第十話 それぞれの夜

時間も夜の12時を回り、人類の興亡を賭けた戦いもすでに昨日のこととなっていた。中天には満月がその青白い姿を浮かび上がらせ、眠らない街を白く照らし出していた。
先の混乱の中、壊滅的な打撃を受けた新第三東京市であったが、ジオフロントの存在がその復興に役立つ事となった。数多くのネルフ施設、MAGIオリジナル。移動ができないこれらの施設が、再びこの地に人の営みを呼び戻したのである。学術研究都市、それが今の第三新東京市の姿だった。

その第三新東京市の中心部にあるホテル、その最上階に位置するスィートルームにシンジは居た。

シンジはソファーを窓際に移動すると、そこに座り込んで窓の外を見つめた。カーテンの大きく開かれた窓からは、まだ仕事を止めない人々の姿を遠く望むことが出来た。その景色に、今日一日のことが夢のように思えたシンジは、じっと自分の手のひらを見つめた。夢にまで見たアスカの感触も、今となってはどこか遠い国の夢の出来事に思えてしまう。非日常を包み込んでしまう、第三新東京市の日常の夜の姿だった。
シンジはゆっくりと立ち上がると、水を飲むためにルームバーへと移動した。そして冷蔵庫の中からミネラルウオーターを取り出しグラスに半分注ぐと、それを一息で飲み干した。アルコールで渇いたのどに、冷たい水が気持ちいい。シンジは、コップとボトルを持って、再びソファーに身を沈め、ビルの間に浮かぶ月へと視線を戻した。

シンジの脳裏をよぎるのは、もう昨日のこととなってしまった出来事。一昨日までは思い出として記憶の中にしまわれていた戦い。エヴァンゲリオン、使徒……すでに過去の、そして二度と関わらないと思っていたもの達。そして何よりシンジの心をとらえるのは、時間とともにその存在を大きくしていった少女の姿。もはやこれまでと思ったときに現れた少女、許しを得たいと思っていた女性。

『自分は許しを得たのだろうか』

結局アスカとまともに話すことは出来なかった。戦闘中に交わしたいくつかの言葉では、アスカの考えなど読みとることは出来なかった。

「まだ、だめだな……」

シンジは二度三度頭を振ると、グラスに注いだ水を飲み干した。一人で考えていると、相変わらず暗い方向へと考えが向かってしまう。3年たっても少しも成長していないとシンジは自嘲した。

「アスカに逢って話をしなくちゃ……」

そうしなければ何も始まらない。シンジはソファーに座り直して、再び中天に輝く月へと視線を向けた。部屋の空気が震えたと感じたのはちょうどそのときだった。

(誰?)

シンジが視線を向けた先に立っていたのは、黄色いガウンを羽織ったレイコだった。

「……眠れないんですか」
「ああ、少し目が冴えちゃってね」
「……実は、私も何です……」

そう言ったレイコは、少し遠慮がちにそちらに行っても良いかと尋ねた。シンジは構わないと答えると、少し体を動かして自分の横にスペースを作った。そのスペースに、レイコは静かに腰を下ろした。そのとき、レイコの使っているシャンプーの香りがシンジの鼻孔をくすぐった。

「レイコちゃんも何か飲むかい?」

感じたテレを隠すように、シンジは立ち上がると冷蔵庫を開いた。

「……私もお水をお願いします」

シンジは分かったと、冷蔵庫からもう一本ミネラルウォーターを取り出した。そして栓を開け、グラスに水を注ぐとそれをレイコへと手渡した。ありがとうと言ってそれを受け取ったレイコは、こくりと音を立てて水を一口飲み込んだ。

「……おいしい」

そう言ってほうっと息を吐き出すと、レイコはもう一口水を口に含んだ。

「知らなかったよ、レイコちゃんがお酒を飲むだなんて」

ホテルに戻ってからの騒ぎを思い出したシンジは、少し意外だったとレイコの飲酒を持ち出した。そんなシンジに、兄のせいだとレイコは白状した。

「ムサシのせい?
あいつ、レイコちゃんに酒を飲ませるの?」

とんでもない奴、そんなシンジの言葉に、レイコは少し事情が違うのだとうち明けた。

「実は父の晩酌に付き合わされて居るんです。
兄とだと、酒がうまくないし取り分が減ると言って」
「レイコちゃんが可愛いからかな?」
「シンジさんもそう思ってくださいます?」

