第一話『盲目』

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

アスカの悲鳴。

 

 

「アスカァ!!!」

「痛い!痛い!!!」

「くそぉぉぉ!!!」

 

激戦の末、僕は使徒を倒した。

 

だが、その代償は大きかった……。

 

「う……そぉ……」

「そ、そんな!何とかならないんですかリツコさん!!」

 

思いも寄らなかった使徒の攻撃。

接近戦には絶大の自信を持っていたアスカの鼻をへし折るかのような強さ。

僕が倒せたのは、使徒が弐号機をアスカを抱え込んでいる隙を付けただけ。

僕は運が良かった。

 

アスカは違った。

光を失った。おそらく永遠に。

 

「治る可能性は0.0000035%。使徒の攻撃は弐号機の目を貫き、そして接触部分からの侵食、
及び汚染。これらの神経圧迫によりアスカの視神経はその能力を全て失ったわ」

 

リツコさんの言葉が静まり返った病室に響きわたる。

残酷な、そして定時報告をするような冷徹な声が辺り一面に広がる。

 

「リツコ!あんた!!」

「……事実よ、受け止めなさい。 アスカ、あなたの目が見えることは、もう、無いわ」

「――――!!!」

 

ぱしっ!

 

乾いた音が鳴った。

 

「あなたの責任でもあるのよ!ミサト!!」

「――!」

「止めてください葛城さん!」

「先輩!!!」

 

ミサトさんの手が……リツコさんに……

僕はこんな二人を見るのは初めてだった。

物珍しいことより、見たくなかった。二人は友達なのに……。

 

「……出ていって……」

一頻りの声が周りの動きを止める。

 

「でていって……! みんな、ここから出ていってよ!!!!」

 

 

 

……僕は出ていかなかった……

 

みんながアスカへの励ましの言葉を置きながら病室の自動扉をくぐっていく。

アスカは返事もせずにその体を薬品臭いベットに預けていた。

 

……僕は出ていかなかった……

このままアスカを一人にすると、もう会えないような気がしたから……

 

僕は音も立てずに立っていた……。

アスカを眺める背景画のように、ただ立っていた……。

 

どれ程の時が過ぎたのだろうか。

 

アスカが泣き始めた。

静かに……壊れそうな声で……。

 

「……ママ……」

僕にはそう聞こえた。

そして心の中の僕が問いただしていた。

 

……僕が声をかけてどうするんだ……僕に何が出きるっていうんだ……声をかけなきゃ
アスカが消えるわけでもない……消えるわけでも……

 

……消えるわけ……ないよ……な……

 

答えが出たのか出ないのか、僕の心の中の「僕」は汗を流していた。

その僅かに感じる恐怖感を、握った手のひらの汗が答えていた。

 

ぐるぐる回る僕の位置。

それは結局自分自身を中心に回っても、視界は常に周りを観ている気にしている。

動けないように蹲るのも所詮他人に背を背けている。

ぐるぐる回る僕の心。

 

いつの間にか……僕は絞り出すような声を彼女に向かって出していた

 

「ア……アスカ」

「!」

 

ぴくり、と僅かに震えたアスカ。

 

「アスカ……きっと治るよ……見えるようになるよ」

「やめて!!!!!! 同情のつもり!? あんたなんかに何がわかるの!!!!
出てってよ!!!!!!」

「……アスカ」

「早くでてきなさいよ!!!」

「……僕は出ていかないよ」

「………」

「………僕は絶対出ていかないよ」

 

軽すぎた決意。

そして沈黙。

シーツを強く握りしめる彼女。

 

「……そう!! 私のこの情けない姿を目に焼き付けるっての!! 好きにしたら!!」

 

アスカはそう言ってベットから起きあがり、目に包帯を巻かれた顔を僕に向けた。

そして、下方に両手を広げ甲高く叫ぶ。

 

「さあっ!! 見なさいよ! 笑いなさいよ! このわたしを!!」

 

アスカの包帯が濡れている。

アスカの頬に悲しみが流れている。

アスカの声が格子の入った窓ガラスに震動する。

 

「わたしはこのまま目が見えないのよ! 光を感じることがないのよ! 山も、空も、
太陽も、海も、花も、人も、みんな見えないのよ! こんなわたしがEVAに乗せても
らえると思う!? いらなくなるのよ! 価値が無くなるのよ! わたしの価値が!
わたしは必要のない……!
必要の無い人間なのよ……」

 

……アスカ……

僕は……止めることが出来なかった……。

 

「……そんなの……そんなの……いや……い……や…ぁ………」

 

アスカは泣き崩れた……

ベットの上で蹲るように……

 

僕は動けなかった……

先ほどの僕の安易な思考とは裏腹に、目の前の彼女が壊れていく……

あまりにも曖昧過ぎた自分の行為を僕は呪った。

 

僕はアスカに何が出来る……?何もできないのか……?

 

 

「……わたし……しぬ………ひつよう………ない……もの………」

 

精気を無くしたような彼女は小さく、か細い声の後、両手をぶらりとしながら立ち上がる。

ぺた、と素足が床に張り付く音が耳に届く。

ゆっくりと彼女の動きに沿って落ちるシーツ。

 

「―――――!」

 

僕の中で何かが答えた。

どくん!

そんな鼓動が僕の全身を駆けめぐり、今まで全身を絡めていた呪縛を解き放った。

 

 

ぱしっ!

 

手が痛い。

叩いた手が痛い。

アスカの心に触った手が痛い。

 

「死にたいなんて言っちゃだめだ!!! 自分を必要のない人間なんて言っちゃだめだ!!!
どうして……どうしてそういう事を言うんだ………」

「………」

「……それじゃまるで僕じゃないか……」

 

わかっていた。

いつも自分が捨てるように吐いていた台詞。

わかっていた。

それが他人には何の意味も利益ももたらさないことに。

 

「………」

 

アスカも又、シンジを知った。

叩かれた頬を手で押さえながら、痛みよりも、盲目への怖さよりも、シンジの叫びが痛かっ
た、怖かった、悲しかった。

わかっていた。

いつも自分が卑下していた他人は、自分となんの変わりもないということに。

 

 

シンジはアスカを抱きしめた。

 

力強く、少女がこぼれ落ちないように全身で抱きしめた。

 

少女が氷の様に冷たく、そして消え去らないように。

 

 

「僕がアスカを必要としているよ……。僕はアスカと一緒の時を過ごしたいよ……」

 

「………」

 

「僕の目が君の目になるから……」

 

「………うん」

 

 

泣いた。

僕も、アスカも……泣いていた。

 

失ったモノへの執着を許されない、僕らのような子供が泣いていた。

 

 

前を向いて生きるために……。