複数の爆発音が、耳を聾する。
見上げた空が、赤く染まっている。
「何?!」
状況が把握できずに立ち尽くすアスカとケンスケへ、物陰から麻酔弾が撃ち込まれた。
抵抗する暇などない。
「あ!」
「くっ!」
首筋に痛みを感じると同時に、急速に視界が狭まり、身体の力が抜ける。
「・・・・・・ごめんね」
泣きそうな表情のマナが呟く。
それが合図のように、屈強な男達が現れ、倒れ伏した少年と少女を担ぎ上げる。
そして、近くに停車していた宅配便トラックの荷台に、二人を連れ込んだ。
「・・・・・・予定外が増えたな」
立ちつくすマナの傍に、一人の男が近付く。
「申し訳ありません」
マナは頭を下げる。
「まあ、よかろう。行くぞ、『サロメ』」
「・・・・・・はい」
顔を上げたマナの頬に、涙が一筋伝った。
天と地のはざまで<5>
カーニバル・ナイト
B part
爆発音に続き、空が赤く染まる。
「何事?」
監視グループを率いていたエリカは、司令車である全面スモークガラスのバンの後部座席から、窓の外を見る。
「通信機器及び、監視装置がすべて沈黙しました」
オペレータが、押し殺した声で報告する。
当然ながら、十数台ある機材が、同時に故障などとは考えられない。
「・・・・・・ECM?」
エリカは、眉を顰めた。
「ゼーレでしょうか?」
彼女を補佐する、准尉の肩書きをもつ中年の男が訊く。
「『トゥーランドット』と『カルメン』が消えたところに、ECM攻撃だなんて、ゼーレの仕業以外考えられないでしょうね」
エリカは、自嘲気味に笑う。
『資産』の調査を指揮していた彼女だが、結局、ゼーレ側のアクションが起こるまで、それを特定する事はできなかったのだ。
「『トスカ』は無関係、もしくは彼女の役割が終わったと見做し、監視体制を3まで落とします。シフトの変更と、撤退の準備を始めて」
「了解」
「至急、本部に戻るわ。恐らく、次に狙われるのは本部よ」
*
*
*
セカンドチルドレン失跡の報に接したシンジは、とるものも取り敢えず、保安部の総合戦闘情報指揮室に駆けつけた。
「ダグ! アスカは?!」
「保安部員が撒かれた。『カルメン』が一緒だ」
ダグラスは、落ち着いた声で答える。
「恐らく、お前に対する人質だろうな」
「そ・・・・・・・」
言いかけたシンジの声を遮るように、一瞬だけ照明が暗くなり、鋭い警報が鳴り響く。
「監視グループとの通信途絶!」
「正・副・予備B・C電源系統切断! 予備系統Aに切り替わりました!」
オペレータ達が、慌ただしく告げる。
「始まったか」
ダグラスは、輝点が消えた3D地図から視線を上げる。
「お次は侵入者が来るぞ! 対人迎撃システムの準備をしておけ!」
「駄目です!! MAGIが応答しません!!」
オペレータの声は、悲鳴に近かった。
「クラッキングか?」
「恐らく」
ダグラスの言葉に、シンジが頷く。
「よし、本件は対ゼーレ戦の条項第287に該当する! よって私が全ての指揮権を有する!」
ダグラスは宣言した。
「D級以下の職員を避難させろ! 第2発令所とケイジ周辺に完全装備の保安部員を配置! 私が直接現場で指揮を執る! 監視グループのフォローは出来る限り続けろ!」
「了解!」
オペレータ達が、慌ただしく動き出す。
「シンジ、全ての指揮権を一時的にお前に委譲する。やってみろ」
ダグラスは、放っておけば最前線に飛び出してしまうであろう少年に、足枷をつけた。
突然の命令に、シンジは唖然とする。
「出来ないとは、言わせん。この二年間、お前にはそれだけの事を教えた」
ダグラスは、表情を消したヘイゼルの瞳を、彼に向けた。
だが、シンジは硬い表情で応じる。
「・・・・・・指揮は、青葉さんに任せて下さい。俺は地上に出て、アスカを再捕捉します」
言い終えた途端、シンジはダグラスの容赦ない拳の洗礼を受けた。
倒れこそしないが、少年は蹈鞴を踏む。
「セカンドを探したかったら、まずは通信を回復させろ。あてもなく第3新東京市中を走り回るような、無駄をするつもりか?」
厳然とした声が、シンジに浴びせられる。
「・・・・・・判りました。第2発令所で指揮を執ります」
納得行かない表情ながらも、シンジは頷いた。
発令所ならば、より広範囲な情報が得られ、その対応が出来る。
「シンジ」
