夜明け前の冷気も、地下数百メートルに納められたその施設までは忍び込むことはない。そこには、ネルフを凌ぐほどの施設を個人の手で作り上げた男の城が有った。その一角に設けられた10人程度を収容する会議室に、夜明け前だというのに6人の男が集まっていた。男達は一様にディスプレーに映し出された映像を凝視している。そこに映し出された映像は男達の度肝を抜くのに十分だった。第三新東京市に襲来した使徒とエヴァンゲリオン、その戦いが映し出されていたのである。これまでは極秘とされ、決してネルフ関係者外には公開されなかった映像が、何故かここには存在した。
「サードチルドレンは日本を発ったようだ」
ゲイツは受話器を置くと、会議室にいるメンバーに向かってそう告げた。その言葉と同時にディスプレーに映し出された映像が切り替わった。そこには誰が撮影したのか、日本を発つ霧島シンジの姿が見送りの者達と共に映し出されていた。
「彼が、サードチルドレンです」
どこかのお偉方に花束を押し付けられている少年の姿を背景に、感情を押し殺したフランツの説明が会議室に響く。ネルフの情報にもっとも通じたものとして、フランツが一連の事態の説明を担当していた。
「彼がオリジナルのチルドレンなのか」
ダンチェッカーが手にしたファイルを眺めながら質問した。
「そうです。使徒戦役の生き残りです。
サードインパクト後に登録されたチルドレンとは、資質において一線を画しています」
「ふうむ」
ダンチェッカーは、チルドレンのシンクロ率を示した資料をめくった。そこに示された数値は確かに、この二人が非常に高いシンクロ率を有することを示していた。資料にはファーストからシクスス、それから未登録では有るが、アメリカでパイロット候補として訓練中の訓練生のデータまで示されていた。これも、ネルフ以外にもれ出るはずのない情報である。
「今回の使徒再来に関するデータは」
「ご覧のとおりです」
フランツのその言葉を合図に、背後のディスプレーに第三、第四、第五使徒との戦闘の様子が映し出された。
「話には聞いていたが、この様な生物が存在するとはな」
ダンチェッカーは、かつて赤木リツコによって作成された、第四使徒の分析データを眺めながら感心したように呟いた。そして、本当に神が存在するのかもしれないと付け加えた。
「今後襲来の予測される使徒のデータは、後ほどご覧頂きます。
まず、今回の戦闘においての特徴的な点を説明いたします」
フランツはダンチェッカーのつぶやきを無視するかのように、ディスプレーの表示を切り替え話を進めた。そこには第四使徒に相対するエヴァンゲリオン8号機の姿が映し出され、再起動から殲滅までの時間にして数分の出来事が繰り返し表示されていた。
フランツはポインターでパイロットのシンクロ率を示すグラフを示した。データはパーソナルパターン『Kensuke Aida』と映し出していた。
「今回の戦闘で特筆すべき点は3つ上げられるでしょう。
まず第一はパーソナルパターンの壁がパイロットによって破られた点。
これは第四使徒戦でのサードチルドレンのデータが、それを示しています。
これまではパーソナルパターンの不整合は、致命的と言われてきました。
確かに今回の戦闘でも問題は観察されました」
スクリーンには神経接続が、次々と解除されていく様が映し出された。
「しかしサードチルドレンは、自力でそれを克服しました」
フランツはそこで言葉を切り、自分の発言が全員に浸透するのを待った。
「パーソナルパターン不整合の場合に起こる不具合内容は」
ダンチェッカーが計ったように質問をしてきた。
「過去のデータによると、パイロットには精神汚染…
簡単に言えば各種の精神的な障害の原因になると言われています。
また軽ければ頭痛、嘔吐等の症状を示します。
そしてエヴァンゲリオン本体に関して言えば暴走の原因ともなり得ます」
