<5> カーニバル・ナイト C part

『サードチルドレン』以外の肩書きを持たないことになっているシンジは、当然ながら何一つ武器を持ち歩いていない。
そこで彼は、保安部の武器保管用ロッカーへと赴いた。
IDカードと10・キーのパスで、扉を開ける。
ダグラス達が持ち出したため、ロッカー内は空きが目立った。
迷うことなく、シンジは、シグ・ザウエルP226を取り出す。
自分のものではないため、分解整備と試射をしたいところだが、時間がなかった。
無論、手に馴染んでいる銃を取りに帰る暇もない。
癖がないことと、照準が狂っていないことを祈るばかりだ。
弾倉を確認すると、無造作にホルスターに差す。
そして、特殊警棒と、コンバットナイフをヒップオンにして、スペクトラ製の濃紺のスイングトップを羽織った。
ポケットには、予備の弾倉を二つと、手榴弾を一つ。
ゴムの靴底にウエイトの入ったワークブーツに、ブラックジーンズの裾をたくし込み、ブーツナイフを忍ばせる。
小銃の類はもって行かず、現地調達・・・・するつもりだった。
シンジは、グラブをはめた拳を、確かめるように握りしめる。
「いくぞ」
自らを鼓舞する横顔は、『ケルベロス』と呼ばれる男のものだった。


天と地のはざまで<5>

カーニバル・ナイト

C part


 何度角を曲がろうとも、ぴたりと後をつけてくる気配。
地上への直通エレベータの一つへ向かって走りながら、シンジは尾行者が居ることを確信した。
スパイモグラ狩りで狩り切れなかった連中か」
シンジは呟く。
ゼーレは、相当深く広く、自らの手駒を『浸透』させていたらしい。
だが、尾行者は、お世辞にも巧妙とは言えなかった。
(舐められてるのか?)
シンジはそう思い、自分の考えに苦笑した。
ゼーレは、ただの17歳の少年を相手にしているつもりなのだ。
瀕死の老人達は、『サードチルドレン・碇シンジ』が『ケルベロス』であることを知らない。
その上、内通者の摘発で『資産』のほとんどを失ってしまったこともあり、彼らは二流の工作員でも事足りると判断したのだ。
(時間がないな)
一刻も早く、アスカの許に向かいたいシンジは、最も単純な方法で相手を排除することにした。
足を早め、立て続けに二回、横の通路へ入り込む。
壁際に身を寄せ、気配を殺して尾行者を待つ。
尾行者が、シンジの脇を通り過ぎようとした瞬間、ショルダータックルをかけ、尾行者の身体を通路の壁に叩きつける。
「がはっ!!」
40代半ばの男は、潰れた声をあげる。
シンジは、男の胸郭に肩を入れたまま、その顎の下にシグを突きつけた。
一切の表情を消した、少年の凍えるような瞳に見据えられ、男は身を竦ませる。
「誰に頼まれて、俺の後をつけ回す?」
シンジは、男に向けて問う。
男は無言。
「死にたくなければ、正確に答えろ」
シンジは苛立たしげに、男の下顎の下にシグを押しつける。
「・・・・・・ほ、ほ、ホーリーウエストと、言うか、会社に・・・・・・き、君の動きをし、知らせるように、と・・・・・・」
男は、恐怖にどもりながら答える。
ホーリーウエストは、ゼーレの幽霊会社ペーパーカンパニーである。
「連絡方法は?」
「電話・・・・・・」
シンジは片手で、男のポケットを探る。
そして、携帯電話を見つけだすと、男に手渡し、銃を構えたまま二、三歩離れた。
「俺は、R6-3のエレベータから地上にあがったと連絡しろ。余計なことは喋るなよ」
シンジは、罠を逆に利用するつもりだった。
男はがくがくと頷くと、震える手で、携帯電話を操作する。
「・・・・・・ア、アルファ・セブンだ・・・・・・サードは・・・・・・R6-3のエレベータで、上がった・・・・・・」
男は電話を切った。
「も、もういいだろう?」
シンジは頷くと、最後の質問をした。
「セカンドチルドレンは、何処にいる?」
「し、知らない」
その答えに、シンジは不愉快そうな表情を造る。
「本当に知らないんだ!!」
男の悲鳴に、シンジは質問の無駄を悟った。
どうやら、サードチルドレンを確実に手に入れるために、いくつものミッションが同時進行しているらしい。
この男の動きと、アスカを捕まえているグループとは、全く別物のようだった。
「・・・・・・ご褒美だ」
シンジは、容赦のない正拳を、男の鳩尾に叩き込む。
「げぇ!!」
男は、胃壁を破られ、血と胃液の混ざった吐瀉物を吐きながら、悶絶した。
シンジは、男を放り出すと、そのままエレベータに乗った。

