其ノ壱ノ弐:ニジノムコウニ(弐)

二人はアスカの船室に向かう廊下を歩いていた。

お互いの手を固く繋いだまま。

一時たりとも離したくない、離れたくないという心の現われなのか。

船員から向けられる好奇の視線も気にすることなく、二人は歩いた。

「よっ・・・・そこのお二人さん」

まもなく部屋の前に着くという時、背後から呼び止める声がした。

振り向いた先には、見慣れた顔。
くたびれたジャケット、緩められたネクタイ。

束ねられた長髪、無精髭。

両手をズボンのポケットに突っ込み、火の点いていないタバコを咥えた男。

福音ヲ伝エシモノ   

其ノ壱ノ弐:ニジノムコウニ(弐)   

 

「「・・・・・加持さん・・・・・・・」」

「どうしたんだい?ヤケに急ぎのようだが・・・・・・」

「あ・・・・・「アスカ」」

何かを言おうとするアスカを制したシンジは、加持に向き直ると小さく会釈した。

「・・・・キミが碇シンジ君だね?」

「・・・・はい」

「どうして俺の名前を知っているんだい?」

「あの・・・・ここでは・・・・・」

シンジの真剣な表情に何かを感じたのか、加持は黙ったまま踵を返すと指で『着いて来い』と合図した。

加持が向かったのは、自室だった。

二人をベッドに腰掛けさせ、自身はパイプ椅子に座る。

「・・・・ここなら何の心配もない。
全てチェック済みだからね」

「ありがとうございます、加持さん」

加持はシンジの顔を見つめながら、報告書に記載されたデータを思い出していた。

『碇シンジ
綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレーに次ぐマルドゥック機関選出のチルドレン
エヴァンゲリオン初号機専属パイロット
何の訓練もせずにエヴァとシンクロした少年
これまでに3体の使徒を倒し、対使徒殲滅作戦における事実上のエース

父親はNERV総司令、碇ゲンドウ
母親は生物工学の先駆者であり、エヴァの基礎理論を説いた碇ユイ博士

実験中の事故によりユイが早逝したため、幼少時より親類の家に預けられる
性格は内向的で、他人との接触は不得手・・・・・だったか
だいぶ印象が違うな・・・・・・』

真剣な表情で自分を見つめるシンジ。

強く静かな意思を感じさせる瞳が、気弱な少年という印象を打ち消していた。

内心を表情に出すことなく、加持は話を促した。

「・・・・で、どういった話なのかな?」

「・・・・お願いがあります」

「そりゃ・・・随分唐突だね」

「時間がないんです」

「・・・・・時間?」

「・・・・・単刀直入に言います。
後二時間くらいで、この船は攻撃を受けます・・・・・・・・第六使徒、ガギエルに」

「・・・・何だって?」

シンジはまったく表情を崩さない。

驚く加持を他所に、淡々とした口調で話を続けた。

「・・・・・加持さんは知ってますよね、使徒が何を目標にしてやって来るのか・・・・・・・」

「さて・・・・ね」

「いえ・・・・・あなたは知っている。
特務機関NERV特殊監察部所属、加持リョウジ。
・・・・同時に日本国政府内務省調査部所属であり、『委員会』とも関わりを持つ・・・・・・・・・あなたなら」

「・・・・・な・・・・・・・」

加持の表情に緊張が走る。

そして、それはアスカも同じ。

まさかシンジがそんな話をするとは予想もしていなかったのだ。

が、お構いなしに話を進めるシンジ。

「何故、第三新東京市ばかりが襲われるのか?
理由は一つです。
人類補完計画およびE計画の、そしてすべての物事の始まり。
ターミナルドグマに眠る第弐使徒、リリス。
これが使徒の目標です。
この事を知る者は限られているはず・・・・そう言いたいんじゃないですか?
父さん、冬月さん、リツコさん、加持さん、そして・・・・・・・『委員会』
今回の任務は、弐号機及びパイロットであるアスカの護送・・・・・でもそれは表向きのもの。
本当は・・・・胎児レベルにまで復元されたアダムのサンプルをジオフロントに持ち込み、無事父さんに引き渡すこと。
アスカと弐号機は使徒が出現した時、安全に脱出するための時間稼ぎとして利用する・・・・・・・違いますか?加持さん」

「・・・・!」

加持は答えることができなかった。

隠蔽されてきた事実。

誰も知るはずのない真実。

何故、シンジは知っているのか?

彼は何処まで知っているのか?

