ネルフ本部では、技術部のスタッフ総動員でシンジの残したデータの解析に当たっていた。調べなくてはいけないことは沢山ある。何故エヴァが動かなくなってしまったのか、なぜMAGIがおかしな命令を出したのか。そしてどうしたらシンジを助けられるのか……使徒はどうすれば倒せるのか。
使徒の姿が消えてから半日が過ぎようとしている。その後、どこからも使徒発見の報告は上がっていない。だが、確かなことが二つだけ有った。必ず使徒は現れること。そして、再起動に成功していない限り、もはやシンジの生還が望めないことだった。
赤木リツコは、いくつかの検討資料をMAGIに入力すると大きく伸びをした。作業自体は一段落したが、真実に片手すら掛かっていないのは分かっていた。だが、いくらMAGIに向かって考えても、それ以上何もアイディアが浮かんでこないのだ。仕方がないと椅子から立ち上がると、こう言うときに役立つ親友の所にいくことにした。
「いつもと、立場が逆ね……」
今頃忙しいのだろうと。普段人のことを邪魔することを厭わない親友を思いだし、リツコは思わず苦笑を浮かべた。結局、自分も親友と同じことをしているのだ。もう一度苦笑を浮かべると、リツコは作戦部の扉を開いた。しかしそこは、リツコの想像したのとは大きくはずれた光景が広がっていた。
「日向君。ミサトはどこに行ったの?」
緊張感自体は漂っているのだが、人の数も喧噪も想像以上に少なかったのだ。しかも、肝心のミサトの姿もそこにはなかった。
「たぶん、執務室だと思いますよ。加持さんから連絡が入っていましたから」
「ありがとう。ところで、そっちの様子はどう?」
「今のところ何も……」
「人が少ないようだけど?」
「それは……」
日向は、ちらりと視線を動かした。そして、声を潜めて居づらいのだと声を潜めて打ち明けた。
「ぴりぴりして居るんです。だから葛城さんも、電話を理由に執務室に逃げちゃって」
「……頭痛いわね」
リツコが盗み見た先には、MAGIの記録を洗っているアスカの姿があった。
リツコが訪れた時、ミサトは大声で電話にわめき散らしている真っ最中だった。少なくとも相手が加持なのだから、直接今回の件に責任が有るはずもない。まあ、当たる相手が居るだけでもしあわせだと言うことだろう。それが居ないから、発令所を爆発しそうな緊張感に包んでいる少女が居るのだ。
「加持君?」
ミサトが電話を叩き付けるのを見計らって、リツコはそう声を掛けた。
「そう、あの馬鹿。
重要参考人を確保し損なったのよ」
そう言って、ミサトは冷めたコーヒーをすすった。
「重要参考人って」
「フランツ・オッペンハイマー
エヴァにまつわる技術へ集って来る連中の洗い出しで見つかったの。
今回の件で一番怪しい奴よ」
さすがに、その名前はリツコを驚かせた。リツコが洗い直したドイツ支部の状況から、とても生き残っているとは思えなかったのだ。しかも、そのフランツがアメリカにいるとなれば、密かに国境を越えたことにもなるのだ。そこまで考えると、今回の事件に黒幕が存在するようにも考えられてしまうのだ。
「フランツって……生きていたの?」
「ええ、でももう過去形だけどね」
渋い顔をして、ミサトはそう吐き出した。
「せっかく尻尾を掴んだのに、加持の馬鹿がしくじったのよ。
踏み込んでみたらもぬけの空。塵一つ残っていなかったらしいわ。
どうやら我々の動きは気づかれていたようね。
で当のご本人の方は郊外のハイウエイで強盗に遭っていたわ。
ショットガンで頭をボンッ。
タイミングのいい、強盗さんだこと」
「消されたって言いたいの」
「乗り込んだとたん、殺されているのよ。そう考えるのが自然よ。
まっ、本当の理由までは分からないけど、証拠隠滅ってのが一番臭い線ね」
「証拠って?」
疑問を口にしたリツコに、ミサトは少し呆れた顔をした。
「ドイツで死んだはずの人間がアメリカにいたのよ。
当然、背後に何らかの組織があることぐらい想像出来るでしょう。
しかも、その組織の目的はエヴァ以外にあり得ない。
まだ見つかっていない量産機の行方も含めて、手がかりになりそうなものでしょう?」
なるほどと頷いたリツコは、もう一つの疑問を口にした。
「フランツが組織に関わっていて、エヴァまで隠匿していたと仮定するなら。
それだけ大きな施設がどこかにあると言うことでしょう?