「完了!」
「完了!」
両手を頭の後ろに組ませ、俯せにさせた敵に、H&K・MP5の銃口を向けながら、保安部員達が、口々に報告する。
「制圧完了」
甲斐が、指揮官であるダグラスを見る。
「のちほど尋問を行う。お前達に人権はない。死にたくなかったら喋れ」
ダグラスは、床に這い蹲る男達に、英語とドイツ語で言った。
続けて甲斐が、日本語とフランス語で同様の旨を告げる。
「よし、武装解除後、連れてい・・・・・・」
『27通路、抜かれました!!』
指示を出しかけたダグラスの耳に、C3Iから悲鳴のような報告が飛び込む。
ダグラスは舌打ちを漏らすと、走り出した。
「カイ!! ついてこい!!」
「了解!!」
甲斐は頷くと、ダグラスを追って駆け出す。
その後に、隷下の一隊が続いた。
「一グループ援護に回る! 27通路からケイジまでの全隔壁閉鎖! 対人迎撃システム起動できるか?!」
ダグラスは走りながら、インカムに向けて指示を飛ばす。
『対人迎撃システムいまだ起動不能です! 隔壁が爆破されました! 敵、管制室まであと2ブロック!!』
3Iのオペレータが叫ぶ。
その報告は、第二発令所にも響いていた。
「青葉君! 防災システムは生きてる?!」
シンジに代わり、指揮を執っていたミサトが訊く。
「え? ・・・・・・あ、はい! 動いています!」
火災や爆発に対応するための防災システムは、MAGIから半ば独立しているため、ほぼ平常通り動いていた。
「27通路に、敵の侵攻にあわせて化学消火剤をぶちこんで! 少しは足止めになるはずよ!」
対使徒戦で見せた、作戦部長の奇抜な発想能力は、少しも錆び付いてはいなかった。
ミサトは、現状で出来る限りのバックアップを指示する。
「了解!!」
青葉は、キィボードに指を走らせる。
『ウエリントン一尉! 27通路に化学消火剤を投入します! 注意して下さい!』
「了解!」
インカムから聞こえてきた青葉の声に、ダグラスは短く答えを返す。
『53通路制圧完了! こちらからも一グループ援護に回します!』
エリカが報告する。
「よし! 施設破壊も認める! 何としてでも敵を殲滅しろ!」
ダグラスは叫んだ。

