チルドレンの救出後、Nerv本部へと連行されたマナは、独房に放り込まれた。
ケンスケとは途中まで一緒だったが、武器のチェックと、自殺防止のために、持ち物をすべて没収され、服を着替えさせられる時に別れたきり、その姿を見ていない。
マナは、ベッドの上に膝を抱えて座り込んだ。
(全部、なくしちゃったな・・・・・・)
エージェントとして育てられたにもかかわらず、属していた組織を裏切り。
信頼を寄せられていたにもかかわらず、友を裏切った。
(私には、もう何もない・・・・・・)
彼女の大きな瞳から、涙が零れる。
マナはベッドに突っ伏すと、声をたてずに泣き出した。
・・・・・・どれくらいそうしていただろうか。
静寂を切り裂くように、複数の足音が近付いてくる。
訝しく思ったマナが起きあがると同時に、独房のドアが開く。
突然差し込んできた強い光に、マナは思わず手を翳した。
「霧島マナ」
聞き覚えのある若い女の声が、耳朶を打つ。
「・・・・・・加賀先生?」
明るさに目が慣れたマナが見たものは、担任教師の美貌。
だが、何故、と問うほど、彼女は愚かではなかった。
エリカが着任してきた時期と、今この場所にいるという事実を鑑みれば、答えは一つしかない。
「・・・・・・先生も、エージェントだったんですね」
「ええ」
エリカは、表情を微塵も動かすことなく頷く。
「でなさい。一緒に来てもらうわ」
事務的に告げられた言葉に従い、マナは涙を拭うと、のろのろと立ち上がった。
「私・・・・・・処刑されるんですか?」
マナは、覚悟を決めて問う。
だが、エリカはその問いには答えず、少女の両手をとり、手錠を嵌めた。
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天と地のはざまで <6>
アナタニココニイテホシイ
A part
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誰かが、耳元で喋っている。
甲高い声。
囁くような声。
だが、何を喋っているのかは判らない。
(・・・・・・何?)
アスカは、ゆっくりと目を開けた。
「っ?!」
瞬間、あまりの眩しさに、視界が真っ白になる。
突然の過負荷に、視神経が悲鳴を上げ、こめかみがずきずきと痛む。
アスカは、思わず目を閉じた。
そして、深呼吸をし、頭痛が収まるのを待つ。
しばらくたってから、今度は最初に薄く目を開け、瞬きの回数を増やして、目を明るさに慣らす。
見えたのは、白い天井。
(見たこと、ある?)
「・・・・・・ここは?」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえる。
そして、相変わらず、誰かが耳元で喋っている。
だが、それは耳鳴りだと気付いた。
「アスカ?」
不意に声をかけられ、アスカは首を巡らした。
「あ・・・・・・ミサト?」
心配そうな顔をしたミサトが、ベッドの傍らに座り、彼女の顔を覗き込んでいる。
「気分はどう?」
「耳鳴りがする・・・・・・」
それほどひどくはないが、少し声が聞き辛い。
「そう」
ミサトは、ほっとした様子で頷く。
「耳鳴りは、スタングレネードの後遺症だそうよ」
「・・・・・・スタングレネード?」
自分の状況を把握できていないアスカは、鸚鵡返しに訊き返す。
「何があったのか、覚えてない?」
ミサトの表情が再び曇る。
アスカは慌てて、記憶を探った。
「えっと・・・・・・マナとバーゲンに行って、帰りに相田と会って・・・・・・」
言葉にして確認してゆくうちに、ショックでばらばらになっていた記憶が、パズルのように急速に再構成されてゆく。
思い出したくないことも一緒に。
(私、誘拐されて・・・・・・・)
自分を裏切ったマナ。
突きつけられるナイフ。
(シンジが来て・・・・・・)
血飛沫。
銃声。
(人を殺して・・・・・・)
恐怖。
戸惑い。
(そして、私を庇った・・・・・・)
身体を掠める銃弾。
爆発、そして閃光・・・・・・
「アスカ、思い出すのが辛いなら、無理しなくていいのよ」
表情を強張らせ、黙りこくってしまったアスカに、ミサトは慰めるように言う。
やがて、時計の秒針がたっぷり二周りしてから、アスカが口を開いた。
「・・・・・・ミサト」
「何?」
「・・・・・・シンジは?」
その声は、とても小さく、微かに震えていた。
アスカがその問いを躊躇う理由を、ミサトは戦自の特殊部隊の報告から、ほぼ正確に把握していた。
だから、わざとらしいほど明るい表情を作った。
「怪我してるけど、無事よ。それと、霧島さんと相田君もね」
マナの名前がでた瞬間、アスカはびくりと身を震わせる。
(・・・・・・霧島さんがスパイだって、気付いているのね。この様子じゃ、しばらくの間は、この一件について訊けないか)
ミサトは、そう判断すると、話題を転じることにした。
手を伸ばし、アスカの枕元にあるコールボタンを押す。
「さて、耳鳴りの検査をしてもらいましょ」
*
*
*
VTOLを降りたゲンドウは、迎えのリムジンへと歩み寄った。
若干、ぎこちなさの残る動きで、後部座席に身を沈めると、運転手が扉を閉める。
「・・・・・・無事でなによりだ」