そう言って上目遣いに自分を見てくるレイコに、シンジの心臓は口から飛び出しそうになっていた。今更のことなのだが、お互いあまりにも無防備な格好でいたのだ。それを意識したシンジは、落ち着かない自分に気づいてしまった。シンジは、そんな自分をごまかすように、空になったグラスにミネラルウォーターをつぎ足した。そして、危険な話題から避けるように、やけに機嫌の良かった親友のことを持ち出した。

「そう言えば、ムサシがやけに機嫌が良かったようだけど?」

何かあったのかと。そんなシンジに、レイコはシンジが原因なのだとうち明けた。

「僕がかい?」

そうだと頷いて、レイコは兄に聞いたのだと理由を話し出した。

「兄は、シンジさんと知り合えて嬉しかったって言いました。
こんなに身近に、ライバルを見つけることが出来たからって」
「ライバルって、僕がかい?」

少し驚いた顔をすると、シンジはまだ自分はそんなに大したものではないと言い返した。腕、経験のどちらをとっても、ムサシには及ばないのだと。だがレイコは、自分はそう思わないと答えた。

「確かに兄は、子供の頃から祖父や父に鍛えられてきました。
シンジさんはわずか2年。
経験を持ちだしたら比べものにはなりません」

けれどと。

「兄には、シンジさんの様な覚悟がありません。
今真剣を持って立ち会えば、兄はシンジさんの敵ではないでしょう。
そして、兄も自分とシンジさんの違いに気づきました。
これは、祖父や父がずっと言っていたことでもあります」
「僕には、買いかぶりにしか聞こえないけど?」

そんなことはないと、レイコは首を振った。

「流星を仕掛けるときのシンジさんは、祖父の言う無我の境地に達していました。
これは、今の兄では達し得ない境地なのです。
それに単に技巧一つとっても、今日のシンジさんは完璧でした。
それを認めたからこそ、兄はシンジさんをライバルだと言ったんです。
シンジさんに置いて行かれないように、自分も磨かなければと言っていました」
「なんか、落ち着かない気分だね」

ほめられるのは悪い気持ちはしないが、ここまで言われると恥ずかしくなってしまう。持ち上げすぎだと言ったシンジに、これでもまだ足りないほどだとレイコは返した。

「でも、本当のことを言うと、私はほっとして居るんです。
兄に流星をすると聞かされたとき、目の前が真っ暗になった気がしましたから。
シンジさんが居なくなってしまう、そう思ったら足が震えて……悲しくて……」
「……ごめん」

涙を浮かべていることに気づいたレイコは、指先でそれをぬぐった。

「いいんです、こうして無事に帰ってきてくださいましたから」
「本当にごめん、ずいぶんと心配を掛けたんだね」

そう言って、シンジはレイコに頭を下げた。

「い、いえ、良いんです。
それより、シンジさんはアスカさんとお話が出来たんですか?」

シンジに頭を下げられてあわてたレイコは、急いで話を変えることにした。だが、レイコはすぐに自分の持ち出した話題に後悔することになった。アスカの名が出た瞬間、ほんのわずかだがシンジの顔が曇ったのだ。

「結局、アスカとは何の話も出来なかったよ……」

そしてシンジは、中天の月に視線を向けると、自分は変われたのかなとレイコに問いかけた。レイコは、どこか寂しげな表情を浮かべるシンジに、胸が締め付けられるような苦しさを感じていた。

