第一話

2015年―――人類は紅い海から戻って来た。

 

サードインパクトの全容はネルフがゼーレの行いを暴露し、今では研究機関として世界の科学技術を引っ張っている。

 

綾波 レイ、惣流・アスカ・ラングレー、そして渚 カヲルは世界を救ったチルドレンとして英雄視されている。

 

しかし、その中にサードチルドレンという名前の少年はいなかった。サードインパクトから3年………2018年―――人類は元の生活を取り戻していた。

 

 

 

 

 

「~~♪~~♪」

 

第2新東京市にある海辺で1人の少年が鼻唄混じりに竿を垂らしていた。髪は真っ白で、瞳は黒。わざわざ白に染めてるのか、あるいは何かしら苦労してストレスのせいで白くなったのか。少年の顔は生き生きとしてるので後者は無いと思われる。

 

長い髪を下ろしているので、容姿も手伝ってパッと見、女性に見えた。

 

「歌は良いねぇ~。リリンが生み出した文化の極みさ」

 

「お、兄ちゃん。中々、哲学的じゃないか」

 

少年の隣で同じように竿を垂らしていた中年男性が話しかけてきた。

 

「ところでリリンて何だい?」

 

「身近にあって判らない事ですよ」

 

「はぁ?」

 

「~~♪~~♪」

 

首を傾げる男性を他所に、少年は再び鼻唄を歌いだした。やがて竿を引き、腰を上げた。

 

「お、帰るのかい?」

 

「ええ。これでも忙しいんですよ」

 

「釣りは良いよな~。人間が生み出した娯楽の極みだ」

 

先程の自分の言葉を真似て言う男性に、少年は苦笑しペコリと頭を下げた。帰る際、海を見渡して呟いた。

 

「海は青いね~。神が生み出した自然本来の形だよ」

 

少し前まで赤かった海は何処までも澄んだ青を取り戻していた。少年の中に浮かぶ少女の髪と、少女の瞳の色だった。

 

 

 

「お帰り、シン」

 

釣りを終えた少年が帰って来たのは小さな喫茶店だった。開店前の準備をしていた20代後半の女性が笑顔で出迎える。

 

少年も笑顔を浮かべ、奥の扉に向かった。

 

「釣りは楽しかったかい?」

 

「ええ。人間が生み出した娯楽の極みですね」

 

女性の質問に答えながら、奥の部屋のロッカーに釣り道具をしまい、エプロンを取り出し付ける。その姿が妙に様になっている。

 

「しかし、意外だな。まさかシンに釣りなんて趣味があったとは……」

 

「いや~。どっちかっていうと心を落ち着かせるのに良いんですよ。マエカさんもしませんか?」

 

「私は心を落ち着かせる時は煙草だ」

 

そう言ってマエカと呼ばれた女性は煙草を吹かした。少年は苦笑し、パタンとロッカーを閉じる。髪を首の後ろ辺りでゴムで止める。

 

「じゃ、開店の札出してきますね」

 

「おう」

 

少年の名は【神崎 シンジ】。ここ【喫茶・福音】で働くごく普通の住み込みアルバイターである。

 

女性の名は【神崎 マエカ】。喫茶・福音の女店主である。

 

「もう3年だね……」

 

「そうですね~」

 

開店したばかりなので、客はまだ入って来ず、シンジとマエカはコーヒーを飲みながら話していた。

 

「お前さんが倒れてるのを発見して3年……良く働いてくれてるよ」

 

「こちらこそ……見ず知らずの僕を引き取ってくれて感謝してますよ」

 

シンジは3年前、マエカに海辺で倒れていた所を助けられた。当時、紅い海からの帰還者は珍しくなく、マエカも普通なら見捨てていた。

 

だが、シンジの持つ雰囲気につい助けてしまい、自分の苗字を与えた。そして3年間、実の弟のように接し、今に至る。

 

