ジェット音が、機内にも響いている。
第三新東京市へ向かうVTOL重戦闘機の中。
この中にはただ二人の男が乗っているだけだった。
碇ゲンドウ。そして加持リョウジ。
既に決着はついた・・・。だが、二人の顔は浮かない。
「司令、今のお話本気なんですね?」
何事かを聞かされた加持は、その真意を確認するべく、眼鏡をはずして俯いていたゲンドウにそう切り出した。
「ああ。シンジにはまた辛い思いをさせてしまうだろうが、仕方あるまい」
「そうですか。ですが、一言シンジ君に父親らしい言葉をかけてやってください。出過ぎた言い分ですが・・・」
「・・・そうだな。
加持君、後を頼むぞ・・・」
「了解しました」
それっきり二人は言葉を交わすことなく、到着するのを待った・・・。
「幕引きと幕開けを」
「全員無事・・・ってワケにもいかなかったみたいね・・・」
葛城ミサトは笑おうとして失敗した。
ネルフスタッフもいる。赤木リツコもいる。冬月コウゾウもいる。伊吹マヤもいる。青葉シゲルもいる。日向マコトもいる。惣流・アスカ・ラングレーもいる。碇シンジもいる。だが、ここにいるべき少女、綾波レイはいなかった。
シンジは立ち上がることなく、座り込んだまま静かに泣いていた。その側でアスカも悲しげな表情をしている。
誰一人としてかける言葉を持っていなかった。
誰もがただ二人を見つめるのみだった。
しばらくして、ミサトは意を決し落ち着き始めたアスカに尋ねた。
「アスカ・・・何があったの?・・・」
声は重い。
「・・・レイが・・・アダムや・・・ロンギヌスの槍・・・初号機を巻き込んで・・・爆破したの・・・。・・・レイも一緒に・・・」
シンジはさらに背中を丸めて、肩を震わせた。
「そうだったの・・・。レイが・・・」
遠くから爆音が接近してくる。
VTOL重戦闘機。
「碇・・・」
冬月はただ一言だけ呟く。
なんとか無事だった第二発令所に、ネルフ主要メンバーがそろえられた。
シンジはここへ来るのに、マコトとシゲルに支えられなければ来ることができない状態だった。
一同に視線を巡らせたゲンドウが瞬きを一つして話始める。
「・・・まずはご苦労だった。そして、今まで済まないことをした」
頭を下げる。これには全員が驚いた。
「我々の戦いは終わった。そう思ってもらってかまわない。ネルフは本日を持って、正式に解散する」
「ちょっと待って下さい、碇司令!納得のいく説明を!」
「・・・そうだな。ゼーレが我々の手にあったアダムやリリス、そしてロンギヌスを必要としていた。彼らの望む形の人類補完計画を完遂するために。同時に我々の存在が邪魔だった。それが今回の戦いの発端だ。
ゼーレは今、存在しない。私とある男の手で始末してきた。・・・入りたまえ」
発令所の自動ドアを開いて、一人の男が入ってきた。
誰もが目を疑った。
ミサトは心臓を掴まれたようになった。
アスカは涙を流した。
「加持・・・君?」
「葛城・・・」
真剣な表情で、加持はそう呟いた。
「彼には冬月の下で、ゼーレへの裏工作を頼んでいた。そのため彼が生きていてはまずかったのだ。だから死んだことになっていた。
葛城君、君には相当辛い思いをさせてしまったようだな」
「い・いえ・・・」
「さて、これからのことは冬月と加持君に任せる。私は・・・罪を償うため・・・真実を語るため・・・逮捕される」
再び衝撃。これには、泣いていたシンジも顔を上げて、ゲンドウを見つめた。
その時、発令所にスーツ姿の男達が現れた。 オールバックの男を中心にして、彼らゲンドウに近づく。
「碇ゲンドウ・・・あなたを逮捕します」
「室井、もう少し待ってくれ!」
室井ケンジ。警視庁、捜査一課・管理官それがその男である。 室井が手錠をかけようとしたその時、加持がそれを制止した。
「加持・・・。解った」
ゲンドウは、室井に軽く頭を下げると、自分を見ていたシンジに近づいた。
「シンジ・・・」
「と・・うさん・・・」