「私には、私にはその答えは分かりません……
でも、でも私は、今のシンジさんが好きなんです」

熱い思いをぶつけてくるレイコに、シンジはどうしていいのかわからなかった。シンジが困っているのがわかったのだろう、レイコは今は答えを求めていないと付け足した。

「でも……」
「今はまだ、私はアスカさんと勝負できていませんから。
だから、答えはもっと後にもらったほうがいいんです」

それに、シンジ自身の問題も解決していないのだろうと。そう指摘するレイコに、シンジはその通りだとうなずいた。

「慌てて結論を出すようなことじゃないんだね……」

レイコは、ハイとうなずいた。そして、明日はどうするのかとシンジにたずねた。シンジはううんと考え込むと、身の回りのものを揃えないといけないなと答えた。

「なら、お買い物をしないといけませんね」

そう言ったレイコに、シンジは頼めるかなと言った。

「荷物持ちなら、頑丈な兄がいますから!」
「本人は嫌がるだろうけどね」

シンジには、何で俺だけと言ってふて腐れる親友の姿が想像できた。

「兄の場合、嫌がっているのもポーズですから。
結構マナとのデートだと楽しんでいるんですよ」

自分も行かないほうがいいぐらいだと、そう言ってレイコは笑った。

***

 

シンジの隣に座りながら、レイコは今日の戦いを思い出していた。3体の使徒と呼ばれた敵は、いずれも自分の想像の外に居たものだった。テレビやアニメ、映画でしか見なかった世界が、現実のものとして自分たちに襲い掛かってきたのである。レイコはそのすさまじさに小さく震えると、シンジに向かってあれが敵なのかと問いかけた。

「そうだよ。
僕達は、あれを『使徒』と呼んでいた。
人類を滅ぼす敵だと言われてね」
「どうして敵なのに、使徒と言う名前を付けたのでしょう?
確か、キリストの教えを伝える弟子たちのことを使徒と呼んだような……」

素朴なレイコの疑問に、わからないとシンジは答えた。

「ただ、インパクトを乗り越えて分かったのは、使徒が単純な敵ではないと言うことだけだよ。
それに、人だって18番目の使徒だと言われているんだから」
「18番目ですか?
でしたら、1から17までは何が入るのですか?」

シンジから出てきた具体的な数字に、レイコはその理由を尋ねた。

「確認、と言ってもセカンドインパクトからサードインパクトまでのことだけどね。
そこで確認されたのが、第一使徒から第十七使徒なんだ」
「だからと言って、人類が18番目の使徒だなんて、どこかおかしくありませんか?」

見た目も能力もまったく違うのにと。確かに、今日襲ってきた使徒たちは、レイコの言う通り人類との共通点に疑問を抱かせるものだった。だが、シンジにしてみれば、人とまったく変わらなかった使徒を知っているのだ。その事実を考えれば、使徒のとる姿にしても便宜的なものかもしれないとも思えるのである。
だがシンジは、人と同じ姿をした使徒のことをレイコに話さなかった。

「そうだね、おかしいのかもしれないね。
でも僕には、それを否定することも肯定することもできないんだ……」

それだけの知識もないからと。そう言ってシンジは、レイコにサードインパクトのことを覚えているかと聞いた。

「……ぼんやりとした記憶しかないんです……」

そうだよねとうなずき、シンジは自分の知っていることを話し出した。

「僕達は、使徒がネルフの地下にあるアダムに使徒がたどり着いたとき、
それが原因でサードインパクトがおこると教えられていた」
「……アダム、使徒ですか?」
「そう、だから使徒を倒さなくてはいけない。
サードインパクトを起こしてはいけないからってね」

シンジはそう言うと、不思議だとは思わないかとレイコに尋ねた。

「どうして、使徒とアダムの接触がインパクトを起こすと知っているのだろう?
なぜ、エヴァンゲリオンなんて非常識なものが準備されたのか?」

シンジのあげた事実に、レイコはなるほどとうなずいた。

「使徒はすべて倒した。
それなのに、サードインパクトは起こってしまった。
それがすべての答えだよ。
出来レースだと言っても良いのかも知れない。
僕たちは、誰かがしくんだ筋書きの中で踊っていただけだったんだ」
「今度のことも、誰かが仕組んでいるのだと?」

シンジは分からないと首を振った。

「なにか、僕たちには分からないものが動いているのかも知れない。
前の時もそうだったように、僕たちはまた大きな流れの中に飲み込まれようとしているのかも知れない」
「シンジさん……」

