いまだ古風な横開き戸である教室の扉が締まり、シンジはしばらく一人になる時間ができた。
彼は、1年半前を回想していた。それは、無意識下で行われた作業。
(何故あの時のことが・・・。
これから新しい始まりなのにな。
それだけ鮮明で、僕の心を抉ったってことか)
シンジは妙に落ち着いて、そんな制御できない自分の心に落胆した。
教室から聞こえる明るい声が、ひどく遠くに感じられた。
「告白できない理由」
シンジが回想の渦から脱出できないでいる中、教室は対照的に明るい波に溢れていた。
少し紫がかったストレートのロングヘアを自然に流した女教師が扉を閉じると、騒がしい教室が、さらに騒がしくなる。既に三十路を歩み始めたはずの彼女は、そのすばらしい躰のラインを崩すことがなかった。レモンイエローのジャケットを羽織った背筋をピンと伸ばして、教卓の前に立つ。
「さあ、みんな席ついてぇ。出席とるわね。居ない人、手上げてぇ~。
・・・いないわね。
全員出席っ、と」
「相変わらず、いい加減よね」
ボソリとした呟きだったが、出席簿をチェックする手を止めて、彼女はその声の主を見て微笑んだ。
「惣流さん、何か言った?」
「いいえ。葛城先生が夕べ出かけられた時と同じ服装だな、って言っただけです」
女教師・葛城ミサトの顔が青ざめる。
「い・いやぁね、ちゃんと着替えて来たわよ。同じような服だけど・・・」
アスカはふふんと笑って立ち上がった。
「いつも洗濯してるなかに、同じものなんて無かったと思いますけど?」
教室がざわめき始める。
「ええっ。葛城先生、朝帰り!」
「帰ってないんじゃないの?」
「ああ、ワイらのミサトセンセが・・・」
「ふ・不潔よ!」
ミサトの顔が引きつった。その様子にアスカは小さく笑って、ミサトを見る。
(ざまあ見なさい、ミサト)
(アスカ、覚えときなさい!)
目で会話をする二人。それは火花による意志疎通だった。伊達に喧嘩しながら同居を続けているわけではない。
「ま・まあ私がどうしたかは、私個人の問題だから・・・。
それよりも!喜べ女性陣!!
今日は噂の転校生を紹介するぅ。
さあ、入って!」
巧く話題をそらすことに成功した。
転校生という言葉で、全員の意識がそこへ集まったのだ。
ガラッ
扉を開けて現れたのは、細身で長身の美少年だった。
この年齢なら、青年と少年の間を彷徨うアンバランスな印象を受けやすいが、彼の場合はどちらかと言うと少年的イメージが強かった。180台はありそうな身長を除けば、十分中二でも通用しそうだ。
しかし、その印象を全員が受ける中、クラスの数人は驚きの色も含んでいた。
そう、予想もしない人物がその転校生に重なったから。
「シンジ・・・」
とても小さな呟きだった。誰にも聞こえないほどの。
アスカはそう呟く自分すら信じられなかった。
ミサトの隣に立って、一礼すると黒板にさらりと名前を記した。
深緑を背景に、白字で書かれる。
『碇シンジ』と。
「はじめまして。碇シンジです」
「碇君は3年前からアメリカの方へ留学してたんだけど、その期間を終えてまた日本で勉強することになりました。
日本にいた頃は、第壱中学に通っていたから、知ってる人も多いんじゃないかしら」
ミサトの笑顔は輝かしいものに変化していた。それはアスカにしか分からなかったが。
「よろしく」
教室に黄色い声援が上がる。
無理もない。第壱高校には存在しない、中性的なイメージを持つシンジが、女子の目を引かないわけがない。加えて180ばかりありそうな身長。
いつの時代も男の評価基準は変質しないのである。
だが、その黄色い声援の中に馬鹿でかい極太な声が混ざっていた。その声が声援をかき消す。
「「シンジ!」」
「トウジ!ケンスケ!久しぶりだね」
表情を固めていたシンジの顔がパッと明るくなった。
『三馬鹿トリオ』、復活の瞬間である。
「急だったじゃないか。連絡ぐらいくれよ」
「ごめん。帰国を知らされたのが遅かったから。でも元気そうで何よりだよ」
視界にほかの人間が入っていなかった。シンジにとって彼らほどの友人はいない。彼らが背中を押してくれなかったら、今の自分はいないのだから。
「はいはい、3人とも懐かしいのは分かるけど、もう授業始まるから、あとにしなさい」
いかにも教師らしい意見を言い、ミサトはシンジに席を示した。
「シンジ君の席は・・・惣流さんの後ろね」
「はい」
そう言われてアスカは指さされたが、すぐにそっぽを向いてしまった。
「ただいま、アスカ」
アスカの席を通り過ぎる時、シンジは彼女だけに聞こえるようにそう言った。
(シンジ・・・)
心の中だけでそう呟くと、目を細めて笑う。
一応、新学期ということで始業式らしきものが行われる。
教室に用意されたテレビで、一部でズラと噂のある、ふさふさに蓄えられた髪の校長がありきたりな始業式の挨拶を始める。
シンジはほとんど聴いていなかった。
ただなんとなく、アスカの背中を見ながら、中断していた回想が再び始めてしまった。
・・・ママ、パパ何でこんなことになるの?
