普段、あまり気にも止めない冷蔵庫や換気扇の音、そして風に揺れてぶつかる洗濯物の音が、今日は耳に残る。
碇シンジは部屋の隅で丸くなっていた。
中央には家主の後妻(予定)の赤木リツコ、葛城ミサト、日向マコト、伊吹マヤがいる。
彼らは、連絡を待っていた。
そこにリツコの携帯の着信音が響く。
「はい、あ、あなた。ええ・・・そう、解ったわ。みんな支度して頂戴。市庁舎ビルへ行くわ」
常に冷静さを失わない、科学者としての側面を全面に押し出して、その場を取り繕うリツコ。彼女とて冷静でいられるわけがない。
義理の娘候補である二人が誘拐されたらしいのだ。それにその片割れは、彼女が長い間面倒を見てきた子供である。
琥珀色の綺麗な髪をした、悲しい過去と闘った少女。誰よりも上をめざし、一時は崩壊すらしてしまった彼女。リツコにとって、いやそれはミサトにとってもだが、その彼女、惣流・アスカ・ラングレーは本当の妹のような存在だった。
のろのろと足を引きずり、走っていく4人を追いかけるシンジは、
「アスカ・・・マリー・・・」
とまじないのようにつぶやき続ける。
「シンジ君!!早く乗ってっ!!」
ミサトの叱咤でようやく彼は歩みを早めた。ルノーのタイヤがスリップして、スピードを上げて走り出す。目指す場所は市庁舎ビル。
終始無言で、シンジは、アスカとマリアの無事だけを祈っていた。
「君の側に・・・」
「う・・・ん・・・」
アスカの形のよい唇から、小さな吐息が漏れる。彼女は豪華な装飾の施された部屋のベッドに寝かされていた。
その傍らに、頬を手のひらでなぞる人物がいる。
渚・キール・ローレンツ。
「見れば見るほど美しいね、君は。さすがあの碇ユイと並び称えられた女性科学者・惣流キョウコの娘だ。しかも君は、彼女だけでなく父親のアドルフ・シュバイッツァ・ラングレーの遺伝子もしっかりと受け継いでいる。ゼーレの後継者を生むにふさわしい女性だよ、アスカ君」
ククク、と声を立てて笑うと、彼は腰掛けていたベッドから立ち上がり、部屋を出ようとする。
「また来るよ、アスカ」
その言葉を残すと、扉を出た。
そのまま彼は、知り尽くした屋内をすすみ、ある一室に到着する。
そこは円卓の間だった。すでに7ある椅子のうち6は埋まっている。キールは風を切りながら歩き、上座の席へ。
満座を一見し、彼は語り始めた。
「ようこそ。そして久しぶりだね、ゼーレの諸君。
いよいよ我々の復讐を遂げる刻がきた。碇ゲンドウをはじめとする旧ネルフ職員の抹殺。それを実行する」
「一つ質問がある、渚・・・殿」
「キールでいいよ、外見や話し方はフィフスだが、思想や精神はキール・ローレンツのままだからね」
「ではキール議長。なぜセカンドを生かしている?」
勇ましげに自己主張する眉を持つ男が訊いた。
「彼女にはもうしばらく生きていてもらうよ。まだ十分に利用価値があるからね。さて、日本政府はなんと行って来ているんだい?」
「すでに戦略自衛隊が動き始めているようです。3年前の再現が着々と準備されています」
「・・・キール・・・」
その男は一番末席にいた。体躯のいい、男。満座の中で一番実戦向きの人物だろう。いくつもの修羅場をくぐってきているのは雰囲気で解る。
「この際、個人的な復讐は忘れてもらうよ」
表情は厳しい。対峙する二人の視線は、互いを威圧するようだ。
「・・・シンジ・イカリの死体を確認したい」
「好きにすればいい」
「で、チップの解析結果は?」
市庁舎ビルに舞台は移る。
会議室に、碇ゲンドウ・冬月コウゾウ・加持リョウジ・葛城ミサト・赤木リツコ・青葉シゲル・日向マコト・伊吹マヤそして碇シンジが集まっていた。
「ああ、もう終わっている。どうやら彼女たちをさらっていったのは、ゼーレのようだ」
「ゼーレ・・・・」
マヤが呟く。
「残党なの?」
「たぶんな。だが裏で操っている人間が見えてこない。そして・・・たぶん今奴らはドイツにいる」
「ドイツ!!」
どうしようもなく落ち着かないシンジが、立ち上がって叫ぶ。
「落ち着け、シンジ」
ゲンドウの声が会議室を、駆けめぐった。
「は、はい。父さん」
「それで、加持課長。どうやって二人を助け出すのですか?」
シゲルが挙手して言う。
「方法はだた一つ。敵地に乗り込む」
「危険ね」
とは赤木リツコ。
「最初からそれは承知の上さ。だが、ゼーレそれ事態に武力はない。行けるはずだ。それに行くのは最小限の人数さ。シンジ君と俺だけで行く」
「き、危険ですよ!加持さんはシンジ君を死なせるつもりなんですか?」
ヒステリックにマヤが叫んだ。
「いや、マヤちゃん。加持さんがパートナーに選ぶならシンジ君を置いて他にないよ」
「青葉さん!?」
「・・・レッド・ウルフをはじめとして、幾つかのテロ集団が潰された。まさかあれは加持さんとシンジ君が!」
