最終話

「ね……眠れない」
 カーテンの隙間から朝陽が差し込む。ベッドで横になってるシンジだったが、その両脇にはユイとレイが寄り添って寝ていた。
 学校でアスカやミサト達との再会後、シンジは碇家に戻って来た。その時、ユイは狂ったようにシンジに抱きつき、泣きながら謝って来た。
 ゲンドウも静かに頭を下げて「すまない」と言ってきた。何とか家族と再会は果たしたのだが、その日はユイとレイが一緒に寝ると言い出し、今の状態に至る。
「はぁ……同じ顔に挟まれて寝るのは厳しいな~」
 などと呟きながらシンジは2人を起こさないようにベッドから降りる。時計は5時を指しており、カヲルもゲンドウも起きてないようだ。とりあえず台所に行って冷蔵庫の中身を確認する。
「ふむふむ……少しサービスしてあげようかな」
 棚から弁当箱を4つ取り出し、フライパンに油を引いて卵を落とす。ジュ~という音を立て、シンジは鼻唄を歌い出した。
「そういえば……」
 調理中、シンジはふと思い立った。
「僕って中学卒業してないや……」
 義務教育を卒業せず、そのままマエカの店で働いてたのでシンジは中学中退という状況であった。まぁ知識の方はサードインパクト時に全人類の記憶が流れ込んで来た為に、ユイやキョウコ達よりも上である。
「僕としては姉さんの所で働きたいんだけどな~」
 しかし、学校に行かなければアスカやレイが五月蝿いだろうとシンジは苦笑する。
「え? シンジ?」
「ああ、母さん。おはよう………朝ご飯もうすぐ出来るから待ってて」
 ユイは一瞬、呆然としていたがジワッと目が熱くなった。夢ではない。シンジが帰って来て、こうして普通の親子の会話をしてるのが夢ではない事に嬉しさを覚えた。
「あ、それなら私が作るわ……」
「良いよ。たまには親孝行しないとね~」
「シンジ……」
「と、いう訳で母さんは食器出してくれない?」
 ユイは微笑んで頷くと食器を棚から出して並べていった。
 ピンポ~ン!
 そんな親子の会話をしてると玄関のチャイムが鳴り、何やら廊下を走って来る音が聞こえた。
「おや?」
「シンジ!!」
 やがてキッチンの扉が勢い良く開かれ、アスカが入って来た。
「あれ? どうしたの、アスカ? こんなに早起きだなんて珍しい……」
「あ、えと……うん。シンジが帰って来たの……夢だと思って……」
 どうやら目を覚ましたら、またシンジのいない生活に戻ってるのだろうと思い、不安になったようだ。そんな彼女を見てシンジはクスッと笑い、アスカの下へ歩み寄るとポンと頭に手を置いた。
「大丈夫。別に何処にも行かないからさ」
「…………うん」
「嬉しいわ、碇君」
「のわ!?」
 いきなり幽鬼の如く背後に現れたレイにシンジは飛び退いた。レイは何事も無かったかのようにシンジに腕を絡ませてくる。
「ちょ、ちょっとレイ! シンジに何すんのよ!?」
「碇君は私のお兄ちゃんも同然なの。だから悪い女から守るの。妹としての義務なの……ね、お兄ちゃん?」
「あ、綾波……」
「駄目……レイって呼んで欲しいの。私もお兄ちゃんって呼ぶの」
「あ、あはは……」
 3年前とかなり違う性格になってるレイにシンジは苦笑するしか無かった。
「シンジ君……」
 すると今度はいきなり背後からカヲルが腕を回してきた。
「あ、カヲル君おはよう。良く眠れた?」
 が、シンジはレイと違い普通に話しかける。
「ああ。君と一つ屋根の下で暮らせるなんて歓喜に値するね……とても嬉しいって事さ」
「あはは。カヲル君ったら大袈裟だな~」
「ふふ……相変わらず君は繊細ガフッ!!」
「シンジに何してんのよ、このナルシスホモ!!」
「お兄ちゃんに手を出さないで」
