしていた。
その日の夕食時にアスカはシンジに一連の経緯を尋問していた。 やはり気になるのであろうか、シンジがいくらはぐらかしても執拗に聞いてきた。
そんな、アスカに根負けしたシンジはついつい喋ってしまった。

「え~っ。 バンド!」
「う、ゴメン。 別にアスカをのけ者にする気は無かったんだけど。 トウジ達が・・・。」

シンジは申し訳なさそうに言った。

「そんなこと気にしてないわよ。 なんでもっと早く言ってくれなかったのよ。 シンジ達がバンドするなら幾らでも手伝うのに。 マネージャとかさコーラスで・・・。」

アスカはご機嫌斜め風の口調で言った。

「ゴメンよ。 今回だけはどうしても男だけでバンドがしたいって言うからさ・・・。」

シンジはアスカの機嫌を治そうと必死に言っていた。
そんなシンジの姿を見てアスカもこれ以上シンジを困らせたくないのか話の方向を変えた。

「良いわよもう。 別にボーカルとかしたい訳じゃないから。 それより、シンジ。 何歌うの?」
「いや・・・。まだ決めてないんだ。 明日までには決めておかないといけないんだけど。 何を歌ったらいいのかわからなくてさ・・・。」

シンジはしどろもどろで言った。

「もう、男のくせに情けないわね。 そんなのぱっぱと決めちゃえば良いのに。」

アスカはいつもの調子でシンジに食ってかかた。 しかし、そんなやりとりが二人にとって大切なコミュニケーションであることは疑う余地もない。

「じゃ、私が決めてあげようか?」

アスカはシンジにそう言ってシンジの瞳を見つめた。
その瞳には何かいいたげなモノが込められていた。

「えっ? あぁ・・・良いよ。 アスカには当日聞いてもらいたいから。 それまでは内緒にしたいから・・・。」

シンジはそう言って赤面した。 我ながらくさい台詞だと思ったのだろう。

「そうなんだ。 じゃ、いい。 当日のシンジの歌を待ってるから。」

アスカはそう言って女神の様な微笑みを浮かべた。
翌日の放課後シンジ達は準備室で曲の打ち合わせをしていた。

「えっ~。 今時そんな曲のバンドスコアーなんて手に入らないよ。 ネットのMIDIデータだってあるかどうか判らないし・・・。 やっぱ、無理だよ。」

ケンスケはシンジの言い出した曲にクレームを付けていた。

「でも、僕はこれ以外の曲ならお断りだよ。 S-DATがあるから其処からスコアーぐらい落とせるよ。」

それでも、ケンスケは納得がいかないみたいで反対を続けていた。

「それでも、時間を計算したら無理だよ。 シンジ考え直してくれよ。」

そんな、ケンスケの意見にもシンジは耳を傾けずとうとう平行線になってしまった。
そんな二人の会話を聞いていたトウジが沈黙を破った。

「なぁ、ケンスケ。 元はと言えばわいらがシンジを無理矢理ボーカルにしたいちゅうて入れたわけやろ。 そやったら、シンジの無理も聞いたらのとあかんのとちゃうか。 わしはシンジが歌いたいちゅう曲でいいと思うで。」

トウジはそう言って、シンジが持ってきたS-DATのテープを再生し始めた。
乗りのいいテンポで曲が準備室に満ちた。

「なあ、結構ええ曲やで。 シンジが歌いたがるのも何となく判るよってに・・・、シンジの言うとおりこれでいこ。 決定や。」

トウジがそう決断してしまっては2対1でケンスケには勝ち目がない。 諦めたケンスケは渋々シンジが持ってきた曲にゴーサインをだした。
が、ちょうどその時近遙が準備室に飛び込んできた。

「ちょっと、まったぁ!」

ひと昔前のTV番組の告白タイム並の大声であった。
そして、それは波乱の幕開けのサインでもあった。