マエカはシンジの過去に何があったか知らない。だが、今のシンジを見ていると、どうでも良いような気になってしまう。シンジの誰にでも向けられる笑顔は、今の時代に必要なのだと思った。

 

その時、店の扉が開いたのを知らせる鈴が鳴った。

 

「いらっしゃい。ほら、とっととお冷や持ってって注文訊く」

 

「はいは~い」

 

シンジはトレイを持って入って来た客の方に向かった。

 

「喫茶店は良いねぇ~。リリンの生み出した憩いの場だよ」

 

 

 

「ほら、レイ! カヲル! 早く来なさい!!」

 

「………お腹減った」

 

「駄目だね~。朝食はリリンの生み出した1日の元気の源なのに」

 

かなり容姿の際立った3人は走っていた。先頭を走る赤味がかった金髪の少女は惣流・アスカ・ラングレー。その後に続く蒼髪の少女と銀髪の少年は綾波 レイと渚 カヲル。

 

3人とも世界を救ったチルドレンにして、今は第3新東京市の高校に通っている。

 

アスカは長かった髪を思い切って首辺りまで切った。逆にレイは背中まで髪が伸び、3年前とは正反対になっていた。カヲルは大して変わっていない。

 

「大体、レイがいつまでも起きないのが悪いのよ!」

 

「だって……朝は眠い」

 

「ユイさんも君には困ってるよ~」

 

今、レイとカヲルは碇家の世話になっている。ゲンドウは今でもネルフの指令を続けており、ユイは研究室で、レイとカヲルは共に学業に専念している。

 

アスカは、その隣の家で母親の惣流・キョウコ・ツァペリンと暮らしている。何故か、サードインパクトの後、エヴァに取り込まれた筈のユイやキョウコが戻って来た。

 

それ以上に、サードインパクトが起こる前に死んだ筈の葛城 ミサト、赤木 リツコ、加持 リョウジ、更には使徒として抹殺された筈のカヲルまで蘇った。

 

リリスとして目覚めた筈のレイも何故か蘇り、カヲルとレイは使徒としての能力を失っていた。

 

そして、レイとカヲルは蘇るときに声を聞いたと言った。

 

『皆が幸せに……』

 

その声は間違いなく碇 シンジのものだった。それを聞き、ネルフは総力を挙げてシンジを捜索したが、MAGIですらシンジの居所を掴めなかった。

 

そして、シンジが見つからぬまま3年が流れたのだ。

 

「やっぱり………眠い………く~」

 

「こらぁレイ! 寝ながら走るな!!」

 

「全く持って器用だね~」

 

それが、今の3人のいつもの朝の風景だった。

 

 

 

「おはようございま~す」

 

「おはようじゃないわよ! 今、何時だと思ってるの!?」

 

教室に入るなり、担任である葛城 ミサトが怒鳴ってきた。ネルフの職員は、現在、アスカ達がいる高校の教師をしていた。

 

ミサトは3人の担任で国語教師、リツコは保健医、日向 マコトは社会、伊吹 マヤは数学、青葉 シゲルは理科といった具合だ。

 

「すいません、列車事故に巻き込まれました」

 

「あんた達、いつから電車通学になったのよ!?」

 

「さぁ?」

 

首を傾げるアスカにミサトは溜め息をつき、さっさと席につく様に手を振った。

 

3人は苦笑しながら自分達の席につく。窓側の席に座ったアスカは頬杖をつき、空を見上げた。

 

――アイツ………何してるかなぁ?――

 

思うのはたった1人の少年。弱く、脆く、それでいて優しかった少年。自分の心を壊し、そして己の心をも壊してしまい、3年前の災厄の引鉄を引いてしまった少年。

 

自分と合わせ鏡のようだった少年を彼女は思う。この青い空の下にいるのだろうかと。

 

 

 

「はぁ……」

 

「どうしたの、ユイ? 溜め息なんて吐いて……」

 

2人の女性が街中を歩いていた。1人は碇 ユイ。もう1人はアスカの母である惣流・キョウコ・ツァペリンである。

 

