第弐話 慟哭

チュンチュン・・・

シンジは鳥の鳴き声で目が覚めてしまった。 枕元の時計を見ると目覚ましが鳴る時間までまだ30分ほどある。

「目が覚めちゃったな・・・。」

シンジは目覚めることが残念そうにそう呟いた。
それは夢の世界から現実の世界に戻される事への失意からなのかは判らない。

現在シンジは第二新東京市にある国連軍兵舎に間借りしていた。
いくら監視下にあると言っても最低限の自由は保障されていたのでそこそこ自由な生活を送っていた。
その為、アスカの見舞いやミサトの墓参りも自由にしていた。

「取りあえず、朝御飯にしよう・・・。」

シンジはベッドから出てパジャマのままキッチンに立った。
ご飯に味噌汁。
それが、彼の毎朝の朝食のスタイルである。
ただ、シンジにとって一人分しか作れないと言うのが哀しい現実であった。
そう、3rdインパクト前ならアスカとミサトの分も彼が作っていたからだ。
家族との朝食・・・。
みそ汁のだしを変えたことを気が付いてくれるミサトさん。
朝シャンの湯加減で文句を付けるアスカ。
それがどれだけ大切なものだったか、今シンジは実感していた。
寂しい・・・それが今のシンジの本音だった。
孤独な朝食を終えたシンジは2人分のお弁当を作り、学生服に着替えた。
しかし、着替えたところでシンジは地元の中学校に行けるわけではなかった。
シンジは監視下の身分なので特別施設内での就学となっていた。
時計を見ると8時を指していた。

「そろそろ、行くか。」

シンジは携帯電話をズボンのポケットに入れ、部屋をでた。
外はセミの鳴き声だけが占領していた。


その頃、発令所では人員が慌ただしく動き回っていた。

「マギオリジナルとの直通回線つながりました。」

青葉はキーボードを叩きつつ後ろにいる冬月に報告した。

「それで、どうだオリジナルの方は?」

冬月は後ろに手を組んで立っていた。

「伊吹二慰からの報告によるとマギーバルタザールに一部不可視属性ファイルが残っているものの、通常の作業には支障ないとの事です。補完計画のファイルは全てオープンになったそうです。 現在バックアップ中!」

青葉はモニター上に流れるデータを要約して冬月に報告した。

「そうか・・・。 後は旧本部と地上との連絡通路が完成すれば更に人員が送れて、マギの復旧が更に進むな。」

冬月は青葉のディスプレイをのぞき込みながら言った。

「議会へは何時報告しますか? 早い方がシンジ君達にも・・・」

「判ってる。 松代のマギを制御下に置いて、補完計画のデータが揃い次第報告に行く。」

冬月は青葉の目の前のモニターを見ながら言った。

「了解しました。 なお、伊吹二慰から全力を持って不可視属性ファイルの解析に当たるとのことです。 なんせ、一度使徒に侵入されてますから・・・。」

青葉は補完計画のデータを処理しつつ、伊吹からのメッセージを読み上げた。

「宜しく頼むと伝えて置いてくれ。 それと、マギーオリジナル経由で松代のマギにコンタクトを取ってくれ。」

冬月はそう言って、席を外れた。

「了解しました。 準備が整い次第、松代のマギにコンタクトします。」

青葉の目の前のディスプレイにはゼーレとゲンドウの人類補完計画のデータが次々と表示されていた。


時報が丁度12時を知らせた時、シンジは病院のメインゲートをくぐろうとしていた。
ゲート付近には何人かの一般外来患者の出入りがあった。
特別施設の病院と言っても地域に1つあるかないかの総合病院である。
当然、一般外来患者も来て最新の治療を受けていた。

「ミサトさんの最後をアスカにも話さないといけないよね。 家族だったんだから。」

シンジは昨日一晩どう話せば良いのか考えていた。
(家族か・・・)
そう、心の中で呟く・・・何となく心が温かくなるようだった。
シンジにとってもアスカにとってもミサトと送った短い家族ごっこは戦闘以外の数少ない楽しい思い出であった。
シンジはそんな事を考えながら廊下を進んで行った。
3階の廊下の突き当たりにある個室。

 

[327号室-惣流・アスカ・ラングレー様]

そう、病室のネームプレートに書かれていた。
コンコン

「アスカ、入るよ。」

シンジはドアをノックし、一言かけてから部屋に入った。
[勝手に入ったら殺すわよ]の名残であろうか病室に入るシンジの後ろ姿には何処かおびえた子ウサギの姿がだぶって見えた。

しかし、そこは医療機器の電子音が支配している無機質な感じのする病室だった。
シンジには何度足を運んでも馴染めないものが其処にはあった。
そんな中アスカの存在だけがシンジにとって受け入れられる存在であった。
そのアスカはベッドの上で上半身を起こしていた。
何する訳でもなくただ呆然と外を眺めているだけだった。
昨日と違ってるアスカにシンジは安堵し、何故アスカがそうなったか少し疑問を感じたがシンジにとって嬉しいことには変わりがなかった。
アスカが他の物、外に興味を示している・・・その事実が何よりの喜びであった。
シンジはアスカのベッドサイドの椅子に座った。

