第伍話 五人目の適格者

<ネルフ本部テストルーム管制室>

「プラグ深度更に沈降します」

防壁ガラスの向こうにはLCLに浸かったシミュレーションプラグが並んでいる。

今では2週間毎となった定期シンクロテストの最中である。

「調子はどう?」

リツコの入れたコーヒーを飲みながらミサトが聞いた。

「いい調子よ。鈴原君は48%、アスカは70%。ハーモニクスも正常値だわ」

「へぇアスカ絶好調じゃない」

そういって同じ様にコーヒーを飲んでいるシンジを振り返る。

「何ですか?」

少しむっとした様子でシンジが答える。

シンジはまだプラグスーツが出来ていないので今日は見学である。

リツコのことだからプラグスーツをあれこれ改造してんのよ、とはミサトの談だ。

「わかってるくせにぃ~」

このこの、とシンジを肘でつつく。

やれやれと思いながらリツコはもう一人の方を見た。

その少女、霧島マナはファイルを読みながらう~んう~んとうなっている。

先日の一件…それだけで片付けるには公私に渡っていろいろとあったのだが。

(…そう、それはもう本当にいろいろとね)

ミサトはコーヒーをもう一口すする。

マナの顔にはもう涙の跡は残っていない。

(…シンジくんがいてくれて本当によかったわね)

以後、マナは技術部預かりの見習い職員としてネルフに移籍していた。

まあさすがに今は単なる見学者でしかないが。

「何、霧島さん?」

ちなみに同じ職場にマヤとマナでは紛らわしいということでミサトとリツコは霧島さんと呼ぶことで意見の合致を見た。

「あ、はい赤木博士」

「何かわからないところがあるのならどんどん質問しなさい」

教師のように話すリツコ。

(…わかんないことばかりです、え~ん)

と泣きたいマナであった。

「その、適格者でなければエヴァンゲリオンが起動しないことはわかりましたがこのシンクロ率というのはそんなに重要なのですか?起動すればエヴァンゲリオンの性能自体に差は無いと思うのですが。それにシンクロ率は同じパイロットでも大きく変動してるみたいですし…」

マナに渡したのはリツコが即興で作った初歩の用語集とでもいったものである。

そのためマナの様な質問は当然である。

もっともそれにしたって高度な教育を受けていなければ理解できないが。

わざわざ複雑な言い回しを使ってんのよ、とは同じくミサトの談だ。

「そうね」

リツコはしばし考え込む。

「…例えば、エヴァを起動することだけなら世界中に何人も候補者がいるわ。

でも、それではエヴァを歩かせるのが精一杯というところ」

「………」

「鈴原君ぐらいのシンクロ率が出て初めて高度な作業ができるの。

だから鈴原君がいればそんな動けるだけのエヴァなんて何体あっても敵じゃないわ」

「はぁ」

「次にアスカと鈴原君のシンクロ率の差だけど、シンクロ率はエヴァの全ての動きに関係するの。射撃を例に取ると、命中率だけを考慮すればこのシンクロ率の差から言って二人がライフルで撃ち合えば、アスカの弾は当たるけど鈴原君の弾は外れてアスカの勝ちというところね。

