其ノ壱:ニジノムコウニ

カーテンの隙間から、朝日が漏れている。

僕は自分の部屋のベッドで目を覚ました。

自分の机と、横に立てかけてあるチェロ。

見慣れた、天井。

「・・・・・・帰ってきたんだ・・・・・・・・」

僕は戻ってきた。

全てをやり直すために。

      もう二度と、過ちは犯さない。

福音ヲ伝エシモノ   

其ノ壱:ニジノムコウニ   

 

      でも、いつまで遡ったんだろう?

まだこの部屋に荷物があるって事は      アスカはまだ来日していないはず。

壁に掛けたカレンダーを見たけど、今日が何日なのかはわからない。
      アスカはどうしたんだろう。

彼女も戻ってきているのか?

      それとも、僕だけが      
もし、アスカが前のままだったら?

ココに戻ってきたのが、僕一人だけだったなら?
言いようのない不安に包み込まれる寸前、襖をノックする音が聞こえた。

「・・・・シンちゃん、起きてる~~?」

心臓が爆発しそうだった。

懐かしい声。

もう一度、聞きたかった声。

      ミサトさんだ。

「・・・・シンちゃん?入るわよ?」

反応がなかったから、きっと寝ていると思ったんだろう。

ミサトさんは襖を開いて部屋に入ってきた。
紫がかった黒髪。

優しい笑顔。

NERVの制服に包まれた、大人の女性のライン。

      紛れもなく、ミサトさんだった。

「・・・・・あら、起きてるんじゃない・・・・」

「・・・・・ミサト・・・・・・・さん・・・・・・・・」

僕は涙を堪え、笑顔を無理やり作る。

「・・・・おはようございます、ミサトさん」

「何よぉ、返事くらいしてくれればいいのに・・・・・・」

「今朝は早いんですね。どうかしたんですか?」

「ちょっと・・・・・忘れたの?
今日はドイツから弐号機とパイロットが来るから、その引き取りに行くんでしょ?
ホラホラ、時間ないわよ?」

「え・・・・・・・」

ミサトさんの言葉で、僕は今日が何の日だか理解した。

オーバー・ザ・レインボウでの、アスカとの出逢いの日。

つまり      トウジやケンスケにも逢えるんだ。

「・・・・すぐ、支度しますっ!」

僕は慌てて飛び起きると、パジャマを脱ごうとした。

      が、ボタンを外す手を止め、振り返る。

ミサトさんはなんて言うか      ニヤニヤした目で僕を見つめていた。

「・・・・・あの・・・・・着替えたいんですけど・・・・・・?」

「あら、アタシは気にしないからちゃっちゃっと着替えていいわよん♪」

「僕が気にするんですっ!」

「・・・・ハイハイ」

ミサトさんは手をヒラヒラと振りながら、名残惜しそうに(?)部屋を出ていった。

僕は嬉しかった。

ミサトさんが、変わりなかったから。

まだ、楽しかった頃に戻ってきたのだから      
だけど、不安は拭えない。

これから、僕はアスカに逢う。

僕にとっては二度目の      出逢い。

だけど、アスカはどうなんだろう?
僕は頭を振って、不安を吹き飛ばそうとした。

信じなきゃ      ダメなんだ。

誓ったんだから。

二人で。

心から。

着替えを終えた僕は、簡単な朝食を作って二人で食べた。

さすがにこれからすぐに出発とあって、ミサトさんはコーヒーを飲んでいる。

取り止めのない、会話。

平和なひととき。

トウジとケンスケがチャイムを鳴らすまで、それは続いた。

久し振りの、『家族』だけの時間だった。

 


 

それから数時間後。

僕達は空母オーバー・ザ・レインボウの甲板に立っていた。

「うおぉぉぉ!!凄ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「・・・・ホンマ、好っきやなぁ・・・・・・・・」

