「ひさしぶりね。アスカちゃん」
・・・その声はやっぱり・・・
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戻れない日々 第8話 赤い羽
2006/05/11 初稿
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「5年ぶりよね。元気にしてた?。もう立派な大人の女性なのね。あの頃はあんなに可愛かったのに」
あたしは、こんな再会を想像すらしていなかった。握っていたこぶしが震えて手のひらに爪が食い込んでゆく。
あたしは、世界を滅亡に導く狂信者の親玉を見に来たんだ。あんたとの再会のために来たんじゃない。
どうして、世の中はこんなに理不尽なんだ。
「なんで、あんたがここにいるのよ。マヤ!」
現れた人物は伊吹マヤだった。
「あ、今すぐ死にたくなかったら、そこの線よりこちらには来ないでね」
マヤは、あたしが詰め寄ろうとしていたことを察して、前もって忠告する。
彼女がポケットからリモコンを取り出して操作すると、天井の一角から光が走り、あたしの前の床にある線上を
ひとなでする。
・・・対人レーザーか・・・
・・・なるほど、無防備であたしの前に来たわけだわ。・・・
格闘となれば、マヤはあたしにモノの数秒も持たないはずだ。あれからも、あたしは訓練を続けていたし
マヤは本々科学者で戦闘員ではない。
ともかく、ここへ連れて来られたからには、何か言いたいことがあるのだろう。
昔話のために呼んだとは思えない。
「マヤ、あんた、いったいどういうつもり? あれだけ酷い目にあって今度はあんたが復讐でもするつもり?」
あたしの火を吐くような剣幕にマヤは疲れた笑いを浮かべて首を振る。
「そんなつもりはないわ。私にとって復讐する相手なんて無いから。」
あれから5年、マヤはまだ三十路を超えたばかりのはずなのに。本々童顔だった顔には、まるで
生きるのに疲れた老人のような風情が漂っている。
「私は、あの時信じていた全てを失ったわ。・・・だから取り戻したいだけ。それのどこがいけないの?」
「だからって、関係の無い人を道連れにする権利はないわよ」
「あら、全てが元に戻れば、こんな辛い世界のことなんか知らずに済むわ。すばらしいじゃない」
何か話が違ってる。マヤの言っている事とあたしが考えている事が微妙に食い違っているみたいだ。
「でも、あんた達だけで時間を戻るんじゃないの?」
「え?、ああ、あれね、あれはウソ」
「ウソ?」
「そう、そんな都合のいいことが起きるわけ無いわ。あれは人を集めるために意図的に操作したデタラメよ」
・・・じゃあ、チーフたちはみんな騙されて・・・
「そんな無茶なことしたら、この次元ごとどうなるか判らないわ。戻れるのは依り代になる人だけよ」
「だとしたら、あんただって、あの時には戻れないのよ」
「いいのよ、私は、この世界に未練は無いわ。
先輩の居ないこんな世界なんて、どうなったってかまわない。
でも、もし彼があの時に戻れたら、こんな世界じゃない別の世界が生まれる可能性があるわ」
・・・彼?・・・
「彼は先輩を助けてくれることを約束してくれた。ほんの微かな希望を与えてくれた。
だから、私は彼に手を貸すことを決めたの」
アスカは、奥歯をかみ締めた。
マヤは絶望の暗闇から、微かな希望にすがり付いているのだ。
それを説得する術はない。人はどこまで暗闇に落ちて行くことができるのだろうか
「私は先輩だけが助かればいいけど、彼は関わった人たち全ての願いを適えようとしているわ。
それが身勝手な行為の償いだって。みんな身勝手な思いで協力しているのにねえ」
あたしの中にどんどん悪い予感が渦巻いてくる。