もっとも高すぎるシンクロ率にはいろいろと悪影響もあるのだけれど」

そう言ってちらりとシンジの方を見るとシンジが肩をすくめた。

「悪影響といいますと?」

「エヴァとシンクロすればするほどパイロットはエヴァと感覚を共有するの。

たとえばエヴァが殴られたらパイロットも殴られたように感じる。

当然、シンクロ率が高ければ高いほど痛みは本物に近いわ。

シンクロ率が高い方が戦闘には有利だけどその代わりにパイロットへのダメージも馬鹿にならない。これも一種のジレンマね」

「なるほど」

実際はそれだけではないのだがひとまず納得するマナ。

「最後にシンクロ率の変動ね。

確かに精神的なコンディションによって個人のシンクロ率は大きく変動するわ。

最近のアスカのデータ傾向からすると今回の数値はとても良好な成績ね。

だけどこれはたぶんシンジくんのせいよ」

「けほっ!けほっ!」

コーヒーを飲んでいたシンジがむせ返る。

それを見てふふっと笑い合うリツコとマナ。

「でもね、絶対的な実力差というのは存在するのよ」

「絶対的な実力差…ですか?」

「実例を見せてあげるわ…シンジくん」

「はい?」

「頼めるかしら?」

そういいながらインタフェースヘッドコネクタを白衣から取り出す。

「…わかりました」

シンジは手近なテーブルにカップを置くとコネクタを受け取った。

部屋を出ていくシンジを部屋の全員が期待を込めて見送る。

「シンジもシンクロテストするって事ですか?でもプラグスーツが無いとか言って…」

「プラグスーツは確かにシンクロの補助をしてくれるわ。でもね…」

そこでリツコはいったん言葉を切る。

「…しょせん補助は補助なのよ」

リツコは自信ありげに微笑んだ。

『プラグ№07LCL注水完了』

『各エントリー準備終了』

『シンクロスタート』

マナの目の前でみるみるシンクロメータが上がっていく。

先刻見たアスカやトウジとはくらべものにならない速度だ。

「各パルス正常。

シンクロ率依然上昇中、60…70…80…90…シンクロ率91%で安定。

ハーモニクス誤差、計測誤差範囲内。

全て問題ありません」

マヤが弾む声で言った。

テストルームの全員が会心の笑みを浮かべる。

「す、すごい」

マナが唖然とする目の前のスクリーン。

制服姿でLCLに浸かっているシンジは何も問題ないと親指を立てて合図した。

「ま、これが実力の差ってやつかしらね」

誇らしげにミサトが締めくくるのと同時にエヴァ七号機が咆吼をあげた。

『ウォォォォォォォーーーーーーン!!』

「きゃっ!」

それは仕えるべき主人を手に入れた喜びの声だったのかもしれない。


「さすがにセンセにはかなわんな~」

「ま、当然の結果よね。無敵のシンジのシンクロ率は400%だもん」

トウジとアスカはテストの結果を聞くと感想を述べた。

ちなみにシンジは普通の服でLCLに浸かったので服をクリーニング中である。

「なんや悔しがるかと思たら…」

「バカね、シンジは特別なのよ。ま、あんたや私とは格が違うのよ」

自分のことのように誇らしげに言う。

「もっともシンジを除けばアタシが№1だけどね」

「へいへいさいでっか」

「しかしプラグスーツ無し、コアの調整もまだでシンクロ率が90%を越えるとは…さすがはシンジくんというところか」

冬月がデータを見ながら言った。

ゲンドウは黙ったままである。

「データは以前、初号機に使用したものをそのまま使いました。量産型用に調整し直せば更に上昇すると考えられます」

リツコは淡々と報告する。

「なんかすごいところに来ちゃった…」

「もう遅いわよ霧島さん。リツコに目をつけられたら逃げ出せないんだから」

「何か言った葛城一佐?」

「別に何も言ってないわよ赤木博士」

にこやかに笑みをかわすリツコとミサト。

二人に挟まれたマナは生きた心地がしない。

そこにシンジが戻ってきた。

拍手と口笛に迎えられ照れくさそうにするシンジの腕をアスカが引っ張って連れてくる。

「さっすがはシンジね。プラグスーツも無しであのシンクロ率!」

「ありがとうアスカ」

「ほんまやな、わしなんか足下にもおよばんわ」

「そんなことないよトウジ」

「どうだった久しぶりのエントリープラグは?」

「そうですね、やっぱりLCLは気持ち悪いです」

