第十三話 謝罪

冬月コウゾウの自宅は、ネルフの公邸である。

市街から外れた広い敷地の一軒家であり、表札はでていない。

裏には広い庭と茶室、その後ろには竹林が涼しい風を庭に送っている。

この家には家事をする女性が来るほか、来訪者はほとんどおらず、冬月コウゾウが一人で生活している。

冬月は静かな郊外の生活が気に入っていた。

 

冬月は今、碇ゲンドウとともに茶室にいた。

「碇、シンジ君ときちんと話をするのだな」

茶を喫し終わったゲンドウが静かに茶碗を冬月に返す。

「今日は久しぶりに会うのだろう。子供の成長を喜ばない親がどこにいる」

「子供がいない冬月先生にそのような事を言われるとは思っていませんでしたよ」

「なに」冬月は少しムッとするが、すぐに言い返す。

「おまえは昔からそのような言い方しかできない奴だ。
しかし、…ユイ君がおまえのことを言っていたな。『かわいい人』と。
ユイくんが今この場にいたらどう思うか。……碇、わかっているな」

「……」

 

 

一方、庭ではガーデンパーティの準備がすすめられている。

ベンチやバーベキューの道具が準備されており、後はシンジ達を待つのみとなっていた。

「ごっつい肉やなぁ。すごいやないか~。
こりゃあ、わいの手のひら3つ分ぐらいあるやろ。ちょっと味見してみよか」

鈴原トウジが大きな声で話す。

「トウジ、恥ずかしいからやめてよ。アスカ達が来てから焼き始めるのよ」

しょうがないわねという顔をして洞木ヒカリがトウジをたしなめる。

トウジの足は義足である。でも、知らないものが見たらわからないかもしれない。

それは、トウジが絶望から立ち直り、リハビリテーションを頑張った証であった。

今、トウジは医科大学でリハビリテーション科を専攻している。

ヒカリも同じ大学に在籍、トウジと共に歩むつもりのようだ。

「さよか、でも手持ちぶたさやなぁ。じゃあ、このバケツのトウモロコシの皮でも剥こうかぁ」

「鈴原くん、それはだめ」

といつの間にかトウジの後ろに回ったレイが無表情でぼそっとつぶやく。

「うわぁ」とトウジが驚く。

「何やレイかいな。脅かすなや。それにその言い方はやめてくれっていうたやろ」

レイがくすっと笑ってトウジに言う。

「鈴原くん、トウモロコシの皮は剥いたらだめよ。皮のまま焼くのだから。
今、塩水につけているの。焼く時は、なりつきの方からしごいて塩水を絞ってからにしてね。
皮のまま焼くと、ふっくら、ぷっちりして美味しいんだから」

「トウジ!もう、じゃまなんだから。準備があるからあっちに行ってて」

とうとう、トウジはヒカリから怒られてしまった。

「しゃあないのう。ケンスケ、将棋でもしようかぁ?」

相田ケンスケは芸術大学の写真学科に在籍している。

留年していることからもわかるとおり、あまり大学には出ていないらしい。

カメラの手入れをしながら「俺はいいよ」と断る。

「誰か、この21世紀の坂田三吉に挑戦するモンはおらへんかぁ?」

トウジは縁台の上の将棋盤に駒を並べながら言った。

「わたしが相手しよう」

『?』

聞き慣れない声の持ち主を見ようとトウジが顔をあげてみると、その声の主は茶室からでてきた碇ゲンドウであった。

 

トウジは駒を動かしながら、ちろちろとゲンドウの顔を見ている。

ゲンドウはいつものように感情の見えない表情で駒を動かしている。

しばらく駒をすすめていたゲンドウが、静かに口を開いた。

「鈴原くん。大変遅くなったが…、君には申し訳なかった。
あの時、われわれ、いや、私がとった行動の結果、君が失ったものは大きい。全て私の責任だ」

トウジは黙って駒をすすめる。

ゲンドウもまた黙って駒をすすめる。

二人が駒を動かすにつれて、周りの空気が凍りつきはじめた。

 

しばらく黙って駒を動かしていたトウジが話し出す。

「あの時、ネルフを、エヴァを、シンジ達を憎まなかったといったら嘘になります。
『死んだほうがよかった』そう思ったこともあります。
でも、入院していたとき、病院に次から次に運ばれてくるけが人や
病気した人を助けようとする病院のスタッフの一生懸命な姿を見て思たんです。
あのとき、シンジや惣流やレイは、命と…心まで削ってエヴァを操縦しとった。
ぼろぼろになりながら使徒と闘っていた。
あのころは、シンジ達ワシらと同じ中学生や。
本人達にとっては、きついというものではなかったと思います。
でも、頑張った。それは今考えるととても尊い姿やった。
それにケンスケから聞きました。
最後の日、ネルフの人達は大変やったって。ケンスケのおとんも危なかったと聞きました。
なんでそないなことになったのかは知りません。
でも、あのときは、シンジ達もネルフの人たちも、みんな、一生懸命やったんです」

『トウジ』涙を浮かべてヒカリがつぶやく。

伊吹マヤも青葉シゲルの胸で泣いていた。

トウジは話を続ける。

「あの時、いろいろな思惑があったことは聞きました。
捨て駒にされた、そういう話もありました。
でも、エヴァに乗ったのはワシの意志や。
怪我したのは誰の所為でもない。
あの時はそう思って自分で慰めていました。
けれど、今はそんなことも考えんことにしているんです。
前だけ見ていきたいと思ってます。
それに、おかげでワシにもまた新しい目標を発見できたから、何が幸いするかわからん。
そう思います。
ほら、いうでっしゃろ。人生すべからく塞翁が丙午? いや、人生全て塞翁が馬だったかな。
ん~、思い出せんけど、まぁ、そんなことですわ」

ゲンドウはじっとトウジの話を聞いていた。

そして、話し終えたトウジを見つめ、サングラスをはずし、言った。

「君に詫びを言うのに10年もかかった。
それだけでも許されることではないのだが…」

「もうワシの中では済んだことや。気にせんでください」

「そうか…ありがとう」

トウジ達の座っている縁台に近づく影。それはシンジであった。

父ゲンドウとトウジの会話全てを聞いていたシンジが声をかける。

「トウジ」

「なんや、シンジ来ていたんか。わしの話を聞いていたのかいな?」

「うん、トウジ、ありがとう」

「う~、シンジに恥ずかしいこと聞かれてしもうたわ」

と言った後、みんなの雰囲気に気づき、トウジはまわりを見回した。

「あちゃ~。柄にもない話をして、なんや通夜みたいにしてしもうたわ。
今日はシンジの帰国を歓迎する会や。ぱぁ~つとにぎやかにいきましょうや。
ヒカリ、じゃあ、主賓が来たところで肉を焼こかぁ。腹ぁへって、かなわんわ」とおどける。

「うん」ヒカリは涙を拭いて、にっこりと笑った。