 停電中にもかかわらず、オフィス街のあるその真新しいビルの地下では、大型コンピュータ・・・・・・MAGIレプリカ・・・・・・がフル稼働していた。
第三新東京市は、再開発中であるため、新しいビルが建設されるのは当然のことである。
そして、新しいオフィスビルに、大型コンピュータが搬入されても、そこに自家発電装置が設置されても、誰も不審に思わない。
ゼーレはそれを逆手にとって、Nervのお膝元に堂々と自らの前線基地『イエロー』を置いていた。
そこからMAGIレプリカを使い、50カ所以上の世界中のサーバを経由して、NervのMAGIオリジナルへクラッキングをかけている。
「クラック防御率、63%まで上昇」
「『グリーン』、『レッド』共に制圧された模様」
「MAGI防御壁が破れません。エヴァ地上射出の遠隔操作が弾かれます」
オペレータ達の報告に、指揮官はNerv内部の状況を示すディスプレイから顔を上げる。
味方の通信をも潰すほど、広域かつ強力なECMをかけているため、実働部隊とNervの動きを、逐一MAGIからインターセプトしている。
「・・・・・・動きが鈍いな」
焦燥を押し隠し、男は呟く。
シミュレーション通りならば、実働部隊はほぼ無傷でケイジに到着し、エヴァ初号機を地上に射出するはずだった。
だが、現実には、MAGIを押さえ切れず、実働部隊もほとんどが制圧されている。
「保安部だけではなく、指揮官自体が変わったか・・・・・・?」
シンジが帰国してからのNerv側の一連の動きと、『ヘロデ』の戦況が予測の範囲外の動きをしている理由としては、それしか考えられない。
「『ブルー』は何処まで進んだ?」
男は、オペレータに問う。
「隔壁破壊。ケイジまで、あと2ブロック・・・・・・Nerv、化学消火剤を投入しました」
「防災システムにクラックを広げろ」
「了解」
「・・・・・・アルファ・セブンより入電。サードはR6-3のエレベータで、地上に向かう模様」
部屋の片隅で状況を見守っていたマナは、その報告を聞いて『父』を見た。
「サードを迎えに出ます」
一瞬、考え込むそぶりを見せた『父』だが、やがて頷いた。
「そのまま捕らえられるようなら問題ない。何人か連れて行け」
「いえ、大人数では却って逆効果です。私一人の方が、スムースに事が運びます」
「そうか。では行け」
「はい」
マナは答えると、踵を返す。
その背に、男は呼びかけた。
「サロメ」
「はい?」
「裏切るなよ?」
振り返ったマナの視線と、『父』の冷徹な視線がぶつかる。
「・・・・・・はい」
マナは、表情を隠すために一礼した。
彼女を見送った男は、部下を呼んだ。
「サロメを監視しろ」

