駐車場までやってきた。
この先の非常階段の下に彼はいる。
もちろん、彼がその場から動いてなければ、
殺されてなければ、という条件の下だが。
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My Beautiful World - episode2 - written by rego
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道が合成繊維のタイルから、鉄のそれへ変わった。
本部の中心からは、かなり離れているということになる。
足が床につくたび、否応なしに甲高い金属音を上げる。
ここから先は走ることが出来ない。
もし敵がいれば、遠方からでも格好の的になってしまうだろう。
すり足で壁際を移動しながら、私は耳を凝らす。
人間の気配は毛頭感じられない。
だが、先ほどの通信から察するに、この区域には間違いなく敵がいる。
私の手元に残されたのは、マガジン一つとナイフが一本、あと敵から奪ったサーモグラフ。
装備中の銃の弾倉を確認するが、既に弾は切れていた。
マガジンをリロードする。
カシャ、と静かな音を立てたそれに私は満足した。
なおも道を進む。
緊張からか額から汗が零れ落ちる。
空調の音以外聞こえない空間はそれを助長させる。
私はイラつきを禁じえない。
カバーも何もかけられていない明るめのライトが、そんな私は照らす。
蝿はいない。
目標はすぐそこだ。
駆け出せば、一分とかからずそれに達することが出来るだろう。
だが、それは迅速な反面、あまりにリスキーだ。
敵部隊がこの周囲で索敵を行っていれば、それは私とあの子と死を意味する。
三人に奇襲されては、私と言えどなす術はない。
可及的速やか、且つ確実にことを運ばなければならない。
焦ってことを仕損じるのは、馬鹿のすることだ。
この状況でそんなヘマをするわけにはいかない。
そんなことを考えながら、道を進む。
床は先ほどから‘G32’と書かれた表示を私に示している。
目標到達地点は次のブロックだ。
サーモグラフにも反応がある。
あの角を曲がれば。
いた。
彼だ。
敵に囲まれている。
「小僧、悪く思うな。」
気づいた時にはもう走り出していた。
無意識で打った一発目の銃弾が一人の額を捉える。
それはそのまま、鉄のタイル目掛けて吹っ飛んだ。
即座に反撃の銃弾が飛んでくる。
私は意に介さない。
いや、意に介せなかったのかもしれない。
さっきと同じように相手に殺されるイメージが、全くと言っていいほど沸かなかったから。
私は射撃をやめない。
闇雲に撃った六発目の銃弾が二人目を吹き飛ばす。
最後との距離は縮まった。
私は跳躍すると、兵士の顎目掛けて思い切り蹴り上げる。
全体重を込めた私の蹴りは見事に目標を捉え、相手を壁際まで吹っ飛ばした。
その距離を瞬時に詰め、私は崩れ落ちる兵士の喉に銃を突きつける。
「悪く思わないでね。」
ソーコムの銃声の後、三人の死体が無造作に並んだ。
彼らに委ねられた色彩はそれは汚いものだった。
* * * * * * * * * * * *
私は駐車場へ踵を返した。
第7ケイジヘ行くには、徒歩では不可能だ。
途中まで室内車両を使わなければならない。
さっきと違って連れがいるが、敵部隊の展開は今ならないだろう。
もしいれば、先ほどの戦闘に加勢しに来てもよかったはずだ。
注意するに越したことはないが、発見直後の今なら比較的安全と言える。
右手を見る。
私の手と彼の手が繋がれている。
いや、引っ張っていると言った方が正しいのか。
彼は上を見ない。ただ、濁りきった瞳で俯いているだけだ。
薄暗いライトは私たち照らし、その姿を無理やり私に視認させる。