ダグラスは、C3Iを出ていこうとした少年を呼び止める。
「いいか? 奴らが狙ってるのは、あくまでもお前だ。それを忘れるな」
それには答えず、シンジは第2発令所へ向かう。
そこもまた、混乱のただ中にあった。
「総員、第一種戦闘配置! S287発令に基づき、ウエリントン一尉より指揮権を委譲されました。状況を報告して下さい」
シンジは、準夜勤シフトの当直士官の中で、最高位の青葉に訊く。
彼の2年間を知らない青葉は、何故シンジが指揮を執るのか理解できず、呆然とする。
「青葉一尉、報告を!」
「あ、はい!」
重ねて問われ、青葉は我に返る。
シンジが纏うのは、ゲンドウと同じカリスマ。
気圧されるように口を開いた青葉は、完全に上官に報告するときの口調だった。
「ECM攻撃です。レーダーやセンサーの類は、軒並みブラックアウト。通信系統もダウンしています」
彼の言う通り、地上の様子を映し出すモニターは、9割方役目を放棄している。
「生きているのは光学系だけですか」
辛うじて生きている、光学系の監視装置が捉えた夜の第3新東京市は、全面的に停電しているようだった。
ただ、火災を起こしているビルが、ファイヤーストームのように屹立し、あたりを照らし出している。
「MAGIは?」
「ウイルスとクラッキングで、稼働率が通常の30%まで落ち込んでいます」
数々のウイルスチェックと自己診断プログラムをかいくぐり、二年間かけて配置されたウイルスは、巧妙かつ的確に、その役目を見事に果たしていた。
それと同時に、MAGIはアメリカ・・・・・・恐らくはゼーレの関連組織・・・・・・から、クラッキングを受けている。
「ECCMはかけられますか?」
「電源の予備一系統ではパワー不足です。MAGIも余力がありません」
「では、主電源の回復と、MAGIの防御を最優先で。C級以上の勤務者を全員召集。ECMをかけられている以上、難しいかもしれませんがお願いします。プログラムコードPS-01を起動の後、ケイジ周辺3ブロックの隔壁を閉鎖して下さい」
シンジは、淀みなく指示を下す。
「PS-01?」
聞き慣れないコードに、青葉の手が止まる。
「Bダナン防御壁の応用で、外部からエヴァとケイジへ干渉できなくするプログラムです」
ゼーレの動きを知ったときから、Nervがクラッキングに晒されるのは予測していた。
MAGIが乗っ取られる確率はきわめて低いが、MAGIを通じてエヴァ自体、或いはエヴァのあるケイジに干渉される恐れがある。
PS-01は、その予防策として、マヤに手伝ってもらって作ったプログラムだった。
「了解」
「隔壁閉鎖できません!」
ケイジを物理封鎖しようとしていたオペレータが報告する。
「保安部員がケイジに配置されているはずです。手動で閉鎖させて下さい」
「了解」
「・・・・・・遅れて御免なさい!」
残業していたマヤが、異変に気付いて発令所に駆け込んできた。
すぐさま、彼女の席に座っていたB級オペレータと席を替わる。
「MAGIがクラッキングとウイルスに晒されています。防御をお願いします」
「了解」
シンジが、Sランクのセキュリティ・ランクを持つことを聞かされているマヤは、すんなりと指示に従った。
「高山三尉、戦自かUNに、連絡は取れますか?」
普段は日向が使っているオペレータ席に着いた下士官に、シンジは訊く。
「使える回線を検索中です」
「手段は問いません。回線を確保できたら、ECMをかけてる本体を潰すよう要請して下さい」
「了解」
「・・・・・・プログラムコードPS-01を起動を確認。以後、36時間はエヴァ及びケイジはシステム上、封印状態になります」
青葉の報告に、シンジは頷いた。
「侵入者はありますか?」
「いえ、今のところありません」
警備システムがダウンしているとはいえ、辛うじて本部内の各所をモニターすることはできた。
「注意して下さい。敵は、第2発令所かケイジを狙うはずですから」
シンジはそういうと、本部内の地図が映されたメインモニターを睨み付けた。
*
*
*
複数のビルが爆発炎上と大規模停電によって、市街地は人も車も大混乱していた。
「『花火』があがった。いくぞ」
サラリーマンふうの男は、低い声で言った。
その声を合図に、彼らは『目標』に近付いた。
