第二十六話 偽りからの脱出

ゲイツの冬月への面会の申請は、この余裕の無い情勢にも関わらず意外なほど簡単に許可された。それは日頃の根回しのせいか、それともダンチェッカーの名前が効いたのかは分からない。だがそれはゲイツにとってどうでも良い事であった。ゲイツは、冬月に直接コンタクトした際に『必ず約に立つ情報だ』と宣言し、それ以上はお互いのため直接向き合ってでしか話せないと告げた。そのため自分の方から第三新東京市に出向くとも。そして一刻を争う事だからと、第三新東京市の空港からネルフまでの空路を確保して欲しいと依頼をした。

一方冬月は、サードチルドレン重傷の影響で国連対応に追われていたが、それでもゲイツの訪問にわざわざ時間を割くという行動に出た。このあたりはお互いの腹のさぐり合いというところもあったのだが、実のところ、ゲイツがネルフの実状を知っているのには及ばないが、冬月もまたゲイツの手の内をある程度は掴んではいたのである。もちろんそれは確たる証拠を掴んでいない以上想像の範囲を出ないものであるのだが、ここまでの積み重ねた情報でそれがはずれていないことを冬月は確信していた。そのゲイツがこの時期に来るということに、冬月はその訪問目的におおよその予想をつけていたのだ。彼が秘匿しているエヴァンゲリオンの提供並びに施設のネルフへの開放、冬月はゲイツの訪問目的をそう睨み、極秘のうちに葛城ミサトに新たな作戦の立案を命じていた。

お互い相手の思惑を読みながら、ゲイツと冬月の対面は実現したことになる。

「ようこそネルフへ…」

ネルフが差し向けたVTOLから、ダンチェッカーに先だって降りてきたゲイツに、冬月はそう言って笑顔で右手を差し出した。

「この一歩が、人類にとって大きな一歩となる事を期待しますよ」

少しおどけて、ゲイツは差し出された冬月の手を握った。すでに腹のさぐり合いは始まっているのだが、少なくともこの時だけは、この出会いが、行き詰まった現状を打破するきっかけになることを期待していた。ゲイツに続いて冬月はダンチェッカーと再会の握手を交わした後、二人を案内するため先に立って歩き出した。

「シンジの容体はどうですか?」

ダンチェッカーは前を歩いている冬月に、シンジの容体を尋ねた。彼にとっては最も気になっている事の一つ。断片的に入ってくる情報では、容体の詳しい所までは分からなかった。

「峠は超えたと言う所です。
差し当たっての生命の危機は乗り超えました。
ただ目が醒めてくれるのかどうか?
現時点での最大の問題はそれです」

シンジの容体を説明する冬月の表情に、依然情勢は厳しいのだとダンチェッカーは理解した。

「シンジのガールフレンドはどうしています」
「……おかげさまで。
なんとか、立ち直ってくれたようです」

一瞬垣間見えた安堵の表情に、相当状況が悪かったのだとダンチェッカーは想像した。だからこそ、立ち直ったと言う言い回しがあるのだろう。もっとも、アスカが立ち直ったこと自体は、やや意外なことでもあった。

「シンジには誰が付いているんですか?」
「彼の妹と、その友人です」
「ほう、セカンドチルドレンは付いていないのですか?」

意外だと言う表情を浮かべたダンチェッカーに、冬月は苦笑を返した。

「子供達のほうがよほどしっかりとしていると言うことです。
彼女達は、自分達で問題を解決したようです」

冬月の説明は、ダンチェッカーをして苦笑を浮かべさせるものだった。つまり冬月は、ネルフ自身にその能力がないと認めているのである。

「ジョン、私は患者たちの様子を見てきたい。
そっちはそっちで進めてくれないか?」
「クリス……いつから君はカウンセラーになったんだい?」
「子供たちのメンタルケアも大人の役目だと思うのだが?」

