第五話『終焉』

ぷるるるる

 

電話が鳴っている。

幸福な夢を断ち切る電話が鳴っている。

眠い目を擦りながら僕は起きた。

 

ぷるるるるる

 

「う……ん……電話……?」

「あ、ごめん、起きちゃった?」

 

僕の肩に寄り添って寝ていたアスカも一緒にモーニングコールを受けたみたいだ。

チラリと見た時計の針は5時58分を示している。

 

「……うん、おはようシンジ」

「おはよう、アスカ」

 

ぷるるるる

 

「あ、シンジ電話早く取らなきゃ、待たしては相手に悪いわ」

「うん。そうだね……」

 

がちゃっ

 

「はい、碇です」

 

 

この電話のコールが、二人の時の終焉を意味する鐘の音になることとは、シンジとアスカは
考えてもいなかった。

 

至福の軌跡を記録するテープが小さな音を立てて切れたことを。

もう、再生は出来ないことを。

二人は知る術を持っていなかった。

 

 

 

 


 

 

ケージに僕は立っている。

僕の目の前に大きな顔。

人造人間エヴァンゲリオン、僕の父さんが作ったもの。

ずいぶん久しぶりに見るその異形さに嫌悪する。

でも、アスカとの出会いはこの巨人のおかげ。

これを作った父さんのおかげ。

そう考えると嫌な気持ちが薄らいでいく。

やっぱり人は考え方一つで変わるんだなと僕は再認する。

 

僕の後ろに二人。

ミサトさんとリツコさんが立っている。

 

「出撃……ですか……」

 

ミサトさんの電話を受けたとき、当然僕はアスカに非常召集の話をした。

アスカが泣くか、難色を示すと思ったけど、アスカは少し間考えて、

 

『気を付けてね』

 

と、送り出してくれた。

 

 

 

「ええ、本当はレイだけで行くはずだったけど……」

「綾波は無事なんですか?」

「……重傷……。私って無能の固まりね……作戦部長が聞いて呆れるわ」

「……ミサトさんが悪いわけではありません。リツコさん、起動準備をしてください。僕は
着替えてきますから」

「シンジ君……いいのね?」

 

僕は頷く。

アスカを守る為に。

アスカと一緒に暮らすこの町を守る為に。

みんなが――多くの人が暮らすこの町を守るために。

 

決して英雄を望んでいる訳じゃない。

父さんに、みんなに誉められる為に乗るんじゃない。

 

ただ――アスカの笑顔をずっと見たいから。

 

 

「シンジ君、貴方に話す事があるの」

 

リツコさんが意を決したように僕に話しかける。

僕は驚愕した。

歓喜した。

その内容を、その台詞を僕はどれだけ待ち望んでいたか。

 

「じゃあ!アスカの目が治るかもしれないんですね!」

「ええ可能性は高いわ」

「でも、僕らと同じセカンド・インパクト生まれの人じゃないとダメだなんて……それに他人
の目を犠牲にしてまで……」

「心配しないで、亡くなられた子の視神経を譲って貰うから。それにアスカの目が見える様に
なってから、一緒にお詫びとお礼に行けばいいでしょ?」

「………」

「そういう事だから、後は私たちに任して、今は使徒撃退に専念してくれるかしら?」

「……わかりました、リツコさん」

 

僕はその場を急いで離れた。

駆けめぐる熱い激しい鼓動を僕は押さえ切れなかった。

最愛の人が喜ぶ笑顔を僕は目に浮かべる。

 

アスカの目が治る!!!!

 

 

 

「いいの?リツコ……あんな事言っちゃって……」

「……嘘は言っていないわ」

「アスカの盲目の原因となっている視神経のドナー入手だけではダメなんでしょ」

「ええ……チルドレン達は特殊な脳波を持っている。それは神経系にも言えること」

「その意味はアスカのシンクロに合わない視神経は使いモノにならない。そんなのじゃ何時
アスカに合う視神経が手に入るかわからないじゃないのよ」

「そうね……確率的には低すぎるわね……」

「じゃあ、なんでシンジ君にそんなあやふやな希望を持たせたのよ」

「……わからないわ……どうして……どうしてかしら……」

「……リツコ……」

 

ミサトは泣き始める親友の肩を抱いた。

その好意におそらく始めて甘えるリツコ。

 

二人の心はやりきれない気持ちでいっぱいだった。

 

だが、その気持ちを伺うこともなく

残酷な天使の曲が、非情な神の息笛が、彼女らに降り注ぐのは、もうまもなくの事であった。

 

 

 

 


 

 

 