甲板の滑走路に並ぶ戦闘機、レーダーの回る艦橋。

周囲の洋上にはいくつもの空母や戦艦や巡洋艦が偉容を誇っている。

カメラを覗きながら興奮状態のままのケンスケ。

それを呆れながら見つめているトウジ。

ミサトさんは少し離れたところに立っていた。

僕の関心は三人には向けられていなかった。

ましてや、他の物など見る余裕もない。

頭の中は、アスカで一杯だった。
      もうすぐアスカに逢える。

アスカが覚えていても、いなくても      僕の知っているアスカなんだ。

空母に向かうヘリの中で、僕の気持ちは固まっていた。

どうあっても彼女を守る。

      ただ、それだけ。

そんな僕を見ていたミサトさんが、声を掛けてきた。

「・・・どうしたのシンジ君?
ヤケに真面目な顔しちゃって・・・・・・」

「いえ・・・・別に・・・・・・」

「はっはぁ~~~ん・・・・・気になってるんでしょ?
セカンドチルドレンのコト♪」

「それは・・・・気にならないとは言えないけど・・・・」

「あら、素直じゃない。大丈夫よぉ、期待通り可愛いコよん♪
もぉ・・・・・格好つけちゃって、コノコノ♪」

「な・・・・・・違いますよっ!」

「いーからいーから♪
シンちゃんもおっとこのこだもんねぇ~~~~♪興味を引きたいって思うのも当たり前なのヨン♪」

「違うって言ってるのに・・・・・・」

      やっぱりミサトさんはミサトさんだ。

僕の気を紛らわそうとしてくれているんだろうけど      参るなぁ      
甲板に吹いた風が、僕の前髪を揺らす。

「・・・うおっ!こりゃ!待てやぁっ!」

突風に吹き飛ばされた野球帽、それを追いかけようとしたトウジ。

だけど、トウジは走り出さなかった。
トウジの背中越しに      風にたなびく髪が見えた。
ポニーテールにして後ろに纏められている、赤みがかった栗色の髪。

赤いギンガムチェックの半袖シャツに白いTシャツ、ブルージーンズ、足元はスニーカー。

足元に転がってきた野球帽を手に取ると、それをヒラヒラと振りながら近づいて来た。

「ヘロウ、ミサト!」

「あら、アスカ・・・・久し振りね。
元気だった?」

「まぁね~~・・・これ、アンタのでしょ?」

「おぉ、スマンな・・・・おおきに」

トウジに帽子を手渡すアスカ。

前の時は      そうだ、風でスカートが捲れて      ビンタされたんだっけ。

ジーンズ姿ってことは      
僕は確信した。

アスカも一緒に戻ってきたことを。
その時、僕は笑顔だったに違いない。
アスカの視線が、僕に向けられた。

 


 