その線から、探りを入れることは出来ないの?」
「一番怪しいところは調べているわよ。
でも、今のところ尻尾すら見せていないわ。
しかも、手がかりが無くなったことで、さらにそうさは迷宮へと入っていってしまった……」
「一番疑わしい所って?」
「決まっているでしょう?
こんな大がかりな真似の出来る所って、アメリカ政府以外にあり得ないじゃない」
ミサトの説明に、リツコは大きく頷いた。
「政府が糸を引いているのなら、支部にも相当人が入り込んでいるということね。
それなら、現象としてシンクロテスト中の不可解な現象は説明出来るわね。
でも、どうしても分からないのが、MAGIをいくら洗っても痕跡が見つからなかったことよ」
「そのことだけどね」
そう言って、ミサトは椅子をリツコの方へと移動させた。
「聞いてみたいんだけど、支部のMAGIが乗っ取られていたという可能性は無いの。
ほら、前に使徒が乗っ取ろうとしたじゃない」
「その可能性は検討してみたわ。
でも、MAGIを乗っ取ろうなんて、MAGI以上のコンピュータが無くちゃ無理よ。
内部の不正利用に関しても、いくらログを調べても何の異常も見つからなかったわ」
「でも、引っ越しのどさくさでアクセスも増えていたんでしょう?
だったら、それに紛れてこっそりと破壊工作を行ったことも考えられるじゃない」
「チェックするのを、エヴァに絞れば対象は激減するわ。
それでもなんの以上も見つけられなかったの。
だから、内部からの不正アクセスって線はあり得ないわ」
「つまり、乗っ取りって可能性ぐらいしか残されていないのね?」
そう言ったミサトに、リツコははっきりと首を横に振った。
「言ったでしょう?
そのためには、MAGI以上のコンピュータが必要だって。
そんなもの、世界のどこを探がしたって……」
そこまで口にして、リツコは自分の言葉に引っかかりを感じた。
「どしたのリツコ」
「一つだけ心当たりが有ったわ……
ミサト、タイタンシステムって聞いたこと有る?」
「アメリカのコンピュータ産業が、起死回生を狙って作った究極のH/Wってやつ?
でもアレってまだ運用できていなかったんじゃないの。
物になるまであと5年か10年必要だって聞いたわよ」
ソフトがなければただの箱。昔誰かが言った言葉なのだ。スペックだけをとれば、タイタンはMAGIを遙かに凌ぐが、まともに運用出来ないとなれば宝の持ち腐れにしか過ぎない。
「確かにそうなんだけどね……考え過ぎかな。
独立発生したH/Wが運用できるまでには時間がかかるのは確かだから。
過去の資産も流用出来ないようだし」
最早証拠を探るにも、北米支部のMAGIは使徒に飲み込まれてしまい地上には存在しないのだ。つまり、完全に手詰まりとなってしまったのだ。二人は、加持に預けておくしかないと諦めた。
「ねえ、リツコ」
そう話しかけてきたミサトの顔を見て、何とも情けの無い顔をしているなとリツコは思った。親友のこんな顔を見るのは久しぶりだとも。そしてふと思った。自分も似たような顔をしているのではないかと。
「何よミサト」
「しんちゃん……まだ生きているよね」
その質問に、リツコは瞳を閉じて大きく深呼吸をした。確かに可能性は存在するし、その方法も教えてある。しかし、追いつめられた状況で、しかも他人の触ったシステムでも大丈夫だとはリツコも断言出来なかった。
「シンジ君が冷静でいてくれたら……
シンジ君が私の講義を覚えていてくれたら……
再起動の確率は0ではないわ。
でも、私はシンジ君のことを信じているから。信じているから……」
リツコ自身、自分に言い聞かせるようにその言葉を続けた。
「そうよね、リツコ」
わらにもすがる気持ちとはこう言うことなのだろう。ミサトは、リツコの言う大丈夫だという言葉に、一縷の光明を見た気持ちになっていた。しかし続けられたリツコの言葉は、今の彼女たちには非常に重いものだった。
「でも問題は私たちの方に有るの。
さすがに、どうしたらいいのか分からないのよ。
前は、N2爆弾を使って吹き飛ばせばいいと考えていたわ。
でも今回のデータを見て分からなくなったの。
そんなことをしたら門を吹き飛ばすだけじゃないかって。
違う世界と通じる門を壊してしまったら、シンジ君を助けることが出来ない。
