すでに、シンジ達がネルフ北米支部を訪れてから一ヶ月が過ぎようとしていた。引っ越しの方も膨大なファイル類の整理も終わり、後は移動を待つだけとなった。そのため、支部内は閑散とした雰囲気をたたえ、引っ越しに関係の無いレストランエリアだけがにぎやかな状態となっていた。ただ、エヴァンゲリオン5号機とMAGIレプリカだけは何時使徒の襲撃があるのか分からないため、支部を閉鎖するまで待機状態で維持されていた。
この様な状態になると、もはやシンジにはする事が無い。起動試験も3日前に行われたのが最終となっていた。シンクロの安定には未だ問題があったが、すでに調べるところは調べ尽くし、後は本部での再調査に任されたためである。結局エヴァに乗る必要の無い時、ただのパイロットであるシンジは暇な時間を持て余すだけとなった。
する事の無いシンジは、昼の間はカフェでお茶を飲みながら一人ぼんやりと窓に映る景色を眺めていた。シンジ自身、知らない国に来ることへの不安があった。しかし一月を過ごしてみると、いささか考え過ぎだったと思えるようになっていた。確かに言葉の面の不自由は残っているのだが、それでも来た当初に比べれば片言で雑談を交わせるようになっていた。残念だったのは5号機が最後まで安定して起動しなかったことだった。中田を初め技術者達の必死の努力にもかかわらず、最後までシンクロ値が乱高下するのは止めることは出来なかった。使徒の襲撃が無かったのが幸いだった。
意外だったのは、チルドレン候補生が支部移転に従って解雇されることだった。いくら起動水準に達していないとは言え、彼らはエヴァの機密に触れていたのである。そんなパイロットが、簡単に解雇されると言うことがシンジには信じられなかった。
帰国の日が近づいてくると、この1ヶ月のことがいろいろと思い出される。特に暇になってしまうと、とりとめのないことばかりが浮かんでくるのだ。そんな風にシンジがカフェで佇んでいるところに、最近話をするようになったダンチェッカーがやってきた。夕食に誘われたことがきっかけで、シンジはダンチェッカーとよく話を交わすようになっていた。ダンチェッカーの目論見とは別に、シンジにとっては彼の話が面白かったのが一番の理由だった。ゲンドウやユイと言った両親の行った研究の話もそうだが、ダンチェッカーの友人達の話も面白かったのである。
「多分私は気むずかしい男だと思われているだろう。
君もそう思っているんじゃないかい」
ダンチェッカーは椅子に腰をかけると、シンジに向かってそう言った。
「ええ、初めはそう思っていました。
でも今は全然そんなことは思っていません。
でもどうしてなんですか」
シンジは心から不思議に思っていた。噂で聞く限り、ダンチェッカーは扱いにくい代表格となっていたのだ。
「まあ、多少気むずかしい方が偉そうに見えるからね。
今でこそ違うが、昔は君のように紅顔の美少年だったからね。
なめられないようにするための知恵さ。
これでも結構役にたったんだ。
どうだい君もやってみては」
そう切り出したダンチェッカーに、シンジは笑って答えた。
「面白そうですけど、やめておきます。
別に、そんなことで父の背中を追いかけなくても良いですから」
「君の父上は、ネルフの総司令だったのだな。
あれだけの組織を作り上げ、使徒迎撃の実績を上げたのだ。
尊敬すべき相手ではないのかね?」
ダンチェッカーの指摘に、シンジは苦笑混じりに首を横に振った。
「未だ僕の中では父の評価は固まっていません。
失ってしまった母を追うことに固執した人。
それだけで済ましてしまうと、確かに父を矮小化したことになるのでしょう。
ただ、子供の立場から言わせて貰えば、間違いなく迷惑な父親でした。
反面教師としての意味でしか、まだ僕には父のことを評価出来ませんから。
もっと大人になれば、違った見方も出来るのかも知れませんね」
「なかなか、肉親の評価というものは難しいものだよ。
少なくとも、様々な意味合いでバイアスが掛かるからな」
「クリスさんにとって、お父様はどんな方ですか?」
シンジの質問に、ダンチェッカーは苦笑を返した。