「アスカ。 気分はどう? 今日は一緒にお昼を食べようと思って、弁当を持ってきたよ。
アスカの大好きな鳥の空揚げや卵焼きを沢山いれてあるからお腹一杯食べてね。」

そうシンジは言ってお弁当を出し、蓋を開けた。

「アスカ何から食べたい?」

シンジはアスカに聞いた。

「・・・ない・・・・。」

アスカは小さく呟いた。

「何?アスカ。」

シンジは聞き取れなかったのでアスカに聞き直した。

「い・・・ない・・・・。 た・・・・ない・・・・。」
「ゴメン、アスカ。 よく聞こえなかったんだ。 もう一度・・・。」

シンジがもう一度聞き直そうとしたとたん、アスカは激昂した。

「うるさいわね! いらないわよ。 食べたく無いって言ってるのよ。 あたしの事なんてほっといてよ。 生きていても仕方が無いのよ。 エヴァの無いあたしなんて生きていても仕方がないのよ、いらない人間なのよ。 どうして、あのまま死なせておいてくれなかったの? あのまま、死んでいたらママと一緒にいられたのに!!」

アスカはまくしたてるように言って、シンジの差し出した弁当を払いのけた。
アスカは床にまき散らされた弁当の中身を一別してから、
瞳に涙を浮かべながら言い続けた。

「あんたが余計な事するから、また、苦しんで、辛い思いしながら生きていかないといけないじゃない。 誰が生かしてくれってたのんだ!! 昔からそう。 あんたは私の嫌がる事ばかりしてるのよ。 あなたが私の存在価値を奪っていってるのよ。あんたの存在自体うっとしいのよ。 なんであんたみたいなのが生きてるのよ! 生きてる価値も無いのに。 あんたなんて家族でも友達でもないわ。 単なるゴミよ! その辺に落ちてる石と同じよ! あんたさえ死んでいたら、あんたさえあの時死を望んでいたら、わたしもこんなに苦しまなくて良かったのに! あんたなんていらない人間なのよ! あんたさえいなかったら、あんたさえ私の事を考えなかったら、これ以上辛い思いしなくて済んだのに! あんたのしたことが信じられない! なんであんな事・・・私を助けたのか信じられない! あんたの何を信じたらいいのかわからない! 何とか言ったらどうなの! バカシンジ!」

アスカはそう言って頭から布団をかぶってしまった。
シンジは飛び散った弁当の中身を拾い上げながらアスカに言った。

「ゴメン。 アスカが僕の死を望むのは判るような気がするけど、でも、僕は死ねないんだ。カヲル君やミサトさんとの約束があるから。」

シンジは弁当を片づけながらアスカを見た。 布団がかすかに揺れていた。 布団の中でアスカが泣き声を押し殺して泣いているのだろう。
そんなアスカの状態がシンジには心苦しかった。
しかし、シンジは続けた。

「でも、今日は来て良かったと思ってる。 アスカにはきつい事言われたけど、僕の存在を恨む事で・・・呪うことで外に対して興味をもってくれたからね。 アスカが元気になってくれるんだったら幾らでも恨んでくれて良いよ。 僕は誓ったから。 傷ついても傷つけられても生きていこうって。 生きていこうとするところに人間の存在価値があるからって。 生きていたらきっと良いことがあるよなんて気休めは・・・無責任な事は言えないけどアスカも生きていこう。 生きていこうと思えば、何処だって天国になるよ。 だって、生きてるんだから、生きている限り幸せを掴むチャンスはきっとあるはずだから。」

シンジは一方的にアスカに語りかけた。

「アスカ。 今日は大事な話があったけど。 また、明日にでも話すよ・・・・。 それじゃ、また明日来るから。」

そう言ったシンジに対してアスカは何も言わなかった。
幾ら言葉でシンジの存在を否定しても、心の何処かではシンジの存在を肯定しているのだろう。
いや、言葉とは裏腹にシンジの存在自体に自らの存在を既に依存しているのだろう。
それが判っていながら素直に表現できないもどかしさがアスカをイライラさせていた。
そして、それがシンジには判らなかった。
ただ、自分の力不足がもどかしかしかった。
だからシンジはこんな時に加持さんならどうしただろうと考えてしまう自分に男として頼り甲斐のなさを感じていた。
シンジは後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。
アスカはそんなシンジに背を向けて泣いていた。
二人の間に哀しい時間が流れていった。


病院からの帰り道シンジはカヲルの言葉を思い出していた。

『恐いのかい? 人と触れ合うのが。他人を知らなければ、裏切られる事も、互いに傷つけあうこともない。 でも、寂しさを忘れることもない。 人は寂しさを永遠になくすことはできない。 永遠に人は独りだから。 ただ、忘れる事ができるから生きていけるんだ・・・。
つねに人間は心に痛みを感じている。 心が痛がりだから、生きてるのが辛いと感じる。 だから無へ還りたがるんだ。 だけど、君は死すべき存在じゃない。 君には未来があるから。』

そう言葉を残して渚カヲルは死んだ・・・、いや、第十七使徒としてシンジの乗るエヴァンゲリオン初号機により殲滅された。

「でもね、カヲルくん。 裏切られても、傷つけ合っても生きていたい。 生きていくと言う事はアスカの言う通り辛い事かもしれない。 幸せなんてないかも知れない。 けど、生きていきたい。 理由なんて判らない。 けど、その理由を見つける為に生きていたい。 アスカに恨まれていてもいい。 僕を憎んでくれていてもいい。 僕はアスカの為に・・・彼女と一緒に生きていきたい。 だから、ゴメンねカヲルくん。 まだ、君の所には行けないよ。 こっちで僕のことを必要としてくれている人がいる限り・・・。」

そう、呟いてシンジは空を見上げた。
雲一つない青空と輝く太陽がシンジを優しく包み込み励ましていた。