両側から二人の男に挟まれたアスカは、Nerv本部ほどではないが、通常よりも間隔が長いエレベータに乗せられ、更に地下のフロアへ連れて行かれた。
隙をついて逃げ出そうかと思ったが、男達はそれほど不用心ではなく、付け入る隙は無い。
人気のない通路をしばらく歩き、何の変哲もないドアの前に立つ。
そして、一人がアスカの背後に回り、もう一人がドアを開けた。
「・・・・・・大人しくしていろよ」
手錠が外されると共に、アスカは、何もない部屋の中へ突き飛ばされる。
それと同時に、外から施錠された。
少女は、溜息を吐いて辺りを見回した。
6畳ほどの部屋は、素っ気ないグレイの壁に、蛍光灯が一つだけの天井。パイプベッドと、作りつけの洗面台とトイレ。
広さこそあるが、それはまさに独房。
どう足掻いても、逃げ場はない。
「・・・・・・ Du Arschloch !」
アスカは力一杯、鉄のドアを蹴飛ばした。
天と地のはざまで<5>
カーニバル・ナイト
D part
マナは、地下駐車場へ続くスロープを、ゆっくりと降りて行く。
フロアにでる辺りで、ウズィを構えた警備の男が一人、所在なげに立っている。
「・・・・・・サロメ、どうした?」
男がマナに気付き、声をかける。
「こちらは終わったから戻ってきたのよ」
マナは軽く微笑み、男の横に立った。
「彼らはあそこ?」
マナは、駐車場の片隅に止められた宅配便のトラックを指さす。
「ああ・・・・・・だけど男しか居ない」
男の視線が、マナの指差す先を向いた瞬間、背後から伸びた手が男の口を塞ぎ、一気にその喉元を掻き切った。
背後に飛び退いたマナを追いかけるように、頸動脈から溢れる血が勢いよく散る。
シンジはナイフを握ったまま、倒れかかる男の身体を抱き留めると、ゆっくりとコンクリートの上に寝かせた。
そして、男のウズィを取り上げると、近くにあった車の蔭に、音もなく滑り込む。
マナは一つ頷くと、もう一人の警備員が居るはずの詰め所へ向かった。
軽く呼吸を整え、大きなガラス戸をノックする。
中にいた眼鏡をかけた男が、窓を開けた。
「・・・・・・どうした?」
「彼らの様子を見たいんだけど、つき合ってもらえるかしら?」
「判った」
眼鏡の男は、ウズィを持つと、詰め所を出た。
「女の方は下に連れて行かれたぞ」
「生きているの?」
マナはさり気なく訊く。
「ああ、見張りを蹴り飛ばすくらい元気さ」
「そう」
マナは頷いた。
「ところで、鍵は必要?」
ケンスケが閉じこめられているトラックの荷台の前に立つと、マナは男に訊いた。
「特にない」
マナは、閂を外して、扉を開けようとする。
男の注意がそれに向けられた瞬間、車の蔭から飛び出したシンジが、男の頸椎にナイフを突き立てる。
声をあげる間もなく、男は絶命する。
シンジは先程と同じように、崩れかかる男の身体を抱き留めると、俯せに寝かせた。
「霧島」
マナは頷くと、扉を開ける。
シンジは、音もなくコンテナの中へ滑り込んだ。
「ケンスケ?」
「シンジか?! どうしてここへ?!」
突然、名前を呼ばれたケンスケは、驚いたように声をあげる。
「説明は後でするよ。怪我は?」
シンジは、ケンスケの傍らにしゃがみ込むと、彼の状態を確認する。
「腹を蹴られたけど大丈夫だ。それより惣流が・・・・・・」
「話は聞いてる。あ、ちょっと待ってて」
シンジは立ち上がると、一旦コンテナを出た。
そして、絶命した男から眼鏡を取り上げて戻る。
「今、手錠を外すから」
シンジは、眼鏡のつるの部分を無理矢理壊した。
そして、それをケンスケの手錠の鍵穴に差し込んで動かす。呆気ないほど簡単に、鍵は外れた。
同様の方法で、足枷も外す。
「動ける?」
手首のマッサージをしているケンスケに、シンジは問う。
「ああ、大丈夫だ」
ケンスケは頷き、立ち上がった。
「シンジ君! 誰か来る!!」
マナがコンテナの中へ顔を出す。
「霧島っ?!」
思わず声をあげたケンスケの横を擦り抜け、シンジはコンテナの外に出る。
「手伝ってくれ」
シンジとマナは、絶命した男の身体を抱えあげ、荷台に放り込んだ。
ケンスケの表情が、驚愕に固まる。
それには構わず、シンジとマナはコンテナの中へ入り、扉を閉じる。
その際、僅かに隙間を残しておいた。
「シン・・・・・・!」
事態の説明を求めようとしたケンスケの口を、マナの手が塞ぐ。
「後で全部説明するわ。だから今だけ信じて」
少年の耳元で、マナは囁いた。
暗闇の中に浮かぶ、抗いがたい瞳の色に、ケンスケは取り敢えず頷く。
「来た」
シンジは小さく呟くと、いつでも飛び出せるよう身構えた。
エレベータから降りてきた何も知らない男二人が、詰め所へと向かう。
シンジは、僅かに扉を開けると、するりと外へ滑り出た。
気配を殺し、車の蔭を使いながら、二人に接近する。
「おい・・・・・・」
男の一人が、詰め所の中へ声をかけた瞬間、男達の背後に回り込んだシンジは、ウズィの引き金を引いた。
完全に虚を突かれた男達は、あっという間に血塗れになる。
シンジは、ウズィを構えたまま、男達を爪先で仰向けにした。
完全に死んでいることを確認して、片方の男の傍らに跪く。
「シンジ君」
「シンジ」
マナとケンスケが、駆け寄ってきた。
「そっちのヤツから、予備の弾倉を抜いてくれ」
シンジは、顎で死体を示す。
苦悶の表情を浮かべた男の周囲に、血が広がって行く。
ケンスケにとっては不慣れな、シンジにとっては最早日常的な血の臭いが、鼻を突いた。
「・・・・・・殺したのか?」
青ざめた顔のケンスケが、掠れた声で訊く。
「ああ」
シンジはあっさりと頷いた。
「先刻の男も?」
「ああ」
「・・・・・・なんで?」
(なんで殺した?)
