第七話 過去の予感

<リツコの研究室>

「修学旅行?」

ミサトの言った単語にリツコは手を止めてモニターから目を離した。

「そっ」

今日も今日とてコーヒーを飲みにやってきたミサト。

「中学の時は待機で行けなかったでしょ?せめて高校の修学旅行くらいは行かせてあげたいな~って思ってね」

「気持ちはわかるけど…司令や副司令が許可するかしら?パイロットが4人ともいなくなるのよ」

「だからリツコに頼んでんじゃない。碇司令がうんといえばどうにでもなるでしょ?」

「呆れた…公私混同ね」

「だってさぁ、放っておいたら、

シンジ『僕が残るからみんなは気にせず行っておいでよ』

アスカ『シンジが行かないなら私行かない!!』

カヲル『僕がシンジ君を置いて行ったりするわけないでしょう?』

トウジ『中学の時はシンジ達のおかげで行けたんや。今度はわいの番や』

…てなるのは目に見えてるでしょ。

第一、昔と違っていきなり使徒が攻めてくる心配もないし。

ま、本当ならレイも連れてってあげたいけど…」

そういってレイを見る。

研究室の一角に設けられた専用のベッドですやすやとお昼寝の真っ最中だ。

なお、この時間帯にこの周辺で騒ぐ者がいたら速やかに排除される。

「さすがに無理ね。シンジくんに子守をさせるわけにはいかないし、私まで行かないといけなくなるじゃない」

「なんならリツコも行く?」

「家族同伴の修学旅行がどこにあるのよ」

呆れてため息をつくリツコ。

「しょうがないわね、とりあえず話はしてみるわ」

「サンキューリツコ」

両手を合わせるミサト。

「一応、私もシンジくんの母親だしね。今日はシンジくんを借りるわね、その方が確実よ」

<碇家食卓>

「…というわけなんですけど、如何かしらゲンドウさん?」

リツコがご飯をもったお茶碗を渡しながらゲンドウに言う。

「いいんですよリツコさん。やっぱり誰かが本部に残ってないと」

「でもねシンジくん…」

「僕が残るよ。そのかわりアスカ達は行ってもいいだろ父さん?」

予想通りの提案をするシンジ。

(…本当にこの子は…)