ダンチェッカーから質問が出ないことを確認すると、にフランツは画像を切り替えた。スクリーンには第五使徒とエヴァンゲリオン7号機、8号機の姿が映し出されていた。
「次に第五使徒戦にて、サードチルドレンの示した瞬間シンクロ率です」
画面には時間と共に変化するシンクロ率が、グラフとして映し出されている。
「ご覧のように、最後の攻撃の瞬間、シンクロ率が10%向上しています。
ただでさえ高いシンクロ率を示していることを考えると、この瞬間の伸びは脅威とも言えます。
この後加えられた攻撃も含め非常に興味深い現象です。
何らかの精神のコントロールがポイントかと考えられます」
「火事場の馬鹿力という奴か」
ダンチェッカーとは別の男 -やせぎすな男- がそう口を開いた。
「確かに状況的には追いつめられた物であるのは確かですが。
この後の攻撃からも判るように、これはサードチルドレン自身のコントロールです。
火事場の馬鹿力と違って、制御可能かつ再現可能な物です」
フランツはポインタを8号機のシンクロデータへと移動させた。そして新たなウインドウを開き、ドイツでの実験結果と重ね合わせた。
「最後がセカンドチルドレンのデータです。
ご覧のように、ドイツで試験を行っていたときにくらべて、12%シンクロ率が向上しています。
戦闘状態での集中と言うことも考えられますが、
過去の実験ではこれほどの差異が観測されたことは有りません。
別の理由と考えることが合理的かと思います」
「ネルフ本部の運用が良かっただけ、と言うことはないのか」
先ほどの男が再び口を開いた。
「その可能性は否定できません。
ただドイツ支部において、長期間に渡って様々なテストを行ってきました。
今回本部が使用したパーソナルデータも過去使用した実績があります。
しかもその後で、より高いシンクロ率を示すパターンに調整されています。
それを考慮に入れると、単に運用が原因とは考えにくいのも確かです」
成る程とその男は頷いた。
「シンクロパターン及びパイロットの脳波の詳細データはないのか」
今度はダンチェッカーがフランツに質問をした。
「残念ながら実戦においては、そこまでのデータどりはなされていません。
またあったとしてもおそらく博士のご期待にそえるものではないでしょう。
脳波パターンの分析、及び各種心理的圧力に対する変化のデータは今後の課題と言えます」
フランツはそう言って自分の説明を締めくくった。
フランツの説明が終わったことで座がばらけた。
「セカンドではなくサードが来たのは好都合と言うべきかな」
「確かにな。サードチルドレンは興味深い対象とも言える」
その男はサードチルドレンの経歴を眺めながらそう言った。
「これで使徒の襲来でもあれば貴重なデータが取れるのですが」
「そこまで望む訳にはいくまい。彼らをコントロールできる訳ではないからな」
フランツの作成したレポートを眺めていたダンチェッカーは、顔を上げるとおもむろに口を開いた。
「タイタンから行うMAGIのコントロールは、万全なのか」
フィリップスと名乗る男がその質問に答えた。
「はい、その結果が今お見せした映像です。
これはMAGIアメリカ支部の、上級幹部のみが閲覧可能なデータを持ってきたものです。
MAGIはタイタンからの制御を自分の判断と錯覚して実行します。
従って、記録上タイタンの痕跡を見つけることは出来ません」
実績を自慢するでもなく、フィリップの口からは淡々と事実だけが説明された。
「ネルフ本部への進入は」
ダンチェッカーが質問を続けた。
「まだその時期にない。
アメリカ支部の場合、協力者が居たので、容易に制御下に置くことが出来た。
しかしネルフ本部はそうはいかん。
今の時点で我々の存在を彼らに知られるわけにはいかん。
ネルフ本部へ御邪魔するのは、使徒とやらの脅威が去った後ということになる」
ゲイツがフィリップスに代わってそれに答えた。
「サンタクルズには」
「クリスと私が行くことにするよ」
ゲイツがダンチェッカーに告げた。「まあ私は見学だけどね」と。
