eye’s

いつもと同じ時間に、僕はその扉を開ける。それと同時に、彼女の微笑が、僕を
出迎えてくれる。

 彼女がちょうど、二十歳になりかけた時だった。彼女は、横断歩道を渡ろうとしたとき、
飛ばしてきた車に引かれた。僕は、急いで彼女の入院した病院へと向かった。

 暗い廊下に、赤いランプがこうこうと灯っている。僕は、吸い始めた煙草を吸う。
自分を落ちつかせるために。口から吐き出された煙は、暗い部屋に混ざりながら、
黒くなっていき、赤いランプに重なって赤くなっていった。その時、赤いランプが消え、
煙が黒に染まった。

 僕は医師の腕をつかみ、冷静さの欠いた声で彼女の安否を聞いた。

「命に別状はありません。」
医師はそう自身満万に答える。僕は、胸をなでおろして息をつくだが、
「・ ・ ・言いにくいのですが、頭部の強打のため、もしかしたら意識が・ ・ ・そして、
足の方が・ ・ ・。」
医師に僕に投げつけた言葉は、残酷な物だった。

「う、う、うそでしょ・ ・ ・。」
僕はそう呟く。だが、医師は暗い表情で僕の瞳から目をそむけた。そして、僕はその場に
へたり込み、声を上げて泣いた。

 僕は、手に持っているお土産を彼女に見せる。彼女は、それを見て嬉しそうに微笑む。

 一ヶ月が過ぎようとしていた。相変わらず、彼女の意識は戻らない。だけど僕は希望を
捨てなかった。
 彼女は絶対に目覚める。
と言う希望を。だから、僕はいつものように彼女の病室へとお見舞いに出かける。最初は
多くの人たちが見舞いにかけつけて生きていた。学友や、親戚。だけど、今となっては、
僕と彼女の家族ぐらいである。
 いつも通り、僕は彼女の病室に入る。返事のない応答が、いつものように僕の希望を
打ち消す。

(今日も、目覚めないか。)

 僕はそう思い、彼女のベッドの側においてある椅子に座る。そして今日、大学で
あった事や、家であった事を彼女に話す。
 彼女は西洋人形のように、瞳を閉じ、僕の話しに無反応に対応する。僕は、
それでもかまわずに、話しを続ける。いつもよりも、達者に。
 いつもは、僕は彼女の話を聞く立場だった。どうして、こんなにお喋りになった
のだろう。いや、彼女の前だけ、僕はお喋りになっている。どうしてか。それは、
おかしな考えだが、僕がそのまま彼女の前で黙っていたら、彼女がもう二度と目を
覚まさないような気がしていたからだった。

 彼女は、声が出ない。でも、目は笑い、僕の方を見つめる。そして、僕も彼女に
微笑を返す。

 彼女が入院して、二ヶ月が経とうとしている。足のギブスは取れた。だが、その足は
ただついているだけ。もう二度と動く事はない。と医師は僕に告げた。僕は、そんな事は
どうでもよかった。彼女が目覚めてくれさえしれば。

 いつも通り、僕は彼女の傍らで話しかける。夕焼けがその部屋を染める。そして部屋に
僕の影がドアの部分まで伸びる。

(そろそろ終わりか。)

僕はそう思いながら、彼女の方を微笑みながら見つめ、
「またくるから。」
と呟くように彼女の耳元で言う。そんな時だった。一度も反応を見せた事のなかった
彼女が、まるでその僕の囁きに反応するかのように、こそばゆい物から逃れるように
動いた。

(・ ・ ・え、今。)

僕は、自分の目を疑う。そして、もう一度確かめようと思い彼女の名前を耳元で
ささやいた。するとまた、同じように顔を動かす。

 彼女は、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、僕の方を見つめる。僕も、彼女の顔を
恥ずかしそうな目で見つめた。

