<5> カーニバル・ナイト A part

07:00:00   Tマイナス12:00:00   第3新東京市

「これより、『ヘロデ』をスタートする。アトラクションの開始時間は、12時間後。全ては手順通りに。各員の善処を期待する」


天と地のはざまで<5>

カーニバル・ナイト

A part


15:38:23   Tマイナス03:21:37   第3新東京市立第壱高等学校

 放課後。
SHRが終わり、生徒達が三々五々散って行く中、マナはアスカに声をかけた。
「ね、アスカ。今日バイト休みでしょ? ちょっと付き合って」
「いいけど、何処?」
アスカは、帰り支度をしながら訊き返す。
「駅ビル、今日からバーゲンなのよね。ホントはシンジ君に付き合って欲しかったんだけど、今日休みだから、代わりに付き合って」
マナはにっこり笑う。
「何よその言い方。それじゃ付き合ってあげない」
アスカはわざと渋面をつくる。
この二人、シンジが絡むと全面対決になるが、それ以外では親友同士という複雑な関係である
「嘘ですぅ! お願いします、アスカ様!」
マナがわざとらしく拝むふりをする。
「しょうがないわね。私も見たいものあるし、いいわよ・・・・・・あ、マユミは?」
「私、図書室当番なんでパスです」
図書委員のマユミは、申し訳なそうに言う。
「ヒカリは・・・・・・言うだけ野暮ね」
既にトウジと一緒に教室を出ている親友に、アスカは苦笑する。
「惣流、霧島、山岸、また明日」
すれ違いざま、ケンスケが挨拶する。
「バイ!」
「さよなら、相田君」
「また明日」
三人の少女は、それぞれ挨拶を返す。
「それじゃ、行きましょ。アスカ・・・・・・じゃあね、マユミ」
「バイバイ」
「さよなら、アスカさん、マナさん」

16:17:02   Tマイナス02:42:58   Nerv本部

 朝から続いていた2年ぶりのシンクロテストを終えると、シンジは、プラグスーツのまま、実験管制室へと戻った。
「お疲れさま、シンジ君」
今日はリツコの来ない日のため、テストを取り仕切っているマヤが声をかける。
「お疲れ様」
テストを見守っていたミサトも、笑顔を浮かべる。
「あまり、調子がでないみたいね」
シンジは、ちょっと苦笑した。
「久しぶりだったんで、いまいち感覚が掴めなくて・・・・・・どうでした?」
「そうね、ハーモニクス誤差はないけど、シンクロ率がちょっと低いわね。53%よ」
少年の問いに、ミサトが答える。
「まぁ、実戦はないはずだから、こんなもんでも全然オッケーだけど」
「・・・・・・だといいんですけど」
苦笑と言ってしまうには、あまりにも複雑な表情で、シンジは応じた。
ミサトは、彼の顔を見て口をつぐんでしまう。
「・・・・・・あ、シンジ君。例のプログラムだけど、目を通しておいたわ」
暗くなりそうな雰囲気を察したマヤが、話題を振る。
「ありがとうございます。どうでしたか?」
シンジは、マヤの方へ向き直った。
「いい先生に教わったのね」
マヤはにこり、と笑う。
「え?」
「すごく素直で、癖がないんだもの。でも、結構、手を入れさせてもらったわ」
「お手数かけました」
シンジは軽く一礼する。
「例のプログラムって、この前言ってたヤツ?」
ミサトが訊く。
「ええ」
シンジは頷いた。
「使わないにこしたことはないプログラムですよ」

