「ふむ……」
「あれ? どうしたんです、マエカさん?」
今日は喫茶・福音は定休日である。マエカはカウンターに座って何かの手紙を読んでいる。
「なぁシン。すまんがお使いを頼まれてくれないか?」
「お使い?」
「ああ。第3高等学校にケーキを届けて欲しいんだ」
「何でまた高校にケーキを?」
「そこの校長が何でも誕生日らしくてな……内緒で職員でパーティーをやるらしいんだ」
中々、良い教師が揃ってると思いシンジは感心した。ただ、第3新東京市というのが非常にシンジの心に引っ掛かっていた。
嫌な思い出の多い、それでいて良い思い出もそこでしかない街。
「ま、良いですよ」
サングラスをかければ誰かと会っても分からないだろう。真っ白な長髪で、身長も180cmある今、昔の自分とは似ても似つかないのだから。
「ご苦労。じゃあケーキは作ってあるから」
「はいは~い♪」
車に乗り――サードインパクト後、住民票を書き換え、18歳にした――、第3新東京市にシンジはやって来た。
かつて、この地で戦った時の痕跡は残っておらず、人々は活気に満ちていた。全ての元凶であったこの地を離れ3年――シンジは再びやって来た。
「えっと~……第3高校は……」
マエカから渡された地図を頼りにシンジは目的の場所を探そうとする。が、本人の性格のためか、地図はかなりアバウトだった。
「う~む………何で日本地図?」
何故か日本地図に『此処』と矢印を描いている。
「ん? あれは……」
その時、制服を着て走っている少女が目に入った。
「丁度良い。道訊こうっと」
言うや否やシンジは車を少女の隣に寄せた。
「すいませぇ~ん」
「あ、はい」
少女は息を切らし、それでも親切に振り向いた。
「あの~、道を教えて欲しいんだけど、君って第3高校の生徒?」
「あ、そうですけど……」
「丁度、良かった! 乗って、案内してくれない?」
「え? で、でも……」
少女は戸惑った様子だった。白髪にサングラスをし、いきなり声をかけられては戸惑うものだろう。
「お願い! 早い所、届けないといけないものがあるんだ! それに、君も遅刻寸前じゃないのかい?」
「はぁ……分かりました」
拝まれ、更に始業ベルが鳴るまで時間が無いので少女は恐る恐るながらも車に乗った。
少女の案内で車は第3高校を目指す。
「あ、自己紹介が遅れたね。僕は神崎 シンジ。第2新東京市の喫茶店で働いてるんだ」
「え? シンジ?」
「?? どうかした?」
「あ、いえ……昔の友達に同じ名前の人がいて……」
そう言われシンジは助手席に座る少女を見る。黒髪を自分と同じように後ろで束ね、典型的な日本人顔だがシンジは何処か見覚えがあった。
「あ、私、洞木 ヒカリって言います」
――い、委員長~~~~~~~!!!!!?――
少女――洞木 ヒカリの名前を聞き、シンジは思わず吹き出しそうになった。
――ソ、ソバカスが無いから気付かなかった……――
彼女の特徴であったソバカスが無くなり、結構な美少女に成長していたのでシンジは全く気付かなかった。
――お、落ち着け~。サングラスしてるし、頭こんなんだから絶対に気付かれない筈だ――
動揺する心を落ち着かせ、シンジは平静を装う。
「洞木さんか。君、遅刻常習犯?」
「ち、違います! 今日は忘れ物をして……」
「あはは。冗談、冗談♪」
まぁ品行方正、クソ真面目が代名詞だった彼女が遅刻するとは思えないので、シンジは苦笑した。
「ところで僕と同じ名前の友達がいたの? もしかして彼氏?」
なるべく勘繰られないよう、初対面のように質問する。
「ち、違います! 普通の友達です! ……ただ……3年前に姿を消して……」
「そっか……死んだの?」
「分かりません。全くの生死不明なんです」
「ふ~ん……」
まだ生きてると信じられてるのかと思うと、シンジは少し胸が痛くなった。
「お、見えてきた」
やがて坂の上に学校が見え、車を停める。ヒカリは降りて頭を下げた。
「どうも、ありがとうございました。神崎さん」
「いやいや。早く行かないとチャイム鳴るよ?」
「あ、はい!」
