『回線復帰、映像入ります』
『おぉ…』
自然に感嘆の声をもらす一同。
メインスクリーンには先ほどの巨人と似ていながらも、別次元の神々しさを放つ白い巨人が翼を開いて立っていた。
「目標は完全に消滅。痕跡、確認できません」
「エヴァ七号機各部正常。損害ありません」
「第一目標並びに各部隊への被害ゼロ」
「敵残存部隊が投降を始めています」
「投降を認めます。以後、エヴァ七号機並びに第一目標以外への対処権限をドイツ支部へ移行。パイロットに帰投命令を」
そういってから司令塔を振り返る。
「本日1000をもって本作戦の終了を宣言します!」
「…ご苦労だった」
司令席がゆっくりと降下していく。
「シンジ君本部へ帰投してくれ」
日向からの通信が入る。
「…あ、わかりました」
そういいながらも視線が周囲をさまよう。
エヴァの周囲には人影は無い。
「シンジくん、彼の輸送はUNが護衛してくれる、心配ない」
加持が横から言った。
「…そうですね」
(人は自分にできることをやる、それだけ…)
「帰投します」
大きく翼を羽ばたかせると七号機は空に昇った。
「ところでリツコ。シンジくんはどんなふうに敵を倒したの?まさに瞬殺だったけど」
ひとまず落ち着いて手が空いたミサトはリツコに尋ねた。
「七号機のレコーダから送られて来た記録からすると、まず目標をATフィールドで拘束。
動きを止めた上で落下のエネルギーをそのまま乗せて敵ATフィールドを破って目標に体当たり。
最終的にはATフィールドによる剣か槍の様なものがコアを直撃したと思われるわ。
コアの爆発で敵は完全に消滅」
「コアが爆発した割にはやけに被害が少なかったんじゃない?」
「シンジくんのATフィールドならそもそも上空からでも一刺しで敵を倒せるわ。それなのにここまで手間をかけたのは、更に敵の外側を内向きのATフィールドで囲って爆発の被害を抑えるためよ。力の大部分はそれに注いだのね」
「なーる」
「さすがはシンジくんと言うところか」
「だってシンジくんだもん」
うれしそうに加持に言うミサト。
「そんな簡単な事じゃないわ」
リツコは厳しい表情を浮かべる。
「相手は量産型のエヴァシリーズ。知っての通り、私たちがサードインパクト後に回収できたエヴァシリーズは伍号機から八号機までの計4体のみ。でも後の5体も残っていた可能性は高いわ。その内の1体だったんでしょうね。便宜上九号機としておきましょうか」
「それで?」
加持が促す。
「知っての通りエヴァシリーズにはS2機関が搭載され、また、驚異的な自己修復能力があると推測されるわ」
「確かにアスカにこてんぱんにやられたくせにあっという間に再起動したわね」
記録を思い出し爪を噛むミサト。
「ダミープラグの性能がどの程度かはわからないけど格闘戦では長引くおそれがあるわ。また、敵は自己修復できるかもしれないけど自分も修復できるとは限らない」
「………」
「シンジくんは良くも悪くも初号機での戦いに慣れているわ。だから急には七号機に合わせられない。機体の能力で言えば圧倒的に初号機の方が上だもの」
「なるほど、ATフィールドに始まって、シンジくんについてこれるか、シンジくんの望むとおりに動けるか、わからないというわけね」
「だから、シンジくんは短時間で片を付けるために一撃で仕留めるしかなかったのよ。そのための方法は二つ。コアを破壊するか、エントリープラグを破壊するか」
「なーる。プラグは外からは狙いづらいし、しくじれば逆にコアにあたって爆発したり、どちらも外して反撃を受ける」
「ならば、最初から爆発することを想定し周囲を囲った上でコアを狙う、というわけか」
「そう、その上で七号機で出せる力の限界を推測しATフィールドを使ったというわけ」
「やれやれ、こりゃ大変だ」
「実際、本格的な格闘をやったことがないから不明だけどMAGIの概算では量産機ではアスカの動きはなんとかサポートできても、それ以上は無理だという予測が出てるわ」
「シンジくんの通常の動きはサポートできても…」