「我慢しなさい男の子でしょ」

ミサトはそう言って笑い出す。シンジも仕方なく笑う。

そのまま部屋中に笑い声が満ちる。

「次回のテストで連動試験を行います」

「…わかった。では後は任せる」

そういとゲンドウと冬月は消えた。

「第156回定期試験終了。みんなお疲れさま、あがっていいわ」

「ところでシンジくんのシンクロ率はどうして高いの?」

二人きりになったところでミサトが口を開いた。

「…さすがねミサト」

質問の意味を理解して微笑むリツコ。

…シンジと初号機とのシンクロ率が高いのはわかる。だが、疑似的なコアしかない量産型エヴァシリーズで初号機並に高い数値を出すのはなぜか?条件はアスカでも同じではないか?ならばむしろ訓練期間が長いアスカの方が高くなるのではないか?

全てを知る者がゆえの疑問だ。現に技術部員の多くも単に初号機でシンクロ率が高かったから量産型でも高いのだろうという程度の認識しか持っていない。

「…推測の域だけど」

「構わないわ」

何も知らないよりはまし。それに推測とはいえリツコが口に出すということはかなりの確信を持っているということだ。

「…心を開く…」

「へ?」

リツコの言葉の意味がわからず変な声を出すミサト。

「言うなればエヴァに対してどれだけ心を開けているか…そういうことよ」

「………」

「鈴原君はそもそもエヴァのなんたるかを知らないからあのシンクロ率。アスカはエヴァを拒絶する意識はないけど、代わりに弐号機とは違うという意識が根強く残っているはずよ」

「…じゃ、シンジくんは?」

「そうね。シンジくんはエヴァを認めているのかも知れないわ」

「エヴァを認める?」

「そう七号機をエヴァンゲリオン七号機という名の一つの生命体として認め心を開いているの」

「エヴァを認めて心を開く、ねぇ…」

「それにしても霧島。そんなん読んでようわかるな」

エレベータを待つ間も勉強中のマナを見てトウジが言った。

「う、一応多少の教育は受けてたんだけど、はっきりいってレベルが違いますね、あはは」

「でも程々にしておきなさいよ。もうすぐ期末試験でしょ」

「「うっ」」

トウジとマナがうめき声をあげる。

「やな事思いださせんといてくれや…」

「そうよ、アスカ。大学出てるあなたと違って私たちにとっては悪夢なんだから」

マナも普通の高校生に比べかなりの教育を受けているがそれはあくまでパイロットもしくは工作員向けの偏った教育だ。本式に大学を出ている二人とは違う。

「ふーん。そんなもん?でもシンジは落ち着いてるわね」

「え?」

3人の視線が集中する。

「あ、いや、ほら一応留学してたからそれなりに勉強もね…」

「そういえばどこで何してたか一つも聞いてなかったわね」

「え、あ、そうだね」

(…そのまま忘れて欲しかった)

「もしかしてシンジも大学卒業したとか?」

「そんなアホな、シンジに限って!」

「あ~ら3バカトリオもこれまでかしら?…で、どこ?」

「えーと…」

とりあえずシンジは『一つ目の』大学の名前を言うことにした。

「あーあそこか結構レベル高いわよね。やるじゃない」

アスカは簡単に言うがアスカの常識も一般とはややずれている。

「なぁ霧島、どっかで聞いたことあるんやが、そんなに有名な所か?」

「た、たしかアメリカでも1,2を争う工科大学だと思ったけど…」

期末試験の結果はアスカとシンジが同点一位だった。

アスカはシンジが同じ成績だというだけでそれから先を考える必要を認めなかったがかつてのシンジを知る者達は「そんな馬鹿なぁーっ!?」と悲鳴をあげ、学年上位を目指していた者達はこれからは常に順位が一番下がるという事態に衝撃を受けていた。

「…ま、当然の結果よね」

「それは本当か!?」

受話器に向かって冬月は叫んだ。

『ええ、事が事ですので赤木博士とシンジくんにも連絡をお願いします。では』

カチャリ

通話が切れると冬月は受話器を置いた。

「加持君からだ。

…フィフスチルドレンが見つかった」

ゲンドウは沈黙で答えた。


ピーピーピー

朝のけだるい授業…もっとも居眠りでもしようものならミサトのチョークが飛んでくるためみんな懸命に眠気を堪えている。

もっともそのミサトが一番嫌がっているのだが。

鳴ったのはミサトの携帯だった。

(…授業中よ!)

