「諜報部は何をやってたのよ!」
「葛城さん…、落ち着いて…。」
「これが落ち着いていられるもんですか!
何なのよあの役立たず共は!とんだ無駄飯喰らいだわ!」
腹の底から思いきり叫んでやった。傷の痛みを気にしている暇はない。
発令所には私の怒声と、それをなだめる日向君の声だけが響く。
彼には悪いと思うが、今、その言葉に耳を傾ける気は全くない。
アスカがぷっつり消えてしまったのだ。
専属の諜報員、そして格納庫にあった弐号機のコアと共に。
彼女のロストと同時に、何人かの整備班の遺体が確認された。
これは、何者かによって『強奪』されたということに他ならない。
私は昼間の司令代行の言葉を思い出す。
『備え』とは何のことだったのだろう。
まさか、こういう事態を見越してのことだったのだろうか。
その対抗手段として、彼ら二人を残したというのか。
でも何故?たとえ彼らを奪ったところで、
民間レベルのテクノロジーではエヴァを作ることは出来ない。
コピーのもとを手に入れることすら不可能だろう。
しかし、コアとパイロットを奪ったということは、それなりの準備があるということだ。
今のネルフに、こんな大それたことを見切り発車的に仕掛ける組織などないはず。
そう、そんな組織などあるわけないのだ。
私は自分に言い聞かせる。
大丈夫、彼らであるはずがない。
深呼吸をして、平静を保とうとする。
だが、いつまでたっても焦燥感は消えなかった
————————————————————————–
My Beautiful World - episode7 - written by rego
————————————————————————–
「取り合えず、コアの熱反応をここを中心に半径2000kmで検索してみて。」
「さっきから、やってますよ…。
でも、なかなか感知しないんです。」
「無駄だ…。今頃は迷彩を張り巡らせた高速貨物機の中だよ…。
彼女も、その母もな…。」
司令代行は眉一つ動かさずに言う。
私はその全てを達観しているような目が気に入らなかった。
「司令代行、ではあなたは心当たりがおありでも?」
「…老人たちさ。
未だ、覚めやらぬ夢を見る愚かな盲目どもだよ。」
「そんな!だって彼らは!」
私はその言葉を聞きたくなかった。
もう嫌気が差していたのだ、戦いそのものに。
「葛城君、執念というのは恐ろしいものだよ。
特にそれが人であれば、長年持ち続けたものであれば、なおさらだ。
奴らとて、消耗しなかったわけではないだろう。
だが、切り札は最後まで残しておくものだ。士官学校で習わなかったかね?」
「それはそうかもしれませんが…、
でも、アダムは消失してしまったんですよ!?
今更、どうやってサードインパクトを起こそうというんです!」
「葛城君…!」
「あ…」
私の言葉で、周囲はどんよりとした色に染まっていた。
サードインパクトという言葉にだろう。
誰だって、あの悲劇を忘れたわけではない。
それをこの前の戦いで払拭し、人の心はようやく前に傾きかけていたのだ。
それを台無しにするようなことを言ってしまった。
職員の顔にも、不安の色が見て取れた。
「ここは話をするには向かない。場所を変えよう。
ちょうど君には幹部として、色々と知っておいてもらわなければならないことがあるからな。」
「はい…。」
私たちは発令所を出た。
* * * * * * * * * * * * * *
「以上がMAGIに記録されていた映像の一部始終だ。」
私はそれに絶句した。
初号機が、綾波レイが、想像できることではない。
映像は初号機が量産機をなぎ倒すところから始まった。
しかし、さすがに一機では限界があるようで、やがて量産機に掴まってしまったのだ。
そして初号機はリリスに飲み込まれる。
私は息を呑んでそれを見守ったが、数分そのままで佇んだ後、
リリスは急にその身体を崩してしまった。
まったく意味が分からない。何だというのだこれは。
「アダムもリリスも、もうこの世にはおらんよ。
残ったのは人だけだ…。
碇の息子がそれを望んだのだよ…。」
私には代行の真意は分かりかねる。
だが、彼は自嘲しているのはではないだろうか。
代行は映像を切ると片手を持ち上げ、口にチャックをする仕草をする。
AAAクラスの守秘義務を負うということだ。
「では次に、セカンド失踪についてだ。
質問してくれたまえ。」
代行は私の方に司令室の高そうな回転椅子を回し、淡々と言った。
私はこの前後の出来事の顛末を知りたい。
聞くのは怖い。
「副司令、いえ、司令代行はこういう事態を予測しておられたということですか?