ときたまシンジと初号機が見せた異常なまでの動きを量産機ではサポートはしきれない…
「ま、相手が一体ならここに攻めてきたって袋叩きにするだけよ」
相手がエヴァでも使徒でもミサトの口調に変わりはない。なんであろうと叩きつぶすのみ。
「それにしても圧倒的な力の差ですね」
そういいながらマヤが仮の報告書を提出する。
一読して眉をひそめるリツコ。
「どったの?」
「0.2秒だけどシンクロ率が200%を越えてたの」
「………」
ミサトも顔をしかめる。
「大丈夫さ、初号機ならいざ知らず量産機なんかに飲み込まれるシンジくんじゃないさ」
「あんたって本当にお気楽ね~」
「ま、一理あるわね。あまり深刻ぶるのはよしましょう。マヤ、しばらく頼めるかしら?」
「はい、先輩」
そういってリツコは出ていく。もちろんレイの様子を見るためだ。
「葛城も一度帰ったらどうだ。シンジくんなら心配ないと思うが」
「うーん、あたしもそう思うんだけどね。一人で帰るとアスカに何言われるか」
「おやおや葛城もアスカには形無しか」
「最近のアスカって妙に鋭いし、察しもいいし、嘘がつけないのよね~」
「葛城さんみたいですね」
自席から青葉が言った。
「そういえば最近似てきましたね」
日向も追い打ちを駆ける。
「十年後には葛城さんの後を継いでたりして」
「あははは、まーさーかー」
マヤの言葉に乾いた笑いで答えるミサト。
(…シンちゃんが総司令になったらありうるわね~)
「フンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフーフフン♪」
少年は腕を頭の後ろに回し長い足を組んでメロディーを口ずさんでいた。
「しかしいい度胸してるわね~」
同じ車内には完全武装の兵士が1小隊いかつい顔を突き合わせて乗っている。
「一つ聞いていいかい?」
比較的まともな顔のジョニーが口を開く。
「どうぞ」
「ダミーが不完全ならなんでボーイを乗せなかったんだ?」
「もちろん僕が拒否したからです。命令に従わないとわかっているパイロットを使う人はいないでしょう?」
少年はこともなげに言った。
「あなたはなぜ拒否したの?」
「僕はシンジ君と戦うつもりはないですからね。たとえ殺されても」
断言されてジョニー達は黙り込んだ。
「あー早くシンジ君に会いたいな~」
少年は実に楽しそうである。
「シンジって男にももてるのね」
「確かそっちの気は無かったはずだが…」
ちなみにそっちの気を起こしてシンジに近づいた数名は再起不能になって病院に送られた。
「…というわけでどうやら情報をリークしたのは彼本人のようですね」
加持が報告書を差し出し言った。
「………」
ゲンドウは無言で報告書を見る。
「おそらくシンジくんが日本に帰ったという情報を聞いて行動を起こしたんでしょう」
「目的はなんだね?」
冬月が尋ねる。
「おそらくは自分の身柄をネルフに委ねるため。一種の亡命ですかね?」
そういいながらデスクに手をつきゲンドウを見る。
「そして、シンジくんのそばに近づくため…」
「赤木博士の見解は?」
ゲンドウが促す。
「現段階において彼は人間であるとMAGIも判断しています。レイと同様に」
「………」
「おそらく彼は昔のレイと同様にシンジくんのそばにいることに安らぎを見いだしているのかも知れません。もし使徒であっても理解し受け止めてくれるだろうシンジくんに。
使徒であったときの行動からもレイ同様自分よりシンジくんの存在を重要視していると考えられます」
「…だからこそ今の世界がある」
ゲンドウが重々しく言った。
「彼がシンジくんに敵対する可能性は極めて低いとMAGIは判断しています。ならば、エヴァを起動できるパイロットを確保するのは当然の選択だと判断します」
「だが、万が一彼が十七ないし十九番目の使徒だとしたら?」
冬月が反問する。
「もしそうならシンジが処理する。問題ない」
ゲンドウが断言した。
「…お前がそう言うのなら、よかろう」
冬月が頷き、方針は決した。
「渚カヲルをフィフスチルドレンとして再登録。後の処置は赤木博士に一任する」