(なんで殺さなければならない?)
映画やサバイバルゲームなら、一瞬後には、『死体』は何事もなかったかのように立ち上がるだろう。
だが、目の前にあるのは、本物の『死体』だった。
「『何で』?」
シンジは鸚鵡返しに問う。
「敵の総数が判らない以上、少しでも戦力を殺いでおくのが常道だろう? それに先に手を出さなければ、こちらが殺される」
感情が欠落した黒い瞳が、ケンスケを見返した。
ケンスケは、思わず息を呑む。
(これは誰だ?)
(これは本当にシンジなのか?)
彼の知っている『碇シンジ』は、他人を傷つけることを極度に嫌う少年だった。
だが、目の前に居るのは、表情を欠片も変えずに、簡単に人を殺してしまう少年。
ケンスケは、恐怖さえ感じた。
「霧島。下に行くには、カードか何か必要なのか?」
シンジはそう訊きながら、もう一人の男の死体からも、装備品をはぎ取る。
「ええ、IDカードが必要よ」
沈んだ顔色のマナは、それでもはっきりと答える。
シンジは、男達の服を探ってIDカードを抜き取った。
「・・・・・・シンジ、どうするつもりだ?」
「アスカを助けに行く」
ケンスケの問いに、シンジは何の気負いもなく答えた。
「霧島、協力ありがとう。手伝ってくれるのは、此処まででいい」
シンジは軽く頭を下げる。
「一人で行く気?」
マナが訊く。
「ああ。君は、ケンスケと一緒にNervに保護を求めてくれ」
「私も手伝わせて」
マナは、毅然とした視線をシンジに向けた。
ここで『逃げて』しまうのは、自分の気持ちが許せなかった。
「俺にも!」
ケンスケは咄嗟に叫んだ。
いつだって、何の役にも立てない自分が悔しかった。
だから、そう叫んだ。
だが。
「二人の気持ちは判るけど、邪魔なだけだ」
浴びせかけられたのは、冷ややかな拒絶の言葉。
「戦争のプロ相手に、自分の身を守れるか? ロクに訓練も受けてない人間がついてきても、荷物が増えるだけだ」
「・・・・・・確かに、俺は自分の身すら守れない。でも囮ぐらいの役には立つはずだ」
ケンスケは食い下がる。
「駄目だ。そんなことをすれば、二人とも殺される。アスカが無事なのは、Nervのセカンドチルドレンという『立場』のお陰だ。でも、二人は違う。霧島が裏切ったことはすぐにバレるだろうし、ケンスケは身の安全を保障できるだけの『立場』がない」
ケンスケは、自分の無力さに唇を噛んだ。
「じゃあ、私を連れていって。私は組織で訓練を受けているわ」
マナの言葉に、シンジは表情を消して彼女を見た。
人間らしい揺らぎの見えない、『ケルベロス』の顔。
「ならば、躊躇わずに人間を殺せるか?」
「・・・・・・っ!!」
ケンスケもマナも答えられない。
「できないだろう?」
シンジは、僅かに視線を緩めた。
「仮に、できたとしても、人を殺せば絶対に後悔する。そして一生、悔やみ続けることになる」
ケンスケは気付いた。
親友の変化の理由を。
シンジが変わったのは、ケンスケのように『ごっこ』ではなく、本物の『人間を相手にした戦争』を経験した所為なのだと。
そしてそれが、彼の心に大きな影をおとしているのだと。
「・・・・・・それはお前だって・・・・・・」
ケンスケの言葉に、シンジは自嘲の笑みを浮かべ、ゆっくりと頭を振った。
「俺はもう、慣れたよ。この二年間、数え切れないほど人を殺した。だから、何も感じない」
嘘である。
人を殺すことに、慣れるはずがない。何も感じないはずがない。
ただ、それを忘れたフリが上手くなっただけだ。
「だから、二人はそんなことをしなくてもいい」
「でも、シンジ君一人じゃ・・・・・・」
言い募ろうとするマナに、シンジはいつもの穏やかな表情を向けた。
「大丈夫だよ。ゼーレの命令は、サードチルドレンを生きたまま捕らえることだろう? だから、俺が殺されることはないよ。それに、『ケルベロス』の名は伊達じゃない」
「・・・・・・」
「それに、二人には伝令を頼みたいんだ。ミサトさん・・・・・・いや、ダグラス・ウエリントンに、此処のことを伝えてくれないかな? ECMの所為で、通信手段がないんだ」
「・・・・・・判った」
「・・・・・・判ったわ」
自分達の立場も、シンジの気遣いも理解できたから、此処にいてはいけない。
ケンスケとマナは、頷いた。
「・・・・・・じゃあ、よろしく」
シンジは、身を翻して駆け出した。
*
*
*
敵を排除するために、ダグラスが選んだ手段は、かなり荒っぽいものだった。
管制室を占拠した敵を、部屋ごと吹き飛ばす。
敵に対する人道的見地も、施設の損害についても、全く意に介さない方法。
だが、それはNervやチルドレンを守るために必要なことだった。
Nervに敵対した者がどうなるかを示し、今後の抑止力とする。
同時に、味方の人的被害を最小限に食い止められる。
躊躇いはなかった。
ダグラスが頷くと、部下がLMAW AT4CSを構える。
管制室と通路を隔てる、対爆仕様の隔壁を破壊するために、技術部が対使徒戦用に試作した、特殊な弾頭が用意された。
「Fire!」
ダグラスの合図と共に、TNT火薬にして数十Kgの威力を秘めた弾頭が複数、発射される。
一瞬置いて、爆煙と熱風が、轟音と共に通路を駆け抜けて行った。
更に、遅発モードにセットされた通常の84mm弾頭が、だめ押しとばかりに発射される。
煙と熱を感知し、スプリンクラーと化学消火剤が辺りを満たす。
五分ほどで、消火システムはその役目を終えた。
「突入!!」
甲斐の号令一下、銃を構えた保安部員達が走り出す。
そして、管制室内で一様に立ちすくんだ。
目の前にあるのは、まるで地獄の光景だった。
爆発によって、手足が四散した者。
高温と化したガスに炙られ、完全に炭化している者。
飛散した金属片に腹を抉られ、内臓をはみ出させている者。
そのなかで、僅かながら息を残している者も居た。
「生きているヤツは、確実に殺せ」