「彼ってだれよ」
「あら、わりと鈍いのねえ、それとも判ってて認めたくないのかしら」
・・・そんなはすは無い。だって一度はこの世界を救ってくれたんだから。・・・
「でも、アスカちゃんは幸せよ。あなたの為に、彼はこの計画を始めたんだから。
こんなに愛せる人なんて他にいないんじゃないかしら」
・・・イヤ、聞きたくない。あいつがそんな暗闇に落ちていたなんて。・・・
再び奥のドアが開く音がして、靴音が近づいてくる。薄明かりから見えてくる姿は・・・
「本当にひさしぶりだね。アスカ」
あたしの最悪の予感は現実のものとなった。そこにいるのは間違いなくシンジだった。
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突然、発令所にレッドアラームが鳴り響く。
一瞬前まで、ファンの回転音とシステムが出すビープ音、キーボードを叩く音、マウスのクリックぐらいしか
聞こえなかった室内は、警告音や人が駆け回る足音、オペレータ達の指示命令や報告の嵐となった。
「緊急信号確認、現在位置特定中」
「オペーレーションアライブ発動、ミッションスタート」
「降伏勧告送信」
「第8から第14空挺師団侵攻開始。3分後に予定空域に到達します。」
「サウス204ポイントで対空陣地確認」
「第8自走砲部隊サウス204ポイントへ向けて攻撃開始」
「第17攻撃ヘリ部隊緊急発進、イースト43ポイントの守備隊陣地を排除せよ」
「第3機甲師団侵攻開始」
一度作戦が発動すると、決められた手順に従って全ての部隊が動き出す。
発令所では計画通り行かなかった作戦の調整や、不明確だった行動の修正が行われるだけで指揮官が
逐一命令することは殆どない。
今回の作戦に当たってミサトの立場はオブザーバー扱いだった。
指揮できる部隊は無く、意見を求められる事も無い。事の発端に関わったため臨席が許されただけだった。
そのミサトが、作戦発動と同時にフロアの中心で仁王立ちになり、メインモニターを眺めてオペレータに指示まで
出し始めた。
「通信班、空いている回線を報告して」
通信班のオペレータ達は突然の命令に戸惑って、何も報告できない。
「聞こえなかったの!空いている回線を・・・」
「待ちたまえ。葛城三佐」
作戦統括のUN陸軍大佐が、一段上の指揮官席から制止をかける。
「君にこの作戦の指揮権はない。勝手なことをされては困るよ。MP、彼女をここから退席させ・・・」
「この作戦は私の部下の救出作戦です。私はなんとしても彼女を助けなければならない。
私は今も昔もみんなの明日のために戦ってきた。あんた達の面子のためじゃない。
ここはどうあっても通させてもらいます。処分ならこの作戦終了後にどのようにでもしてください」
ミサトは、モニターから振り返えって、勢いよく啖呵をきると制止した大佐達がいる指揮官席を端から
睨みつけた。
発令所の中はミサトの鬼気迫る迫力に押されて、それ以上の異議はどこからも出なかった。
上官達が沈黙すると、ミサトはモニターに視線を戻し、先ほどの指示を繰り返す。
「現在48番回線が空いています」
「その回線を外部203へ、デジタル暗号処理でつないでちょうだい。
暗号解読コードはebichuu350mlよ」
「回線繋がりました」
通信班の報告が行われると、発令所のオペレータ達もそれまでの喧騒を取り戻す。
ミサトは近くのオペレータからインカムを受け取ると、繋がった先を呼び出し始めた。
「大ジョッキONE、こちらビヤダル、聞こえる?」
「こちら大ジョッキONE、感度5、よく聞こえます」
モニターに地下鉄工事現場のような場所にいる対テロ部隊の様子が映し出された。
「現在位置を報告して」