(マナは何故・・・・・・)
アスカはマナの裏切りに、泣きたくなった。
親友だと思っていた。
一緒に笑って、一緒に泣いて、時には喧嘩をした、かけがえのない時間。
何でも相談して、何でも相談されていると思っていた。
それが、全て嘘だったとは思いたくなかった。
(何か理由があるのか、それとも・・・・・・)
アスカは軽く頭を振り、最初から裏切られていた、という考えを必死にうち消した。
(・・・・・・私も変わったわね)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
(きっと、昔だったらこんなことで悩んだりしなかった)
(裏切られても、悲しいなんて思わずに、その人間を排除しようと考えたはず)
(そもそも、誰も信じていなかったから、裏切られたなんて感じることはなかったはず)
その変化を喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、今の彼女には判らなかった。
「うう!」
不意に、低くくぐもった呻き声が、アスカを思考の海から引き上げる。
(相田も捕まったのね・・・・・・)
視界を塞がれている分だけ、聴覚が鋭敏になっていた。
トラックのエンジン音に混じって、ケンスケががさがさと動き回る音がする。
「うううう!!」
パニック状態なのか、苛立ちなのか、ケンスケは大声をあげる。
アスカは、宥めるために声をかけようとして、やめた。
明瞭な言葉が発せられないため、無駄だと思ったのだ。
やがて、トラックが停車し、エンジンが止まる。
(目的地に着いたってこと?)
ケンスケの呻きを無視し、アスカは再び、思考の海へ埋没した。
そして、ゆっくりと身を起こし、横座りする。
その拍子に、背中が冷たい金属にあたった。
どうやら壁らしい。
その壁に耳をつけ、外の様子を窺うが、まったく手がかりは掴めない。
(それにしても、ガードについてる保安部は、何をやってるのかしら?)
そう考えて、アスカはありがたくない考えにたどり着いた。
彼女が簡単に連れ去られてしまったと言うことは、保安部の護衛が、事前に排除されていたと言うことである。
つまり、すぐに救援は来ないということだった。
アスカは内心、歯噛みする。
自力で脱出しようにも、今の状態では動くことすらままならない。
取り敢えずは、どうにかして身体の自由を取り戻さなければならないと思った。
やがて、彼女の祈りが通じたのか、扉が開閉する金属音がした。
それに続いて、軽い靴音が近付いてくる。
靴音が止まり、アスカの正面に人の気配がわだかまった。
「目隠しと猿轡を外す。騒ぐなよ」
低い男の声が、事務的に告げた。
気配が更に近付き、手荒くアスカの身体の向きをかえると、背後から目隠しと猿轡を外す。
アスカは大きく息を吐き、軽く首を動かす。
半分だけ開いた扉から入ってくる光で周囲を見回すと、そこは予測通り、トラックのコンテナの中だった。
「お前ら一体何なんだよっ?!」
縛めを外された途端、ケンスケが叫ぶ。
訳も判らず連れ去られ、身体中を縛められて、閉じこめられていたのである。それは、『異常事態』に慣れていない一般人ならば、当然の反応だった。
だが、男は無言でケンスケの頬を殴る。
「相田?!」
鈍い音と共に、床に倒れ込んだケンスケに、アスカは思わず声をかけた。
「ちょっとアンタ!!」
「騒ぐなと言ったはずだ」
何処にでもいそうな、30代半ばと思しき男は、平然と言う。
そして、再びアスカの前に戻った。
「足を出せ。外してやる」
(ちゃーんす!)
顔を俯けた少女は、にやりと笑うと、横座りしていた足を、言われた通りに正面に投げ出した。
男は、自分の膝でアスカの膝を押さえながら、彼女の足枷を外す。
「立て」
男は、後ろ手に回されたままのアスカの腕を掴んで、無理矢理立ち上がらせる。
その瞬間、アスカは鋭い蹴りを放った。
だが、男はそれを予測していたらしく、左腕でそれをブロックすると、右手で背中からファイティングナイフを抜いた。
「っ?!」
アスカのハニーブロンドが一房、宙を舞う。同時に、制服の胸元がぱっくりと裂けた。
斬られたブラウスの間から覗く白い肌に、うっすらと血が滲む。
「惣流っ?!」
ケンスケは目を瞠く。
「お前っ!!」
少年の声を無視し、男はナイフをアスカの頬に当て、彼女を冷ややかに見つめた。
「俺には加虐趣味サディズムはないし、紳士的に行きたい。だが、これ以上抵抗するなら、無事ではすまないと思え」
その言葉が虚喝はったりではないことは、男の表情を見れば判った。
男は、人を傷つけることに慣れた人種だった。
「コウ、どうした?」
騒ぎを聞きつけたらしい別な男が、コンテナの中を覗き込む。
「何でもない」
コウと呼ばれた男は、振り向きもせずに応える。
アスカは、この時点での抵抗を諦めた。
いくら格闘技の訓練を受けているとはいえ、両手が使えない状態で、男二人・・・・・・それも戦闘のプロ・・・・・・相手では、圧倒的に不利である。
次に仕掛けるならば、もっと相手の油断を誘ってからだ。
「・・・・・・降参」
アスカは不機嫌そうに呟いた。
コウは、ナイフを背中に戻すと、アスカの腕を掴み、同僚の方へ彼女の身体を押しやる。
「ヒロ、頼む」
ヒロと呼ばれた男は、アスカを連れて、その場を離れた。
「おい、惣流を何処に連れて行く気だ?!」
ケンスケが叫ぶ。
コウは、少年の方へ歩み寄ると、無造作に彼の鳩尾を蹴った。
「がはっ!!」
ケンスケは、あまりの痛みに床を転げ回る。
「お前はもう用済みだ。もうしばらく大人しくしていろよ」
コウは、それだけいうと踵を返した。
耳障りな金属音と共に、コンテナの扉が閉じられる。
ケンスケは一人、暗闇の中に取り残された。