そして、学生服姿の少年と少女を、一気に取り囲む。
勿論、周囲に人は居たが、皆、ビル火災に気を取られ、誰一人としてこの光景を省みることはない。
「・・・・・・なんや、自分ら?」
トウジは、自分たちの周りを取り囲んだ異質な雰囲気の六人ほどの男達から、ヒカリを庇うように立つ。
ゼーレの工作員達は、無言で二人の腕を掴んだ。
「放さんかい!」
トウジは、自分とヒカリの腕を掴んだ男達に、抵抗する。
「いやっ!」
ヒカリが悲鳴を上げる。
「そこまでだ!」
突然、張りのある声が響く。
それと同時に、Nerv保安部員がゼーレの工作員達に襲いかかった。
「邪魔や!」
トウジは、自分の腕を掴んでいたゼーレの工作員へ、体当たりをかます。
相手がふらついた所へ、その右肩関節に正拳を叩き込み、自分の腕を解放させる。
そして更に、攻撃を加えようとした瞬間、工作員は地面に倒れ伏した。
トウジが唖然として見ると、工作員に蹴りを入れた甲斐が、にやりと笑った。
「あ、おおきに」
トウジは、思わず場違いな台詞を言ってしまう。
「どういたしまして、って言ってる場合じゃなさそうだな!」
叫びながら、甲斐は、ヒカリを連れ去ろうとしていた工作員に追いすがり、体当たりをかける。
バランスをとるために、思わずヒカリの腕を放した男の首筋に、容赦のない回し蹴りが叩き込まれた。
倒れ込んだ工作員を更に蹴飛ばし、甲斐は状況についていけず、呆然とするヒカリの腕を取る。
「逃げるぞ! 鈴原君も!」
名を呼ばれ、トウジは慌てて甲斐とヒカリの後に続く。
「乗って!」
甲斐は、路地に停車していたデボネアの後部座席へ、二人を押し込んだ。
「本部だ!」
自分は助手席に滑り込むと、ステアリングを握る部下に命じる。
「はい」
「・・・・・・二人とも大丈夫か? 手荒にして済まなかった」
車が動き出すと、甲斐は後ろを振り向き、頭を下げた。
「自分、一体何モンや?」
トウジが、警戒の色を浮かべて訊く。
隣に座るヒカリは、青ざめた顔で、甲斐を見ている。
二人は、敵か味方かの判別がつかない人間に、成り行きでついてきてしまったことを後悔していた。
「あ、もしかして、敵だと疑われてるかな?」
二人の表情から、それを読みとった甲斐は、苦笑する。
そして、IDカード取り出すと、トウジに渡した。
「甲斐ヨシヒロはん・・・・・・?」
「ああ、Nerv保安部の者だ。それとも、シンジのダチって言った方が、通りがいいかな?」
突然出てきた友人の名前に、二人は驚いたように甲斐を見る。
「セン・・・・・・碇を知ってるんでっか?」
「ヨーロッパにいたとき、護衛をしていたんだ」
トウジの問いに、甲斐は当たり障りのない答えを返す。
それを聞いた二人は、ようやく安堵の表情を浮かべた。
「あ、ワイは鈴原トウジです」
「洞木ヒカリです。助けていただいてありがとうございました」
二人は、それぞれ自己紹介する。
「礼には及ばないよ。それより、ヒカリちゃんには怖い思いをさせて悪かった」
甲斐は微笑む。
「いえ、そんなことありません」
ヒカリは気丈に答える。
甲斐はもう一度、微笑んだ。
「二人には申し訳ないが、これからちょっと、本部までつき合ってもらうよ」
「何かあったんでっか?」
トウジが訊く。
「先刻の事も含めて、今日はトラブル続きでね。君達の安全確保のためだよ」
甲斐は、微妙に答えをはぐらかした。
*
*
*
不愉快な沈黙を破ったのは、時計を眺めていたキールだった。
「Nerv保安部の能力を見る機会が巡ってきたようだ」
キールは、一枚目の手札をめくって見せる。
その一言で、第3新東京市での戦闘が始まったことを、ゲンドウは理解した。
「・・・・・・二年前の轍を踏むおつもりか?」
「あの失敗は繰り返さんよ。この二年という時間は、我々にとって十分な準備期間だった」
ゲンドウは何も答えない。
その様子に、自身の優位を認識し、キールはさらに笑みを深めた。
その時だった。
控えめなノックの音が、静寂を破った。
「入れ」
キールの声と共に、その側近が入室してくると、主の耳に、二言三言囁く。
「何?!」
キールの顔色が、端で見ていてもそれと判るほど、はっきりと変わる。
同時に、メッセージの内容を知っているゲンドウが、冷ややかな嗤いを浮かべた。