「現在、目標ポイント手前120m、ちょっと厄介なトラップの解除に手間取っています。」
「そう、・・現時点からデータ通信リンクの制限を解除します。中央作戦室のデータバンクへ部隊データを
送信しなさい」
発令所の正面には目標周辺の地図と敵本拠地の構造図が3Dのホログラムで映し出されている。
その中で現在待機中の部隊は青い点、進攻中の部隊は黄色の点、戦闘中の部隊は赤い点で表示されていて
各部隊の進行状況が一目で分るように作られている。
いままで、ホログラムには周辺地図の部分にしか光点が無かったが、ミサトがデータリンクの制限解除を
宣言すると同時に、敵本拠地構造図の中央部近くに、黄色い光点が出現した。
発令所内にいる多くの隊員から驚嘆の声が漏れ、指揮官席にいた幹部達は苦い思いでホログラムを眺めていた。
「大ジョッキONE、トラップを回避したら予定ポイントで警戒待機、今から増援を送るわ。部隊が到着次第
メインシャフトに侵入、各拠点の制圧、目標の確保に全力をあげて」
「上ではドンパチ始ってるようですし、我々だけで先に・・・」
「ダメよ、そこでは支援が受けられない。一度劣勢になったら、全滅はまぬがれないわ。
あんた達は全員生きて帰るの。
脱出ルート確保の為にも増援があるまでの独断専行は禁止します。」
ミサトは今、UNの中で最も独断専行している自分が、部下に同じ事を戒めている矛盾に皮肉を感じながらも
侵入口の近くにいる部隊を増援に差し向ける。
各増援部隊の指揮伝達が終り、配置に向けて動き出したことを確認したミサトは、指揮官席にいる上官達に
向かって敬礼し、指揮権の返還を申告する。
「葛城三佐、これより前線指揮の任に当ります。勝手なことをして申し訳ありませんでした。」
上官達は”いまさらなにを”と思っていたが、このまま作戦が成功すれば、その功績は全てミサトにあり、
自分たちの無能をさらしかねず、ひいては組織秩序の崩壊につながると認識していたので、
ミサトが退出するのを黙って見送った。
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部屋全体が少し揺れた気がした。地震ではなく、何か爆発の衝撃波のような揺れ方だった。
「アスカ、どうやら始ったようだよ。ここはネルフのドグマほど深くないから衝撃が伝わるんだね。」
まるで、他人ごとのように話すシンジは、前にも増して透明で繊細な感じがした。
「マヤさん、すみませんが、上でシュナイトさん達を指揮して、もう少し時間を稼いでください。
非戦闘員には降伏するように指示してありますから」
「ふふ、相変わらずシンジ君は優しいのね。どうせ、みんな消えてなくなっちゃうのに」
「でも、ムリに痛い思いをしなくても済みます」
マヤが踵を返して部屋を出て行こうとしたとき、あたしは二人に向かって説得を始めた。
「二人とも、こんなバカなことはやめて、今すぐ降伏しなさい」
「バカなこと?」
奥のドアに向かって歩き始めていたマヤが歩みを止め、そのままの格好で聞き返してくる。
「そうよ、バカなこと以外のなにものでもないわ。他人を欺いて、過去に執着して、人類を消滅させて、
シンジ一人戻ったからって何ができるのよ」
「少なくとも、可能性はあるわ」
「だから、なんで、もっと今を見つめないの。これからだって、一杯いいことがあるはずよ。
間違ったらそこからやり直せばいい。元に戻したって今度は違うところでつまずくわ。
どうしてそんなことが分らないの!」
あたしの絶叫が部屋に反響して、こもった響きをなびかせる。わずかな静寂が訪れた後、
「それは、あなたが本当に絶望したことがないからよ」
そう一言告げるとマヤは再び歩き出し、靴音を響かせながら奥のドアの向こうへ去っていた。