立ち上がってマコト。
「それよりも、向こうさんの居場所は解ってるの?加持君」
「解ってるさ。ドイツの・・・ノイシュバンシュタイン城」
「ノイシュバンシュタイン城・・・。バイエルン国王、ルートビッヒ二世の・・・見果てぬ夢か・・・」
躰にぴったりとあったYシャツのボタンを上から3つ開けたままで、渚・キール・ローレンツは赤ワインを呷った。
「ボクの夢も彼同様潰えてしまったからね。だが復讐だけはさせてもらうよ。・・・三年前と全く同じ状況で」
「三年前と全く同じ状況か・・・」
その日、秘密裏に戦略自衛隊の演習部隊が、その演習地を移動した。
内務省からの手の込んだ命令書が彼の元に舞い込んできたのだ。
東部方面隊第一師団。彼らにとって実に二度目となる『国内クーデター鎮圧命令』である。それも舞台はあの第三新東京市。
東部方面監部長は、三年前あの事件を現場指揮官として見ていた。
あまりに非情な行為であったことを、彼は心に深く刻んだ。
「シビリアン・コントロールとはよく言ったものだ。背広組は解っていないのだ。ヒトがヒトを殺し続けることの意味を・・・」
自嘲して、彼はその命令書を机に投げた。
「・・・ただ一つ違うとすれば・・・私が今回の全指揮権を握っているということだ。上の者には・・・何も言わせない!」
そして・・・
すべては、
再び
始まった・・・
『市を囲む監視線に、戦自の部隊を確認!』
『その数一個師団と思われます!!』
MAGI?Uからの報告があったのは、おおかたシンジが決断を固めたときだった。
「まさか、三年前の再現をやろうと言うのか!」
目を見開いて、冬月市長。
「・・・キール好みの演出だな」
ゲンドウはこの危機感の中冷静に判断した。 そして、バックに見え隠れする人物に肉薄しつつあった。
「さすがだな。完璧な布陣だ」
とは加持。
「何呑気に関心してるの!囲まれてるのよここは!!」
ミサトが加持に詰め寄る。
「心配はいらんさ、葛城。もう少しすれば・・・」
『市長!市長宛に戦自からのコールです!』
「繋いでくれ」
「来たな」
『お初にお目に掛かります、冬月市長殿。私は陸戦自、東部方面隊第一師団司令、東部方面監部長、金剛寺アキラ陸将補であります』
戦自の制服は、自衛隊の頃からモデルチェンジはしていない。黒一色のスーツに身を包んだ礼装、といった所か。
「こちらこそ。第三新東京市市長、冬月コウゾウだ。・・・ところでこう見せつけられていては、回りくどい挨拶は必要あるまいな。単刀直入に言おう。このコールは、最後通牒のつもりかね?」
一瞬、会議室の空気が鋭利な刃物のように尖った。
『・・・そのつもりはありません。確かに私は、内務省から出された“クーデター鎮圧命令”に従い基地を出動しました。ですが、この命令は制服組官僚の暴走だと、我々は受け止めております。現在、警視庁及び検察庁、各戦自で内務省の占拠行動が行われています』
彼は冬月よりも5つほど年少だろう。だが、その毅然とした態度や風格は、陸将補に相応しかった。
「だが金剛寺陸将補、それは日本国家に対する重大な反逆行為ではないかね?それこそクーデターだと思うが?」
『心配ご無用。すでに内務省高級官僚の検挙は免れません。警察庁・室井課長、財務省・高榎局次長を中心に発足されていた、若手官僚の会、“水明会”の動きが功を奏していますから』
「加持ぃ、アンタ知ってたわねぇっ!」
「いや。ここまでは聞かされていなかった。高榎、やはりいつまでも食えない男だな」
二人のやりとりを後目に、ゲンドウが回線に割って入った。
「助役の碇ゲンドウです。金剛寺陸将補、それではこの包囲網はいったいなんの真似ですかな」
『我々の出動は、内務省へ安心を与える為に、必要不可欠でした。ですが、たった今、内務次官が逮捕されましたので、我々は撤退します。
・・・加持さん、という方は居られますか?』
少し沈黙を置いて、彼はそう告げる。
「私ですが?」
『高榎氏から頼まれました。現時刻を持って、我々の一部はあなた方のドイツ行きの警護をさせていただく』
腐っても高榎ミチタカだとリツコ、ミサト、加持の三人は同時に思った。
「加持君、早速で悪いが出発してくれたまえ。二人のことが気になる」
「解っています。・・・シンジ君」
と、彼は視線を移動する。
「はい」
強い決心に満ちた声。眼光は鋭く、まさに戦士の容貌だった。
加持もその様子に納得し、一度だけ頷くと走り出した。
『では、第三のみなさん、いえ旧ネルフの方々。これにて失礼いたします』
「知っておられたのか?」
『ええ。私も三年前、あの事件に関わりましたから』
金剛寺が残した、通信最後の苦笑いはとても印象的だった。
外へ出た二人を待っていたのは、VTOL重戦闘機だった。