それに1000個近くのN2爆弾を打ち込んだら地殻を破壊してしまうかもしれない。
自分たちでフォースインパクトを起こしてしまうのかも知れないのよ。
MAGIを使って理論検証をさせて居るんだけど、理論に欠落が多くて意味のある答えが出せないのよ。
このままじゃあシンジ君の期待に応えられない。
悔しいのよ……悔しいのよ私は。
せっかくシンジ君が私のことを信じて後を託してくれたのに。
彼を助ける方法が思いつかないのよ。悔しいのよ……」
リツコは、今まで我慢してきたものをミサトの前で爆発させた。そんなリツコを哀れに思ったが、ミサトに出来ることは彼女を叱咤することだけだった。
「あんたがそんなんでどうするのよ!
天才科学者なんだからちょちょいのちょいで解決策を出してみなさいよ。
リツコ、今やネルフはあんたと一心同体なのよ!」
「そんなことを言ったって、出来ないことは出来ないのよ!
いくら私だって、無い袖は振れないのよ。
出し惜しみなんてする余裕なんて無いわよ!」
「泣き言は、死ぬ時に言いなさい。
どんな些細なことでも、どんなつまらないことでも良いわ。
とにかく、シンジ君を助けなさい!
シンジ君は、あんたとアスカを信じるって言ったでしょう!」
そう叱咤しながらも、それがどれだけ酷なことなのかはミサトにも分かっていた。だが、人材の不足を嘆いたところで、どこからともなく人が沸いて出るわけはない。ならば、今居る人間が頑張るしか残された手はないのだ。
ダンチェッカーはロンドン行きのSSTOの時間待ちをしながら、届けられたデータの確認を行っていた。自分の端末は先ほどたたき壊してしまったので、空港のショップで購入したPCのインストール作業を先に行わなければいけなかったが……
ひとしきり、PCのシステムインストーラに悪態を付いた後、立ち上がったPCでダンチェッカーはデータの確認をした。しかしすぐにダンチェッカーは自分の起こした短気を後悔することになった。目の前を流れる数字の列からは、さすがのダンチェッカーでもそのデータの示す意味を読みとることが出来なかったからだ。データと一緒に、新しい端末を届けさせると言う発想が湧かなかった自分を棚に上げ、すべての恨み言はたまたま購入したPCのメーカーへと向かった。
「この程度のソフトぐらいプリインストールしておけ」
かなり理不尽な要求であることは確かだ。コンシューマー向けのPCに、物理学者が使用するような3D解析のプログラムが入っているわけが無い。それに加え、そのPCの蓋の所にはゲイツの会社のロゴがしっかりと輝いているのだから。
ダンチェッカーは渇いたのどを潤すため、ジントニックを飲み干すと。再び経験に基づく豊富な語彙で悪態を並べ直していた。尽きること無いその言葉は、終いにはラウンジに置かれているジンの銘柄にまで及んでいた。
ダンチェッカーがロンドンから昔ながらの電車に揺られ、ブラッドリー・クリフォードの居るトリニティカレッジにたどり着いたのは朝の9時のことだった。シンジが第壱拾弐使徒に飲み込まれてから10時間がすでに過ぎていた。ダンチェッカーは朝のケンブリッジの喧噪の中、ニュートンも学んだというもっとも歴史有る学舎の中へと入っていった。天然の大理石を組み合わせて作られた建物の内部は、気温の上がりだした外界とは異なり、ひんやりとした空気をたたえていた。そして歴史の重みとも言うべきかわずかながらのかび臭さも併せ持っていた。ダンチェッカーは壁面に飾られている数々のレリーフには目もくれず、ひたすら建物の奥を目指して歩いた。そしてその建物に似合わない、比較的新しいエレベータの前に立つと下向きの矢印を押してリフトが来るのを待った。
目的地は地下20階の深さに作られた素粒子実験室。そこで訪問相手であるブラッドリー・クリフォードが彼の提唱している“高次空間論”の検証実験を行っていた。
ダンチェッカーはリフトが到着すると、手でその扉を開け、中に乗り込んだ。そして-20のボタンを押すと、再び扉を手で締める作業を行った。
ガタンと言う音と共に扉が閉まるのと同時に、リフトは垂直方向への落下を始めた。彼の目の前をいくつものドアが現れては上へと飛んでいった。そしてしばらくドアの現れる間隔が開いたかと思ったところで目的のドアが表れリフトは停止した。
