二人でいるために エピローグ 「わが家族へ・・・」

ゴーン、ゴーン

 

湖のそばにある教会の鐘の音が周囲を取り囲む深緑の木々の中に響き渡る。

その音は遠く、湖の向こう岸まで届くかのようだ。

 

「おめでとう!」

「お幸せにー!」

「おめでとう、二人とも」

 

そして響き渡るのは鐘の音だけではない。

二人を祝福する人々の声と拍手の音がいつまでも鳴り響いていた。

皆幸せそうな顔で教会から出てくる二人を拍手と笑顔で出迎えた。

 

 

「アスカー、幸せになるのよ!」

 

そう言ったのはヒカリだ。

ヒカリは群集の中、ぶんぶんと右手を振ってアスカに自分の場所をアスカに知らせる。

ヒカリの声が聞こえたのだろう、アスカはヒカリのほうに振り向き、にこりと柔らかい微笑みを向ける。

そして左手を上げ、ヒカリに向かって手をひらひらさせ、再び歩き始めた。

 

ヒカリの声もあるが、何よりアスカが微笑みを向けたことが原因だろう、周囲の視線が途端にヒカリに集まる。

しかしヒカリ自身はそんな視線は感じていないのか、ずっとアスカのウェディングドレス姿に見とれたままだ。

 

「なんや暑いな」

 

ネクタイを指で緩めながらトウジがボソッとそう言う。

トウジは十分視線を感じているようで、集まる視線に向けてへらへらと意味の無い笑みを向ける。

 

「腹減ったのぉ」

 

トウジは式にはあまり興味が無い様子で、この後の披露宴の食事のことで頭がいっぱいなようだ。

そのほかにも引き出物はなんだろうとか、考えることが多いようで時々ぼそぼそと独り言が漏れる。

 

しかし、ヒカリに足を踏みつけられ、トウジの思考も一時中断となってしまった。

 

 

 


 

 

 

二人でいるために

 

エピローグ 「わが家族へ・・・」

 

 


 

 

「ありがとう」

 

アスカはみんなに笑顔を向け、左手を左右に軽く振りながらその言葉を口にする。

皆が笑顔を向けながら自分たちに拍手をしてくれる。

それに対して「ありがとう」しか言えない自分が少しもどかしかったが、でもそれでいいとも思う。

皆が心の底から「おめでとう」と言ってくれて自分が「ありがとう」と返す。

それで十分だとアスカは思う。

しかし、シンジはアスカと違って律儀な性格なので一人一人に丁寧に返答している。

 

(まったく、挨拶回りじゃないんだから)

 

アスカはそんなシンジを半ば無理やり絡ませた腕でもって引っ張っていく。

こうでもしないと今の場所から一歩も動けそうにないからだ。

 

やがて自分の周りをきれいに着飾った独身女性達が埋め尽くす。

アスカはそれを見て

(もう、いいかな?)

と、思うと右手に持っていたブーケを左手に持ちかえる。

 

「いくわよ!」

 

アスカはそう言うと高々とブーケを投げる。

ブーケは空高く、そよ風が吹く青空の中を舞うように飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

パタパタとフロントガラスから漏れる風が、アスカの頬を撫でる。

アスカは右手で髪を押さえて、左手でウェディングドレスを押さえている。

周囲から漏れる風にアスカは悪戦苦闘しながらも、必死に髪やドレスが乱れないように気を使う。

シンジは運転している為、必至なアスカの表情を見ることは出来ないが、必死なアスカとは違ってシンジは初めて運転するオープンカーの気持ちよさに、にこにこと笑顔を浮かべている。

シンジの髪は短いし、着ている服もタキシードなので、風による乱れなどという言葉とは無縁なのだ。

しかも走っているところが芦ノ湖が一望できる道路だから、運転していて気持ちいい事この上ない。

風に気を使うことのないシンジは、風景を楽しみながら余裕を持ってドライブすることが出来た。

 

なぜ、二人が結婚式のままの姿でドライブしているのか。

アスカは結婚式前に結婚式が終わったらそのままの格好で少し出かける、と言うことをシンジから知らされていた。

「そんな姿でどこに出かけるの?」

というアスカの問いにシンジはただ、

「会わせたい人達がいる」

と、答えるだけで何も教えてくれないのだ。

 

シンジは以外に頑固な所があるので、こうなったらなかなか教えてくれない。

(もっともアスカの上目づかい+瞳うるうる、で「お願い」といえば一撃で撃沈なのだが・・・・・・・)

アスカとしても驚かされることは嫌いではないので

(秘密にしていることって何かな?)

