A.D.2006・・・
俺が葛城ミサトと出逢ったのは、まさに運命だったのかも知れない。
彼女があの葛城調査隊ただ一人の生き残りだ、ということを抜きにしても俺は彼女に興味を持った。知れば知るほど葛城は魅力的なオンナだった。
そういうことを俺は普段から葛城に言っているつもりだが、彼女には冗談に聞こえているようだった。まあ俺も彼女一人にそう言っていたワケではないから、信じてもらえないのも当然かも知れない。
今、葛城は少女のように安らかな顔をして、俺の腕の中で眠っている。
彼女は今日、親友に逢ってほしいといった。どうやらその親友に大学を休んでいた理由を問いつめられたらしい。
俺はその日、初めてその女性に引き合わされた。
名前を赤木リツコという。俺の彼女である葛城ミサトの親友だ。
さばけて大雑把なミサトに比べると、この赤木リツコという女性は、対局にいる女性に思えた。
金髪で毅然とした印象を持つ彼女に、いつものように笑顔を送ったが、彼女は不快な様子で、それをかわす。そうだ。こういう女性は俺みたいなヤツは受け入れないようだよな。
泣きぼくろがとても印象的だった赤木、それとミサト三人でよくつるむようになったのは、それからすぐのことだ。今にして思えば、それが俺にとって続いていく素晴らしい出逢いの始まりだったのかもしれない。
加持リョウジは、久しぶりに自分の過去を振り返りながら、瞳を閉じる。いつ頃からか、彼はそんな余裕すら無くしていた。
久しぶりに振り返る過去は、彼の心を休息させる。
長野県、第二新東京市。
セカンド・インパクトで消滅してしまった旧東京に変わり、新しい首都となった土地である。
その市内にある第二東京大学は、まさに総合大学の名を冠すに相応しく、学部数も広さも日本一である。学食も4ヶ所に設置されており、メニューも豊富だ。
「ね~ぇ!リツコぉ!」
二大定食を受け取り席を探していた赤木リツコを、葛城ミサトが呼んだ。相変わらず彼女はこちらが疲れるほど勢いがある。
「おはよう、ミサト」
リツコは彼女の対面に座りながら挨拶した。リツコにとっては彼女を天才科学者・赤木ナオコの娘、という色眼鏡を通して彼女を見ない、数少ない友人の一人がミサトである。おそらくこの世で親友と呼べる、ただ一人の女性だろう。
「ね、リツコ。今度さ、ちょっとした飲み会があるんだけど、一緒にどう?」
「何?コンパの誘い?」
「そうなのよ。で、どう?明後日なんだけど」
その日はこれと言って用事もなかった。それにここ最近研究室に籠もっていることが多く、気晴らしもしたかった。いいタイミングだったのかもしれない。リツコはあまりそういう場に出ることを好まない女性だったが今回ぐらいは、という気持ちを込めて、参加を承諾した。
「アリガト~、リツコ。法学部の連中ばっかで心細かったのよね~」
第二の法学部といえばいわゆるエリートコースである。ミサトにとって、加持リョウジ以外の法学部の人間はどうも固く見えているらしい。実際の所そうでもないのだが・・・。
「法学・・・まさか。リョウちゃんも一緒?」
「もち!リョウジも来るって」
リツコは少しばかり頭を抱えた。この二人に関わると碌(ろく)なことにならない。
どうも出逢いからして良くなかった。大学に一週間顔を見せなかったミサトを問いつめたら、出てきたのが彼である。嫌いではないが、どうも苦手だ。
「で、何時に何処なの?」
「7時に居酒屋『酔鳴館』よん」
ウィンクして言うミサト。
「わかったわ」
リツコはそれを快諾したが、後にそれを後悔することになるが、それはこの飲み会の後のことなので、ここでは触れない。
居酒屋『酔鳴館』は、第二東大から電車で二駅離れたところにあるチェーンの居酒屋である。安い割に味もよく、第二東大の生徒はコンパなどでよく利用している。また店内も小綺麗な雰囲気で入るのにおっくうにはならないだろう。
まさに理想的な居酒屋と言える。