と思いつつも出るミサト。

二言三言聞くと顔が厳しくなる。

通話が終わると宣言した。

「みんな、後は自習よ。洞木さんお願いね」

ただならぬ雰囲気にヒカリもうなずくことしかできない。

「シンジくん一緒に来て!」

そう言い捨て教室を飛び出る。シンジも素早く席を立つ。

「…シンジ?」

事情がわからず不安そうな目のアスカ。

「大丈夫。悪いけど鞄頼むよ」

「う、うん…」

「ありがとう。じゃ行って来る」

ミサトに負けない早さで飛び出ていく。

後には不安そうなアスカ達と事態についていけないクラスメート達が残された。

「なぁ3人一緒ならわかるけど、なんでシンジだけなんだ?」

「それがわからんからわしも困っとんじゃ」

「シンジ…」

「大丈夫よアスカ。碇君もそう言ってたじゃない」

「うん」

爆音を立ててミサトの車が校庭から飛び出していった。

ネルフ本部へと爆走するミサトのルノー。

相変わらずの運転だが、

(…戦闘機に乗っていると思えばたいしたことないさ)

そう思って気を落ち着けるシンジ。

「何があったんですかミサトさん?」

「わからないわ、ただ最高度の緊急呼出よ」

答えるミサトの表情は固い。

「………」

「来たか」

執務室に入るとゲンドウ、冬月の他にリツコと加持がいた。

「どういうことでしょうか?」

「非常事態よ葛城一佐」

リツコが真剣な口調で言った。

「…シンジ」

ゲンドウが口を開く。

「はい」

「フィフスチルドレンの所在が確認された」

シンジがかろうじて倒れずにすんだのは強靱な精神力の賜物だろう。

同じようにショックを隠せないミサトが質問する。

「渚カヲル…いえ、第十七使徒がですか?」

「使徒は全て倒した。そうでなければサードインパクトを起こせまい」

冬月が否定した。

「おそらくはダミープラグの母体。言ってみればレイ…綾波レイと同じクローンと推測されるわ」

ネルフ本部を襲ったエヴァシリーズを操るダミープラグ。

これに渚カヲルのダミープラグが使用されていたことは確認されている。

シンジはかつてレイの肉体が漂っていたLCLの水槽を思い返していた。

「リリス…レイはサードインパクトの後、人間として再び生を受けました。同様に渚カヲルの魂も使徒としての生を終えた後、別の肉体に宿り、そして再び生を受けたと考えられます。…シンジくん?」

シンジは涙を流していた。

(…カヲル君も綾波と同じように生きている)

「シンジくん」

ミサトが口を開く。

「…大丈夫です、ミサトさん」

そう言って涙を拭った。

(…今は泣いてなんかいるときじゃない。僕のやるべき事をやらなくちゃ)