車内で彼を待っていた冬月が、安堵の吐息を交え、そう言った。
「死ぬにはまだ早い」
冗談なのか、本気なのか、ゲンドウは呟くように応じる。
そして、車が滑らかに動き出すと、話題を転じた。
う え
「地上をだいぶやられたようだな?」
「ああ。今、零班が中心になって、事後処理を行っている。第一報が入ってきているが、見るか?」
「必要ない。辞める人間が見ても仕方がないからな」
ゲンドウは、さらりと爆弾を放った。
「・・・・・・何だと?」
冬月は思わず、ゲンドウの顔を見直す。
「私はNervを辞める。お前が後任だ」
あまりにも唐突で、一方的な台詞。
「突然、何を言い出す? 新手の冗談か? 気でもふれたか?」
「私はいたって正気だ」
日頃の冷静さをかなぐり捨て、狼狽の色をみせる冬月には頓着せず、ゲンドウは正面を向いたまま、話を続ける。
「最初の仕事として、私を国連に告発しろ」
「碇、どういうことだ? 判るように説明しろ」
冬月は、苛立たしげな口調で言う。
ゲンドウは、深々と息を吐くと、徐ろに口を開いた。
「対使徒法の名の下に、キール議長を生きて捕らえた以上、身柄はケルン(※)に預けられる。そして近いうちに、法廷で人類補完計画の真実が明らかにされるだろう。Nervが・・・・・・私が別な補完計画を用意していたことも、サードインパクト直後に流した情報が、すべて真実ではないということも公になる。そうなれば、世論に印象づけた、『ゼーレが悪、Nervが正義』という図式が覆り、外からの干渉が激しくなる。それだけではなく、Nervの特権の廃止、最悪の場合は解体、ということになるだろう」
「そして、MAGIやエヴァ、子供達の奪い合いになるか・・・・・・」
冬月は呟いた。
エヴァンゲリオンは、世界最強の兵器であり、従来の兵器では、傷一つつけることすら敵わない。
MAGIオリジナルは、五台のMAGIクローン総掛かりでも、太刀打ちできない。
そんなオーバーテクノロジーを有し、運用するNervが、『正義』でなければ、世界は破滅に追い込まれる。
大国はそう主張し、こぞってNervを攻撃するだろう。
そして、MAGIやエヴァ、パイロットである子供達を得ようと、躍起になるはずだ。
「そうだ。だから、私を切り離し、Nervを守れ」
ゼーレと癒着し、補完計画を実施しようとしていたのは、Nervを独裁していたゲンドウのみ。
他の職員は、何も知らなかった。
そして、その事実が発覚したため、ゲンドウは辞職という形式で罷免され、副司令であった冬月が新たに総司令に就任、ゲンドウを国連に告発する。
すべての罪をゲンドウ一人が背負う、というシナリオ。
「一人ですべてを被る気か?」
「・・・・・・元々、私の罪だ」
ゲンドウは、それきり沈黙する。
冬月は、決断を迫られた。
(・・・・・・私に、できるか?)
逡巡。
だが、それは仕事に対しての不安ではない。
本来ならば、ゲンドウと共に断罪されなければいけないはずの自分が、総司令職に就くことが正しいのか。
その判断に対する、不安。
(・・・・・・だが、碇が職を辞すことで、自らの罪を贖うならば、私は私のやり方で、己の過ちを償おう)
冬月は、肺の中を空っぽにするような、大きな溜息を吐く。
(私の全力をもって、子供達を、Nervを守ろう)
「判った。総司令職を引き受けよう」
(それが、私の贖罪だ)
ゲンドウは、僅かに口許に笑みを浮かべた。
「・・・・・・では、副司令職の後任人事だが」
「葛城君か、リツコ君を推すつもりだが?」
冬月の答えに、ゲンドウは、僅かに首を横に振った。
「葛城君は、感情に左右されすぎて、政治的な駆け引きに向いていない。リツコは、コネクションがなく、対人折衝の経験が少ない。それに、二人とも現職から動かすべきではない。彼女らの後を継げるだけの人材がいないからな」
ゲンドウの口調に、苦いものが混じる。
彼の独裁主義が災いして、Nerv内には、突出した能力を持つ者や、上に立つ力量を持った者は少ない。
「その件は、国連に委託しろ。罷免者を出しているのに、国連の指示を全く受けないとあっては、Nervに対する干渉が余計に増す。その程度の干渉は受け、それ以上の干渉を許すな」
「判った」
冬月は頷く。
「・・・・・・後は宜しくお願いします。冬月先生」
その一言に、ゲンドウはすべてを託した。
*
*
*
事件発生から16時間後、Nerv内部の混乱は、ほぼ収束しつつあった。
「ここで、普通の電話ができるか?」
部下達への指示が一段落すると、ダグラスは青葉に訊く。
「可能ですが・・・・・・」
突然の問いに、青葉は不思議そうな顔をした。
「じゃあ、頼む」
ダグラスは頷き、電話番号を告げる。
「どこの番号ですか?」
「陸幕調査二課」
「え?」
「の、秘密の番号だ」
ダグラスは、さらりと言う。
気軽に訊いたつもりの青葉は、返された答えにぎょっとした。
そして、突然現れ、保安部のトップに就任した男のコネクションの広さに驚いた。
職務上、公官庁や自衛隊関連などとの繋がりの深い青葉でさえ、その番号は知らなかったのだ。
「それならば、守秘回線を用意しますが?」
「いや、逆に普通の回線がいいんだ。ただ、第三新東京市内のどこかの公衆電話を、発信元にしてほしい」
