第伍話 転機

シンジの入院は1カ月にも及んだ。
幸い右足に後遺症は残らず元の元気な姿のシンジが戻っていた。
ただ、その1カ月の間にシンジとアスカの中はかなり改善されていた。
アスカは毎日自分の病室からシンジの病室に通い、シンジの身の回りの世話を焼いていた。
時には若い綺麗な看護婦がシンジの世話をしているとやきもちを焼いて、看護婦の仕事を取ったことさえあった。
伊吹マヤが見舞いに来たときでさえ、四六時中マヤをにらんでいた。
後日マヤが同僚に語った所によると『生きた心地がしなかった』らしい。
食事もアスカがシンジに食べさていた。
ただ、アスカの世話のお陰かどうかは判らないが、シンジの怪我の回復は順調で予定より早く退院が決まった。
そして、シンジが病院を退院する2日前にそれは起こった。

「え~~~~~~~っ! 冬月副司令と同居?」

アスカは病室にも関わらず遠慮無く大声で叫んでいた。

「嫌・・・かね?」
「ずぇ~たい嫌!! 私はシンジやミサトと暮らすの! それ以外はお断り!!」

冬月は少しショックを受けていた。
其処までハッキリ嫌がられるとは思っても見なかったからだ。
お陰で冬月はまるで孫に同居を拒まれた老人の様に落ち込んでいた。
陰々滅々の風が冬月の背中を吹いていった。
それでも、気を取り直して今度は話をシンジにふった。

「シンジ君はどうかね? やはり、私と同居は嫌かね?」

目尻をひきつらせながら冬月はシンジの答を待った。
実際、シンジの入院していた1カ月の間にシンジとアスカの力関係が以前とは違っていた。
今はシンジが主導権を握っていたのだ。
それを知っている冬月が今度はシンジに同意を求めてきた。

「え~っと・・・。 やはり僕も遠慮させて貰います。 あの後アスカと色々今後について話し合いましたけど・・・。 もちろん、副司令の好意は嬉しいのですが、二人で力を合わせて生きていこうって決めましたから。 だから、二人でなんとかします。」

シンジはそう言い切った。

「どうしてもダメか? 私と一緒なら安全面と経済面は約束できるが・・・。」

冬月はシンジとアスカを交互に見て言った。

「それでも、同居は遠慮させてもらいます。 アスカは僕が守ります。」

シンジは言葉の一つ一つに自信を込めて言っていた。

「そうか・・・。 其処まで決心してるのなら仕方がないな。 全く、父親に似て頑固だな。 まあいい。 とにかく、住む家と生活費等はこちらから援助するから、心配しなくてもいい。 二人の安全確保の件もあるからしばらくは警護付きで生活してもらう事になるが、すぐ自由になるからそれまでは我慢してくれ。 ただ、学校に関しては安全確保が出来ているので普通に通学してもらってもいい。 転入手続きも済んでる。 何時からでも行って良いぞ。 クラスは同じにしてある。」

冬月はそう言って二人の顔を見た。

「そうですね。 同じクラスでないといざって時にアスカを守れませんから。」

シンジはそう言った。 が、アスカはいかにも同じクラスになるのが当然の様に思っていたらしく冬月にかみついていた。

「当たり前じゃん。 私、シンジと同じクラスじゃ無かったらMAGIをぶっ壊していた所よ!! 本当にもういい年して気が効かないんだから・・・。 そんなんだからもてないのよ!!」

冬月はそんなアスカの発言にただ呆然としていた。
しかし、冬月は内心元の元気なチルドレン達が帰ってきた事が嬉しかった。
そんな冬月を見てアスカは照れくさそうに言った。