そして、彼もまた手札をめくって見せる。
「ゼーレのメンバーも、遂に一人となったようですね」
この時に合わせ、ゲンドウは加持に命じて、残りのゼーレのメンバーを暗殺したのだった。
「碇!」
キールは声を荒げる。
それに対し、ゲンドウは乾いた口調で応じた。
「いい加減、現実を直視したら如何ですか? 補完計画は二年前に頓挫した。楽園に還れない我々は、不完全なままで生きて行くしかない。ましてや、人間が神になることなどできはしないのです」
束の間、二人は睨み合った。
だが、冷静さを取り戻したキールが、ゆっくりと口許を歪める。
「・・・・・・君がなんと言おうと、既に計画は動いている。『鍵』を手にするのは、もう間もなくだ」
キールは、芝居がかった仕種で指を鳴らす。
途端に、武装した男達が、室内になだれ込んできた。
彼らの構える銃口が、ゲンドウに向けられる、
だが、ゲンドウは顔色一つ変えることなく、その様子を悠然と眺めていた。
「新たな『神』の誕生を、特等席で見せてやろう。そして我が、『千年王国』の人柱となる栄誉を、君に与えよう」
キールは己の成功を確信し、嗤った。
*
*
*
メンテナンスハッチから侵入してきた敵と、即席のバリケードを挟み、Nerv保安部は銃撃戦を繰り広げていた。
「D36からD41までの隔壁を閉鎖しろ!」
銃声に負けじと、ダグラスはインカムに向けて怒鳴る。
本部内は、ECMの影響を受けて居らず、無線も有線も通信は繋がった。
「遠隔操作が無理?! なら、手動でだ!」
MAGIの能力ダウンで、機械的な防御措置の援護が望めない今、あてになるのは人間の力だけである。
間一髪で仕掛けたトラップが有効に作動したこともあり、練度の高い敵に対し、お世辞にも実戦経験が多いとは言えないNerv保安部の戦闘員達は、善戦していた。
最初の敵の発見から30分。三方向からの侵入に対し、ほぼ足止めに成功している。
しかし、それだけだ。
補給や地の利はこちらにあるが、戦い慣れしていない保安部員達の限界は早い。
長期化すれば、押し切られてしまうだろう。
人間を殺すと言うこと。
通常の社会で育った人間は、『殺人は禁忌』という倫理観念を持つ。
その禁忌を犯すことを、平然とやってのけられる人間など、ごく僅かだ。
では、その禁忌を犯してしまった場合、どうするか。
答えは二つ。
一つは、自分自身の行為を正当化すること。
もう一つは、忘れることである。
前者は簡単だ。
自己防御のためであれ、思想のためであれ、金銭のためであれ、それを得るために必要な殺人であったと、自分を納得させ、その行為を正当化すればいい。
Nervの保安部員ならば、罪悪感を、Nervへの、ひいては『人類を守る』という高邁な理想への忠誠心に、すり替えるのだ。
そうしなければ、結果は明白である。
だが、それができないのならば、忘れるしかない。
人間を殺したこと。
その人間がこの先、受けるべき権利を奪ったこと。
殺された人間と、その人間の周囲の全ての感情を踏みにじったこと。
全てが自分と無関係であると、自分自身に信じ込ませ、忘れるのだ。
たとえ、本当に忘れることが出来なくても、そのふりをしなければ、生きては行けない。
ダグラスも加持も、そしてシンジも、そうして生きてきた。
だが、恐らく、部下の何名かは、自分を正当化することも、忘れることも出来ずに、夜毎に魘されることになるだろう。
「・・・・・・ボヤボヤしてんじゃないぞ! ダグ!」
不意に響いた甲斐の怒声によって、ダグラスの感傷めいた思惟は、霧消した。
同時に、甲斐の率いていたグループが、戦列に加わる。
「誰がボヤボヤしてるって?!」
弾倉を交換しながら、ダグラスは怒鳴り返す。
「それより、『トリスタン』はどうした?!」
「襲われたんで、『イゾルテ』ごと『確保』した! まさか本部が襲撃を受けているとは思いもよらなかったからな!」
甲斐は、H&K・MP5を、三点バーストしながら答える。
「ここはいいから、53通路に回れ!」
「そっちはエリカが行ってる! 27通路も神代が援護してる!」
どうやら、セカンドチルドレンの失跡と、本部との通信途絶により、監視対象が無関係と判断された監視グループの一部が帰投したらしい。
その時、インカムからノイズ交じりの通信が入った。