共に東方の3賢者として称えられ、今でもネルフの研究室に所属している。

 

「うう……シンジ~」

 

――またか……――

 

キョウコは溜め息を吐いた。

 

「今日、押入れの整理してたら昔の写真が出てきたのよ~。それに私の可愛いシンジが~」

 

「あのね、ユイ……息子に会いたい気持ちは判るけど、会えないものは仕方ないじゃない」

 

「キョウコは良いわよねぇ~。アスカちゃんと一緒に暮らせて~」

 

恨みがましそうな目で見てくるユイにキョウコは嘆息してしまう。

 

「私だってシンジにご飯作って、それを『あ~ん』て食べさせて、お風呂で背中流しっこして、一緒のお布団で寝て子守唄歌ってあげたいの~!」

 

「あんた、自分の息子を何歳だと思ってんのよ?」

 

どうやらユイの中で、シンジは未だに3,4歳のお子様らしい。

 

「あぅ~……シンジ~」

 

「あ~! もう! 良い歳して泣くんじゃないの! ほら、そこの喫茶店で奢ってあげるから!」

 

そう言ってキョウコが指した所には喫茶・福音の看板があった。

 

 

 

「いらっしゃ……げ!」

 

シンジは入って来た客を見て表情を引き攣らせると奥の部屋に突っ走って行った。

 

「??」

 

マエカは妙に慌ててたシンジを見て首を傾げながらも、入って来た客に注文を訊きに行った。

 

「いらっしゃいませ、ご注文は?」

 

「私は……コーヒーを頂こうかしら……。ユイは?」

 

「イチゴパフェ」

 

未だに落ち込んでるユイは、かなり低い声で呟いた。

 

「かしこまりました」

 

マエカは注文の確認をし、厨房に向かう。そこではシンジが何故か髭眼鏡をつけていた。

 

「何をやっとるか?」

 

ゴチンッ!!

 

「痛っ! マ、マエカさん、フライパンはやめてください……」

 

問答無用でフライパンで突っ込んで来るマエカに、シンジは涙目で頭を押さえた。

 

「な~んで、あの客見て逃げ出すんだ?」

 

「えっと~……僕のDNAが危機を訴えまして!」

 

「ほ~?」

 

「と、いう訳で僕は裏方に回ります! っていうか回らしてください! お願いします!」

 

土下座してまで懇願してくるシンジにマエカは肩を竦める。

 

「判ったよ。ただし、後で事情を聞かせろよ」

 

「は、はい……」

 

シンジは弱々しく頷きながらも注文の品を作り始めた。

 

 

 

「で? 何だったんだ?」

 

午後の準備の札を出し、店が静かになった頃、マエカはシンジに尋問していた。

 

「えっと~……実はあの人、僕の母親でして」

 

「は?」

 

マエカは呆気に取られ、煙草をポトリと落とす。だが、納得したようにポンと手を叩いた。

 

「あ~! 確かに、あのイチゴパフェ食ってた客、お前に似てたな!」

 

ユイの顔を思い浮かべ、シンジと照らし合わせる。髪の色こそ違うが、シンジと瓜二つだった。

 

「イ、イチゴパフェですか……」

 

「そういや、『シンジ、シンジぃ~』とか泣きながら食べてた気が……」

 

「か、母さん……」

 

頭が痛くなってきたシンジは、嘆息しながら頭を押さえた。

 

「何で会わなかったんだ?」

 

「会えるはずありませんよ。僕は皆を捨てたんですから」

 

「捨てた?」

 

「ええ。両親、妹、級友、親友……そして、一番、大切だった人も捨てたんです。今更、会える筈ありません」

 

悲しそうな笑顔を浮かべるシンジに、マエカは目を細めながらも新しい煙草を咥えた。

 

「まぁ、お前が会いたくないなら、私はとやかく言うつもりは無い」

 

「…………ありがとうございます」

 

「じゃ、午後の準備、始めるぞ」

 

「はい!」