いきなりゲンドウはシンジを抱きしめた。
「済まなかったな、シンジ。お前にもレイにも、そしてユイにも辛い思いをさせてしまった。オレは償いきれない罪を背負っている。父親らしいことは何一つしてやれん。
だがシンジ。お前には泣いている暇をやれん。ゼーレは根絶やしにはできていない。 オレと加持君がつぶせたのはあくまでキール議長とその一部だ。
おそらく、時間がことを忘却させる頃、彼らはお前や惣流君を消しにかかるだろう。
その時、お前を守ってやれる力はオレにはないだろう。
国連の監視はついていても、決して助けてはくれまい。
それでだ。お前は加持君と共にアメリカに渡って、特殊訓練を受けるのだ。あとの詳しいことは加持君に聞け」
そこで一度言葉を切り、シンジを見据える。
「シンジ。生きろ。そして愛する者を守れ。オレにはそれができなかった。 だが、お前にはユイの血も流れている。できるはずだ。・・・シンジ」
「うん・・・解ったよ父さん」
「そうか。すまんな」
その時の笑顔を、シンジは忘れることはないだろう。とても父親らしい、優しげな男の笑顔。それは加持のそれと似ているようで何かが違い、シンジに大きな力を与えた。 父親らしくない。そんなことは全くなかった。
両腕を室井に差し出すゲンドウ。苦い表情で、室井は鉄の輪を腕にはめた。
「室井」
「安心しろ、加持。碇氏を悪いようにはしない。俺が必ず守る。国家の好きにはさせないさ」
加持にとって信頼できる数少ない知人であった。
発令所を出るゲンドウ。
もうシンジは泣いていなかった。立ち上がり、しっかり父親の背中を見送った。
「碇司令との約束ですので、あなた方には罪は問いません。ですが、おそらく国連の監視下に置かれることは間違いないでしょう。
では、失礼いたします」
室井は終始表情を崩すことなく去っていった。
沈黙が発令所を包む。
何もかもが夢であったら良かっただろうが、すべては現実なのだ。
「・・・これからどうしたらいいんでしょうか」
全員が驚いた。泣き伏していたシンジが、この沈黙を破ったのだ。
「これからか・・・。今は休息すべき時なのかもしれん・・・」
何も映し出してはいないモニターを見上げて、冬月は言った。
「まだ世界は混乱していることだろう。我々にも動く手だてがない。しばらくは各々休んでくれ。 郊外の建物はまだ生きている。そこで休んでくれたまえ」
誰にも異存はなかった。対策を練れるような状態ではない。肉体的にも精神的にも。
ばらばらとネルフ職員達は、郊外へと移動して行く。
そんな中、ある二人だけは、視線を絡ませたままそこを動かなかった。 二人の仲を知る人々も、邪魔をしないようにその場を離れた。
「葛城・・・済まなかった・・・」
その言葉で、堰を切ったように大粒の涙をこぼすミサト。そして彼の頬を叩いた。
パァーン
その音にはすべてが込められていた。死んだと思っていたここ数日の悲しみと決意。昔に戻ったかのようなその前の数ヶ月。自己嫌悪した8年間。初めて出会った10年前・・・。
「葛城・・・約束通り、8年前に言えなかった言葉を君に伝える。
愛してる・・・・」
「加持・・・く・ん・・・・」
ミサトは彼の腕の中で声を上げて泣いた。嬉しさと悲しさと努りと、様々な思いで。 加持はそんな彼女を優しく包み込む。二人のすれ違っていた思いは、今同じ時を刻み始めた・・・。
シンジとアスカは、一言も語ることなくコンフォート17へ歩いていった。
縮まらない二人の距離。
アスカはシンジと目を会わせようとしない。 やがて彼らの古巣が見えてきた。
部屋は静まり返っていた。そこだけはあの戦いがあったことを忘れさてくれるようだ。ここにはそれだけのものが詰まっている。
「シンジ・・・」
「な、何、アスカ」
「アタシ、寝るわ。お休み」
それだけ言って、アスカは自室に入っていった。
「アスカ・・・」
シンジの呟きはむなしく風に運ばれていてしまった。