ドアを押すようにしてリフトから出たダンチェッカーの前に広がったのは、広大な地下の空間だった。湿った埃とかびの入り交じった空気がダンチェッカーを迎えた。ダンチェッカーは歩を進めると、目的の素粒子実験室の扉を開けた。その途端怒鳴り合うような喧噪が彼の耳を貫いた。
「凄まじいな」
ダンチェッカーは思わずその場の雰囲気の感想を漏らし、目的の人物を目で探した。程なく、数人の若い研究者に対して大声で話しているクリフォードの姿を見つけた。
「ブラァッド!」
ダンチェッカーは大声を上げてクリフォードの名を呼んだ。しかし周りの喧噪がダンチェッカーの努力をあざ笑うように彼の声をかき消した。ダンチェッカーが仕方なくもう一度大声を出そうとしたとき、近くに居た女性研究者がすぐ脇にあるインタフォンを使えと指を指した。
ようやくインタフォンの助けでクリフォードと連絡の取れたダンチェッカーは、彼に指さされたとおり、移動して比較的静かな防音ブロックの中へと入っていった。そして案内されるまま、そのブロックの中に有るクリフォードの事務室へと向かった。
自分の部屋に入ると、いきなりクリフォードは呪いの言葉を吐きだした。曰く、どこかの馬鹿がシステムをノイズだらけにしたそうである。彼は両手を上げ下げして呪いの言葉を繰り返すと、湯気を立ち上げているポットの方へと歩いていった。そしてダンチェッカーの好みも聞かず、ネスカフェとパウダークリームと少しばかりの砂糖を林檎マークのついたマグカップへと放り込みお湯を注いだ。
クリフォードはマグカップの一つをダンチェッカーに渡すと、自分は事務椅子を一つ引き寄せ、背もたれが前に来るように腰をかけた。
「ところでクリス……こんな朝っぱらから何の用だ。
こっちは頭の固いお役人から、今期の予算をかすめ取るためのデータを作っている所なんだ。
しかもだ、10時間前からうちのシステムをノイズだらけにした奴が居る。
そいつを退治するのに手一杯なんだ。
旧交を温めるための訪問なら明日にして欲してくれ」
ダンチェッカーはクリフォードの相変わらずの物言いに、少し苦笑いを浮かべると1枚の光ディスクを取り出した。
「こいつには、必ず君の興味を引くものが入っていると思うぞ」
ダンチェッカーはそう言うと更に言葉を続けた。
「信じられないだろうが、ここに記録されていることは10時間前に実際に起こったことだ」
そう前置きしてそのディスクをクリフォードに手渡した。
クリフォードは、自分のマシンにそのディスクを押し込んでしばらく何かをしていたが、2、3言、呪詛の言葉を吐くと自室を飛び出していった。ダンチェッカーは、クリフォードが飛び出していった理由に十分すぎるほどの心当たりが有ったため、その様子をニヤニヤしながら眺めていた。そして戻ってきたクリフォードの呪いの言葉に、自分の予想が当たったことを知り、満足の笑みを浮かべた。
「全く、何でMSIのシステム専用なんだ」
クリフォードはそう文句をたれると、キャスターで運んできたPCを立ち上げ、そのディスクを挿入した。そしてダンチェッカーの勧めに従い、映像ファイルを最初に開いた。その途端クリフォードの顔はいっそう不機嫌な物へと変貌した。
「クリス、一体これは何の冗談だ。
ハリウッドの新作映画のラッシュなんて何のありがたみも無いぞ。
しかもカメラワークが褒められたもんじゃない」
ダンチェッカーは、クリフォードの言葉にしてやったりと笑みを浮かべた。そしてもう一度確認するようにゆっくりと事実を告げた。
「言っただろう。それは本当に起こったことなんだよ」
ダンチェッカーは、その言葉がクリフォードの頭の中で咀嚼されるのを待った。そして彼の顔に驚きの表情が浮かんでくるのを確認すると、言葉を続けた。
「沈んでいった白い奴がネルフの決戦兵器、エヴァンゲリオンだ。
そしてその相手となって戦っていたのが使徒と呼ばれる敵性体だ」
クリフォードはダンチェッカーの言葉に反応せず、PCを操作するともう一度映像を初めから見直していた。そして黒い影の形をした使徒が、ネルフ北米支部を飲み込んだところでダンチェッカーの方へ向き直った。
「大体読めたよ。クリスの用件はこいつを何とかしろということだろう」
静止画像にされた場面には、第壱拾弐使徒が映し出されていた。
「ビンゴ!
