今日は、シンジの24歳の誕生日である。
シンジは、「誕生日に部屋の掃除か」とつぶやきながら、部屋のカーペットにクリーナーをかけていた。
シンジは独り暮らしをしている。
シンジの部屋は、ひとりで住むには広く、したがって、家具も少ないのでいささか殺風景とも言える感じである。
また、コンフォートマンション時代と比較すると部屋が散らかっており、
一言で言うならば、まさに『独身男性の部屋』としかいえないであろう。
シンジは、今、UN大学交換留学生で留学中の身である。
UN大学といっても大学自体は巨大データーベースが主体となっており、普通の大学として存在するわけではない。
各留学生はそれぞれの専攻分野をリードする各国の大学の研究室に配置され、研究にあたることとなっている。
シンジは、母ユイが学び、冬月が教鞭を取っていた大学に在学していたが、
その在学中の成績とネルフ本部の推薦により留学生に選ばれ、渡米してもうすぐ2年になるのであった。
住んでいるフラットはネルフで用意したもので、
セキュリティは万全、かつ、普通の家族世帯でもゆとりある生活ができる居住空間をもった快適なものであったが、
研究が忙しいシンジは、最低限の掃除ぐらいしかできず、『独身男性の部屋』状態なのである。
一方、料理をする時間がないので、
フラットに備えつけられている大型オーブン、コンロやレンジフードはたいへんきれいである。
今日はめずらしくオフの日らしく、久しぶりに時間が空いたシンジは、
カレンダーを見て、今日が自分の誕生日であることに気づいた。
しかし、まずは掃除から始める所はシンジらしいといえよう。
掃除を終え、紅茶を入れようとしたシンジは、フラットの管理システムの表示に気がついた。
セキュリティに十全を期すこのフラットは、
管理室が住人のプライバシーを侵さない程度に不審者、爆発物などのチェックを行っている。
システムは郵便物が到着したことを示していた。
シンジは、自室の玄関横にあるパーソナルボックスから小包を取り、リビングに引き返した。
小包は、アスカとレイからのもので、その宛て名書きはアスカの字であった。
‘アスカ’その名前を見てシンジは甘い気持ちにひたってしまう。
紅茶色の艶やかな髪、意志の強さの中に優しさを隠した青い目、
そして、強がっているくせに寂しがりやなアスカをシンジは片時も忘れたことがない。
アスカは、シンジの恋人であり、現在、ネルフの主任研究員である。
シンジは、しばらくアスカの字を見ていた後、小包を丁寧に開封した。
緩衝材の中からラッピングされた包みが2つでてくる。
1つは、レイからで、バースデーカードとペアの紅茶カップがはいっていた。
シンジはカードを開く。
【お誕生日おめでとう
先日、ガレージセールでとっても素敵なティーカップを見つけました。
お兄ちゃんの誕生日のプレゼントに贈ります。使って下さい。 レイ 】
カードと共に写真が入っており、白いワンピースを着たレイが恥ずかしそうに微笑んでいた。
自宅のリビングで写したものと思われた。
『元気そうだな』シンジは写真を残し、カードを丁寧にしまうとカップを手に取る。
淡いブルーの彩色がほどこされた上品なカップである。どうやら前世紀に作られたもののようだ。
シンジは、選んだ人のセンスがしのばれるそのカップを見ながら、レイのことを考えていた。
数年前、全てが終わったとき、一番問題となったのがレイの処遇であった。
レイはみんなと生きていくことを望んだ。
シンジも仲間たちもレイと共に生きていきたいと考えた。
そして、ネルフの最高責任者であった碇ゲンドウと冬月コウゾウにその気持ちを訴えたのだ。
ゲンドウは、黙ってシンジたちの話を聞くだけで何も言わなかった。
数年後、ゲンドウと冬月はシンジたちを呼び、レイがゲンドウと養子縁組し、シンジの妹となったこと、
そして、アスカにも「レイをよろしく頼む」と告げたのであった。
もう一つ問題があった。
レイの住む場所である。
以前レイが住んでいたアパートはすでに破壊され無くなっており、
また、誰もレイをあのような場所に住まわせたくないと考えていた。
それについては、冬月から赤木博士と住んだらどうかとの提案がされた。
ミサトの家もひきとる余裕がなく、また、成長過程にあるレイは、不確定要素が心配されたので、
一番レイを知っている赤木リツコと住むことがベストと考えたのだ。
当初、あのときの状況を知るミサトは猛反対した。
自分たちが広い部屋に引っ越して、4人と1羽で住むとまで言いはじめたのである。
しかし、レイは意外にリツコとの同居を希望し、シンジも、何も根拠はなかったものの、
逆にレイと同居することが赤木リツコにも良い結果をもたらすのではないかと思ったので賛成した。
リツコはレイが望むなら自分はかまわないとだけ答え、最後にミサトも折れた。
そこから、赤木リツコと碇レイ(旧姓 綾波)の同居が始まったのだ。
同居生活は、当初、レイがあまりにも一般常識を知らないので、
教えるリツコが疲れ果ててしまったということがあったものの、うまくいっているようだ。
後にミサトは、シンジに「リツコは自分がレイの保護者と思っているようね。
レイもリツコを一人の女性として信頼しているようだし…うれしい誤算だわ」
といったとのことである。
現在、レイは、ネルフには在籍しておらず、大学院の院生として文学を専攻している。
シンジはカップを置くと、もう一つの包みを手に取る。
胸が締めつけられるような妙な高揚感に自分自身で苦笑しながら、ラッピングを開き、カードを見る。
差出人のイメージカラーでもある紅いカードには、
【ハッピーバースディ シンジ 愛をこめて アスカ】
とだけ書いていた。
その時、電話が静かな着信音を鳴らしはじめた。