宴会が終わった葛城家のリビングルーム。
そこにいるのはミサトとリツコだけ。
シンジとアスカは台所で後片付け、レイはアスカのベッドで就寝中。
残りは加持が車で送って行ったところだ。
リツコは手にしていたグラスをテーブルに置き、声を低くしながら問い掛けた。
「・・・・で、話って?」
「ちょっち待ってよ・・・・シンちゃん達が戻ってきてからね」
「シンジ君・・・・彼が関係あるの?」
「ええ・・・・リツコの疑念を晴らそうと思ってね」
「何の事かしら?」
「トボけなくてもいいわ、アンタが彼に疑惑を抱いているのはわかってるんだから。
伊達に付き合いが長いワケじゃないのよ?」
「・・・・・・・」
「とにかく話を聞いて頂戴。
結論を出すのはそれからでも遅くはないでしょ?」
「・・・・・わかったわ」
リツコはミサトが冗談を言っているとは思っていない。
その表情を見ればわかる。
それに 彼らに引っ掛かるモノを感じているのも事実。
その原因をわざわざ説明してくれると言うのならば、自分にとっても無駄な時間ではない。
シンジとアスカがリビングに入ってきたのは、それから程なくしてからだった。
其ノ参:ウタゲノアト(後)
「お疲れ様、二人とも・・・・・さ、座って」
「すいません、お待たせしちゃって・・・・」
「いいえ、構わないわ。
私はてっきりミサトの下らない話に付き合わされるものかと思っていたのだけど、あなたが関係してくるのならばね」
「ったく、相変わらず口が減らないンだから・・・・・で、どうする?シンジ君」
「ミサトさんからお願いします」
「わかったわ・・・・」
ミサトはシンジの淹れてくれたお茶を一口飲むと、リツコに向き直った。
「ねぇリツコ、あなたタイムスリップって信じる?」
「・・・何をいきなり・・・・」
「いいから答えて」
「正直、興味ないわね。
確かにそれを研究している人もいるでしょうけど・・・・」
「・・・もし、目の前にそれを経験した人がいるとしたら?」
「ちょっとミサト・・・冗談も程々にしてくれないかしら?」
「私はジョークを言ってるつもりはないわ。
それに・・・・あなたがシンジ君達に感じている違和感に対する回答にもなるのよ」
「それって・・・・・まさか、シンジ君達がタイムトラベラーだとでも言うの?
それが違和感の正体だと言いたいわけ?」
「そうよ」
あっさりと肯定したミサト。
リツコは呆れた表情を見せ、小さく頭を振った。
「・・・・馬鹿げてるわ、そんな非科学的な・・・・・ヨタ話はそれだけ?
だったら帰らせてもらうわ。
茶番に付き合うほど私も暇ではないのよ」
「・・・待ってください」
立ち上がりかけたリツコをシンジが制した。
「リツコさん、ちょっと質問してもいいですか?」
「・・・・・・何?」
「どうして僕達はエヴァのパイロットとして・・・チルドレンとして選ばれたのですか?」
「それは・・・マルドゥック機関が選出したからよ。
選考方法等については私の管轄外だから・・・・答えられないわね」
「そんな押し着せの回答なんて求めてないわよ」
「・・・・アスカ?」
「正直に言ったらどう?
エヴァのコアは空っぽ、だから代わりとなる魂を埋め込まなくてはならない。
そしてパイロットは・・・その魂に共鳴できる者・・・つまり肉親でなければ無理だって」
「初号機のコアには僕の母さん、そして弐号機のコアにはアスカのお母さんの魂が・・・だから僕達だけがシンクロ可能なんです。
違いますか?」
「・・・・・な・・・・・・」
「僕は言ったはずです、『エヴァに自分を委ねる』って。
僕もアスカもその事を知っているから・・・・・・エヴァ、いえ母さんに心を開く事ができるようになったんです」
ごく限られた人間にしか知りえない事実。
知られてはならない秘密。
リツコの表情が驚愕の色に染まり、立ち上がりかけていた腰がへたり込むように床へと落ちた。
そんなリツコに向かって、アスカは静かな口調で話し始めた。
「ねぇリツコ、アンタは信じないかもしれないけど・・・ミサトが言った事は嘘じゃないの。
アタシ達は『戻って』きたのよ。
地獄のような日々だった・・・・・ずっと。
互いに傷つけ合って、壊れかけて・・・・・最後は量産機に襲われて。
気が付いた時には浜辺に倒れてた。
サード・インパクトが起きた事も、その前後に起きた事も全部シンジが話してくれた。
『全てがひとつになった世界ではなく、元の世界へ』・・・・・・それがサード・インパクトの中心にいたシンジの願い。
でも・・・・・・・アタシ達がいた世界は違っていたわ。
そこにはアタシとシンジしかいなかった。
破壊され尽くした風景、誰もいない浜辺・・・・・ただ、それだけ。
そんな結末、悲しすぎるじゃない?
