第1話

シンジはキッチンに立っていた。

夕食の準備をしているらしい。

「クェッ」ペンペンが寄ってきて、おやつを要求する。

「もうお腹が減ったの?ペンペン、あまり食べ過ぎはいけないと思うけど…」

シンジはしゃがみこんで、やさしくペンぺンに言う。

しかし、「クェ~ッ、クェッ、クェ~ッ」と強硬におやつを主張するペンペン。

「しょうがないなぁ~。少しだけだよ」

やむを得ず、シンジはミサトの酒のつまみを少し分けてやる。

その時、もうひとりの同居人、そして、この家随一の我が儘者である少女は

リビングで文庫本を読んでいた。

本から目を離した少女がシンジに話しかけた。

「シンジ、今夜のご飯はどうするの?」

「どうするのって、ぼくが今作っているのだけど」

なぜ当たり前の事を聞くのかなと思うシンジ。

「そんなの見れば分かるし、アンタが作るのは当たり前でしょ。バカ。
何を作るのかということを聞いているの」

シンジの返事に対して腹ただしげに少女はシンジに言い放つ。

『アスカ、もう少し優しくしてよ』   シンジは少し辛くなる。

でも、本日のメニューに遺漏はないのでいくぶん気を取り直して答える。

「アスカの大好きなハンバーグだけど」

しかし、返ってきた少女の言葉はシンジの予想と違っていた。

「アタシ、今日はハンバーグの気分ではないわ。シンジ、深川鍋作って」

と少女が言う。

「えぇ~深川鍋?(また、鬼平の本を読んでいるの?)アスカ。深川鍋なんてできないよ。
材料もないし、作ったこともないから…。ハンバーグで勘弁してよ」

「ダメよ。決めたんだから。レシピをネットで探して、いまから材料買って来ればできるでしょ」

少女はシンジの言葉に耳を貸さず、ぴしゃりと言った。

 

最後の戦いが終り、シンジ達は生き残った。

街の復興も進み、疎開していた人々も戻ってきた。

シンジ、アスカ、レイ達は再開した学校に戻り、現在は普通の高校生となっていた。

シンジと父ゲンドウの関係に取り立てて進展はなく、半絶縁・別居状態が続いている。

アスカは、父の呼びかけにもかかわらず、ドイツには戻らず、ミサトの家にシンジと一緒に生活している。

レイはあのアパートが無くなった事もあり、いろいろと経緯があったが、今は赤木リツコと暮らしていた。

 

ネルフは戦後処理に追われていたが、それも片づき、研究機関へ移行していた。

銃弾を受け、入院していたミサトもネルフに復帰し、死んだと思われていた加持リョウジも戻り、

『あの言葉』をミサトに告げたらしいが、ミサトもリョウジもそれぞれ忙しく進展はない。

しかし、ミサトの左手の薬指には指輪が輝いていた。

そのような訳でミサトは公私共に忙しく、家に帰れない時が多かった。

しかし、シンジとアスカの関係に新たに何かが起こったということは無く、引き続き普通の生活が続いていた。

 

「ほら、シンジ、早くしなさいよ。アタシを飢え死にさせる気?」

少女がさらにシンジに厳しく言う。シンジは黙って端末を開き始めた。

アスカはイライラしていた。理由はシンジが自分にかまってくれないから。

シンジは、ミサトやアスカの食事や掃除などはしていたが、

最近、趣味のバイクのために休日などほとんどの時間を使うようになっていた。

 

それはシンジがどこからか古いバイクを見つけてきたことから始まった。

「何、その赤いバイク?また古いわね。処分した方がいいのじゃないの」

「古いけどいいものだよ。アスカ、ぼくが見つけてきた物にケチつけないでよ」

とシンジが珍しく反論する。

そんなシンジの反論の言葉にアスカはムッとする。

「フン、あんたのためを思ってアタシは言っているのよ。勝手にすればいいわ。
でも、汚いものを家に持ち込まないでよ。 わかったわね」

とアスカがいい、シンジもその言葉に反発するようにバイクのレストアをケンスケの家でするようになった。

バイクは相当古いもので、エンジンや塗装など手に負えないところはショップに頼んでいたが、

自分の手でできるところはシンジが自分でレストアしていた。

したがって、シンジの休日は、家事を終えるとすぐ家を出て、夕方までケンスケの家にいる事となり、

アスカとの会話も少なくなるし、一緒に街に出る事も無くなった。

その結果、アスカは機嫌の悪い日々を送る事になったのである。

バイクは、最近、ほぼ仕上がり、シンジはそのバイクに乗る事が多くなった。

そして、一層、アスカのイライラが募るのであった。

その日の二人の夕食はぎくしゃくとしたもので、会話も少なかった。

 

 

シンジに無理やり深川鍋を作らせた日の翌日、アスカは朝早くに目が覚めた。

「もう朝?……まだ6時じゃない」

アスカはもう一度寝ようとする。

しかし、目が冴えてしまい、再び眠りに入ることはできなかった。

『もう、こんな時は早起きするしかないわ。
そうだ、今日は久しぶりに街に買い物に行こうかな。バカシンジは荷物持ちね。
シンジに何か買ってもらって、それから食事をして、映画も見て…お茶を飲んで…。
全部シンジ持ちね。いや、荷物は持ってくれるからお茶ぐらいは割り勘でもいいわね。
うん、決まり。そう決めたら早く起きなきゃあね。
そして、シンジが出て行かないように監視しなくちゃ』

急に元気が出たアスカ、布団から出てカーテンを開けた。

「今日もいい天気ねぇ。買い物日和だわ」

そういいながら自分の部屋を出た。

キッチンに入ると、すでに朝食の用意がしてあったが、少年のいる気配はなかった。

「シンジ…」

アスカの気持ちが急激に冷えていく。

シンジの部屋に行き、何も言わずに戸を開けるアスカ。どこにも部屋の主はいなかった。

「アタシに黙って出かけたわね。今日はせっかく2人で出かけるっていうのに……。 あのバカ!」

そういってアスカはシンジの部屋の戸を蹴る。

「イタッ」

足の小指を打ちつけたアスカは脚を抱えてうずくまった。