「シンジ、大丈夫かなぁ」

「なあに?また碇君の心配?もう聞き飽きたわよアスカ」

 

私のつぶやきを優しく受け答えしてくれている親友に、私は舌を出した。

ヒカリはシンジの頼みを受けて学校を休んでまで、私を看に来てくれている。

その二人の思いに私は感謝をする。

 

「だってぇ~」

「はいはい、本当に熱いことで、あーあぁ熱い熱い」

「なによぉ、ヒカリだってトウジと身も焦がれる恋の真っ最中でしょぉ」

「な、なにいってんのよ」

 

おっ。

照れているなぁ。

目が見えなくてもヒカリってわっかりやすいものねぇ~。

ふふふふ。

 

「アスカに言われたく無いわよ」

 

あり。こっちに振られてしまった……墓穴ぅ……

 

「ねぇ、アスカ」

「なに?」

「碇くん……じゃないわね、シンジ君は優しくしてくれる?」

 

うん!

 

私は大きく頷く。

そして私、碇アスカは夫シンジとの追憶を親友に語り始めた。

 

そう、私達はあれから半年が経った今、籍を同じにしていた。

 

それからは甘い……幸せな日々の繰り返しだった。

 

 

 

 

……でね?……ママに会ったの……でも………
 

そしたら、シンジが手を握っていてくれていたんだ……
 

あのとき夢の中の事は……
 

 
 

 
 

……シンジが私を包んでくれたの……素敵だったわ……
 

こう言うのが幸せなのかなって思ったりして……てへっ……ふふふ……
 

 
 

 
 

……それでね、シンジが私の問いかけにドイツ語で答えてくれたの……
 

……嬉しかった……涙が止まらなくなっちゃってね……
 

……シンジがキスしながら拭ってくれたの……やん……もう……はずかし……
 

 
 

 
 

……後で何でドイツ語知っているのってきいたら……うん……そう……
 

いつか必要になるときが来るって……うん……すっごい勉強したんだと思う……
 

……かっこいいよね……私、また泣いちゃったもん……
 

 
 

 
 

……えーだってぇ……でもでも、シンジって……ね……?
 

ふふふふ……でしょぉ……昔から私の心に引っかかっていたんだ……
 

……初恋?……わかんない……でも……
 

 
 

 
 

そうそうシンジとね……ふふふ……でね、目が見える様な気がしたの……
 

うーん分かんない、なんだかシンジの見ているモノが見えている感じで……
 

……そうなの……そう言う感じ……なんだろね……
 

最近はずっとそんなのが多いの……
 

え?……妄想もいい加減にしろ?
 

もぉひどい、ヒカリの……あいたっ……痛いぃよぉ……てへへ……
 

 
 

 
 

……そう……今、シンジに寝る前に本読んで貰っているんだ……
 

え?……笑わないでよ………
 

………絵本………
 

ううううぅ笑ったぁ……女の約束は何処言ったのよぉ………
 

うん……そう……ドイツの本……
 

……懐かしいの……ううん……別に帰りたい訳じゃないの……
 

……一度ママに謝りに行きたいと思って……嫌いなんて思っていたから……
 

 
 

 
 

……聞いてくれる?……私……子供が嫌だったんだ……うん……
 

それでね……この間シンジに……そしたらシンジ、うんって言ってくれたの……
 

……やだ……でも結婚したんだもんいいじゃない……
 

……え?……そうなの?……でもね……今はこれでいいかなって思っている……
 

 
 

 
 

……うん……うん……
 

…………
 

 
 

……愛しているもん……
 

 

 

………。

え?……もう夜なの?

悪かったわね、ふん、のろけ話ばかりで。

ヒカリもそのうちトウジと一緒になるんだからいいじゃない。

あいたぁ、殴らないでよ……もう……。

くすくす。

 

……おそいなぁ、シンジ……どうしたのかな……

……非常警戒もずいぶん前に解除されたのに……

 

 

ぷるるるるる

 

ドキッとした。

会話が途切れたと同時に鳴るコールに。

 

ぷるるるるる

 

……なぜだろう……嫌な予感がする

 

ぷるるるるる

 

コールが響く3回……4回……

その度に私の何かが弾けていくような気がする。

 

ぷるるるるる

 

「……どうしたの?アスカ」

 

ヒカリが心配そうに聞く。

汗が止まらない。

 

ぷるるるるる

 

「……私が取っていい?」

 

私は答えない。

何故かはわからない。

なにかが動いているような気がしたから。

 

……怖い……何故……シンジからの電話かもしれないのに……

何故……?何故……?

 

何故……?

 

ぷるるるる

 

 

「……取るわよ、アスカ」

 

 

がちゃっ