「でも、冬月副司令の割には気が効いてるわ。 許してあげる。 それに、MAGIを壊したら一生シンジと自由な暮らし出来なくなるもんね。」

冬月はシンジからはたくましさをアスカからは優しさを感じていた。

「詳しいことは青葉君から聞いてくれ。 私はこれから会議があるので、これで失礼する よ。 それじゃシンジ君また後日。」

そう言い残して冬月は病室を出た。 元気になった孫達の姿を見た冬月の足どりは軽かった。

冬月が病室を後にしてからしばらくして青葉がやってきた。
話の内容は転居に関する話だった。

「それで、家の事だけどシンジ君達が通う中学校の近くの高台にしたよ。 元々、国連関係者用住宅を改築したものだし、副指令も同居予定だったからセキュリティその他には問題ないと思う。 で、部屋割りだけど一応男女別部屋にしたからね。 まあ、アスカちゃんの部屋はシンジ君の部屋のの隣にしておいたし、関連する手続きは済んでるから何時からでも入居できるよ。」
「別に私はシンジと同じ部屋でも良いのに・・・」

アスカは小声で本音を言っていた。 それを聞いた青葉は聞かなかったフリをしつつ話を続けた。

「でも、あくまでも中学生らしい生活を送ってくれよ。 寂しいからと言って一緒に寝たりしちゃダメだからね。 年相応の生活を心がけてくれよ。」
「ゲッ・・・なんで判ったの・・・。」

図星をつかれたアスカは思わず本音を言っていた。

「アスカは顔にでるからね。」

シンジは苦笑しながらアスカに言った。
アスカは恥ずかしさと満足行かないのかぶつぶつ文句を言っている。

「なんで、ばれるのよ。 別に一緒の部屋でも良いじゃん。 問題ないのに・・・。」

それを聞いてシンジは思わず吹き出してしまった。

「ぷっ。 アスカ、別に良いじゃない。 何時までもと言う訳でもないしさ。 しばらくの間だけだって青葉さんも言ってることだし・・・」

シンジはアスカに話しかけた。

「でも、夜独りで寝るの寂しいし、恐いもん。 イヤな夢みる時もあるしさ・・・。」

アスカは自分の言った言葉の意味に気がついて思わず下を向いて赤面してしまった。
それを聞いたシンジも顔が真っ赤になったになったことは言うまでもない。
青葉はそんな二人を見て、ジト目となり思わず「おいおい」って言いたそうな表情になっていた。
いいや、恐らく心の中で言っていただろう。
青葉は咳払いを一つして本題に戻った。

「うぅ~ん。とにかく、シンジ君の退院した後しばらくは療養生活になるから。 それと、近々補完計画の内容を世間に発表するから、その後は二人とも自由な生活が出来ると思うよ。 それまでの辛抱だよ。」

青葉はそう二人に言って病室をでた。
病室にはアスカとシンジだけが残った。

「アスカも今日はこれぐらいにして引っ越しの準備したらいいよ。」

シンジはアスカに話しかけた。 ただ、さっきのアスカの発言の後遺症が残ってるらしく、どことなく声のトーンが高かった。

「いいよ。 荷物もそれ程残ってないし。 何よりも男手が無いとね・・・。 シンジが退院してから手伝ってもらうから。」

アスカはそう言ってシンジの肩にもたれかかった。
シンジもそれ以上何も言わず、肩に感じるアスカの重みを愛しんでいた。

「それでは冬月先生、明日の正午に国連議会を開きますので、その席上で補完計画の公表を御願いします。」

早乙女は冬月にそう言った。
早乙女の公務室には冬月と早乙女の二人だけがいた。

「無論です。 これで全てが明らかになり、ゼーレの亡霊とも決別できる。」

冬月は力を込めて話した。

「しかし、これからが大変ですな。 子供達の事もある。 ゼーレの残党、反NERVへの対応・・・。 問題が多すぎますな。」

早乙女は冬月の顔を見て問いかけた。

「そうです。 補完計画の公表は終わりではなく始まりなのですから。」

冬月は決意を新たにした。

シンジの病室にはカーテン越しに月明かりが差し込んでいた。
シンジはそんな月明かりを楽しんでいた。 カーテンの隙間からかすかに月が見えていた。
黒い月ではなく銀色に輝く満月・・・。
シンジは複雑な思いで満月を見ていた。
アスカは月明かりに映えるシンジの横顔に見入っていた。
二人は月明かりと静寂の中にいた。
永遠に続くかと思われた二人だけの時間が不意に崩れた。