非情としか取りようのない命令を、ダグラスは口にする。
「声を出してなくても、原型をとどめてるヤツには、何発か撃ち込んどけ。死んだフリをされてると困る」
無傷なのは言うに及ばず、たとえ瀕死だとしても油断は出来ない。
機関銃の引き金なり、爆弾のスイッチなり、指先一つ動かせれば、大量に人命を奪うことが出来るのだ。
だが同時に、苦しまずにしてやれ、という意味も込められていた。
「・・・・・これってまるで、ステーキよね」
あまりにも酸鼻な光景に、蹲って嘔吐している保安部員もいるなか、エリカが無遠慮な感想を漏らしながら、率先して死体を検める。
「外はこんがり、中はジューシーってか?」
甲斐も死体を確かめながら、投げ遣りに笑う。
数多くの戦場を見てきた傭兵である彼にしても、軽口でも叩かないとやりきれなかった。
「どうでもいいが、後片付けが大変だな」
ダグラスはそう言って、無造作に引き金を引く。
重度の火傷により表皮が剥け、赤い筋肉を晒している男の身体が、銃声にあわせて跳ねた。
「あのね~、自分で指示を出しといて、そういうこと言うの? ダグ」
エリカが溜息を吐く。
「こいつらがもっと無能なら、ここまでする必要はなかったんだがな」
これほど手際が良くなければ、あるいはNervの奥深くまで入り込んでこなければ、ここまで残虐な殺し方をせずとも済んだ筈だった。
「そりゃごもっとも」
甲斐は肩を竦める。
それ以降、彼らは無言で仕事を進めた。
5分ほどかけて、全ての死体を検めると、示し合わせたように大きく息を吐いた。
「制圧完了だな」
「そうね」
「・・・・・・こちらウエリントン。侵入者は制圧した」
爆破でモニターカメラが死んでいるため、ダグラスがインカムを使って報告する。
『こちら発令所、了解です』
『こちらC3I、了解しました』
それぞれのオペレータが答える。
「MAGIの復旧見込みはどうなってる?」
『・・・・・・30分以内には敵を排除できそうです』
ダグラスの問いに、発令所のオペレータが答える。
「了解。C3I、MAGI復旧と同時に、監視システム全開。索敵掃討だ」
『了解』
ダグラスは、インカムをオフにすると、部下達に向き直った。
「さて、片付けるぞ」
*
*
*
「西階段に侵入者です!」
オペレータの声に、男は館内モニターに視線を向けた。
ウズィを抱えた少年が、フレームの端を掠めるように駆け抜ける。
「・・・・・・サードチルドレン」
男は、何故、という言葉を飲み込んだ。
恐らくは『サロメ』の手引きであろう。
セカンドチルドレンを助けに来たことは、想像に難くない。
「・・・・・・麻酔弾は?」
「アルファが全て持ち出しているはずです」
男の問いに、部下が答える。
(まあ、よかろう。所詮、子供の悪戯だ)
マナと同じく、シンジの『本性』を知らない男はほくそ笑む。
「二チーム、抗弾装備でまわせ。銃も刃物も禁止だ。なるべく無傷で取り押さえろ」
素手でも問題はないと考え、男は指示を下す。
「了解」
オペレータは、短く応えた。
(これで、計画の一つは達成したな)
男は、シンジが簡単に捕まることを確信していた。
*
*
*
マナの説明によれば、地上と『イエロー』を結ぶのは三つのエレベータと二つの階段だった。
その説明でも詳細は判らない上、事前調査などの準備がまったくないため、このビルの構造を理解することはできなかった。従って、対人トラップが仕掛けてありそうな排気ダクトやエレベータ坑を選択肢からはずし、シンジはストレートに階段を使った。
気配と足音を殺して、可能な限りの速さで下っていく。
途中、幾度も監視カメラの存在に気付いたが、破壊をすれば却って人目を惹く。かといって細工をする暇もないため、なるべくカメラの視界ギリギリを、素早く擦り抜けることを心がけた。
(対人防御システムが無いのが幸いだけど・・・・・・そろそろ気付かれる頃かな?)
シンジは、いましがた通り過ぎた監視カメラを振り返った。
なるべくならば、アスカと接触するまで気付かれたくなかった。
シンジは、『イエロー』のあるフロアへ通じるドアの前に立った。
ノブに手をかけようとして、その手が止まる。
(・・・・・・いる)
鋼鉄のドア越しに、複数の人の気配を感じる。
数多くの死線をくぐり抜けてきたシンジは、異常に勘が鋭くなっていた。今まで、この手の判断を誤ったことはない。
それ故に彼は、『ケルベロス』として恐れられているのだ。
(やっぱり気付かれてたか)
そうなると、相手が侵入者をサードチルドレンであると認識しているかどうかが問題になる。
単なる侵入者ならば、見つかった瞬間に殺されるだろうが、サードチルドレンだと判っているならば、最悪の事態だけは免れられる。
シンジはウズィを構えると、一つ息を吐く。
そして、一気にドアを開き、ウズィを掃射しながら敵の中に突っ込んだ。
対する男達の反応は、僅かに遅れた。
待ち伏せていたつもりが、逆に完全にタイミングを外されたのだ。
判断に迷っている間に、一人が顔面に銃弾を受け、倒れ伏す。
だが、それもほんの一瞬のこと。
即座に態勢を立て直した男達は、腕で顔面をガードすると、抗弾仕様の戦闘服の性能に任せ、銃弾をものともせずにシンジに飛びかかる。
それを予想済みだったシンジは、ウズィを投げ捨て、コンバットナイフを引き抜いた。
先陣を切ってきた男に向かって踏み込んだ瞬間、逆袈裟にナイフを薙ぐ。
「ハードプレート!」
硬い手応えに、舌打ちが漏れる。
鎧に相当するハードプレートを着込まれている以上、胴体部分への攻撃は無駄である。
シンジは一瞬にして手首を翻し、狙いを変えた。
僅かな傷でも、ダメージの大きい顔面。
鋭い斬撃を避けきれず、男は鼻の辺りを切られた。
「ぐっ!」
男は、顔を押さえて二、三歩後退さる。
追いすがってとどめを刺そうとしたシンジは、背後に気配を感じて、反射的に後ろ回し蹴りを放った。