そこでゲイツは参加者全員の顔を見渡し、会議の締めを行った。
「これから私とクリスはサンタクルズへ出発する。
諸君には申し訳ないが、遠隔からのサポートをお願いする」
一同はゲイツの言葉に頷いた。これからわずかな間で、エヴァンゲリオンの操縦に関する謎を解明しなくてはならない。ネルフの目を盗みながら行う作業は困難を伴うが、それだけにまた彼らにやりがいを与えたのも確かだった。
ゲイツとダンチェッカーが退出した後も、彼らの議論は尽きることはなかった。
シンジの旅立ちは安全面の配慮から、戦自の新厚木の基地からとなった。警備上の制限から見送りに出られる関係者も大きな制限を受けた。家族、ネルフ関係者等々限られた者にしか許可されず、見送りには特別に申請が必要だった。
レイコが自分とムサシの分の申請書を書き込んでいるときに、マナが茶々を入れた。
「許婚者とその兄って言うことにしたら♪」
このマナの一言は、資格の欄へ書き込もうとしていたレイコを凍りつかせた。
「ま、マナ……」
「別に構わないでしょう、そう先のことじゃないんだから」
「確定の未来かもしれんが、申請書に虚偽の記載は関心せんな」
「ムサシったら、堅いんだから!」
「じゃあ、妹夫婦とその妹と言うのは?」
「「なんでこんなやつと!!」」
レイコの逆襲に、二人は真っ赤な顔をして否定した。だが、その言葉が気に入らなかったのか、すぐにムサシとマナの二人は喧嘩を始めた。
「ちょっとムサシ、こんなやつってどういうことよ。
私のどこに不満があるって言うのよ!!」
「そう言うマナこそ、俺のどこに不満があるんだ!?」
「不満だらけよって言うか、そもそも私の相手がムサシだってことが不満よ!」
「その言葉をそっくりそのまま返してやるさ」
ぐぬぬと顔をくっつけんばかりににらみ合う二人に、ラブシーンならよそでやってくれとレイコは冷たく突き放した。
まあそんなほほえましい一幕もあった申請書作りなのだが、副司令補佐として着任した大和特佐の家族と言うところに落ち着くことになった。まあ妥当な結論といえるだろう。
一方シンジを政治的に利用しようと言う動きも存在していた。ある意味選挙対策といえるのだが、地元に地盤を置く何人かの政治家が、見送りに出席して親しく握手などするところをマスコミに流そうと考えたのである。しかしこの目論見は、ネルフの政治的利用と、シンジの心情を考えた冬月によって阻止されることになった。もっとも政治家個人の参加を規制したわけではなく、安全上の問題からマスコミをオミットしたのである。マスコミの露出を狙った者にとっては、これは期待はずれも良いところなのである。したがって、選挙目当ての政治家達は、シンジの出発には一人も参加することは無かった。そのおかげで、シンジの周りは必然的にネルフの関係者で占められることとなった。
もっとも、シンジの関心がここになかったのだから、どんなセレモニーがあったとしても関係は無かっただろう。
(やっぱり、アスカは来ていないか……)
退院前ではあるが、外出許可の下りない状況ではない。シンジは、アスカの容態をそう聞かされていた。つまり、本人が希望さえすれば、ここまで見送りにくるのは何も問題がないと言うことである。裏を返せば、ここにいないということは本人が望まなかったということである。
(そこまで避けられているってことか……)
小さくため息を吐いたシンジは、自分の隣にミサトが立ったのに気がついた。
「ダメですね、未練がましいって言うのか……」
「アスカのこと?」
「好きとか嫌いとか、そう言う事はどうでも良かったんです。
ただ、アスカとちゃんと話がしたかった……
でも、そんなことすらさせてもらえないほど僕は嫌われているんですね」
「そんなこと、無いと思うわ……」
「ミサトさん、僕はどうしていたらよかったんでしょうか……」
そうつぶやいたシンジだったが、すぐにごめんなさいとミサトに謝った。今更過去の話を持ち出したところで、ミサトにはどうすることも出来ないとわかっていたのだ。
