30,000 Hit記念 何気ない日常

あの夜から幾日過ぎただろう。アタシ達の生活は少しだけ変わってきた・・・。
嬉しいことに、シンジが少しだけ積極的になった。もちろんそれはアタシから見ての判断。
あのシンジのことだから、当人としてはものすごく積極的に行動しているつもりなんだと思う。
だって・・・シンジが自分からキスしてくれるようになったんだから・・・

 

 

「アスカ。おはよう。」

キッチンで朝食の準備をはじめる頃にはシンジも目覚めて部屋から出てくる。

「おはよ。シンジ。シャワー浴びてきたら?」

「うん。そうするね。」

そう言いながら後ろから抱しめてくれて、頬に軽くキスしてくれる。
本当はね、リップにキスしてもらいたいんだけど、顔を洗ってくるまで駄目だって言うんだもの。フレンチキスじゃないんだし、アタシは別に気にしないのに。
でもいいの。背中がとってもあったかい。キスの後ですり寄るシンジの頬の感触が心地よい。思わずのどをならしたくなるぐらい気持ち良い。
アタシは先にシャワーを浴びているから髪の毛に顔をうずめられても平気。シンジがそうするの好きだって知っているし、アタシもそうしてもらうと嬉しいの。
抱しめてくれているシンジの腕をそっと叩くまでシンジはそうしている。
名残惜しいけど朝は忙しいから数分でアタシはシンジの腕を叩くことにしている。
シンジがバスルームに消えるのを見送ってアタシは再び朝の仕事を再開する。
きっとアタシの表情はおもいっきり弛んでいるんだろうけど、誰もいないキッチンでどんな表情をしていようとアタシの勝手よね。ふっふっふ~~んだ!

シンジのシャワータイムはおおむね15分ぐらい。最初の頃はね、ちゃんと顔洗ってるのぉ?って思ってたりもしたんだけど、男の子ってこれぐらいが普通らしいわね。
急がなくっちゃね。ミサトが起きてくるまえに、準備を終えてしまわないと、せっかくのシンジとの朝の時間がもったいないもの。
お弁当を完成させて、朝ご飯は仕上げを残して・・・っと、間に合ったわね。
シンジがバスルームから出てきたわ。エプロンを外してリビングにいかなくちゃ。

 

「ほらほら、はやく座って座って。」

「もういいの?」

「うん。もういいの。ほら、おとなしく座る。」

シンジをソファの前に座らせて、バスタオルを受け取ってポンと彼の頭にのせる。
わしわしわしとタオルでシンジの頭をかき回す。
シンジの髪の毛は短いからすぐに水気は取れるし、アタシと同じでシンジもブローするのは好きじゃないみたいで、いつもタオルでざっと拭き取るだけ。
アタシがこうしてあげないと、シンジったら自分でわさわさタオルでこすりながら部屋に戻ってしまうのよね。シンジが着替えてきたら朝ご飯にしなくちゃいけない。ということは必然的にミサトも布団から引きずり出さなきゃいけないのよね。
でもアタシがこうしてあげると、シンジは着替えにいけない。髪を拭いてあげるのはそれが目的。いいじゃない。アタシがそうしたいんだから。

「ほら。これぐらいでいいわね。」

「ありがとう。」

「そうじゃないでしょ。」

アタシは笑いながらシンジの肩をつつく。
立ち上がったシンジがアタシの隣に腰をおろす。
当然の権利よね。

シンジの腕がアタシの肩を抱き寄せる。アタシは力を抜いて身体を彼に預けるの。
ハンサムってわけじゃないけど大好きなシンジの微笑み。
やっぱりこの瞳よね。黒く透明なシンジの瞳。まっすぐに見つめられると、吸い込まれてしまいそう。
贔屓目化もしれないけどシンジの顔って奇麗な顔立ちだと思う。男らしさって点では今一つぱっとしないんだけどね。線が細くって男のくせにはかなげな顔立ちなのよ。
でも女々しいとかそういう感じじゃなくって、なんていうのかな、やさしい顔立ちって言えばいいのかしら。こいつだって真剣な顔になると格好良いんだよ。普段はなんとなくボケボケっと平和な顔をしているけどね。
でもアタシをみてくれるときはやさしい顔でいい。安心できるの。嬉しいの。