      事実を知りつつ、どうして落ち着いていられるのか?
緊張感漂う室内。

真剣な横顔を見ながら、そっとシンジの手を握るアスカ。

シンジは視線だけで『大丈夫』と伝えると、加持に向き直った。

「・・・取り敢えず使徒を殲滅するのが優先です。
お願いって言うのは・・・・・・・加持さんにその手伝いをして欲しいんです」

「・・・手伝い?」

「はい。
アスカの弐号機はB装備・・・水中での戦闘には不向きです。
被害を最小限に食い止めるために、武器を用意してくださいませんか?」

「しかし・・・・・」

「なにか威力のある爆弾みたいなものでいいんです。
ミサイルとか・・・・・できれば、起爆をコントロールできるような」

「何故だか聞いても良いかな?」

「使徒はコアを破壊しない限り活動を止めません。
ガギエルのコアは体内に隠されています、だから」

「・・・・・N2機雷があったはずだな・・・・・わかった、何とかしよう」

「ありがとうございます。
それと・・・・・もうひとつ。
父さんから退却命令が出ると思うんですけど、それを無視してください」

「何だって?」

「・・・・・加持さんとミサトさんに話したい事があるんです。
その時間を作るために・・・・・・お願いします」

頭を下げるシンジ、それを見つめる加持。

確かに、もしも使徒が出没した場合      確実に命令が下される。

それをシンジは敢えて無視してほしいと言ってきた。

命令無視ともあらば、何らかのペナルティが加えられることは間違いない。
      だが、退避するほどの時間もなかったとしたら?

それに、武器を用意してほしいとまで言ってきている      つまり勝算がある、ということなのだろう。
加持の探求心が、彼に肯定を表させた。

「・・・・わかった」

「ありがとうございます」

「いや・・・・・いいさ。
君達がどんなことを話してくれるのか興味があるしね。
但し・・・・・」

「なんですか?」

「3分以内にケリをつけて欲しい。
そうすれば、命令無視というペナルティもないからね」

「・・・・・わかりました、3分ですね?」

「よし、商談成立だ。
・・・・そろそろ葛城が不審に思い始めるんじゃないのかい?
君達はみんなのところへ戻るんだ。
俺は準備をするから・・・・・」

「「はい」」

二人は加持を残したまま、部屋を後にした。

『シンジ君・・・・・キミは一体・・・・・・・』

加持は思考の海に潜りかけたがそれを振り払い、行動を開始した。

シンジとの『約束』を果たすために。

 


 

「ねぇ、シンジ・・・・戻ってきたのね、アタシ達」

「・・・・うん・・・・・・」

「また・・・・・・逢えたね・・・・・・・」

「・・・・・・うん」

事情を知らない三人にからかわれながらも、簡単な食事を終えたシンジとアスカ。

今は弐号機の前で寄り添いながら座っている。

「ママ・・・・・・・」

目の前に横たわる、真紅の機体。

エヴァンゲリオン弐号機。

アスカの母親      キョウコの魂がコアに眠っている。
弐号機を見上げていたアスカは、視線をシンジに移した。

「・・・・でも、これからどうするつもり?いきなり加持さんにあんな事まで言って・・・・」

「・・・・実はさ、これから先の事はあまり考えてなかったんだ。
あの時は・・・・・その・・・・・・咄嗟って言うか・・・・・」

「・・・・・・はぁぁ?何よ、それぇ?
シンジが自信満々て感じで話を進めてたから、アタシは敢えて口を挟まなかったのよ?
それが・・・・・何も考えてないですってぇ?」

「いや・・・・だから・・・・・・・はははは(^^;;;」

「・・・『ははは』じゃないわよ!
自分達の立場がどういうモノだかわかってんの!?」

「あ・・・・アスカぁ・・・・・声が大きいって・・・」

まるで殴りかかりかねない勢いのアスカ、それを宥めようとするシンジ。

驚きのためか怒りのためか、アスカは真っ赤になって更に詰め寄る。

一応、トーンは抑えているが。

「・・・アンタねぇ、考えなしで動けるほど余裕はないのよ?
アタシ達は自身の安全、及び機密漏洩を防ぐために常時監視が付いてるでしょ?
つまり、今後下手な行動を起こすことはできないわ。
そうでなくてもあのミサトなら気付くはずよ・・・・カンだけは鋭いんだから」

「わかってるよ・・・・・」

「それなら・・!」

突然真剣な表情になるシンジ。

アスカは言葉を繋ぐことができなかった。

「・・・確かにアスカの言う通り、僕達は弱い立場にある。
僕達の情報は筒抜けだけど、逆に入手できる情報は限られている。
だからこそ・・・協力してくれる人が必要なんだと思う。」

「・・・協力?」

「うん・・・・僕達は既に実戦を経験してきたし、最後の時も過ごした。
あの時・・・・僕が母さんや綾波、カヲル君からいろんな事を教わったし、それをアスカにも話した。
つまり、この先何が起きるかある程度の予測は立てられるよね。
・・・・だけど、同じ未来があるわけじゃない」