 ネットワーク上の戦いは、一進一退を繰り広げていた。
MAGIの防御を担当するオペレータ達は、厳しい顔でキィボードを叩き続ける。
「あっ!!」
「どうしたの?」
急に大声を上げたマヤに、ミサトが訊く。
「防災システムに新手です!」
「貸しなさい」
その瞬間、横合いからのびた白い手が、恐ろしい速さでキィを叩いた。
「先輩!」
「リツコ!」
「遅くなって御免なさい」
ミサトとマヤの声に答えながら、リツコは防災システムへの敵の侵入を防ぐ。
「・・・・・・葛城君、状況は?」
続いて現れた冬月が、いつもの冷静さを保ったままミサトに訊く。
一部の通信が回復したことで、職員が続々と集まってきていた。
「あ、はい。保安部がセカンドチルドレンを失跡ロスト 。ゼーレの戦闘部隊が、ケイジ付近で保安部と交戦中。ECMにより、索敵機器及び外部との通信機器が稼働不能。正・副・予備二つの電源切断。クラッキングにより、MAGIの稼働率が7割を切っています。いずれも対処中ですが、予断を許さない状況です。それから・・・・・・」
ミサトは、そこまで一気に説明してから、僅かに言い淀んだ。
「アスカを探しに、シンジ君が地上に出ました」
冬月の顔が、険しくなる。
「囮になるつもりなんだと思います」
ゼーレが欲しいのは、シンジの身柄。
彼が姿を現せば、ゼーレ側は必ず接触してくる。
シンジは、そこに解決の糸口を見出そうとしたのだろう。
「・・・・・・親子揃って身喰いの好きな連中だ」
冬月は、口の中だけで呟くと、ミサトを見た。
「判った。引き続き指揮を執ってくれたまえ」
「了解しました」
ミサトは頷く。
「敵部隊、ケイジに侵入!」
青葉が叫ぶ。
「保安部は?」
「交戦中です!」
ミサトは舌打ちを漏らす。
エヴァの奪取を阻止するために、ベークライトの注入を指示しようとして、彼女はふと思い出した。
「シンジ君の作ったプロテクトは?」
「まだ破られていません」
プロテクトが有効ならば、エヴァを地上に射出するどころか、調整液の排出すらできない。
「敵部隊が管制室を制圧するようなら、ベークライトを注入して!」
ミサトは指示を飛ばす。
そして、親友の背中をかえりみた。
「あとは、リツコ次第ね」
「全力を尽くすわ」
リツコは手を止めずに答えた。