「了解しました」
青葉は頷くと、コンソールを操作した。
「・・・・・・どうぞ」
「おう」
ダグラスは、手渡されたヘッドセットインカムをつける。
「取り敢えず、昨夜の被害が最も少なかった地域の公衆電話を設定しました」
「助かる・・・・・・あ、聞いてても構わんぞ」
青葉と会話している間に、イヤホンからは、呼び出し音が響く。
『はい』
柔らかな女性の声が、応対に出た。
いくつかの問答の後、電話が保留にされる。
程なくして、目的の人物が電話を取った。
『速水だ』
ダグラスの駐在武官時代の知人は、眠そうな声で言う。
だが、それが地声だ。
「相変わらず、シケた声してるな。マサヒロ」
『あ? ダグか?』
「そう言ってるだろうが」
『フルネームで名乗られたから、一瞬、誰だか判らなかったよ』
「お前な・・・・・・」
『それにしても、久しぶりだな。5年、いや、6年か?』
「そんなになるか・・・・・・元気そうだな」
『お前もな』
「掃除魔なのは、相変わらずか?」
『ああ、昨日もオフィスを大掃除したばかりだ。カーテンまで洗ったぞ』
「そこまでいくと、病気だな」
ダグラスは笑う。
「庭の方はどうしてる? 丹精してるんだろう?」
『最近は忙しくてな。手が回らんよ』
「それじゃ今頃、雑草だらけになってるんじゃねぇのか?」
『だろうな』
「今度、手伝いに行ってやるよ。今、日本にいるからな」
『あ? いつ、どこに来たんだ?』
「先週から、第三新東京市の知人の所に厄介になってる」
『第三? 夕べは爆発騒ぎがあったろう? お前は大丈夫なのか?』
「ああ。俺も、厄介になってるところも無事さ」
『それならいいが・・・・・・それにしても、なんで日本に来たときに、連絡を寄越さない?』
「いろいろ、こっちも忙しくてな。暇がなかったんだよ」
『・・・・・・そういうヤツだよ、お前は』
「まあ、俺が悪かったよ・・・・・・ああ、そうだ。庭の手入れもそうだが、どうだ? 今度、一緒に酒でも」
『いいな。久しぶりに楽しめそうだ』
「じゃ、場所と時間は・・・・・・」
『Eメールをくれ。アドレスは昔のままだ』
「判った。仕事中、邪魔したな」
『ああ、メール待ってる』
ダグラスはヘッドセットを外した。
「・・・・・・何なんですか、今の」
わざわざ発令所から電話したにも拘わらず、旧友との世間話に終始したダグラスに、青葉は不審そうな目を向ける。
「符丁さ。『大掃除してる』って言ったら、盗聴器を一掃することだし、『庭の手入れ』って言ったら、防諜作業のことだ。つまり、何が忙しかったんだか、最近は他国のスパイに対する防諜活動が疎かになってた、ってことだな」
「じゃ、今のは・・・・・・」
青葉は納得いったように呟く。
「守秘回線が100%安全とは限らん。スパイなんざ所詮、イタチごっこだし、盗聴技術は日進月歩だからな。それだったら、普通の会話に紛らわして話を進めた方が、安全確実だ」
ダグラスはにやりと笑う。
青葉は、ダグラスの経歴など知らない。
だが、その言葉で、彼がその方面の専門家であることを理解した。
「自衛隊の諜報部門は協力してくれるそうだ。この際だから、第三新東京市からNerv以外の組織を、徹底的に排除するぞ」
「了解!」
(・・・・・・それが、あいつらの身の安全に繋がるからな)
ダグラスは声に出さずに呟いた。
*
*
*
「葛城さん!」
背後から名を呼ばれ、ミサトは立ち止まって振り返った。
既に旧知の仲になっているエリカが、小走りに駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「少しだけお時間、よろしいですか?」
エリカの問いに、ミサトは軽く笑って頷く。
「大丈夫よ。ダグと違ってそれほど忙しいわけじゃないから」
今回の件に関して、主管はダグラスら保安部にある。
ミサトも手伝ってはいるが、使徒戦当時に比べれば、格段に楽だった。
「惣流さんの件なんですが」
チルドレンのカウンセリング担当、という地位を与えられているエリカは、そう切り出す。
「何?」
「彼女と逢われましたか?」
「ん~、まあね・・・・・・」
ミサトは言葉を濁す。
「様子はどうでした?」
途端に、ミサトの表情が曇る。
「・・・・・・相当参ってるようだったわ」
何の躊躇いもなく人を殺すシンジの姿。
親友だと思っていたマナの裏切り。
アスカにとっての衝撃度は、計り知れない。
「そうですか・・・・・・」
エリカは、少し考え込む素振りをみせてから、ファイルの間に挟んであった、白い封筒を引っ張り出した。
「これを、惣流さんに渡していただけますか?」
「何?」
訝しげな表情で、ミサトはそれを受け取る。
「強いて言えば、霧島マナの遺言状のようなもの、です」
エリカは、こともなげに言う。
「遺言状?!」
思わずミサトは、彼女の顔を見直した。
「はい。明日、霧島を重犯罪人として処刑するので」
そう告げるエリカの表情は、微塵も変わらない。
その瞬間、ミサトは激発した。
「あのコが重犯罪者ですって?! 確かにあのコはゼーレの工作員だったかもしれない! でも、結局はゼーレを裏切って、アスカとシンジ君を助けてくれたじゃない! あなたとマークであの報告書作ったんだから、そんなこと判ってるはずでしょう?!」