「……私には、アスカの気持ちも分かる気がするわ……」
「ミサトさんのほうがアスカと長かったからですか?」
「違うわ、私にも似たような経験があったからよ」
「加持さん、とのことですよね?」
「……みんな、臆病なのよね」
そうですねと、シンジは頷いた。
シンジのことを笑顔で見送ったトウジたちだったが、その姿が特別機の中に消えたとたん、その表情は厳しいものへと変わっていた。理由は言うまでもない、彼らの親友二人のことである。
「少しは、持ち直したんかな?」
「疑わしいところだな」
トウジとケンスケは、滑走路へ向かっていく機体をじっと見つめていた。
「まったく別人になってもうたな……」
「シンジが、まだ完全に立ち直っていなかったと言うことだろ。
その傷口を、惣流が穿り出したんだ」
「詳しいことを聞いとるか?」
「ミサトさんは何も教えてくれないからな」
ただ、とケンスケは言葉を続けた。
「シンジの様子を見ていればおおよその見当はつくがな」
「よっぽど手酷く振られたんか?」
「違うだろうな、こう言っちゃなんだが、
今更振られたぐらいでは落ち込まないだろう?
現に、二人は約3年連絡すらなかったんだからな」
「なら、どう言う理由や?」
「シンジは、シンジ自身を否定されたんだろうな。
ほら、俺達の前から姿を消す前のことを覚えているだろう?」
ケンスケの問いかけに、トウジは苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
「せやけど、なんでなんや。
惣流のやつ、うわごとでシンジを呼んどったやないか!」
「俺に怒ってもしょうがないだろう?
とにかく、俺達は何の事情も知らないんだからな」
「だからと言って、このままなんもせんでええと言うわけやないやろ!」
「熱くなるなよ。
無神経な干渉は、却って事態を悪化させるぞ。
トウジだって、取り返しがつかないほどこじれさせたくはないだろう?」
「そらまあ、そうやけどな……」
ならばと、トウジはケンスケに詰め寄った。
「ケンスケは、どないしたらええっちゅうねん」
「シンジの側に問題がないことは分かっているんだ。
だったら、惣流の側を何とかするのが筋だろう?
しかし、俺達がずけずけと踏み荒らして良い問題じゃない」
「だから、どないせいっちゅうねん」
分からないと言ったトウジに、ケンスケは少しあきれた顔をした。
「トウジ、少しは洞木さんのことを思い出せよ。
少なくとも、二人は親友だったんじゃないのか?」
「そう言えば、そうやったな……」
今更思い出したようなトウジに、ケンスケは真剣に友達づきあいを考え始めていた。
窓の外には、漆黒の闇が広がっている。明かりといえば、赤く光る航行灯と満天に広がる星だけだった。
「1ヶ月か…」
時差の関係から、寝ておかないと辛くなるとは言われていた。だが、そんなに簡単に眠れるものではない。新厚木を飛び立って以来、シンジはただぼうっと窓に映る景色を眺めていた。一月と言う言葉は、そんな中特に意味もなくつぶやかれた言葉だった。
「やはり、眠れませんか?」
「どうしても、まだ夕方だって気がしてしまうんです。
あとは、やっぱり不安がありますから」
そう答えたシンジに、朝霞はそれも仕方がないと言った。
「初日は歓迎のレセプションだけですから。
失礼にならない程度に目を開けていてくだされば、
今は、無理に寝ておかなければならないってことは無いんですけどね」
「歓迎のレセプション……ですか?」
「霧島さんは、アメリカにとっては国賓ですから。
対面上、それなりのレセプションは必要になります。
もっとも、晩餐会については、丁重にお断りをしておきましたよ」
「それは、どうもありがとうございます……」
「霧島さんは、そう言う事が苦手だと聞いていますから」