彼らは陸戦自の隊員に促され、それに飛び乗るとすぐさま発進を頼んだ。爆音をあげ、VTOLが浮かぶ。旋回をしつつ目指すは、第三新東京国際空港。
「くくくくくっ。はははははははっ。まさか、まさかね。日本国内の造反を招くとは。皮肉だよ」
大型の椅子に腰掛けた、渚・キール・ローレンツは、高らかに笑い、そして立ち上がった。
「そして誰もいなくなる、か。所詮これがゼーレなどという組織媒体の限界というわけだね」
「キール」
「ああ、君かい?何の用だい」
赤い彼の瞳から放たれるものは、非常に冷淡な光だった。
「・・・こちらにリョウジ・カジとシンジ・イカリが向かって来るだろう。俺は二人だけでも殺す」
「好きにすればいい。この敷地内なら何をやっても構わないよ。・・・ボクの個人所有だからね」
「了解した」
彼は静かに移動して行く。部屋を出て、キールは再び一人になった。
「君はいい。あの二人さえ殺せればそれでいいのだから。だがボクは違う!碇ゲンドウ。あいつの苦しむ姿を見なければ・・・。死の淵から舞い戻って来た甲斐もない。・・・待てよ・・・。
そうか。忘れていた。碇シンジは、碇ゲンドウ・ユイの一人息子だったね。
そうだ!くくくっ、最高だね。これしかない。新生の喜びと絶望・・・。初期の計画は狂ったが、彼にはその復讐の的になってもらおう。
碇シンジ君。恨むなら、君の生まれた境遇を恨むんだね」
キールから焦燥の色が消滅した。 代わりに、狂気が彼に舞い降りた。
そして、執事を呼ぶと、こう命じる。
「マリア・タナーを呼んでくれ。今すぐにね」
「許可しかねますな」
「一刻を争うことだ。悪いが譲れない!」
場所は第三空港に移る。VTOLで空港まで送られた二人を待っていたのは、離発着の一時中断という事態だった。
「たとえ旧ネルフの方であっても、今の我々に従う義務はない。むしろ自衛隊クーデターは、あなた方が起こしたという見方すらあるのですから」
「言いがかりだな。すでにネルフという組織体自体は存在していない。それを持ち出されたところで、我々には何の効果も発揮しない」
「国内が混乱している今、無断で飛ばすことはできない!」
頑として空港職員は引かなかった。ここには内務省の徹底したマークが入っていたのだ。引かざるを得ない状況に、シンジは愕然とするしかなかった。だが。
「私が許可する」
後方から、聞き慣れた凛とした声がした。
「あなたは?」
「警察庁警備局三課課長・室井ケンジです」
濃紺のスーツで、加持の横に立ったのは、紛れもなく室井だった。
「・・・警察の方に何の権限があるんですか?空港は運輸の管轄ですよ」
気にくわない態度だった。こういう所で堅いところを見せるのは、態度として鼻につかないはずがない。
「・・・内務からいくら握らされた?」
眉間の皺がいっそう強くなる。
「は?」
空港職員の顔色が変わった。室井はカマをかけたつもりだったが、ドンピシャリだったようだ。
「一時の欲だけでその場を取り繕うな!今許可せねば、あとで首飛ぶどっ!」
久しぶりだ、と加持は思った。室井は東北出身だが、普段は東北弁を使わない。興奮したときの罵声が、ときどき東北弁になる。
加持が彼の東北弁を聞いたのは、生涯で4度しかない。うちその一回がこれである。
「・・・わかりました。特別措置ということで。しばらくお待ち願えますか」
「感謝する」
人で溢れ返った待合い場を避け、搭乗口にほど近いところで、室井と加持は話した。
「よくこれたな」
「ああ。何とかな。それよりも頼むぞ。これ以上ゼーレなどに日本の政治に口を挟めさせるな」
二人が寄りかかった手すりが小さく音を立てる。
「解っているさ。・・・室井、本当に感謝する」
深々と頭を下げる加持。
「親友だろう?気にするな。・・・気を付けて行って来い」
「ああ。日本のことは任せる」
数分後、第三新東京国際空港から、一機の特別機がドイツに向けて飛び立った。
その機内には二人しか乗っていない。
加持リョウジ。
碇シンジ。
かつてアメリカのテロ組織を震撼させた、二人の日本人である。
コードネームはシルバー・フォックス。
そこに、優男の印象の加持リョウジはいない。そこに、穏やかな笑みを称える碇シンジはいない。
「シンジ君、これを」
加持がスーツケースから取り出したのは、リボルバー式の銃だった。
「加持さん・・・」
「向こうには何があるか解らないからな。護身用だよ。弾は六発」
加持はその後、「無駄にするなよ」と言いかけたが言わずにおいた。できることならこの少年に、これを使わせずにいたい。
三年前、アメリカに旅立つ前、夜中にミサトが漏らしたことがあった。
『シンジ君にアスカ・・・。
使徒と戦っていた時、私にとって二人は復讐の道具でしかなかったわ。
・・・ね、加持君。できればこれ以上二人を道具として使いたくないの。普通の少年と少女として今を生きてほしい。
・・・人殺しなんて・・・もう・・・』