あれからマヤの身に何があったのだろう。あたしの知っている彼女は決してあんなセリフが吐ける人じゃ
なかった。
たった5年の月日の内に、彼女はどんな地獄を見てきたのだろう。
マヤの説得に失敗したあたしは焦って、今度はシンジに向かって訴え始める。
「シンジ、あんた、あたしの言うことを聞いて、こんな計画は止めなさい」
あたしの言うことは聞こえているはずなのに、シンジは人形のような乾いた笑みを浮かべたまま、
なんの反応も示さない。
「ちょっと、あんた聞こえているでしょ。このバカシンジ、今すぐ戦闘を止めさせて、降伏を受け入れるの!」
あたしは少しイラついて、シンジ向かって昔のままの言葉を投げつけてしまった。
「アスカにとって、僕はあの時から変らないんだね」
シンジが表情を変えずそう答えた時、、あたしはシンジの心が砕けたように思えた。
「あっ、」
あたしは言い直そうとしたが、心では取り返しのつかないことを言ってしまったことに気づいていた。
「いいんだ。分っていたんだから。」
変らない笑みを浮かべながら答えたシンジが、あたしにはとてつもなく遠く感じられる。
「僕は、あの時、元の世界を望んだ。ゼーレの老人達が壊した世界を元のようにしたいと、そして
本当はアスカに優しくしてもらって暮らしたいと願ってたんだ。」
「でも、アスカは優しくしてくれなかった。当然だよね。だってアスカは僕を憎んでいたんだから」
あたしには、シンジがいつの事をいっているのか見当がつかなかったが、シンジがあたしの心の中を
知っていることだけは分った。
「でもそれは仕方の無いことだったんだ。
僕達はそうなるように仕向けられてきたんだから。
そう、アスカだけじゃない。僕だってアスカのことを心のどこかで恐れ憎んでいたんだから」
「だから、赤い海のほとりで、アスカと二人だったとき、僕は君の首を絞めた。
怖くて、憎くて、たまらなくなって君から逃げたくて夢中で首を絞めていたんだ。」
あたしはあの時のことが朧げに思い出されてきた。
赤い海、赤い空、崩れて行くレイの顔、全て夢だと思っていたことが、少しづつ思い出される。
目の前にいる誰かに助けを求めて手を伸ばした?
「だけど、そのときアスカは、初めて僕にやさしくしてくれた。手を伸ばして頬をなぜてくれたんだ。
本当はどうだか分らないけど、僕にはそう思えた。うれしかった。
そして今度は自分が恐ろしくなったんだ。こんな醜い心をもつ自分が怖かった」
「シンジ・・・」
「それから、アスカを病院へ連れて行って・・・その時の事はよく覚えていないよ。
いつの間にか、世界は元の姿に戻っていたんだ。
ただ、このままアスカの傍にはいられないと思ったんだ。
僕達は同じゆがんだ鏡のようなものなんだ。お互いの姿を映しても違った形に見える。
自分の本当の姿だと思っている形と違う醜い様子を見せつけられる。
それが僕たちの憎しみを駆り立てる。ならば、ゆがんでしまう前に、やり直すしかない。」
「それが、この世の全てと引き換えにする大罪だとしても。僕は、そう決めたんだよ」
・・・でも、そんなことしたら。たぶん、いや、きっと・・・
きっと、シンジはその罪の大きさに耐えられない。
新しい世界で、それが無かった事になっても、あいつは決して忘れない。
優しすぎるあいつは、消してしまった人たちのことを思い、起こらなかった、ささやかな幸福に詫びて
自分を責めて、自らの幸せを放棄して、結局あたしの前からいなくなってしまう。
「ちょっとシンジ!、そんなことしたって、あたし達の関係が変るとはかぎらないじゃない」
・・・ク、こんなことが言いたいんじゃない。・・・
どうして、こんな時まで、あたしは素直になれないの?