シンジの脳が正常に回転し始める。

「使徒でないなら残る問題は彼がフィフスチルドレン…適格者だということだね父さん」

「…そうだ。エヴァを起動できると考えねばならん」

「そしてもしエヴァをネルフ以外の組織が所有していたら…」

ネルフはエヴァンゲリオンという圧倒的な軍事力をもって世界の監視を行っている。

だが、ネルフに対抗しうる力を持った勢力が生じたらそのバランスは一気に崩れる。

それだけはなんとしても阻止しなければならない。

「フィフスチルドレン…あるいはそのボディは現在一体だけ確認されている。無論所在地もだ」

「僕達がしなくてはならないのはダミープラグの母体となりうるパーツの存在の確認及び破壊、それからフィフスチルドレンの身柄の確保だね」

「そうだ。無論、状況に応じてフィフスチルドレンの排除もありうる」

状況を確認するシンジとゲンドウ。

「…わかった。僕が行くよ」

「シンジくん!?」

「ミサトさん、可能性だけなら起動可能なエヴァが存在するかも知れないんです。

もしもの場合に備えて最低一機のエヴァが必要です。そしてそれは僕の役目です」

「…シンジくん」

シンジの意志は固いと悟るミサト。

「もっともこれが高価な囮作戦という可能性もあるがな」

「どういうこと?」

加持の言葉を聞き返すミサト。

「つまりエヴァに乗ってのこのこ現れた僕をエヴァごと誘拐するんですよ」

苦笑しつつシンジが説明した。

「………あきれた」

開いた口がふさがらないとはこの事だ。だいたいエヴァをどうやって誘拐すんの?

「ま、確かに馬鹿げた話だがシンジくんとエヴァが出向く所まではうまくいっている」

「エヴァの状況は?」

「七号機の調整は終わっています。現在、輸送の準備中です」

「リツコさん輸送手段はいりませんよ」

「? いくらS2機関のおかげで電源の心配が無くても…」

「忘れましたか?エヴァシリーズには羽があるんですよ」

『…というわけでシンちゃんはちょっち出張することになったの。すぐに帰ってくるから心配いらないわ』

「何が!…というわけ…よ! 全然説明になってないじゃない!!」

アスカは電話の向こうのミサトに怒鳴った。

『ごめん。機密事項なの。勘弁して』

「………しょうがないわね」

パイロットに知らせられない事態なら、ミサトを責めても仕方がないとわかっている。

『あ、それから私もちょっとの間帰れないからね』

「………ミサト」

電話越しの声にちょっと引くミサト。

「な、なーに?ちょっち声が怖いわよ」

『機密がどうこう以前に何かアタシに隠しごとしてな~い?』

(…たはは、さすがはアスカだわ)

