第6話

——————————————————————-
戻れない日々   第6話     赤い羽

2006/05/08 初稿
——————————————————————-

夜が明けた。東の山の陰より日が射してくる。

カーテンを少し開けて通りを見渡すとわずかな人通りの中、街の一日が始まろうとしていた。

何も知らされない多くの人々。今日を一生懸命生きて、明日に希望をつなげようとしている人達

そんな人達が平凡な生活の中で精一杯、今を頑張っている。

昨夜色々なことが有り過ぎて、自分がどうすべきか分らず、迷いの中、シンジから聞いた加持さんの言葉を
思い出した。

(君には君にしか出来ない君になら出来ることがあるはずだ。自分が今何をすべきなのか。
後悔の無いようにな)

・・・加持さん。今、あたしにしか出来ないあたしなら出来ることって・・・

それは、どんな手を使ってでも、これから起ころうとしている惨劇を防ぐこと。

(工作員は常に沈着冷静でなくっちゃ。)

そうだよね、ルー。あたしはそのためにここに来た。ならば、迷っていることなど出来ない。

最悪の状況が起こったとき、あたしなら出来たことを怠って、成す術が無いなんてことは真っ平ゴメンだ。

それが、巡って大切な人の今を守ることに続くと信じて。

決心がついたところで早速メールの起案に取り掛かる。出勤の時間までには、まだ間がある。

今の時間は日本なら真夜中だ。直ぐに読んではもらえないだろう。メールを打ってから出社して
ネットワーク内の痕跡を消去する。

直接的な表現は途中の検閲に引っかかって送れないだろう。日常会話の中に織り込んで察してもらうしかない。

そして・・・このメールが届かないかもしれない。もしくは、ルーの報告が届いてないかもしれない。

もし返信があったなら、あたしは即座に脱出を開始する。

返信があってもそれが疑わしい場合や、返信が無かったら・・・・その時は、一日待って脱出しよう。

なんとしても、ミサトやヒカリのところへ帰るんだ。

メールが書きあがった。変な文章だ。意味が通じない。でも伝えたいことはいれたつもりだ。

『元気にしてる?今あたしは元気よ。
あたしが少しストレスで太ったなんて言うと世も末よね。
家のお姉ちゃんにはもう直ぐ連絡するから、押しかけないでって言っておいて。
そして、あたしからは言えないけれど、帰ってもいいか訊いてみて、教えてちょうだい。
帰ってもよければ頃を見て迎えをお願いするわ。
面倒かけるけど、遠く、あなたとだんなと子供の幸せを願っているわ・・・』

これだけ、変なメールを送れば何か感じてくれるだろう。

あたしが危険な任務にいることはヒカリも承知済みのはずだ。

・・・お願い、ヒカリ気づいて・・・

今出来ることはこれしかない。送信ボタンを押して後は祈るしかなかった。

——————————————————————-

あ~ん、あ~ん、あ~ん

(ん~。また泣いているわ。)

新生児の育児は忙しい。数時間毎にミルクを飲ませて、肌着を変えて、泣けば抱きかかえて、
あやさなければならない。

新米母のヒカリにとって、寝ている暇などないほどの忙しさだったが、トウジも帰宅後になにかと面倒を
見てくれて、何とかやりくりを付けている毎日だった。

それでも夜中に我が子が泣けばすぐに目がさめるのは母親の方だ。

「ふぁ~、う~ん、今度はオムツかしら」

寝不足の目をこすりながら、時計を見ると午前2時を差している。

トウジは明日の仕事があるから起こさないようにそっとベットを抜け出すと、我が子の肌着を取り替えて
泣き止むように抱き上げる。

愛しい我が子と優しい旦那、赤ん坊の寝顔を眺めながらヒカリには今この時が幸せでいっぱいだった。

(ちょっと苦労させてもらってるけどね)

そのとき、メールの着信音が真夜中の静かな部屋へ鳴り響き、ヒカリはギョッとする。

せっかく寝付いた子供が目を覚まして泣き出しかねないし、こんな夜中にメールを送る非常識さに、少し
怒りを感じてメールソフトを起動する。もし間違いやスパムだったら着信拒否に設定してやろうと考えていた。

これね。・・・このアドレスは・・アスカ!