シンジはただ呆然とその光景を見つめていた。
血の海に折り重なった男と女を揺すりながら、止めどなく涙を流す少女の姿を。
・・・何で助けてくれなかったの?シン・・・
(仕方なかったんだ。僕が来た時にはもう・・・)
・・・私はこれからどうすればいいの!!
教室のざわめきが、シンジを現実へ引き戻した。
テレビが消されると、クラス中の人間が彼を取り囲む。
「碇、久しぶりだな」
「碇シンジ君、初めまして」
「ねえ、いろいろ聴かせてよ」
「そうそう、誕生日とかいつ?」
「彼女とかいるの?」
声がとぎれることがなかった。
シンジはどの質問に答えていいか分からず、ただ微笑んでいた。
「ちょっと!みんな、碇君が困ってるでしょ!」
それはとても聞き慣れた声だった。
人垣が割れ、その先には腰に手を当てた洞木ヒカリが立っていた。
(変わらないなぁ、洞木さん)
「久しぶりね、碇君」
「元気そうだね。洞木さん」
彼女が近づいてくるのを見ながら、シンジはさりげなくアスカの姿を探した。
(アスカ・・・いないみたいだな・・・)
「おう、シンジィ!」
ヒカリの後ろから、トウジとケンスケが顔を見せる。
「トウジ、ケンスケ!」
3人はお互いの手を叩きあった。
「ひっさしぶりやなぁ、ホンマ。背も伸びよってからに」
「何いってんだよ、トウジだって凄いじゃないか!」
3人の身長は、トウジ、シンジ、ケンスケの順である。しかしケンスケでも176cmある。
「トウジ、足・・・」
「ああ、ネルフのクローン技術のおかげらしいぜ」
シンジの顔がほんの一瞬だけ曇った。そのクローン技術には綾波レイのデータが使われていることは否定できないことである。そして彼は綾波レイと、そしてそのレイによく似た一人の少女を思い出してたのである。
それこそ彼にとって忘れてはならない、過去。そして彼を拘束し続ける事実なのである。
「どうしたんだ?シンジ、だまりこんで」
「何でもないよ。それより、みんなどうしてたか聴かせてよ」
3人を中心に、昔話に花が咲いた。
同じ頃。逃げるミサトを追いかけたアスカは、廊下で彼女を捕まえると、頬を赤くして掴みかかった。
「どういうことよ!なんでアイツが突然帰ってくるのよ!」
「私も昨日聴いたばっかなのよ」
その言葉でアスカはピンと来た。
「ミサト・・・加持さんの所に泊まったわね・・・」
「う。そ・そうよ、悪い?」
「開き直らないでよ!」
「でも驚いた?シンちゃんかっこよくなったでしょ?」
「そ、そうね・・・。す、少しはマシになったかもね」
「あら?そんな余裕でいいのぉ?シンちゃん向こうじゃモテモテだったみたいよ」
少しいやらしい目つきで、ミサトが聴く。こうなるとミサトは強い。会話の主導権は完全にミサトに移った。
「知らないわよ、さすがのシンちゃんも迫られたら断れないんじゃない?なんてったって17歳のオットコのコだもんねぇ」
「シッ、シンジは・・・大丈夫よ・・・」
「どうかしら・・・ね。
・・・何かの間違いがあったら別じゃない?シンちゃん、責任感強いし」
ミサトは真剣な表情になっていった。昨日の加持の話を反芻しながら。
この言葉にアスカも黙った。認めざるを得ないことである。たとえ逃げても、彼女の心の中に住みついた少年は戻って来る。そして彼女を助け守った。
「ま、シンちゃんに聴いてみることね。シンちゃん自身に」
タイミングを見計らったミサトは、黙っているアスカの再攻撃を警戒して、その場を離れた。
「・・・バカ・・・シンジッ」
弱々しくアスカは呟く。
幾多の教育改革や行政改革、さらにはセカンド・インパクトを乗り越えても、始業式の日は半日で帰宅できる。
結局、シンジとアスカは会話をするタイミングがなかった。
早々に教室を出たアスカにため息をつきながら、シンジは教室を後にする。
「アスカと話したくて、トウジ達の誘いも断ったんだけどなぁ・・・」