涙声になって、それ以上彼女は語らなかった。
だが結局彼女の願いの片方は叶えられなかった。シンジはアメリカで、生きる価値もない人間ではあったが、やむを得ず何人か殺してしまっている。
加持は彼の手が血に染まりゆく過程を側で見てきた。
だからこそこれ以上、彼の手を汚したくはない。
シンジは受け取った銃をしばらく見つめると、羽織っていたジャケットを浮かせて、脇にしまう。
「・・・アスカ・・・」
無意識に彼はそう呟く。加持も聞こえないほどに。シンジはまだ気がついていなかった。二人を心配してはいたが、どちらかと言えば、アスカの方を心配している自分に。
それから二人は言葉なく、機がドイツに到着するのを待った。
ノイシュバンシュタイン城。
ドイツ南東部に位置するバイエルンの古城である。
1806年、ナポレオンの手によって建国された、バイエルン王国。
一時はドイツでも第三位に位置する大国であったが、栄華は長続きせず、60年足らずでドイツ帝国の傘下となりその姿を消した。
建国から200年以上経った今、当時の威勢はなく風光に恵まれた穏やかな土地になった。
ノイシュバンシュタイン城は、アルプスの山々を望み眼下にくもりない湖を見下ろすところにある。その姿を白鳥にたとえる人もあり、「白鳥城」・「白亜の古城」という呼び名もドイツのみならず世界中に定着していると言ってもよい。
ヘリで付近まで到着したシンジと加持は、一瞬そのあまりにも美しい城の風景に心を奪われた。
「まさかな・・・。こんな所を所有していたのか、ゼーレは」
加持の呟きだけが、あたりから聞こえる唯一の音だった。
風もないこの日、無音状態が城を包んでいた。
まるで人すらも存在していないような静けさである。
「行きましょう、加持さん」
加持よりも冷静に、シンジが言う。いつもこうだった。現場に到着するまでのシンジは、不安げで落ち着かないふうだが、いざ現場を前にすると誰よりも冷静になる。
門は無人だった。いやむしろ城内からも人の気配がない。
「・・・罠の危険性は見受けられない、か」
外装に劣ることなく、内装にもその高貴な雰囲気があった。
大広間に続く廊下にたどり着いた。天井が高いのが印象的だ。
中央に一人の男が立っていた。大柄で筋肉質の男。
短くされた髪は、立ち上がっていた。そして強烈な眼光を隠すように、サングラスがかけられている。
「・・・ようやく・・・遂げられる・・・。復讐が」
「誰だ」
「・・・レッド・ウルフ・・・」
羽織っていたジャンパーを脱ぐと鋼というより金剛石ののような肉体が姿をあらわす。
「死ね」
その一言を言うが早いか、男の体はその場から消えた。
((早い!))
シンジと加持が同時に思った瞬間、男の体は二人から半歩離れないほどの距離にいた。振り下ろされた拳が、シンジと加持を寸断する。
大理石の廊下が、轟音を立てて破壊される。
「シンジ君、行け!二人は君が助けるんだ」
なんとか反応しかわした、加持がシンジに向かって叫んだ。
「でも!」
「余計なことは考えるな!!俺なら大丈夫だ!行けっ」
怒号に近い叫び声だった。
素早く頷いたシンジは、ダッシュした。それを追おうとしたその大柄な男の足をかけて言う。
「おまえの相手は俺だ」
「リョウジ・カジ・・・」
シンジが追えないことを一瞥し確認すると、加持を凝視する。立ち上がったその男は2メートルはありそうだ。
「シンジ君には強がって見せたが・・・、こりゃちょっとやばそうだな」
対峙した加持ではあったが、気迫と殺気に於いては敗北気味だった。
『リョウジ・カジ・・・。レッド・ウルフの怨念を受けろ!』
ほとんどスラングのような英語だった。
『雰囲気からして喋らない奴かと思ったが・・・違うのか』
構えは崩さない。今までこうして油断を作ろうとした敵を、何人も見てきている。一番常套の心理作戦だ。
『オレにとって会話に意味はない。人と言葉を交わしたところで何になる?必要最小限でいい』
声は低かった。そして一言一言が迸る重圧のようなものが感じられた。
『なるほど。殺し屋としては理想的だな』
『お喋りは終わりだ・・・。地獄に行く時間だ!』
拳が繰り出される!何とか加持はそれを紙一重で交わす。拳風がネクタイを揺らした。
「“はじめに言葉ありき”って故事を知らないのかね、こいつは」
ひやりとした刺激が全身を駆けめぐったあと、すぐに心臓あたりからなま暖かい感覚が、ゆっくりと足の先まで広がる。
プロボクサーでも蛇に睨まれた蛙だろう。それほどの速さと重さが感じられる拳だった。
「一発でもくらいたくないな、できれば・・・」
肩に掛けていたマシンガンの最終安全ロックを外す。
「帰ったら俺を癒してくれよ・・・ミサト」
男との距離を取って隙を伺う。そして、刹那で何かを読みとり加持は引き金を引いた!