「・・・ん・・・・・・もっと・・・・・」

これこれ。これよね。
あれだけ大見得きってくれたんだから、これぐらいしてくれて当然よ。

『これからは勝手にキスするから』なんて言ったのはシンジなんだからね。
なのにやっぱりシンジよね。
こうしてアタシが段取りつけないとキスしてくれないんだもの。
もっとやさしくして欲しい。抱しめて欲しい。
素直になるって決めたんだから。甘えたっていいよね。

 

 

春と夏と秋と冬が通り過ぎて再び春が訪れた。第壱高校はクラス替えは無く1年A組のメンバーは全員そのまま2年A組に進級した。
年々復興の進む第三新東京市の人口は徐々に増え続け、毎月のように転入生が増えクラスの生徒数は定員に届こうかという勢いだったし、今年からは1年生のクラス数が倍増し4クラス編成となるということで、2年生と3年生がそれぞれ2クラスしかない第壱高校は一挙に3割り近い生徒増となっていた。

新入生が初めて登校してくる入学式の前日。放課後の2年A組の教室で『嵐の予感がする』とケンスケがにやりと笑った。

「何いうてるんや、ケンスケ。こんな良い天気やないか。」

DVDカメラのレンズを磨きながらにやついているケンスケに、いぶかしげにトウジが問い直した。
まだ高い位置にある太陽が投げかける強い陽射しを受けて、相田ケンスケの眼鏡が白く怪しい光を放つ。

「甘い。甘すぎるぞ、トウジ。」

「だからいったい何のことや。」

「ふっふっふっふっ・・・」

「だぁぁぁっ!だから何や!男ならはっきり言え!」

含み笑いをもらすケンスケに、しびれを切らすトウジ。
2人は教室の窓側の後の隅で同じ帰宅組みのシンジを待っていた。
シンジは新学期早々の日直のため、書き上げた日報を担任に届けに出ていったばかりだった。しばらく帰ってはこないだろう。

「去年の売り上げ、覚えているか?」

ケンスケがレンズをいそいそと磨きながら小声でつぶやいた。
彼が声を落としたのは、教室の前の方で談笑している2人の女生徒を気にしてのことだった。
彼の視線に気が付いてトウジも声をひそめて応えた。

「売り上げって・・・お前、また売るつもりか?あれを?」

「当たり前だろう。作れば作るだけ飛ぶように売れるんだからな。」

「お前なぁ。惣流に知られたら、ただじゃすまんぞ。」

ちらりとトウジも教室に居残っている2人の少女の方を見て顔をしかめた。
そこには相変わらず今年も学級委員長を仰せつかった洞木ヒカリという少女と、その親友である惣流・アスカ・ラングレーという日独クォーターの少女が、彼ら2人と同様に日誌を届けに出かけているシンジを待つ姿があった。

「そこはほら、こっそりとやれば大丈夫さ。なんと言っても歴代売り上げNo1。いや、あのタイトルだけで、今までの3年分の売り上げを越えたんだぜ。」

トウジの忠告にも関わらずケンスケの意気込みはいっこうに衰える気配が無い。
こうなったら最後の手段か?とトウジは思った。

「だけどアレはまずいんやないか?シンジだって怒る思うで。」

さすがにケンスケの手がとまった。

「お、怒るかな・・・」

「怒るに決まっとる。」

「う~ん・・・」

「シンジがどんだけ惣流んこと大事にしてるかお前かて知ってるやないか。」

「そ、そりゃそうだけど。それとこれとは・・・」

「違わん。いっしょや。」

相田ケンスケという少年はミリタリーマニアで、そして何時いかなる時もDVDカメラを手放さなず、第一高校はおろか近郊の学校の生徒で、美少女と形容される女生徒は一人残らずチェックしている生粋の美少女マニアだった。
そしてその秘蔵コレクションの一部を売却することで実益を上げていることは暗然たる事実であって、その収益の大半は彼の親友であるところの碇シンジという少年の彼女である日独クォーター惣流・アスカ・ラングレーという少女のビデオフォトが稼ぎだしていることも事実だった。
仲の良い友達は他にもいる。だが親友と呼べるほど親しい友人となると、鈴原トウジという気風の良いジャージを愛する男臭い実直なこの少年と、碇シンジというほっそりとした身体に不屈のやさしさを持つ少年の2人しかいない。
その親友の一人の怒りをかうとなると、さすがに計画の変更が必要になるだろう。