 その次の週。医師から僕宛に電話が来た。

「彼女が目覚めたよ。」

 僕は、大学の授業をそっちのけにし、車を飛ばして彼女のいる病院へと向かう。

 医師の言葉が、僕の頭から離れない。そして、彼女の元気な姿を想像する。そして、
早く彼女に合おうとして、僕は車を飛ばした。はやる気持ちを煙草で押さえながら。

 僕は、息を切らしながら彼女の病室のドアを開ける。息を整えるのを忘れ、僕はその
病室に入る。そいして、笑顔で彼女が僕を出迎えてくれると思っていた。だけど、
彼女は暗い悲しい眼をしながら、僕の方を見つめていた。

「・ ・ ・頭部を強打したためでしょう。声が出ないんです。」

 医師がそう呟く。

(・ ・ ・うそ。)

僕はそう心の中で呟く。彼女は、泣き腫らした目で僕の方を見つめる。

 私は、甘えた目で彼を見つめる。いつもの様にねだる。彼は、恥ずかしそうな顔で
私のほうを見つめる。またやるの、と言った表情だ。
会ったり前でしょ、私はあなたしか愛せないんだから。あなたしか、私の瞳の色を
読み取れないんだから。

 私は悲しかった。足が動かない。そんな事はどうでも言いの。それよりも、声が出ない。
その事の方が私にとって重大だった。

(・ ・ ・なにも、なにも、あいつになにも伝えられないじゃない。)

 私はそう思う。そして悲しくなり、声が出ない鳴声で泣いた。

 ドアごしから、こちらに向かう足音が聞こえる。私はその足音一つに緊張した。
もし私が喋れないと聞いたら、あいつはどんな顔するだろう。
・ ・ ・離れていくのだろうか。
そんな考えが私の頭で回る。そのため、私はより一層悲しくなった。そんな時だった。

 ドアが開く。

 アイツが笑顔で駆けつける。その時嬉しかった。だけど、それ以上に悲しかった。

 私の傍らに医師が立っている。そしてゆっくりとアイツの側に歩みより、ゆっくりと
事実をあいつに告げる。そして、あいつは悲しそうな目をして私のほうを見つめる。

 その時、見捨てられると思った。だけど、あいつは悲しいそうな瞳を消した。

 彼女が、彼女が意識を取り戻した。それだけでいいじゃないか。彼女が言葉を
告げられないのなら、僕が彼女の変わりになれば言い。

 僕はそう思いながら、彼女の側に歩み寄る。そして、
「よかったね。」
と涙を流しながら微笑んだ。ドアがしまる音が聞こえる。
「ぼくは、アスカが目を覚ましただけで嬉しいんだ。・ ・ ・喋れなくても言い。
歩けなくたって言い。・ ・ ・ ・ ・ ・僕は、アスカが目を覚ましただけで嬉しいんだ。
喋れなくたって、歩けなくなたって、いいんだ。・ ・ ・僕が、一生その代わりをするから。」

あいつが微笑みながらそう告げる。私はまた涙を流す。先とは違う、幸せな涙を。

そして、おずおずと彼の背中に手を回す。彼も、私の背中に手を回した。

 吐息が重なる。そして、甘い響きが部屋に響く。

 ゆっくりと唇が離れる。私は上気した顔を彼に向ける。彼も同じような顔で私を
見つめる。そして、寂しい時間がやってくる。私は、また甘えるような目で彼を見つめる。
彼はすこし困った顔をする。そして、私は夕むを言わせずにまた彼と唇を重ねる。先より
も長く、先よりも濃厚な。

 唇を離し、私は先よりも幾分か寂しさを紛らわせた。そして、彼の方を見つめ、
唇を動かす。瞳を潤ませながら。言葉をはっせなくても、彼に伝わるように。

(あ・い・し・て・る・し・ん・じ。)

彼は微笑み、
「・ ・ ・僕も愛してるよ、アスカ。」
とゆっくりと呟いた。

 部屋のドアがしまる。私はすぐにシンジの姿を見れるように窓の方に顔を向ける。

 夕焼けが刺しこむ。その夕焼けが、白いその病室に私の影を移す。そして、
私の左のお薬指には、銀色と橙色に輝く物があった。