そのとき、シンジはどこに二人がいるか解らないので、目に付く部屋という部屋を開けて進んでいった。効率の悪い作業だと彼自身解っている。だが、今思いつく方法はこれしかなかった。
「アスカぁ!マリーぃ!」
走りながらシンジは、思った。
(どこかで見たような光景だな・・・
そうだ・・・
夢で見た光景と・・・一緒なんだ)
彼が壊れたビデオのように、繰り返し繰り返し見た、あの夢。
(そういえばあのときの金と銀の光、僕はどちらを手にしたんだろう?)
階段を駆け上がりながら、彼の意識はいつしかそのことを考え始めた。
そこがあの螺旋階段であるはずがない。だが、なぜだかここのような気がする。
そして夢の真実がここにあるとも。
なぜだかシンジは素直にそう受け止めた。
『夢の真実』・・・。
そう声に出さず呟いたシンジは、頭の中が急激に晴れてゆくのを感じた。
金の光は、強がりで我が儘だけど、寂しがりやなアスカ。
銀の光は、明るく立ち居振る舞うけど、本当は弱い部分も持っているマリア。
そして今、自分はどちらか選ばなければいけない刻なのだと。
・
・
・
・
・
・
「何だ・・・。そうだったんだ・・・」
シンジはその瞬間に理解した。自分が夢の中でつかんだ光を。
そして幾つ目かの部屋を開けたとき。
そこに、金髪の女性がいた。
マリア・タナー。シンジがアメリカで出逢った、綾波レイの面影を持つ少女。
「マリー!無事だったんだね?」
駆け寄ってシンジは、絨毯の上で座り込んでいる彼女を立たせた。
「歩ける?アスカもここに捕まってるんだ。一緒に探しに行こう」
肩を支えていた手を放し、歩きだそうと二歩踏み出したとき、シンジは手首を引っ張られるのを感じた。
そして布すれの音がした。
「マ・」
「行かないで!」
彼女の名前をシンジは呼んだが、その声に掻き消された。
そして、彼女は後ろから抱きついた。彼女の素肌の暖かさが、背中を伝わってくる。
「お願い。側にいてほしいの。あの娘[こ]のところへ行かないで・・・」
シンジジャケットの袖を引っ張る手に力が籠もる。
「マリー・・・」
「お願いよ・・・。あの時のこと・・・私に悪いと思っているなら・・・このまま側にいて?ね、シン・・・」
言葉が痛い。その痛みはそのまま彼女の心の痛みなのだ。
「ごめん・・・」
「・・・どうして!ね、どうしてよ?そんなに好きなの、あの娘が!!」
マリアはすがりつくようにして彼と向かい合った。
「私を支えてよ。私には・・・シンしかいないの・・・」
シンジの手が動いて、彼女の肩をつかんだ。一瞬の静止。そして、マリアを放した。
「ごめん、マリー。僕、解ったんだ。・・・アスカは・・・僕がアスカを想うのは・・・
・・・運命だから・・・」
迷い、気負い、混乱。どれも今のシンジにはない。
シンジの瞳に、アスカ以外の何も映っていなかった。
彼女の手から力が抜けてゆく。
(ダメだ。私じゃ・・・)
「・・・この上の塔の最上階よ・・・」
「え?」
急いでシンジから顔を背ける。これ以上、涙を見られたくなかった、彼の同情にすがりたくなかった。だから、背を向けて言う。
「・・・もう私は大丈夫。・・・だから早く彼女の所に行ってあげて。早く!」
シンジを急かせる。少しでも後ろ髪を引かれない為に。
「・・・解った。ここでおとなしくしててね、マリー」
辛そうな笑顔で、シンジは走り出しす。
遠ざかる靴音が、彼女の胸の奥を叩いた。
塔を上るにつれ、音楽が近づいていた。
軽快なピアノの音。それは少しずつ大きくなっていく。
「ショパン?」
シンジは足を止めることなく呟いた。
「強情だね、アスカ」
塔の最上階。アスカはまさに捕らわれの姫であった。
「アンタなんかに『アスカ』って呼ばれたくないわっ」
激しく肩を揺らし、呼吸する。追いつめられていた。
「いい加減ボクを受け入れるんだね。碇シンジ君は、マリア・タナー君と結ばれていることだよ。さぁ」
ボタンシャツを上から3つ外して、白い肌を露出している。締まりの良い胸板だ。
「シ、シンジに限って・・・・そんなことは・・・ないわ」
「目をそらすのは、自信がないからだね?そうさ。彼女は綾波レイによく似ている。そしてかつてシンジ君は彼女に想いを寄せていた。・・・解るね?」
左手をポケットにつっこむと、渚・キール・ローレンツは彼女に近寄りながら続ける。
「それに、シンジ君は彼女に負い目があるからね」
「負い目?」