「了解しました」
「フィフスがシンジ君と接触するのはいつ頃かね?」
「本日の午後には」
<ネルフ本部発着場>
VTOLのエンジンが停止すると心地よい風がそよぎカヲルの髪を揺らした。
秋風とはまだ言えないがどこか季節を感じさせる風だった。
「リリスの癒しは世界に満ちているね。この常夏の国にもやがては四季が帰ってくる。心地よい風は身体だけでなく心も癒してくれる。そうは感じないかい碇シンジ君?」
そう言うと少し離れた所にたたずむ少年を見つめた。
お互い昔とは背格好も変わったが本質的な部分は変わらない。
「………」
シンジが目で合図すると、ジョニーとジャネットは先に車に向かった。
運転席では加持が興味深くシンジ達を見ている。
「もしかすると僕たちの再会を祝ってくれているのかも知れないね」
そう言ってカヲルは風が吹いてくる箱根の山並みを見る。シンジも同じ方向を見てうなずいた。
「…そうだね」
「…カヲル君」
シンジが口を開こうとするとカヲルが遮った。
「シンジ君。もし謝罪の言葉なら謹んで辞退するよ。僕はそんなものが聞きたくてここに来たんじゃないからね」
「でも、カヲル君!」
「シンジ君が変わらないのは僕にとっても喜びだけどその先を聞いてしまうと僕は君を責めなければならない。そんなのは願い下げだよ」
そう言ってカヲルは目を閉じる。
「………」
「だが、君が自分をどうしても許せないと言うなら………僕が、君に、罰を与えよう。
それでどうだい?」
シンジはしばらく考えてからうなずいた。
「罰を受けるよ、カヲル君が決めた…」
「…じゃあ判決を告げよう」
「………」
「まず僕を殺し、罪の意識に苦しむこと」
「!?」
「自分の行いを悔い、世界そのものに絶望し、己というものを嫌悪し、
…そして、その後にその全てを、乗り越えること」
「………」
カヲルは目を開いた。
「それが僕が君に与える罰だ」
「………」
「…ああ、でも困ったな。
これは全て既にシンジ君が自発的に行ってしまった後だね。
仕方がないから今回は帳消しということにしよう」
カヲルはシンジに向かって微笑んだ。
「………ありがとうカヲル君」
シンジは震える声で言った。
ぎゅっと拳を握りしめる。
「どういたしまして」
再び目を閉じ風を感じるカヲル。
「…言ってみれば僕とリリスは同じさ」
「?」
「自分の思うとおりに行動するというところがね…彼女と僕はよく似ている…リリスは君の望むとおりにサードインパクトを起こし、今もその魂は世界を癒そうとしている…彼女は不幸だと思うかい?」
「違う!そんなことを言ったら綾波を悲しませるだけだ!」
シンジはきっぱりと否定した。
「そうだね。彼女は君の望みを叶えることが出来てきっと幸せだ、愛するシンジ君のね」
「………」
「僕も同じだ。僕は間違ったことをしたとは思わないし、もしもう一度同じ状況になったなら同じ事を繰り返すだろう。
言っただろう?僕にとってシンジ君が生きることの方が大事なのさ」
「カヲル君…」
「リリスは自らの魂をこの世界を癒す為に捧げ、リリンとしての魂はシンジ君のそばにいることを望んだ。その結果として新しい人生を歩もうとしている」
「………」
「だが、僕の魂は以前のまま。第十七使徒のままだ。あのとき僕の魂は消滅したはずだった。だが、サードインパクトの後、僕は予備の肉体のなかにいた。この身体にね」
そういって太陽に手をかざす。
「リリスは僕が記憶を持ったままリリンとして生きることを願った。そこにどんな意味があるのかまだ僕にもわからない。ただ、僕が望むとおりに生きることを願っていると僕は思っている。
…彼女と僕の望みは同じだ、シンジ君」
「?」
「君にまた会えて嬉しいよ、碇シンジ君」
「…僕も嬉しいよ、カヲル君」
「ふふ、ありがとう」
「やれやれシンジくんも大変だな」
シンジとカヲルが車に乗ると加持が言った。
「どういう意味ですか?」
「もてる男はつらいってことさ」
そう言ってカヲルはシンジの肩に手を回す。
「カ、カヲル君?」