この状況、そしてその瞳もこの上なく私を苛立たせる。
いつから彼はこんな風になってしまったのか。
私にはそれがよく分からなかった。気づいたらこうなってしまっていたのだ。
一緒に住んでいたというのに、一体私は何をしてきたのだろう。
この少年のことも、そしてもう一人少女のことも私は何も知らない。
保護者失格の烙印は甘んじて受けるつもりだが、
そもそも、何故あの時、私は彼を引き取る気になったのか。それが分からなかった。
同情ではなかった。それは確かだ。
少女を引き取る時もそう。
では何だ。
子供は昔から嫌いだった。
彼らを本部の施設に入れれば、いつも通りの気侭な生活が送れたというのに。
やはり分からない。
私は自分のことすら理解出来ない。
彼らのことなど、最初から分かるはずもなかったのかもしれない。
私は自嘲した。
彼を車に押し込み、私も運転席に乗る。
相変わらず、彼は何の反応も示さない。
これからまたあの巨人に乗らされ、無理矢理、戦わされるというのに。
最早、それすら彼の心を一瞬たりとも揺らすことが出来ないのだろうか。
依存でもいい。私に対する怒りでもいい。
何でもいいから、私に感情を示してほしかった。
室内車道のオレンジ光が車内に降り注ぐ。
車内は一瞬にしてその色に染まり、私たちを幻想の世界へと誘う。
それはあまりに鮮やかで、この状況には不似合いすぎた。
光は私の身体で遮断され、助手席の彼までは届かない。
彼はうす暗く、俯いたままだ。
「シンジ君…。」
やはり返事はない。
直後、私たちを乗せた室内車は、層移動のエスカレーターへと乗せられる。
私は緊張感を紐解いた。
ここまでくれば白兵での追撃はひとまず不可能だろう。
気づかれたとしても、戦闘ヘリをこちらまでよこす間に、私たちは降りてしまっている。
しかも、この狭い空間だ。こんな場所にそれを展開させることは考えられない。
あるとすれば、下りきった直後の襲撃。それにさえ警戒すればいい。
オレンジ光が弱まった。
ここを下りきれば、もうすぐ第7ケイジへ行ける。
あの巨人のもと、彼の母のもとに。
彼は知る権利がある。
ふと、そう思った。
だが、彼は知ることを望むだろうか。
真実は往々にして痛みを伴う。
この場合も彼にすればそうだろう。
私は彼の気持ちを知りたかった。
だが、相変わらず俯いたまま変わらない表情からは、それを窺い知ることは出来ない。
どうすべきか。
私は一瞬の思考の後、彼に言った。
「セカンドインパクトとエヴァ、話すわよ。」
* * * * * * * * * * * *
ガタンという無機的な音とともに、車内に目的地到達のランプが灯る。
私はさっきの戦闘で、敵から奪ったSMGを構えた。
まず、私が先に下りる。
彼の格好は幸いなことに、俯いたままだ。
この態勢なら、銃撃が届くことはひとまず避けられるだろう。
私は低い姿勢をとり、周囲を見渡す。
敵の気配はない。
サーモグラフは無反応の数値を示している。
私は息を撫で下ろした。
ここが一番の難所だと思っていたからだ。
車内無線でベークライト注入の指示を出したが、それが機能したのだろうか。
外から助手席へ回り、彼に車から出るように促す。
彼は動かない。
私は再度手を引っ掴むと、無理矢理、車外へと彼を引っ張り出した。
手を引いた状態のまま、私は目的地を目指す。
2ブロックほど先にあるR番地区のエレベーターに乗れば、ケイジに直行できる。
そこに到着出来れば、私たちの勝ちだ。
一般通路へ出ると、眩いばかりの人口の光が私の瞳を襲った。
眼前には見慣れた通路が広がっている。
私はそれが言いようもなく不気味だった。
ここから先は入り組んだ通路もベークライトもない。