「シンジくん、気持ちは…」

「シンジ」

突如、ゲンドウが口を開いた。

「何、父さん?」

「お前は行きたいのか?」

「それは…」

「行きたいのかと聞いている」

久しぶりにプレッシャーを感じる物言いに気圧されるシンジ。

「…う、うん。行きたい」

仕方なく素直に答えるシンジ。

「ならば後のことは気にせず行って来い。むろん、4人全員でだ」

「ゲンドウさん…」

「…わかったよ。ありがとう父さん」

「………」

ゲンドウは無言で食事を始めた。

「あら、照れてるのゲンドウさん?」

ゲンドウは茶碗をもったまま後ろ向きになる。

シンジはそんなゲンドウの背中にもう一度礼を言った。


<翌日、葛城家 食卓>

「……というわけよ」

「へーあの碇司令がねー」

ミサトには想像だにできない。

「サンキューリツコ。今日は奮発するわよ!」

そう言ってアスカは台所に消えた。

「…喜んでるみたいね」

「そうね」

「本当にありがとうございます。リツコさん」

再度、礼を言うシンジ。

「感謝するならあの人にね」

「はい」

「ところで、そのトランクは何?」

リツコが持ってきた小型のトランクを指さすミサト。

「こんなこともあろうかと作っておいた各種装備を詰めた特殊トランクよ。旅の餞別というところね。

少し重いけどシンジくんなら平気でしょう?」

「あ、ありがとうございます」

やや顔をひきつらせながらトランクを受け取るシンジ。

「何が入ってるの?」

そう言って手を伸ばしたミサトをリツコが止めた。

「あ、駄目よミサト。シンジくん以外の人間が開けようとすると機密保持のため爆発するようになってるから」

「あんたねぇ!餞別に爆弾渡す親がどこにいるのよ!」

「失礼ね、爆薬は中だけを破壊するよう指向性にしてあるし分量もきっちりはかってあるんだから」

「…ちゃんと実験したんでしょうね」

ジト目で確認するミサト。

「あ、あら何の事かしら?」

目をそらすリツコ。

眉間にしわを寄せシンジの方を向くミサト。

「ちょっとシンジくん、命が惜しかったらやめておきなさい。下手したらクラスのみんなごとドカーンよ」

「はは、でもせっかくリツコさんが用意してくれたんですから持っていきますよ。それにいざとなったら爆弾代わりに使用するという手もありますし」

「それはいい考えね~」

シンジの冗談にミサトも笑う。

「そうそう爆弾は少ししか詰めていないから大事に使ってね」

リツコの言葉に固まる二人。

「何考えてんのよ!?いくら爆薬の分量をきちんとはかってても、中に爆弾入ってたら一緒でしょうが!!」

「あら…そういえばそうね、気付かなかったわ」

古来、天才となんとかは紙一重という言葉をかみしめる二人。

「それで、行き先はどこなの?」

「京都よ」

「京都?中学の時はたしか沖縄だったかしら?ずいぶんと落ちるわね」

「修学旅行の伝統なんでしょ」

「そういえば昔、父さん達って京都にいたんですよね」

「ええ、副司令が大学で先生をなさっていて、そのときの教え子の一人がユイさんよ」

「碇司令は?」

「さぁ私もよくは知らないわ。ただ、その頃もうユイさんはゼーレに関係してたって話だけど…あ、ごめんなさい」

「いえ、気にしないで下さい」

ユイの名前が出て少し気まずくなる3人。

「どうしたの?」

そこへアスカが料理を運んできた。

「京都なんて渋いわねって話をしてたのよ」

「あ、旅行先ね。ま、私は行ったことはないからいいけどね」

そういいつつ皿を並べる。

「運ぶの手伝うよ」

「うんお願い!」

シンジを連れて意気揚々と台所に戻るアスカ。

「アスカの元気、救われるわ」

「そうね、あたしもシンちゃんがいなくなった後はアスカにずいぶん助けてもらったし」

ミサトがしみじみと言う。

(…自分が同じ様にどれだけ人の救いになったか、あなた気付いてないのね)