ブラックジャックを振り下ろそうとしていた男が、咄嗟にスウェーしてそれを躱す。
同時に、シンジは軸足を入れ替えると、更に蹴りを放つ。
その動きについていけず、男は顎の付け根あたりに直撃を食らって、倒れ伏した。
刹那、シンジの背もがら空きになる。
敵がそれを見逃すはずも無く、斜め後ろ二方向から、ブラックジャックが唸りをあげて襲いかかった。
間一髪、シンジは身を翻してそれを躱すと、距離をとろうとする。
男達はそれを許さず、再びブラックジャックを薙ぎ払う。
シンジは身を屈めてそれを避けると、右手から攻めてきた男に足払いをかけた。
「がはっ!」
完全に体勢を崩した男の喉元を、伸び上がったシンジのコンバットナイフが、真一文字に切り裂く。
吹き出した鮮血が、周囲に幾何学模様を描いた。
「ちっ!!」
先程顔を切られた男が、シンジに飛び掛かる。
傭兵である彼らにとって、これは簡単な仕事のはずだった。
いくら銃を持っているとはいえ、ロクに訓練も受けていない子供が、のこのこと自陣のど真ん中にやってきたのだ。
殺傷こそ禁じられているが、どんなに抵抗されようと、四人がかりなら捕らえるのは容易い、そう思っていた。
だが、実際には、自分達の方が不意を突かれ、あっという間に総崩れになっている。
「クソガキがっ!!」
罵声と共に振り抜かれたブラックジャックを、サイドステップして空を切らせ、シンジはナイフを繰り出そうとした。
だが、血溜まりに足をとられ、僅かにふらつく。
その瞬間、男のブラックジャックが、シンジの右手を掠めた。
「くっ?!」
骨折するほどではなかったが、それでもナイフを取り落とさせるには十分な打撃。
「もらったっ!」
完全に素手になった少年へ、勝利を確信した男が詰め寄る。
シンジは咄嗟に、中段蹴りを放った。
無駄なのは百も承知である。ただ、男の体勢を崩させるためのものだ。
「っ!!」
一瞬の油断で、男は鳩尾あたりに蹴りを受け、上体を泳がす。
シンジはその手首を掴むと、自分の方へたぐり寄せた。
同時に、その腕を男の背中へ捻り上げて関節を極め、へし折る。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
更にシンジは、残った左腕も捕らえ、肩の関節を外す。
そして、肩越しに手を回し、男の顔の傷口に爪を立てた。
アイアンクロウをかけられ、男は悲鳴を上げる。
「・・・・・・セカンドチルドレンは何処だ?」
シンジは、僅かに指の力を篭めた。
「答えろ!」
「・・・・・・下だっ・・・・・・!」
男は、喘ぎながら答える。
シンジは、腕を男の首筋へ巻きつけた。
そのまま一気に締め上げ、頚椎を折る。
男が絶命したことを確認すると、その身体を放り出し、ナイフとウズィを拾い上げた。
弾倉を抜き、残弾数を確認する。
どのような状況でも、無駄に弾を使わぬよう、点射の癖がついているので、まだ半分くらい残っている。
(・・・・・・後でダグに怒られるな)
ふと、シンジは自嘲を漏らした。
客観的に見れば、ここまでの彼の行動は、自殺行為である。
そして、普段のシンジなら、そのことを理解し、安全かつ確実な手段を選んで行動しただろう。
だが、そんなことも思い浮かばないほど、彼は冷静さを失っていたのだ。
ウズィを構え直し、再び階段を下ろうと扉を開けた瞬間、シンジの耳は複数の足音を捉えた。
(・・・・・・まあ、それも無事に帰れての話か)
シンジはドアを閉じると、別な階段へ向けて、駆け出した。
*
*
*
混乱する町中を、マーク率いるチームは、アスカとマナの行方を探していた。
本来は、別なチームの支援に来ていたのだが、セカンドチルドレンの身柄確保こそが最優先されるため、任務が切り替わっていた。
しかし、ECMにより、機器に頼ることができず、足で稼ぐという原始的な捜索方法しかないため、効率は悪い。
そんな中、マナを捕捉できたのは、僥倖以外の何者でもなかった。
同時に、それは、マーク達の追跡が正しかった証拠でもある。
「『カルメン』と『ファルスタッフ』が一緒です。『トゥーランドット』は見あたりません」
部下の耳打ちに、マークは青灰色の目を細める。
「・・・・・・よし、俺が接触する。周囲に展開しろ。5分だ」
「了解」
OL風の身なりをした女は、マークの傍から音もなく消えた。
通信機も使えないため、連絡を取るのも人海戦術である。
「・・・・・・伝書鳩か軍用犬の必要性を痛感するとはな」
士官学校の教本にあった、ローテク通信手段を思い出し、マークは溜息を吐く。
「緊急時のバックアップとして、真面目に検討の余地があるか」
独り言を呟きながらも、彼は少年少女から目を離さない。
二人は、何かに焦っているような表情で走っている。
マークは腕時計に視線を走らせ、きっちり300秒後、動いた。
ごくさりげなく、二人の進路を塞ぐように立ちはだかる。
「・・・・・・霧島マナさんと、相田ケンスケ君だね?」
マークは、少しだけクセのある日本語で、確認するように言う。
「?!」
突然現れた外国人に名を呼ばれ、二人は身構えた。
「Nerv保安部の者だ。申し訳ないが、ご同行願う」
マークは、IDカードを示す。
「・・・・・・ちょうど、こちらから伺おうと思っていたところです」
マナが、硬い表情のまま答える。
「それはまた、どういったご用件かな?」
口調は柔らかいが、冷ややかな眼差しを、マークは少年少女に向けた。
二人は、顔を見合わせると、徐ろに口を開いた。
「惣流・アスカ・ラングレーの行方」
「ダグラス・ウエリントンって人に、シンジからの伝言がある」
マナとケンスケが、それぞれ答える。
「・・・・・・ほう」
マークは、驚いたような口調で言う。
しかし、その表情は、値踏みするときのソレだった。
この二人は元々、レベル1の監視対象である。
その言葉を、簡単に信じるわけには行かなかった。
「それは是非伺いたいが、何故、そのことを君達が知っているのかな?」