「前にも言ったろう?好意に値するよ、好きってことさ」
「ははは、アスカに聞かせてやりたいね」
「加持さん!恐ろしいことを言わないで下さい!!」
「さっさと帰った方がいいぞ。心配してたからな」
「あなたが加持リョウジさんですね」
「おや、俺の名前を知ってるとは光栄だな」
相変わらずの調子で答える加持。
「有名ですからね、あなたの名前を聞くとみんな震え上がっていましたよ」
「おやおや、それはそれは。ま、よろしく頼むよ渚君」
「カヲルで構いませんよ。シンジ君の大事な人なら、僕にとっても大事ですからね」
カヲルの笑顔には罪がない。
「ははは、葛城にも聞かせてやりたいね」
「そうそう僕の予備はアメリカにまだ2体あるはずですから処理しておいて下さい」
さらっと流すカヲル。
車中に静かに緊張が走る。
「情報はありがたくもらっておくが…いいのかい?」
それでもいつもと同じ声で加持は聞いた。
「ええ、僕にとって重要なのは今シンジ君にふれているこの身体だけですから」
「いやーシンジくん。もてるね~」
「加持さん!」
「照れなくてもいいじゃないかシンジ君」
「カヲル君!!」
「………」
リツコは映像を切った。ミサトがほっと息をつく。
「やっぱり怖かった?」
「あったりまえでしょ。ま、良かったけどね。シンジくんが落ち込んだりせずにすんで…ところでリツコ」
あらたまるミサトにリツコは望み通りの答えを返す。
「録画なら心配無用よ」
途端に二人の顔がにやにや笑いに変わる。
「さっすがリツコ。いやーこれはいいわね。美少年が二人!絵になるわ~」
「シンジくんの結婚式で再生しようかしら」
「それはいいわね~きっと血の雨が降るわよ」
「フィフスもあなたのクラスに編入させるからよろしくね」
「まっかせなさい!こんなおもしろいもん他の奴にはまかせられないわ」
<葛城家玄関前>
「…シンジくん、開けなさいよ」
「…ミサトさんこそ開けて下さいよ」
二人はドアの前で立ち往生していた。
今日は日曜だから学校はない。
アスカがじっと待っているだろう事は想像に難くない。
「…じゃ、二人で開けましょう」
「…そうですね」
息を吸い込んで一二の三でドアを開ける。
「「ただ…」」
開いた口が途中でとまる。
開いたドアの向こうにアスカがうつむいて立っていた。
「た、ただいま」
「ただいまアスカ…」
何とか声を絞り出す二人。
「………お帰り」
そう言うとアスカはシンジの胸に顔を埋めた。
「ア、アスカ?」
「もう少しこのまま…」
そう言ってアスカは小さく身体をふるわせた。
「アスカ…」
シンジはアスカの身体に両腕を回すと抱きしめた。
暖かい感触にアスカは更に強く頭を押しつけた。
アスカの髪を撫でるシンジ。
ミサトは二人を優しく見つめた。
<ネルフ官舎>
「ここが君の部屋だ。必要な物は大体そろっていると思うが何かあったら言ってくれ」
カヲルに鍵を渡しながら加持が言った。
「ええ、ご面倒をかけます」
「いや。じゃ、またな」
加持を見送るとカヲルは辺りを見回した。
一見普通のマンションだが各種警備体制が整っているはずだ。
「おや?」
ふと、隣の部屋を見るとドアの前に荷物が山積みになっている。
なにげなく見ているとドアが開き、健康的な肌の少女が出てきて段ボール箱を持ち上げた。
「やあ、よかったら手伝おうか?」
「え?」
少女は怪訝そうな声を上げた。
霧島マナ。只今引っ越しの真っ最中であった。
「本当にありがとう。助かったわ」
前を歩きながらマナが言った。
「どういたしまして。僕も一度引っ越しというものをやってみたくてね」
段ボール越しにカヲルが言った。
「え、ついさっき越してきたって言わなかった?」
「引っ越し会社が優秀でね。何もすることがなかったんだ」
「へえーいいわね」
一通り荷物を運び込むとマナがお茶を入れた。
湯飲みを受け取り香りをかいだカヲルが呟く。
「日本茶はいいね。リリンの生み出した文化の極みだ。紅茶もいいけどやっぱりこれに限るよ」
「あら渚君、ひょっとして外国帰り?」
(…リリンって何かしら?)