 シンジは、覚えたばかりの第三新東京市の地図に、通常と停電による渋滞状況を加味し、道を選んでバイクを走らせる。
マナに指定されたのは、市街地のやや外れ。
今、最も再開発が進んでいる地域だった。
だが、その地点までもう間もなく、と言うところで、立ちはだかった人影があった。
待ち伏せを予測していたシンジは、慌てることなくバイクを停める。
ヘッドライトに浮かぶのは、黒ずくめ姿のマナだった。
「・・・・・・よくこの場所が予想できたね」
シンジの声には、僅かに痛みが滲んでいた。
「あのエレベータから地上に出たなら、この道が最短だから」
マナは、溢れそうになる感情を無理矢理抑制し、答える。
「あなたこそ、よくこの道を知っていたわね。この街は、二年前とはだいぶ変わっているはずなのに」
シンジが選んだのは、いわゆる地元民の裏道で、指定された地点への最短ルートであり、最も交通量が少ない道だった。
「こういう事態は想定済みだったからね。街の地図は頭に入れてある」
シンジは、そう言うとバイクを降り、数歩、マナに近付いた。
「それで、わざわざお出迎えか?」
「いえ・・・・・・この先にはアスカ達はいないわ」
「え?」
「私が指定した場所は、あなたを捕らえる罠。だから私は、あなたを止めに来たの」
マナの声は、シンジに辛うじて聞こえるくらいの弱さだった。
「アスカと相田は、私がなんとしてでも助け出すわ。だから、あなたは戻って」
「・・・・・・ゼーレを裏切る気か?」
冷ややかなシンジの問いに、マナは頷いた。
「その台詞は、後ろのお供を隠してから言うべきだな」
少年の言葉に、マナは驚いたように振り返る。
それに応じるように、闇の中から滑るように三人の男が現れた。
「やはり裏切ったな、『サロメ』」
リーダー格らしい男が、低く告げる。
マナは、厳しい表情で男達を睨み付けた。
その瞬間、銃声と共にリーダー格の男の顔面が弾ける。
「?!」
他の二人は、咄嗟に身を屈め、懐に手を入れた。
だが、男達が銃を抜く前に、シンジの放った銃弾が一人の命を刈り取る。
それと同時に、マナが残った男に襲いかかった。
「ちぃ!」
男は辛うじて銃を抜くが、その手をマナに蹴られ、銃をはじき飛ばされる。
「やっ!!」
マナは、間髪を入れずに、男の喉元に貫手を入れる。同時に繰り出された回し蹴りが、男の首筋に巻き付くようにヒットした。
男は、声もなく倒れ伏す。
ほっと息を吐くと、マナはシンジを振り返った。
そして、ぎくりと固まる。
自分に向けられたまま、小揺るぎもしない銃口。
何の表情も浮かべていない顔は、端正なだけに不気味ですらあった。
初めて触れるシンジの威圧感に、マナは気圧される。
『サードチルドレンは、自らの命が危機にさらされても、他者を傷つけることを極端に嫌う性向がある。そのためか、戦闘能力にはやや欠けるところがある』
ゼーレの工作員からの報告書には、そう書かれていた。
事実、対使徒戦において、フォースチルドレンと敵対したときもそうであったし、この二年間の欧米での誘拐計画に参加し、生還したエージェント達からも、同様の報告を受けている。
だが、目の前で起きた出来事は、それを真っ向から覆すものだった。
敵を認識するや否や、躊躇うことなくなされた攻撃。
20mと離れていないとはいえ、明かりの乏しい場所で、一撃で仕留めた腕前。
報告書に記載されていた人物像とも、学校で見た困ったような笑みを浮かべる優しい少年の姿とも、全く違う人間がそこにはいた。
「・・・・・・あなた、何者?」
震えそうになる声を整え、マナは訊いた。
「『ケルベロス』」
シンジは、何の感情も交えない声で答える。
「あなたが?!」
一転して、マナの表情が、驚愕に彩られた。
ゼーレを脅かすNervの番犬の噂は、彼女も聞いていた。
だが、それがサードチルドレン本人だったとは。
そして、同時に納得した。
これこそが、彼本来の姿であり、自分達はずっと、手玉に取られていたのだと。
「・・・・・・私を殺す?」
マナは、確認するように訊く。
殺されるのは構わなかった。
だが、それは今では駄目だ。
アスカとケンスケを助けるまでは、死ぬわけにはいかない。
裏切りを、僅かなりとも償うまでは。
マナは僅かの延命を乞おうと、必死に言葉をまとめようとした。
その瞬間、彼女は足を掴まれ、引き倒された。
「きゃ?!」
同時に、シンジが発砲する。
「がぁっ!!」
マナの足を掴んでいた男は、弾丸を顔に受け、呆気なく絶命した。
シンジは、シグを構えたまま、マナに近付く。
「霧島」
名を呼ばれ、路上にへたりこんだままのマナは、弾かれたように顔を上げる。
額に突きつけられた銃口。
「本当にゼーレを裏切るのか?」
そう問うシンジの双眸は、嘘や誤魔化しを赦さない、絶対零度の深淵。
「ええ」
マナは、シンジの目を見返して即答する。
「何故?」
意外な質問に、マナは一瞬だけ驚いたような表情をすると、ゆっくりと口を開いた。
「二年前、私は偽物の父親と一緒に、第三新東京市へ潜入するよう命じられた。サードチルドレンを『確保』する足場として、セカンドチルドレン・フォースチルドレンと親しくなるように、って」
マナは、関節が白くなるほど、強く拳を握りしめる。
「『霧島マナ』と言う人間は、全部ウソなの。本当の私には、家族も自分の名前さえないの。物心ついた時には、ゼーレのスパイを養成する組織にいたわ。そして、そこで育てられた。ゼーレだけを信じる、ゼーレに有用な人間になるように。私は、組織の意志は絶対だと教えられていた。私は組織しか知らなかった。だけど、皆と親しくなるうちに、私は組織に疑問を持ち始めた・・・・・・最初は任務だったけど・・・・・・本当に・・・・・・アスカのこと・・・・・・皆のこと・・・・・・大切に思うようになった・・・・・・」
大切な友人達がくれた、あたたかなこころ。
マナの瞳から、堪えきれずに涙が零れた。
「裏切ってしまったことを、償いたいから」
シンジは徐に、シグをホルスターに戻した。
もし、父や彼の教官達が聞いたならば、『甘い』と言うだろう。そして、彼らが同じ局面に立ったならば、おそらく彼女を排除するだろう。
だが、甘いと言われようと、それが碇シンジという人間だった。
そしてシンジは、何があっても自分の下した決断を、後悔しないつもりだった。
「・・・・・・信じてくれるの?」
マナは、あっさりと戦闘解除した少年を、信じられないと言った面もちで見る。
シンジは、ゆっくりと微笑んだ。
「信じるよ。ゼーレの『サロメ』ではなく、アスカの親友の『霧島マナ』を」
「・・・・・・ありがとう」
マナは泣き笑いの表情で、答えた。
シンジは手を差しだし、彼女を立ち上がらせる。
マナは、涙を拭うと、表情を改めた。
「行きましょう」