一瞬の沈黙。
マークは、子供たちの表情に逡巡を看取った。
彼が、話を促そうとしたとき、不意にマナが口を開いた。
「・・・・・・私がお探しのスパイだからです」
少女は、はっきりと言った。
「相田君もかね?」
マークは、ケンスケへと視線を投げかける。
「いえ、彼は違います」
少年が答えるよりも早く、マナが否定した。
「なるほど・・・・・・」
マークは頷くと、軽く手を振った。
周囲に展開していた彼の部下達が、一斉に包囲の輪を縮める。
「っ?!」
ケンスケは、目を瞠いた。
滑るように距離を詰めたマークが、シグ・ザウエルP226を握っていた。
そして、その銃口は、彼の額に押しつけられている。
短いやり取りの中で、マナよりもケンスケの方が与しやすいと判断したためだ。
「何をするの?! 相田は関係ないわ!!」
マナは詰るように言う。
「それはこちらが決める」
応えながらも、マークはケンスケから目を離さない。
シンジと同質の、否、それ以上に、何の感情も含まれない眼差しに射竦められ、ケンスケは、自分の膝が震え出すのを感じた。
「・・・・・・では、話を伺おう」
獰猛な肉食獣の笑み。
「ただし、俺が訊きたいのは、真実だけだ。つまらない嘘は、自分の命で購ってもらう・・・・・・覚悟して話せ」
*
*
*
少年の姿をした黒衣の死神が、館内モニターの向こうで荒い息を吐いている。
その足許では、かつては部下であった者たちが、血の海に沈んでいる。
予想だにしなかった光景に、男はぎりっ、と歯噛みした。
子供一人に、手練れの兵士達が、完全に圧倒されている。
(いや、ただのガキではない!)
あまりにも、殺戮に慣れすぎている。
今までにない焦燥感の中、ふと男の脳裏に、『何か』が引っかかった。
だが、それが形になる前に、男は問いを発する。
「動ける者はどれくらい居る?!」
「・・・・・・イプシロンが全員残っています」
1チーム、すなわち14人。
複数の作戦を同時進行させる都合上、最低限の人員だけしか残しておかなかったのが裏目に出た。
「全員出せ! 殺さなければ、武器の使用も構わん!」
この状況では、無傷で捕らえることは諦めざるをえない。
「了解」
オペレータ達が、命令を伝達する。
その瞬間、『何か』が形になった。
「・・・・・・まさか、あれがNervの番犬か?」
『ケルベロス』。
個人名なのか、組織名なのか、全く判らないが、そこに若い東洋人が絡んでいるという噂だけは聞いている。
もし、サードチルドレンが『ケルベロス』ならば、この二年間に起きた事象や、様々に取り沙汰されている噂が、すべて納得行く。
「そうか・・・・・・」
サードチルドレンの捕獲。
ケルベロスの排除。
それらを成し遂げれば、組織内での彼の立場はぐんと強化される。
男の中で打算が働いた。
「私が直接出る! それから、セカンドを連れてこい!」
男は、抗弾ベストを着ると、片頬に笑みを浮かべた。
*
*
*
MAGIの稼働状況を示したスクリーンが、見慣れた色合いに変化する。
「・・・・・・終わったわ」
コンソールから顔を上げると、リツコは親友に向けて微笑んだ。
「サンキュー、リツコ」
ミサトもまた、笑顔を返す。
「さて、今度はこちらの番ね?」
リツコは再び、コンソールに目を向ける。
「マヤ、よくて?」
「はい。逆クラック開始します」
リツコの声を合図に、マヤはキーボードに指を走らせた。
本来の能力を取り戻したMAGIが、侵入された経路を辿り、すさまじい勢いで攻勢をかける。
「大本までたどり着いたら、別経路を確保して。最初の進入路を破壊しなさい」
「え? ですが、中継点のサーバは、別にゼーレのものというわけでは・・・・・・」
敬愛する上司の過激な命令に、マヤは戸惑う。
「構わないわ。お仕置きよ」
「判りました」
事も無げに言ってのけるリツコに、マヤは頷いた。
「・・・・・・こーゆーことになると、ホント容赦ないわね。リツコって」
技術部の二人の会話を、肩越しに聞きながら、ミサトは苦笑する。
「戦自より入電。ECM源の制圧完了です」
「レーダー網回復します」
青葉と日向の報告に、ミサトの表情が一瞬にして、軍人のそれに戻った。
「通信は?」
「はい・・・・・・まもなく通常通りに戻ります」
ミサトの問いに、日向が通信網のチェックをする。
「関係各所に連絡! 地上の状況を大至急確認して! それから、シンジ君とアスカの身柄確保を最優先で!」
「「了解」」
オペレータ達が唱和する。
「・・・・・・無事でいてよ」
ミサトは、スクリーンを凝視した。
*
*
*
アスカは、大きな溜息を吐くと、ベッドの上に座りこんだ。
先程まで、日・米・独の三カ国語で、あらん限りの罵声をあげていたのだが、いい加減疲れたのと、ボキャブラリーが尽きたのでやめたのだ。
黙ってみると、耳の痛くなるような静寂が、彼女を包む。
あまりの静けさに、今まで押し殺していた不安感が、急速に膨れ上がる。
アスカは、膝を抱えると、顔を伏せた。
(どうなるんだろ、私・・・・・・)
殺されないことは判る。
彼女はエヴァのパイロットなのだから。
世界に三体しかない汎用人型決戦兵器の、たった三人しか居ない専属操縦者。
力で世界を制しようとする人間達ならば、エヴァとそのパイロットは喉から手が出るほど欲しい存在だ。
だからこそ、彼女はここに監禁されている。
しかし、殺されないからと言って、安全かと言えば決してそうではない。
(先刻はこの程度で済んだけど・・・・・・)
アスカは、自分の胸元を軽く押さえた。
傷自体は浅いものなので、既に血は止まっているが、ブラウスが赤く染まっている。
先程は抵抗しても、この程度で済んだが、この先はどうなるか判らない。
アスカを捕らえた人間達は、言うことを聞かせようと、あらゆる手段を使ってくるはずだからだ。
(それにしても・・・・・・相田、大丈夫かな?)