何事だろうと急いでメールを開くけれど、よく意味が通じない。

何気ないことのようにも取れるし、意味深な文にも読める。明朗なアスカの文章らしからぬメールだった。

ましてや、スタイルには人一倍気を使っていたアスカが太るなんて考えられないし、
お姉ちゃんって一体誰の事だろう。特の最後の一文なんて、まるで別れの言葉だ。

(まさか、アスカ・・・そんな)

危険な任務だとは聞いていた。でもアスカなら無事に帰ってくると信じていた。

自分の動揺を感じ取ったのか、腕の中の赤ん坊が火のついたように泣き出し始める。

あやそうとするが全身が震えてうまく動けない。

「ヒカリ、どないしたんや」

トウジが赤子の泣き声に目を覚まして見ると、子供を抱きかかえて、明りも点けずにモニターの光に照らされて
震えているヒカリの姿が暗い部屋の中に浮かんでいる。

「トウジ、アスカが・・・」

ヒカリが指差すモニターを見て、トウジはアスカからのメールを読んでみる。やはり殆ど意味は通じないが
ヒカリと同じ様に、最後に一文は別れの言葉に思えた。

「ワイらに分らんのやったら、分る人がおるはずや。アスカには兄弟はおらん。なら姉ちゅうのは
ミサトさん以外考えられん」

トウジは、急いでミサトの連絡先へ電話をしようとするヒカリを止める。もし、そうならば、この電話や
通信回線もマークされている可能性がある。

かつてネルフに席を置いたトウジは、その逆探知の能力についても一通り知っていた。

ここから、過剰な反応を示せばそれだけでアスカの身を危険にするかもしれない。

かといって、旧ネルフを尋ねて連絡してもらっても結果は同じだろう。

なにか、相手の意表をつくルートで連絡をつけなければ

「そうや、あの人からなら大丈夫かもしれん」

トウジとヒカリは、まだ辺りが暗い未明の高速道路に車を走らせ、第二新東京市を目指す。

そこには、かつてネルフで共に過ごした青葉さんがいた。

青葉さんは今、第2新東京市でストリートミュジシャンをしていて、メジャーデビューも間近と聞く。

前に、ライブの招待を受けて見に言ったとき連絡先の住所もいっしょにもらっておいた。
暮れの挨拶も返事があったから、今でもそこに住んでいるはずだ。

今はもうネルフも無く、UNと関係もないトウジ達にはミサトと連絡をとりたくても公式上のルートしか
知らない。

だが、アスカがあれほど警戒して連絡してきた相手だ。

そんな公式ルートは監視されている。うかつに動けばかえってアスカの身が危険だ。

ならば、同じく今はUNと関係の無い青葉さんを通して、日向さんに連絡を取ってもらおう。

その上でミサトさんに伝えてもらう。これ以上安全で早いルートは思い浮かばない。

「わかった。今すぐマコトに連絡してみよう」

朝早くからアポイントも無しで突然押しかけたトウジ達に向かって青葉さんは、いやな顔一つせずに部屋に
招き入れ、かつての同僚の個人アドレスへ大至急連絡が欲しいことを伝えてくれた。

間もなく、電話がかかってきて、懐かしい声が聞こえてくる。

「シゲル。日向だ。大至急ていったいなんだい。」

「ああ、実は、気の強い愛らしかった赤毛の女の子のことで、内々に部長から電話を掛けて欲しいんだ」

青葉さんは日向さんに向かって、アスカの件で守秘回線を使用してミサトから連絡がほしいことを暗に告げる。

「・・・・わかった。15分後にまたかける」

日向さんはこちらからの緊急事態を察してくれたらしく、口調が気軽なものから任務中のそれに変わっていた。

トウジにはわずか15分が異様に長く感じられた。座っては居られず、部屋を歩き回る。

こんなに落ち着か無いのはヒカリのお産以来だ。あの時はおろおろしていただけだったが、今回はいらいらが
つのってくる。

約束の15分手前で電話が呼び出し音を鳴らし始めた。コールが3回鳴ったところで青葉さんが受話器を上げる。

「もしもし、青葉で・・・」

「アスカから連絡があったって聞いたけどなんて言ってたの?」

青葉さんが電話で名乗り終える前に受話器からミサトの大音声が聞こえた。

「ミサトさん、トウジです。ウチのヒカリ宛てでアスカからけったいなメールが入りました。
今から読み上げます」

青葉さんから受話器を受け取って、トウジがわずか数行のメールを電話越しに読み上げると皆が黙り込んだ。

全員がアスカのおくってきたメールの意図を汲み取ろうと必死になっている。

わずかな沈黙の間が空き、ミサトの深刻な声が聞こえてきた。

「まずいわね。アスカも相当追い詰められているようね。おそらく、アスカは脱出していいのか、
情報を求めているわ。そして帰っていいと言われたら合図と共に救援が欲しいのよ。」

