第五話

「定休日って本当に暇ですね~」

 

「まぁだからこそ姉弟のコミュニケーションが取れるだろう?」

 

マエカは煙草を咥えながら飛車を打つ。シンジは苦笑しながら香車を飛車の頭に打つ。

 

「う……!」

 

「存分に考えてください」

 

「むむ~」

 

冷や汗を垂らし、煙草を灰皿に押し付けると盤面を睨み付けた。

 

カランッ!

 

そんな時、扉が開かれる音がしシンジは振り向いた。

 

「あ、すいません。今日は定休日………」

 

定休日だと断ろうとしたシンジだが、その来客に言葉を失った。銀髪に赤い目をした不思議な少年は、ポケットに手を突っ込んだままシンジに笑みを浮かべていた。

 

マエカはシンジの珍しい反応に首を傾げている。

 

「無理をお願いで承知したいんだけど……良いかな?」

 

「…………構いませんよ」

 

笑み浮かべる少年に対し、シンジも笑みを浮かべ返し、席を促した。

 

「ありがとう。好意に値するね……好きって事さ」

 

「あはは……」

 

シンジが「コーヒーで良いかい?」と尋ねると少年は無言で微笑を浮かべたまま頷く。

 

「おい、シン」

 

「はい?」

 

コーヒーを淹れてる所にマエカが訝しげな顔で尋ねて来た。

 

「知り合いか?」

 

「まぁ……昔の親友ってトコですかね~。彼に誤魔化しは通用しませんよ」

 

「………良いのか?」

 

「とりあえず話はしてみますよ」

 

「そうか……」

 

マエカは頷くと将棋盤を持って2階へと消えて行った。シンジはコーヒーをカヲルの前に置き、彼の向かいの席に座った。

 

カヲルは淹れてくれたコーヒーを飲み、シンジはソッと目に触れた。すると黒かったシンジの瞳がカヲルのように真っ赤になっていた。

 

「こうして向かい合うのも久し振りだね、碇 シンジ君」

 

「今は神崎 シンジだよ。第拾七使徒ダブリス」

 

「生憎と今は君のお陰で普通の人間だよ」

 

「じゃあ僕は世界を創った神様だから人間じゃないよ」

 

『立場逆転だね』

 

揃って言うと可笑しくなって2人は微笑んだ。3年前より遥かに息の合った2人だった。

 

「その髪と瞳が代償かい?」

 

「まぁね。お陰で第3に行った時には委員長やトウジ、マヤさん達には気付かれなかったよ」

 

当然、サングラスもしてたと言ってシンジは苦笑した。そんな彼をカヲルは少し悲しそうな目で見る。

 

「ゴメンね、シンジ君。僕やリリス……いや、レイがヒトになって、君はヒトを捨てる事になってしまって……」

 

「別に良いよ。あの時、僕は皆が幸せになれるよう願った。僕がヒトでなくなる事で、皆が幸せになってくれるなら安いものさ」

 

「相変わらず君の心は繊細だね……本当、好意に値するよ」

 

「お陰でこの3年の間に随分と図太くなりました」

 

そう言われカヲルは珍しく「はははは!」と大笑いした。それにつられてシンジも笑った。そんなシンジを見てカヲルは静かに尋ねる。

 

「シンジ君、こっちに戻って来る気は無いのかい?」

 

「あったら、とっくに君達やアスカの前に現れてると思わないかい?」

 

「それは、そうだけどね……」

 

「今更、皆の前に顔を出せるわけ無いよ。人間じゃなかった綾波を恐れ、トウジを傷付け、アスカの心を壊した僕がどうやって会うのさ? 現に今も一度、殺した君と対面してて震えているよ」

 

そう言ってシンジは自分の手を上げる。その手は静かに震えていた。

 

「皆に会いたくはないのかい?」

 

「会いたくない……って言ったら嘘になるかな」

 

「じゃあ会えば良いじゃないか。もう誰も君を拒絶したりしない……皆が君の帰りを待っているんだよ?」

 

「父さんは母さんを取り戻し、トウジは足を取り戻し、綾波とカヲル君は人間としての生を、そしてアスカはお母さんと一緒に暮らせるようになれた。
もう僕が入り込む余地なんて無いよ」

 

シンジは静かに首を左右に振り、席を立った。

 

「会えて嬉しかったよ、カヲル君。けど、もう会う事は……」

 

バキッ!!

 

そう言って立ち去ろうとしたシンジをカヲルが引き止めた。そして自分の方に体を向けさせると思いっ切り頬を殴る。

 

「カ、カヲル君?」

 

シンジはカヲルに殴られた頬に触れ、呆然とした顔で彼を見る。

 

「すまないね、シンジ君。僕も君を殴りたくなんて無かったけど、どうしても許せなくてね」

 

殴った手をポケットに突っ込み、微笑むカヲル。

 

「シンジ君、君は勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

「そう……君は皆の幸せを願った。だが、その願いは叶えられていないよ」

 

「………どういう事?」

 

「君がいなければ僕らは到底、幸せになれっこないという事さ」

 

ニコッと極上の微笑を浮かべながら言うカヲルにシンジは目を見開いた。2人の紅い瞳が交錯し合う。

 

「皆の幸せを願うのなら戻って来てくれないかな?」

 

「で、でも……僕はもう……」

 

「人間じゃなくても問題ないよ。重要なのは君が君である事だ」

 

「…………カヲルく……」

 

ゲシッ!!

 

何か言い掛けたシンジだが、突然、マエカが現れ、後ろから蹴っ飛ばした。

 

「マ、マエカさん?」

 

「ほれ」

 

いきなり何をするんだという顔で見てくるシンジにマエカは無言で封筒を渡した。

 

「?? コレは?」

 

「退職金だ」

 

「!!? マエカさん、話を聞いて………」

 

驚愕するシンジとは対照的にマエカは煙草を吹かした。

 

「別にお前が神様だろうが何だろうが私にとっちゃあ少し生意気な弟だ。だが、お前を待ってくれてる奴がいるんだろう? 今日限り『神崎 シンジ』はクビだ。好きな所へ行け」

 

「……………」

 

シンジは封筒を強く握って立ち上がると、真正面からマエカを見つめた。

 

「…………ありがとう姉さん。今度は『碇 シンジ』として面接に来ますね」

 

「ふん。お前なら無条件で雇ってやるさ………またな」

 

「はい」

 

シンジは力強く頷くと、様子を見守っていたカヲルに向かって振り向いた。

 

「帰ろう、カヲル君。第3新東京市に」

 

 

 

 

 

「静かだね~……1人いなくなっただけなのに」

 

つい先程まで将棋をしていたとは思えないほど静かになった喫茶・福音で前かは1人、カウンターに座り写真立てを眺めていた。

 

写真にはまだ自分より背の低いシンジと、店の前で一緒に撮った写真が入っている。カラーコンタクトをせず、紅い瞳のままで写ってるシンジは少し照れくさそうにし、マエカはそんな彼の肩を組んで微笑んでいる。

 

「天涯孤独だった私の初めての家族……か」

 

そう呟くとマエカは煙草を灰皿に押し付け、立ち上がると大きく背伸びをした。

 

「さぁ~て……と! 愚弟が帰って来るまで1人で頑張るか」

 

その分、帰った来たら存分に扱き使ってやろうと決心し、苦笑するマエカは、奥の部屋へと消えて行った。