ダグラス、マーク、甲斐、リツコ、そしてエリカの各実務レベルの担当者があげた第一回目の報告書は、幹部速報として既に流れている。
「・・・・・・ショックなのは判りますが、落ち着いて下さい」
ミサトとは対照的に、エリカは静かに言う。
アスカの親友といっても差し支えなかったマナは、葛城家に頻繁に出入りし、ミサトともかなりつきあいがあった。
それゆえに、マナがスパイであったという事実、そしてそれを理由に彼女が処刑されるということは、ミサトを激しく動揺させた。
「それに、何の権利があって、あなたがあのコを裁くの?!」
ミサトは叫ぶ。
「霧島の処置に関しては、私に白紙委任されています。その私が判断を下しました。それに処刑については、本人も了承済みです・・・・・・何がご不満ですか?」
冷静、というよりも、冷厳といった響きの声で、エリカは答える。
「不満だらけよ! あのコの罪はそれほど重いものではないはずよ!」
ミサトは、射殺せそうな視線をエリカに浴びせる。
これ以上、子供達を犠牲にするのは、我慢ならなかった。
エリカは、小さく溜息を吐いた。
「本来ならば、彼女は即刻処刑されてもおかしくないのです。ゼーレが実行した『オペレーション・ヘロデ』によって、直接、間接を含め、第三新東京市の約65%が被害に遭っています。速報レベルでも死傷者は百数十人。二次災害、三次災害をも計算に入れれば、最終的には数百人にのぼるはずです。それだけの犯罪を起こした人間に荷担した者を罰せずに、被害に遭った人々を納得させることができますか?」
責めるでもなく、詰るでもない。
だが、それゆえかえって痛烈な指摘に、ミサトは言葉を失う。
確かに、直接手を下したわけではないが、マナがゼーレの工作員であったことには変わりない。
そして、被害を受けた側にしてみれば、それは同罪ということなのだ。
「被害を受けた人々は、きっとこう思うでしょう。『何故、自分がこんな目に遭うんだ?』と。そして彼らは、その怒りをぶつける相手を欲します。憎悪する相手を欲します。憎み、怒りをぶつけることによって、自分が受けた苦痛を和らげるためです。大抵の人間は、そうやって心のバランスをとります・・・・・・そのためには、『ゼーレ』などという、カタチのない名称だけのものではなく、自分の手で触れられる、はっきりとしたカタチのあるものが必要なのです。それに、霧島が幼い頃から工作員としての訓練を強要されていた、という話を合わせて公開すれば、世論のゼーレに対する反感を煽ることができます。霧島の公開処刑は、あらゆる意味で、Nervにとってプラス要因です」
刹那、ミサトは右手を振り抜いた。
小気味いいほどの音と共に、エリカは頬を撲たれる。
「人心の安定のために子供を犠牲にする気?! あなたには、人間の心がないの?!」
だが、エリカは、撲たれた衝撃で乱れた髪を掻き上げると、何事もなかったかのように言った。
「これは決定事項です」
「あなたは・・・・・・!!」
言い募ろうとするミサトを遮るように、エリカはそれを口にした。
「子供を犠牲にする、と言われましたね? それならば、あなたには、私を責める資格はありません。シンジや惣流さんを『適格者』と呼び、戦場に駆り立て、真の『保護者』たりえなかったあなたには」
「っ!!」
ミサトの顔色が変わる。
「三年前、あなたはシンジ達をどう扱っていましたか?」
エリカは、シンジの専属カウンセラーとしての立場から、彼と彼に関わる人々のあらゆるデータを閲覧した。
三年前のシンジが、何を見、何を聞き、何を感じたか。そして、周りの人々の言動によって、どのような影響を受けたかを知るために。
その課程でエリカは、大人のエゴで子供達が犠牲になったことを知った。
だからこその、言葉。
「・・・・・・か、家族よ!」
エリカの変わらぬ口調とは対照的に、ミサトは上擦った声で答える。
「自分の都合のいいときだけ、『家族』といい、都合が悪ければ『上司と部下』になる。それがですか? 嫌なことには目をつぶり、自分が傷つくのが怖いから、相手のこころに踏む込むことなく、きれいごとに終始しているのが『家族』ですか? そうして彼らが壊れると、『保護者失格』だと自分で先回りして卑下し、自分が忙しいことを口実に、結局は何のアクションも起こさなかったのではありませんか?」
淡々と、低く乾いた声が、ミサトの『罪』を容赦なく暴き立てる。
「うるさい! あなたに何が判るって言うのよ?!」
図星を指され、ミサトは怒鳴った。
シンジやアスカに、『家族』だといいながら、エヴァの部品として、復讐の駒として、戦いを強要した。
トウジが適格者であることを伝えられず、結果、シンジを傷つけた。
そして、アスカの心神耗弱。
だが、ミサトは何もできなかった。
否、しなかった。
その事実が、いつも彼女を責め立てる。
だから、戦いが終わってからのこの二年半は、アスカの良き姉であろうとしたのだ。
その罪を贖うために。
「私が言ったことは、間違っていますか?」
エリカは、静かに問う。
彼女とミサトの視線が、真っ向からぶつかった。
しばらくの間、二人は無言で睨み合っていたが、やがて耐えかねたように視線を逸らしたのは、ミサトの方だった。