それからどれぐらいの時間が過ぎたのだろうか。 時計を見ていないシンジには、全く解らなかった。 ここに着いたのは、午後8時頃。あたりはまだ暗い。だから朝ではない。 とシンジは考えた。
冷蔵庫の音だけが、部屋中に大きく響いていた。
エアーの音がして、玄関の自動ドアが開いた。二つの足音。
「シンジ君」
振り返るとそこにミサトと加持が居た。
「ミサトさん、加持さん」
「アスカは?」
「部屋で寝てます。お茶でも入れましょうか?」
「悪いけどお願いするわ」
湯飲みが3つ、キッチンのテーブルに並べられた。
「シンジ君、司令・・・お父さんから聞いたね?」
加持はお茶を少しだけすすってから言った。
「はい・・・」
「そうか。 シンジ君・・・行くのかい?」
「はい」
淀みなくシンジは答えた。そしてミサトに真摯な瞳を向ける。
「ミサトさん、アスカのこと、頼めますか?」
「シンジ君やっぱりアスカのこと?」
「ええ。好きです。でもアスカは・・・」
それ以上は言葉にならなかった。
「シンジ君、アスカがどう思っているか正直俺でも解りかねる。 だが、シンジ君はアスカの為に行くのか」
「僕は・・・アスカを守りたい」
「シンジ君、男らしくなったわね」
ミサトはうっすら涙を浮かべてシンジを見る。そこにはただ逃げようとしていた弱々しい少年はいなかった。つらさや苦しみを真正面で受け止める強さを持った、少しだけ大人になった少年がいた。
「出発は1週間後だ。それまでに準備してくれ」
「はい」
「さ~て、ビールでも飲みましょうかぁ」
「葛城・・・」「ミサトさん・・」
加持とシンジの声が重なった。
「なぁにぃ、二人とも」
「太るぞ」「太りますよ」
「う・・・」
時を刻む砂は、まさに消え落ちるかのように1週間という時間を過ぎていった。
その1週間はシンジに、「のんびり」という言葉の概念自体存在しなかった。
もっとも彼にあった日常に「のんびり」はなかったかも知れない。家事能力ゼロの女性二人を抱えた主夫業である。だが、そんな時間も今となっては懐かしい。
あれからアスカは、素っ気ない態度だったがシンジにも喋りかけるようになった。だが、二人の間には、絶対的な溝ができてしまっていた。その溝はシンジがアスカに近づこうとすればするほど深く広くなってしまう。
(避けられている)
そんな考えに至ったのは出発2日前のことだった。
シンジのことは留学という形になっていた。その留学に訓練が含まれていることを知っているのは、ゲンドウと冬月、リツコ、ミサト、加持の5名だけだった。
「シンジ君、このことはアスカにも黙っていてね」
「・・・はい」
黙っていようにも会話することすらままならなかったので、気をもむ必要すらなかった。
そして夕食。加持、ミサト、アスカ、シンジが席についた。
「アスカ」
「何?ミサト」
「シンジ君ね、明後日からアメリカへ留学することになったの」
「ええっ?何で急に・・・」
「まあちょっち事情があってね・・・」
少しずつ昔の明るさが、全員に戻りつつあった。だが、綾波レイがいない心の穴は、まだ誰も埋められないでいる。いわゆる空元気の状態が、微妙なバランスの上ですべてを支えていた。
「納得できないわよ!」
「あらぁ?どうしてかしら?」
「そ・それはー、その・・・そう!家事はどうするのよっ!」
「私とあなたでやるのよ、もちろん」
「司令との約束でね。ことが終わったいまシンジ君を留学させたいってね。俺が保護者で随伴する」
「・・・勝手にすればいいじゃない!もう知らないわよっ!」
アスカはそのまま自室に籠もってしまった。
「良かったのかい?シンジ君、なにも言わなくて・・・」
「はい」
明らかにシンジは沈んでいた。
ミサトは立ち上がりアスカの部屋へ行こうとした。
「いくな、葛城!しばらく一人にしてやれ」
「でも・・・」
「アスカにも一人で考える時間が必要だ」
彼女はベッドに伏して、枕を被っていた。
(何でこんなに苦しいの?