「…してないって言ったら信じてくれる?」

「………」

「ごめん。卑怯な言い方だったわ」

謝るミサト。

電話越しの声からミサトの心を察したアスカは気持ちを切り換える。

「…ま、いいわ。パイロットには言えないこともあるだろうしね」

『物わかりのいい妹をもっておねーさんは幸せよん♪』

ころりと機嫌のよくなるミサト。

「そのかわり一つだけ…」

『なに?』

「………」

押し黙ってしまったアスカにミサトの優しい声が届く。

『…馬鹿ね。シンジくんはちゃんとアスカの所に帰るわよ』

「ア、アタシは別に!」

『心配ないわ。シンジくんはアスカを悲しませるようなことは絶対しない、そうでしょ?』

「…うん」

『それにアスカが元気ないとシンジくんも悲しむわよ』

「…うん、そうね。今日はもうお風呂入って寝るわ」

『そうしなさい』

「ミサトもがんばってね」

『ありがと。じゃ、おやすみ』

「おやすみ」

受話器を置くとミサトはプラグスーツに着替えたシンジを見た。

予想通りプラグスーツには何やら怪しい箇所が多数ある。聞いた話だとエントリープラグ自体も改造されているとかいないとか…それはともかく

「聞いてのとおりよ」

「………」

シンジは答えない。

「ふふふ照れちゃって。ま、あたしの言いたいこともわかってるでしょうから言わないでおくわ」

「はい」

素直に返事する。

日向が報告を入れる。

「ドイツ支部から入電!作戦を開始します」

瞬時にミサトのスイッチが切り替わり命令を発する。

「以後、全ての指揮をMAGI経由で本部へ移行!エヴァンゲリオン七号機発進準備!」

『エヴァ七号機エントリー準備、パイロットは至急ケイジへ移動して下さい』

アナウンスが流れ発令所が騒がしくなる。

「じゃ、行って来ます」

加持とリツコにあいさつしてドアに向かうシンジ。

「ああ、気をつけてな」

「しっかりね」

そこへ少しの間だけ姉の顔に戻ったミサトがからかう。

「浮気しちゃ駄目よ~」

「そんなことしません!!」

「先行部隊距離8千まで接近」

「エヴァ七号機エントリー終了。シンクロ率103%ハーモニクス正常。全て問題ありません」

『10番リフトへ移動完了』

『進路オールグリーン』

『カタパルト準備よし』

ミサトが司令塔を見上げる。

「………」

ゲンドウは無言である。隣に立つ冬月が頷いて代わりに答えた。

ミサトもうなずき返すと振り返り命令を発した。

「エヴァンゲリオン七号機発進!!」

シンジは2年ぶりの加速圧を心地よく感じていた。

「射出三秒前、二、一、射出!!」

エヴァ七号機は地上へ出る加速をそのままに空中へとカタパルトで打ち出された。

(…行くよ)

シンジが念じた瞬間、背中から巨大な白い翼が展開されエヴァ七号機は自らの力で天空へと駆け昇っていった。


「七号機上昇中、まもなく大気圏外へ出ます」

「ATフィールド、出力安定」

「周回軌道に移ります」

「監視衛星より映像入ります」

星の海をバックに七号機が飛んでいく。

化け物じみたデザインとは裏腹に神々しいものさえ感じさせる姿だった。

(…翼ある蛇ケツアルカトルか)

古い神話を思い出すリツコ。

蛇身の神を崇めていた人々の気持ちもわからないでもない。

「ねぇリツコ」

そばに来たミサトが小声で尋ねる。

「なに?」

「単刀直入に聞くけどなんでエヴァは飛んでいられるわけ?あの位置、あの速度なら地球に落下するはずでしょ?第一、宇宙空間で羽なんてナンセンスよ」

「ま、もっともな意見ね。…七号機がATフィールドを張ったのは何故だかわかる?」

「大気圏を突破するためでしょ?」

「ま、それもあるけど…エヴァは強力なATフィールドを張ることで重力すら遮断することができるのよ」

「それって…」

「先行部隊より入電。コード101!」

日向の報告に素早く指揮官の顔に戻るミサト。

「即時爆破、攻撃開始!!」

「了解」

ジョニーがリモコンのスイッチを押すと郊外にいくつもの火柱が立った。

偽装された対空砲台のなれの果てである。

「さぁモタモタしてないで行くわよ!」

ライフルを構えてジャネットが走り出す。

「リョウジの婚約者は厳しいらしいからな」

都市迷彩を施した戦闘服のポケットにリモコンを戻しジョニーも続く。

同様に対人兵器を抱えた部隊が二人の周囲を駆ける。

その先では人間と人間との殺し合いが始まっていた。

ドイツ郊外の小さな町に彼はいた。

窓の外に火柱が見える。

「綺麗だね」

そうつぶやいて夜空を見上げる。

「早く来ないかなシンジ君」

「機動部隊、該当地区に侵攻」

「敵地上部隊の8割を殲滅。目標の確保に向かいます」

「先行第一小隊のアンダーソン一尉より入電。

『地下施設への侵入口を確認、侵入許可を求む』

以上です」

「許可します。尚、今後越権行為には厳罰をもって処すると伝えて」

日向の報告に堅い顔で答えるミサト。

「了解」

隅で椅子にもたれて見物している加持は苦笑した。

「オーコワ」

既に地下第三層まで侵入した所で返答を聞いたジョニーはおどけて見せた。

「お見通しとはさすがね~」

仮の指令所を作りながらジャネットが言った。

周囲では通信員達が忙しそうに作業している。

「第三班が第五層にて格納庫を確認!現在、進路を確保中とのことです」

一瞬二人の動きが止まる。が、それからの処置は迅速を極めた。

「総員退去!直ちに地上へ後退しろ!」

「ネルフ本部に緊急連絡!第三目標を確認!コード405の必要ありと認む!!」

「急げ!!」

ジョニーも自分の装備をつかむと地上への通路へ駆け出した。

「コード405の要請です!」

「目標エリア地下120mにてATフィールドの発生を確認!」

「パターン赤!出力はほぼエヴァ一体分に相当します!」

「捜索部隊を除く全部隊に撤退命令!目標地区より半径2km以遠に後退!

