自分一人分の夕食を作って、一人で食べて、お風呂に入って、アスカは一人リビングに座って考え込んでいた。
なぜ謝るの?ミサトもリツコも・・・
なにを謝るの?
クッションを抱きしめる腕に力がはいる。
わかんない。なにか変だよ。
なんなの?
・・・なんなの?
・・・いったい・・・なんなの?
TVを付けてはいるが、アスカの碧い瞳は何も見ていなかった。
さっきまでは湯上がりで桜色だった頬も、蒼白といっていいほど青ざめている。
不安感がどんどん大きくなる。
リツコは何か知っている。
でも聞いたって教えてはもらえない。わかってる。
教えてもらえることなら、さっきの電話で話してくれてるはず。
アタシに話すことができないから「ごめん」と言ったんだ。
アタシには、今、アタシが持っているもの以外に何も無い。
ミサトとの生活。ヒカリたち・・・友達。学校生活。
ドイツには両親がいるけど、それは嘘の親。アタシのものじゃない。
今ここにいるアタシが本当のアタシ。
ミサトがいて、アタシがいて、お友達のみんながいて・・・
加持さん、マヤ、日向さん、青葉さん・・・みんないる。元気にしてる。
エヴァもあるけど弐号機じゃない。ママじゃない。ママはもういない。
アタシ・・・惣流アスカラングレー・・・最後のチルドレン。
弐号機専属パイロットだったアタシはもういない。
今のアタシは、惣流アスカラングレー。ただの、惣流アスカラングレー。
エヴァは無くなっても悲しくない。弐号機じゃないから。ママじゃないから。
ドイツの両親がいなくなっても悲しくない。アタシのものじゃないから。
ミサトがいなくなったらとても悲しい・・・でも帰ってくるって書いてた。
加持さんがいなくなったら?・・・ミサトと同じ・・・とても悲しい・・・
リツコがいなくなったら・・・きっと悲しい・・・
マヤや日向さんや青葉さんも同じ・・・悲しい・・・でもみんないる。
ヒカリがいなくなったら・・・鈴原と相田がいなくなったら?
仲の良い友達だもん・・・いなくなったら悲しいよね。
他の友達は?いなくなったら悲しい?・・・悲しいよね・・・
これだけ・・・よね・・・今のアタシが失って悲しむモノ・・・
この中のナニかがアタシを悲しませるの?
そうなんでしょ?ミサト・・・だから謝るんでしょう?ちがうの?
静かな夜だった。
ミサトさんには話したいことがいっぱいあった。
エビチュを用意しておけば良かったとミサトさんに言ったら笑ってた。
僕はまだ話していなかったここでの生活を話しつづけていた。
僕は笑っていた。ミサトさんも笑っていた。
その時、どこか遠くから、くぐもった音が聞こえてきた。
続けて乾いた音が幾つも聞こえてきた。
背筋に悪寒の走る音だった。悪夢の音・・・
ミサトさんの顔色が変わった。きっと僕の顔色も変っている。
その時ミサトさんの携帯電話が鳴り始めた。
なぜか判ってしまった。僕が原因なんだと・・・
『ミサト!聞こえる?』
「リツコね。聞こえているわ。どうしたの?」
『始まったわ。予定より繰り上げね。思ったより田舎だったみたい。
敵の2/3は少し離れた市内で騒動を起こしているわ。陽動ね。
そっちには戦自に回ってもらったわ。
保安諜報部のガードは予定通り待機中よ。
ただ敵方も1/3近い戦力を残しているの。結構やるわね。
MAGIの分析によると99%の確率であなたを狙うはずだわ。
だけど、きっとこれも陽動ね。本当の目的は・・・』
「そうね。判ってるわ。教えてくれてありがとう。」
『気をつけてね』
電話を切ったミサトは真剣な表情でシンジの前に立った。
つられるようにシンジも立ち上がる。
「ごめんなさい。あたしが軽率だったわ。」
いきなりミサトが謝罪した。
「・・・やっぱり僕が原因なんですよね。
ミサトさんが謝る必要なんて無いですよ。」
「違うの。あたしの配慮が足りなかったのよ。
昨日、シンちゃんから電話もらって、嬉しくてスクランブルかけるのも忘れて
話し込んじゃって・・・あなたの所在が敵性組織にばれてしまったみたい。
おまけにあたしが今日ここにいることも・・・