想像もしていなかった話に、レイコは怖いと小さく震えた。

「でもね、僕は抗うつもりだ。
僕一人の力はとても小さなものかも知れない。
でもね、レイコちゃんやムサシ、それにマナ……
たくさんの人たちが僕に力をくれるんだ。
二度と三年前の失敗を繰り返しはしない」

そう語るシンジが、とても輝いているようにレイコには思えた。変われたのかというシンジの問いかけも、今なら迷わずに変わったと答えられただろう。

「ごめん、なんか偉そうだったね」
「いえ、とってもステキでした。
シンジさんを好きなった自分が正しかったんだなって」
「あばたもえくぼって言うから……」

ひいき目で見ているだけだろうと、少しおどけたようにシンジは笑った。

「ずいぶんと遅くなっちゃったね。
明日のこともあるから、そろそろ寝ようか?」

シンジに言われて、レイコは時計に目をやった。確かに時間は1時を過ぎていた。朝のことを考えれば、確かにつらい時間なのだが、それでも今という時間はレイコにとってかけがえのないものとなっていた。だから、いつもなら言わないわがままをレイコは口にしていた。もう少しだけ、こうしていたいと……
いつもとは違うレイコの様子に驚いたシンジだったが、自分を見つめるレイコの眼差しにもう一度ソファーに座り直した。そしてレイコの肩に手を掛けると、心持ち自分の方へと抱き寄せた。

「シンジさん……」

このひとときが永遠に続いてほしい、レイコは青白く自分を照らす月へと祈っていた。

***

 

夜が万人に休息を呼びかけるのに逆らうように、ネルフだけは別世界のような喧騒に包まれていた。3体に及ぶ使徒の襲来、戦闘。それによって傷ついたエヴァンゲリオンの修復。戦闘の分析、今後の対策……彼らには、直ちに片づけなければならない仕事が山積していたのである。
そして多忙を極めるネルフの中でも、エヴァンゲリオンを預かる技術部は最悪の状態にあった。何しろ出撃した2体とも、目を覆いたくなるような損傷状態なのである。部下からあがってきた報告書に目を通したとき、リツコはめまいを押さえることが出来なかった。

「まったく、嫌になるわね……」

状況を考えれば、これだけですんだのが奇跡とも言える。だが、責任を預かる身とすれば、ため息の一つもつきたくなるのが人情と言うものだ。もっとも、いつまでも後ろ向きでいるわけには行かないのも事実である。リツコはデータをまとめると、話がしたいとミサトを呼び出した。

戦闘が終わったからと言って、作戦部が直ちに暇になると言うものではない。それでもミサトは、重要な話だと言うことで、リツコの呼び出しを最優先にした。

「リツコ直々に話があるなんて一体どうしたの」

ミサトは、今日何杯飲んだか分からないコーヒーをすすりながら切り出した。

「こんな時に呼び出すんだから、相当のことなんでしょ」

リツコは、ミサトの質問に答えるかわりに、MAGIのデータを差し出した。そこには、7号機、8号機のスケルトンモデルが表示されていた。

「ミサト。
7号機と8号機、どっちの損傷が激しいと思う」

あまりにも唐突な質問に、ミサトはリツコの真意を測りかねた。

「どっちがって……
左腕がなくなった上、使徒の加粒子砲を受けた8号機じゃないの」

クイズではないのだから、一般的な見識の答えをするしかない。ミサトは迷わず8号機だと答えた。

「やっぱり、ミサトもそう思うわよねぇ……」

彼女が自分と同じ考えを持っていたことに安堵し、リツコはディスプレーに新たなデータを映し出した。そこには、真っ赤に彩られた7号機が映し出されていた。

「……なによ、これ?」
「見た通り、7号機の損傷個所よ。
稼動部分のほとんどが修理が必要な状態よ」
「一応聞いておくけど、これって新第四使徒にやられたからよね?」