だからシンジとふたりで祈ったの。
もう一度やり直せますようにって。
幸福な結末を迎えるよう、二人で頑張るんだって。
あとはどうなったかはわからない。
そして、アタシ達は・・・・・・」
「・・・・信じられない・・・・・だって証拠も何もないじゃない!」
「・・・確かに証拠はないわ」
「ミサト・・・・・?」
珍しく狼狽するリツコに、ミサトは真剣な表情を向けていた。
「でもね、使徒の襲来に対する成果がそれを証明してるの・・・・・例えば先週よ。
どうして使徒の分裂を予測する事ができたのかしら?」
「それは・・・・・・シンジ君が・・・・・」
「そう、彼が示唆したからこそ、よね。
それと、いきなり分離した使徒に対して私は同時荷重攻撃を命じたわ。
あれはお互いのユニゾンが完璧でなければ不可能な、高度なオペレーションのはず。
それを二人はやってのけた・・・・・いとも簡単に、ね。
どうして可能だったかわかる?」
「・・・・・」
「答えは簡単よ、二人は既にユニゾンの特訓を受けているのだから。
私はその話を聞いた・・・だからあの時、同時荷重攻撃を命ずる事ができたの」
「そんな訓練は・・・・・・・・・スケジュールにない・・・・・・」
「そうね・・・私達にとっては未来の出来事でも、シンジ君とアスカにとっては過去なのだから。
でしょ?シンジ君・・・・」
ミサトの視線に頷くシンジ。
「・・・あの時、僕達は最初の出撃で失敗したんです。
分裂した使徒にあっさりやっつけられて・・・・・
国連軍がN2爆弾を落としたお陰で、6日間という猶予ができました。
その日を使って、特訓をしたんです・・・・この家で。
同じ時間に起きて、顔を洗って、食事をして、同じ音楽を聴いて、同じ時間に寝て・・・
そのおかげで僕とアスカはユニゾンに成功しました。
そして・・・使徒を倒す事ができたんです。」
「・・・・・・・」
「ねぇ、リツコ・・・私はこの二人を信じてる。
私達は勝手な都合を押し付けて、この子達を死地へと送り出してきたわ・・・・何度もね。
それなのに・・・戻ってきてくれた・・・・私達の為に・・・・・
アンタにも手伝って欲しいの。
得体の知れないオヤジ達が決めた未来なんて真っ平だわ・・・・」
ミサトの言葉に、リツコはゆっくりと頭を振った。
「・・・ダメよ、ミサト・・・・二人は私達の敵ではないかもしれない。
もしそうだとするのなら・・・・・尚更あなたたちには何もして欲しくない。
もし、計画の邪魔になるようであれば・・・・・私はそれを排除しなければならないのよ」
「・・・アンタ、まだそんな事!?」
「仕方ないでしょ!?私にはもう何もないのよ!!!」
「・・・・リツコ・・・・」
「・・・・確かに私は司令の指示の元、E計画に・・・・人類補完計画に加担しているわ。
悪魔ですら考えつかないような計画・・・・・そして、それを遂行する事は自分の意思でもあるの。
私の手はとっくに血塗られているのよ・・・・・自分で手を下さなくとも。
それを今更・・・・どうして変えることができて?」
「シンジ君がいるわ」
「・・・馬鹿な事を言わないで。
確かにシンジ君とアスカは適格者・・・・・エヴァを操縦できる数少ない存在よ、でも・・・・それだけだわ。
子供に何ができるの?
それ以外に・・・・・何が可能だって言えるの?」
「何だってできるわ・・・・・アンタみたいに投げたりしない限り」
「・・・・どういう意味?」
「私は決して諦めない・・・・・シンジ君も、アスカも。
未来はいくらでも変えられるのよ、自分自身の力で。
もっとも、それを放棄したアンタにはわからないでしょうけど?