だからこれはあたしのミス。ごめんなさい。シンちゃん。」
「判りました。僕もミサトさんの立場を忘れましたから。
おあいこです。もう謝らないでくださいね。」
と、ミサトがおもわず見とれてしまうほど明るい笑顔を返す。
「で、僕はどうしたらいいんでしょうか?」
「とりあえずここにいるのは危険よ。
所在を押さえられているのが辛いわ。
まずは移動しましょう。」
シンジはミサトにしたがって家を出た。
家の前には見慣れた黒服のガードが既に到着していた。
それを見てシンジは思った。ここでの生活はもう終わりなんだと。
でも悲しいとは思わなかった。少し寂しい気持ちはあるけど、もう心は第三新東京市へ飛んでいたから。いい機会だ。この街にさよならしよう。
「シンジくん。急いで。」
ミサトさんは既に青いルノーの運転席でシンジを待っていた。
とたんに既視感に襲われる。初めてミサトさんと会ったときと同じだ。
「おんなじですね。」
助手席に滑り込みながらおもわずつぶやいた。
一瞬怪訝そうな表情をみせたが、ミサトもすぐに判ったようだった。
「ほんとね。あたしたちって、こういう縁なのかしら」
微笑みを浮かべながらルノーはスタートした。
ホイールを鳴らしながら黒々としたスリップラインを残してものすごい加速で
走り始める。
身体がシートに押し付けられる。久々の感触。思い出した。
おもわずシンジは苦笑する。ミサトさん。相変わらずですね・・・。
そのとき夜空を明るい炎の帯が飛びかう様子が目にはいった。
こんなとこまで同じだ。いつのまにか戦場のまっただなかにいる・・・
陽動に出たチームの襲撃が始まった。
市内の主要な警察署を遅い、手榴弾で車庫を破壊。足を奪う。
散発的な銃撃戦をお義理に行ってすぐに引く。
わざと徒歩で街を徘徊して警察の動きを引き付け時間を稼ぐ。
だがそれは適わなかった。
警察を引き付けるべく散開しようとした彼らの眼前に、迷彩野戦服に身を固めた集団がいきなり現れ、問答無用とばかりにサブマシンガンが掃射された。
抵抗する間もなく新日本赤軍の精鋭達は血の海に沈んだ。
ほぼ同時刻に陽動に出ていた全てのチームがほぼ同様の運命を辿った。
陽動部隊を回収する目的で市内を走行していたトラックの運命はもっと悲惨であった。拳銃以外の武装を持たないにも関わらず、戦自特殊部隊の装甲車により前後から挟まれ圧壊。投降の声さえ無視され運転席にいた二人のメンバーは迫りくるボディに挟まれ悪夢のような悲鳴を残して絶命した。
斥候として目標を監視していた伊東は、青いルノーに女と共に目標の少年が乗り込むのを見て、あわててレシーバーを手に取った。
計画とは違う。至急連絡しなくてはいけない。
その時、後ろから彼の口を押さえる者がいた。同時に彼の首筋にあてがわれたナイフが闇に一閃する。反射的にびくんと身体がのけぞった。
自分の喉から血と呼気が吹き出すのが判った。それが伊東の最後の意識だった。
伊東を排除した男はレシーバを握り以東の声色を真似て送信ボタンを押した。
「犬の乗った車が出ました。予定通りです。」
連絡を受けた2台のトラックは予定通りの陽動を実行すべく移動を開始した。
ガードについている3台のNERVの車両の位置は押さえてあった。
1台は目標の青いルノーとともに移動を開始したはずである。2台は最前確認した位置に停止したままだ。
トラックの幌のすきまからロケットランチャーの狙いを定める。
トリガーを引けば戦車の装甲ですら打ち抜く榴弾が発射され、目標となった防弾仕様の黒い車両は粉みじんに消し飛ぶはずであった。
だが彼がトリガーを引くよりも早く飛来した複数のロケット弾がトラックを直撃した。セオリー通り3方向からの同時攻撃である。
トラックに乗る誰一人として気付かぬ間に、爆炎が彼らを地獄にいざなった。
ほぼ同時にもう一台のトラックにも同じように3方向からのロケット弾が打ち込まれていた。市街地に赤々と二本の火柱が燃え上がった。
「うまくいってるな。そろそろ行くぞ」
スミスの合図で全員がガスマスクを着用した。
トルネードランチャーを用意した安岡が親指を立てて応える。
準備OK!さぁいこう!