「ほやったら、最後の一文は?」

「あれは・・・・・脱出できなかったとき、あなた達に送る最後の言葉のつもりよ」

トウジの後ろでヒカリが息を飲む声が聞こえる。

「ミサトさん、ワテらどないしたら・・・」

「その前に、こちらの状況を簡単に説明するわ。守秘義務もあるから詳しくは話せないけど、今から言うことを
踏まえてヒカリさんにはアスカにメールを返信してもらいたいの。
一応こちらでチェックを入れるけど、こういったものは本人が書いたほうが文章のニュアンスがでるから
アスカが信頼してくれるわ。お願いできるわね。」

トウジがヒカリの方へ顔を向けると、ヒカリは赤子を抱きながら頷いて答えた。

「ミサトさん、ウチのはOKです」

「じゃあ、これから説明するからよく聞いて・・」

ミサトのところには、ルーより、普段とは違うルートからレポートが届いていた。即座に解析に回されたが、
以降、ルーとの連絡が途絶えた。

レポートの内容は、敵の本拠地と規模に加えて、計画の進行状況が記されており、すでに計画は最終段階に
入っていて、即時攻撃の必要性を示していた。

直ちに作戦会議が召集されて、UN各方面軍から分担が決められて行く。

作戦立案当初は、各部隊の準備が整い次第、即時攻撃開始が関係者の大勢を占めていたが、捜査員の
救出優先を主張するミサトの説得で、準備が整ってから48時間は、無事が確認された時点から作戦が
発動する予定に変更された。

そうなると、ミサトは準備が整う前に、どうしてもアスカと連絡をとらなければならなかったが、
連絡員であるルーとの連絡が取れない上に、本拠地は以前の研究所と違い、監視、警備共に付け入る隙が
無かった。

そんな最中に、トウジ達からの連絡が入る。ミサトにとっては藁をもすがる思いだった。

「準備は今から24時間後に完了、そこから48時間は現状で待機よ。その間に脱出もしくは連絡が
認められなかったら・・・作戦は発動するわ」

「ミサトさん。ほないなことしたら、アスカは・・・」

「・・・・・・・」

トウジからの問いに、ミサトは直ぐに答えられなかった。

「わかってるわ。アスカはあたし達が必ず助ける」血を吐くようなミサトの一言だった。

トウジはミサトを責めるような発言を後悔していた。

・・・一番つらいのはこの人じゃないか。なのに、なんてアホなことゆうたんや・・・

「ミサトさん、ワイらに今出来ることをゆうてください」

「トウジくん・・・・では、ヒカリさんにメールの作成をお願いするわ。本文は任せるけど、直ぐに
帰ってくることを伝える内容にしてちょうだい。
遅くとも72時間以内よ。くれぐれも自分らしく日常会話調でお願いね」

ヒカリは赤子をトウジに抱き替えると持ってきたPCにメールの原稿を書き始めた。

普段と違って悩みながら書いたが、自分らしさをこめられたつもりだ。もう一度頭から見直して
転送用のアドレスへ送信する。

すぐさま、ミサトより受信したとの連絡が入った。

「ヒカリさん。今メールサーバに受信した知らせが入ったわ。これでアスカを助ける一つの方法が出来た。
アスカに代わってお礼を言うわ。」

「お礼なんて・・・わたしはアスカと親友ですから、このくらい当たり前です」

「そうだったわね。本当にありがとう。でもこれ以上深入りしちゃダメだわ。念のため、あなた達には
ガードを要請しておくから、後は私達に任せて、アスカはきっと助け出すから」