シンジはあたしの問いかけに答えず、部屋の中心に置かれたユニットへ向かい、コンソールを操作する。
すると、左右の設備が動き出し、真っ黒にブラインドしてあった水槽に光が入った。
・・・あぁ、なんてこと!・・・
左右の水槽には、それぞれ少年と少女が眠りながら漂っていた。
右の水槽の少女のことは知っていた。あの時と変らない姿、あたしが人形と蔑んだ少女、ファーストチルドレン
綾波レイだった。
左の少年に見覚えが無いが見当はつく。日向さん達が言っていた、フィフスチルドレン、渚カヲルだろう。
それぞれがアダムとリリスの写し身だから。
彼らを作る為に旧ネルフ・ドイツは襲われた。
あたしの研究も彼らを育てるため?。記憶が保管されているならば、性格付けだけでいい。
ミサトの言ったことは正しかった。
「今の彼らに魂は無いよ。彼らの魂は僕の一部でもあるんだ」
コンソールを操作して準備を進めながら、シンジはアスカに説明を続ける。まるでそれが必要な儀式のように
「今の僕はリリンであり、アダムであり、リリスでもある。
アダムとリリスの禁じられた融合で依り代となった僕は、人間の世界を望んだ。
そして、その世界に生きるには僕自身も人間でなければならなかった。」
「人間である僕に特別な力はないんだ。だが魂だけは別だ。
そして今の綾波やカヲル君には、魂こそ無いが、使徒としての能力が備わっている。
知ってた?
彼らのあの赤い目、あれこそが使徒としてのコアでありS2機関なんだよ。
だったら、綾波達に魂を返し、僕達3人が融合すれば、アダムとリリスの再融合が起こり、
フォースインパクトが発生する。
その力によって時間を飛び越えるんだ」
「やめて、やめて、こんなことはもういい。あんたが望むんなら優しくする。あたしはあんたの傍にいる。
一緒にやり直すことだってできる。だから・・・」
・・・だから、そんな恐ろしいことを考えないで!・・・
シンジの罪はあたしの罪だ。あたしがシンジを追い詰めて奈落の底へ突き落としたんだ。
一緒に暮らしていたとき、少しでも認めることが出来たのなら・・・
あたしの精一杯の懇願を、シンジは優しく首を振って答える。
「ダメだよ。そんなことしたら、アスカがアスカで無くなってしまう。
いつか耐えられなくなって、また、心が壊れてしまうよ。そんなアスカはもう見たくないんだ。」
試験管のようなチューブのガラスがスライドしてシンジを飲み込むと、足元からLCLが流れ込んで、
シンジの体を埋めて行く。
「シンジ、ねえ、シンジ、ちょっと、聞こえないの?お願いだからやめて、あたしを置いてかないで」
あたしの必死の叫びにも、シンジは乾いた笑みを浮かべるだけで全く答えようとしない。
・・・もう、あたしの気持ちは届かないの?・・・
あたしは、このままシンジが壊れてゆくのを見て行かなければならないの?
止めなきゃ!・・・やめさせなければ!・・・でもどうやって?
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シンジの胸から、赤い光がこぼれ出し、やがて、2つの赤い光球をかたちどった
光球は次第に光度を増して、一瞬眩しく光ると、次の瞬間には左右の水槽の中に移っていた。
赤い光球の強い光に照らされて、レイとカヲルがゆっくりと目を明けはじめる。
・・・もう、時間がない・・・
アスカには、この状況を止めるための方法が思い浮かばない。
頭の中は幼い頃から、最近のことまで、無秩序に浮かんでは消えていく。
どれも、楽しく、ちょっと恥ずかしいような思い出ばかりで、苦しかったり辛かったはずのことは、
その合間の出来事としか感じない。
・・・ママ、ミサト、加地さん、ルイス、ヒカリ、シンジ、・・・シンジ・・・
この思い出を失いたくない。シンジの心を壊したくないと思ったとき、アスカはミサトからもらった
ピアスを外し、シンジのいるチューブに向かって投げつけていた。
それを眺めていたシンジの表情は、それまでの空虚な笑みと違い、安堵に満ちた笑顔を浮かべている。
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ピアスが爆発し、その衝撃波がガラスのチューブを砕く。砕かれたガラスの破片は爆風に乗って辺りに散って行く。