「ああ、先日までドイツの方にいてね」
「へえ私の友達にもドイツ育ちの子がいるわよ。他にも少し前にアメリカから一人帰ってきたし」
「それは奇遇だね。僕の友人も少し前にアメリカから日本に帰ってきたそうだよ」
「世界って案外せまいのね」
…確かに狭い。
「同感だね。そういえば君は一人暮らしなのかい?まだ学生に見えるけど」
「う、うん。いろいろあってね。渚君は?」
「僕は生まれた時から独り身だよ。ま、孤児のようなものさ」
「へー結構私と似てるのね。私も孤児院みたいなところで育ったの」
お互い嘘はついていない…それでも二人の間にはかなりの格差がある。
「そうかい。ところで僕のことはカヲルと呼んでもらって構わないよ。たぶん歳も同じくらいだと思うけど?」
「え、いくつ?」
「16だよ」
「同い年じゃない。…わかったわ、これも何かの縁だものね。私もマナでいいわ。よろしくカヲル」
「こちらこそ」
こうして二人は友人としての第一歩を踏み出した。
「しかし、女性だからというわけではないけど一人暮らしはやめた方がいいね。リリン、あ、いや人は一人では生きていけないからね」
「…うん。私も何年か前からそう思ってる。でも、学校へ行けば友達もいるしね。私、結構しぶといんです」
片腕を持ち上げてガッツポーズをつくるマナ。
「友人、フレンドがいるということは幸せにつながる、いいことだよ。
…僕にも大好きな人がいる。だから生きている、生きていけるのだと思う。
…マナのおかげで友達が増えて僕は幸せだよ」
「…カヲルってなんだか仰々しいのね。もっと普通にしゃべれない?」
「その言葉、深く心に刻んでおくよ」
「だからそういう言い回しよ」
そうして二人は声を上げて笑った。
「で、その馬鹿は今どこ!?」
ミサトは携帯に怒鳴った。
「か、葛城さん」
ミサトがなだめすかしつつ、周囲に頭を下げるマヤ。
(…何も職員室で怒鳴らなくたって)
『心配しなくてもそのうち学校にたどり着くわ』
「転校早々、遅刻たぁいい度胸ね!」
『…遅刻常習犯のミサトからそんな言葉が聞けるとは思わなかったわ』
「ぐっ」
というような会話をリツコとしていたため不機嫌なミサトであった。
「というわけで5時限目になっちゃったけど、初日から遅刻してくるナイスな転校生を紹介するわ。入ってきなさい!」
やけに細い印象を受けるこれまた美少年が入ってくる。
教室はシンジが転校してきた日とまったく同じ惨状と化した。
「あーーーーっ!!!」
マナが立ち上がってカヲルを指さす。カヲルもマナに気づいて
「やあ奇遇だねマナ。君もシンジ君と同じクラスだったのかい?」
『マナ?』
『シンジ君?』
クラス中の視線が、座席が近いためちょうど一度に見れる二人に集中する。
「おはようシンジ君。いい朝だね」
にこやかに手を振るカヲル。
その笑顔に女子が歓声をあげる。
シンジは軽く手を振って答えた。
(…もう昼過ぎよ、たくっ)
ミサトは顔をひくつかせた、
「なに、マナもシンジもあの転校生と知り合いなの?」
「う、うん。でもマナとカヲル君が知り合いだとは思わなかったな」
「あたしもシンジとカヲルが知り合いだとは思わなかったわ」
とりあえず落ち着いて席に着くマナ。
それを確認してミサトはカヲルに自己紹介を促した。
「初めまして渚カヲルといいます。先日までヨーロッパにいましたがゆえあってこちらに越してきました。いたらない所もあるかも知れないけどよろしくお願いするよ」
「もうついでだから5時限目は質問タイムにするわ。何か聞きたいことがあったら手を挙げてね」
もはや授業をやる気が失せているミサト。
「はーい、マナとはどういう関係ですか~?」
素早く手を挙げるアスカ。
「ア、アスカ!?」
「いーじゃない、別に」
たまにはからかい返したいアスカであった。
「マナとはお隣さんだよ。たまたま同じ日に越してきたので少しばかりお手伝いをさせてもらってね」
「あ、なるほど」
(…どっちもネルフの官舎ということか、でも出来過ぎの気もするな)
(…どーせリツコあたりの差し金ね)
シンジとミサトの推測は的を射ていた。
「彼女いますか~?」
「ひょっとしてドイツにおいてきたとか?」
女子の質問攻勢が続く。
「残念ながら女性とつきあった経験はないよ。たぶんもてないんだね」
『うっそー!?』という声が響く。
「そのかわりといっては何だけど、好きな人はいます」
『えー!!』
(…悪寒がする)
シンジの第六感は訓練とそれに勝る実戦経験で鍛え上げられていた。
が、わかっていても避けられない事は存在する。
たとえば砂漠のど真ん中で大型の弾道弾を撃ち込まれてかわせと言っても無茶だ。
ろくな目に遭わないという点では今の状況と大差ない。
「後ろの方に座っている碇シンジ君が僕の好きな人です」
一瞬、ぴしっという音がするくらい教室が固まった。
ミサトの顔も引きつった。
カヲルだけが一人にこにこ笑っていた。
そして、静寂の後に訪れたのはやはり嵐だった。
「ちょっと!どういう事よシンジ!!あんたいつからそんな趣味に走ったのよ!?」
「く、苦しいよアスカ!だいたいそんな趣味ってどんな趣味だよ!?」
予想していたとはいえ首を締め上げられ息も絶え絶えになるシンジ。
(…い、今のはかわせなかった)
「シンジ、お前がそないな男やとは思わんかったぞ!!」
「惣流や霧島だけじゃ飽きたらず男にまで手を出すのか!!」
「ちょっ相田君!その霧島ってのは何よ!?
