デジタル時計が18:55を表示していた。
病院から帰ってきたシンジは独りの夕食を済ませ自室で待機していた。
19:00から施設内で特別射撃訓練がある。
3rdインパクト後、旧NERV職員に対する報復テロが度々起こっていた。
その為、シンジも諜報部の監視・護衛下にあるにも関わらず週に2回の射撃訓練が義務付けられていた。
14歳の少年に人殺しをさせるほど無力な諜報部では話にならないはずだが、100%フォローできるほど人材に富んでいるとは正直言い難く、結局、シンジに射撃訓練を受けさせ最悪の場合自分で自分の身を守る事ができるようにすることとなった。
ただし、シンジの銃には通常弾の代わりに急所に命中しても致命傷に至らない特殊樹脂弾頭が装填されている。
14歳の少年に人殺しをさせたくない大人達のせめてもの償いであろう。
コンコン
ドアがノックされた。
「はい?」
シンジはドアの前に立って返事をした。
「諜報2課の者ですが、碇シンジ君。 時間です。 行きましょうか。」
諜報部の人間がシンジを迎えに来た。
シンジは黒いプラスチック製のアタッシュケースを持ち無言で彼らの後について行った。
蛍光灯の明かりが窓一つ無い施設内の廊下を照らし出していた。
しばらく廊下を歩くと屋内射撃練習所に着いた。
シンジに対する配慮からかそれとも別の理由からか中では誰一人射撃訓練をしていなかった。
シンジは射撃レンジに入りイヤープロテクターを取り、首からかけた。
そして、黒いプラスチック製のアタッシュケースから1丁の拳銃を取り出した。
NERV標準携帯拳銃H&K社USP
そして、その銃のグリップにはイニシャルが彫られていた。
M,KATSURAGIと。
シンジはマガジンキャッチを押し、マガジンをとりだした。
そして、予め用意されてる9mm特殊樹脂製のカートリッジを弾倉に10発装填し、イヤープロテクターをして、マン・ターゲットに銃口を向け、引き金を引た。
パン!
乾いた銃声がレンジ内に響き、チェンバーから空薬莢が排出された。
シンジは一つ息を吐いた。
そして肩の力を抜き、さらに引き金を引いた。
パン! パン!・・・・パン! ガチャン
「ふう・・・」
全弾打ち尽くしたシンジはイヤープロテクターを外し銃を置き一息着いた。
幾ら少年でも撃てる様に火薬の量を調整してるとは言え、その反動に耐えれる程シンジの筋力は発達していなかった。
それでも、シンジは空になった弾倉を抜き、重苦しい手つきで再びカートリッジを装填した。
しかし、装填しただけで弾倉を銃に装填せず、そのまま銃と弾倉をケースにしまった。
そんなシンジの行動を不審に思った諜報部員がシンジに近づき話しかけた。
「予定ではあと20発撃つ事になってますが、どうかなさいましたか」
そんな問いかけにシンジは帰り支度をしながら答えた。
「すみません。 少し疲れているので今日はこれぐらいにします。」
シンジはそう言って射撃場を出た。
「判りました。 部屋まで警護いたします。」
諜報部員はそう言ってシンジの後を追った。
静寂が支配する射撃場にはシンジが撃ったマン・ターゲットだけが残された。
ターゲットの両肩に計10個の穴が空いていた。
翌日の昼シンジは弁当を持ってアスカの病室を訪れていた。
相変わらずアスカはシンジに背を向けたまま布団にもぐり、一言もしゃべらなかった。
シンジは何を話しかけて良いのか判らず、ただ黙ってアスカの側に座るだけであった。
アスカもシンジに何を話したら良いのか判らず、ただ背を向けているしかなかった。
二人の間を乾いた空気が支配しかけていた。
しかし、あまりの沈黙に堪えきれなくなったシンジはアスカに話しかけた。
「あのさ、アスカ。 昨日荷物整理してたら加持さんに借りていたS-DATのテープが出てきたんだ。 昨日の夜聞いてみたけど結構良い曲があったんだ。 今持ってきてるから聞いてみない?」
そう言ってシンジは鞄の中からS-DATのテープをだした。
シンジの言った事は一部嘘が混じっていた。
部屋の整理はとっくの昔に済んでいた
そして、テープ自体も大分前から持ってきていた。
ただ、今まできっかけが作れなかったのだ。
シンジは部屋に備え付けられているオーディオにセットした。
「なんでも2ndインパクト前に流行ったグループらしくて・・・。加持さんはコンサートにも行っていたらしいよ。」
シンジは再生ボタンを押した。
壁掛けのスピーカーからさわやかなリズムが流れだし、爽やかな音色ともに透き通った男性ボーカルが流れだした。
抑え切れない想いや 人が泣いたり 悩んだりする事は 生きてる証拠だね
聞き慣れてるシンジはついついハミングしていた。
アスカも歌声と歌詞に心が洗われて行くような錯覚に落ちていった。
感じ合えば 全てがわかる 言葉はなくても
今 僕らの心は一つになる 振り向けば いつも 君がいたから
アスカにはシンジからのメッセージの様に感じた。
シンジらしい不器用だけど心優しい告白・・・。
そして、心が軽くなっていく様な、素直になれそうな感じがしていた。