7号機が直接受けた攻撃は、新第四使徒によるものだけなのだ。それを受けてのミサトの質問なのだが、リツコは首を横に振ってそういうわけではないのだと否定した。

「その後シンジ君で出撃しているのよ。
損害がなかったとは言わないけど、運用に支障が出るほどのものではないわ」
「……ってことは……」

ミサトは、ごくりとつばを飲み込んだ。

「そう、シンジ君によって受けた損傷よ」
「ち、ちょっと待ってよ。
新第五使徒の攻撃はあたっていないわよ。
なのに、どうしてこんなに7号機が壊れるのよ!」

さすがに受け入れがたいのか、ミサトは大きな声で疑問を呈した。

「私たちは、シンクロの意味を誤解していたみたいね。
7号機は、シンジ君の意思を忠実に実行して見せた。
そして、その過剰な負荷がここまでの損傷を招いたのよ」
「ごめん、よく分かるように説明して」

そうねぇと、リツコは指で机を叩いた。

「生身でさ、人間の力ってどこまで発揮できる?
たとえばミサト、あなたはこの壁をどこまで力いっぱい殴れる?」

そう言って、リツコは向かいの壁をペンで指した。ネルフ標準装備の構造は、かなづちで叩いてもびくともしない優れものである。

「……なぜる程度よ」
「なぜ?」
「なぜって……
こんなもの力いっぱい殴ったら、二度とこぶしが使い物にならないぐらいの骨折をするわ。
それが分かっていて、思いっきりなんて殴れるわけがないじゃない」
「じゃあ、サンドバッグだったら?」
「思いっきり殴れるわよ?」
「こぶしや、体が壊れるぐらい?」
「まさか、そんな殴り方ができる訳ないじゃない!」

ミサトの答えに満足したリツコは、つまりそういうことなのだと7号機の損傷の理由を説明した。

「おんなじことを、シンジ君が生身でしていたらこうはならなかったわ。
自分の体の上げる悲鳴に、自動的に安全機構が働くから」
「7号機はそうではなかったと言うことね?」
「そう言うこと。
シンジ君は攻撃をイメージし、そして7号機を動かした。
シンクロ率、ハーモニクスが100%でないと言うことは、
肉体からの情報が割り引かれて伝えられるということなの」
「だから限界を超えた動きができたと言うことなの?」
「心理的限界をね。
まあ、ここまで壊れたら肉体的限界も超えているけど」

いずれにしても、運用上の問題が生じることは間違いないとリツコは断言した。

「だからと言って、シンジ君に手加減しろだなんて言えないわよ。
リツコ、あんたなんか策はないの?」
「今のところまったく!
肉体強化って言ったって、どうやってやればいいのか皆目分からないわよ。
それに、強化したところでブレーキがかからないのなら、結果は変わらないわ」
「それでも壊れにくくはなるんでしょう?」
「強化できたらだけどね……」

それからと、リツコはもうひとつ重要なことがあると切り出した。

「修理の見積もりだけど、7号機はざっと2ヶ月。
8号機は、とりあえず動くところまでで1週間。
完全復活には、プラス2週間が必要ね」
「きっつっ~、それまで使徒が来たらどうするのよ」
「あなたの悪運に賭けるしかないわ」

なによそれと。

「ところで、アメリカからの荷物はいつ着くの?」
「5号機なら、順調に行って2週間後ね」
「で、何か問題はあるの?」
「過去の失敗が尾を引いていてね。
次の輸送方法は、アメリカの太平洋艦隊を使うのよ。
で、思い出してほしいのが、6番目の使徒のことなのよ」
「……あいつね」
「そう、輸送には大きな危険が伴うわ。
それに、ここに来てアメリカが渋っているのよ」
「エヴァがなくても、使徒に襲われる事実ね?」

そうだとリツコはうなずいた。ドイツ支部が襲われたときには、泡を食って5号機を引き取ってほしいと言い出したアメリカだったのだが、イギリス、フランスと襲われてからはそのトーンが変化してきたのである。どうせ襲われるのなら、エヴァがあったほうがいいと言うものである。

「でも、アメリカにあっても宝の持ち腐れでしょう?
まともに動かせるパイロットがいないんじゃ、役に立たないじゃない」

ミサトの疑問に、だから問題なのだとリツコは返した。

「まさか、アスカを寄越せって言ってきてるの?」
「まだ、そこまでは言ってきていないわ。
それに、今のアスカじゃ、当分戦力にはならないから。
でも、そういうことを言い出す可能性はあるわ」