そう思ったリツコだったが口に出した言葉は、

「ふふふ、やっぱりあなたに似てるわよアスカ」

<2-A教室、LHR>

「というわけで旅行も目前になったことだし、グループ分けをしましょう!」

「どうせ、今まで忘れてたんでしょ」

「アスカ!」

ヒカリが慌てて言った。

「…何か言ったかしら惣流さん?」

「いいえ何も言ってませんわ葛城先生」

そのままにらみ合う二人。

「何かあったんですか碇君?」

マユミが心配そうに聞いた。

「…ちょっとね」

朝食の時にお互いを冷やかし合って喧嘩したとはさすがに恥ずかしくて言えないシンジ。

「ま、いいわ。とりあえず男子、女子に別れて4人ずつのグループを作ってね」

男子側

「なんやめんどくさいな」

「俺達は悩む必要ないだろ。どうせ渚はシンジについてくるんだからちょうど4人さ」

「それもそうだね」

「よろしくお願いするよ」

というわけで他の男子も最初から誘おうとはしていない。

女子側

「じゃヒカリ一緒にしようか」

「そうね。マナもマユミも構わない?」

「ま、いつもの事だし」

「よろしくお願いします」

というわけでこちらも最初から誘われていない。もっともこちらは一緒になっても美人に囲まれて劣等感にさいなまれるからという説もあるが。

「次に、男女のグループ同士でペアをつくって。雑用する時の分担の為よ。男には男向きの仕事、女には女向きの仕事があるでしょ。自由行動する時の組も兼ねてるわ」

しばらくのち、シンジ達のグループとアスカ達のグループが残った。

「なんや委員長達もあまりもんか?」

「鈴原たちも?」

「妙だね、山岸達なら奪い合いになると思ったのに」

「相田君達の方こそ」

「どうやらとことん縁があるみたいだねマナ」

「困ったことにその様ね」

「じゃ、アスカ。ペアを組もうか」

「そうね。他のは邪魔だけどシンジがいるならいいわ」

『ちょっと待ったぁ!!』

その他のクラスメートの叫び。

「何でだ!惣流のことだからすぐに碇の所と組むもんだと思ってたのに!」

「そーそー委員長もいるしな」

「えー碇君達フリーだったの?」

「そんなーアスカ達と一緒だと思ってたのにーっ!」

「碇君と渚君がいれば残りの二人は我慢できるのに!」

「くっそーなんで壱高美少女軍団をあいつらに!」

「許せん!惣流や委員長ばかりかあとの二人まで!」

最初から諦めていたが、実はチャンスだったと気付くと猛烈に後悔を始める。所詮人間なんてそんなものである。

「なんか勝手なこと言ってますね」

ジト目でマナ。

「なにか哀しいことでもあったのかい?泣いてる人もいるけど」

相変わらずマイペースのカヲル。

「気にするなよ渚。チャンスをみすみす逃した負け犬達の遠吠えさ」

眼鏡を光らせて勝者の喜びにひたるケンスケ。

「相田君結構きついですよ」

少したじろぐマユミ。

「ケンスケの言うことも一理あるで。ま、委員長と一緒なら楽できるしな」

別に深い意味はないトウジの言葉。

「何言ってるのちゃんとしなさいよ、もう」

口とは裏腹に嬉しそうなヒカリ。

「まぁ、このアタシと釣り合う男なんてシンジ以外に存在しないということね」

言ってることはともかく、うれしいアスカ。

「一緒で良かったねアスカ」

そういって微笑むシンジ。

<ネルフ総司令 執務室>

「いいのか碇?」

「何がだ?」

「パイロットを全員ここから出すとは…」

「問題ない。何かあればヘリを回せばすむことだ」

「ここの話じゃない、彼らの方が問題だと言っている。…まさか、餌をまくのか!?」

冬月の顔色が変わる。

ゲンドウが口元をゆがめる。

「ああ。せっかくの機会だからな、使えるものはなんでも使う」

「しかし…」

「心配ない。シンジはわかっている。赤木博士や葛城君の前では楽しそうに振る舞っているようだがな」

「…あの、シンジ君がな」

何とも言えない気分になる冬月。

「加持君もシンジと同じで既に動いている。二人に任せておけば問題ない」

「…端から見たらお前達3人が共謀したように見えるぞ」

実際、暗黙の了解と言う奴だ。

「だからシンジも、赤木博士に違和感を感じさせないよう話を誘導したのだ」

冬月は深く息を吐いた。

「…もっとも、それでも修学旅行に行けるのを喜んでいるだろうがな」

「………そうだな」

<シンジの部屋>

カチャリ、カチャリ

シンジは拳銃に一発一発丁寧に弾丸を込めていた。念のため、アスカが入浴中の時間を見計らってである。

荷造りは出来ていた。ボストンバッグ一つにトランクが一つ。いらないに越したことはないが銃の手入れも怠っていない。シンジの前には用途別に10種類近い弾丸が箱詰めされて置かれていた。さすがに持っていける量には限界がある。敵を倒すために銃を使用するのは避けた方がいいかも知れない。

…敵。シンジはゲンドウの予想通りゲンドウの計画を見抜いていたが、それで、アスカ達が旅行に行けるのなら安いものである。要はもし敵が現れてもアスカ達に気付かれずに撃退できればいいのだ。加持とはおおざっぱな方針について話し合っておいた。保安部員がガードにつくのはいつものこととして、ジョニーとジャネットそれに場合によっては加持自身も護衛に回ってくれる。既に観光先、宿泊先の細かい見取り図にも目を通してある。第三新東京市の外ならネルフは怖くないなどと甘く見られるわけにはいかない。アスカ達には指一本触れさせない。

そんなことを考えている内に顔は険しく眼光は鋭く変わっていった。

「シンジ」

突然ふすまが開いてアスカが顔を出した。思わず反射的に行動するシンジ。

「!!」

瞬時にマガジンを込め、安全装置を外し、相手…アスカの眉間に狙いを定めていた。

この間、コンマ9秒。

銃を突きつけられたアスカは硬直する。

「あ、ごめんアスカ」


事が事だけにアスカの怒りはおさまることを知らず、いくつも約束をさせられた後ようやくシンジは解放された。シンジも自分のミスなのでおとなしく聞く。

「…にしてもこのありさまとその拳銃は何なのよ?」

落ち着いたアスカが質問した。

シンジは叱られている間に考えておいた言い訳を言う。

「リツコさんにもらったんだ。撃っても当たらないだろうけど銃を向けるだけでも威嚇効果があるからって。こっちはいろいろな弾丸。ま、下手でも大丈夫なようにってね。何かの時のための護身用だって。ま、せっかくもらったんだから手入れぐらいしようかと思って…」