もし、そうならゼーレの残党がいるということを承知していたわけですが、
では何故、パイロットに対してもっと厳重なガードをつけなかったのでしょうか?」
代行は大きく息を吸い込み、私を見据え語りだす。
「副司令で結構だ。私はもともと司令の器じゃない。
…ゼーレのことに関しては、個人的な推測でしかないが、生き残りがいると思っていた。
理由はさっき言った執念というやつだ。
私も何もしなかったわけじゃない。やつらの足取りを追ったさ。
裏が取れたのは、ほんの最近だ。
それが取れてからは、パイロットにも警備はつけた。飛び切りのやつらをね。
だが、結果としてそれがアダとなってしまった。
彼らはプロのガードマンだったのだよ。
自分をプロとして、一番高く買ってくれる側につくのは、当然の選択だろう。」
「では、セカンドのガードは買収されたと?」
「その通りだ。
彼らの口座を調べさせたが、0が6つも並ぶ振込みがあったよ。
私も彼らにあやかりたいものだ。」
皮肉たっぷりにそう言った。
幾分かの怒気が入り混じっているのは容易に感じ取れた。
司令室は緊張に満たされている。
いつもの荘厳な気配は毛頭感じられない。
「では、何故セカンドを?エヴァを?
彼らの目的がサードインパクトの誘発なら、リリスも、アダムは既にないはず…。」
「二体とも残っているよ。各一体づつだがね。」
「まさか…、エヴァを使って!?」
「おそらくそうだろう。
彼らはアダム、そしてリリスの分身でことを済ますつもりなのだよ。
そして、魂を持たないエヴァを動かすためにはパイロットが必要だ。
この前はダミープラグでは勝てなかった。
だから、ああいう状況にあるセカンドとコアを奪ったのだろう。
さすがに初号機を奪うことは不可能だからな。」
「そんな…!でもエヴァはもう!」
「量産型があるさ…。一機だけだがね。」
私は気落ちした。
確かに先ほどの映像の最後には、量産機が一機だけ飛び去る姿が残されていた。
もう戦わなくていいと思った矢先に、またこのような事態が起こった。
私も、彼も、彼女も、また戦闘に駆り出される。
また殺し合いをするのだ。
今度は敵が使徒ではない。人間だ。
しかも、お互いに見知った相手、いつかは気になっていた異性。
彼はどうするのだろう。
おそらく彼女は洗脳されている。
私はその場に居合わせることになる。彼らの殺し合いをこの目で見ることになる。
冷静でいられる自信はなかった。
「…でも、量産型でサードインパクトが起こせるのでしょうか…?
前はそのためにアダムを保管していたというのに…。」
「言っただろう?執念だと。
妄念に取り付かれているのだよ。老人たちはな…。
だから、彼らも必死なのさ。」
「…では、本部進行の予測日時は…?」
「詳しいことは何も分からん。
だが、コアとパイロットを同時に奪ったということは、すでに準備があるのだろう。
量産型へのコアの全面換装だけなら、急げば半日あれば出来る。
明日か、明後日か、それとも一週間後か。
ともかく、近日中ということだけは間違いないはずだ。」
「…しばらくは警戒態勢を取るということですね。」
「そうだ。」
「分かりました。それでは、私はこれで失礼いたします…。」
「ああ、私も出よう。」
代行とともに司令室を出る。
時計を見ると、もうに深夜だった。
最上部の出窓から、綺麗な月明かりが差し込んでいる。
それは薄暗い影を作り、私と代行の顔を隠す。
月を見上げる。
罪な輝きだと思った。
エレベーターを二人で下る。会話はない。
今から帰るのは面倒だ。
どうせ、明日から本部に泊り込むことになる。
今日から泊まってしまおう。
シンジ君には私の執務室で待たせてある。
今日の昼間、彼にエヴァに乗れといった。
彼は健気にもそれを了承してくれた。
だが、相手がアスカだと知っていたら、彼はそれを受け入れただろうか。
不安は拭えない。
でも、やはりこれも伝えなければならない。
私の心は重かった。
「葛城君。」
不意に司令代行が私を呼び止める。
「まだ何か?」
「言うか言うまいか、迷ったんだが…、やはり君には伝えておこう。
セカンドの件だ。彼女をロストしたのは、第三進東京市郊外、つまり外出中だ。