「ミサトさん、アスカをお願いします」

ミサトの”了解”という言葉を最後に電話は切れた。

トウジがヒカリを抱き寄せて自分に言い聞かせるように囁く。

「後はミサトさんに任せるしかないんや、ワイらは信じて待とう」

トウジの言葉に頷くしかできないヒカリ、外では人の行き交う様子と車の騒音が鳴り響き、
長い一日の朝が始まっていた。

——————————————————————-

そこはかつてのネルフ発令所に似た薄暗く広い部屋の中、3人の男女がオペレータの後ろで報告を聞いていた。

「アリス・ツェッペリン宛てにメール受信しました」

「司令、どうしますか。内容的には問題ないようですが。こちらから遮断することや、改変することも
可能です」

オペレータが振り返って、中央の司令官とおぼしき男に指示を仰いだ。

「タイミング的に少しまずいかもしれません。今は保留にしておいてください。計画の進行状況は?」

司令官の左斜め後ろに佇んていた白衣の女性が淡々と進行状況を答える。

「現在、ユニットの完成状況は100%、促成クローニング及びイメージ伝達による生体形成は終了。
人格形成における記憶のダウンロードは24時間後に終了予定です。」

「全ては明日整うわけですね。分りました。もう一日猶予をいただきましょう。シュナイトさん」

「は。」

司令官の右後ろに控えていた特別監察官のシュナイトが直立したまま一歩、彼の近くに寄る。

「これからアリス・ツェッペリンの身柄を拘束してください。それと、今夜は、事情聴取をさせてもらうと
説明して実際に取り調べを行ってください。彼女が不審を抱かない程度にかつ事態が暴露しないように」

「よろしいのですか?もしここで彼女が何かの連絡をいれて、攻撃が始まったら・・」

「そのための措置なんですよ。彼女は簡単に自分自身をあきらめることなんてしません。
またUNも、今すぐ彼女を見捨てたりしないでしょう。明日になれば開放されると期待を持たせつつ、
外部への連絡を先延ばしさせて、攻撃開始を遅らせる。
今取れる方法でベストの選択だと思われます。いずれにせよ明日には全て決着がつきますから」

「承知いたしました」

シュナイトが発令所を退出した後、白衣の女性が司令官に近寄って話し掛ける。

「5年ぶりかしら。いいの?最後まで会わなくても」

「いまさら、どんな顔して会えというんです。それに最後には立ち会ってもらいたいから、その時はイヤでも
顔を会わせますよ」

司令官の口元には苦笑とも哀憫とも取れる微笑みが浮かんでいた。

——————————————————————-

普段と変わらない服装、出勤時間。何も変わらないふりをして、アスカは自分のデスクに着く。

いつものデータ解析をするふりで、ネットワーク内の随所に残った痕跡を丁寧に消して行く。

アスカはネットワークの痕跡を消去し、全ての後始末を終えて、最後にメールをチェックした。

・・・まだ、何もないか。・・・日本では早朝だもんね。仕方ないか・・・

返信があれば次のアクションが起こせると思うと、期待していないつもりでも、つい気が焦ってしまう。

モニターから目を離し、少し後ろに反り返って伸びをすると、視界の隅に昨日の監察官が保安部員を連れて
こちらへ歩いてくるのが見えた。

気づかれないように、メールソフトを終了すると、作業中に見えるファイルを起動する。

アスカがデータ解析の作業のふりをする中、監察官達は後ろに立って声をかけてきた。

「昨日は失礼いたしました。アリス・ツェッペリンさん」

アスカは、今気づいた風に振り返ると、作業が中断されたことに苛立ちを感じたように応対する。

「あなたは、夕べの、確か・・・」

「特別監察官のシュナイトです」

不快感を顕わにするアスカに対して、シュナイトは表面上、紳士的な対応を取るが神経を逆なでするような
態度は否めない。

「お約束の通り、少々お話をお聞きしなければなりません。大変申し訳ございませんが、
今夜は私どものところへお泊りいただくことになります。」

「それは、身柄を拘束するって意味かしら」

「まあ、それに近いかもしれませんが、お話いただいた内容の事実確認が取れるまで、お付き合いいただくと
考えていただければ。そう長くはお手間を取らせるつもりはありません。遅くとも明日中には
お引取りいただくことになると思います」