恋を打ち明けたあの時から 2度目の季節が
何一つ変わらぬ街 強い日差しの午後
アスカは流れてくる歌詞に自分とシンジの姿を当てはめていた。
迷わないで いつでも君の側に居るから
忘れないで あきらめ知らなかった自分を 一人で歩き出さずに二人で・・・
僕を信じて
シンジの心の叫びの様でもあった。
アスカは寝返りをうちシンジの方を見た。
シンジは目をつむって歌詞を口ずさんでいた。
守りたい愛があれば 強くなる 優しく満たされて 勇気になる
迷わないで もう二度と振り返ることなく 君が夢をなくさないように 見守って
忘れないで 心開けば変わり始める 誰でも弱さ抱えているから
僕を信じて
アスカはシンジを見つめていた。
アスカはシンジの優しさは知っていた。 ただ、その優しさに溺れることができなかった。
シンジの優しさを失うことが、シンジ自身を失った時の事が恐かったと言うのがアスカの正直な気持ちだろう。 だから、心を閉ざしシンジの優しさを受け入れなかったのだ。
そうすれば失った時の悲しみが軽くてすむから・・・。
でも、今ならシンジの優しさに何処までも溺れて行ける気がしていた。
(そうだね。 シンジはいつでも私の側にいてくれたね。 キスもしてくれなかったし、抱きしめもしてくれなかったけど。 それに霧島さんやファーストとの間で揺れていたところもあったけど・・・。)
アスカの表情に微笑みが帰ってきた。
昔は照れくさくて見せれなかった微笑み。 今は何故か素直に見せられる気がしていた。
アスカは自分が微笑んでいることに気が付き幸せな気持ちになれた。
シンジも間奏の時に目を開けた。 二人の視線が絡み合った。
それと同時に二人は微笑んだ。
しばらく、二人は流れてくるメロディーの中に身を置いた。
そう、いつまでもこの幸せが続くことを祈って
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
バーン
突然の爆音で二人のささやかな幸せは消し去られた。
それは突然の事であった。
病院の駐車場に止めてあったワゴンが突然爆発したのだ。
爆音を聞いた諜報部員が現場に駆けつけた時には、車のフレームは原型を留めないくらいぐちゃぐちゃになっていた。
諜報部員は男は車の周囲を注意深く歩いていた。
「こちらT-1。T-2応答願いします。」
諜報部員は背広のポケットから無線機を取り出し、話しかけた。
「こちらT-2。 さっきの爆発音は一体なんだ」
無線機の向こうから落ちついた男の声が聞こえてきた。
「どうやらワゴンに爆発物を仕掛けていた模様。 大至急増援を。」
「了解した。 フタマルで増援が行く。 それまで、チルドレンの保護を最優先。 発砲を許可する。」
「了解。 これよりチルドレンの保護に入ります。」
男は無線機のスイッチを押し、再び話しかけた。
「こちらT-1。 各自チルドレンの保護に当たれ。 最優先事項である。 敵対行動を取るもの全てに対しての発砲を許可する。 以上」
そう言って男は無線機を背広に戻し、ショルダーホルスターから拳銃を取り出した。
「子供相手にテロか・・・。 哀しい時代だな・・・。」
男はそう呟いて銃のセフティーを解除した。
その頃アスカの病室ではシンジが怪訝な表情をしていた。
旧NERV職員に対するテロがあることは既に知っていたが、まさか病院までと思っていたからだ。
「何だろ? なんか爆発音したようだけど。」
シンジはアスカに心配をかけないようにできるだけ明るく振る舞った。
シンジはカーテン越しに外を見ていた。 其処からは何一つ見えなかった。
実際、爆発したワゴンはアスカの病室とは逆方向の駐車場にあった。
そんなシンジの背中を普通の14歳の少女が見せる不安と恐怖の混じった瞳でアスカは見つめた。
「シンジ・・・・。」
「大丈夫だよ。 何かあったら警護の人たちが駆けつけてるはずだし・・・、駆けつけて来てない所を見ると僕達が心配する様な事じゃないんだと思うよ。 だから,アスカは安心して歌を聴いていたらいいよ。」
シンジはアスカにそう言って落ちつかせようとしていた。
いいや、恐らくシンジは自分自身にも言い聞かせていたのだろう。 シンジの手のひらには汗が浮かんでいた。
「やっぱり、何でも無かったみたいだね。 緊急放送も無いみたいだ・・・。」
シンジがそう言いかけた時1発の銃声が鳴り響いた。
パーン
シンジはとっさに鞄の中に入れてある拳銃に手を伸ばす。
「アスカはベッドの下に隠れていて」
シンジはそう言いつつホルスターから拳銃を取り出し、チェンバーに初弾を装填しセフティを解除した。
訓練の成果か一連の動作に要した時間は10秒にも満たないものであった。
シンジは病室のドアの横の壁に背を着けて外の様子を伺おうとしていた。
パーン
2回目の銃声が鳴り響いた。
先より心持ち近づいた様な気がする。
シンジは慎重に手動でドアを開けた。
廊下から流れてくる空気にはかすかに硝煙の匂いが混ざっていた。
(火薬の臭い!!)