「やっぱ、アレは駄目かぁ・・・」

「悪いことは言わん。アレは止めとけ。」

「そうだな。そうだよな。」

「まぁ写真ぐらいなら、いつものことだからシンジも目くじら立てん思うがな。」

「売り上げ的には比較にならないんだけどなぁ。」

「それでも大したもんやろ。」

「まあね。」

結局ケンスケはトウジの忠告に従ってアレの販売は控えることを約束した。
だがそれでも彼には様々なフォトデータの蓄積があった。
そのフォトを焼き増しして売却するだけでも十分な売り上げを確保できることは容易に推測できた。
なにせ今年の新入生の数は今までの2倍以上なのだ。去年までに販売したフォトはもう上級生や同学年の男子生徒からの売り上げは見込めないだろうが、その数を上回るであろう新入生の男子生徒をターゲットすることで、恐らく去年の売り上げと同額以上の売り上げを記録することは間違いない。

再びケンスケの眼鏡が怪しく光を放った。
アレが駄目なら駄目で別なアイデアを採用しよう。
ケンスケは自分の欲望に素直な性格だった。またたくまにプランを検討し問題点を洗い出し終えると、勝算が彼の気持ちを明るく照らし出した。

よし。これでいける。絶対だ!

彼は心の中でガッツポーズを取った。
そして突然沈黙した彼を心配そうに見つめるトウジににこやかに声をかけた。

「トウジ。悪い。急用を思い出したんで先に帰ることにするよ。シンジ達によろしく言っといてくれよ。じゃぁな。」

やにわに立ち上がるとケンスケは自分の鞄を掴んで、あっけにとられるトウジを残して、脱兎のごとく教室から駆け出していった。

「な、なんや?いったいどうしたんや?」

 

 

学校の帰り道。通いなれた道。途中で友人達と別れてから腕を組んで歩く道。
同じ屋根の下で暮らしていて、学校でも同じクラスで、それでも不思議と話題には事欠くことが無く、二人は楽しそうに歩いていた。

幼さを消しつつある16歳の少年と少女。穏やかな顔立ちの黒髪の少年はまた少し背が伸びたようで、明るい金髪を揺らす少女の頭は丁度彼よりも頭一つ低い位置にあった。
だから時折小声になる少女の声に耳を傾けるために少年はややあごを引き、少女の顔を覗き込むように頭を下げて歩いている。

「あ~あ・・・明日から新入生がドバッと増えるのよねぇ。」

「そうだね。今年はずいぶんと定員が増えんだってね。」

「アタシたちの学年の倍以上の人数だって。」

「お昼休みにケンスケが言ってたね。1年生は4クラスになるって。」

「そうね。にぎやかになるのはアタシも嫌じゃないんだけど、ちょっとうっとうしいのよねぇ。」

「うっとうしいって・・・どうして?」

ため息をつく自分を不思議そうに見つめる少年に、少女は微かな苛立ちを覚える。
やっぱり気付いていないんだ。いいかげん気付いてもよさそうなものなのに。
シンジらしいと言ってしまえばそれまでなんだけど・・・。

「またアタシの下駄箱には毎朝ゴミが増えるのよね。」

「ああ・・・そうか・・・そうだよね。アスカはもてるから。」

「そうかって、あんたねぇ。」

今までの経験からシンジは正しく近い未来に起り得る高確率の出来事を、ほぼ確定的な事実であろうと推測して彼女に答えただけだったのだが、その答えはアスカの苛立ちを助長するような返答だった。
自分の腕に絡められたアスカの手に、ぐっと力が加わったことと、その強いアスカの口調から、ようやくシンジが自分の失言を悟ったときには既にアスカの苛立ちは明確な怒りへと成長してしまっていた。
恐る恐る覗き込むと柳眉を立てて怒っている碧い瞳が彼を睨み付けていた。