アスカとしても、今ここで争っても勝ち目は無いし、特に疑って調査する雰囲気ではないため、ここは素直に
相手の出方をうかがうことにする。

・・・ここは、大人しくこいつらと付き合うか。どうせ一日待つつもりだったし、
独房で待とうと同じだわ・・・

アスカがシュナイト達に連れられていった先は、意外にも談話室風の個室だった。

取調室のような、殺風景の中に机と椅子だけがあって、窓には鉄格子がはまっている部屋を
想像していたアスカだったが、これには拍子抜けさせられた。

・・・ふ~ん、扱いは悪くないわね。まだ念のための調査ってとこか。・・・

室内にシュナイトと警備が二人、ドアの外にも二人張り付いている。

シュナイトが対面に座ると査問が始まったが、さすがに質問は厳しいもので、ルーとの出会いから始まって
どのような会話が行われたか逐一聞いてくる。

それも、アスカにしゃべらせた後、矛盾点や曖昧な部分を指摘して、何度も同じ所からしゃべらせる。

相手をじらして冷静な判断ができなくさせる常套手段だが、アスカは辛抱強く査問に耐えていった。

・・・こんちくしょう、また頭から話させるつもりね。上等じゃない。いつまでも付き合ってあげるわよ・・・

「今日はこれくらいにしましょう」

アスカが長時間の取り調べで、いい加減疲労を感じていた頃、シュナイトが今日の査問終了を宣言した。

「この後はこちらの保安部員の指示に従って、お泊りいただくことになります。ホテル並とは行きませんが
ご不自由はかけないつもりですので、何かありましたらお伝えください。あ、そうそう・・・」

そのとき、アスカは尋問が終わった安堵感から警戒を緩めてしまった。シュナイトの何気ない様子の一言は
彼女の心に大きく突き刺さる。

「ルーなるスパイは今朝ほど射殺されました。我々の調査で、本名ルイス・バードンと言いますが
ご存知ですか」

・・・え、ルーが射殺された?・・・それにルイス・バードンですって・・・

一瞬の驚愕の後、ルーとの最後の会話が思い出される。

(アリスちゃんも知らん顔ができるよう修行しな)

・・・そうだ、今はまだ取調べ中なんだ。こいつはこの時を狙っていたんだ・・・

シュナイトに視線を向けると、ニヤついた目の奥で冷たい光がアスカをじっと観察していた。

「驚かれたようですが、何か特に思われたのですか」

「いいえ、ただ、そうは言っても知った人が亡くなったと聞かされたものですから」

アスカは心の防御を最大限に上げて、外見はなんでもないフリをするが、その中は荒れ狂う感情を押さえるのに
必死だった。

・・・ルーが死んだ。いいえ、ルイスが死んでしまった。あたしは彼を知っている。・・・
・・・どうして気づかなかったんだろう。もう6年以上前のことだから?・・・
・・・いや、今は考えるな。泣くな、動揺するな、気を抜くんじゃない・・・
・・・あたしがルイスを知っているそぶりを見せるな・・・
・・・アスカ、ルイスの死を無駄にするな!・・・

シュナイトはアスカとにらみ合っていたが、これ以上得るものはないと悟ったのか、保安部員にアスカを
部屋へ案内するように告げる。

アスカは保安部員に連れられて部屋に案内されたが、その部屋でも感情を開放することは許されなかった。

・・・まだダメだ。どうせ、監視カメラで見ているに決まってる。そう、浴室ならば・・・

アスカは急いで入浴の準備を始めた。浴槽にたっぷりの湯が入ると洗顔もせずに飛び込む。

浴室に湯気が充満してレンズが曇り、細かい表情など分らないはずだ。声さえ立てなければ・・・

・・・加地さん。ごめんなさい。あたしルイスも守れなかった。・・・

ドイツにいた頃、加地さんを慕ってくっついていた孤児の少年がいた。

加地さんに危ないところを助けられて、それから加地さんをアニキと呼び、あたしをアスカ姉ちゃんって
呼んでいた。

金髪で巻き毛、そばかすだらけの少年、加地さんが里親を探してドイツで幸せに暮らしていると思っていたのに。

(加地さん、どうして何時も、あたしの周りからあたしの大切な守りたい人達はいなくなっちゃうのかなぁ)

抑圧されていた感情が慣れてしまったのだろう、さっきまで荒れ狂っていた気持ちがうそのように
空っぽになっている。ただ空しさと無力感だけが残っている。

狭い浴槽に身を沈めて、アスカはぼんやり天井を眺めながら、昔ドイツで過ごした日々を思い出していた。

To be Continued.
————————————————————–
まいどお世話になります。@赤い羽です。

引き続き、転の章です。次はアスカのドイツ時代から一気に結の章へ進みます。
(進むはずです、が、ちょっと自信なかったりして)

それではまた。

novelai2000@yahoo.co.jp