確かに未来の事なんて誰にもわからない、でも何もしないで逃げているよりはマシよ!!」
リツコとミサト、二人の視線が交錯する。
だがそれも束の間、リツコはシンジのほうに目を向けた。
「・・・シンジ君、一つ聞いていいかしら?」
「・・・・はい」
「・・・私はどうなったの?」
「リツコ!!!」
「・・いいえ、私は聞く権利があるはずよ。
この先どうなるにせよ・・・・自分の最後くらいは聞いておいても良いでしょう?」
「・・・・どうしても?」
シンジの問い掛けに、リツコはゆっくりと頷いた。
シンジはアスカの瞳を見つめ、自分が何を話そうとしているのかを伝える。
テーブルの下で、アスカはそっとシンジと手を重ねた。
「・・・わかりました。
第壱拾五使徒アラエルが現われた時の事です。
アスカの乗った弐号機が、衛星圏からの攻撃を受けたんです。
初号機は凍結されていたので、綾波がロンギヌスの槍を使って殲滅しました。
そしてリツコさんは、SEELEに召還されたんです・・・・綾波の代理として。
全て父さんの指示なんです。
そこで何があったのか、僕にはわかりません。
ただ、その後・・・・リツコさんは僕を『ガフの部屋』へ連れて行きました」
「そう・・・・あなたはそこでレイの全てを知ったのね?」
「・・・はい。
その時、リツコさんは全てを話してくれました・・・・一緒にいたミサトさんと共に。
それから・・・・・」
シンジの顔が苦痛に歪んだ。
その表情を見て、リツコは自分が何をしたのかを悟った。
「・・・・私はレイを破壊したのね」
「・・・・・・・・・・・・・はい」
「・・・・それから?」
「・・・・それきりです。
僕がリツコさんと会ったのは、それが最後でしたから・・・・・
ただ、綾波から聞きました。
リツコさんは父さんに撃たれた、って・・・・・」
「ふっ・・・・・あははははははははははは!」
突然笑い出したリツコを、三人は呆然と見ているしかなかった。
リビングの中に響く笑い声。
悲しみの篭った 笑い声が。
やがてその笑い声も収まり、リツコは俯いたまま動かなくなった。
「・・・・・・リツコ・・・・・・・」
「・・・・無様ね・・・・・・私らしい最後でしょうけど・・・・・・・・・・・・結局・・・・捨てられる運命・・・・・」
沈黙が部屋の中に横たわる。
リツコの表情は見えない。
そんなリツコからミサトは視線を外さなかった。
「・・・・満足したかしら?
人生をメチャクチャにした張本人がこんな風に打ちのめされた姿を見て・・・」
「リツコ・・・・アンタ何言ってるのよ?」
「・・・無理しなくたっていいじゃない。
私は生き恥を晒しているようなもの・・・・それを嘲笑うのが目的じゃないの?
さぞかしいい気分でしょうね・・・・あなた達・・・・・・・・それとも、まだ足りないのかしら?」
パーーーーーーーーーンッ!
乾いた音が室内に響く。
頬を押さえ、俯いたままのリツコ。
肩を震わせながら、怒りのこもった目で見下ろすミサト。
「アンタ・・・・・今まで何を聞いていたのよ!?
誰がアンタを糾弾しようなんて言った?
誰がアンタを辱めようなんて言ってるのよ!?
そんな事して・・・・誰が楽しいと思うの!?
・・・・結局、自分の事しか見ず、自分の事しか考えてないのよ、アンタは!!
甘ったれるのもいい加減になさいっ!!!」
「・・・・・・・」
「リツコ・・・・私は二人からこれから起こる事を聞いたわ。
私達が行っているのは『悪魔の所業』・・・・・いえ、悪魔ですら裸足で逃げ出すかもしれない。
アンタは自分のしている事を理解していて、罪の意識を持ってるわ。
そして・・・それは私も同じ。
そうでしょ?
私はNERVを、エヴァを、シンジ君やアスカを自分の目的の為に・・・復讐の為に利用しているのだから。
もし審判の時が来るのなら、私達は皆罰せられるべき存在よ。
私達のせいで二人は地獄を目の当たりにした・・・・それでも戻ってきてくれたのよ?
自分の為ではなく、私達の為に・・・・・・・
怨んでも怨みきれないはずなのに・・・・・
それだけじゃなく、私達と一緒に新しい未来を作り上げようとしているの。
それなのに・・・・アンタはまだ逃げる気!?