目標の白い家に向かってトラックが発車した。
相手は素人のガキである。プロ相手ならば1階に催涙ガス弾を打ち込むと同時に階上から別働隊が突入して退路を断つ必要があるが、素人であればそのままガスにまかれて昏倒するか、あわてて戸外へ飛び出してくるであろう。
戸外に飛び出してくれれば一番都合が良い。
だから目標の家屋の玄関を通り過ぎ前庭が見えるところまでトラックを移動させることになっていた。
ふたたびスミスが合図した。
安岡はトラックの荷台でランチャーを構え投擲姿勢を取った。
明るい灯りがともる居間のテラス。この距離で外すわけがない。
そう思った瞬間。安岡の額をライフル弾が打ち抜いた。
血潮が飛び散った後に、ターンという乾いた射撃音が届く。500m以上の遠距離からの精密射撃であった。
呆然と倒れる安岡の身体をみていたメンバーの中で、やはり一番に自分を取り戻したのはスミスだった。
スミスは作戦の失敗を悟った。逃げられるか?
「ふせろ!スナイパーだ!」
ライフル弾ならば防弾仕様に改造したトラックの横壁で防ぐことができる。
それは正しい判断のはずだった。敵がライフルで攻撃し続ける限り。
だが次の瞬間。トラックには3方向から同時にロケット弾が打ち込まれた。
轟音とともに火柱が立ち、搭乗していた最後の新日本赤軍のメンバーごとトラックは跡形も無く消し飛んだ。
敵の即時殲滅を目的とした戦闘はわずか15分で決着した。
それは断固たるNERVの意志を全世界に知らしめるための戦いだった。
新日本赤軍側は文字どおり全滅。対する守護側の損害は0であった。
世界はNERVの意志を正しく受け止めた。
発令所のコンソールから最後の赤い光点が消えた。
「・・・終わったわね」
リツコがつぶやいて緊張を解いた。
マヤと日向は次々と入る報告を処理していたが、リツコには確信があった。
予定と少々異なったが、おおよそシナリオ通りに事が運んだはずだ。
「わたしの役目はちゃんと果たしたわよ。がんばって・・・ミサト」
今回の作戦によりサードチルドレン「碇シンジ」の所在が明らかになった。
現存する二人しかいないエヴァンゲリオンパイロット。
もう一人はNERVが確保している。
身辺警護は政府首脳部よりも手厚く緩み無い。
おそらく世界のどこかではエヴァを自力で作り上げようとあがいている国なり
組織なりが存在することだろう。
だがエヴァを作ったところで、パイロットがいなければ宝の持ち腐れだ。
ダミーシステムの情報は完全に封印した。ゼーレの研究施設は完全に破壊され、所属していた全ての人員とコンピュータの記憶は完全に抹消された。
パイロット候補生なら、おそらく世界中にいるだろう。
だが、そのうちの何人が絶対境界線を越えてシンクロできるのだろう。
起動レベルに達する者は確かにいるかもしれない。可能性はぬぐえない。
だが、NERVにはアスカがいる。
アスカのシンクロ率は量産型エヴァにして43%。無敵と言っても良い。
起動可能な程度のエヴァなど何十機持ってきたところでアスカの敵ではない。
唯一アスカに対抗できるのは、いまとなってはシンジしかいないのだ。
そのシンジが襲撃された。
NERVがシンジの保護に動く正当な理由ができた。
今のNERVは世界の軍事力の頂点に位置している。真っ向から対立姿勢を取る国も組織ももはや無い。2年前の動乱期には国連に対する発言力は弱かった。
シンジに対する干渉を断ち切るのが精一杯であった。
だが、いまのNERVならば、強大な権限を得ることに成功したNERVであれば、シンジの生活を守ることができる。特に第三新東京市においてNERVの監視の目をくぐり抜けてシンジに干渉することは不可能と断言してよい。
暗殺ならば可能であろう。侵入も可能であろう。だが撤収は許さない。一度懐に飛び込んだならば確実に殲滅される。
第三新東京市にはNERV保安諜報部以外の諜報組織の立ち入る隙はない。
「9時30分をもって作戦行動の終了を宣言します」
発令所にマヤの明るい声が響いた。戦いは終わった。
リツコはミサトを思った。
自分の手を血に染めてまであの子達の幸せを願うのね・・・
ミサトが作戦終了の連絡を受けたのは当然疾走するルノーの車中であった。
クルージング速度まで減速してミサトは事後処理を依頼して電話を切る。
助手席ではシンジが押し黙ったままミサトを見つめていた。
「・・・はぁ・・・終わったって。」
ミサトは明るく声をかけた。
「びっくりしたわねぇ。ロケット砲まで飛び交うとは思わなかったわ。
今聞いたらね、不幸中の幸いというか、昨日の盗聴された電話、戦自の方でも情報を入手してたらしくて、出張ってくれてたんですって。
さすがにNERVの保安諜報部がついててくれても、ロケット弾まで持ち出されてちゃお手上げだったわ。あっぶなかったぁ。」
全て自分の計画通りである。心の奥で涙をながすミサト。
だが努めて明るくふるまう。この心優しい少年に悟られてはいけないのだ。
「助かって良かったです。ミサトさんが無事だったことが何より嬉しいです。」
「もうシンちゃんもうまくなったわねぇ。お姉さんうれしいわ。」
「な、なに言ってるんですか・・・
本当に嬉しかったからそう言っただけなのに。」
「ふふっ・・・ごめんね。からかったりして。シンちゃんの言葉嬉しかったの。
さってとぉ、ところで、これからどうする?