「権威主義で頑固そのものの父親だったよ。
おかげさまで、人生の様々な局面でぶつかったものだ。
そして、その局面ごとに父の言ったことと違った選択をしてきた。
その結果がこれだとしたら、どちらが正しいのかは難しいことだろうな。
ただ一つだけ父が正しかったと言えるのは、早く結婚しろと言ったことぐらいかな?」
「失礼ですが、ご結婚はなされているのですか?」
ダンチェッカーは、はっきりと首を横に振った。
「それが、父が正しいと言った理由だよ。
研究を口実にして、この年まで一人で来てしまった。
自分のしてきたことに後悔は無いが、時折寂しさを感じることもある。
だから、父親の言葉の中で、ただ一つだけ私が若い人に伝えるのは、
良い相手に出会ったと思ったら、なりふり構わず掴まえておけ。
まあ、その程度のことだよ。
君には不要な忠告かも知れないがな」
「そんなことはありませんよ。
しっかりと肝に銘じておきます。
ところで、クリスさんは日本へはいらっしゃらないのですか」
「私はネルフの人間では無いからね。
今回ここにいるのも、単にオブザーバーとして請われてきただけだよ。
従って、支部移転とともにお役ごめんになる。
まあ狭い世界のことだ。生きていればどこかで合うこともあるだろう。
その時はまた、一緒に食事でもしよう。
その時には、酒を飲んで語り明かすのも良いかもしれんな」
「そうですね、すべてが片づいたらそうしたいですね」
シンジの答えに、ダンチェッカーは頷いた。
「君には人類の未来と言う重い責任が掛かっている。
私たちは陰から応援することしか出来ないが、君のことを理解している人が居ることは忘れないでくれ。
頑張ってくれなどとは無責任な言葉だが、今はそれぐらいしか君にかける言葉はない。
まあ気楽に頑張ってくれたまえ」
「気楽にですか、難しそうですね。
でも、ご忠告を忘れないようにします」
「では、私も後かたづけをすることにするよ。
オブザーバーこそ、とっとと引っ越ししろと言われているからな。
何しろ、もう起動実験はないのだからな」
そう言って、ダンチェッカーは冷めたコーヒーを一気に啜った。そして、そのまま席を立つとまっすぐ出口の方へと歩いていった。シンジは、去っていくダンチェッカーにもう一度感謝の意を示した。
「ありがとうございました」
ダンチェッカーは振り返らず、軽く右手を振ってシンジの言葉に応えた。
午後の3時を過ぎるて、支部移転の作業もほぼ完了となった。カフェを出てぼんやりと支部の中を見物していたシンジも、ブライアン支部長に呼び出され支部長室に来ていた。自室に入ってきたシンジに、ブライアンは満面に笑みを浮かべ握手を求めた。
「明日で北米支部も凍結となるわけだが、これまで良く守ってくれた。心から礼を言うよ」
ブライアン支部長はシンジの両手を取り、そう言って大げさにお礼を言った。
「こちらこそいい経験をさせて貰いました」
「わがまま娘の手綱は、さすがに難しかったようだな」
「ええ、あんなに苦労するとは思いませんでした。
でも、そのおかげで技術部の人ともゆっくりとお話が出来ましたし。
すべてが悪いことばかりではないと思います」
「そうかね、まあ立ち話もなんだからそこに掛け賜え」
シンジは、ブライアンのすすめに従ってソファーに腰を下ろした。
「君が成人していたら、とっておきのバーボンを勧めるのだがな。
コーヒーかね、それともコーラにするかね?」
「では、ミルクがたっぷり入った奴をお願いします」
「ここは、シアトル系だからうまかったろう」
笑みを浮かべたブライアンは、秘書に飲み物を持ってこさせようと受話器に手を延ばした。だが、彼が受話器を手に取るのよりも早く、支部長室に電話のベルが鳴り響いた。
「まったく、今頃何事だ……」
忌々しそうに受話器を取ったブライアンだったが、伝えられた報告に顔色を無くした。
「そ、それは本当か……直ちに第一種戦闘態勢に移行しろ。戦闘関係者以外は、直ちに施設外への退去を行わせろ。うむ、シンジ・イカリはここにいる」
ブライアンの言葉に、いよいよ来たのかとシンジは思った。出来れば今のエヴァの状態では出撃したくなかったのだが、すでに贅沢を言える状況ではなくなっていた。
