目を開いた。
眩しい。
私は死んだのだろうか。
身体を動かす。
力がほとんど入らない。
無理に動かそうとすると、全身が痺れ、気だるさが襲ってくる。
しばらくして、何とか動かすことが出来たが、
それだけの動きで、私はどっと疲れてしまった。
「葛城さん?」
私を呼ぶ声が聞こえるが、それに応える気力はない。
私は誘われるままに、睡魔に身を任せた。
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My Beautiful World - episode4 - written by rego
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羽毛布団が私をくるむ。
まっさらシーツで囲まれたそれは、いいようもない心地よさを私に与えた。
個室の病室に置かれた医療用ベッドの上に私はいる。
腹部には弾痕、頭部には軽い擦り傷が残っているそうだ。
担ぎ込まれた状況では、失血死直前だったらしいが、
私の生命力と医師たちの必死の延命措置のおかげで、どうにか助かったらしい。
自分が生きていると知った時、私は喜びを隠せなかった。
あの光景も作り出せずに私は死にたくなかったから。
やり直す機会を与えられたのだ。もう一度。
無神論者である私のすることではないが、あの時は心底神に感謝した。
「ミサトさん?そろそろ回診の時間ですよ。
今日こそ退院の許可が降りるといいですね。」
彼も生きていた。
おそらくあの後、彼は敵と戦ったのだろう。
それでも彼は生き残ってくれた。私との約束を守って。
今は、甲斐甲斐しくも身寄りのない私の世話をしてくれている。
一ヶ月の間、その慣れない仕事をまったく絶やすこともなく。
彼を見てみる。
いつもの学生服を着込み、清潔さを保った姿が目に眩しい。
今の彼の外面からはあの時の様子は微塵も感じられない。
私はまだ事の顛末を知らない。
現場に出ていない人間には守秘義務を負うそうで、誰にも私に情報を教えてくれないからだ。
もちろんノート端末にもアクセス制限がかかり、私の技術ではそれを突破することは容易ではない。
私は自分勝手だったと思う。
あの状況で、嫌がる彼を半ば強引にたきつけ、結果としてエヴァに乗せたのだ。
尋常ならざる状況の尋常ならざる戦い。
彼が嫌がっていたことは百も承知だった。
だが、彼は乗ってくれた。
私と、自分の気持ちに応えて。
そして、私がここにいるということは、彼と彼女が敵を打ち破ったことに他ならない。
彼はそのことを今、どう思っているのか。
彼女とのことはどうなったのか。
私は知りたかった。
「ねえ、シンジ君…。」
「葛城さん?回診ですよ。」
ドアの外から邪魔が入ってしまった。
* * * * * * * * * * * * * *
「退院おめでとうございます。
よかったですね。思ったより軽い怪我で。」
彼はそう言うと、薄い笑みを浮かべた。
腹部への弾痕は、生々しく残っているが、日常生活に支障はない。
これからの定期通院はもちろん必要ではあるが。
傷口をそっと撫でる。
特に痛みは感じられない。
こんなことなら、タクシーなど呼ばずに、車を運転したかった。
私のルノーは先の騒動で廃車になってしまったが、
レンタルでもいいから、久しぶりに道路を疾走したい。
疎開だらけで人がいなくなった第三新東京市をフルアクセルで運転するのは、
どんなに気持ちいいだろう。
「ありがとう。
これでよーやっと、社会復帰できるわ。
退院時には本部に出頭することになってるし、
これから忙しくなりそうね。うん、楽しみだわぁ♪」
私がそう言うと、やはりクスっとだけ笑い、押し黙る。
入院中から、彼はこんな調子だ。
以前のように、私を怖がっている様子は見受けられない。
だが、それ以上でもないのだ。
義務的に私と接しているだけ。そんな感じを受ける。
現に、入院中にも私と彼の会話は限られたものであった。
タクシーの中はエンジン音に満たされている。
窓から見える第三新東京市は、地下であった惨劇も知らず、
常夏の太陽をその身に受け、私の眼前でただゆらゆらと揺れていた。
その景色は前とはずいぶん変わってしまった。
聳え立つ兵装ビルは縮小され、奥には新しい湖が見える。
彼らは死ぬ気で戦った。
誰も彼らを攻めることは出来ないだろうと思う。
広報部に注文をつけることを思い立ち、私はこれからの仕事に思い巡らせた。