シンジの神経が一気に臨戦態勢に移行した。
(これはただ事じゃない! この施設に旧NERV関係者と言ったら僕とアスカ位だから、恐らく目的は僕達だろうな。 警護の人間が来ないって事は何処かで足止めを喰らっているという事か・・・。 まずいな。 20発だけでアスカを守り切れるか・・・。 いや!守るしかない。)
シンジは迷いを振り払うかの様に頭を振った。
ベッドの下からアスカがシンジに話しかけてきた。
「ねえ、シンジ。 一体何がどうなってるのよ。 判るように説明しなさいよ。」
何も知らされていないアスカにとって14歳の自分達がテロの目標になるなんて夢にも思わないだろう。確かに理解がしにくい状況だった。
しかし、そんな状況よりもシンジが銃を持ってること事自体アスカにとって理解し難い事であった。
シンジはそんなアスカに対して落ちついた声で言った。
「実は最近旧NERV関係者に対してのテロが多発していて、僕も自衛手段として拳銃の携帯が義務付けられていたんだ。 大丈夫。 僕が絶対アスカを守るから。」
そうシンジが短くそう言い切った。
パーン
乾いた銃声が鳴り響いた。 だが、今度は今までと違っていた。
銃声と共にシンジがいるドアの近くに銃弾が着弾した。
「ちぃ」
シンジは咄嗟に体を隠した。 隠す瞬間廊下の向こう側にコンバットスーツに身を包んだ人間が一人こっちに向かってくるのが見えた。
「来た! アスカは隠れて!! 援護が来るまでの時間稼ぎするから!」
シンジはそう言って、わずかに開けたドアから近づいてくる敵に対して発砲した。
パーン!!
向こうもシンジからの発砲に少し驚いたものの直ぐに反撃体制に移っていた。
その空間を銃声だけが支配していた。
シンジは残りの弾数を計算しながら応戦していた。
パーン! ガチャ!
シンジは最初の10発を撃ち尽くしてしまった。
よりにもよってスライドストップした音が廊下中に鳴り響いてしまった。
敵がプロならこの瞬間を逃すはずはなく、シンジがマガジンの交換に手間取ってる間にシンジとの距離を大幅に縮めていた。
パーン! チューン
敵の撃った弾丸がシンジの頬をかすめてドアに着弾した。
シンジの頬には一筋の赤い傷ができて、そこから血が滴り落ちていた。
「シンジ!!」
アスカは咄嗟にシンジの名前を叫んだ。
声だけの叫びではなかった。
心からの叫び声でもあった。
今まさにアスカにとって一番恐れている事態が起ころうとしていた。
「くそっ!」
シンジもマガジン交換を終わりドアから半身を出して応戦にでた。
しかし、既に目の前に敵が来ていた。
ドガッ
鈍い音がして、シンジは病室内に倒れ込んだ。
どうやら敵と鉢合わせになり顔面を殴打されたようだ。
倒れ込みうずくまるシンジ。
アスカはベッドの下から飛びだそうとした。
「でるな!!」
シンジは叫んでいた。
そして、次の瞬間には敵が病室内に侵入してきた。
敵がシンジを確認して銃口をシンジに向けるのと同時にシンジも敵に対して銃口を向けた。
そして、
パーン!!
ひときわ大きな銃声が1つだけ病室内に鳴り響いた。