「直ちに使徒迎撃に向かいます」
「ああ、観測されている使徒は2体だそうだ。
無事撃退することを期待しているよ」
「ご期待に添うよう、全力を尽くします」
敬礼を一つして、シンジは戦いの場へと向かっていった。
エヴァの格納庫に向かう途中、シンジは携帯端末を抱えたダンチェッカーに出くわした。のんびりと端末を抱えて歩いている彼の姿は、支部内の慌ただしい雰囲気の中浮いているものだった。
「クリスさん。急いで待避して下さい」
大声を出したシンジに気づいたダンチェッカーは、そのままシンジの方に走ってきた。
「ああ、済まないね。
なに、私はヘリで脱出するから大丈夫だよ。
それよりも、無事で帰ってきてくれよ。
後から君の武勇伝を聞かせて貰いたいからな。
ああ、もちろん食事の方は私の奢りだ」
「そうですね、お話しすることはたくさんありそうですから」
シンジはそう答えると、ダンチェッカーを残し格納庫へと急いだ。
シンジが格納庫にたどり着いたとき、5号機はすでに出撃の準備を終えていた。慌ただしく作業を行っている中に、見知った顔を見つけたシンジは、その方へと駆け寄った。
「中田さん、使徒はどんな奴ですか?」
「そのことについての詳しいことはノブヨシに聞いてくれ。
ここでは、2体の使徒がこちらに侵攻していることしかわからん」
「そうですか、ところで武器の方はどうなっています?」
「ソニックグレイブとプログナイフぐらいだ。
残念ながら重火器は準備できていない」
「なんとかやってみますよ」
シンジはそう言い残すと、エントリーの作業を開始した。
いつもの通り始まるエントリーのシーケンス。だがシンジの気持ちは平穏ではいられなかった。使徒への意識もあるのだが、安定してくれないエヴァに対しての懸念がどうしても拭えないのだ。だからシンジは、早めに勝負を掛けることを考えた。
「ノブヨシさん。状況を教えて下さい」
呼びかけに答えて現れた人物に、ああ双子なのかとシンジはぼんやりと考えた。そんなシンジの考えには関係なく、ノブヨシはシンジに使徒の進行状況、並びに現在の迎撃体勢を説明した。シンジの手元に届いた映像には、見覚えのある第七使徒と第九使徒の姿が映し出されていた。情報によれば、UN軍はN2爆雷による攻撃を敢行していたが、足止めすら出来なかったと言うことだ。使徒の特性を思い出したシンジは、すぐさま攻撃方法を固めた。
「アキヨシさん、武装の追加をお願いします。
プログナイフをもう一本用意して下さい」
「了解した。直ちに左肩に実装する」
さすがに手慣れているのか、アキヨシの作業はすぐに終了した。その報告を受けたシンジは、通信を切ると瞳を閉じた。
「エヴァンゲリオン5号機、発進します」
かっと目を見開くと、シンジはエヴァの出撃を宣言した。慣れない地での戦いが、今まさに始まろうとしていた。
ネルフ本部と違い、北米支部はカタパルトの準備はない。シンジは自力で拘束具を除去すると、倉庫のように広く開けられた扉から5号機を屋外に出した。明るい日の光に一瞬まぶしげな表情を作ったシンジだったが、すぐに光量が調整され目の前にアメリカの広大な大地が広がった。
「使徒は……」
シンジは計器の表示を確認し、使徒の居る方向へと目を向けた。初めは、白い雲しか見つけることは出来なかったが、時間とともにその雲は薄れていった。そして雲のあったところには、たくさんの戦闘機を引き連れた2体の使徒の姿があった。
「あれか……」
目標を見つけたシンジは、もう一度2体の使徒への戦い方を思い浮かべた。シンジはソニックグレイブを握りしめる腕に力を込めた。今のところ、どこにも違和感は感じられなかった。
「いける……」
小さく息を吐き出して、シンジは使徒へと向かって白い巨人を疾走させた。
そのころ、ダンチェッカーはネルフ支部を脱出するためのヘリに搭乗していた。座席に座ってシートベルトを締めた彼は、膝の上にラップトップの端末を広げ、MAGIから送られてくるデータを映し出した。画面にはいつものようにパイロットの脳波の状態が表示されていた。
「さすがに落ち着いているな」