壱高の正門を出ると、軽い坂となる。シンジはその坂を下っていた。
「シンジっ!」
前方にすらりとした少女がいる。栗色の髪を揺らして、彼女はシンジの正面まで歩いてきた。
「アスカ・・・」
あまりに咄嗟のことで、シンジは表情が作れなかった。
「お帰り・・・。
・・・いろいろアンタに言いたいことがはずなんだけど・・・。
アンタの前に立ったらいえなくなっちゃったじゃないの!」
「ご、ごめん」
一瞬の沈黙があって、アスカは吹き出した。
「なーんだ、相変わらずなんじゃん。
反射的に謝っちゃって。やっぱりバカシンジはバカシンジか」
「なんだよ!その言い方!」
「む、バカシンジのくせにアタシに口答えする気」
3年間。長い時間だった。だが、二人の懐かしいやりとりはその時間をないものにしていた。
「・・・・ね、シンジ。
覚えてるわよね、出発の日にアタシに言ったこと」
一番聴きたかったこと。そして聴くことができないだろうと思っていたこと。それがあまりにも自然にアスカの口から出た。
「・・・覚えてる」
歯切れの悪い答え方をするシンジ。
「アタシの方はいいわよ。
シンジ、言ってちょうだい。あの時言えなかったコト・・・」
シンジの顔にかげりができる。
「・・・まだ・・・言えそうにないよ・・・。
・・・いや、もう言えないかも知れない」
目線が、彼女からそれる。
「どうして?」
「・・・僕にはその資格がない・・・よ」
「資格って何よ?!」
アスカの声に怒がこもっている。
「・・・ごめん、アスカ」
「ごめんじゃないわよっ!それが3年もアタシが待ってた答えなの?ふざけないでよっ」アスカは拳でシンジの胸を叩いた。
シンジはびくともしない。だが、その痛みは確実にシンジの心に届いていた。シンジの心は潰れんばかりである。表面的にはじっと耐えたが・・・。
「アタシは、アタシは・・・アンタが・・・。
・・・シンジのバカッ!」
絞り出すような声でシンジに言ったアスカは走って遠ざかっていく。
だが、シンジは見逃さなかった。アスカの瞳から雫が落ちる瞬間を。
「・・・ダメなんだよ、アスカ。僕には僕には・・・」
シンジは固く握りしめた拳で、電信柱を殴った。
シンジに覚悟がなかったわけではない。昔ながらの会話をしていた時、そのまま勢いで言いそうになった。それも何度か。だが、そのたびに赤く染まった手で自分にすがりついてきた少女の泣き顔が浮かび、シンジを押しとどめた。
様々な心情が混沌としてシンジはそのやり場のない、自分の感情を電信柱にぶつける。 コンクリートの柱はあっけなくその形を変えてしまった。
「僕は・・どうしたらいい?」
自嘲気味に微笑みながら空を仰いだシンジだが、その問いかけに答えるものはどこにも存在していなかった。
作者 :よっしゃぁっ!LAS大崩壊!!
ミサト:なんてことすんのよ!酒の肴が減るじゃない。
作者 :ミサトさん、とか言いつつエビチュをぐびぐびしないでくださいよ。
ミサト:うっさいわね!酒の肴を奪ったんだから、あんた付き合いなさいよ!
作者 :わかりましたよ。飲めばいいんでしょう?飲めば。
ミサト:よしよし。
さーて、酒の肴は返してくれるの?
作者 :それを言ったら、おもしろくないじゃないですか。
・・・でもほっとくとLAS人の同志の方々に刺されかねないな。
最終的にはシンジとアスカはくっつけますから。
それまではSSで我慢してください。
ミサト:しょ~がないわね。ホラ、どんどん飲みなさい!
作者 :うううっ。潰されるまで時間の問題だな・・・。
次回予告だけ先しとこ。
次回は、第5話「それぞれの決意」です。んじゃ。
ミサト:オラ、飲め飲め!
作者 :皆さん、悪酔いには気をつけましょうねーっ。
ミサト:だれが、酔いどれ行き遅れだって?!
作者 :んなこと言ってないってば・・・。