17:42:59   Tマイナス01:17:01   Nerv本部

 第2発令所に隣接する、保安部の総合戦闘情報指揮室シーキューブドアイ
MAGIのプロテクトを含むNervの警備状況及び、要人護衛と監視体勢の情報は、全て此処で統括されている。
そして、得られた情報は様々に選別され、第2発令所をはじめとする各所に回される。
第3新東京市が、立体映像ホログラムとして表示されている大型テーブルの前で、ダグラスは動き回る赤と緑と輝点プリップを睨み付けていた。
赤が護衛対象者、緑が保安部員であるが、ところどころ赤の輝点がないにもかかわらず、緑の輝点が集中しているところがある。
そこには、監視対象者が居るはずだった。
「人手が足りん」
思わず、ダグラスの口から母国語の呟きが漏れる。
二重スパイダブルエージェントを全て拘束し、また行動が疑われる者を更迭したため、保安部のシフトは現在、まったく余裕がない。
彼の目には、緑の輝点が殊の外少なく映った。
「仕方ないだろう。身内に爆弾抱えて戦うよりはマシだ」
横にいたマークが、アメリカ中西部訛りの英語で、慰めともつかない台詞を口にする。
ダグラスは、ちらりと戦友を見やった。
「・・・・・・判ってる」
「それとも、このギリギリの局面で、どこの馬の骨とも知れない奴を拾ってきて、自爆するか?」
「それも判っている・・・・・・いちいち人の神経を逆撫でするな」
応えながら、ダグラスは軽く息を吐いた。
そして、肩の力を抜く。
口ではああ言ったが、マークの言葉によって、いつの間にか苛立っていた自分に気付き、冷静さを取り戻す。
「敵がさっさと馬脚を現してくれればラクなんだがな」
マークが呟く。
的が絞り込めれば、監視がしやすくなる。
こういった漠然とした状況が、一番神経を遣うのだ。
「ウエリントン一尉」
通信オペレータが、やや日本語訛りの英語で言う。
国際公務員は、母国語を含め、国際公用語を三カ国語覚えなければならない。
それはNervも同様である。
日本人が大半を占めるNervでは、第二外国語として英語を選択している者が多かった。
「『ナブッコ』から入電。標的パーソン失跡ロストしました」
『ナブッコ』は、監視対象ランク1   子供たちではない   を監視するグループである。
オペラファンのダグラス、元ヴァイオリニストのマーク、チェロを囓っているシンジというメンバーのため、いつの間にか暗号名は、オペラにちなんだものというのが慣例になっていた。
「!」
マークが、活字にできないような下品な罵り声をあげる。
「『ナブッコ』に一番近いのはどのグループだ?」
ダグラスは、日本語に切り替えてオペレータに問う。
「『ローエングリン』、次が『フィガロ』です」
オペレータが即答する。
『ローエングリン』も、『フィガロ』も、護衛対象ランクA2プラスの人物に貼り付いている。
「両方から半分づつ、『ナブッコ』の支援に回せ   マーク、手空きの連中を連れて、リカバリー」
「「了解」」
「・・・・・・ダグ、お疲れさま」
マークがC3Iを出るのと入れ違いに、ミサトがやってくる。
「よお」
ダグラスは、気安い笑みを浮かべた。
「・・・・・・どうしたの?」
室内の微妙な緊張を感じ取ったらしく、ミサトは眉を顰める。
「ちょっとドジった奴がいるだけだ・・・・・・そっちこそどうした?」
「6時であがりだから後よろしく、って言おうと思ったんだけど」
暗に残ろうか、と訊くミサトに、ダグラスは首を振った。
「今のところ、作戦部長殿の出る幕はないな。帰って構わんよ。事態が逼迫したら連絡する」
「そお? じゃ、お言葉に甘えて」
「ああ、お疲れさん」
それから2時間経たずして、このことを後悔するとは、二人とも知る由もなかった。

10:01:24   Tマイナス00:58:36   スイス・チューリッヒ

 チューリッヒの最高級ホテルのスイートルームで、ゲンドウはキールと1対1で対峙していた。
「・・・・・・お逢いするのは2年ぶりですか、キール議長」
サードインパクトの日を境に、ゲンドウとゼーレのメンバーは、完全に没交渉となっていた。
しかし、今日、わざわざ会見の場を設けたのは、最終的な決着をつけるためだった。
「あまり楽しい再会ではないな」
キールは冷笑を浮かべる。
「そういえば、最近は他のメンバーは如何なさっていますか?」
「それは、君の方がよく知っているのではないのかね?」
わざとらしいゲンドウの問いに、キールは嗤ったまま訊き返す。
「噂だけは、伺っていますが」
「噂、か」
「はい」
「まあ、よかろう」
キールはソファの上で身じろぎした。
「ところで、ドイツ支部に配属されていたサードチルドレンだが、何故、日本に戻した?」
「この2年の間に、たびたび誘拐未遂がありました。そこで組織再編を機に、警備のしやすい本部に戻しました」
ゲンドウは 表情を欠片も変えずに、淡々と答える。
「この件に関しましては、EU諸国の賛同も得ています」
この会見に先立ち、ゲンドウはヴァティカンだけではなく、EU諸国の首脳と逢い、支援を取り付けてあった。
「・・・・・・これで、現存するチルドレン3人が、第3新東京市に集まったわけだな」
ゲンドウとキールは、自分の手札カードをどこまで晒すか、相手の手札カードを何処まで知っているか、慎重に推し量る。
「事故などあって、一度に失われることがないといいのだがな」
「ご心配なく。Nervの警備スタッフは、優秀だと自負しております」
「それは是非、お手並みを拝見したいものだ」
「恐らく、お目に掛ける状況はないでしょう」

18:26:11   Tマイナス00:33:49   ジオフロント内部

 ジオフロント内部の森の中に、その男達はひっそりと集まっていた。
「もう一度確認する。19:00に、3方向より潜入」
指揮官が、数十人の部下達を見回す。
人種こそまちまちだが、迷彩服を着込んだ男達は皆、不敵な面構えをしている。
「グリーンが攪乱、レッドがバックアップをしつつ、ブルーが目標を押さえる。電子的なバックアップは、イエローが行う。武器の使用は各自に任せるが、生きて帰りたかったら、なるべく人目をひくな」
指揮官は、ブロークンイングリッシュで手順を確認する。
「尤も、俺達が相手にするのは、軍隊とは名ばかりの素人だからな。せいぜいマシンガンの撃ち方でも教えてやれ」
男達の間から、笑いが漏れた。
「目標を地上に出したら、あとは俺達の仕事じゃない。ケツまくって逃げろ」
指揮官は、腕時計を見た。
「各自時計をあわせてあるな? これ以降、通信は一切禁止。では、散開!」
男達は音もなく、移動を開始した。