「・・・・・・そうよ、あなたの言う通りよ」
噛みしめた奥歯の間から、呻くように声を絞り出す。
「私はずっと、あの子達を振り回していただけ。保護者なんて言っておきながら、肝心なところではいつも逃げてた」
それきり、ミサトは俯き、口を閉ざした。
「では、今回は保護者としての責務を果たして下さい」
不意に、エリカは柔らかな口調で言う。
ミサトは、弾かれたように顔を上げた。
「惣流さんは今、精神的に不安定です。葛城さんにとってショックだった出来事は、彼女にとっては、より大きいショックだったはずですから。彼女を支えてあげられるのは、『家族』である葛城さんしかいません。そして、惣流さんの安定が、シンジをも助けることになります。シンジと惣流さんを・・・・・・あなたの『家族』を助けてあげて下さい」
ミサトは無言。
「話が逸れました。もう一度言いますが、霧島の件は決定事項です。総司令の決裁も頂いていますので、ご了承下さい」
エリカは、再び事務的な口調に戻って言った。
ミサトは、何かを堪えるように、大きく息を吐く。
「・・・・・・判ったわ」
感情を押し殺した声。
エリカは敢えて、それに気付かぬふりをした。
「それでは手紙の件、宜しくお願いします」
そう言い残し、エリカは踵を返す。
その足音が聞こえなくなっても、ミサトはその場に立ち尽くしていた。
*
*
*
目を開けると、最初に飛び込んできたのは、見覚えのある白い天井。
何処からか吹き込んでくる風が、頬を撫でる。
「・・・・・・久しぶりだな、この天井」
シンジはそっと、溜息を吐いた。
「お目覚めか、少年よ」
甲斐は細い目を更に細めて、シンジを見る。
「甲斐さん?」
シンジは、身を起こそうとしたが、白衣に包まれた甲斐の腕が、それを制した。
「動くな。もうしばらくは、絶対安静だ」
「・・・・・・俺、どれくらい寝ていたんですか?」
シンジは大きく息を吐くと、首だけを動かす。
訓練中から、たびたび怪我をしていたので、こういう状況は慣れっこだった。
「だいたい12時間ちょい。今日が何曜日か判るか?」
枕元に立った甲斐は、点滴の滴下速度を調整する。
「えっと・・・・・・木曜日ですか?」
脈絡のない質問に、シンジは一瞬だけ考えてから答えた。
「結構。記憶の混乱はないようだな。気分は?」
「なんとなくだるくて・・・・・・身体中の神経にフィルターがかかってる感じです」
自分の身体なのに、ひどくもどかしい。
シンジの訴えに、甲斐は頷くと、耳式体温計で熱を測った。
ピッ、という電子音とともに、数値がはじき出される。
続いて、レトロな水銀計を取り出し、シンジの血圧を測る。
「熱もあるし、血圧も低い。だるいのは、毎度お馴染みの抗生物質と出血の吸収による発熱のせいだろう」
クリップボードに数値を書き込みながら、甲斐は説明する。
「状況報告、できるか?」
「大丈夫です」
シンジは頷いた。
甲斐は、傍にあった丸椅子を引き寄せて座る。
「その前に、お前さんの状態を説明しよう」
「はい」
「点滴に鎮痛剤が混ざっていたから判らなくなってるだろうが、お前さんの手足はボロボロだ。一番は、左肩の貫通銃創。こいつは鎖骨ごとやられてた。それから、右太股の外側が3mmほど抉られてるのと、左足の付け根に一発喰らってるやつ。それに右脇腹だな。あとは、かすり傷が数え切れないほど。ラッキーなことに、内臓はやられてない。お前さんの悪運の強さか、敵さんの技量の高さかは判らんがな」
甲斐は、そう言うとちらりとシンジの顔を見る。
「取り敢えず、がんじがらめの規制付きで、帰宅許可を出せるまでに一ヶ月、元に戻るまでには四ヶ月かかる見込みだ」
「はい」
「ちなみに、惣流・アスカ・ラングレーの方は無事だ。二時間ほど前に目覚めて、耳鳴りがするって言うんで、今は検査中。スタングレネードの影響だろうから、二、三日中には治るだろう」
「・・・・・・そうですか」
シンジの反応は、僅かに鈍い。
だが、甲斐はそれに気付かないフリをして、話を続けた。
「さて、お前さんの行動を報告してもらおうか」
「はい」
シンジは頷くと、少し間をおき、発令所を飛び出したところから話し始めた。
「発令所を飛び出した後、霧島マナから電話がかかってきました・・・・・・」
マナがスパイだったこと。
Nerv内部に、まだまだ裏切り者が潜伏していたこと。
マナがゼーレを裏切り、誘拐されたアスカとケンスケの本当の居場所を教えてくれたこと。
そして、一緒に二人を助けに行ったこと。
ケンスケを助け、彼とマナにダグラスへの伝言を頼んだこと。
その後、一人で地下に乗り込んだこと。
敵が、アスカを盾にしようとしたこと。
シンジは淡々とした口調で、可能な限り正確に、事実を再現してゆく。
甲斐は、時折メモを取りながら、それを聞いていた。
「それから・・・・・・」
ふと、シンジが言い淀む。
「それから?」
甲斐が促す。
シンジは、何かを堪えるような表情で、おもむろに口を開いた。
「アスカの目の前で人を殺しました。首を切り裂いて。彼女はとても怯えて・・・・・・」
あなたは本当にシンジなの?
「それだけじゃない。ケンスケにも・・・・・・」
何故、殺した?