ふと、他人の安否が気になった。
(それより、シンジとか鈴原の方が危険ね。同じパイロットだもの)
(特に、シンジなんてボケボケしてるから・・・・・・)
(大丈夫だよね? 捕まったりしてないよね?)
「シンジ・・・・・・」
アスカは、自分が弱気になっていることを自覚した。
ぎゅっと目をつぶると、大きく頭を振る。
「ああもう! 余計なことを考えるのはやめ!」
(萎縮してたら、助かる機会も見失っちゃう)
アスカは、沈着な思考を取り戻そうと努めた。
だが、その瞬間、扉が開き、先程とは別な男二人が現れる。
「何?」
アスカは咄嗟に立ち上がり、身構えた。
「出ろ」
男達は、アスカにウズィの銃口を向けている。
「イヤだと言ったら?」
アスカは、男達を睨み付ける。
刹那、彼女の足下が爆ぜた。
「っ?!」
跳弾が、アスカのふくらはぎを掠める。
「次は当てる」
何の表情もない声。
「脅しじゃないぞ。死体の方が持ち運びが楽だからな」
人を殺すことに、躊躇いも呵責もない男達。
アスカは、捕まって初めて恐怖を覚えた。
使徒と戦っているとき、常に死と隣り合わせだった。
そして、『死んだ方がマシ』と言う目に遭い、心を病んだこともあった。
だが、あまり死への実感は湧かなかった。
エヴァからのフィードバックで、痛みはあったとしても、それは本当の怪我の痛みではない。早ければ数十分間後、遅くとも2~3日中にはなくなってしまう。
パレットガンや、ポジトロンライフルを撃ったとしても、それはゲームのコントローラーの操作に近い。
現実でありながら、仮想。
それは、エヴァの中に母がいたから、母に守られていたから、そう感じたのかもしれない。
だから、これほど明確な死への恐怖を感じたのは、サードインパクト直前の心神耗弱による錯乱の時以来だった。
「・・・・・・判ったわよ」
目の前の男達に、怯える姿を見せることなど屈辱だと感じたアスカは、震える心を叱咤し、虚勢を張った。
平然としたふうを装い、部屋を出ようとする。
だが、その時だった。
「何っ?!」
男達が通路の方を向き、銃を構え直した瞬間、サブマシンガンの規則正しい銃声が轟く。
「ぐあああっ!!」
顔面に銃弾を叩き込まれ、一人が倒れ伏す。ほぼ同時に、残った一人は、部屋に飛び込んだ。
「このっ!」
アスカは反撃のチャンスと見て、渾身の蹴りを放つ。
しかし、男はあっさりと少女の蹴りを躱すと、その腕を捕らえ、後ろ手に捻り上げた。
「離しなさいよっ!!」
それでもアスカは、男の向こう臑を蹴飛ばそうとする。
「黙れ!」
男は、アスカの蹴りを膝でブロックし、銃口を後頭部に突きつける。
そして、背後から彼女を押し出すようにして、通路に出た。
そこには、今まで見たこともない厳しい表情で、銃を構えるシンジがいた。
「シンジ?!」
(何でここに?!)
アスカは愕然とする。
だが、アスカに我を取り戻させたのは、彼女を盾にするように背後に立つ男の声だった。
「銃を捨てて、俯せになれ!!」
「シンジっ!!」
暴れようとするアスカを押さえつけ、男はこれ見よがしに、彼女の側頭部にウズィの銃口を押しつける。
「コイツの命が惜しければ、妙なマネはするなよ?」
「・・・・・・」
シンジは、ウズィを放り出す。
「そうだ。そのまま俯せになれ」
男は、にやりと笑う。
シンジは、視線を男に向けたまま、ゆっくりと身を屈める。
そして、ちょうど中腰になった瞬間、少年の右手が閃いた。
「っ?!」
顔面めがけて投げられたブーツナイフを、男は咄嗟にウズィで薙ぎ払おうとする。
刹那、一気に距離を詰めたシンジが、アスカと男の間に割って入る。
「きゃぁぁぁっ!」
アスカの悲鳴。
男がシンジに向けて、ウズィの引き金を絞るのと、シンジが左手に握っていたもう一本のブーツナイフで、男の喉笛を掻き切ったのは、ほぼ同時だった。
血飛沫が無機質な空間を彩る。
男の身体が、どさりと崩れ落ちた。
その光景を、床にへたりこんだアスカは、信じられない思いで見ていた。
アスカは、エヴァのパイロットとして戦闘訓練を受け、優秀な成績を修めている。
特に、格闘センスは、大人の男が三、四人束になっても敵わないほどである。
だが、それはあくまでも、使徒と戦うための訓練だった。
仮に訓練の度が行き過ぎ、相手を傷つけたとしても、せいぜいが骨折程度であり、人を殺すようなことはなかった。
だから、硝煙の臭いも、爆発の音も、怪我人の姿も、死に行く者の断末魔の呻き声も、彼女にとっては無関係だったのだ。
『生身の戦争』などというものは。
しかし、その別世界のことであったはずの出来事が、アスカに襲いかかっている。
そして、それをもたらしたのは、彼女が良く知っているはずの少年だった。
「・・・・・・アスカ」
名を呼ばれ、アスカはびくりと身を震わせる。
彼女に怯えを見てとったシンジの顔に、ほんの一瞬だけ、悲しみと苦しみが過ぎる。
だが、すぐにそれを覆い隠すように、無表情という名の表情が浮かんだ。
「怪我はない?」
シンジは、彼女を助け起こそうと、手を差し出す。
だが、返ってきたのは、シンジにとって痛烈な問いだった。
「・・・・・・あなたは、本当にシンジなの?」
彼女が知る少年とは、余りにかけ離れている姿に、アスカはそう訊かずにはいられなかった。
シンジは、差しだした手を力なく下ろす。
「これが、今の俺の姿だよ」
端正な顔を滑り落ちる、自嘲の笑み。
二人は、しばらく無言で、互いの顔を凝視した。
不意に、重苦しい沈黙を破るように、通路に足音が響く。
その瞬間、シンジの鍛え抜かれた神経は、反射的にアクションを起こす。
「こっちへ!」
シンジはアスカを引き起こし、彼女が閉じこめられていた部屋に飛び込んだ。