…シンジくん」

「はい」

サブスクリーンにシンジの映像が入る。

「残念ながら出番よ」

「わかりました。…ミサトさんそんな顔をしないで下さい。大丈夫ですよ」

励ますように笑顔で言うシンジ。

(…そんなにつらそうな顔してんのかしら?)

頬を掻くミサトの隣からリツコが簡潔に情報を伝える。

「MAGIの分析ではダミープラグ使用の可能性が一番高いわ」

「はい、ありがとうございます」

「目標が移動を開始!地上に出ます!」

地響きをあげながらビルや町並みを突き崩しそれは地上に姿を表した。

嫌悪感をもよおす口を大きく開き咆吼をあげる。

「キシャァァァァーッ!!」

それは両手でつかんだ双刃剣をふるいビルをなぎ倒す。

破壊衝動に導かれるままただただ破壊を実行する。

「やれやれ、怪獣映画の見過ぎかな?」

落下する構造物をかわしながらジョニーは言った。

「シンジ達って14歳であんなのと戦ってたのよね~」

「………」

二人は恐怖を押しつぶして走っていた。

正常な人間なら必ず覚える本能的な恐怖だ。まして報告書通りなら、あの白い巨人には銃弾もミサイルもN2兵器さえも通じないはずである。

二人はシンジ達への賞賛の念を高めていった。

シンジは目標の上空に到着すると一旦停止し翼をとじる。

頭を下にしてエヴァは落下を始める。

重力のみならず自ら加速して。

制御を失い破壊を始めた白い巨人を眺めていた少年だったが、ノックの音で振り返る。

「カヲル・ナギサかい?」

ジョニーはライフルを肩に担いで尋ねた。

「ええ、そうですよ」

「あらーシンジに負けず劣らずの美少年ね~」

ジョニーが通信兵に指示を始めるとジャネットが言った。

カヲルの瞳と髪は漆黒に染まっていた。それがヒトの証だというかのように。

その顔がにっこりと微笑む。

「それはどうも。でも、シンジ君の方がハンサムですよ」

(…うーん。上玉だわ)

不謹慎だが感心するジャネット。

「さて、お休みの所悪いが同行してもらおうか。なにせあんなのが近くで暴れてたんじゃ生きた心地がしないんでね」

そう言ってジョニーが窓の外を顎でしゃくる。

「不完全なダミープラグを使ったせいです。あれはもはやエヴァンゲリオンとは言えません。ただの怪物ですね。コントロールルームは既に破壊されているでしょうが、ま、自業自得でしょう」

「それならなおさら早く脱出するわよ」

「大丈夫ですよ、もうすぐシンジ君が来ますから」

カヲルは確信に満ちた表情で言った。

『第一目標を確保!第三目標はダミーと確認されました!!』

『エヴァ七号機大気圏に突入します!』

夜空から赤い尾を引いて流星が落ちてきた。

流星はまっすぐ白い巨人に向かって落下する。

刹那、爆音と振動が辺りを揺るがした。

メインスクリーンがノイズの嵐に覆われ音声がとぎれる。

「状況は!?」

「駄目です!センサー系統が復旧しないことには!」

「急いで!」

「勝ったな」

冬月が呟いた。

「ああ」

ゲンドウは満足そうな表情を浮かべた。

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

ジョニー達が伏せる中、一人カヲルはその閃光を見つめていた。

「…久しぶりだね、碇シンジ君」