金曜の夜ともなるとこむのは必定だが、今日はそうでもなかった。
店内の一角に『予約』の札が置いてあったが、ぞろぞろと入って来た面々がそれをどけた。
「とりあえず飲み物でも頼むか」
多分その男が幹事なのだろう。箸やおしぼりをもって現れた店員を待たせると、全員にメニューを回す。
「おい、加持。お前はどうする?」
隣にストレートの髪を流す女性を置いたさっぱりとした笑顔の青年に、幹事が声をかけた。
「リッちゃんはどうする?」
その奥にいた金髪の女性にそう促したが、真ん中にいた女がぬっと顔を出してそれを遮った。
「ちょっとリョウジ!なんで私には聞かないのよ?」
サングラスを頭にのせた葛城ミサトである。
「葛城は決まってんだろ?2リットルピッチャ」
「そ、それは・・・そうだけど」
その言葉に一同が引く。無理もない。第二東大で葛城ミサトと言えば、『酒豪』の名をほしいままにしている女性なのだ。だが、一緒に飲みに行く人間が先に潰れてしまうため、その実体までは広まっていない。
「お、おい。加持」
「何だ」
「お前の彼女って・・・あの有名な」
「そうだ。底なしの葛城」
「よ、よく一緒にいるな」
尋ねた一人は冷や汗を流した。
「ま、取り敢えずは楽しくやろうや」
幹事の一言に少しヤケ気味になる法学部一同であった。
宴たけなわで2時間が経過する。
すでに酒豪・ミサト前に数名の人間が自沈した。リツコは既に慣れたものでミサトのペースに飲まれないようにしている。
「何よぉ、みんなもうダメなのぉ?」
4本目になるピッチャを両手で持って青い顔をしている連中を見る。
だが、自分の隣を見たとき、彼女の視線が止まった。
「なかなか強いな、あんた」
「そう言うお前もな」
ミサトの隣にいた加持リョウジは、その反対の隣にいた青年と向き合って、並べられた様々な酒を飲んでいた。
「そろそろ限界なんじゃないか?」
そう言う自分が限界なのだ。ミサトはそれがよく分かった。潰れそうになっている加持の状態に近かった。「まだまだ・・・」
とジョッキを呷る男。名は知らないが相当に酒が強いのだろう。
だが突然、同時に二人の手が止まった。
「これは・・・引き分け・・・だな」
「俺と引き分けるヤツがいるとは・・・驚いた。俺は高榎ミチタカだ。お前は?」
「加持リョウジ・・・だ」
二人はそのまま机につっぷした。
「なによぉ。リョウジまでダウンしたの?誰か、私に付き合いなさいよ!」
からになったピッチャを置いてミサトが言う。隣にいたリツコはその状況を冷ややかに見ながら、一言だけ呟いた。
「無様ね」
加持リョウジ。
高榎ミチタカ。
彼らがこれを縁に親友になったことは言うまでもなく、時々飲みに行ったりしている。
その日も、二人は大学近くの焼き鳥屋で飲んでいた。
「しかしお前の交友関係には驚かされるな。赤木ナオコ教授の一人娘の赤木リツコ。それと第二東大きっての酒豪葛城ミサトとはな」
「そういう高榎は官僚候補と黙される連中ばかりじゃないか」
「まあ・・・な。俺が官僚を目指している話はしたよな?」
塩辛を摘んで口に放り込んでから、加持は頷く。
「現状を打開したい、俺の手で。日本の政治は一昔前から何一つ変わっちゃいない。・・・セカンド・インパクト、あれがいい機会になると思った。だが、どうだ?この有様は。
4年前に新設された内務省と財務省の癒着で、この日本を動かしている。腹黒い政治家、官僚が財界との結びつきを強めて、不当なカネのやりとりが行われているやがる。
俺はそういう状況が我慢できん」
熱っぽく、しかしながら冷静に高榎が自分の考えを語る。
「加持、お前は何かそういう考えはないのか?大学を出たらどうするつもりだ?」
加持の目つきが変わって、飲んでいた日本酒のコップを置いた。
「そうだな・・・。俺は真実に近づきたいな」
「真実?」
「セカンド・インパクト・・・。あれには何かある、きっとな」
「そうか・・・」
それから二人は言葉少なく酒を呷った。