 何やら唇を近づけようとしたカヲルに向かってアスカが鉄拳を放ち、レイが思いっ切り踏み付けた。
 良い具合に血を吐いて痙攣するカヲルを見て表情を引き攣らせるシンジ。
「レイもいい加減に離れなさいよ!!」
「駄目。兄妹のスキンシップなの」
「離れなさい~!」
 言ってアスカは自分の方にシンジを引き寄せようと、レイと反対の腕を引っ張る。レイも負けじと離そうとしない。
「う、腕が千切れる~」
「大丈夫よ、シンジ。千切れてもネルフの医療技術で治してあげるから」
「それが母親の言葉か、おい?」
 何処かズレてるユイの意見にシンジは半眼でツッコミを入れるのだった。
「…………何だ、この騒ぎは?」
「あら、あなた。おはようございます」
 ようやく起きてきたゲンドウにユイは、シンジの作った朝食をテーブルに並べる。
「ユイ、一体シンジ達は何を?」
「嫁と小姑の喧嘩は見ていて微笑ましいですわ」
「…………そういう事か」
 ゲンドウは納得すると思えば初めて食べる息子の料理を堪能するのだった。
「え? シンジ、学校行かないの?」
「と、いうより一刻も早く喫茶・福音に戻りたいんだ。あ、別に出て行くわけじゃないよ」
 不満げなアスカを一旦、家に帰し朝食を取っている時、ユイはシンジに学校はどうするのか質問した。
 そして返って来た答えは上の通りである。
「駄目。お兄ちゃんも学校に行くの」
「シンジ君、せっかく帰って来たのにソレはないんじゃないのかい?」
「ゴメンね、2人とも。けど早い所、戻らないと姉さんのお怒りが怖いから……」
「シンジ君、君は神様じゃないのかい?」
「怒り狂うリリンは恐ろしいんだよ、カヲル君」
 そう言ったシンジは笑顔だったが頬には冷や汗を垂れていた。
「問題ない」
 ゴスッ!!
 湯飲みを持ちながらお決まりの台詞を言うゲンドウにシンジは思いっ切り箸を投げつけた。見事に箸はゲンドウの眉間に命中し、彼は椅子ごとぶっ倒れた。
「ちゃんと主語を付けて話せ、このバカ親父」
「シ、シンジ………やはり私は許してくれんのか……」
 思いっ切りゲンドウの背中を踏みつけて冷徹に言うシンジ。
「あのね……散々、人を道具扱いして挙句の果てに壊した人間を素直に許せると思う? 許して欲しけりゃ時間かけて誠意を見せるべきだね。
もしロクでもないこと考えたらLCLにするぞ?」
 そう言って手を近づけるシンジ。その手に触れればあっという間にLCLにされてしまう。
「わ、分かった。時間を掛けて罪を償う。だから足をどけてくれ」
「まず何が問題ないのか簡潔に述べよ」
 もはや3年前とは完全に立場が逆転してる2人にアスカとレイは呆然とするしかなかった。ユイやカヲルは何だかんだ言ってゲンドウの弁当も作っているシンジに苦笑している。
「そ、その喫茶店とやらで働こうが学校に行こうがお前の好きにすれば良い……という事だ」
「それなら最初からそう言え。んじゃ落ち着いたら姉さんの所で働こうかな」
「じゃあ私も学校辞める!」
「私も……」
「なら僕もだね」
「あ、あのね……」
 サラッととんでもない事を言う3人にシンジは肩を落とす。
「駄目よ、レイ、カヲル君。そんな事で勝手に決めないの」
「アスカちゃんもよ」
 叱咤するユイに便乗し新たな声が入って来た。
「マ、ママ!?」
「あら、キョウコ。おはよう」
 やって来たのは隣に住むアスカの母――キョウコだった。
「おはよう、ユイ。………ゲンドウさん、どうしたんです? 額に痣なんか作って?」
「…………先程、転んだのだ」
 滅茶苦茶、分かり易い嘘にシンジは噴出しそうになるが、何とか堪える。
「ママ! 私、大学も出てるのに何で学校辞めちゃ駄目なの!?」