「肝心なことをお忘れのようですね、キール議長」
複数の銃口に囲まれながら、ゲンドウは口許を歪めた。
「何をだ?」
キールは、苛立たしさを隠そうともせずに言う。
「私があなたと決別したという事実ですよ。私があなたの茶番につき合う義務はない」
そう言うと、ゲンドウは本格的な嘲笑を浮かべる。
ソファの肘掛けを掴んだキールの手が、ぴくりと動いた。
「バハマ、ケイマン、ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、スイス」
ゲンドウは、ゆっくりと地名を列挙すると、自分に銃口を向ける男達を見回す。
「君達の雇用主は、たった今、無一文になった。命が大事なら、出て行け」
男達が僅かに逡巡し、キールはそれと判るほど顔色を変えた。
ゲンドウが口にした地名はすべて、彼が資金洗浄マネーロンダリング資金洗浄や租税回避を行っている場所だった。
「経済封鎖かっ?!」
この二年間、同志達が被った悲劇が、キールの身にも降りかかった。
「今頃は司法当局が、あなたの動産、不動産をすべて差し押さえているはずです。そして、ゼーレの幽霊会社ペーパーカンパニーも青息吐息になっているでしょう」
ゲンドウは、暗に市場を操作したことを告げる。
「貴様・・・・・・」
「敵の本拠地へ乗り込むのに、素手で来るほど愚かではありませんよ」
そういうとゲンドウは、部屋の中の時計に目を走らせた。
午後一時ちょうど。
ゲンドウは、ローテーブルの縁に手をかけると、一気にそれをひっくり返した。
刹那、窓ガラスが砕け、ドアが弾け飛び、戦闘服に身を包んだ男達が突入してくる。
銃を構えていたはずの男達でさえ、反撃する暇がないほどの早業。
突入してきた男達は、一瞬の判断で、ゲンドウとキールだけを残し、キールの配下だけに容赦なく弾丸を撃ち込む。
わずか数秒で、銃撃戦は終わった。
豪華な調度は見る影もなく破壊され、五人居た男達は物言わぬ肉塊となって、カーペットに血溜まりを作っている。
事態の急展開についていけず、呆然としていたキールは、自分に向けられた銃口を見て我に返った。
王手詰みチェック・メイト
突入部隊の指揮を執っていた加持は、キールの前に立ち、にやりと笑う。
「・・・・・・生きていたとはな」
キールは、掠れた声を絞り出す。
「お陰様で」
加持は、部下に目配せをする。
キールは両側から腕をとられ、立たせられた。
「キール・ロレンツ。国連特務機関Nerv権限において、対使徒法の保安条項違反として、あなたを逮捕します。尚、あなたには黙秘権も弁護士をたてる権利もありませんので悪しからず・・・・・・丁重にお連れしろ」
反論する余裕さえないキールが、屈強な男達に囲まれて部屋を出て行く。
「・・・・・・ご苦労だった」
ローテーブルの蔭に伏せていたゲンドウが、ゆっくりと立ち上がった。
「ご無事でなによりです、碇司令」
加持は会釈する。
「見事な手際だ。UNの特殊部隊か? これだけのチームをよくスイスここに引き入れられたな」
ゲンドウは興味深げに訊く。
「まあ、蛇の道は蛇ということで」
加持は、曖昧に笑う。
ゲンドウはそれに、軽く頷いた。
「事後処理も君に任せる。それから、すぐに守秘回線を用意できるか?」
「・・・・・・何かありましたか?」
加持は、表情を改め、訊き返す。
「老人達の最後の悪足掻きだ・・・・・・警告が間に合えばいいが」
「・・・・・・判りました。至急用意します」
加持は頷いた。
だが、第三新東京市を覆うECMによって、その行為は無駄に終わる・・・・・・