普段と変わらない脳波状態に、ダンチェッカーは素直に感嘆の意を表した。
「さすがにエースパイロットと言うことか。
しかし、エヴァとは凄いものだ」
さすがのダンチェッカーも、エヴァンゲリオンが疾走する姿は初めてだった。疾走する5号機の示した躍動感は、ダンチェッカーにとって感動的なものでもあった。何しろ、世界中でもっとも大きな生物なのである。それが、全く鈍重さを感じさせずに疾走しているとなれば、彼がこれまで持っていた常識を覆すものでもあったのだ。
「進化論も含めて、生物学は書き換えられるのかもしれんな」
UN軍を引き連れた使徒と、エヴァンゲリオン5号機は今まさに接触しようとしていた。
「シンジ君。今日はタイタンからの干渉は無いから思う存分やってくれ」
ダンチェッカーはそう呟くと、パイロットに対して離陸の指示を出した。
使徒に向かって5号機を走らせながら、シンジは各部のチェックを行っていた。今のところ、どこにも異常は見あたらなかった。
「2対1。勝負は一瞬だな」
シンジはそう呟くと更に速度を上げ、使徒へと迫った。
「ノブヨシさん。第七使徒に攻撃を集中して下さい」
ノブヨシは、シンジの要求に忠実に応えた。シンジの連絡からすぐに、第七使徒はUN機から一斉攻撃を受けた。
「よしいける」
そう言うとシンジは、かつてアスカが弐号機で見せたような跳躍をし、ソニックグレイブで使徒を唐竹割りでまっぷたつに切り裂いた。これで使徒が倒せたわけでは無いことは分かっている。しかし、活動を再開するまでにはほんの少しだけ時間があることも分かっていた。それがシンジのねらい目だった。
シンジはすぐにその場を飛び退き、鈍重な動きを見せる第九使徒へと疾走した。再び5号機を跳躍させ、真上から使徒に向かってソニックグレイブを投げつけた。音速を超えたソニックグレイブは、ATフィールドを突き破り第九使徒をコアごと地面へと縫い止めた。シンジはその結果を見ることも無く、ウエポンラックから2本のプログナイフを取り出すと、分裂を始めた使徒の前に降り立った。そしてすぐさま両手に持った2本のプログナイフを分裂したばかりの使徒のコアに突き立てた。それは、5号機が第七使徒にとりついてから、わずか5秒の出来事だった。たったそれだけの時間で、北米支部を襲撃した2体の使徒は息の根を止められたことになる。後に残されたのは、地面に縫い止められたサイケな模様の蜘蛛をまねた使徒と、コアにプログナイフを突き立てられた双子の使徒の残骸だった。
『これがエヴァンゲリオンの力。
これがサードチルドレンの力』
一瞬とも言える短い時間で、シンジはその存在を世界中に知らしめた。シンジの力は、それまでネルフに関わってきたかを問わず、あまりにも圧倒的なものだったのだ。それを見た人々に、黒い野望を抱かせるのに十分なほどに。
「使徒の殲滅に成功しました。
帰還しますので、指示をお願いします」
ふっと安堵の息を吐いたシンジは、支部への通信回線を開いた。それに答えたアキヨシの声からも、安堵の気持ちを読みとることが出来た。誰もが、ここに来てのエヴァの挙動に不安を感じていたのだった。その不安が、大事に至らなかったことへの安堵は、技術部のものほど大きかったと言えるだろう。しかし、終わったと安心するのは早かった。5号機の足下に、豆粒ほどの黒点が現れたと思ったら、それが爆発的な勢いで広がり始めたのである。それは、新たな使徒の襲来を告げるアラームと全く同時だった。
この非常事態に、シンジが反応出来たのはひとえに訓練のたまものと言えただろう。警報が鳴り響いた瞬間、最悪の事態を想定したシンジがその場を飛び退いたのである。そのおかげで、5号機は間一髪で新たな使徒に呑み込まれずに済んだのである。
「第壱拾弐使徒……」
5号機を飲み込み損なった陰は、すでに息絶えた第七使徒と第九使徒を飲み込んでいった。
「やっかいだな。倒し方が分からない」