リツコ・・・・顔を上げなさい。
そして見るのよ・・・・・二人を。
アンタの事・・・・・どういう目で見ているかしら?」
リツコはのろのろと伏せている顔を上げ、シンジの顔を見つめた。
それは、今まで見た事のない弱々しい視線。
シンジ、そしてアスカもリツコを見つめていた。
二人の瞳に憐憫や憎悪といった感情はない。
あるのは悲しみ。
自分自身の言葉で己を傷つけようとするリツコに対する悲しみだけ。
「・・・・リツコさん、僕達はみんな被害者なんです。
それはSEELEの補完計画であり、父さんの補完計画の・・・・・
そんなに自分を責めないでください、お願いですから・・・・」
「・・・・どうして?
私は決して赦されない事をしているのよ?
なのに・・・・・・どうして?」
「・・・・僕にはそんな権利はありません」
「・・・・・・・え?」
「・・・・僕は孤独でした。
誰も僕の事をわかってくれなかったから。
誰も僕の相手をしてくれなかったから。
誰も僕を・・・・・好きになってくれなかったから。
そしてそれを・・・・全て他人のせいにしていたんです。
僕は自分から逃げだしました。
僕を見守ってくれる人がいたのに。
僕を認めてくれた人がいたのに。
自分の殻に閉じこもったまま。
ミサトさんから。
アスカから。
綾波から。
父さんから。
・・・・みんなから。
でも、それは間違いだったんです。
そして気付いた時には・・・・・もう手遅れでした。
僕がもっとしっかりしていれば。
周りを見ていれば。
他人と向き合っていれば・・・・・・誰も傷つけずに済んだんです。
でも、僕は拒絶してしまった。
逃げてしまった。
だから・・・・サード・インパクトを引き起こしてしまった。
僕は初号機の中で・・・・綾波から全てを聞きました。
何が起きたのか、これからどうなるのか・・・・・・
全ての人が一つになり、全てが終わるはずでした。
・・・・不思議ですよね、僕が他人を拒否していたのに・・・・・
皆と会えないと思うと、たまらなく悲しかった。
辛かった。
寂しかった。
どうしても・・・・・もう一度会いたいと思った。
その後、僕は砂浜にいました。
アスカと二人で。
僕は最低な人間です。
本当なら、みんなの代わりに僕がいなくなっていれば良かったのかもしれません。
だけど、アスカはそんな僕を認めてくれました。
僕が生きていてもいいって・・・・・教えてくれたんです。
今、僕がここにいるのはアスカのお陰です。
アスカがいてくれたから、僕はやり直す決心がつきました。
全てをやり直したいというのは、僕の我侭なのかもしれません。
ただ、僕とアスカだけではどうしようもない事は沢山あります。
だから、ミサトさんや加持さんに協力してもらうようお願いしました。
・・・・リツコさんにもお願いしたいんです。
僕達に力を貸してください。
・・・僕の我侭を聞いてください」
シンジと共に、アスカも頭を下げた。
リツコは目を閉じ、唇を噛締めた。
まるで何かに耐えるように。
ミサトはリツコの傍らに腰を落とすと、その肩を優しく抱いた。
「・・・・・・もう無理しなくてもいいわ、リツコ。
おもいっきり泣いていいから・・・・スッキリしちゃいなさい」
微かな嗚咽が少しずつ大きくなっていく。
シンジとアスカは静かにリビングを出ると、その扉を閉じた。
「・・・・巧くいったみたいだな?」
「・・・加持さん?」
暗い廊下から突然現れた加持。
灰皿代わりにしたコーヒー缶に、吸い指しのタバコを捻じ入れた。
「・・・・お疲れさん。
後は俺と葛城の二人でやるから、君達は寝るといい」
「でも・・・」
「なに・・・・・リッちゃんなら大丈夫さ。
明日の朝になったらケロッとしてるはずだ。
とにかく君達は身体を休めるんだ。肝心な時にブッ倒れてたら話にならないだろ?」
ニカッ、と笑顔を見せた加持に頷く二人。
素直にお互いの部屋へと入っていった。
加持は椅子に座ると、新しいタバコを咥え、火を点けた。
「・・・・全てはまだ始まったばかり、か・・・・・」
上りゆく紫煙を見つめながら、加持はぽつりと呟いた。