ほどほどに真実が混ざっている嘘は信憑性があり、アスカは納得した。

「で、いつのまにか危ない妄想の世界に入ってしまい、そこにアタシが来たというわけね」

「ごめん」

「ま、いいわ。約束は忘れないでね」

「わかってるよ。…でも、早かったね?アスカのお風呂の時間を見計らってやってたのに」

「そりゃそうよ、まだ髪も乾かしてないし、第一服も着てない…」

「あ、本当だ」

アスカは別に裸というわけではない。

おなじみの赤いバスタオル一枚をまいただけの格好である。

今更恥ずかしがることもないとは思うがアスカは真っ赤になって部屋を飛び出ていった。

「…結局何しにきたんだろう」

「で、シンちゃん。アスカに何したの?」

ミサトがいつもの調子で聞いた。

「別に何もしてませんよ」

「本当に~?」

「本当ですよ。間違って銃口をむけちゃいましたけど」

「ちょっとシンちゃん。だめじゃない!」

ミサトの口調が厳しくなる。

「すいません。どういうわけかアスカの気配に気付けなかったんです」

反省するシンジ。

「そうじゃなくてアスカなら銃で脅したりしなくてもいつでもOKよ」

「「ミサト(さん)!!」」

「あ、アスカ」

「まったく何馬鹿なこと言ってんのよ」

パジャマに着替えたアスカがミサトをにらみつける。

「あら本当のことでしょ。シンちゃんは奥手なんだからはっきり言わないと…」

「ミサト!!」

「やーねー冗談よ」

「うそつきなさい!」

「ところでアスカさっきは何の用だったの?」

「………」

赤くなって黙り込むアスカ。

結局、何の用だったのかはわからずじまいだった。

<修学旅行当日、京都駅前観光バス車内>

「ミナサンコンニチハ」

「初めまして、これから私たちがみなさんのお世話をさせていただくことになります。運転手はジュリアン・アンダーソン」

「ジョニーってヨンデクダサーイ」

陽気に手を振る運転手。

「ガイドは私ジャネット・コリンが努めます。なにぶん新米ですので至らないこともあるかと思いますがどうぞよろしくお願い致します」

そういってバスガイドが会釈すると生徒達から拍手と口笛が上がった。

「ついてるね、こんな美人のバスガイドさんとは」

ケンスケは早速撮影にいそしんでいる。

「国際化ってこんな所でも進んでいるんですね」

マユミはうんうんうなずいている

「どうしたのシンジ?」

しっかりシンジの隣の席を確保したアスカが言った。

「な、なんでもないよ」

眉間をおさえてシンジ。

「いやー奇遇だねシンジ君」

わかっているのかいないのかカヲルが前の席から身を乗り出し言った。

「京都観光するのに黒人の運転手に金髪のバスガイド…こんなミスキャストをよく考えるわね」

ミサトも頭痛をこらえていた。

(…おまけに何よこのバスは!)