何で・・・
そうよ、加持さんが居なくなってしまうからよ
でも加持さんがついて行くのが解ったのは苦しくなったあと・・・
ミサトの料理ね
あんな殺人的な料理を食べさせられるからよ
いえそれも違う
じゃあ何で、何で・・・)
思考の海は限りなく深かった。ドイツの天才であっても感情は体験なしに語ることは困難だ。もし彼女が彼という男に会う前に対等な男と恋愛をしていたなら、こんなことにはならなかっただろう。
彼女はまだ憧れ以上の恋を経験していなかった。
海の深いところへ向かうにつれ、彼女もまた眠りの中に落ちていった。
アスカはそれっきり部屋を出なかった。
そして出発の朝が訪れた。荷物はすでにアメリカの転居先に送った。手続きも加持がすべてやってくれた。
あとは身一つでアメリカで行くだけだ。
だが、シンジは未練が残っていた。捨てられないたった一つの未練。
下では加持が車で待っていた。
「アスカ!シンちゃんの見送りに行くわよ!」
「行かないわよ!勝手にアメリカでも行かせればいいでしょ!」
アスカの答えは変わらなかった。
「ミサトさん、もう時間がないですから・・・」
「シンちゃん」
「後は僕が話します」
ミサトは静かに頷くと、その場を離れた。
「・・・アスカ・・・。僕、行ってくるよ。
今、僕はアスカに聞いてほしいことがあるんだ。
・・・でもまだ言えそうにない。だから!
もし帰ってきてアスカが僕と向かい合うことができたなら
今伝えられないことを・・・アスカに話すよ。
きっと強くなって帰ってくる。それまで元気でね」
・・・シンジ・・・。
アスカの瞳から涙がこぼれた。
・・・シンジ、シンジ・・・・。
シンジと加持をのせた特別機は、日本を離れた。 これからしばしこの地を踏むことはできない。
「シンジ君・・・良かったんだな、あれで」
「はい。後悔してません」
彼の手には一枚の写真があった。 それは何気ない、アスカとシンジの第壱中学での1コマ。
相田ケンスケがくれたものだ。二人は自然にお互いを見ながら微笑んでいる。
(アスカ・・・好きだよ)
シンジは心の中でそう呟くと、その写真を大事にしまった。
加持 :味がないな。
作者 :あ、コーヒー濃い方がよかったですか?
加持 :いや君の小説の話だよ。
作者 :そうですか?
加持 :よくこれで作家志望だなんていえるな。
作者 :酷いですね、そこまで言いますか。
加持 :なら読者の一人として言おう。みんなレイの扱いがぞんざいじゃないか?
それにことがそう簡単に収まるものなのか?
国連の監視は?
話の粗はいくらでもあるぞ。
作者 :ごもっともですバズーカやま・・・いえ!加持さん。発酵したら手を加えます(泣)
加持 :まったく困ったもんだ。ところで、室井ってのは誰なんだ?
読者はもちろん知らないだろうが、俺も知らないぞ。
作者 :室井ケンジ。警視庁捜査一課・管理官。って書いたじゃないですか。
加持 :何でそいつと俺が知り合いなんだ?
作者 :もう少しこの謎は残して置きたかったんですけど・・・。
まあいいでしょう。ほかならぬ加持さんの頼みですから。
加持さんと室井さんは、第二東大での同窓生です。
しかもこの2人とあと2人(予定)は、今でも付き合いがある、
って設定です。
あ、室井さんはキャリアとノンキャリア差別の警視庁構造に疑問を
感じていますよ。
加持 :そうか。楽しみにさせてもらうよ。で、第2話は?
作者 :突如3年後です!
加持 :唐突だな。
作者 :この話はいわば繋ぎですから。
加持 :サブタイトルは?
作者 :「3年後、そして」です。
加持 :がんばれよ。
作者 :加持さんも。朝早いでしょう、最近。怪しげな外人さんと司会ですよね。
おーはーっ、なんてホントテンション維持できませんよ、僕では。
加持 :・・・・・・。