18:41:47   Tマイナス00:18:13   Nerv本部

「『トゥーランドット』、『カルメン』共に、標的パーソン失跡ロスト!」
「何だと!」
オペレータの報告に、ダグラスが声を荒げる。
『トゥーランドット』はアスカの護衛、『カルメン』はマナの監視グループである。
ダグラスは、オペレータから、通信用のヘッドセットを奪い取る。
「ウエリントンだ!」
『伊藤です。申し訳ありません』
『トゥーランドット』のチーフが、苦い声で詫びる。
「撒かれたのか?」
『いえ、トリッキーなことはされていません。駅ビルのバーゲン会場で人混みに紛れました』
ダグラスは、思わず舌打ちを漏らす。
「言い訳はいい! とにかく探せ! こちらからも人手を回す!」
『了解』
ダグラスは通信を切ると、ヘッドセットをオペレータに返した。
「『ニーベルンゲン』は待機中か?」
「あ、はい」
「まるごと支援に回せ」
「それでは、サードチルドレンのガードが無くなってしまいますが」
「構わん。あいつは今夜、此処に泊まりだ・・・・・・それから、非番の連中を全員召集」
「了解」
「葛城二佐に繋げ。私が報告をする」
「了解」
別なオペレータが答える。
「・・・・・・故意か偶然か」
動き始めたオペレータ達を見ながら、ダグラスは呟いた。

18:54:03   Tマイナス00:05:57   第3新東京市

 残照を宵闇が駆逐しようとする頃、二人の美少女が、住宅街を歩いていた。
「・・・・・・なんだかんだ言って、アスカの方が買い込んでるのよね」
マナがくすくす笑う。
「だって、欲しかったんだもん」
そう言うアスカの手には、いくつかの紙袋が握られている。
「マナこそ何よ、自分から誘っておいて、何も買わないなんて」
「だって、欲しいのなかったんだもん。ほら、バーゲンになると、普段お店に出てるヤツひっこめて、バーゲン用のどーしょもないのしか出てこないじゃない?」
「うんうん、あれ、ズルイよね!」
マナの力説に、アスカは頷く。
「それにしても、すっかり遅くなっちゃったね」
腕時計の針は、間もなく7時を指そうとしている、
「うん・・・・・・」
急に、マナの返事の歯切れが悪くなった。
「どうしたの?」
親友の微妙な変化を感じ取り、アスカが訊く。
「ね、アスカ・・・・・・」
マナは俯いたまま、話しかけた。
「何?」
「アスカって、シンジ君のこと、好きよね?」
「な、なななに言うのよ、突然!!」
顔を真っ赤にして狼狽するアスカとは対照的に、マナは暗い表情で言葉を続ける。
「でも、シンジ君は、アスカのこと好きなのかな?」
「え?!」
アスカは凍り付いた。
そして、この数日間のことを思い出す。
(・・・・・・帰ってきたときは「ただいま」って言って、抱きしめてくれた)
(でも、あいつは何も言わない。それどころか、微妙に私と距離を置いている)
(あいつ、私のことどう思ってるの・・・・・・?)
「・・・・・・判らない」
アスカは、掠れた声で答えた。
「・・・・・・私ね、シンジ君は、アスカのこと好きだと思うよ」
顔を上げてアスカを見たマナは、寂しげな笑みを浮かべた。
「マナ・・・・・・」
「だって、そうじゃなかったら・・・・・・」
「惣流! 霧島!」
何かを言いかけたマナを遮るように、突然、聞き慣れた声がする。
二人が振り向くと、Tシャツにジーンズ姿のケンスケが、コンビニのビニール袋を持って佇んでいた。
「相田、あんた何してんの?」
アスカが、怪訝そうな表情で問う。
「酷い言われようだな。俺んちこの近所なんだよ」
ケンスケは苦笑する。
「それよりお前らは?」
「アスカ! 相田! ごめん!」
「「え?」」

19:00:00   00:00:00   第3新東京市上空

 磁気フェライトをまんべんなく塗布し、夕闇に紛れ、UNとNerv、航空自衛隊の早期警戒レーダー網をかいくぐった無人の大型軍用機は、市街地上空で爆発した。
貨物室ペイロード・ベイに詰まれていたチャフが飛散する。
同時に、市街地で建設中の15のビルに仕掛けられた時限爆弾が爆発。
火災による上昇気流により、チャフが第3新東京市上空を覆い、黒煙が偵察衛星キイホールの『目』を塞いだ。

 作戦名「ヘロデ」スタート。

 これが、第3新東京市の長い夜の始まりだった。

<続く>

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※この物語はフィクションであり、現存する組織、団体、個人などとは一切関係ありません。


Ver.1.0  1998.08.14

Ver.1.1  2008.02.06


感想・ご意見などをおまちしております。 ぶらざー玲

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