LCLは流れ出し、ユニットにかかって、火花を上げる。
先ほどまで、眩しいくらいに輝いていた光球はどこかに消え、辺りは元の薄暗い部屋に戻っていた。
炸裂弾の爆発で飛び散った破片に加えて、割れたチューブのガラスに腹部を貫かれたシンジは
運良く即死は免れたが、内臓がずたずたで、どう見ても助からなかった。
・・・うそ!・・・そんな・・・シンジ・・・
既に、対人レーザーのことなど頭には残っておらず、アスカは慌ててチューブに駆け寄る。
レーザーは作動しなかった。前もってシンジはレーザーの発射コードを解除しており、
アスカはシンジに駆け寄っても無事だった。
壊れたチューブから気を失っているシンジを引きずり出し、着ていたブラウスを脱いで腹部に巻くが、
みるみる赤く染まって行く。
アスカにとって、シンジの愚行を止めれればよかっただけだった。
対人用の炸裂弾など、たいした威力はなく、盾を持ってくれば防げるくらいだ。
このチューブだって、試作品にはプラスチックコーティングがされていて、爆発の衝撃くらいでは、ヒビが入って
中身が漏れ出すくらいが関の山のはずだった。
・・・なんで、こんな。・・・
くるしそうな息をするシンジが、痛みで意識を取り戻しアスカを呼ぶ。
「アスカ、アスカ、ありがとう」
その言葉と表情から、シンジがわざと強度を下げたチューブを使い、自分に破壊させたことを悟った。
「あんた、なに考えてるのよ! 知っていたのね。あたしのピアスのこと」
「ミサトさんだろ。・・・そんなもの渡すのは。・・・
いつも同じピアスをしているから、おかしいと思って調べたんだ」
「バッカじゃないの。知ってたらなんで取り上げないのよ」
「ふう、うっ・・・ほんとだね」
あのボディチェック、妙に緩かった。訓練不足だと思ってたけど、シンジの指示だったんだ。
「ねえ、アスカ、僕の言うこと、聞いてくれるかい?」
「そんなことより、助けをどうやったら呼べるか、教えなさい。この部屋には電話とかないの?」
”もうムリだよ”と笑うシンジは、何も言えなかったあたしに向かって、勝手に今までの思いを告白し始める。
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アスカを病院に預けてから、一人さまよい歩く中、”けじめをつけよう”、”忘れよう”と何度も
思うたびに浮かんでくる、共に過ごした日々。
(ずっとあこがれていた女の子、たとえ拒絶されても忘れられなかった。)
(僕にとってアスカは太陽だった。)
(太陽に嫌われたら、闇に潜むしかない。)
(それでも、太陽を見ていたかった。)
高校に通うアスカ、UNに入るアスカ、UNで活躍するアスカ、街中でミサトさんと会うアスカ。
シンジは、ミサトが太ったことも知っていた。
「ちゃんと食事してるのかなぁ。今もエビチュウ呑んでるの?そろそろ体によくないから控えるように
伝えといて」
「うん、うん・・」
アスカには、シンジの言うことをただうなずいて、聞くことしか出来なくなっていた。
(アスカが僕の組織に潜入してきたとき、それが僕の望みを阻む為だとしても、うれしさを隠し切れず、
アスカの活躍できる分野へわざわざ回した。)
(アスカと過ごせるならば、このままやめてしまえるかもと考えたこともあった。)
(でもだめだった。このままではアスカは僕に振り向かない。)
(心の闇は消えなかった。今なら、とうさんの心が理解できる。)
(バカなことは分っている。)
(たった一つの執着のために世界を破滅に導こうとしたのだから。)
(でも、たとえ世界や自分の大切なものと引き換えにしても、・・・)
(あのときからやり直したかった。)
(僕はアスカと一緒にいたかった。)
「あんたバカよ。大バカだわ。こんなことしなくたって、あたしはあんたの傍にいるって言ったじゃない。
優しくするって言ったじゃないの」
「でも、それじゃあ、アスカは輝かない。」
(そんな葛藤の中、アスカを見ていて気づいた。)
(アスカはこの世界で変っていった。)
(過去を乗り越え未来を見据えて努力していた。)
(この世界を変えようとしていた。)
(僕にアスカの世界を奪うことができるのだろうか?)