「アタシが他の男からラブレターを山のようにもらっても気にならないっての!?」

「そ、そんなことないよ。」

「なによ。本当にそう思っているの?」

「思ってるさ。」

「じゃぁ何で『アスカはもてるから』なんて気軽に言うわけ?」

「いや、違うよ。アスカ、それは誤解だよ。」

「なにが誤解なのよ。あんた、そう言ったじゃない。」

「言ったよ。確かに言ったさ。でも違うよ。違うんだ。」

「何が違うのよ。」

「アスカは受け取らないじゃないか。」

「え?」

「アスカは一瞥もしないで全部捨てちゃうだろ?」

「う、うん・・・」

「だから僕は何も言わない。それじゃ駄目かな?」

「・・・・・・」

「それに信用してる。アスカのこと。」

「え?」

「僕の彼女は他の男のことなんか見向きもしないって・・・」

「ば、馬鹿・・・」

「馬鹿はひどいなぁ。」

「馬鹿は馬鹿よ!天下の往来で何恥ずかしいセリフ言ってんのよ・・・」

「・・・・ぷっ!」

「な、なに笑ってるのよ。」

「別に・・・」

「ちょっと待ちなさいよ。笑ってるじゃないの。」

「笑ってないって」

「笑ってる!」

「笑ってない。先にいくよ。」

「こら!待ちなさい!」

「待たない。」

「待ちなさい!」

「い・や・だ!」

「このぉ~~~!」

10m程走ったところで少女が少年に追いついた。
頬を真っ赤に染めた少女は両手で持った鞄を何度も少年の頭に打ち付ける。
頭を抱えながらも少年は笑っていた。もちろん少女も笑っている。

だがこの時少女の脳裏には口に出せなかった不安が小さなしこりとなって残っていた。
やはり気付いていない。シンジは判っていないんだ。要注意よね。

 

 

まったくもって許し難いことに、アスカの危惧は見事に的中した。
入学式の翌日にはラブレターが彼女を悩ませはじめた。
それも予想以上の数のそれが下駄箱を占領した。
そして日々それは増え続け翌週には下駄箱の扉が閉まらないほどの量になっていた。

「なんなのよぉ。いくらなんでも異常だわ。」

所詮アスカは読むつもりはない。今まで通りに下駄箱から全て掻き出して捨てるだけなのだが、その数量の増加にはさすがに首をひねらざるを得ないのだ。
去年は新入生代表として入学式の演壇に上がった。クラスも名前も自分で言った。だからラブレターが下駄箱に舞い込んだことも納得できる。
下駄箱にはクラス名と氏名を書いたラベルが貼ってあるのだから、アスカの外見に惹かれた男子が動くのに充分な情報を自ら提供したことになる。

だが今年は違う。アスカは二年生で入学式のときにも自分のクラスの列に大人しく腰掛けていただけだ。上級生と同じ二年生ならアスカの情報を押さえていても不思議は無いのだが、このラブレターの多さは間違いなく新入生である一年生からのものが加わっているに違いない。
なぜ昨日の今日で新入生がアスカのクラスと名前を知ることができたのだろう。生徒名簿を調べれば知ることはできるだろう。だがそれにはアスカの名前を知らなければならない。一見して純潔の日本人ではない容貌であるとは言え、第壱高校にはアスカ以外にも帰国子女や外国籍の生徒は幾人もいるのだから、氏名を知らなければアスカの下駄箱を知ることもできないはずだ。

だが所詮それらは重要ではない。うっとうしいことには違いないが、だからといってこの状況をどうこうしようという意思は彼女には無い。放っておけば良い。これまで通り何もせず無視し続けるのだ。それで良い。彼女はそう割り切っていた。
「シンジ・・・捨てなさいよ。」