大まじめな顔で答えを返すダンチェッカーに、ゲイツは苦笑を返した。

「分かっているよ、すまん、少し茶化しただけだ。
ミスター冬月との話は私が進めておく。
君は子供たちを頼む」
「了解した…」

ゲイツと話がついたダンチェッカーはそのまま冬月の方に向き直った。そして霧島シンジ、惣流アスカラングレー、赤木リツコと面会したい旨を伝えた。

「シンジ君の友人であるあなたの面会を断るつもりは有りませんが。
一つお聞かせ願いたい。
その3名に会って、何をなさるつもりですか?」

もちろん冬月には、これらの重要人物への面会を制限する権限が有った。だからといって、それを乱用するつもりなど無い。むしろこれからダンチェッカーがする事への確認と言った意味合いが大きかった。

「シンジと赤木博士は治療の相談ですよ。
シンジのガールフレンドとはいろいろと話すことが有りましてね。
あなたの言葉を信用しないわけではないが、どうも自分で確認しないと安心できなくてね。
シンジの場合、ご両親が居るのでいいが、彼女は天涯孤独だ。
しっかりしているようでも、心はまだ不安定で弱いものですからね」
「耳に痛い話ですな。
確かに私たちは彼女がしっかりとしているのに甘えているのかもしれません。
こんなことをいえた義理ではないのは分かっていますが、惣流君をお願いします」
「まあ微力ながら頑張ってみますよ……」

往々にして忘れがちなのであるが、二人のチルドレンはまだ17なのである。並みの大人では到底想像も付かない経験をしてきたことで、変に大人びたところがあるのだが、逆にいびつな形で成長しているところもあった。残念ながらネルフは、彼らを普通の子供として、当たり前の感覚を身につけさせる事はしなかった。いや、できなかった。少なくともネルフという組織は、子供の情緒を育てるのには不向きだったのだ。

その点、3年の間ネルフを離れていたシンジはまだ良かった。しかし、7歳の時からネルフに縛り続けられたアスカに、大きな障害が出ていると言っていいだろう。

ダンチェッカーの申し出に答える為、冬月は背後に控えていた秘書の一人に声を掛けた。

「朝霞君、ダンチェカー氏の面倒を見てくれんか……」

自分に向かって微笑んだ顔を見て、ようやくダンチェッカーはその女性が誰であるかを思い出した。

***

レイコには必ず帰ってくると言ったが、それがどれだけ絶望的なことなのかはアスカには分かっていた。命を捨てて掛かっているわけではないのだが、その覚悟が必要なことには変わりがなかったのだ。アスカがしなくてはならないのは、確実な足止めなのである。前の戦いのように、足止めも出来ないようでは困るのだ。
しかし、確実な足止めと言っても、どうしてもその方法が一つしか思い浮かばないのだ。ただ単に押し返すだけでよければ、それなりに戦い方もあっただろう。しかし、シンジが何時目を覚ますのかわからない以上、大きな時間稼ぎが必要となるのだ。使徒相手に、延々と戦いつづけると言うのは無理な相談でしかない。

「……レイコには、ああ言ったけど……」

自爆、もしくはそれに類する方法。それぐらいしか、抗う手段が見つからないのである。程度の差こそあれ、いずれも無事生還できるとは期待できない方法だった。それにしても、数日と言うオーダーしか期待できなかった。

「……どうしたものかしら」

さすがのアスカも、完全な手詰まりに陥ってしまっていた。

ネルフ本部内を引き回されたダンチェッカーは、そんなアスカをトレーニングルームで見つけることが出来た。何をするでもなく、ウエイトトレーニングマシンに座っているのである。何か深い悩みがあるのは一目瞭然だった。

「何をしているんだね?」
「……トレーニング」

ぼそりと返ってきた答えに、ダンチェッカーは失笑を漏らした。

「座っているだけのトレーニングは、寡聞にして知らないのだが?」
「……今は、休憩時間なの。
トレーニングに、無理は禁物なのよ」
「では、貴重な休憩時間にお邪魔してよかったかな?」
「構わないわ、特にノルマがあるわけじゃないから」

そうかと頷いたダンチェッカーは、腹筋を鍛えるマシンの上に腰を下ろした。

「それで、あたしに何の用なんですか?」
「ああ、ちょっと様子を見に来たんだよ。
思ったよりは元気そうで安心した」
「落ち込んでいた方が可愛いんでしょうけどね」

皮肉交じりのアスカの答えに、ダンチェッカーは少し吹き零した。

「心ここにあらず、そう言った様子もなかなか可愛いものだよ。
さて、様子見と言ったが、そんなことを言いに来たわけじゃないんだ。
答えの無い問いに詰まってしまった君のために、次の行動を提案しに来たんだよ」
「……答えに詰まった?
……提案?」