心臓を抉られるような、問い。
「あんな目で見られるのは、覚悟していたはずなのに・・・・・・」
自分の手を血で染め上げてでも、大切な人を守りたい。
例え厭われることになっても。
そう、決めたはずだった。
「実際にやられると、結構キツイですね・・・・・・」
揺らぐ声。
包帯を巻いた右手で、シンジは目元を覆った。
甲斐は、その様子を黙って見つめる。
自分が守ったはずの人間に、その行為を否定される。
それがどんなに辛く、虚しく、心を軋ませることか、彼は知っていた。
そして、それに関しては、第三者の・・・・・・シンジと同じ立場に立つ甲斐の・・・・・・慰めが無駄なことも。
本人が自力で乗り越えるか、あるいは、発言者自身がそれを取り消さない限り、その『傷』は癒えないだろう。
甲斐は、しばらくしてから短く問うた。
「続けられるか?」
「・・・・・・はい」
シンジは目を隠したまま、頷く。
そして、アスカを保護した所から話し始める。
手榴弾を使って、血路を切り開いたこと。
その後しばらくは、敵が何も仕掛けてこなかったこと。
勿論、黙って逃がしてくれるはずがなく、敵に待ち伏せされ、囲まれたこと。
自分自身を盾にして、強行突破にでたこと。
その瞬間、スタングレネードが放り込まれ、戦自の特殊部隊が突入してきたこと。
そして、彼らに保護されたこと。
「・・・・・・その時、アスカは気を失っており、俺自身も歩ける状態ではなかったので、二人とも担架に乗せられました。俺が覚えているのは、そこまでです」
シンジは、そう締めくくった。
「そうか」
甲斐は相づちを打ち、ペンを置く。
そして、何の感情も交えぬ声で、それを告げた。
「霧島マナと相田ケンスケだがな、身柄を拘束したぞ」
「!!」
シンジは、はっとしたように、甲斐の顔を見る。
「だが、相田少年はシロだってことがはっきりしたんで、既に帰らせた。霧島嬢は、我等が『異端審問官』殿が、直々にお取り調べの最中」
軍人としてだけではなく、カウンセラーとしても一流の腕を持つエリカは、尋問を得意としている。
暗示や薬物による強固な心理ブロックをかけられている人間さえ、容易く口を割らせる彼女は、CIA時代『異端審問官』として有名だった。
「霧島の扱いは?」
硬い声で、シンジは訊く。
「取調中、って言ったろう? 結論なんか、まだでてない」
甲斐は肩を竦めた。
「でも、かなりのペナルティになるぞ。Nervを含めて、街にもかなりの被害をだしたんだ。『犠牲の羊』として、公開処刑もあり得る」
「そんな! 霧島はゼーレを裏切って、俺達を助けてくれたんですよ?!」
激するシンジとは対照的に、甲斐は冷ややかだった。
「裏切ったとはいえ、ゼーレ側の人間には違いあるまい。下手な前例は、他の連中をつけあがらせるだけだ」
その言葉に、シンジは唇を噛みしめる。
確かに、甲斐の言うとおり、Nervを敵に回すとどうなるか、敵対組織にはっきり判らせる必要がある。
そしてそのためには、公開処刑も選択肢に入るのは否めない。
だが、シンジはそれを受け入れられる人間ではなかった。
「・・・・・・甲斐さん、ダグに逢いたいんですが」
その願いに、少年の意図を察した主治医は、首を横に振った。
「助命嘆願なら無理だぞ? ダグは、事後処理ついでに、第三新東京市からNerv以外の組織を徹底的に排除するって、はりきっててな。しばらくは本部に釘付けだ。あいつがお前さんの見舞いに来られる頃には、全部終わってる」
甲斐ははっきりと答える。
「ならば、こちらから逢いに行きます」
シンジは、ベッドに身を起こす。
だが、貧血と体力の極端な低下から目眩を起こし、ベッドから落ちそうになる。
「ばっ!」
甲斐は咄嗟に手を伸ばし、少年の身体を支えた。
「絶対安静だっつってんだろうが! 今は他人の心配より、自分の心配をしろ!」
甲斐はそのまま、シンジを寝かしつける。
だが、シンジはそれに抗おうとした。
「でも!」
「でもじゃない!」
甲斐は、なおも起きあがろうとするシンジの顎に手をかけ、ぐいぐいと枕に押しつける。
「報告と併せて、お前さんの気持ちはダグに伝えておくから、黙って寝てろ!」
抵抗が止む。
「・・・・・・本当に、伝えてもらえますね?」
シンジは勁い眼差しを、甲斐に向ける。
「可否はともかく、な!」
甲斐は渋い顔で頷く。
「必ず、お願いします」
シンジは念を押した。
「くどい! 俺が何時、約束を破った? あんまりうだくだ言ってるなら、半年くらい目覚めない量の安定剤ぶちこむぞ?!」
主治医兼教官は、吐き捨てるように言う。
本人の言うとおり、甲斐は約束を破ったことは一度もない。
彼だけではなく、零班のメンバーは、口に出したことは絶対に履行した。
「・・・・・・すみませんでした」
自分自身を落ち着かせるために、目を閉じていたシンジは、瞼を開くと、静かに言った。
「・・・・・・ったく! 準備も無しに一人で敵陣に乗り込んだあげく、返り討ち寸前だったことといい、本当に猪突猛進の馬鹿野郎だな」
甲斐は溜息を吐いて、手を離した。
そして、蹴倒して転がっていた椅子を起こし、床に散らばったカルテを拾い集めた。
「他に何か質問は?」
冷静な口調を取り戻し、甲斐は訊く。
「ありません」
「それじゃ、用があったらコールボタンを押せ」
「判りました」
甲斐は、クリップボードを抱え、部屋を出て行こうとする。
と、ドアをくぐろうとした時、何かを思いだしたように、顔だけ振り向かせた。
「お前さんは、確かに大馬鹿野郎だが、嬢ちゃんを守りきったことは誉めてやる・・・・・・じゃあな」
扉が閉まると、静寂が辺りを満たす。
シンジは、溜息を吐き、目を閉じた。
*
*
*
「嫁入り前の娘が面ぁ殴られたとは、尋常じゃねぇな」
発令所に入ってきたエリカの顔を一目見るなり、ダグラスは大袈裟に驚いた顔をする。
「相手は誰だ? 避けも反撃もしなかったたぁ、珍しい」
その言葉に、赤いままの頬をさすって、エリカは苦笑した。
「葛城さんよ。覚悟して逆鱗に触れたからね。それなのに反撃なんかしたら、余計に泥沼でしょ?」
「ご苦労なこって」
「ところで、どう? そっちの進捗状況は?」
エリカは、表情を引き締める。
「マークは地上で大掃除中。十五分前までは、インド首相直属情報機関の奴らと交戦中だったはずだが・・・・・・」