朝霞に向かって、シンジはあいまいな相槌を打った。先日のやり取りのせいか、どうしても朝霞に対して構えてしまうところがある。いけないと思いながらも、どうしてもそれが態度に出てしまっていた。
「霧島さんは、私が苦手ですか?」
「えっ、はい、その……」
とは言え、正面切って苦手だと口にするわけには行かない。結果的に、シンジは答えに詰まってしどろもどろになっていた。そんなシンジに向かって、朝霞はくすりと小さく笑った。
「そう言うところが可愛いですね。
霧島さん、鹿児島ではずいぶんと人気があったのでしょう?」
「それは、よく分からないんですけど……」
可愛いと言われたことに赤くなりながら、シンジはあまりそういう経験は無いと答えた。
「私が見ても素敵だと思えるんですよ。
同い年の女の子だったら、放って置かないんじゃないですか?」
「そんなことを言われても、女のこと付き合った経験はないですから……」
「あら、副司令代理のお嬢さんは違うんですか?」
付き合っているように見えると言う朝霞の指摘に、シンジは首を傾げて見せた。
「レイコちゃんですか……そんな風に見えますか?」
「女の子にもてた経験がないって仰りましたから。
売約済みだと思われていたんじゃないかなって」
「そう、なのかもしれませんね……」
おおむねケイコの指摘は当たっていた。さらに付け加えるならば、レイコと並んでマナの存在も大きかったのである。親友のレイコと言う存在があるのだから、兄にそれ以外の虫がつかないように画策していたのである。もちろん、そんなことはシンジのあずかり知らぬことだった。
「……私でよければ、聞いてさしあげることぐらい出来ますよ?
赤の他人のほうが話しやすいこともあるでしょう?」
突然の朝霞の言葉だったが、シンジは何をとは口にしなかった。日本を出発するまで、まるで腫れ物に触るようにされていたのには気づいていたのだ。
「無理にとは言いません。
でも、話してしまったほうが楽になることもあります。
アスカさんのこと、代理のお嬢さんのこと……」
だがシンジは、朝霞には何も答えなかった。そして朝霞もまた、それ以上シンジに無理を言わなかった。
「1ヶ月……早く過ぎるといいですね」
朝霞は、そう言うとロッカーから毛布を取り出した。
シンジのアメリカ到着は、日本とは違った一種異様な雰囲気に包まれた。暗殺やテロと言った危険を避けるため、日本と同じように歓迎式典への参加者は身元の保証されるごく一部の階層に限られることになっていた。ただ日本とは違い政治式典の色合いが濃く、そこでは長々とした挨拶が繰り返されることになった。すなわち、シンジにとって居心地の悪い世界が目の前で展開されたということである。
しかも悪いことに、“高名な”サードチルドレンを一目見ようと、出席者が単なる式典にしてくれなかったことだ。我先にと言う状況で、シンジの元に出席者が寄ってきたのである。言うまでもなく、シンジが普通の英会話を出来るはずがない。したがって、寄り添うように立ったケイコが大活躍することになる。シンジに出来るのは、簡単な挨拶をして握手することだけだった。それでも疲れがきてしまうのは、精神状態によるところが大きいだろう。
ゲイツとダンチェッカーも、そんな精神状態のシンジと挨拶をした一人だった。彼らの目的は、自分たちに福音をもたらすであろうサードチルドレンに挨拶をしておくことと、いわゆる品定めをすることである。特にゲイツは、自分の勘を総動員して目の前にいるシンジを見極めようとした。単なるモルモットとして利用するのか、それ以上の利用価値が有るのか。味方に引き入れるのか、排除の対象とするのか…エトセトラ、エトセトラ。
そして短時間の品定めを終えたゲイツは、ダンチェッカーの元に戻ると興味深いとシンジを評した。
「ほほう、天下に名高いジョンの興味を引いたか。
して、何が君の関心を買ったのかね?」
自分の感じたものをさておき、ダンチェッカーはゲイツのシンジ評を尋ねた。
「一番面白かったのは、彼が自分を少しもヒーローだと思っていないことだね。