まあ嫌でも分かるだろうな。
そいつはエヴァンゲリオンとネルフ支部を飲み込んで何処とも無く消え去った。
支部の方はどうにもならんが、飲み込まれたエヴァンゲリオンとパイロットを助けたい。
手を貸してくれないか」
クリフォードはダンチェッカーの言葉を受け、しばらくじっと考えていた。そしておもむろにディスクに収録されていたデータを引きずり出すと、ぶつぶつと何事か呟いていた。そして確認するようにダンチェッカーにその理由を尋ねた。
「何故助けたいんだ」
「彼とは夕食の約束が有るんだ」
ダンチェッカーは澱むことなく、そう言い切った。
「オーケー、俺もそのディナーに招待してくれるのなら協力しよう。
きっと楽しいことになりそうだからな」
クリフォードはそう言って立ち上がると、ダンチェッカーに手を差し出した。
「ああ、きっと楽しい食事になるよ」
ダンチェッカーはそう言って、クリフォードの手を握りしめた。
「ところでこれからどうすればいい」
「まずにここを起って日本に向かう。
次に奴が現れるとしたらそこしか無いからな。
快適な日本までの旅とVIPの扱いが待っているよ」
「了解だ。俺の準備はすぐにでも出来る。
すぐに出発しよう」
「引継とかはいいのか」
「問題ない。ノイズ源も分かったことだし問題は解決したようなもんだ。
後はゴミ掃除に行けば良いんだよ」
ダンチェッカーの要領を得ない顔にクリフォードは吹き零した。クリフォードは画面に映し出された使徒を指さした。
「こいつがノイズを高次空間にばらまいて居るんだよ。
とびっきり高エネルギーの奴をね」
そのクリフォードの言葉に何か引っかかることがあったのか、ダンチェッカーはもう一度聞き直した。
「そいつがノイズ源とはどういうことだ」
「うちのシステムがノイズだらけになったのと、時間が大体一致しているからな。
それにうちのシステムは質量と発生エネルギーに反応する。
こんなでかい奴が飛び回るんだ。
発生するエネルギーは並のものじゃないだろう。
しかも、こいつは物質を高次空間へと放り込んでいる。
俺の研究のために存在するような奴だ」
「ちょっと待ってくれ、その測定の時間精度はどれくらい有るんだ」
「1000分の1秒までは保証できるぞ。
政府から金をふんだくれば百万分の1秒までは持っていけそうだ。
それがどうした」
ダンチェッカーはクリフォードの持ってきたPCの画面を指さした。
「この画像とノイズデータを時間をあわせて表示出来ないか」
「おやすいご用だ、と言ってやりたいところだがシステムが違うんだ。
データ変換に30分ぐらい待ってくれないか」
「ああ、それぐらいならかまわんよ。
こっちも色々と用意がいるからな。
ところで電話を借りてもいいかな」
クリフォードが頷いたのを確認すると、ダンチェッカーはゲイツの個人番号へとダイアルした。
「ところでこの電話はSEMの秘話機能をサポートしているかい」
クリフォードは自分の端末のキーを叩きながら、電話の脇に有る赤いボタンを指さした。ダンチェッカーはゲイツを電話口に呼び出すと、彼のルートからNERVへの接触を依頼した。要件は簡単である。『高次空間物理学者が協力する』これだけでNERVは飛びついてくるはずだ。ダンチェッカーはついでに二人分のロンドンから日本へのSSTOの座席確保も依頼をした。しきりに『俺はクリスのセクレタリーじゃない』とぼやくゲイツをなだめながら……
「時にジョン」