分かるでしょうと水を向けてきたリツコに、ミサトはシンジの名前を持ち出した。

「あれだけ圧倒的な戦い方を見せられたら、鈴原君や相田君の補佐で十分だと思わない?」
「まさか、アスカとあの二人じゃ比べ物にならないわよ」
「なら、アスカがいなければ戦えない?」
「……そうとまでは言い切れないわね……」

アスカの重要性を口にしたミサトだったが、アスカがいなければどうにもならないかと聞かれれば、必ずしもそうではないとしか言えなかった。戦いに絶対はないにしても、今日の戦い振りを見せられれば、今後の使徒に対しても有利に進められると考えたのである。

「ミサトがそうやって考え込むぐらいだから、
周りはもっと自分に都合よく考えるのよ」
「だからアスカを寄越せって?」
「怪我から復帰すれば、アスカは十分な戦力になるわ。
しかも彼女の場合、アメリカ国籍も持っている。
日本に置いておく理由が薄いと言い出してもおかしくないでしょう?」
「……アスカの意思も関係なく?」
「そんな奇麗事が通じないのは分かっているでしょう?」

少し大げさに言っているところはあるが、おおむねリツコの主張は筋が通っているのだ。エヴァを保有するアメリカが、日本に移送するよりも、自国で運用すると言い出す可能性は、今回の勝利で高まったと言えるのである。

「作戦を預かるものとして言わせてもらえば、戦力の分散には反対よ」

でもと。

「前の戦いの時には、使徒がここを目指してくる理由があったじゃない。
でも、今度は世界中に使徒が現れている。
それを考えたら、分散配置と言う主張も否定しにくいのは確かね……」
「でも、好ましい事態でないのは確かでしょう?」

そう言った上で、個人的意見だがと断って、リツコは自分の考えを口にした。

「これは勘に近いけどね。
アスカは、今日本から動かしたら立ち直れないわ」
「リツコもそう思うの?」
「ええ、まず間違いなく。
今日の出撃で期待は持てるけど、まだ心の傷は治っていないわ。
このままアメリカに連れて行ったとしたら、以前と同じになるわね」

そのときリツコが考えたのは、第十六使徒戦後のアスカの姿だった。

「何か、策はあるの?」
「そんなものがあれば苦労はしないわね。
すべては冬月司令の交渉にかかっているわね。
あさって……もう明日ね、その会合で頑張ってもらうしかないわ」
「……なんとも心細い限りね」

人間的には尊敬できるのだが、こう言ったときの強引な交渉には向かない。二人の冬月評はそんなものだった。

***

 

アスカは、病室に差し込む月の明かりを眺めながら、今日一日のことを思い出していた。こうして生き残ることができたのは、シンジがうまくやったからに他ならない。そして、焼けたプラグから自分を助け出したのは、シンジだと聞かされていた。

「シンジ……」

だが、アスカの心にあったのは、歓喜の感情ではなかった。いやむしろ、激しい後悔が心の中のすべてを閉めていると言っていいだろう。アスカの顔は、深い悲しみに歪んでいた。

「なんでっ!」

いやいやをするように、アスカは激しく頭を振った。

「あたしはっ!!」

取り返しのつかないことをしてしまった。しかも、それは自分が判断を誤ったのが原因なのだ。

「ばかだっ!」

しかし、いくら嘆いてみたところで、過ぎ去った時間は戻りはしない。再びめぐり合えたことで、なくしていたものの大きさを知ることができた。だが、それを知ったところで、もはや自分はそれを手にする資格がないことをアスカは知っていた。

「どうしてっ!」

すがり付いてでも一緒にいなかったのか。アスカは、何度もベッドを叩いた。まだ完治しない腹部は、鈍い痛みに悲鳴をあげている。だが、そんな痛みも、アスカの心に走った痛みから比べればたいしたものではなかった。

「なんでよっ!」

何度もベッドを叩いていたアスカだったが、破壊衝動もすぐに収まった。だが彼女の抱えた苦悩は、さらに大きなものへと成長していた。

「未練を捨てなくちゃ……だって」

自分はヒトゴロシなのだからと。

to be continued