アスカが顔を上げる。
「知らないようだね?じゃあ教えて上げるよ。彼がアメリカにいた頃、加持リョウジと一緒にFBIから特別な仕事を請け負っていたんだ。国際的テロ組織への攻撃。アメリカで二人は、シルバー・フォックスと呼ばれておそれられていたよ。
そんな中で彼らが潰した組織の中に『レッド・ウルフ』があった。彼らは二人に追い込まれ、組織にある家族を人質に取ったんだ。それがタナー一家。シンジ君の軽率な行動が、マリアの両親を殺害された上、それを目の当たりにしたマリアの妹、レベッカも心を閉ざしてしまってね。一時は大変だったようだよ。
しかし、彼女も惹かれてしまったんだ、彼・シンジ君にね」
時折笑みを見せながら、流暢に弁ずるキール。青ざめて絶望していくアスカの様を楽しんでいるようだ。
彼女の顎に手を掛ける。
そしてオーディオリモコンで音量を上げた。
「ワルツが君の叫びを掻き消してくれるよ。さぁ、君の躰をゼーレに捧げるんだ」
「いやぁぁぁぁっ」
「アスカァッ!!」
扉が開く。そして、そのワルツの流れる部屋にシンジが現れた。
「しくじったのかい?マリア・タナーは・・・」
アスカを羽交い締めにして押さえつけ、彼は冷静なままで呟いた。
シンジの目に映った光景。必死に逃げようとするアスカを押さえつける、病的に白い肌を持つ少年。
忘れようもない。その少年は。
「・・・カ・ヲ・ル君・・・?」
渚カヲル。彼が握りつぶした、彼の親友と呼べた・・・使徒。仕組まれた子供、フィフス・チルドレン。
「やぁ。ワルツはいいね。碇シンジ君」
穏やかで『綺麗な』笑顔で、彼は笑いかけた。
息切れがする。額にじんわりと浮かんだ汗すらも拭う余裕が、今の加持にはない。
「残るはワンカートリッジ。あと使えそうな武器は、アーミナイフとこいつだけか・・・」
加持は右手で腰のあたりにかけた、愛用の銃を触る。冷たい金属の感触が心地良い。
もうどれくらい撃っただろうか?相手も疲労してはいたが、確実にかわされている。
ブーツが白い床を踏む音が聞こえる。いつしか城内の広間にたどり着いていた。柱に寄りかかった加持は呼吸を整える。
(次で決める!)
戦士の直感。
それが加持を動かす。敵との距離を約5メートルに設定。この距離ならかわされても対応がきく。
音が近い。
カウントダウンのようだった。・・・3・2・1。
加持は飛び出す!そして引き金を引いた。連続してマシンガンが火を吹く。
当たった。もう敵は動かない。蜂の巣、そうしなければこちらが殺(やら)れる。
カートリッジが尽きた。すぐさま残りのワンカートリッジをつっこむと休むことなく撃ち込む。
硝煙の匂いが、あたりを包む。前方の視界を塞いでいた煙が晴れる。
さきほどまで自分を追いつめていた相手は、完全に沈黙していた。ちぎれて落ちた腕から赤青のコードや金属がのぞいている。
「サ、サイボーグか。通りでいくらやっても勝てないワケだな」
不意に全身から力が抜けるのを感じた。今までにない疲労感だった。隠れていた柱に寄りかかると、ポケットから煙草を出してくわえた。
「しばらく動けそうにないな。・・・シンジ君、後は頼むぞ」
喋るたびに煙を吐く。もう手で煙草を持つ余力すらなかった。
「どうして・・・君が?・・・アスカ!!」
シンジは二つの衝撃に躰が動かなくなった。そこに渚カヲルがいて、アスカを押さえつけている。その事実に。
「んーんんー!」
押さえられた口で必死に助けを求めるアスカ。着衣が乱れ初めていた。
「シンジ君、再び君に会えて嬉しいよ。・・・けど、彼女は渡せないね」
「たとえカヲル君でも・・・アスカは渡さない!」
眼光が鋭い。彼を敵として認識する。
「どうやら、少し君と話す必要があるね。アスカには少し眠っていてもらおうか」
彼女の腹部にキールの拳が沈んだ。
「かはっ!」
一度眼を開き、そして彼女は気を失った。
「カヲルっ!」
「呼び捨てかい?変わったね、シンジ君。3年前はそうじゃなかったのに」
ベッドを下りて、シンジとの距離を狭める。ゆっくり、ゆっくりと。
「アスカは・・・渡さない!」
銃がキールに向けたれた。
「また殺すのかい?僕を・・・」
すべての感情を隠して見せる、悲しげな瞳。
「うるさい!お前はカヲル君なんかじゃない!!カヲル君は、カヲル君は僕が・・・殺したんだ!」
歯を食いしばって彼は言い放った。 だが目の前に居るのは見まごうことなく、渚カヲルである。