刹那、二人がいた空間を、銃弾が切り裂く。
シンジはシグを抜き、壁に隠れるようにして、即座に応戦する。
(・・・・・・5、6・・・・・・7人か)
シグ一丁で銃撃戦では、捕まるのも時間の問題である。
シンジは、現状打破を即決した。
「耳塞いで目を閉じて!」
シンジは、ポケットから手榴弾を取り出すと、アスカに怒鳴る。
そして、ピンを抜き、安全レバーを放し、ぎりぎりまでひきつけてから、敵陣へ投擲した。
一拍置いて、耳をつんざく轟音と、爆風が巻き起こる。
それが収まると、熱を感知したスプリンクラーが作動した。
シンジは壁越しに、通路の様子を覗き込む。
辺りは、蒸気と煙で、見通しが利かない。
だが、とりあえず、立っている人間はいないようだった。
シンジは、スイングトップを脱ぐ。
「っ!」
途端に、左肩に激痛が走る。
(さっきのか)
いかに抗弾ジャケットとはいえ、ほとんど接射状態からの9mmパラベラム弾は防ぎきれなかったらしい。
ウエイトを嫌って、ハードプレートを着けていなかったこともあり、鎖骨のあたりに被弾していた。
「・・・・・・これ着て!」
シンジは、ポケットから残りの弾倉を取り出すと、まだ呆然としたままのアスカに、スイングトップを差し出す。
だが、はっとなったアスカは、反射的にシンジの手を振り払った。
「嫌!」
二人の間に、ばさりとスイングトップが落ちる。
「・・・・・・あ」
瞬間、アスカの顔に、恐怖とも、後悔ともつかない表情が浮かんだ。
それとは対照的に、シンジの表情には、全く変化がなかった。
「・・・・・・ごめん」
聞き慣れたはずの言葉。
だが、抑揚のない声が、彼の動揺を浮き彫りにした。
「俺と一緒にいるのが嫌なのは判るけど、もう少しだけ我慢して」
シンジの手を振り払ってしまったアスカには、その言葉を否定することはできない。
気まずく俯けたアスカの視界に、スイングトップが写った。
「・・・・・・これ、着ればいいのね?」
自分の行動を取り繕うかのように、アスカは訊く。
「うん。ファスナーは上まできっちり閉めて」
彼が身をもって体験した通り、必ずしも銃弾を防げるわけではないが、それでもないよりはマシである。
アスカは、スイングトップを拾うと、言われた通りに着込んだ。
その間にシンジは、空になったマガジンを交換し、残った弾倉をジーンズのポケットにねじ込む。
「・・・・・・俺の後についてきて」
アスカは頷いた。
シンジは再び、通路の様子を伺うと、シグのセイフティを外す。
「行くよ」
二人は、スプリンクラーの豪雨の中へ踏み出す。
照明が壊れ、薄闇となった通路を、シンジはアスカを庇うようにして、自分が手榴弾を投げた方へ進んだ。
「っ!!」
不意に、アスカは、喉の奥で呻き声を漏らし、口許を押さえた。
血塗れの姿で、力なく横たわる男達。
水に混じって、足下を流れる血と肉片。
微かに聞こえる呻き声。
鼻を突く臭い。
彼女が初めて見る、『戦場』。
「アスカ、スプリンクラーが切れるところまで走って」
シンジは、倒れ伏した男達を警戒したまま言う。
目の前の光景から逃げるように、アスカは無言で駆け出した。
その足音が十分に遠ざかってから、シンジもまた、身を翻して彼女の後を追う。
そして、アスカに追いつくと、再び彼が先に立って歩き出した。
*
*
*
人手が足りないため、Nervからの要請で出動した、戦略自衛隊の特殊部隊が、オフィス街に音もなく散開してゆく。
それを見送り、マークは小さく息を吐いた。
「Mr. Helms. Come here please」
部隊の指揮官に呼ばれ、マークは戦闘指揮車輌を振り返る。
Nervと戦自は、犬猿の仲と言っても過言ではないため、部隊の徴発には一悶着も二悶着もあったらしいが、幸いなことに、この部隊の指揮官は好意的だった。
「日本語で結構ですよ・・・・・・何でしょうか?」
「こちらは完了です。後は、各員が配置につき次第、五分後に突入を開始します」
三佐の階級章をつけた指揮官は、ヘッドセットインカムをマークに渡す。
「判りました」
「・・・・・・しかし、この情報の信憑性には問題があるかと思いますが」
不審そうな顔を隠そうともしない指揮官に対し、マークは一つ頷いてみせる。
「仰ることは判ります。ですが、我々には時間がない」
一秒でも遅くなれば、その分だけ、シンジとアスカの安全が遠のく。
だが、マナとケンスケの発言の、証拠固めをしている暇などなかった。
真偽を確かめられぬまま、マークは自分の勘で判断し、二人を信じたのだ。
「我々は藁をも掴みたい心境なのですよ・・・・・・例え、その藁がクズだとしても」
マークは近くに停められた、スモークガラスのバンに視線を転じた。
その中には、二人を拘束してある。
まもなく、彼らの言葉の真偽が、明らかにされるはずだった。
「突入チーム、配置完了しました」
通信担当の兵士が報告する。
「よろしいですね?」
指揮官が、マークの顔を伺う。
「お願いします」
マークは頷いた。
「作戦開始」
*
*
*
シンジへの思慕と、彼の行動に対する恐怖。
アスカは、相反する二つの想いを抱え、混乱していた。
先程の気まずさを取り繕いたくて、何か話さなくては、という焦燥感はあるのだが、どのように話しかけたらいいのか、何を話すべきなのか判らない。
結局、黙って歩くよりほかなかった。
「アスカ」
不意に、前を歩くシンジが、立ち止まって振り返る。
「・・・・・・な、何?」
内心の動揺を映して、アスカの声は、呟きよりも小さい。
「その突き当たりを右に曲がると、正面に扉がある。それが階段の入り口だから」
シンジは、逃走経路の説明をする。
彼は、ここが最後の正念場だと思っていた。