「午後8時を持ちまして面会時間を終了させていただきます。 面会の方は・・・。」

面会時間の終了を告げる放送が院内に流れた。

「私は面会人じゃないからまだ大丈夫よね。」

アスカは確認を取るかのように呟いた。

「そうだね。」

シンジはそう答えただけであった。

「ねえ、シンジ。 本当に私も一緒に住んでも良いの?」

アスカはシンジに聞いた。 その顔には不安と期待が同居していた。

「どうして?」

シンジは何故聞かれたのか理由が判らずアスカに聞き直した。

「えっ? だって、私はいつもシンジをバカにしていたし、傷つけてきたし、それに料理もできないし、わがままだし、素直じゃないし・・・。 一緒にいても何のメリットもない、シンジの役に立つ様な人間じゃないから・・・。」

アスカは俯いて言った。 最後の方は涙声で聞き取れなかった。

「そんなこと気にすることないよ。 これから幾らでもやり直せる時間があるじゃないか。 アスカは昔を気にしすぎだよ。 言ったろ。 二人で助け合って生きていこうって。」

シンジはアスカを慰めるように言った。

「でも、私はシンジの役に立てないよ。 立てるとしたらシンジの性欲の・・・リビドーのはけ口ぐらいだよ。 その程度の事しかできないのよ。 シンジはそれでも良い? 私はシンジの役に立てるならそれでも良いと思ってる。 いらなくなったら捨ててくれても良い。 シンジに救ってもらったこの命と体、シンジが好きなようにしてくれたら良い。 もし、そうじゃないとまたシンジを傷付けてしまうよ。」

アスカは泣きながら言った。 それはアスカにとって辛い事でもあった。

「アスカ・・・怒るよ。」

シンジはアスカを見つめた。 その瞳には優しさと怒りが灯っていた。

「アスカ。 僕がそんな人間に見えるかい? 僕はアスカを大事にしたいんだ。 大切な存在だから、いい加減な事はしたくないんだ。 欲しいのはアスカの体じゃない。 心が欲しいんだ。 惣流・アスカ・ラングレーと言う女の子の心がね。」

アスカはシンジの言葉を聞いて号泣した。 
そして、アスカは生まれて初めて心の壁を開いた、碇シンジと言う少年に・・・。
そんな二人を月明かりが優しく包み込む様に照らし出していた。

人類補完計画公開・・・
それは、ゼーレとNERVが行った全人類への諸行の公開でもあった。
MAGIオリジナルを通じ全世界の全メディアを通じて公開された。
颯爽と演説を始める冬月の姿がそこにはあった。
彼の後ろには国連議会の重鎮達も顔を並べていた。

「・・・出来損ないの群体として行き詰まった人類を、完全な単体生物へと人工進化させる計画が存在していた。 それはゼーレと呼ばれる秘密結社により計画され、NERVにより遂行されていました。 具体的にはサードインパクトを人為的に起こし、全人類を一旦L.C.Lにまで還元し、人の形を捨て、その後に新たに選ばれた人類を誕生させるという計画でした。 その計画が実行されるに当たってゼーレの老人は裏死海文書に従って、自分たちに都合の良いように計画を進めていきました。 その為にセカンドインパクトも起こったのです。 休眠中の第一使徒のアダムを他の使徒が目覚める前に卵までに還元してしまわないと自分たちにとって都合が悪くなるからです。その還元時に生じたエネルギーがセカンドインパクトの惨劇を生んだのです。」

冬月の背後にそびえ立つ巨大なディスプレイに資料が映し出されていた。
其処には99.89%と言う数字が大きく表示されていた。

「そして、人はリリスと呼ばれる生命体の源から発生した18番目の使徒でもあるのです。 つまり我々人類は知恵の実を得て地上に君臨し、我々が言う使徒は生命の実を得た、ヒトと同等の可能性をもった別の形の人類でもあったのです。」