むしろ、エヴァンゲリオンのことで持ち上げられるのを迷惑とさえ感じている。
正義の味方とからかってみたのだが、ものすごく嫌な顔をされたよ」
「……それは、嫌味なことだな」
「まあ、そう言うな。
短時間で相手を探るには、それぐらいストレートなことを言わないといけないんだ」
「あそこに詰め掛けてくる全員が、ジョンと同じことをしているだろうな……
おそらく彼は、そう言ったやり取りに辟易としていることだろう」
ダンチェッカーの言葉に、ゲイツもそれを肯定した。途切れることの無い人波を考えれば、日本から来た若者は、よく忍耐していると賞賛されるべきなのだ。
しかしと、ダンチェッカーはその可愛そうな若者のことに関心を移した。
いったいどれだけの出席者が、ゲイツと同じ感想を抱いたのだろうか。成功した企業のトップ、政治家達は、他人の価値に非常に敏感なのである。そして同時に、その価値が自分にとってどのような意味を持つのかについてもまた、それ以上に敏感となるのである。そんな彼らに、この少年はどのように映ったのか。有効に利用すべき協力者なのか、それとも直ちに排除すべき邪魔者なのか。シーソーのように、その評価は時々刻々と変化するだろう。そしてそのシーソーが、一方に倒れて動かなくなったとき、彼の運命はどのように流転していくのか。ダンチェッカーは、その運命を思って小さく震えた。それは、どのように転んだとしても、決して若者にとって好ましいこととは考えられなかったのだ。
自分の利益のためならば、彼らが人を殺すことを躊躇わないのは良く知られていることである。合衆国に伝わる数々の血塗られた歴史が、それを雄弁に物語っているのだ。そしてその歴史は、この若者を例外において暮れはしないだろう。この若者の存在が、彼らの信じる利益から反すると断定されてしまえば、彼らは進んで若者の抹殺を図るだろう。純粋なビジネスに、ひととしての感情が割り込む余地などないのである。彼を排除する行動は、きわめて迅速に、かつ機械的に遂行されるに違いない。
『もしかしたら自分の研究は、この若者を助けることになるのかもしれない。』ダンチェッカーの心に、そんな思いも浮かんでいた。彼の価値は、誰よりもうまくエヴァンゲリオンを動かせることである。だが、それが特殊なことでなくなったのなら、彼の価値は失われるのだ。彼が、エヴァンゲリオンの操縦に価値を見出していないのは短い会話から感じ取ることが出来た。ならば、彼から特殊性を取り上げることは、むしろ彼の望みにかなっているかもしれないのだ。結果的に、それが彼を取り巻く謀略から守ることになるのかもしれない。
『都合のいいように解釈している。』分かっていても、ダンチェッカーはとりあえず自分の頭に浮かんだその考えに満足した。目の前に居る少年の価値を下げてやることで、薄汚い裏の世界からの干渉をそらせてあげることが出来るかもしれないのだ。たとえ、それが自己満足に過ぎなくても、それで構わないのではないかと……
『結局、私は口実を求めているのか』
ダンチェッカーはそう一人自嘲した。
「明日から起動試験を起動試験を始めるそうだ」
どうするつもりなのだと、ゲイツがダンチェッカーに声を掛けた。その言葉で、ダンチェッカーは、思考の海から復帰した。
「まずは、お手並みを拝見させてもらう」
両手を軽く広げ、ダンチェッカーは実験への干渉は後日にすると告げた。その考えに、ゲイツも同意した。
「我々は、人類の作り出した奇跡を見ていないからな」
そう言ってゲイツは、そろそろオフィスへ帰るかと切り出した。サードチルドレンを取り囲む人の波は、まだ当分途切れそうもなかった……
翌日行われたシンクロテストで、シンジは61%と言う支部始まって以来の高いシンクロ率をたたき出した。まともに調整されていない機体であることを考慮すれば、これは恐るべき数値であると言って良い。
『使徒』、『人』シンジを取り巻く環境はこうして大きく動き出した。
つづく