「戦闘員は20人くらい居るわ。あとはオペレータが10人ほど。装備的にはサブマシンガンと自動小銃、それにショットガンね」
『イエロー』のビルから100mほど離れたところで、マナは簡単に状況を説明する。
「アスカ達は、地下駐車場か、地下三階のどこかに閉じこめられていると思うわ」
「・・・・・・本当に一緒に来る気?」
シンジは心配そうに、マナの顔を覗き込んだ。
「ええ」
マナは頷く。
「でも、そうしたら・・・・・・」
シンジの言葉は、歯切れが悪い。
彼女と他の工作員達が、どれほど親しかったかは判らないが、少なくとも顔見知り以上の人間を、場合によっては殺さなければならないのだ。
ここで彼女が逃げても、誰も責めはしない。
だが、少年の言えなかった言葉が判ったのか、マナは微笑んだ。
「もう、決めたの。それに・・・・・・ゼーレに対する義理は果たしたわ」
シンジは小さく頷く。
「そっか・・・・・・それなら、何も言わない」
シンジの端正な顔を見ていたマナは、ふと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「シンジ君って、ホントいい人よね。本気で彼女に立候補しちゃおうかな?」
「え?」
全く場違いな台詞に、シンジは目をしばたかせる。
「それとも、私みたいなコじゃ嫌?」
「え? あの・・・・・・え?」
パニックしているシンジを、マナは面白そうに見る。
「返事は今すぐじゃなくてもいいわ・・・・・・あとで聞かせてね」
「・・・・・・判った」
言外に込められた意味を理解し、シンジは頷いた。
「それじゃ、はじめよう」
二人は闇に紛れて走り出した。

<続く>

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※この物語はフィクションであり、現存する組織、団体、個人などとは一切関係ありません。

【用語解説】

 

【スペクトラ】

抗弾装備の一つ。アレイド・シグナル社が開発した繊維。鋼鉄の約10倍の強度をもち、人体に加わる衝撃を拡散する能力が高い。

 

【資金洗浄(マネーロンダリング)】

麻薬取引など犯罪で集めた資金を、金融機関などを通すことで合法的に得られた「きれいな金」に見せかけること。

 


Ver.1.0  1998.10.17

Ver.1.1  2008.02.06


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