『こちら第五班、配置完了』
敵の背後に展開したグループの指揮官が、簡潔に告げる。
「了解、30秒後だ」
ダグラスは、甲斐の顔を見た。
「援護しろ、一気に制圧する!」
甲斐は頷くと、部下にスタングレネードを用意させた。
「GO!」
刹那、通路に轟音と閃光が溢れた。
*
*
*
「何があったの?!」
セカンドチルドレン失跡の連絡を受け、戻ってきたミサトが、発令所に駆け込んでくる。
「ゼーレの攻撃です。現在、一系統を除いた複数の電源系統が切断され、ECMとクラッキング、本部内に戦闘員の侵入を受けています」
シンジが答える。
「電源の復旧には、あと一時間ほどかかるようです。MAGIは防御作業中。現在の稼働率は、57%です。復旧次第、ECCMをかける予定です。索敵・通信系は、一部通信のみ回復。UNに対し、協力を依頼しました。侵入者に対しては、保安部が迎撃に動いています」
「・・・・・・シンジ君が、指揮をしてるの?」
驚いたように、ミサトが訊く。
彼女が驚くのも無理はなかった。
ミサトが知るシンジは、そんなことが出来る少年ではなかったのだから。
そして、ざっと確認した限り、彼の選択は最良のものだった。
「済みません。ダグに、指揮権を一時委譲されたもので」
シンジは済まなそうに言う。
「それじゃ、ミサトさん。あとはお願いします」
「お願いって、あなた、何処に行くの?」
今にも走り出しそうなシンジを、ミサトは呼び止める。
「アスカを探しにいきます」
「ちょっ! シンジ君?!」
今度は止める間もなく、シンジは発令所を飛び出した。
と、シンジが通路を走りだすと、狙ったように携帯のコールが響く。
液晶ディスプレイを見ると、MAGIを経由する秘匿回線での呼び出し。
シンジはパスをプッシュし、通話ボタンを押した。
「はい?」
『・・・・・・シンジ君?』
躊躇いがちに紡がれる、沈んだ少女の声。
「霧島さん・・・・・・」
相手の名を呼んでから、シンジは『何故』という言葉を飲み込んだ。
霧島マナこそが、ゼーレの『資産』。
クラックされているMAGI経由で、秘匿回線に割り込みをかけてくることなど造作もない。
「・・・・・・単刀直入に訊くよ。アスカは何処に?」
電話の向こうで、僅かに息をのむ気配がする。
『知っていたの・・・・・・』
「ああ」
やがてマナは、ぽつりと地名を告げる。
『一人で来て・・・・・・アスカと相田の身が心配なら』
そう言って、電話は切れた。
「ケンスケまで巻き込まれたなんて・・・・・・」
シンジは歯噛みした。
そして、携帯をポケットに突っ込むと、全力で走り出した。
*
*
*
「う・・・・・・」
意識を取り戻した瞬間、頭の芯に鈍い痛みを感じた。
続いて、目隠しをされ、猿轡をはめられ、両手両足を縛られ、振動の激しい所に寝かされていることに気付いた。
(・・・・・・誘拐されたってわけね)
アスカは冷静に思う。
(この振動は車・・・・・・トラックの荷台?)
試しに、腕を動かしてみた。
だが、冷たい金属ががしゃがしゃと鳴るだけで、簡単に自由になりそうになかった。
(マナは・・・・・・それに相田は?)
アスカの明晰な頭脳が、高速で動き出した。
(意識を失う前、マナが何か言ってた気がするけど・・・・・・ )
そして、彼女は気付いた。
自分が親友だと思っていた少女は、スパイだったのだと。
| ※この物語はフィクションであり、現存する組織、団体、個人などとは一切関係ありません。 |
【用語解説】
【ECM・ECCM】
電子戦。敵の軍事的電子機器の使用を妨害し、味方のその円滑な使用を持続するために採用する軍事的手段。
ECMは、電子妨害対策。敵の電子機器の活用を妨害する『妨信』と、敵の電子機器使用を混乱させる『偽電』の役割をもつ。
ECCMは電子対妨害対策。ECMに対抗する諸対策を指す。
【スタン・グレネード(特殊閃光音響弾)】
非致死性兵器。ものによって違うが、爆発すると約180デシベルの轟音と、約200万カンデラの閃光を発する。
屋内で使用すれば、内部にいたものは最低でも45秒は、思考能力が麻痺し、状況判断ができなくなる。
Ver.1.0 1998.09.20
Ver.1.1 2008.02.06
感想・ご意見などをおまちしております。 ぶらざー玲