なにと首を捻ったアスカに、ダンチェッカーは少し厳しい顔をした。

「君は、自分に何ができるのかを考えている。
しかし、いくら考えたところで妙案が浮かんでこない。
私は、そう観察したのだがね?」
「……当たらずとも遠からずってところかしら」
「使徒は強い。
足止めしようにも足止めの方法が無い。
自爆ですら、ドイツの例で分かるように効果的とは言えない」
「……詳しいのね」

ダンチェッカーの爆弾発言に、アスカは驚いた顔を見せなかった。いろいろな話を繋ぎ合わせると、そういうことを知っていてもおかしくないと思っていたのだ。
だが、ケイコにしてみればそう言う訳にはいかない。その顔には、はっきりと緊張が走っていた。だがダンチェッカーは、ケイコを無視をして話を続けた。

「おおよそネルフの持っている情報のすべてはつかんでいる。
ただ、今時点となると情報源が細ってしまっているから心許ないのだがな」
「だいたいの事情は想像が付きます……
それで、私にどういった話があるんですか?」
「シンジの彼女の顔を見に来たというのが一番かな?」

そう言ってダンチェッカーは、にやりと笑って見せた。

「期待はずれでしたでしょう?
たぶん、病室の前に居るレイコの方が好みにあったと思いますよ」
「いやいや、そう言うことはないんだがね。
君とも、前のシンジが復帰する戦いの時にはあっているからね。
シンジにはもったいないと思っていたんだよ」

そう言ったダンチェッカーに、どうでしょうかとアスカは笑った。

「私には、しがらみがいっぱい付いていますから、
つきあうには面倒くさい相手だと思いますよ」
「簡単な相手など、世の中にいないと思うのだけどね」
「それは、人それぞれ、いろいろあると思います」

それでと、アスカはまっすぐにダンチェッカーを見つめた。

「ここにいらしたのは、そう言った無駄話や、ドイツの話をするためではないのでしょう?」

自分をまっすぐに見るアスカに、ダンチェッカーは頷いて見せた。

「君とは、いろいろと話してみたいことがあったのだよ。
シンジと話していると、君はまるで女神に思えたからね。
本当に世界に女神が居るのか、それにも興味があったんだよ」
「失望されましたか?」

そう言ったアスカに、ダンチェッカーは分からないと首を振った。

「人の言葉をそのまま信じるほど子供ではないからね。
ただ、君の容姿は特筆に値すると思っているよ」
「お上手なんですね」

そう言って笑ったアスカに、いやいやとダンチェッカーは手を振って言い訳をした。

「君ほどになると、見た目のことを言われるのは気分は良くないだろう。
短い付き合いながら、私はシンジを知っている。
そして、フランツもまた知っているのだよ。
二人の落差を考えると、なかなか君という人物が分からなくてね」
「どちらも私です。
シンジが居ないときには、私は真剣にフランツのことを考えていましたから」
「しかし、今の君からは想像が付かない」
「もちろん、あの時はと言うことですから……
今は、シンジ以外の男は考えられませんから」

アスカの答えに、ダンチェッカーはふむと鼻を鳴らした。

「のろけに聞こえるのは置いておくとして、
それだけのことを言ってのける割には、君はシンジのもとに居ないんだな」
「それは……」

言葉に詰まったアスカに、ダンチェッカーは少し厳しい顔をした。

「結局話は始めに戻ることになるわけだ。
もちろん、私も実りのないことを言いに来たわけではない。
私なりに、君の負担を軽くする提案を持ってきたというわけだ」
「提案……ですか?」
「そう、提案だよ。
いや、解決案と言った方がいいのかも知れないな。
君は、自分の思いをシンジに伝えたかね?」
「……残念ながら、その機会はありませんでした」
「伝えたいと思うかね?」
「それは……」

まっすぐな質問に、アスカは答えにつまってしまった。自分の希望としては、ダンチェッカーの言うとおり、気持ちを伝えたいのである。しかし、この先待ちかまえていることを考えると、それは本当に絶望的な願いに他ならなかったのだ。
言葉に詰まったアスカの思いが分かったのか、ダンチェッカーはにこりと笑って見せた。