「ありがさん!」
威勢のいい店員に勘定を払うと二人は店を出た。
その時である。
「ひったくりだっ!捕まえてくれ」
遠くでそんな叫びが聞こえてきた。
音の方向に目を向けると、ハンドバックを抱えた男が走って来る。
加持は咄嗟にその男の足をかけた。
「何しやがるっ。この野郎!」
男は懐から素早くナイフを取り出すと、加持の左腕を斬りつけた。
「つっ」
「大丈夫か、加持!」
高榎が彼を庇う。
「ちきしょっ!」
男も焦ったのだろう。逃げようとして動き出したが、足を滑らせてこけた。
「そこまでだ」
一瞬にしてナイフを蹴り、倒れた男を組み伏せた男がいた。まさに刹那で。高榎も当然加持もその動きに関心した。
遅れて、パトカーが止まり、警察官がその男を押さえ手錠をかける。それを見送り私服の刑事が今組み伏せた男と会話を始めた。
「さすがは方面本部長の息子さんだ」
「父と私のすることに関係ありません。・・・民間の手を借りなければ連続強盗犯も捕まえられない警察で、どうするんですか?」
男は至って冷静に言った。その目は正義感に満ちていたが。
「・・・善処する・・・」
苦虫を噛みつぶしたような顔をして、その私服警官も姿を消すと、ようやくギャラリーの人垣が崩れ始める。
「大丈夫ですか、君」
男は加持に声をかけた。
「単なるかすり傷さ」
「室井先輩、大丈夫・・・あなた斬られたんですか?」
人垣から背の低い、一見中学生のような男が現れ、室井、と呼ばれた男の横から加持を見た。
「そうらしい。伊崎君、応急処置はできるか?」
室井はその少年のような男に言った。
「もちろん。医学部ですよ、僕は。ちょっと傷口を見せてもらえますか?」
そういって、手慣れた様子で加持と腕に応急処置を施す。
「これでよし。一応救急に連絡して傷を見て貰った方がいいですよ。・・・それにしても被害者をほっとくなんて、最近の警察は」
「彼らは犯人逮捕だけしか頭にないからな。親父も困っていた」
「すまないな。・・・所で君たちは?」
加持が二人に訊いた。
「自己紹介が遅れた。私は室井ケンジ」
「僕は伊崎ユウタ。通りがかりの正義の味方ってとこですかね」
冗談ぽく微笑んだ伊崎に、堅い高榎ですら悪い印象を持たなかった。
それは本当に奇妙な始まりだった、と4人共がその時思ったらしい。数日後、学食で偶然再会した時、そう思ったことを、4人は回想することになる。
それから4人の奇妙な友情は続いて行く。
「あれからもう10年、か・・・。長いようで短かったな」
2016年。そう丁度10年の歳月が、彼らの間にも流れた。そう呟く自分が老け込んでいるように思えて加持は自嘲した。
目線の先にある灰皿に、ほとんど吸っていない煙草が、もう燃え尽きかけていた。
「どうしたんですか、加持さん」
タオルで顔の汗を拭きながら、日本から連れてきた少年が問いかけて来た。
「やあ、シンジ君。どうだい?調子は」
「まずまずです。だいぶ筋トレに慣れましたから」
「そうか。それじゃ、メシ食ってから軍隊格闘術の実践訓練と行くか」
加持は立ち上がって碇シンジの肩を叩いた。
「はい!・・・今日は負けませんよ」
「言うようになったな、君も。・・・だがそう簡単には負けられないさ」
二人は通路を食堂に向けて歩き始めた。
『第三新東京市情報課室にて』
平岡:とまあこういうことがあって、4人は仲が良くなったんですね。
加持:なるほどな。だが、ご都合主義だな。
平岡:まあ、そうですね。ご都合主義的ですけど、結構人生においても『出逢い』って
後付的に言うと、凄く奇縁だと思うことって多いですよ、絶対。
加持:それは・・・そうだな。
平岡:いいじゃないですか。吉岡平さんのタイラーも最近そんなことがありましたし。
加持:・・・。取り敢えずは10000HIT記念がこれか。
平岡:そうです。まあこれはシリーズですから、また何かの機会に出しますけどね。
加持:がんばれよ。
平岡:はい。