「シンちゃーん、ちょいちょい」

シンジを手招きするミサト。

「あ、ごめんアスカ。ミサトさんが呼んでるみたいだ」

「もう、しょーがないわね」

ミサトの隣、マヤと一時席を替わって二人は顔を寄せた。

「…気付きましたか?」

「…当たり前よ。このガラス見て、撤甲弾でも撃ち込まなきゃ傷一つつけられないわよ」

「ということは」

「やっぱり…」

ネルフ本部の研究室で二児の母親がくしゃみをしたとかしないとか。


<夕方、旅館前>

「さすがに京都の旅館まではネルフ直営とは行かなかったか」

宿に着くとミサトは心底ほっとした。

「さすがに葛城さんもいろいろ回って疲れましたか?」

マヤが気遣う。もっとも気遣う方向が違うのだが。

「あはは、だいじょーぶよ」

男子用の大部屋の隅。

のんびりと畳に転がっているシンジ達。

時計を見たトウジが起きあがる。

「さぁて飯の前に風呂やな」

「待ってました!」

「待ってましたって…ケンスケそりゃ風呂の格好やないで」

デジタルカメラを基本に各種装備で身を固めたケンスケ。さながら軍の特殊部隊である。

「くくくく、ついに…ついにこの時が来た!思えば俺はこの時のために生まれてきたのかも知れない」

「何とも凄い気迫だね」

感心するカヲル。

「そう、高校生になり、同じクラスにあれだけの美少女が4人もいて、おまけに担任、副担任まで美女。これだけの好条件はもはや一生に二度とないだろう」

「まぁそうやろな」

「ねぇケンスケ。やめといた方がいいと思うよ」

「止めるなシンジ!男にはやらねばならない時がある!」

「よう言うたケンスケ!わしもつきおうたる!」

ばっと立ち上がるトウジ。

「…トウジ?」

「ありがとうトウジ!俺はお前のような親友をもって幸せだ!」

「何をいうんやケンスケ!わしらは生きるも死ぬも一蓮托生や!」

がっし、と手を合わせるトウジとケンスケ。

「ようするにご婦人方の入浴をのぞきに行くんだね」

身も蓋もないことを言うカヲル。

「なんや渚。興がさめるようなこと言うなや」

「そう、俺達はこれから戦いに行くんだ。シンジ達はどうする?」

「僕はひとっ風呂浴びさせてもらうよ。大きいお風呂は久しぶりだからね」

タオル片手に喜色満面で答えるカヲル。

「僕もカヲル君と一緒に行くよ。また迷うかも知れないし」

「そりゃそうや」

ちなみに今日も少し離れた隙にカヲルは何度も迷子になり、ミサトの疲労度指数の上昇に貢献していた。

「では、行くぞトウジ!」

「おうケンスケ!」

女湯、女湯と口ずさみながらトウジとケンスケは出ていった。

二人を廊下で見送っていたカヲルが口を開く。

「なんとも楽しそうだね。ところで行かせていいのかいシンジ君?」

「止めても無駄だよ。それに覗こうと考えるのはケンスケ達に限ったことじゃないしね」

「彼女達の裸を見られてもいいのかい?」

「…僕もそこまでお人好しじゃないよ」

シンジは薄く笑みを浮かべた。

「おんなゆ、おんなゆ」

茂みの中、身を屈めて女湯に向かうトウジとケンスケ。

「さすがケンスケ。道順もしっかり調べとるんやな」

「当然、万事においてぬかりなしだよ」

やがて女子達の声が聞こえてきた。

「おっ近いぞ」

「この声は…」

「惣流に霧島、山岸に委員長だ。うーんグッドタイミング。天は俺達に味方した!」

「い、生きてて良かった」

「まだその台詞は早いよ。よし行こう」

と、ケンスケが脚を踏み出した瞬間、ビュン!という音と共に二人は宙に持ち上げられた。

「な、何や!?」

片足をロープにしばられ二人は持ち上げられていた。

「トラップだ!!」

「そんなアホな!!」

「馬鹿な!ロープなんかどこにもなかったぞ!」

素人ながらも日頃の訓練で鍛えた観察眼を駆使し警戒して進んでいたはずだった。だが今実際に自分たちは宙づりになっている。

ひとまずロープを目で追っていくと途中で黒くて非常に細いワイヤーに変わっていた。よく見ると地面から数cmの高さに幾重にもワイヤーが張り巡らされている。昼間ならともかく日暮れ前の今では発見は困難だ。