「ウエリントン一尉! ヘルムズ二尉より、鎮圧完了の報告がありました!」
タイミング良く、青葉が報告する。
「だ、そーだ」
「一体、此処にはどれくらいの機関が入り込んでんのよ?」
うんざりしたように、エリカは呟く。
「取り敢えず、国内と、『大手』には手を引かせた。あとはフランス対外治安総局と、韓国安企部あたりが残ってるな」
「どこも皆、エヴァのデータが欲しいのね」
エリカは溜息をついた。
「運用に難があるが、地上最強の兵器であることには変わりねぇからな」
ダグラスは頷く。
「ついでだから、日本にいる駐在武官をそっくり入れ替えさせる。連中、ある程度はエヴァについて掴んでるだろうからな。これ以上の漏洩は抑えたい」
「好もしからざる人物? 日本政府がとばっちり喰らうわよ?」
「もっと穏便にやるさ。折角、ウチの総司令が将官待遇なんだ、そいつを使わねぇテはねぇ。国連通達の『お願い』って言って、各国に強制させる」
ダグラスは、しれっと言い放つ。
「悪辣ね・・・・・・そのほかに、テロリストとかはいないの?」
「そっちもやってる。今頃警察はてんてこ舞いだろうよ」
非常事態と言うことを利用して、自衛隊、戦自、警察を総動員し、少しでも疑わしい人物は、片っ端から捕らえているのである。
さぞ、警察の留置場は、にぎやかなことだろう。
「それからカイは、馬鹿ガキの治療中」
「ヨシヒロって、フランスの医師免許しか持ってないんじゃなかった? 確か、日本の法律だと、日本の免許を持ってないと、医療行為は認められないと思ったけど」
エリカは小首を傾げる。
「Nerv内は、在外公館と同じ扱いだ」
つまり、日本の法律は適用されない、ということである。
「そう・・・・・・エディは?」
「夕べからずっと、乳母やってる」
「は?」
エリカは、ぽかん、と口を開けた。
「赤木博士が、こっちに詰めきりだろう? 警護も兼ねて、子供の面倒を見てる」
ダグラスは、おかしそうに言う。
「あらま・・・・・・夕べから姿が見えないと思ったら、そんなことしてたのね」
「かなり懐かれてるらしいぞ」
子守をするエドワードの姿を想像し、二人は、顔を見合わせてひとしきり笑った。
「・・・・・・で、霧島の件はどうなった?」
笑いを収めると、ダグラスが訊く。
「手配は完了。あとは、時を待つだけ」
あっさりと言われ、ダグラスは苦い笑いを浮かべる。
「・・・・・・しかし、戦争屋ってのは、極悪非道な商売だな。地獄落ち決定だ」
それを聞いて、エリカは、口許に薄い笑みを刷いた。
「そんなのは最初から決まってるわ。何しろこの組織は、神様の御使い相手に戦っていたそうだから」
「そうだな」
ダグラスは笑みを深めた。
「それじゃ、そっちは任せた。巧くやれよ」
「了解」
*
*
*
アスカは、ベッドの上に半身を起こし、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
検査の結果、耳鳴りは大したことはなく、二、三日中には治ると言われた。また、そのほかの傷も同様で、跡が残るようなことはないとのことだった。
だが、大事をとって、明日までは病院で過ごすことになっている。
不意に、軽いノックの音が響き、アスカは我に返った。
「・・・・・・どうぞ」
返事とともに、ドアが開き、ミサトが入って来る。
「どう? 具合は」
ミサトは、アスカに微笑みかけると、ベッドサイドの丸椅子に座る。
「別に・・・・・・」
アスカは暗い表情で答えると、タオルケットの上で組んだ手に視線を落とす。
ミサトは一瞬、それにたじろいだが、気を取り直して話を続ける。
「お昼ごはん、食べなかったんですって? だめよ、ちゃんと食べなきゃ」
「・・・・・・食欲なくて」
考えてみれば、昨日の昼から丸二十四時間以上、何も食べていないが、空腹は感じない。
「そう」
ミサトは相づちをうちながら、どうやって用件を切り出そうか、迷っていた。
(アスカがもう少し落ち着いた頃を見計らって、出直そうか?)
沈みがちなアスカを見て、ミサトはそう考える。
だが、すぐにその考えをうち消した。
以前、そうやって先延ばしにして、取り返しのつかないことをしたのではなかったか?
あなたには、私を責める資格などない。真の『保護者』たりえなかったあなたには。
先程の、エリカの台詞が、頭の中に木霊する。
今度は、『保護者』の責務を果たして下さい。『家族』として、惣流さんを支えて下さい。
(・・・・・・言わなくては駄目)
「アスカ」
ミサトは、意を決して、口を開いた。
「こっちをみて」
言われて、アスカはのろのろと顔を上げる。
彼女の視線を、真正面から捕らえると、ミサトは預かっていた封筒を差し出した。
「読んであげて。霧島さんからよ」
アスカの青い瞳が、驚いたように見開かれ、続いて怒りを示す。
彼女は、ミサトの手から封筒を奪い取ると、力任せに引き裂き、うち捨てた。
「何よ今更っ! あいつはっ!」
「・・・・・・あなたを裏切った?」
ミサトが静かに言うと、アスカはひどく傷ついたような表情をした。
だが、それもほんの一瞬のこと。
次の瞬間には、ミサトを睨み付けた。
「判ってるなら、どうしてこんなものを持ってくるのよ?!」
アスカは、吐き捨てるように言うと、関節が白くなるほど強く、タオルケットを握り締める。
「アスカ、落ち着きなさい」
ミサトは、アスカの手に自分のそれを、そっと重ねた。
「あなたが怒るのも、もっともだと思う。この二年間、霧島さんはあなたにとって、洞木さんに勝るとも劣らない親友だったものね? その彼女が、あなたを誘拐しようとしたんだから、裏切られた、って思うのも、無理はないわ」
ミサトは、アスカの手を強く握る。
「これからする話は、霧島さんの告白したことなの。でも、すべてが真実かどうかは判らない。だから、それを信じるかどうかは、あなた自身が決めなさい」
そう前置きして、ミサトは語りだした。
マナは、物心ついたときからゼーレの組織で育てられたこと。
そこで、工作員としての教育を受けたこと。
ゼーレの命令で、セカンドチルドレン、フォースチルドレンに近付くために、この街に来たこと。
ゼーレの最終目的は、人類補完計画の再施行であること。