容赦なくがなりたてる電話のベルが、アタシをまどろみの底から引き起こした。

微かに横揺れする、感覚。

何の装飾もない、寝るためだけに設えられた部屋。

一瞬の戸惑い。

      そして、蘇る記憶。

「・・・・オーバー・ザ・レインボウ・・・・・?」

電話のベルが、煩いくらいに大きく響いていた。

目は完全に覚めていた。

だけど、思考の海の底から浮かび上がることができない。

シンジといた時間。

二人だけになった、あの浜辺。

暖かかった抱擁。

      あれは現実なのか、夢なのか。

不安な気持ちが、受話器を取ることを拒否させた。
何度目かのベルが鳴り終えた時、相手は受話器を置いた。

静まり返った船室の中に、自分の息遣いだけが聞こえた。

「・・・・アスカちゃん、起きてるかい?」

しばらくして、ドアの向こうからノックの音と共に聞こえてきたのは、加持さんの声。

どことなくのんびりとした、懐かしい声。
その声を聞いて、アタシははっきりと理解した。

あれは、現実。

そして今も、現実。

      戻ってきたんだ、再び。

「あ・・・おはようございます!
入っちゃダメですよぉ、今着替え中なんだから!」

「ははっ、そっか。じゃ、着替え終わったら声を掛けてくれないか?
一緒に食事に行こう」

「ハイ!」

アタシはできるだけ元気な声で返事をした。

不審に思われてはいけない。

自分の身体を包んでいたシーツを乱暴に剥ぎ取り、壁に掛けてあったクリーム色のワンピースを見つめた。

あの時、シンジと初めて出逢ったときに着ていた、あのワンピース。

ハンガーを取ろうとした手が、止まる。

アタシはベッドの傍らに置いてあったバッグから、シャツとジーンズを取り出した。

パジャマ代わりに着ていたTシャツとスパッツを脱ぐ。

ブラを着け、真っ白なTシャツに首を通す。

ジーンズを穿き、チェックのシャツに袖を通す。

髪を緩やかに纏めてゴムで縛った上に、バンダナを巻く。

壁に掛かる鏡で簡単に服装をチェックして、部屋を出た。

そして、隣の部屋のドアをノックする。

「よっ・・・・・行こうか」

いつもと同じ格好、同じ笑顔。

なんとなく感じる安心感に包まれながら、アタシは加持さんと二人で食堂へ向かった。

 


 

空母の上空をゆっくりと旋回した後、甲板に降り立った一機のヘリ。

横にあるドアがスライドして開いた。

そして、懐かしい顔が姿を現した。
NERVの制服に身を包み、長い黒髪を抑えながらタラップを降りるミサト。

カメラを両肩にぶら下げ、キョロキョロと辺りを見回している相田。

いつものジャージ姿で、かったるそうに歩いている鈴原。

そして      壱中の制服を着て、俯き加減に歩くシンジ。
心臓が飛び跳ねていた。

あそこにいるのは      シンジだ。

だけど      どっちのシンジなんだろう?

何も知らない、弱虫で情けないシンジなの?

全てを知って、アタシを守ると言ってくれたシンジなの?

表情が見えない。

だから、わからない。
不安で心が一杯になる。

足が、竦む。

だけど      逢わなきゃダメ。

どっちにしても、時間が止まることはないのだから。

『・・・・・行くわよ・・・・・・・・アスカ・・・・・・・』

甲板へ降りるとすぐに、足元に帽子が転がってきた。

その向こう側に、走り出そうとする鈴原の姿。

何故か、ヒカリの笑顔がオーバーラップした。

アタシは帽子を拾い上げると、ミサト達のところまで近づいた。

「ヘロウ、ミサト!」

「あら、アスカ・・・・久し振りね。
元気だった?」

「まぁね~~・・・これ、アンタのでしょ?」

「おぉ、スマンな・・・・おおきに」

ミサトの笑顔。

鈴原も相田も元気そう。

でも、アタシが一番逢いたかったのはアンタ達じゃない。

アタシはシンジを見た。
      笑ってる。
その笑顔を見て、アタシは確信した。

シンジ      また、逢えたね      

その時、アタシも自然と笑顔になったと思う。

 


 

「あらあら・・・・何二人して見詰め合っちゃってるワケぇ?」

何も言わず、ただ笑顔で見詰め合うシンジとアスカ。

ミサトの病気(?)が出ないわけがない。

慌てふためく二人を想像するミサト。

だが、彼女の思惑はものの見事に裏切られた。

「「彼女が(コイツが)チルドレンなんですね(なのね)?」」

寸分も違わぬ見事なユニゾン、そして笑顔。

二人が同時にこちらを向くとは思ってもなかったミサト。

「あんた達・・・・・全然慌てないのね・・・・・・」

「「そりゃぁ、付き合い長いから(です)よ」」

「・・・・・・・」

呆気に取られるミサト。
無論、他の二人も例外ではない。

「ミサト、艦長への挨拶はまだなんでしょ?
アタシ達が行っても何もできないから、ちょっとシンジ借りるわよ?
・・・・・行こ、シンジ?」

「あ・・・・・うん」

呆然とする三人を余所に、アスカはあっさりとした口調で言い放つとクルリと背を向けた。

それに続くシンジ。

「ちょ・・・・・待ちなさい、アスカ、シンジ君!!」

「終わったら食堂で待ち合わせ、それでいーでしょ?」

呼び止めようとするミサトの言葉を意に介さず、といった感じで受け流すアスカ。

二人は振り返りもせずスタスタと歩いて行き、やがて視界から消えた。

士官が声を掛けるまで、三人はその場に固まったままだった。