「うーん、いい仕事だ。これはプロの仕業だよ」

状況を忘れて喜ぶケンスケ。

「感心しとる場合か!はよ逃げるぞ!」

「同感だね、捕虜になる前に…」

「ん、どうしたケンス…」

二人の顔からさっと血の気が引いた。

二人の視界の先、そこにアスカとマナを先頭に大勢のジャージ姿の女子が立っていた。

めいめいモップやほうきなどを持っているがこれから掃除をするのでないのは明らかである。

「あんた達覚悟は出来てるんでしょうね!」

アスカが言った。

「ま、まぁ落ち付けや」

「は、話せば分かる」

命乞いを始める二人。

「どうするアスカ?」

マナが言わずもがなのことを聞く。

「決まってるじゃない!これ以上バカな男どもがバカなことを考えないよう見せしめよ!」

「そうよね~やっぱり悪の芽は早めにつみとらないと」

「お、おちつけ惣流、霧島」

「ふーたーりーとーも!!」

ヒカリが鬼気迫る声で言う。

「Gehen!!」

「「ひええええええっ!!」」

アスカの号令一下、制裁が始まった、

「風呂はいいね。風呂は身も心も癒してくれる。リリンの生み出した文化の極みだ」

「そういえば風呂は命の洗濯だって昔ミサトさんが言ってたな」

シンジとカヲルは仲良く湯船に浸かっていた。

<大広間 夕食会場>

「それで二人は?」

ミサトは一部始終を聞いた後アスカに尋ねた。

「気が済んだからマヤに引き渡したわよ」

「あーそれはしばらく帰って来れないわね」

ネルフ本部にこの人ありと言われた潔癖性のマヤである。数時間はお説教が続くだろう。

「自業自得ね」

ミサトの対面に座ったマナが言った。

「それにしてもアスカさん。よくわかりましたね、あの二人がのぞきに来るって」

マユミが聞いた。

「ま、まあ、あいつらの考えそうなことだからね」

「でも、あの仕掛けは誰がやったのかしら?」

ヒカリが首を傾げる。

アスカはちらりとシンジを見ると黙々と食事を続けた。

シンジも何事もなかったように料理をつつく。

「なるほど…」

マナは事情を察した。

「ああ、そういうこと」

ヒカリも納得する。

「もしかして、い…」

「そこまでよマユミ」

アスカがマユミを止めた。

「それ以上言うとシンジがもてない男どもにどんな目にあわされるか分からないでしょ」

「そ、そうですね」

それでも自然にこういうことは伝わるもので女子の間で一段とシンジの人気はあがり、相対的に男子からの敵意が増加した。

「ま、シンちゃんなら大丈夫よ」

その夜、消灯後。

男子部屋は一人対大多数の枕投げ合戦場と化した。

ミサトが放っておいたこともあり戦いは夜明け前まで続いた。

翌日のバス車内、ほとんどの男子は死ぬように眠っていた。

元気なのは鍛えてあるシンジと一人ぐっすり眠っていたカヲルだけだった。

「シンジ君も災難だったね」

「カヲル君…よくあの状況で眠れるね」

さすがのシンジも十数人を相手に一晩中戦うのは億劫だったらしい。

元気なのは元気なのだが顔つきがいまいちである。

「シンジも眠たいんだったらアタシのことは気にせず寝ていいわよ」

そういって心持ち肩を寄せる。自分の肩にもたれて寝ろという意味らしい。

本当は膝枕と行きたいところなのだがさすがに狭いバスの車内だし恥ずかしい。

「ありがとうアスカ。大丈夫だよ」

「シンジくん別に遠慮しなくてもいいんじゃない?どうせ今日も眠れないんだし」

「…哀しくなること言わないで下さいよミサトさん」

眉間を押さえるシンジ。

「でも葛城さん、今日は班単位で個室ですから大丈夫じゃないですか?」

「あ、そうだっけ?」

それはそれで怖いな、と思うシンジだった。

「ま、いざとなったらあたし達の部屋に来なさい。他に女の先生いないから広いのよ。マヤもいいでしょ?」

「そうですね、シンジ君なら安心ですし」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」

「そうよ。だいたいミサトの部屋に行かせるくらいなら…」

「行かせるくらいならなに?」

素早くつっこむミサト。相変わらず機を見るに敏である。

「…う」

「ひょっとして行かせるくらいなら自分の部屋に連れ込もうってか~?」

『きゃーっ!』

ミサトの発言に女子から歓声が上がる。

「ちょ、ミサト!!」

「な~に?違った?」

「君達はどうなんだい?」

カヲルがマナ達に尋ねる。

「い、いくらなんでもそれは…」

さすがに躊躇するヒカリ。

「でもシンジなら大丈夫ね」

「そうですね、碇君なら信用できます」

マナとマユミがうなずき合う。

「ちょっとマナ、マユミ!」

「あたし別にいいわよヒカリ」

「わ、私もかまいません」

「だそうだよシンジ君、惣流さん」

「どうしろって言うんだよカヲル君」

「そーよ」

「ま、非常時の話だよ。第一、彼らがまたのぞきをしたりするかな?」

『絶対する』

「そ、そうかい」

断言されて返す言葉のないカヲルだった。

『あらあらガイドなんていなくても十分楽しんでるわね』

小声でしかも念のため英語で話すジャネット。

『…お前、仕事しろよ』

ひたすら運転手のジョニーだがそれなりに楽しいらしい。

『あらちゃんとしてるわよ。さっきからついてきてる車の特徴もメモったし』

『おやおや』

ちらりとサイドミラーに視線を向けるジョニー。

『ちゃんとバックミラーも見ときなさいよ』

『へいへい』