アスカの視線の先には自分の下駄箱に入っていた数通の封筒を所在なげに手に取るシンジの姿があった。
そうなのだ。シンジの手に収まるその封筒は、ピンク色や淡いパステルカラーの可愛らしい色の封筒は、碇シンジ様と宛名が書込まれていて、間違いなくアスカの恋人であるところの少年宛てに差し出されたラブレターなのである。
入学式の翌日には1通のラブレターがシンジの下駄箱に入っていた。
翌日にはさらに2通のラブレターがシンジを待っていて、さらにその翌日には5通に増え、一週間を過ぎてもコンスタントに5~6通のラブレターが日々届けられるようになっていたのだ。

初日のアスカはそのラブレターの存在を知っても微笑む余裕があった。
アタシのシンジに目を付けるとはいい趣味しているじゃない。自分と違って無碍に捨てることは出来ないだろうと、シンジがそれを鞄に仕舞い込むのを冷やかせるだけの余裕があった。
どうせシンジは手紙を差し出した本人が指定した方法で、ただし本人の望みとは裏腹に丁重にその申し出を断るであろうことを確信していたし、この自分の恋人たる少年が他の女性の感心を惹きつける存在であることに多少の喜びを感じもするのだ。
複雑な心境ではあるが彼女のプライドをくすぐったことは事実なのである。

だがそれが連日のように、それも日々増加してゆくとなると、彼女は動揺を隠せなくなってきた。
去年はこんなことはなかった。シンジの側にはアスカがずっと寄り添っていた。
誰もが知っているはずだ。シンジとアスカが恋仲であることを。
もしかしたらシンジを好きになった女の子もいたのかもしれない。でもアスカが側にいるのだから、れっきとした彼女がいるのだから、シンジにアプローチする女の子はいなかった。
上級生も同じ学年にも二人の仲は知れ渡っていた。そして去年はこんなことは無かった。
だからこのラブレターの差出人は新入生に違いないのだ。

もしかすると、ラブレターの1通や2通ぐらいはありえるかも・・・とは思っていた。
でも、こんな状況になるとは想像もしていなかった。完全に彼女の予想の範疇を越えている。異常だ。普通じゃない。  自分宛のラブレターの急増といい、シンジ宛のラブレターの急増といい、必ずどこかに原因があるはずだ。
これは絶対に何かがある。何も無いはずがない。見つける。見つけてみせる。
入学式の翌週にはアスカはこみ上げる怒りを飲みこみながら固く心に誓ったのである。

 

 

「ったく頭に・・・く~る~わ~よ~ね~~っ!」

この日アスカはついに異変の原因を突き止めることに成功した。
これまで心中穏やかではない毎日を送っていた彼女は、その原因となったある証拠を片手に握りしめて激怒していた。

踏み込みは完璧。左足の震脚が教室の床と窓をビリビリと振るわせる。蹴り脚は完璧にその反動を腰に伝え、素人目にも明らかな螺旋の動きとなって彼女の身体を力の波が駆け上り、爆発的な力となって軽く握った右の拳の先端で炸裂した。
その怒れる美少女の放った正義の鉄拳は、見事非道の主のあごを捕らえていた。
にぶい音が2回響いた。1度めは拳が彼のあごを打った音。2度目はその打撃によって弾き飛ばされた彼の身体が教室の壁に叩きつけられた音。
放課後の教室を静寂が支配した。

「こんなものを配っていたとはね。」

ねめつけるような視線でアスカは床に崩れ落ちた彼を睨む。

「ねぇ、アスカ・・・」

「駄目よ。許すつもりは無いからね。」

「いや、でもこうして謝っているんだし。」

「嫌よ。」

「どうしても?」

「どうしてもよ。」

シンジをしてもこの怒り狂ったアスカをなだめることはできそうもなかった。
教室に残っているクラスメート達の視線が気になるが、アスカの怒りは簡単には納まりそうもない。シンジに押さえられないものを誰が押さえられるというのか。
息を殺して成り行きを見守っているクラスメート達だけではなく、今回ばかりは仲裁に入る気配すら見せない洞木ヒカリは完全にアスカに同調してる様子で、その顔には怒りの色を滲ませている。これではアスカを制止するどころか、その意を煽りかねない。