「あのね、アスカちゃん。シンジ君を思うのは分かるけど、それだけで全部を決めたら将来、駄目人間になるわよ」
「確かに……前例がありますしね」
 シンジの呟きにビクッとゲンドウが震えたのは誰も気付かない。ユイの為だけに全人類を犠牲にしようとした駄目人間であると視線が言っている。
「と、いう訳でアスカちゃんは学校行って、終わったらその喫茶店でバイトするっていうのはどう?」
「あ、それなら良いですね。姉さんには僕から話しつけとくよ」
「お兄ちゃん……」
「シンジ君……」
 背後から縋るような2つの視線を向けられ、シンジは身を竦ませた。ギギギと振り返ると自分と同じ紅い瞳が潤んで自分を見つめていた。
「ふ、2人の事も話しておくよ」
「嬉しい……」
「ありがとうシンジ君。やはり君は最高の親友だね」
 あはは、とシンジは乾いた笑いを浮かべガクッと肩を落とすのだった。
「あ、父さん。今日、ネルフに行っても良い?」
「…………ああ」
「じゃあアスカ達も来てよ」
「??」
 少し悲しそうに微笑んで言うシンジにアスカ達は首を傾げた。
「本気なの、シンジ君!?」
 ジオフロントの森でリツコはシンジに食って掛かった。ジオフロントには3年前、使徒と戦ったエヴァ3機が並べられていた。
「ネルフが今でも研究機関として働いてるのはエヴァというオーバーテクノロジーが存在するからよ! そのエヴァを破壊するですって!?」
「ええ。綾波とアスカの了承も、父さんの許可も得ました。エヴァは破壊します」
「何故!?」
「……………リリンは知恵の実を食し、S2機関の代わりに、科学という力を手に入れた使徒。科学が発展するのはリリンの選んだ道だから構いません。
だけどエヴァは使徒のコピーです。なら破壊した方が良い………それが科学で造られたものだとしても……僕とエヴァがあればフォースインパクトが起こる可能性だってあるんです。リツコさんがエヴァを残したいなら僕が死にますが?」
 シンジの言う事にリツコは反論できなかった。シンジの真っ直ぐな紅い瞳がソレを後押ししている。
「構いませんね?」
「………ええ……」
 長いことエヴァと付き合ってきたら人一倍に思い入れもあるだろう。だが、世の為を考えるなら仕方の無い事だった。
「では………」
 皆に離れるようシンジは指示し、1人、3体のエヴァの前に立つ。そして真ん中に立つ初号機を見上げる。
「さよなら……相棒」
 シンジは少し悲しそうに微笑むと手から光球を3発、放った。光球はエヴァに触れるとボディが静かに砂のようになった。
 赤、青、紫の粉末は宙を舞い、シンジは静かに目を閉じた。ふと隣にアスカがやって来た。そしてギュッとシンジの手を握る。
「コレで過去と決別……か」
「バカ言うんじゃないわよ。過去を捨てるなんて出来やしないわ。背負えば良いの」
「そっか………」
 シンジとアスカの後ろではゲンドウを初め、皆が目を閉じ黙祷を捧げているようだった。それを見てシンジは微笑むと、アスカが尋ねて来た。
「神様のアンタは私がお婆ちゃんになってもそのままなの?」
「ん………そうかもね。きっと自分でいつ死ぬか決めるんだろうな」
「そう……」
「だから……アスカが老いたら僕も老いる。アスカが死んだら僕も死ぬよ。そう思うと便利な体だよ」
 そう言って苦笑するシンジにつられ、アスカも苦笑する。一緒に老いて、一緒に死ぬ………神にこんな事を言わせたのは後にも先にも彼女だけだろう。
「そして何度でも生まれ変わって出逢うんだ。約束だよ」
「良いわね。来世への約束よ」
 シンジとアスカは向かい合い、静かに小指を絡ませた。

 ――いつか再び出逢う君に………――