数分の後、タクシーはマンションに着いた。
立派な外壁に象徴される堅持な造りは、最後に見た時のままだ。
私たちは支払いを済ませ、カードを通してマンションの中に入る。
人の気配は感じられない。
「久しぶりだわ。ここに帰ってくるのも。」
エレベーターを上がり、自室があるフロアに降りる。
高層マンションから見下ろす景色は、いつになく清々しい。
部屋の前に立ち、カードリーダーにキーを通すと、軽い空気の音とともにドアが開いた。
一瞬にして、中の淀んだ空気が漏れる。
中は、ここから見えるだけでも、所々ほこりを被ってしまっているようだ。
長い間、この家に誰もいなかった証拠だ。
この子は、本部から私のところに通っていたのだろう。
そして、やはり‘彼女’もここにはいない。
そんな気はしていた。
彼女は私の病室にも一度も来なかった。
別に見舞いに来てほしかったわけじゃない。
ただ、顔が見たかったのだ。安心したかったのだ。
彼女の無事な姿を見ることで。
彼女が今、どうしているか、私はまったく知らない。
見舞いに来た部下に何度かそれとなく聞いたが、やはり彼らは口を割らなかった。
彼に聞けば教えてくれたかもしれない。
「さー、久しぶりの我が家ね。
たっだいまーっと。さあ、入りましょ!」
努めて明るく言った。
だが、彼は何もしない。動くことすらしなかった。
玄関の前で私のバッグを担ぎ、ただ呆然と突っ立っている。
あの時のように俯いたまま、彼の表情は分からない。
「ミサトさん…。」
「…何かしら?」
「僕は…、分からないんです…。」
「…何が?」
唐突過ぎる展開だった。
今、部屋に入ろうかというこの時に。
いや、この時だからかもしれないが。
「前みたいに、ミサトさんが怖いとか…、そういうのはないと思う…。
でも、やっぱり分からないんです…。
僕がここにいていいのか…。
ミサトさんの世話をしたのだって、結局、僕のためだったんです…。
それでいいのかなって…。ここにいてもいいのかなって…。」
つらつらと心情を語る。
彼の脆弱な心は言葉を欲している。そう感じた。
自分の思いだけでは、それを消化し切れずに。
彼は、心の底から他人を求めている。
ただ、それを上手く伝えられないだけ。不器用なのだ。彼は。
「シンジ君、前にも言ったけど、私はあなた達を利用していた。
寂しさを紛らわすため、父の敵を討つため、他でもない私一人のために。
世界を救う?ううん、違うわ。それは建前で、私の本音は別のものだったと思う。
あなた達をモノとして扱ってたのよ、私は…。
この前だって、そう。私は結局、あなたをエヴァに乗せた卑怯な人間なのよ。
逆にあなたに聞きたいわ。
そんな私は、あなたにとって価値がある?好きになれる?」
「…前に、ミサトさんが言ってたこと、あれから考えたんだ。
本当に僕は卑怯じゃないのかって。
結局、結論は出なかったんだ。
でも、絶対自分が悪いとも思わない。気にならなくなったんだ。
それで、今度は人のことも考えた。
ずるいのかもしれない。浅ましいのかもしれない。
でも、それでも、人を好きになれたら、好きになってもらえたら、僕は嬉しいと思う…。」
彼は顔を上げた。
見た目にも分かるくらい不安な表情を浮かべている。
唾を飲む音が聞こえる。乾いた唇をしきりに気にしている。
そんな彼が少し可笑しかった。不謹慎なのかもしれない。
でも、私の心はほんの少しだけ、晴れ上がっていた。
「大好きよ…。」
「ミサトさん…!」
彼は一瞬のためらいの後、あらん限りに泣き出した。
この涙は何を意味するものだろう。
安堵か、歓喜か、どれでもいいと思った。
何にせよ、それは悪いものではあり得ないのだから。
私は彼を抱き寄せる。
背中に両腕を回し、力いっぱいそうした。
軽い痛みが腹部を襲ったが、気にはならない。
私自身がこうしていることを、嬉しく思ったのだから。
私の豊満すぎる胸に収まった彼の顔は、真っ赤に染まっている。
彼は恥ずかしがったのか、そこから抜け出そうとするが、私はそれを許さなかった。
「これが人の温もりよ…。
…今まで頑張ったわね。シンジ君。
もういいのよ。我慢しなくて…。」
「ミサトさん!ミサトさん!」
彼は私の背中に腕を回してきた。
私たちは玄関の前でしっかりと抱き合う。
寂しさが癒えていくようだった。
失いたくないと思う。この感覚を。
「おかえり、シンジ君。」
「ただいま。」