隠れ場所になるものはないのだ。
もし敵に遭遇し、SMGの弾が切れたらそこで終わりだ。
何としてでも彼をケイジに上げなければ。
病み上がりの少女一人で戦うには、あの敵は強大すぎる。
二人で戦えば、それなりに勝算も出るかもしれない。
だが、逆に私は心配でもあった。
こんな状態の彼が行ったところで、まともに戦えるだろうか。
戦おうとするだろうか。
私は疑問だった。今の彼なら、喜んで殺されかねない。
考えただけでも嫌になってくる。
そんな疑念を払拭するため、私は歩を早めた。
開けたままの通路を進むと、狭い一本道が見えた。
ケイジが上にあるため、下は空洞になっている。
ここで間違いないだろう。ここを過ぎれば、エレベーターだ。
空洞から舞い上がる空気は、私の歩をせかす。
彼の手を引く。一歩。また一歩。
銃声。
刹那、彼の身体を私の前に引っ張り、抱えるようにして扉を目指す。
迂闊だった。
待ち伏せされていた。
サーモグラフに頼りすぎた。無効装備も十分考えうる範囲だったのに。
広すぎる空間にSMGの速射音が響く。
もし、この扉に細工でもされていたら一貫の終わりだ。
理不尽にも、怒りのようなものがこみ上げる。
今も昔も、しつこい男は大嫌いだ。
そんな私に気後れしたのか、扉はあっけなく開いた。
急いで押し入る。
身体が揺れた。
全身の筋肉が硬直し、一瞬、呼吸が停止する。
焼ける。全身の神経という神経が焼けるようだ。
次の瞬間には、左腹部に鈍く大きい痛覚が走った。
脳の思考がそれに刈り取られる。
私はこの感覚を知っている。
疑いなしに着弾のそれだ。
苦悶で顔が歪む。
私は思わず膝をついてしまった。
今、私の自慢の顔は酷く醜く歪んでいることだろう。
扉の中に入ったことを確認し、対侵入者用の緊急防護壁を展開する。
これでしばらくは持つ。
白兵用の火気程度ではびくともしないはずだが、如何せん今回はプロの一個師団が相手だ。
パンツァーファウストでも持ってこられたら、間違いなく木っ端微塵になるだろう。
急いでケイジへ行かなくては。
私は足を踏み出す。うまく動かない。
腹部から、血が溢れんばかりに湧き出ている。
赤い。ただ真紅に。
これなら、あの光景を生み出すことが出来るだろうか。
いや、ダメだ。やはり色が足らない。
全身に痺れが来た。いよいよまずい。
内臓のどこかがやられた証拠だ。
SMGの連射にあって、これだけで済んだのは幸運とも言えるが。
SMG、そうだ彼は。
彼は無事だろうか。
彼は私を呆然とした顔で見下ろしていた。
見える範囲では怪我は見受けられない。
普通に立っていられるのだから、状態はその通りだろう。
「…さあ、…行き、ましょうか…。」
それだけ喋っただけで激痛が走る。
頭がクラクラし、まともに呼吸をすることすらおぼつかない。
感覚の全てがそれに集中したのを感じた。
これは死だ。
疑いようのない死。
死はじりじりと、時には唐突に訪れる。
それが今この時だ。
ああ、私は死ぬのか。
あの光景を創り出すことも出来ずに。
「大丈夫…、大したこと…ない…わ…。」
彼の目を見据え、懸命に声を絞り出す。
死ぬ前に為すべきことがあるからだ。
だが、そんな私の気持ちとは裏腹に、彼はまた目を背けてしまった。
腹が立った。
何故、この状況下でそんなことが出来るのか。
どうして、何もしようとしないのか。
私は痛む腹部に耐え、彼をエレベーターのシャッターに押し付けた。
辺りは暗く、エレベーターの巡回音以外は何も聞こえない。
ここに先ほどまでの激しい戦闘の痕跡はなかった。
私の傷を除いて。
私は彼の声が聞きたかった。私の声を伝えたかった。
それは私得意の独りよがりなのかもしれない。だが、それでもよかったのだ。
今、私がそう思ったのだから。