シンちゃんちに泊めてもらおうと思ってたんだけど、おうちの方はなんかすぐ側で爆発があったみたいで、ガラスが全部われちゃってるんですって。
これから帰って片づけたとしても、窓が全開じゃちょっちねぇ。」
シンジは眉をひそめていたが表情は明るかった。
「仕方ありませんね。どこかホテルにでも入りましょう。」
「まっ・・・シンちゃんたら・・・あたしには加持くんっていう恋人がいるのよ。」
にやっと笑って応えるミサト。
みるみるうちにシンジの顔が真っ赤にそまってゆく。
「・・・あああああ。ちがいますったら!泊まるだけですって!」
「・・・くっくっくっくっ・・・あははははははは。」
「もう・・・ミサトさんたら、すぐにからかうんだから。」
ほおを膨らましたシンジと爆笑するミサトを乗せたルノーは軽快に走り続けた。
やがて市の中心部にあるホテルの前に滑り込む。
ミサトの話しによるとNERVの息がかかったホテルらしい。
シンジは嫌がったのだが、すぐにスイートルームが用意され、ミサトに強引に腕をとられて最上階のスイートルームに連れ込まれた。
その後、気分直しと称してミサトがビールを飲み始めたのは言うまでもない。
べろべろになったミサトがベットに倒れ込むように眠ってしまうまで、二人の会話は続いたようだ。結局シンジも付き合わされてビールを御相伴に預かったのだが、不思議と今夜はそれも良いと思うシンジであった。
今日はいろんな事がありすぎたのだ。これもそのひとつに違いない。
二人のいる部屋はホテルの一室だったけど、二人は家に帰り着いたかのような安らいだ気持ちで眠りを迎えていた。
日勤から居残っていたマヤを先に帰し、その後日向に細かな指示を与えていたリツコが発令所を後にできたのは夜11時を過ぎるころであった。
人気の無い通路を歩き休憩所の前で立ち止まる。
「や、りっちゃん。大変だったね。」
自動販売機にもたれかかるように立つ加持の姿がそこにあった。
柔らかな微笑みが、すべてを知っていると語っていた。
「葛城が迷惑をかけた。すまない。」
「加持くんが気にすることじゃないわ。大丈夫よ。」
「いや、本当にすまない。昨夜葛城から手を出すなと連絡があったんだ。
何かをやるのだろうとは思っていたんだが、ここまでやるとは思わなかった。
おれは葛城の気持ちを本当には理解していなかったのかもしれない・・・」
「ミサトはあの子達に甘いから。」
「そうかもしれないが・・・」
「そうね。そんなに気になるなら、ひとつだけお願いしたいことがあるわ。」
「俺にできることなら遠慮無く言ってほしい。できるだけのことをする。」
「アスカをお願い。あの娘、何を感じて不安になっているみたい。
今日も発令所まで電話してきたのよ。
ごまかそうとしたんだけど成功したとは思えないのよ。
だから、お願いするわ。」
「わかったよ、りっちゃん。ありがとう。」
「どういたしまして。・・・甘いのはわたしたちも同じかもね。」
「そうだな・・・」
苦笑を交わしてリツコはそこを立ち去った。
しばし考えてから加持はアスカに電話した。
コール音を数える前に応答があった。
ずっと電話のそばで連絡を待っていたのだろう。
独りで膝をかかえて肩を落とすアスカの姿を思って加持は切ないという思いを感じていた。
『もしもし。ミサト?ミサト??・・・』
受話器から流れる縋らんばかりのアスカの声。
加持は努めて平静に落ち着いて話し掛けた。
「おいおい。どうしたんだい?