「伝える方法があるのなら、君はどうするのかね?」
「分かるように話してくれませんか?」
「私がここにやってきたのは、その方法を君告げるためなんだよ。
シンジは助けることができる。
そして、それをなしえるのは君だけなんだ」
「私だけができることなんですか?」
「厳密に言えば、ほかの女性……例えば、今看病している彼女たちでも可能かも知れない。
だが、一番可能性の高いのはやはり君なんだよ。
ところで、そう聞かされて、君はその仕事をほかの誰かに任せるかい?」
「……答えは分かっているのでしょう?」
「君の口から聞いてみたかったのだよ」

ダンチェッカーは、そう嘯いた。

「……からかわないでください……」

赤くなったアスカに、すまんとダンチェッカーは謝った。

「シンジを助けるためには君の手助けが必要なのだよ。
もちろん、その方法自体、今までに実験したことのない方法なのだがね」
「私にできることなんですか?」
「君なら、できると思っている……」

そう言ったダンチェッカーは、手元から一片の資料を取り出してアスカに手渡した。

「君はBIACと言う言葉を聞いたことが有るかね?」
「いいえ……」
「人間の脳が機能するとき、内部に微弱ながら電流が流れる。
その電流を読みとれば、脳の発する情報を読みとれるというのが元々の発想だ。
そしてその発展として、外部からフィードバックを与えることで逆に情報を与えてやれる。
それを大がかりにして、スーパーコンピュータと接続したのがBIACだよ。
君たちがエヴァと行うシンクロを情緒的な物だとすると、BIACはもっと現実的な情報のやりとりを行う」
「でも、そんなシステムを聞いたことが有りません」
「聞いたことが無いのと、存在しないことは同義でないことは分かっているね。
現に一般の人達にはエヴァも使徒も聞いたことが無いことだった。
MAGIすらそうだ。
でも、それは存在した」
「だからBIACも存在すると?」
「そう言うことだ」

確かに素晴らしいシステムなのかも知れないが、それが今の問題とどう直結するのか。今のアスカにはそれが分からなかった。

「でも、そんなシステムが有ったとして、それが今の問題にどう関係するのですか?
それにたとえ関係が有ったとしても、ここにはBIACは有りません。
何の解決にもならないのではないでしょうか?」

そのアスカの言葉に、ダンチェッカーはにやりと笑って見せた。アスカがBIACに興味を示すことが、まず彼にとっての第一歩に他ならなかった。

「まずBIACが何の役に立つかだが。
2台のBIAC端末を遠距離に置いて、二人の被験者を同時に接続してみた。
するとどうなったと思う?」
「相手と話が出来たとか……?」

アスカはダンチェッカーの質問にそう答えた。脳の情報を読みとり、フィードバックする事が可能なら、そうすることも出来るのではないかと考えたのだ。

「大体の発想は合っている。
確かに最終的には、話以上のコミュニケーションが実現できたのだが、初めは違った」
「どう違ったのですか?」
「被験者が精神障害を起こし掛けた」
「精神汚染……?」

自分の口から出た言葉に、アスカはぶるっと震えた。それはかすかに残る、第壱拾六使徒との戦いが彼女に残した恐怖でもあった。

「君たちが精神汚染と呼んでいる現象に似ているかも知れないし、違うのかも知れない。
この実験の場合、整理されない情報の波が相手に送られたのだよ。
これがどちらか一方だけなら良かったのだが、それが同時に起こったため事がややこしくなった。
生の情報の洪水は、被験者の頭に並々ならぬ混乱を引き起こし、それを相手にフィードバックした。
瞬きするような時間の内に、それが繰り返されたのだよ。
その情報は雪だるま式に膨れ上がり、二人の間でキャッチボールが繰り返された。
当然そのたびに情報は膨れ上がっている。
それに脳が耐えられなかったんだよ。
幸い、過負荷に脳が耐えきれず彼らは意識を失ったので良かった。
今はカウンセリングで問題なくなっているが、しばらくの間人格が混乱していたよ」