「・・・ぐぅで殴るとはえげつないの。」

「うるさいわよ。アンタも一枚噛んでるってわけ?」

「鈴原!」

2年A組の窓際。その後ろの隅。鈴原トウジが腕組みしながら渋い表情でつぶやいた。
が、とたんに彼に向けられる二人の少女の冷たい視線と強い叱責の言葉に、彼はあわてて身の潔白を主張した。

「ち、ちがうで。ワイは知らん。ほんまに今回のことは知らんのや。」

「なら鈴原はだまってなさい。」

今年も学級委員長を勤める洞木ヒカリが釘をさした。

「そうよ。関係無いならアンタは引っ込んでて。ぐだぐだ言うんなら、アンタもコイツと同罪とみなすからね。」

怒りのオーラをまとったアスカが大きなリアクション付きで叫ぶ。

「わ、わかった。ワシはもう口を挟まん。」

怒った顔もきれいなもんや、と内心思いつつも、やはり本気で怒っているアスカにこれ以上関わるのは危険だと判断したトウジは、足元で涙目になってあごを押さえている親友を痛ましそうにみつめながら一歩後に下がった。

「トウジぃ~・・・」

「あかん。今回はあかん。諦めぃ。骨は拾ってやる。」

もはや自分にできることは無い。自業自得やしな。トウジはそう思っていた。
それでも少しでも親友の身を案じて、トウジはヒカリの手を引いて彼女も一歩下がらせた。
今回の場合洞木ヒカリがどちらの味方につくかは明白だった。
怒り狂った惣流を押さえるのはシンジに任せて、惣流の怒りに共感しているヒカリをせめて遠ざけるのが自分にできる精一杯のフォローだと考えたのだ。

「ケンスケ・・・どうしようもないよ・・・・・・」

諦めたような声色でシンジが声をかけた。

「相田。きっちり筋は通させてもらうわよ。覚悟はいいでしょうね。」

「わっ・・・止めてくれぇ!」

相田ケンスケは最初の右ストレートの他、二度の往復びんたと左フックで撃沈した。

フルカラーコピーで作成された豪華な商品サンプルリスト。氏名、学年、クラス、スリーサイズ、身分証明用サイズのバストアップフォト付き。
少年が用意したサンプルリストは新入生達だけではなく、第壱高校に瞬く間に広まっていった。今まで小口で注文を受けていた時には考えられないほどの注文が舞い込んだ。これならアレに手を出すまでもなく、今年も充分な売上を確保できるはずだった。
精力的に注文をこなし、その合間にサンプルリストをどんどんと更新していった。リストを更新すると注文がまた増えた。その循環がいつしか彼の思惑以上の流れとなり、結果、その存在を知られてはいけない人間の手にまでサンプルリストが渡ってしまうこととなったのだ。

沈んで行く意識の片隅で彼は今回の失敗の原因を分析していた。
原因さえ突き止めれば対策はいくらでもたてられるさ。
やっぱりハードコピーを大量にばら撒いたのが間違いだ。オンラインにしよう。会員制にして、IDとパスワードを発行して、会員以外には閲覧できないようなオーダーシステムを構築すれば大丈夫さ。これならばれっこない。
そして意識が完全に途切れる最後の瞬間。彼は心のなかで親友の一人と次の計画の話し合いを既に開始していた。

「まったく、ひどい目にあったよ。」

「そうやな。けどアレを売り出していたら、こんなもんではすまんかったやろな。」

「・・・ああ、そうだな。だが俺は諦めんぞ。」

「またやるんか?」

「着目点は間違ってない。俺はやり方を間違えただけだ。」

「お前・・・本当に懲りないやっちゃなぁ。」

痣と真っ赤なもみじで変形した顔に微笑みを浮かべながら相田ケンスケは沈黙した。

 

 

実質的に状況はなんら変わり無いのだが、諸悪の根源を付きとめその実力排除を果たして帰宅したアスカは一転してご機嫌モードに突入していた。
着替えを済ませた二人は朝と同じように並んでソファに腰掛けている。