ダンチェッカーは少しトーンを落として、ゲイツに問いかけた。
「フランツはどうなった」
「彼は死んだよ」
電話口から聞こえてきたその答えに一瞬ダンチェッカーは表情をゆがめた。幸いデータ変換にかかりっきりになっていたクリフォードは、それに気づくことはなかった。しばらくダンチェッカーからの応答が無かったことに事情を察したゲイツが言葉を続けた。
「大体何を考えているかは想像が付くが、それは誤解と言うものだ。
今回の件は全くの偶然だ。
彼は本当に運悪く強盗に出会ったんだ。
ただその強盗を殺し屋と間違えたことに彼の不幸があったんだよ」
「オーケィ、ジョン。
彼は不幸な事故だった。
私もせいぜい事故には気を付けることにするよ。
じゃあ連絡の方は頼む」
ダンチェッカーは、電話の向こうでゲイツが苦笑いしているのを感じながら電話を切った。まあ確かにフランツは、触れてはいけないものに触れてしまったところがある。『自業自得』かとダンチェッカーはフランツの件を忘れることにした。
ちょうどダンチェッカーが電話を終わったとき、クリフォードの準備も整った。思いの外時間がかかったことにぶつぶつと不平を言いながら、クリフォードは出来上がったファイルのアイコンをクリックした。
「次からはOSXVで頼む」
その言葉にダンチェッカーは肩をすくめて見せた。クリフォードも仕方ないとばかり肩をすくめ、二人は再生されたデータを注視した。
「時間の誤差は」
「元データの精度次第だよ。
ノイズデータの方が前から記録されているから、それにオーバーラップする形で画像データを表示している。
このグラフを見て貰えば分かるが、クリスのデータの2時間前からノイズが急激に増加している。
そしてここで更にノイズが増加している」
そう言ってクリフォードが指摘した時間にダンチェッカーは心当たりがあった。確かにその時間にエヴァンゲリオン5号機が出撃したのだ。成る程このノイズは、S2機関の動作と密接に関連しているのだと、ダンチェッカーは理解した。それは2体の使徒が殲滅された時、ノイズ量が下がったことで確信に変わった。
「ここからかなりダイナミックにノイズが変わるぞ」
クリフォードが画面を見ながら、そう注釈を入れた。
確かに新たな使徒の出現、5号機の活動停止、使徒の消滅で大きくデータは変動していた。しかし、使徒が消滅したときにノイズ自体は小さなものに落ち着いている。その疑問をダンチェッカーが口にしようとしたとき、クリフォードが先に説明を加えた。
「まあ待て。この30分後に大きなノイズが発生するから」
画像の終了と共にスクロール速度を上げたノイズデータは、使徒消滅から30分後に再び大きな値を示して安定した。それはちょうどエヴァンゲリオン5号機が活動を停止して40分後の出来事だった。
「このノイズは今でも継続しているのか」
ダンチェッカーは沸き立つ気持ちを抑えながらクリフォードに質問した。
「ああ、相変わらずだよ」
そう答えるクリフォードの手をダンチェッカーは思わず取っていた。
「ありがとうブラッド。
これでディナーは無駄にならなくなった」
いきなりの行動にクリフォードは少し苦笑いを浮かべ、ダンチェッカーにその理由を尋ねた。
「悪いが分かるように話してくれないか」
そんなクリフォードに、ダンチェッカーはニヤリと笑って見せた。
「なあに、異次元の海を渡る宇宙船のエンジンが起動したんだよ」
ダンチェッカーはシンジの無事を確信した。
to be continued.