確かに興味深い実験ではある。しかし、それが今のアスカに求められることとどう関わってくるのか。それをアスカは理解できなかった。

「実験自体、その反省を元に様々な安全策が取り入れられた。
だから最初のように、人格を壊しかけることはなくなったのだが、それでも小さな事故は起こった。
酷い話だが、その事故の中で様々な発見があった。
その中には、意識を失った相手を正常な方から干渉すると言う物もあったのだよ。
二人とも眠った状態に居るとき、片方を起こすともう一方も目覚めるというのもあった。
賢い君のことだ、この意味は分かるだろう?」
「シンジの目を覚ますことが出来る!」

驚きに目を見開いて、アスカはダンチェッカーの顔を見つめた。ダンチェッカーは、生徒が正しい答えに辿り着いたのを満足するかのように、柔らかな笑みを浮かべてそれに答えた。

「事はそう簡単には行かないかも知れない。
赤木博士との相談した結果も“有望”との事だ。
しかし問題が無いわけではない。
接続の一方はシンジで問題はない。
しかしもう一方を誰にするのかだが、これがなかなか難しい。
本人の意思と、それ相応の知識が必要となる」
「だから、私のところに来たわけですね」
「そう言うことだ。
君以外には、この役目を果たせないと思っている……」

ダンチェッカーの言葉を聞いたアスカは、しばらく目をつぶってじっと動かないで居た。

「つまり、博士は私にオペレータをしろと仰るのですね」

静かにはき出されたアスカの言葉に、ダンチェッカーはその通りだと頷いて見せた。

「君が、シンジのことを思っているのなら、
君以上に、適任者は居ないと思っているよ。
そして、アメリカでシンジと話してみて、君以上にシンジの心にいる物は居ない」
「……そこには、自信が無いんですけどね」

はにかんだアスカに、ダンチェッカーはもう一度笑って見せた。

「私の保証など意味がないのかもしれんがね。
君が、一番シンジの心に居る存在なのだよ」
「……それで、私に何をしろと仰るのですか?」
「なに、難しいことじゃないよ。
君たちの心のつながりが重要な役目を持つからね。
君は、心のままに行動すればいいんだ……」
「心のままに、ですか?」
「君は、シンジの元を離れて、ここでくすぶっていることが希望なのかね?」

どうだと聞いたダンチェッカーに、アスカはしっかりと頭を振って見せた。ダンチェッカーは、そんなアスカを満足そうな目で見つめた。

「ならば、君のすることは決まっているのだろう?」

先を促したダンチェッカーに、アスカは元気よくハイと答えた。そして、そのままトレーニングルームを後にした。後に残されたのは、ダンチェッカーと彼を案内してきたケイコの二人だった。

「いろいろと聞きたいことも有るだろう……
いつか話せる時が必ず来る。
申し訳ないが、その時が来るまで見逃しては貰えないか?」

音も立てずに後ろを取ったケイコに、アスカの後ろ姿を見送ったダンチェッカーはそう言った。自分たちがこれまでしてきたことは、明らかにネルフにとって不利益となることなのだ。たとえゲイツの根回しによって、それがUNで不問に付されたとしても、その罪自体は変わらないことだとダンチェッカーは覚悟していた。

「私は、博士が惣流さんを励ましたことしか知りませんわ。
本当にありがとうございました……
これは私だけではなく、ネルフ全員の気持ちを代弁したものですわ」
「なるほど……だが、礼を言われるにはまだ早い。
私たちは生き残るための戦いの最中なんだよ。
全ては、私たちが生き残ってから。
そうしてくれないか?」

ダンチェッカーはそう言うと、ケイコに背を向けたままアスカの出ていった出口へと歩き出した。その後ろ姿を、少し不満げな表情で見つめた後、ケイコは弾かれたようにダンチェッカーの後を追いかけた。そして、何事かと驚いているダンチェッカーを気にすることなく、その左手を自分の胸元に抱きしめた。

「おいおい、照れるじゃないか」
「お父さんって、感じがしましたよ」

なるほど、父親の気持ちとはこんな物なのかと、甘えるように自分の左手にすがりついたケイコを見て、ダンチェッカーは思った。しかし、いくら年の差があるとは言え、“独身”の自分を“お父さん”は無いだろうと言う不満もまた彼は感じていた。

むず痒いような気持ちを感じながら、ダンチェッカーはケイコに引きずられるようにして、ネルフの通路に消えていった。

続く