そんなに慌てた声を出すなんてアスカらしくない。」
『か、加持さん・・・?』
「なにかあったのかな?アスカがそんな声を出すなんて。」
『ううん。ごめんなさい。何でもないの・・・』
「寂しいな。電話しちゃ迷惑だったのかな?」
『そんなことないよ。ただ・・・』
「葛城からだと思ったんだね」
『うん』
「葛城は出かけているんだね」
『うん』
「そうか・・・あいつも忙しいからな。」
『忙しいのは加持さんのほうじゃない。ミサトいつも言ってるよ。
指輪はくれたけどそれっきり放っておかれてるって。』
「あらら。これは言い訳のしようもないな・・・葛城は怒っていたかい?」
『大丈夫。ミサトは幸せそうだよ。でもあんまり待たせちゃ駄目よ。』
「ああ・・・頑張っているつもりなんだが、なかなかこれがどうして。」
『ふふふ。判っているわよ。ミサトもアタシも。』
「ありがとう。アスカ、やっと笑ってくれたね。」
『あら?そうかしら?』
「そうさ。さっきまでは泣きそうな声だったと思うんだけど。ちがったかな?」
『・・・そ、そんなことないよ。』
「安心したよ。昨日の夜、葛城から急用で突然出張しなくちゃいけないって連絡があったんだ。確かアスカは昨日はヒカリちゃんの家にお泊まりだったんだね。
突然決まった出張だったから、葛城のやつ、ずいぶんとアスカのこと気にしていたんだけど。俺のところへの電話も深夜2時を過ぎていたんだ。深夜だったからヒカリちゃんの家まで電話するのが申し訳なかったらしい。
メモは書いて残したと葛城は言っていたが、そう書いてなかったかい?」
『そうなんだ・・・なんか心配して損しちゃったな。
うん。メモはあったよ。でも変なんだ。だから不安になって・・・』
「変って?なにが変だったのかな?」
『あのね。
悪いんだけどニ~三日家を空けます。
火曜日の夜には戻ります。ごめんね。
って、たった2行なのに最初と最後でアタシに謝ってるの。
こんなの今まで無かったから、何かあったのかと思って・・・』
葛城のやつ・・・無意識の行動なんだろうが、うかつな文面だな。
アスカでなければ気付かない。いや、昔のアスカなら気にもとめなかったであろう行間に込められた葛城の深層意識に残る罪の意識を読み取ってしまったのだろう。アスカは成長した。喜ばしい方向に。これは葛城の成果だな。
「そうか。それで、さっきはあんなに不安そうな声だったんだね。」
『うん。リツコに電話してもミサトのこと知らないって言うし。
変なんだよ、リツコも。日曜日なのに発令所に居るし。』
「りっちゃんとはさっき会ったばかりだよ。もう帰るって言ってたな。」
『えええ?こんな夜遅くまで?何やってたんだろう?』
「日曜でMAGIの負荷が低いから、国内ネットワークの総点検だって言っていたよ。きっとマヤちゃんの当直日だということもあるんだろうね。
さすがに独りじゃキツイって笑っていたな。マヤちゃんも今ではすっかりリッちゃんの片腕になっているみたいだね。でも本当のところはマヤちゃんのトレーニングじゃないのかな?最近はずいぶんと平和で当直といってもやることも無いみたいだし。」
『ふぅ~ん・・・そんなもんなのかなぁ・・・わかんない。』
「葛城もリッちゃんにも連絡してから出かければ良いのに。」
『ほんとよねぇ。ミサトったら自分の立場を本当に理解してるのかしら?』
「確かにそうは思えないね。」
『ほんとにミサトったらずぼらでいいかげんなんだから。
加持さんも考え直した方がい~んじゃないの?』
「いやぁ~~、そ、それは・・・」
『あら?ひょっとして加持さんってミサトにべた惚れなの?』
「いやいや。えっと、もうこんな時間か。まだ仕事が残っているんだ。」
『逃げるのね。ずっる~~い!』
「いや、そ~いうわけではないんだが、じゃぁアスカ。またな。」
文字どおり逃げるように切れた電話の受話器を戻したアスカの表情は、加持からの電話を受ける前とは別人のように明るくなっていた。
何か変。その思いは依然として残っているのだが、さっきまで感じていた心を締め付けるような不安は薄らいでいた。
ミサトと婚約してから加持は頻繁に遊びにくるようになった。
昔は加持のことを好きだと思っていたし、ミサトに対抗心もあったのだが、今はミサトと加持が結ばれたことを素直に祝福できる。ミサトの幸せが同時に自分の幸せであることに気付いている。家族とはこういうものなのだろう。
ほとんど雑談ではあったが家族同然、いや、ミサトが姉であるとするなら加持は兄になるのだろう、ミサトの不在による不安は加持とのたわいない会話で癒されたのだ。
「明日は学校だし、もう寝ようっと・・・」
立ち上がって両手をううんと伸ばしたアスカは、ベッドに入るために部屋に向かった。ぐっすりと眠れそうだった。