記録では、ここ一ヶ月、彼女は一歩も外に出ていなかった。
それが今日、突然のそれだ。」
「…何をおっしゃりたいのですか?」
私は眉間にしわを寄せながら聞き返す。
「銀行口座だがね、セカンドのそれにも同額が振り込まれていたのだよ。
それから推測すると、彼女は自らの意思でここを出て行ったということになる。」
* * * * * * * * * * * * * *
天井に備え付けられた、まるいライト。
それはさっきの月とは違い、この狭い部屋を爛々と照らすだけだ。
むこうが罪なら、こちらはある意味冤罪といったところだと思う。
あまりの美しさに、それに焦がれる罪深い人間を生み出してしまった月。
天から届く光をまねて作られた人工のライト。
でも、それは人の心を満たすことは出来ない。
ただの明かりを私たちに届けるだけだ。
私たちは、それに満足することが出来ない。
あの美しいものを全て自分のものにしたいと思ったから。
人はモノを想像する。まるで、自分たちを神であるかのようにして。
でも、やはり人は神にはなれず、月も作り出すことは出来ない。
それは大いなる落胆で、人はそれに耐えるようにはできていない。
だから、人間は神になることを目指し、日々罪を重ねていく。
天上から世界を見下ろす創造主は、そんな私たちを嘲笑うのだろう。
だが、私には人間のそれが必然悪のようにも思えるのだ。
絶対悪などないと思うのは、希望的観測にすぎないだろうか。
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!
アスカが自分から出て行ったなんて、そんなの嘘だよ!
そうだろ!?そうなんだろうミサトさん!また僕をからかってるんだろ!
お願いだから、早く嘘だって言ってよ!」」
あのことを告げると、すぐに彼は自分を失った。
目を見開き、かすれるほどの大声を私に浴びせる。
私はデスク上の書類を弄びながら、ただ彼の声を聞いていた。
「シンジ君…、これは事実よ…。
辛いでしょうけど…。」
「待ってよ!だって!
アスカには出て行く理由なんてないじゃないか!
お金だって!アスカは僕と違って、小さいころからの給料があるのに!」
「シンジ君、そのことなんだけど…。
あのね、私もアスカがお金につられたとは思わないのよ。
サードインパクトが起これば、そんなものを持ってる意味はないし、
シンジ君の言うように、あの子の蓄えは結構なものだしね…。」
「じゃあ、どうして!」
「…あの子、お母さんに会いたいんじゃないかと思う…。
弐号機はああいう状況になってしまったから…。
町の復興費用で切羽詰ってるときに、さすがにエヴァの再建造は出来ないわ。
それに、そうする必要もないから、放っておけばあのまま破棄されたと思うの…。
アスカは、それに耐えられなかったんじゃないかしら…。
向こうに行けば、お母さんに会える。しかも、まだ自分が必要とされてると感じられたのよ…。」
「そんな…!」
私も、彼も、沈黙する。
何も言うことができなかった。
時計の針は、そんな私たちなど見知らぬように時を刻んでいく。
「悲しすぎるよ、そんなの…!
そんなことしなくても、アスカを必要としてる人はたくさんいるじゃないか!
母さんだってもういないのに…!」
「…あの子にはそう感じられないのよ…。
でも、それは仕方のないことだわ…。
悪くない…。アスカは悪くないの…。シンジ君だって…。」
「ちくしょう…!ちくちょう…!ちくしょう…!
うわあああ!!!!!」
絶叫。
心の叫び。
いつだったか、前にも聞いたことがある。
彼の友人が傷ついたとき。
私はあの時、彼にかける言葉を見つけられなかった。
そして、今この時も。
彼がいなくなった部屋で、引き出しの中にあった煙草をふかしてみる。
煙草の煙は空調の風に吹かれ、一方向へ流れていく。
それは最後に天井にまで行き着き、一瞬ライトを包み隠すとやがて消えた。
私には認めたくないことがあった。
それを認めてしまうと、どうにかなってしまう気がしていた。
でも、本当は分かっていたのかもしれない。
私は彼らの母にはなれないということを。
窓を見上げる。
あまねく星空に輝く月は、そんな私にずっと知らん顔をしていた。