と心では楽しみにしているのだ。

だからアスカは、はやる心を押さえて黙ったまま助手席に座っているのだが、あまりにも風がうるさくて、だんだん我慢できなくなってきた。

 

「ねえ、シンジィ、まだぁ?」

 

まるで子供がわがままを言うような口調でアスカが尋ねると、シンジは悪戯っぽい笑みを浮かべアスカのほうに振り向く。

 

「もうすぐだよ、ほら見えてきた」

 

シンジがそう言いながら右手で指差した方向にあったのは、小高い丘の頂上だった。

 

「あそこに誰かいるの?」

 

「いるよ」

 

アスカが尋ねるとシンジは短くそう言った。

本当はもっと聞きたいアスカだったが、どうせもうすぐ着くから、と聞くのを止めて髪を押さえるのに徹することにした。

 

しばらく丘の頂上への道を登っていくと突然視界が開く。

今までアスファルトと木々しかなかった視界に突然、吸い込まれるような青空が広がった。

雲から顔を覗かせる太陽の眩しさにアスカは腕で目を覆う。

 

やがて車が木陰に止まる。

シンジは車のトランクから花束を取り出し、アスカの手を取る。

ゆっくり、ゆっくりとアスカが歩いて行くと、アスカの目の前に5つの墓標が並んでいた。

 

黒く、地味な墓標には英語でアスカの見知った名前が書かれていた。

 

「シンジこれって―」

「きれいだろ?

ここはね、思い出の場所なんだ。

一番最初に使徒と戦った時、ミサトさんがここに連れてきてくれたんだ。

今はもう消えちゃったけどその当時は第三新東京市が眼下に広がっていて。

最初は何もない、寂しい街だと思った。

でもしばらくするとビルが地面から生えるように出てきたんだ。

さすがにそれには驚いてさ、しばらくぽかんとしていたよ。

いまはもう、大きなクレーターになっちゃったけどその時はすごくきれいだったんだ。

夕日に照らされた街が・・・・・。

 

今でも夕方になると、夕日が湖の中に浮かんでいるように見えてきれいなんだよ。

こんなきれいな所なら皆飽きないし、それにここからなら街全体が見渡せるから、いつでも僕達の事見られるだろ?

皆僕達のことは心配だろうから、せめてここから見渡せれば寂しくないからってそう思うんだ」

 

 

「そうね・・・・・

アタシもそう思う。

特にミサトなんか知りたがりだから、毎日アタシ達のこと見ているんじゃない?」

 

アスカはまるで子供のような笑みをシンジに向けながらそう言うとシンジもくすりと笑い返す。

 

「うん、そうかもしれないね」

 

「ねえ、シンジ。

皆のお墓、いつここに移したの?」

 

「ずっと前だよ。

まだアスカが眠っている頃。

あの戦いで墓があった所は吹っ飛んじゃったから、代わりの場所を探していたらここが思い浮かんだんだ。

皆の遺品は一つもない。

形だけだけれど・・・・・これでいいよね?」

 

「うん」

 

アスカは元気よく頷く。

そしてシンジはアスカの手を握り、5つの墓石に向かい合う。

 

「みんな・・・・・アスカ、きれいだろ?

結婚式はさすがに見せられなかったけれど、せめてアスカのこの姿だけは皆に見せたかったんだ。

この格好するのは一生に一度のことだから・・・・・皆には絶対見て欲しかった。

だって、皆は僕の家族だから。

家族に晴れ姿を見て欲しいって思うのは当然だろう?

 

皆家族なんだから・・・・・」

 

 

「どう、ミサト?」

シンジの重い声を弾き飛ばすようにアスカは明るい、いつものような声を上げる。

「アンタ多分羨ましがっているんじゃない?

アンタはこの服着ることなく死んじゃったから。

アンタばかよ。

加持さんもばかよ。

お互い好きなのに、好き同士だったのに一緒にならなかったなんて。

 

ホントにばかよ。

 

でも今は幸せなのかな?

やっと加持さんと一緒になれて、二人っきりになれて。

どう?

そっちは楽しい?

死んだ皆に囲まれて楽しくやってる?

アンタのことだから毎日酒ばっかり飲んでるんじゃないの?

 

どう?

楽しい?

笑ってる?

 

 

最近ね、時々思い出せなくなる事があるの。

皆の笑顔が。

皆普通の事で笑っていて、それがずっと続くような光景がどうしても思い出せないの。

あの頃のアタシは笑顔なんて作る余裕もなかったから。

最後の方ではアンタのこと憎んでさえいたわ。

今思えばただの逆恨みなのよね。

あの時はごめんね。

 

最後のほうではボロボロだったせいかな?

どうしても思い出せないの。

加持さんの笑顔は前から見ていたから思い出せるんだけど、アンタの笑顔はどうしても思い出せないの。

 

あはっ

 

最低だよね。

家族の笑顔忘れるなんて・・・・・・

ホント最低だよね・・・・・・・」

 

 

いつからかはわからないが、アスカは涙を流していた。

微笑みを浮かべたまま、流れる涙を拭おうともせず、ただミサトの墓石をじっと見つめつづける。

シンジは何も言わずに、ぐいっとアスカの頭を自分の肩に抱き寄せる。

アスカはシンジの背中を右手で掴み、俯きながら嗚咽を漏らす。

やがてシンジはアスカを背中から抱きしめ、アスカの顔を自分の胸に抱き寄せる。

時折、「ごめんなさい」と小さく呟くアスカに、シンジは頭を撫でながら「だいじょうぶだよ」と言いつづけた。

 

アスカが泣き止んできた頃、シンジはアスカを離しハンカチでアスカの顔を拭いてあげる。

 

「ほら、今日はそんな顔を見せる為にここに来た訳じゃないだろ?