画面が切り替わりゼーレの企てた計画が表示された。

「しかし、ゼーレの老人達は選ばれし人類以外の存在を認めず、選ばれた者で世界を支配しよと考えていました。 これがゼーレの計画した人類補完計画です。」

冬月は次の資料を一目見てから話を続けた。
画面には戦自がNERVに侵入し残虐の限りを尽くしてる映像が大写しにされた。

「しかし、真の目的を知ったNERV総司令の碇ゲンドウはゼーレに反旗を翻し、3rdインパクトの阻止にかかりました。 しかし、圧倒的な戦力差により3rdインパクトの発生を阻止出来ませんでした。」

凄惨な画面から今度は初号機が大写しになった。

「幸いにもサードインパクトを起こすのに必要な触媒は全て碇ゲンドウの手によって封印されていたため、ゼーレは碇ゲンドウの息子が乗っていたエヴァンゲリオン初号機を触媒にするしか在りませんでした。 そして、初号機パイロットの機転によりL.C.Lから再び人の形を取り戻せたのです。 だから、こうして皆さんが生きていられるのも初号機パイロットの意志と碇ゲンドウの意志があればこそなのです。 ただ、碇ゲンドウは既にこの世には存在しておりません。 NERV本部を占拠しにきた戦自により射殺されました。
しかし、NERVスタッフによりゼーレの人類補完計画と碇ゲンドウによる計画の妨害工作がMAGIに保存されており、今回の公開になりました。 そして・・・・」

シンジはそこでTVのスイッチを切った。
苦し紛れの演説をする冬月の顔を見ていられなかったからだ。
冬月が喋ってる事の半分は真実だが残りの半分は虚偽であった。
しかし、虚偽が自分達の絶対的自由の条件で在ることもシンジは認識していた。

冬月の演説の翌日シンジは病院を後にした。
出迎えの青葉のRV車に乗り宿舎へと向かった。 
アスカは一足先に伊吹と一緒に引っ越しの荷物を取りに行っていた。
最初アスカは渋っていたがシンジの説得で伊吹と一緒に行動する事を了承した。
その引っ越しを青葉達が自ら進んで手伝ってくれた。

「しかし、変わるもんだよな。 前はあんなに高飛車だったアスカが今じゃシンジ君の顔色ばっかり伺ってるんだもんな。」

青葉は車を走らせながらそう言った。

「別に僕の顔色ばかり伺ってませんよ。 やだ、前より素直になっただけですよ。」

シンジは青葉の言葉にムッときて反論していた。 少し語気が荒かった。

「ゴメン、ゴメン。 そんなシンジ君を怒らすつもりで言ったんじゃないよ。 気に障っていたら謝るよ。」

青葉はそんなシンジを見て変わったなと思っていた。

「いえ。 僕の方こそ偉そうな事言って・・・。」

シンジはすまなさそうに言った。
二人が乗ったRV車が軍宿舎の検問にさしかかった。

「情報2課の青葉とサードチルドレンの碇シンジ君です。 セキュリティカードはこれです。」

青葉はそう言って、MPに二人のセキュリティカードを渡した。
MPはカードの写真と二人の顔を確認し、車の荷物の中身を聞いて宿舎施設内に通した。
しばらく走って二人の乗ったRV車はシンジの宿舎前についた。
すでに、伊吹とアスカは来ているらしく、シンジの部屋の窓が開いていた。

「こら!! バカシンジ!! おっ、遅~い! 今まで何してたのよ。 待ちくたびれたじゃい。 さっさと来て準備手伝ってよ。」

アスカは窓から顔を出して大声で叫んでいた。
特に最後の方は切実な願いの様だった。

「判ったよ。 今すぐ行くから。」

シンジはそう言って、アスカの待つ自分の部屋に足を向けた。