そして、補完計画の『鍵』となるシンジを捕らえるための手段として、マナはアスカを誘拐するよう命じられたこと。
「でもね、霧島さんは結局、ゼーレを裏切ったの。アスカは大切な友達だから、って。彼女がシンジ君やマーク・・・・・・保安部の人間に、あなたの居所を教えてくれたのよ」
「・・・・・・」
「あなたは、霧島さんのその気持ちまで否定する?」
アスカは俯き、何かを堪えるように唇を噛む。
ミサトは立ち上がると、アスカが千切ってしまった手紙を拾い集めた。
「読んであげて」
ミサトは、手紙の破片を差し出す。
一瞬、言葉に迷ったが、結局、直截な言い方をした。
「・・・・・・遺言だそうよ」
アスカは、はっとしたように顔を上げる。
「彼女、明日処刑されるの」
ミサトの沈痛な表情を見、アスカは血の気の薄い顔を背けた。
「・・・・・・いい気味だわ」
その声は、微かに震えていた。
「本当に、そう思う?」
ミサトは手紙を、ベッドサイドのテーブルの上に置いた。
「相手が死んしまったら、二度と謝ることも、許すこともできないのよ?」
その時、ミサトの胸中にあったのは、父親の姿であり、加持の姿だった。
本当は愛していたのに、それを伝えることができずに、彼女の心はずっと、それに縛られていた。
だが、父とは、サードインパクトで束の間の再会を果し、伝えることができた。
加持は、生きて帰ってきたから、伝えることができた。
だからミサトは、その呪縛から逃れることができた。
もし、それができなかったならば、彼女は一生その枷を負って、生きていかなければならなかっただろう。
妹分の少女に、そんな思いはさせたくなかった。
「人間って、馬鹿よね。大切なものは、失ってからその価値に気付くの」
ミサトは、白いリノリウムの床を見つめて、ぽつりと呟いた。
少女への諫言か。
それとも、独白か。
アスカは無言のまま。
「あなたにとって、本当に大切なのは何か、よく考えなさい。後悔しないようにね」
ミサトが口を閉ざすと、病室の中に、息苦しいほどの沈黙が落ちる。
これ以上、彼女が言うべき事はない。
あとは、アスカ自身の心次第だった。
「・・・・・・また後で来るわ。着替えを持ってくるから」
ミサトはそう言い残し、部屋を出て行く。
ドアが閉まると、アスカはゆっくりと、手紙の置かれたテーブルを振り返った。
ばらばらになった紙片の間に、慣れ親しんだ筆跡が見え隠れする。
『ごめんなさい』
その一文が、目に飛び込んだ。
「・・・・・・馬鹿」
アスカの頬を涙が伝った。
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※この物語はフィクションであり、現存する組織、団体、個人などとは一切関係ありません。
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(※)ケルン
オランダのハーグは、セカンドインパクトで壊滅的なダメージを受けた為、ドイツのケルンに国際司法裁判所が移されている。ちなみに、国連本部は、ニューヨークからワシントンD.Cへ移転。
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すみません!
大訂正です。
私の知識のなさで、国際司法裁判所のなんたるかが判っていませんでした。
1999年に上記のように、ゲンドウが出頭する先を、「国際司法裁判所」というふうに表記しました。(具体的に示してはいませんが、そのように理解できる表記ですよね?)
しかし! 司法裁判所は、国家対国家の紛争を解決するための場所であり、個人は当事者たりえないんですね。(まあ、Nervは国連機関というなので、無理をおせば、当事者たり得るんですが・・・・・・)
で、今回この話を書くに当たって、つらつらと調べてみたら、近年、最も適当と思われる国連の機構ができたんですよ。
1998年に外交会議で、設置が決定(ローマ規定)された「国際刑事裁判所」です。
国連の日本語HPにものってないし、なんじゃそりゃ、と思って調べを進めたら、効力発生の条件とされた60カ国以上の批准がままならず、ぜーんぜんスタートする気配もなかったらしいんです。
が、2002年に批准要件を満たしたんで、2003年に発足してるんですよ。
どーやら、日本は批准も署名もしてないんで、HPからははずれてるらしいです。
刑事裁判所は、ジェノサイドや重大な非人道的行為を犯した個人を裁くための機関です。
裁判所規定を読むと、内容的にはこちらに該当しますので、「国際刑事裁判所」といふうに設定を変更しました。
アホな私を笑ってください・・・・・・
っていうか、もっと国際情勢に敏感になれよ>自分
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好もしからざる人物(ペルソナ・ノン・グラータ)
意味的には、「=国外退去」。その国の国籍を持たぬ人物(主に外交官や駐在武官、記者など)が、法律(主に軍事機密)に抵触した場合、「好もしからざる人物」として、国外退去を命じられることがある。その場合、大抵「報復」として、国外退去を命じられた人物の国が、自国にいる命じた国の外交官や、駐在武官を、国外退去させることがある。報復がエスカレートしてゆくと、戦争にもなりかねない、非常にデリケートな外交手段。
ちなみに、純粋な法律違反(たとえば殺人など)の場合は、報復はほとんどない。
BR>
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Ver.1.0 1999.6.27
Ver.1.1 2004.3.5
誤字・脱字・用語ミス、その他感想などございましたらこちらまで
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【次回予告?】
でかすぎたので、分けます(T^T)
続きは近日中に・・・・・・
お暇な方はソースをご覧下さい。
おあとがよろしいようで?
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感想・ご意見などをおまちしております
ぶらざー玲&しすたー尚韻