時計を見て、ヒカリは慌てて校舎に向かって行った。
「さぁ~て、ケーキ届けなきゃ」
トランクからケーキを出し、シンジは校舎に入って行った。
「はぁ……間に合った~」
「あら、ヒカリ。珍しく遅刻ギリギリじゃない」
教室に入り、席につくなりヒカリにアスカが話しかけてきた。その隣にはレイもいる。
「うん。忘れ物取りに帰ってたから……」
「流石の委員長も忘れ物はするんだな~」
同じようにやって来た眼鏡の少年――相田 ケンスケがからかう口調で言ってきた。
「完璧な人間など、この世には存在しないのだよ、相田君」
「そやそや」
そこに相変わらず気障な台詞を吐くカヲルと、関西弁のジャージを着た少年――鈴原 トウジもやって来た。
第3高校2年C組でも彼らは中学から特に仲が良い。
「でも途中で学校に案内して欲しいって男の人に車乗せられて何とか間に合ったわ」
「案内?」
「うん。第2新東京市の喫茶店で働いてるんだって。けど驚いたわ……だって名前がシンジって言うんだもの」
それを聞き、アスカ達は固まった。中学からの腐れ縁である彼らだが、その中に1人足りなかった。
トウジ、ケンスケと共に3馬鹿トリオに数えられ、アスカ、レイの戦友、カヲルにとっては一番の親友である少年。
アスカはもしかしてと思ったが、ヒカリは手を振った。
「あ、でもね碇君じゃないわよ。髪も白いし、背も高いし、性格が全然、違うもの。どっちかっていうと……相田君と渚君を足して2で割った感じね」
そう言われ皆は残念そうに溜め息を吐いた。確かにケンスケやカヲルのようなシンジなど皆には想像できなかった。
内向的で、口数が少なく、決して明るいとは言えないのが彼らの中のシンジなのだ。
「碇君……何処にいるんだろうね」
「さぁ……どっかの山奥で仙人みたいな生活してんじゃない」
ヒカリの呟きに、アスカは憮然とした態度で答えた。
その頃、件の彼は―――。
「ちわ~っす。喫茶・福音で~す。ご注文のケーキ届けに来ました~」
「あ、ご苦労様です~」
――げ!? マ、マヤさん!?――
職員室にやって来た頃、大体の教師は授業に出ており、出迎えたのは童顔の女性だった。
シンジは彼女を見て冷や汗を垂らす。
伊吹 マヤ――かつて、ネルフの技術部長である赤木 リツコの片腕として、オペレーターだった彼女はシンジと、それなりの接触があった。
シンジは平常心を装い、マヤにケーキの入った箱を渡す。
「お、それが校長先生のケーキか」
「へ~。良い匂いがするな」
そこに長髪の男性と眼鏡をかけた男性がやって来た。
――ひゅ、日向さんに青葉さんまで~!――
日向 マコトと青葉 シゲル――彼らもマヤと共にオペレーターを務めていた。
「どうもありがとな、兄ちゃん」
シンジの背中をシゲルがバンバンと叩く。
「は、はぁどうも……」
「あ、代金なんですけど葛城先生が今、授業に行ったので待合室で待ってて貰えます?」
――ミサトさんもか……この分じゃ、リツコさんもいるだろうな~――
もはやシンジは何があっても仕方がないという諦めの境地に達した。
「はい……」
「じゃあ、お茶持って来ますね」
日向に案内され、シンジは待合室にやって来た。
「此処で待っててください」
「あ、はい」
フゥと溜め息を吐き、シンジはソファに腰を下ろした。
「あ~、しんど」
髪を掻きあげ、天井を見上げる。
「皆、此処で授業を受けてるのか……元気してるかな?」
ふとシンジは中学時代を思い出す。そして、静かに腰を上げた。
「お茶持って来まし………って、あれ?」
お盆にお茶を載せたマヤだったが、待合室には誰もいなかった。
「何処行ったのかな?」
誰もいない待合室の机には1枚の紙切れが置いてあった。
『お代はサービスです。今後とも喫茶・福音に御贔屓を』
「~~♪~~♪」
シンジは車を走らせ、第2新東京市に向かう。結局、懐かしい人達には会ったが、正体を悟られる事は無かった。
シンジは鼻唄混じりに車を飛ばしていると、ある事を思い出した。
「誕生日……そっか。そろそろだったっけ」
そう呟くと、シンジはアクセルを踏んで少し寄り道をした。