カヲル!あんたもいきなり爆弾発言するんじゃないわよ!」
「あれ、何か変なこと言ったかい?」
「不潔よ!不潔よ!碇君不潔よ!碇君はまじめな人だと思っていたのに!!!」
「ご、誤解だよ委員長…ぐえっ」
「よそ見してんじゃないわよ!!一体あいつとどういう関係よ!?」
「素敵…ポッ」
「こらマユミ!なに遠い目してんのよ!!ますますややこしくなるじゃない!!」
「シンジは惣流一筋のええ奴やったのに、いったい何があったんや」
「と、トウジ、何も泣かなくても…」
「トウジ、諦めよう僕たちの知っていたシンジはもういないんだ」
「う、う、ひどいわひどいわ碇君」
「ケンスケ!…委員長まで泣かないでよ」
「アスカかわいそー」
「碇君てそういう趣味だったのかしら」
「でも、どっちかっていうと受けの方よね」
「あらそうでもないわよ。碇君って案外しっかりしてるし」
「でも、絵になるわよね~あの二人だと」
「うん。そういう趣味があっても許しちゃうかも」
「あーそこそこ不穏当な会話は慎みなさい」
そういいながらミサトも楽しそうに聞いている。
その前をすたすたとカヲルが歩いていく。
「ちょっ渚…」
カヲルはシンジを締め上げているアスカの横に立つと話しかけた。
「惣流・アスカ・ラングレーさんだね」
「…だったら何よ」
カヲルをにらみつけるアスカ。
「なーとめたほうがええんとちゃうか?」
「これは血を見るね」
「ちょっと二人とも」
「アスカさんて格闘技の訓練受けてるんですよね?」
マユミがぐっと拳を握って言った。
「何を考えてるのよ」
マナが呆れて言った。
「カ…カヲル君?」
締め上げられたままのシンジに微笑んだ後カヲルは口を開いた。
「惣流さん、君は…」
「何よ文句でもあるの?」
シンジを放して戦闘態勢をとるアスカ。
さすがにまずいとミサトが腰を浮かす。
「…君はシンジ君に世界中の誰よりも愛されている。そうだね?」
「!?」
「カ、カヲル君!?」
瞬時に真っ赤になる二人。クラスがどよどよとどよめく。
「シンジ君は君のためならいつでも死ねるくらい深く深く君を愛している」
「な…な…」
返す言葉が見つからず慌てふためくアスカ。
「そして君も同じくらいシンジ君を愛している…違うかい?」
(…おーおー言うわ。こりゃリツコにも見せてあげたいわね~)
ミサトは高みの見物を決め込んだ。
返事もできないアスカは視線をさまよわせ、例によってシンジと視線を合わせて二人して頭から湯気を上げる。
「君たちの絆を邪魔できるものはなにもない。もちろん僕にもね。だから何も心配することはないんだよ。ただ良かったら僕にもシンジ君を好きでいさせてくれないかな?」
「な、なんでアタシに…」
「もちろん、君がOKといえば他の誰も文句は言わないからさ。それにシンジ君の愛は確かに君のものだけどシンジ君を独占するのは世界でもっとも罪深いことだよ。そうは思わないかい?」
ひたすらにこにこ笑って言うカヲル。本心から言っているだけにたちが悪い。
「どーするアスカ?」
ここぞとばかりにミサト。
「ミ、ミサト!?」
「何も難しく考えなくてもいいじゃない。シンちゃんの愛はアスカのものだってわかってるけどシンちゃんを好きでいてもいいわよねってだけじゃない。ね、シンちゃん」
「ね、と言われても困るんですが…」
心底困った顔で答えるシンジ。
「そ、そーよ」
「じゃ、いいかい?」
「じゃ、じゃないわよ…それにこれはシンジに聞くことでしょ!」
「そうなのかいシンジ君?」
「そ、そうなのかな?うっ」
一同の視線がシンジに集中する。