「そう。君が殺したんだ。そして再び蘇った。君と彼女絶望を与えるためにね」
玉虫色の笑顔。いや、どこか人を見下しあざ笑うかのうようだ。
「絶望?」
「そう。彼女には君の無惨な死に様を耳元で語りながら、このゼーレの跡継ぎを孕んでもらうんだ。それがアスカへの絶望。そしてシンジ君、君には二度と彼女を見られない、死を与えるんだ。それが君への・・・絶望さ!」
一瞬だった。
離れていた彼の顔が、目前に移動したかと思うと、呼吸が止まった。そして頸に圧迫感が走った。
キールは、シンジの頸を締め上げた。両手で、手加減をすることなく。
口元が醜く歪んだ。
シンジの体が宙に浮く。
「さようなら、シンジ君。君の愛する女性は・・・ボクのモノになる」
狂喜に満ちた、カヲルと同じ顔をしたこの別人を見つめながら、シンジの視界は白くなりつつあった。
(凄い腕力だ・・・。息が全然できない。・・・ダメだ・・・思考もままならないや。ごめん、アスカ・・・。ずっとずっと、死んでも君を・・・愛してるよ)
眼をアスカに向ける。ベッドの上で倒れていた。眠っているようだった。
何度も見続けた、彼女の寝顔。
もうこれが最後なんだ、そう思った時である。
『シーンジ!』
明るい、普段のアスカの声が聞こえたかと思うと、彼の頭の中に金色の光が駆けめぐった。
(・・・まだ、終わっちゃ行けないんだっ!!)
一発の、乾ききった銃声が響いた。
ドサッという音と共に、宙に浮いていたシンジの躰が床に落ちた。
激しく咳き込んで今まで止められていた呼吸を解放してやった。
まさに生き返った思いだった。
渚・キール・ローレンツの腹部からおびただしい血液が流れている。赤い絨毯に落ちているのでどれほどかは確認できないが、白いシャツがどす黒い赤に染められているのを見るとその激しさは解る。
「・・・また誤算・・・だったよ。君が・・・クローンとは言え・・・またカヲルを撃てる・・とはね。呆気ない終焉だよ、シンジ君。しかも・・ラストシーンは・・・三流映画だね・・・」
手で脇腹を押さえながら、まだ笑みを浮かべる。
「君の・・・・父親に伝えてくれ。キール・ローレンツからだと・・・。復讐の続きは地獄で・・・と」
倒れ込むように後ろのめりに歩いていき、そのまま窓の外へ・・・・。
渚・キール・ローレンツは、その最期の瞬間まで笑顔を崩すことはなかった。
ややあって、シンジは銃を落として深く息を吐く。
「・・・終わった・・・」
その一言は短かった。ゼーレの亡霊が去り今こそ長い戦いに終止符が打たれたのだ。そのすべてを含んだ一言でもある。
だが、彼ははっとなり立ち上がった。
「アスカ!?」
ベッドに駆け寄って彼女の様子を確認する。規則的な肩の動き。微かに漏れる息。
無事だ。
彼女の安全を確認して、シンジもずるずると座り込んでしまった。
「良かったアスカ・・・」
彼は声を立てずに涙を流した。
『・・・ということです』
加持は疲労を残した声で報告した。
「そうか。ご苦労だった加持君。それからシンジ君にもそう伝えてくれ。しばらく休みたまえ。あとは碇と私で手は打っておく」
『そうしてくれるとありがたいですね。・・・ところで葛城の姿がありませんが?』
「ミサトならそっちに向かったわよ。リョウちゃん」
答えたのはリツコだった。
『そうかい。じゃ、しばらく休ませてもらいます』
こころなしか、加持に笑顔が浮かぶ。
「ああ。ゆっくりしてくれ、加持君」
市長室で、ドイツからの報告を受け取った、冬月・ゲンドウ・リツコの三人は、それぞれに安堵を得た。
「ようやく終わったな、碇」
「ああ。もうあの老人も帰ってくることはあるまい」
「でも・・・新しいゼーレの幹部はどうなりますの?」
「すでにFBIが動いている。ようやくすべてが公表され、補完計画に繋がるすべてが終わるよ、リツコ」
「問題は・・・彼女の処遇だな」
「ああ。あの子に罪があるかどうか・・・」
「ないことを祈りたいですわ」
・・・明けて、一ヶ月後・・・
アメリカ人ゼーレ幹部宅に監禁されていた少女が救出された。名前をレベッカ・タナー。マリアの妹である。
これにより、マリアの無罪は証明された。彼女はやむを得ず計画に荷担しただけで、計画の実体などは知らされていないということ。
そして今日、その拘束が解け彼女は正式に帰国することになった。
そう、彼女が日本に来た理由の半分は、レベッカを救うためだったのだ。