厄介な相手に、シンジは影にならない部分に5号機を移動させた。そしてシンジは、リツコから受けた使徒の特徴を思い出した。第壱拾弐使徒。ディラックの海を自身のATフィールドで支えた黒い影を持つ使徒。上空に浮かぶ球体は地面にある使徒の影だと言う。内蔵電源の切れた初号機の暴走により、上空に浮かぶ影を切り裂き初号機は現実の世界へと復帰した。そのため、誰も使徒の殲滅方法が分からなかった。最悪の事態に備え、シンジはノブヨシとの通信回線を開くと全員に対する撤退を勧告した。
「全員すぐに支部から撤退して下さい。
出来る限りのことをしてみますが、倒し方が分からないんです。
これから、殲滅方法探索のための攻撃を仕掛けます」
「何をするつもりだ?」
「地上の影に、直接攻撃を掛けてみます。
うまくすれば、新しい反応を探れるかも知れませんから」
「分かった。だが、くれぐれも無茶をするんじゃないぞ!」
「そんな真似はしませんよ」
シンジはそう答えると、沈み掛けていたソニックグレイブを引き上げた。かなりの部分が酸で溶けては居たが、シンジが振り回すには丁度良い長さになっていた。シンジは、5号機を使徒の作り出す影の端の部分に立たせ、静かに中段の構えを取った。
「シンジ君、何をするつもりだ」
「影を切ります。
水面に映る月影を切る斬月っていう技なんですけどね。
一度も成功したことが無いから、駄目元ですけどやってみます」
シンジはそう答えると、静かに目を閉じ集中を始めた。思い浮かべるのは、天空に掛かる満月。そしてそれを映し出した鏡のように静かな水面。その水面に映った月を、振り下ろした達で半分に切る。技さえうまくいけば、水面には波一つ立たず、映し出された月は半分に切られるはずだった。
集中したシンジの頭の中に、断ち切られた満月のイメージがはっきりと浮かび上がった。シンジは、イメージそのまま太刀を下ろそうとした。だがその瞬間、何もない世界にシンジは放り出されてしまった。突然、シンジと5号機のシンクロが断ち切られてしまったのだ。エントリープラグの中は、非常用の赤い照明だけが働いていた。
「シンクロがカットされた……」
シンジはそう呟くと、慌てて支部への回線を開いた。使徒と向かい合っている時、呆然と立ちつくすのは自殺行為でしかない。シンクロが解除された理由よりも、シンクロを再開することが最大に急務だったのだ。しかし、スピーカから聞こえてくる支部の混乱は、遠隔からの再起動を諦めさせるものだった。
遠隔からの再起動を諦めたシンジは、仕方なく自閉モードに切り替えることにした。だが、コンソールの下に隠されたスイッチを操作した時、シンジは絶望の淵へとたたき落とされた。
「自閉モードもロックされている……」
さらに最悪だったのは、5号機がゆっくりと沈みだしたのだ。5号機は諦めるしかないと判断したシンジは、プラグの排出を指揮所に依頼した。
「アキヨシさん、エントリープラグの強制排出をお願いします」
しかしアキヨシから帰ってきた言葉もまた絶望を深めるものだった。
「駄目なんだ、MAGIのコントロールがロックされている。
そちらから手動で何とかならないか」
アキヨシから言われたとおりに、シンジは手動でのプラグイクジットを試みた。しかし、シンジの努力をあざ笑うかのようにコンソールにあるスイッチはなんの反応も示してくれなかった。シンジは狂ったようにスイッチを押し、エントリープラグのレバーを回そうとしたが、頑としてプラグは出ることを拒んでいた。
「だめなのか……もう」
頑として動かないプラグに、さすがのシンジも諦めるしかなかった。そうなると、もはや腹をくくるしかない。シンジは通信回線を開くと、混乱している指揮所に向かって最後のメッセージを送った。
「アキヨシさん聞こえますか。
収集したデータは必ず赤木博士に届けて下さい。
僕は最後まで諦めませんが、どうしてもだめな場合には最後の手を打ちます」
「シンジ君、必ず助けるから早まった真似だけはしないでくれ!」
元気づけようとしたアキヨシに、シンジは寂しい笑みを顔に浮かべた。
「量産型には、小さなバッテリーしか積まれていないんです。
僕には、1時間しか時間が残されていないんですよ」
そこでシンジは言葉を飲み込んだ。
「効果があるかどうかは分かりません。
でも、バッテリーが切れる直前に僕は5号機を自爆させます」
「再起動の方法は必ず有る!