先程から、敵は不気味なほど沈黙を守っている。
だからといって、このまま見逃してもらえるはずもない。この先で、必ず仕掛けてくるはずである。
その上、発砲されたことからも判るように、敵はシンジを無傷で捕らえることを断念したらしい。
そうなれば、手持ちの武器が殆どない今、敵の攻撃を凌ぎきるのは難しい。
シンジは、自分自身を盾にして、アスカを逃がすつもりだった。
「かなり長いけど、そのまま上っていけば、地下駐車場にでる。いいね?」
アスカは、無言で頷く。
会話の糸口を探そうとしていた彼女だが、いざそうなると、まともに話すことも、視線を合わせることもできなかった。
「じゃあ、行こう」
シンジは再び歩き出した。
そして、突き当たりまで進むと立ち止まり、姿勢を低くして角の向こうを伺う。
階段までの距離は、30m強。
突き当たりの扉から右手へ、シンジ達が今いる通路と平行した通路がのびている以外、途中に部屋や通路はなかった。
(挟まれたら終わりだな)
そう思うが、他に道はない。
シンジは、アスカに向かって頷くと、滑るように歩を進めた。
少し間をおいて、アスカも続く。
そして、二人が通路半ばまでさしかかった瞬間、シンジが最も恐れていた事態が起きた。
靴音も高く、前後からサブマシンガンや自動小銃を構えた敵が現れる。
ずっと、後を尾けられていたのだろう。
今まで手を出してこなかったのは、この場面を待っていたからに違いなかった。
「シンジ!」
アスカは、思わず少年の名を呼んだ。
完全に囲まれている。
シンジは、失血で感覚のなくなりかけている左手にシグを持ち替えると、右手を背後に回す。
そして、アスカを背に庇うようにすると、近付いてくる敵を警戒しながら、じりじりと壁際に後退した。
男達は、二人から5m程の距離を置いて止まる。
「合図したら、全力で階段に向かって走れ。俺のことは構うな」
「え?」
早口で囁かれた言葉を、アスカは思わず訊き返す。
だが、シンジが応える間もなく、指揮官である男が口を開いた。
「銃を捨てろ、サード!」
「小父様?」
突然現れたマナの『父』の姿に、アスカは呆然とする。
マナの家に何度も泊まりに行ったことのある彼女は、その男とも顔見知りだった。
「小父様、ねぇ・・・・・・」
男は、アスカが知る温厚な表情のまま、嘲る。
「礼を言うぞ、セカンドチルドレン。君のお陰で、Nervはまんまと偽物の親子の猿芝居にひっかかり、サードチルドレンは、自ら罠の中に乗り込んできてくれた」
「なっ・・・・・・!」
騙されていたことに気付いたアスカの頬が、怒りに紅潮する。
「アスカ」
小さく名を呼ばれ、アスカははっとしたように、シンジの顔を伺う。
「さて、お喋りはここまでだ。銃を捨てて、手を頭の後ろで組め」
男は表情を一変させ、冷ややかに命じた。
だが、シンジは動かない。
「サード!」
促され、シンジは腰溜めに構えていたシグを、ゆっくりと持ち上げる。
そして、鋭く叫んだ。
「行け!」
シンジは、シグを盲撃ちし、後ろに回していた右手でコンバットナイフを引き抜いて投げる。
刹那、すべてが同時に起こった。
走り出すアスカ。
銃を撃ちながら、その後を追い、アスカを自分の蔭にするシンジ。
二人を止めようと、ウズィの引き金を絞る男達。
まともに銃弾を食らうシンジ。
階段に続く扉から、何かが投げ込まれる。
判断は一瞬。
咄嗟に床に伏せる男達。
「伏せろ!」
シンジは最後の力を振り絞り、アスカに覆い被さるように彼女を引き倒す。
迸る閃光と轟音。
そして、その数瞬後、階段に続く扉から、ガスマスクをつけた黒ずくめの一団が雪崩れ込んだ。
*
*
*
『こちら津田班、セカンド、サードともに保護!』
その連絡がインカムから飛び込んできたのは、作戦開始から二十分ほど経過した後だった。
「二人とも無事か?」
マークは訊く。
『セカンドはスタングレネードによるショック状態のみ。サードが数カ所に被弾し、意識はありますが重傷です。至急、医療班の手配を』
「判った! 津田班は二人を保護して地上に戻れ! ・・・・・・津田班に一番近いのは?」
三佐は、オペレート作業をする兵士に問う。
「白根班です」
「白根、聞こえるか?」
『了解。津田班のバックアップにつきます』
間髪を入れずに返答が戻る。
通信が切れると、マークはヘッドセットをはずした。
そのまま、指揮車をでて、支給品の携帯電話を取り出し、短縮ナンバーをプッシュする。
「ヘルムズだ。ウエリントンは戻ったか?」
C3Iに連絡を入れる。
『現在も掃討行動中です』
オペレータは淡々と応える。
「では、葛城二佐を頼む」
通信が回復した時点で、情報のやりとりをしているため、ミサトが指揮を執っているのを知っているマークは、彼女を指名する。
『お待ちください』
程なくして、ミサトが対応にでた。
『二人は見つかった?!』
ミサトは勢い込んで訊く。
「ああ、病院の手配をしてくれ。嬢ちゃんはスタングレネードのショック状態で、馬鹿少年のほうは撃たれた」
『シンジ君が?! 容態は?!』
撃たれたと聞いて、ミサトが焦ったように訊く。
「意識はあるらしいが、詳細はまだ不明だ」
『判った、病院にスタッフを用意するわ!』
「頼んだぞ」
マークはそういうと、電話を切った。
そして、間もなくシンジ達が戻ってくるであろう方向に向けて、歩き出した。
| ※この物語はフィクションであり、現存する組織、団体、個人などとは一切関係ありません。 |
【用語解説】
すみません、今回はソースに埋まってます
Ver.1.0 1999.03.28
Ver.1.1 2008.02.06
感想・ご意見などをおまちしております。 ぶらざー玲