「・・・・そうね、アタシ達は未来を変えるために戻ってきたんだから」

「もう変わってるんじゃないかな?」

「・・・・え?」

「だってさ・・・本来ならアスカと僕は初対面のはずだろ?
あの時は険悪な感じだったじゃないか。
いきなりひっぱたかれたし・・・・・・」

「あ・・・あれは仕方ないでしょ!?」

「・・・わかってるさ、それくらい。
だからアスカはジーンズに替えたんだろ?」

「・・・・・そうだけど・・・・・・・・・・それだけじゃないんだけどな・・・・」

今度は気恥ずかしさのために真っ赤になるアスカ。

声のトーンも一段と小さくなり、語尾を聞き取ることができない。

そんな事に気付くはずもないシンジは、更に話を続ける。

「これから使徒の攻撃を受けて・・・僕達はそれを殲滅する。
その事実は変わりないけど、それまでのプロセスも、その後も・・・・僕達の力で変えていくんだ。
としたら、今までとは違う事も起き得るよね?
父さん達にはシナリオがある。
そのシナリオに反するような事が起きるようになったら・・・アスカならわかるはずだよ」

「・・・アタシ達は・・・パーツとしてしか見られていない・・・・」

アスカの記憶が蘇る。

第壱拾五使徒アラエルによる精神汚染。

動かない司令部。

蹂躙される己の精神。

そして      待つのは破滅。

「・・・・・・イヤ・・・・・・・・・」

アスカの身体が小刻みに震え出し、瞳から涙が溢れそうになる。

シンジはアスカの肩に手を回すと、自分のほうに引き寄せた。

シンジの胸に頬を埋める格好となったアスカ。

「・・・ゴメン、イヤな事を思い出させちゃって。
でも・・・今度こそそんな事はさせない。
アスカに哀しい思いを・・・・・させない」

「シンジ・・・・・」

力強い鼓動が耳を打つ。

温もりが身体全体を包み込む。

アスカの恐怖心も、身体の震えも次第に収まっていく。

「・・・だからさ、協力してくれる人が必要だと思うんだ。
加持さんは諜報活動のプロだし、ミサトさんは作戦部長じゃない?
あの二人なら信頼できるし、きっとわかってくれる・・・・だから、全てを話そうと思うんだ。
それでいいよね、アスカ?」

コクン、と頷くアスカ。

シンジも安堵したように長い息を吐いた。

二人は抱き合ったまま、静かな時が過ぎいていく。
      が、落ち着いた途端に自分の大胆さに気付いたシンジ。

顔を真っ赤にしながら、慌てて肩から手を離した。

「・・・・・あ、ご・・・・ゴメンっ!!」

咄嗟に離れようとするシンジ。

だが、それよりも早くアスカの腕が腰に回り、更にきつく抱きしめた。

「・・ああああああああアスカぁ???」

「・・・・このまま・・・・」

頭のてっぺんから湯気が出そうなほど真っ赤になっているシンジ。

置き場のない手が、空を切り、心臓が口から飛び出しそうな勢いで高鳴る。

心音をアスカに聞かれていると思うと、更に高鳴ってしまう。

「・・・・シンジ・・・・・・変わったね・・・・」

「・・・・ふぁい!?」

極度の緊張のため、声が裏返ってしまうシンジ。

そんなシンジの様子に、思わず笑みがこぼれるアスカ。

「・・・ねぇ、シンジ?
アンタは気付いてないだろうけど・・・・強くなった・・・・アタシなんて叶わないくらい・・・・・」

「・・・・そそそそんなこと・・・・ないよ・・・・・・」

「ううん・・・・強くなったわ。
だって、昔のアンタなら・・・自分の意見を正面切って言うことなんてなかった。
いつも自信なさそうで、目を逸らして・・・・
でも、今のシンジは違う。
相手から目を逸らさず、ハッキリと意思を示すことができるようになった。
自信を持って話ができるようになった。
自分のことだけじゃなくって、他人のことも気に掛けることができるようになった。
成長したんだよ・・・・きっと・・・・・」

「アスカ・・・・・」

「・・・アタシ・・・弱くなっちゃったのかな・・・・」

「そんなこと、ないよ・・・・」

「ものすごく怖かった・・・・・・アタシ一人だったら・・・どうしようって・・・」

再び、シンジの手が自然にアスカの肩を抱く。

そうすることが当たり前のように。

「・・・僕も怖かったけど・・・・・アスカを信じてた。
きっと戻ってきてるって。」

「シンジ・・・・」

「一目ですぐわかったよ。
嬉しかった・・・・」

「バカ・・・・・」

「・・・・ねぇ、アスカ?
アスカがいなかったら、僕はここに戻って来れなかった。
アスカが傍にいてくれて、元気付けてくれて、見てくれて、守ってくれるから・・・・・僕は頑張れる。
もし僕が強くなったのだとしたら・・・・・・きっとアスカのお陰だよ。
僕に生きる勇気をくれたのは・・・・・アスカなんだから・・・・・」

シンジの胸から顔を離し、見上げるアスカ。

彼女の目に飛び込んできたのは、シンジの心からの笑顔だった。

見詰め合う二人の距離が、自然に近づいていく。

そして、アスカが目を閉じた時      

ズズ            

突然の爆発音、そして揺れ響く船体。

第六使徒、ガギエルの攻撃。

「・・・・いいトコだったのに・・・・・」

アスカの呟きは、爆発音に掻き消された。