第六話 最後の使徒

<朝、通学路>

「おはようアスカ、碇君」

いつものように腕を組んでやってきた二人を見つけるとヒカリは言った。

正確にはアスカがシンジの腕にしがみついているという所だが。

「おはようヒカリ」

アスカは腕をほどくとヒカリの隣に並んだ。

「おはよう委員長」

シンジはそのまま二人の少し後ろにつく。

こうして学校までおしゃべりしている二人の後ろをシンジがついていくのがいつもの通学風景だ。

以前ならトウジとケンスケが一緒だったのだが二人の家はサードインパクト(その前後の戦闘)の際に木っ端みじんになって今は反対方向である。というわけで以前と違って3バカトリオそろっての登校風景が見れるのは学校近くになってからだけとなった。

これから学校までシンジは物思いにふけり、呼ばれたときだけ反応する。

最近は家でも寝るまではほとんどアスカが一緒にいるためこの間だけが一人きりの考えに没頭できる数少ない時間となっている。もっともアスカのガードも担当している以上警戒は怠ってはいない。今朝の考え事の題材はネルフの…

「あら、なにかしら?」

ヒカリの声で思考は遮断された。

視線を転じると少し先で電柱にもたれて座り込んでいる高校生らしい少年がいた。

「ウチの制服みたいね…あーっ!」

「カヲル君!?」

あわてて駆け寄る3人。

3人に気づいたカヲルは顔を上げると弱々しい声で挨拶を言った。

「…やあ、おはようシンジ君。君にこんな朝早くから会えるとは幸福の極みだね。生の充実を覚えるよ」

そうしてカヲルは弱弱しく手を挙げた。

「あいかわらず訳分かんないこと言ってるわね」

渚カヲル。あくまでマイペースを崩さない少年であった。

「どうしたの、こんなところで?」

シンジが当然の質問をする。

(保安部の人達はいるようだし、非常事態というわけじゃないみたいだけど…)

「いい質問だね。昨日、学校に遅刻してしまったのでね。今日はちゃんと時間前に入ろうと思って2時間前に家を出たんだけど、なかなか学校にたどり着けなくてね。おまけになんだか力が入らないからこの辺で少し休憩をと思ったわけさ」

あくまで笑顔を崩さないカヲル。

「に、2時間前…」

あんたバカ、と顔に書いてあるアスカ。

「と、とにかく学校へ連れていきましょう、碇君」

「うん。ほらカヲル君つかまって」

歩きながらアスカが感想を述べる。

「…つまり方向音痴というわけね。しかも超がつく」

「アスカ!」

ヒカリがたしなめる。

「事実でしょ」

「面目ないね。なにぶん出歩かない生活が長くてね。慣れない町並だとすぐ迷うんだ」

「じゃ、カヲル君ここにきてからずっと?」

「ああ、引っ越してきた日もマナにお茶をごちそうになった後散歩に出たんだけど帰ってきたときには日付が変わろうとしていたよ」

「冗談じゃないところがすごいわね…」

だが、すごいのはそれだけではなかった。

<始業前、保健室>

「「「栄養失調~!?」」」

保健医の診断を聞いて3人は驚かざるを得なかった。

「ま、そういうと大げさだけど。君、最後に食事をとったのはいつ?」

「確か冷蔵庫にはミネラルウォーターしか入ってなかったからマナにごちそうしてもらったお茶菓子が最後かな?」

「何よそれ!信じらんない!」

「…よくカヲル君お腹空かないね」

(…なんか妙なところだけ綾波と似てるなぁ)

「それは確かに倒れるわね」

ヒカリもさすがに呆れている。

アスカはしばらく逡巡していたが意を決すると鞄を開く。

「…しょうがないわね、はい」

「え、アスカ?」

アスカが鞄から取り出したのはシンジの弁当箱だった。

「シンジの考えることぐらいお見通しよ。どうせ自分の分は無くてもいいからこいつに食わせろっていうんでしょ?」

「う、うん」

(…どうしてわかったんだろう?女の勘とかいうものだろうか?)

「今回だけ特別よ。そのかわり!」

「な、なに?」

「そ、その、お昼は私のお弁当を二人で食べるのよ…」

途端に声が小さくなるアスカ。

「う、うん」

「あ、アスカ赤くなってる」

「ヒカリ!」

「はいはい。じゃ渚君、私たち先行くから…」

振り返ったヒカリが固まる。

「ふぇ(えっ)?」

既に口一杯に食べ物を詰めて頬張っているカヲル。

「あんたって奴はーっ!!アタシがシンジのために愛情を込めて作ったお弁当をーっ!!」

「あ、アスカ落ち着いて!カヲル君は一応病人なんだから!!」

「そ、そうよアスカ!!」

懸命にアスカを制止するシンジとヒカリ。

「放してーっ!!こんなやつにシンジのお弁当をーっ!!」

「いやー実においしいよ。こんなお弁当を毎日食べれるなんてシンジ君は幸せだね」

「カヲル君お願いだから油を注がないで!!」


<HR後、教室>

「…というわけでマナにお願いがあるんだ」

シンジは朝の出来事を説明した後、マナに切り出した。

「しょうがないですね、他ならぬシンジの頼みだし」

「え、僕まだ何も言ってないけど?」

「カヲルがまともに通学できるようになるまで一緒に登校してほしい、でしょ?」

「うん、そうなんだけど…どうしてわかったの?」

(アスカといいマナといい不思議だ)

成長していてもどこか抜けているシンジであった。

「センセは人がええからな」

「シンジの考えそうなことぐらい誰でもわかるわよ」

「でも、碇君って友達思いなんですね」

「そんなことないよ山岸さん」

「でも碇君のことだから食料の買い出しとか手伝うつもりなんでしょう?」

「う、うん」

(…山岸さんにまで読まれている。うーん)

未だに自分が本質的にお人好しということに気がつかないシンジ。

「やっぱり優しいのよ」

「そ、そうかな?あ、アスカ、ごめんそういうことだから…」

「そういうことだから放課後一緒に帰れない、でしょ。いいわアタシもつきあったげる。本当に馬鹿みたいに人がいいんだから」

「ありがとうアスカ」

「ま、そーいうところがシンジらしいっていうかなんていうか。だから私も…」

「だからなーにアスカ?」

マナが突っ込む。

「う、うるさいわねマナこそどうするのよ?」

「ま、仕方ないわね。毒を食らわば皿まで。付き合います」

「ありがとう、アスカ、マナ」

そういってシンジは極上の笑顔になった。

「「うっ」」

思わず動きを止める二人。

(…あ、あいかわらずね。じきに耐性が出来るかと思ったけど日々強力になっていくわ)

(…し、心臓に悪いわ、シンジの笑顔は)

シンジは気づかずにこにこしている。

その頃事の張本人は保健室ですやすやと眠っていた。