一部の視線には殺気がこもっている気もするが。
シンジは深呼吸をすると精神を切り替えた。顔つきが真剣になり気迫がこもる。
まるで別人のようになって立ち上がったシンジを見て思わずアスカは胸がときめいた。
(…ちょ、なによこの動悸は。それにしてもさっきと違って別人みたいね格好いい…はっ)
「カヲル君」
「何だい?」
「…カヲル君が言ったように僕はアスカを愛しているし世界中の誰よりも大事に思っている」
そう言ってアスカを見る。
すでにアスカはゆでダコと化している。
「うん」
「でも、僕は他にも大事な人、好きな人がいる。ミサトさんや加持さん。父さんやリツコさん、レイ。トウジ達クラスのみんな。ネルフのみんな。みんな好きだし守りたい大事な人たちなんだ」
「シンジ…」
トウジが呟く。
ミサトも嬉しそうにシンジを見ている。
「カヲル君も同じだよ。僕の大事な大事な友達。それでいいかい?」
「そうだね。シンジ君のそういうところは僕も好きだよ。
もちろんオーケーさ。これからもよろしくたのむよシンジ君」
そういって手を出す。
シンジも握り返す。
「うん」
パチパチパチ
マユミが感動して手を叩く。
するとすぐにクラス中から大きな拍手が送られた。
はじめとはうってかわって感動的な結末にミサトも機嫌を良くする。
「よーし、それじゃみんな仲良くやってね。渚君の席は霧島さんの隣よ。よろしくね~」
「あ、はい」
「よろしくたのむよ、マナ」
「…まったく学校でまで隣とは余程縁があるのね」
「ちがいないね」
尚、シンジの言葉で舞い上がったアスカは日暮れまで現実世界に復帰できなかった。
チルドレンのお部屋 -その5-
アスカ「それにしても危ない奴だったわね……」
シンジ「あ、カヲル君のこと?」
アスカ「話には聞いていたけどあんなにすごいとは思わなかったわ。気をつけるのよシンジ」
シンジ「う、うん」(何をどう気をつけるんだろう?)
レイ 「…………」
アスカ「ファースト? 何やってるの?」
レイ 「……お茶をたててるの」 シャカシャカシャカ
シンジ「綾波って茶道の心得があったの?」
レイ 「……本を読んだの……はい」(茶碗を置く)
カヲル「ありがとう、リリス」
アスカ「あんたいつからいたのよ!?」
カヲル「最初からいたけど?」
シンジ「き、気がつかなかった……」
カヲル「ATフィールドを張っていたからね。うん? どうしたんだいリリス?」
レイ 「……私はリリスじゃないわ」(微動だにせず答えるレイ)
カヲル「ああそうだったね、これは失敬」(お茶をいただくカヲル)
アスカ「……なんだか寒気がするわね」
カヲル「うーん、やっぱりお茶はいいね。リリンの生み出した文化の極みだ」
アスカ「あんた何でもかんでもそう言ってない!?」
カヲル「そうかなシンジ君?」
シンジ「う、うん。たぶん言ってると思う」
アスカ「まあ今回に限っては、あってるかもしれないけど……ちょっとどうしたのよ?」
突如倒れて意識を失うカヲル。
シンジ「カ、カヲル君!?」
レイ 「……大丈夫よ碇くん。赤木博士にもらった薬を盛っただけだから」
シンジ(あ、綾波って……)
アスカ(ファ、ファーストって……)
つづく
予告
ヒト、それは18番目の使徒
全ての使徒を倒し生にしがみつくリリン
渚カヲルはヒトに何を見たのか?
高校生活をはじめた人間としてのカヲル
彼の出現はいくつもの謎を人々に与えていく
それは彼の意志なのか
それともヒトの意志なのか
マナはそんなカヲルに複雑な思いを覚えるのだった
次回、新世界エヴァンゲリオン
第六話 最後の使徒
みんなで見てね!