あとの半分は・・・彼女自身のシンジに対する想い。そしてそれには、決着を付けていた。
人気がまばらな、午前11時ごろの、第三新東京国際空港。
そこに、キャスター付きのバックを持った、白いワンピースの少女とそれを囲んで、彼女の何人かの知り合いがいた。
「いろいろとご迷惑をおかけしました」
彼女、マリアが本来持っている、カラリと晴れた夏空のような笑顔で言った。
「そんなことないわよ。マリアさん。それにしても良かったわね、妹さん」
ミサトが彼女に笑いかけた。
「はい。どうも監禁というよりはその家にあずけられていたみたいです」
しばらく沈黙した。
「ホントに・・・帰るんだな」
とケンスケが口を開く。
「うん。ありがとうね、相田君。写真、大事にするから」
柄にもなく、ケンスケが鼻をすすって涙を堪えた。
「元気でやれや、タナー」
変わって、トウジがマリアに言う。
「あなたもね。鈴原君。あ、ヒカリのこと大事にしなきゃダメよ」
ヒカリにウィンクして言った。
「わ、わかっとるわい!」
照れまくりのトウジ。
「マリーぃ」
ヒカリが感極まって抱きついた。
「元気でね。アスカとあなたと私。ずっと親友なんだから」
「うん。ありがとう、ヒカリ」
ようやく離れたヒカリは、鈴原の胸に顔を埋めて泣いた。
「マリー・・・」
「アスカ・・・」
二人はお互いを見つめる。
「シンジのこと・・・譲ってあげるわ。でも!あなたがシンを失望させるようなコトしたら、すぐに私がもらいに来るから。
覚悟しておきなさいよ」
二人を隔てていた見えない壁のようなものが、今完全に消失した。
「そ、そんなことないわよ!」
「・・・いつか、シンよりもイイオトコ連れて遊びにきてあげる」
「は!楽しみにしてるわよ、マリー」
そして・・・アスカはシンジを押し出す。
「アンタが何か言ってやらなくてどうするのよっ」
「マリー・・・」
「シン。アリガト。実を言うとね、レベッカ・・・あなたに感謝してるって。・・・もう・・・気にすることないよ」
優しげな笑みだった。シンジは、はっとなる。
その瞬間だった。
彼女の顔が極限まで近づいて、唇が自分の唇に触れた。
「ああああああっ!なんてコトすんのよぉ、マリィ!!」
アスカが指さして叫んだ。
「お別れのキス。そして・・・初恋へのけじめよっ。あ、いつかの再会も含んでるかな?」
いたずらっ子のような顔でマリアはけらけらと笑った。
「何よ!譲るとか言っておきながら、未練たらたらじゃないの、アンタ」
「いいじゃない、キスぐらい」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
言い合っている二人の横で、不意をつかれてたシンジが惚けていた。
「主導権握られるな、絶対」
加持がシンジを見て呟く。
「いつの世も女は強いのよ」
ミサトが彼に寄り添って囁いた。
「そう・・・だな」
自分も主導権を握られている、そう自覚せざるを得なかった・・・。
そして。
別れの刻になる。
「元気で」
「みんなも」
マリアを乗せた旅客機が、今、日本の大地を蹴って空に上がった。
爆音が遠ざかり、あっという間に飛行機が小さくなった。
シンジとアスカは、ミサトたちが離れたあとでも、まだその光景を見つめている。
「いっちゃったね」
アスカがシンジを見ずに言う。
「うん」
「淋しい?」
「うん、少し」
沈黙。
彼女の中で今聞こうとしていることは、答えを聞くのに相当の躊躇いがあった。
だが、聞かなければいけない。
彼女の足が、小さくふるえる。
「・・・好き・・・だった?」
シンジも黙った。そしていくらか時間が過ぎて。
「・・・う、うん。今でも好きだよ」
と一言。
しかし。
「でも・・・友達として」
そして隣に立っている彼女の肩を引き寄せて、彼はこう続けた。
「僕は、これからも君の側にいる。世界中で愛しているのは・・・アスカだけだよ」
「シンジ・・・」
彼に体重をあずけるアスカ。 暖かい涙が、彼女の頬をつたう。
「アタシも・・・愛してる」
高くなりゆく太陽は、もう春の日差しに近かった。
そんな暖かな光が、空を見上げる二人に注いでいる。
運命で固く結ばれた二人を、祝福するように。
「これからどこか行こうか?」
歩きながらシンジは言う。
「それはシンジからの正式なデートの誘い?」
「もちろん。で、どこがいい?」
「・・・どこだっていいわよ。アンタと一緒なら!」