「シンジぃ。手が痛いよぉ。」

「うん。ちょっと腫れちゃったね。保健室で手当てしてもらえば良かったかな?」

「ええ~~。嫌よぉ。今日はリツコの当直日だったじゃない。」

「そうだけど。アスカはリツコさんに診てもらうの嫌なの?」

「そんなの決まってるじゃない。リツコがアタシ達に市販の薬を処方してくれたことなんて一度でもあった?いっつも得体のしれない手書きのラベルを貼った薬ビンを使おうとするじゃない。アタシ嫌よ。そんなの。」

 

ひどい言われようであるが半分事実であるだけにシンジは苦笑せざるを得なかった。
平和になったとは言えチルドレンは重要な存在であることに変わりは無い。保険医として第壱高校に非常勤で勤める赤木リツコ博士は、大量の特殊薬品をNERVからチルドレンの治療用に持ちこんでいるのだ。
もちろんそれらはれっきとした治療薬なのだが、リツコの趣味のためかひとつとして市販の薬品はなく、例えそれが単純な総合感冒薬であっても彼女自身の手で合成した、リツコスペシャルとでも言うべきオリジナルの感冒薬を持ちこんでいるのである。
本人曰く『市販品を遥かに凌駕する効果・即効性・持続性。完璧よ。』だそうだが、実際にそれを投与される側としては不安を感じて当然であろう。

「後は任せなさい。帰っていいわよ。」

「お願いしますね、リツコさん。」

シンジも気絶した友人を保健室に預けてきたことに一抹の不安を覚えていた。
だが元気良く続くアスカの言葉にすぐに注意を引き戻される。

 

「これぐらいなら、おとなしくしていれば、すぐに良くなるしね。」

「大丈夫?」

「平気よ。ちょっと手首が痛いだけだもん。」

「でも大事にしないと・・・」

「無理するつもりはないわよ。」

「今日は当番変わろう。アスカは休んでいてよ。」

「え~。いいよ。アタシがやるから。大丈夫よ。」

「本当?無理しないでよ。」

「しないって言ってるでしょ。そのかわり今夜は簡単なもので我慢してね。」

「もちろんOKだよ。」

「へへへ。シンジも簡単なもので良いって言ってくれたし・・・」

「あ、アスカ・・・!?」

アタシは唐突に身体をシンジに摺り寄せた。
シンジったらあわててる。もういいかげん慣れてよね。
アタシまで恥ずかしくなっちゃうじゃないの。

「だってぇ。・・・時間いっぱいあるよ。」

「う、うん・・・そうだね。まだ5時だものね。」

「だから・・・ね・・・」

「ね・・・って・・・アスカ・・・」

「んもう・・・ミサトだって、まだ帰ってこないんだよ・・・」

 

しょうがないわね。やっぱりアタシがセッティングしなきゃいけないのかな?
アタシはもっともっとシンジを感じていたいんだよ。
組んだ腕があったかいよ。シンジは何も感じない?アタシはいっぱい感じてるよ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

ためらう必要なんて何も無いのに。
ねぇ、抱しめて・・・抱しめて欲しいの・・・
そんな困ったような顔でアタシを見つめないで。
ちゃんと受け止めて。笑顔を見せて。アタシを包んで・・・

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

おっきいよね。アタシの手なんて、ほら、絡めた指の太さも全然違う。
初めて会った頃はアタシの方が背も高かったのにね。
もうアタシの手・・・シンジの手の中に収まってしまうんだね。
気持ちいいよ。シンジの胸にいると安心できるんだから。
ねぇ・・・髪・・・撫ぜて・・・・・・髪も撫ぜて欲しいの。

 

 

 

 

 

 

やっぱり、あったかい・・・シンジの腕の中・・・

もっと強く・・・
ねぇ・・・もっと・・・・・・・お願い・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あったかくて・・・気持ちいいよ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜかこの日帰宅したミサトの前に出された夕食は、近所の定食屋の親子丼だった。

 

=== お終い ===  (君達・・・何してたの?)


夜雷です。

30,000ヒット記念として、「明日からは」の続きを書いてみました・・・いかがでしょうか?
気に入っていただけると嬉しいのですが、ようやく脱出したブランク直後のリハビリ初弾でありまして、
自分自身書き足りないような書き残したような、そんな気持ちが残っています。

ご感想やご意見ご指導などいただけましたら幸いです。