(僕はどうしたらいいのか分らなくなったんだ)
(結局、アスカの思っている通り、僕はあの時から何も変れなかった。)
(バカで卑怯でずるくて、弱虫のままだった。)
(だから、・・・最後の決断もアスカに任せてしまった。)
「アスカ、アスカが気にしたり、謝る必要なんてない。それは・・・・僕が悪いんだから。」
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シンジの体から力が抜けた。
「シンジ、シンジ、ねえ、シンジてば・・・」
アスカはまだ暖かいシンジの体を抱きしめて、泣きながら謝っていた。
一緒に過ごしたコンフォート17のこと、
学校でのこと、トウジのこと、
そして、自分がシンジを意識していたのに、素直に認めなかったこと。
「こめんね。シンジ、優しくなくて、素直じゃなくて、一緒に居れなくて」
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シンジの亡骸を抱きしめるアスカの前にレイとカヲルが立っていた。
「碇くん・・・」
「シンジ君、あいかわらす、君は繊細なんだね」
レイがアスカのそばに寄り、シンジの亡骸に手を当てると、シンジの体が、徐々に希薄になってゆく。
「レイ!、なにすんのよ」
「惣流さん、シンジ君は僕らと一緒に行くんだ」
憂いを帯びた笑顔を浮かべるカヲルがアスカに向かって話し掛ける。
「人々の原罪は、シンジ君の贖罪によって救われた。この世界は存続することが許されたんだ。」
それってどういうこと・・・・
「前の審判は人の手で成されたために不完全だった。今度こそ、選ばれた子の自らの贖罪によって審判の時を
迎えんだよ」
「シンジ君は、僕らと共に、また新たな世界へと旅立つ。それが彼の宿命であり、かつて、
立てた誓約なのだから」
シンジの体がレイとひとつに同化する。
レイはアスカに向かって慈しむような顔を見せると、手を取って信じられないことを告げた。
「アスカ、私たちはいつの日か、また戻ってくる。
この世界が人々の罪に耐えられなくなる時に。その時、またあなたに会えるわ。」
なにを言っているのだろう。あたしは意味がつかめず、黙ってレイの言うことを聞いていた。
「君には、いつも辛い思いをさせるね。彼はいつでも君の手に掛かりたがる。でも、君ほど彼に愛された人は
いない。前回も、そして今度も」
カヲルが羨ましそうな口調で話すと、レイが少し苦笑いしたように見えた。
レイの表情がこんなに豊かになっていたのも驚きだったが、その話の内容の突飛さにあたしの頭は
ついていけなかった。
「次は2000年後か、それ以上か、それとも直ぐにやってくるのかは判らないけど、その時まで、
人々に幸あれと願うよ」
「アスカ、今度はあなたが人々を見守って、何かできるわけではないけど、祈りはきっと届くと信じて。」
レイとカヲルが光に包まれ、見えなくなってゆく。
まぶしくて、目を開けていられないほどの光の塊になったとき、天井を突き抜けて
光の柱が降り立ったように、遥か天空へと駆け昇って行く。
あたしは呆然として一言も声を出せなかった。
彼らが去った後、扉を破ってミサト達が乱入してくる。
「アスカ、大丈夫?」
「ミサト」
あたしはミサトの胸にすがり付いて泣いていた。
事情を尋ねるミサトに、ただ首を振るだけで、子供のように泣きじゃくっていた。
こんなこと、だれに言っても信じてもらえない。
そう、まるで神話の世界の話だったから。
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(あとがき)
あのう、エピローグがあるんですけど。
To be Continued.でいいんでしょうか?