いい加減泣き止んで、ね?」

 

「うん・・・・」

 

アスカはシンジの胸から離れると、シンジの右腕に腕を回して腕を抱きしめるように組む。

シンジは赤く目を腫らしたアスカをちらりと見て微笑むと、そのままミサトの墓石に向かう。

 

「ミサトさんはきっと許してくれるよ。

ミサトさん、おおらかな人だからそれくらい笑って許してくれる。

だから大丈夫だよ」

 

「そうね・・・・」

 

柔らかく微笑むアスカを見るとシンジは視線をレイの墓石に移す。

 

「綾波、久しぶりだね。

しばらく来れなくてごめんね。

どう?

父さんや母さんと上手くやってる?

僕は見ての通り幸せにやってる。

 

やっぱり、あの時の選択は間違ってなかったとおもう。

あの時、母さんや綾波よりもアスカを取ったこと。

あの時の選択、僕は母さんや綾波にはすまないと思っている、けど後悔した事はないよ。

やっぱりあの時の選択は間違ってなかったと思う。

僕、アスカでよかった。

僕の傍にいるのがアスカでよかった。

もしアスカがいなかったら、今の僕は無いと断言できる。

 

だからさ、二人ともゆっくりお休み。

もう、母さんや綾波を起こすような事は無いから」

 

「そう、アンタは働きすぎたんだからゆっくり休みなさいよ

・・・・・・・レイ」

 

アスカがはじめて口にしたその言葉は、アスカが思っていたよりも軽かった。

長年、さまざまな思いで声に出すのをためらっていたその言葉だったが、一旦声に出してみるとそれはなんてことはない言葉だということがわかった。

なんでこんな簡単な言葉が言えなかったのだろうとアスカは思った。

 

 

「父さん・・・・・

今は幸せなのかな?

母さんに会えて。

仲良くやってる?

もしそうならいいけど・・・・・

 

昔は父さんのこと全部嫌いだった。

恨んでさえいた。

今でも父さんのやった事で許せない事がいくつかある。

父さんのこと完全に許す事は出来ないかもしれない。

でも理解する事は出来る。

父さんがあまりに母さんを思うばかりに他の事を犠牲にしてまでいろいろな事をした。

愛する人に会いたいと言う気持ちはすごく理解できる。

けど、それのために何も知らない人達を利用していらなくなったら捨てる、というやり方は許されるものではないと思う。

一人の人間としては今でも嫌いだ。

けど、肉親としては、父親としては今でも好きだよ。

不器用で無口な父さんだけどね」

 

 

「お義父さま、お義母さま。

シンジ頂きますね。

なに、心配いらないですよ。

シンジ、アタシが付いていないと何も出来ないから。

これからは皆に代わってアタシがずっとシンジの傍にいるから。

ずっとシンジ一人だけを好きでいるから。

シンジもアタシの事ずっと好きでいてくれる。

お互いずっと傍にいてあげられる。

だから・・・・・・・・

だから・・・・・もう大丈夫ですよ」

 

アスカがそこまで言うと、シンジはアスカの手を取って短く

「行こうか」

と言うとアスカも小さく首を縦に振る。

 

「じゃ、みんなもう行くね。

待っている人がいるし。

また、来るよ」

 

「またね!」

 

 

二人は短く別れの挨拶を済ませると振りかえり、車へと向かう。

その途中でアスカは歩きながら小声でシンジに話しかける。

 

 

「ねえ、シンジ約束・・・・」

「何?」

「ここへくる時は必ずアタシも連れてくること」

「うん、わかった。

約束するよ」

 

 

 

 

(父さん、母さん、綾波、ミサトさん、加持さん。

皆今までありがとう。

本当にありがとう。

 

そして

 

さようなら)

 

 

 

 

 

 

これから二人に歩む道は、決して平坦なものではないのかもしれない。

もしかしたら、苦難続きで挫折しかかるような事があるかもしれない。

しかし、お互いを誰よりも理解して、誰よりもお互いを必要としている二人ならどんな困難もきっと乗り越えてくれるだろう。

山々を乗り越えるとそこに新しい大地が広がっているように、困難を乗り越えればそこに新しい生活があるはずなのだ。

二人は辛すぎる事をたくさん経験し、それを乗り越えた。

だから、せめてこれからの二人の未来が幸せである事を願いたい。

願おう、これからの二人の歩む道が幸せな道である事を。

 

 

 

 

 

これからの二人の未来が幸せに満ちている事を願って

 

 

乾杯。