だから、諦めるな!!」
「分かっていますよ。
だから、バッテリーが切れる直前だって言ったんですよ」
「シンジ君……」
「赤木博士に伝えてください。
博士とアスカなら、必ずこの使徒に勝てると。
それから……」
ノイズ混じりのシンジからの通信は、唐突に終わりを迎えた。シンジが最後に残したのは、ごめんと言う誰かに向けた謝罪の言葉だった。
「なんて真似をするんだ」
ダンチェッカーは、エヴァンゲリオン5号機が使徒に飲み込まれるのを見ると、持っていた端末を床に叩きつけ忌々しそうに吐き捨てた。5号機と支部との通信はすべてモニタしていた。シンジが消えていく間際に託した言葉もしっかりと聞いていた。
彼には急にエヴァンゲリオン5号機が動きを止めた理由は分かっていた。それは手元の端末にしっかりと映し出されていたからだ。タイタンからMAGIを経由した停止信号の送出。そればかりか、エヴァに対するすべてのコントロールをロックする指示。使徒の脅威が去っていない今、そんな真似をするのは自殺行為でしかない。ダンチェッカーは非常用通信機を取り出すと『砦』に居るゲイツを呼び出した。一体どういうつもりで5号機の邪魔……いや5号機をパイロットごと消し去ろうかとしたのかと。だが糾弾するダンチェッカーに、ゲイツは意外な答えを返した。
「クリス、怒るのは分かるが、私は指示を出していないのだよ。
今犯人を究明中だが、心当たりはある」
「誰だ、それは」
「フランツだ。サードチルドレンに対して含むところがあるのはやつ以外ない
いま、うちの保安の人間を動員してやつを捜しているところだ。
彼には相応の責任を取って貰う」
何故フランツがとダンチェッカーは考えた。そしてある一つの出来事に思い至った。彼の父親の命を奪ったセカンドチルドレン。彼女を苦しめるのなら、サードチルドレンを葬ればいいと。
「なるほど、意外に父親思いだったと言うわけか」
「クリス、何か言ったか」
ダンチェッカーの呟きを聞きとがめたゲイツはそう聞いた。
「いや、こちらの話だ。それより最後の使徒についてのデータをまとめておいてくれないか。
それからロンドンに行くSSTOの座席の予約も頼む」
「何をするつもりだ」
「我々の友人の救出作戦だよ。
何しろディナーの約束があるんだからな」
そう嘯いて、ダンチェッカーは通信を切った。
「生きてさえいれば必ず何とかしてやる。
きっとブラッドが役に立つはずだ」
ダンチェッカーを乗せたヘリは、矢のようにニューサンフランシスコ空港へと飛んでいった。
非常事態警報を聞いたアスカは、全力で発令所への道を駆け抜けた。そして彼女が発令所にたどり着いたとき、前面スクリーンにはシンジの姿が映し出されていた。その姿に安堵したアスカだったが、すぐにシンジの口から語られていた内容に気づき顔から血の気が失せた。
『アキヨシさん聞こえますか。
収集したデータは必ず赤木博士に届けて下さい。
僕は最後まで諦めませんが、どうしてもだめな場合には最後の手を打ちます』
「何よこれ……」
発令所に居た者達は、アスカ達が入ってきたことにも気づかずスクリーンを見つめていた。そして別のスクリーンには、第壱拾弐使徒に飲み込まれていくエヴァ5号機の姿が映し出されていた。
『効果があるかどうかは分かりません。
でも、バッテリーが切れる直前に僕は5号機を自爆させます』
『赤木博士に伝えてください。
博士とアスカなら、必ずこの使徒に勝てると。
それから……ごめん』
シンジの謝罪は、どんな鋭い刃よりも深くアスカの胸をえぐった。
「シンジ……」
溢れ出る涙を、アスカはどうにもすることが出来なかった。
to be continued.