千切られた紙片を、つなぎ合わせる。
おおらかな性格のマナらしい、伸びやかな文字。
| 親愛なる惣流・アスカ・ラングレー様
この手紙が、必ずあなたの手元に届くかはわかりません。
霧島マナ |
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天と地のはざまで <6>
アナタニココニイテホシイ
B part
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(私にとって、マナって、どんな存在なんだろう?)
アスカは自問する。
(親友だと思ってた)
(でも、それはマナの本当の姿じゃなかった)
(マナは私を、ずっと騙してた)
(でも、マナは『そんなことはしたくなかった』って言ってる)
(どれが本当なんだろう?)
「アスカ」
突然、声をかけられ、アスカは文字通り、飛び上がった。
「な・・・・・・ミサト?!」
「そんなにびっくりすることないでしょう?」
アスカの過剰な反応に、ミサトの方が驚く。
「ノックもせずに入ってくるからでしょ!」
アスカは態勢を立て直し、噛みつく。
「あら、ノックならちゃんとしたわよ。だけど、いくら待っても返事がないから、入ってきたの」
ミサトはそういうと、ベッドの足下の方に紙袋をおいた。
「着替え、持ってきたわ。悪いけど、部屋を漁っちゃった」
「あ、ありがと」
アスカは素直に、礼を言った。
だが、ミサトの視線が、可動式テーブルの上に注がれていることに気付き、表情を硬くする。
「・・・・・・ミ」
不意にミサトは、テーブルの上の紙片に視線を向けたまま、独り言のように言った。
「アスカにとって、霧島さんって、何?」
それは、アスカがずっと自問してきたことだった。
「親友だと思ってた。でも・・・・・・」
アスカは、躊躇いがちに答える。
「憎い?」
「最初はそうだった。でも、手紙を読んだら、判らなくなっちゃった」
敵として憎むべきなのか、親友として許すべきなのかを。
ミサトはそれを聞いて、思わず微笑んだ。
14歳のあの時、このような手酷い裏切りを受けたならば、きっとアスカはこころを閉ざしてしまっただろう。
あるいは、怒りのあまり、周囲へ当たり散らしていたかもしれない。
だが、三年近い月日は、確実に、アスカのこころを成長させていた。
だからこそ、迷うことができる『余裕』がある。
こうやって、静かに話をすることができる。
「・・・・・・私もね。サードインパクトの直前、リツコに裏切られたの」
「え?」
ミサトは静かに、アスカの目を見つめた。
「まあ、正確に言えば、私には真実を隠してた、ってことなんだけれど・・・・・・あの時は加持も居なかったし、私を支えてくれたものが、一気になくなっちゃって、精神的にすごくキツかった。私は、あなた達の保護者のつもりでいたけど、あの時は、自分以外の人間のことを構ってる余裕がなかったわ。それが、あなたやシンジ君を追いつめちゃったのよね」
自嘲の響きの混じった、真摯な声。
彼女が、このように真情を吐露するのは、アスカとの短くもないつきあいの中では、初めてのことだった。
いみじくもアスカが、『生き方がわざとらしい』と評したように、ミサトは誰とでも、ただし浅くつきあってきた。
他人の中に踏み込まない代わりに、自分の中にも踏み込ませないと言う、距離のあるつきあい方。
それは、彼女の被保護者たちにも適用されていた。
だが、エリカとのやりとりで、それを全否定されたミサトは、その流儀を変えることを自分に課したのだった。
「そんなふうに、今までいろいろあったけど、私はリツコのことを親友だと思ってる。それに、リツコの立場とか、考え方とか、理解できるから、ただ責めるだけってこともできないわ。勿論、理解できるからって、騙されたりすれば憎たらしいとか思うし、何考えてるんだか判らなくて腹が立ったりして、絶対にコイツとは縁切ってやる! って思ったりもするけど、でも、そんなことは些細なことになっちゃうくらい、リツコは私にとって特別なの」
ミサトは、包み込むように微笑んだ。
「アスカは、どう?」
「私は・・・・・・」
そう問われ、アスカは俯く。
自分にとって、マナは何なのか。
マナに誘拐されたと気付いてから、今の今まで、ずっと考え続けていたこと。
(マナは親友・・・・・・)
今まで一緒に過ごした、様々なできごとが蘇る。
僅か一年少々だが、楽しいことも、辛いこともあった。
(敵・・・・・・)
アスカは、紙片を見つめた。
| 『孤児だった私は、物心ついた時には、ゼーレの工作組織に居、そこで15歳になるまで、ゼーレにとって有用なスパイになるべく、訓練を受けていました』 『私にとって、組織がすべてでした』 |
(ミサトがリツコの事を理解できるって言ったように、私もマナの立場を理解できる・・・・・・)
組織がすべてだったというマナ。
それはきっと、エヴァがすべてだった、かつてのアスカと同じなのだろう。
そして、それを捨てる覚悟が、生半可なものではないということも判る。
自分の『拠り所』となるエヴァを失ったアスカは、心を壊してしまった位なのだから。
(マナは確かに私を騙したけど・・・・・・)
『ごめんね』
それは、意識を失う前に聞いた、最後の言葉。
(結局は、友達であることを選んでくれた・・・・・・)
託された『遺言』。
(ならば、私は・・・・・・)
ゆっくりと、こころの中に回答が沸き上がってくる。
(マナを、信じよう・・・・・・)
「ミサト」
アスカは、顔を上げた。
「ん?」
「マナに逢わせて」
決意を秘めた眼差しで、アスカは告げる。
しかし、その望みを叶えることが、どれほど難しいことか、ミサトには判っていた。
だが、同時に、妹分の少女にとって、その望みが叶うことが、どれだけ重要かも。
「・・・・・・いいわ」
ミサトは、しっかりと頷いた。
「霧島さんに、逢わせてあげる」
(たとえ、どんな手を、使ってでもね)
*
*
*
「・・・・・・父さん」
人の気配で、微睡みから目覚めたシンジは、ベッドサイドに立っていた意外な人物に、驚きを隠せなかった。
「起こしてしまったか」
相変わらず、抑揚のない声で、ゲンドウは訊く。
「具合は、どうだ」
「内臓は傷ついていないから、一ヶ月くらいで退院できるよ」
シンジは、ぎこちなく微笑んだ。
「そうか」
息子の答えに、ゲンドウは小さく頷く。
「それより、父さんの方こそ大丈夫なの?」
シンジには、幹部速報以上の情報が伝えられている。
当然、チューリッヒでの一件も、耳にしていた。
「問題ない」
「ゼーレの方もカタがついたみたいだし、とりあえずは安心だね」
「ああ」
ゲンドウは、再び頷く。
シンジは、父の反応に違和感を覚えていた。
元々寡黙で、無愛想なゲンドウだが、今日はどこか違う。
その原因を知るべく、シンジは問いを発した。
「・・・・・・父さん」
「何だ」
「話はそれだけ?」
三年近い月日の間に、さまざまな『駆け引き』を覚えたシンジは、ゲンドウが自分に何か言いたいらしいということを察していた。
「・・・・・・ああ」
「本当に? 俺に何か言いたくて来たんじゃないの?」
シンジはだめ押しをする。
病室に、僅かな沈黙が流れた。
やがて、ゲンドウはゆっくりと息を吐き、口を開く。
「私はNervを辞める」
「辞めるって・・・・・・?!」
シンジは唖然とする。
「冬月にあとは任せる。問題はない」
「そうじゃなくて! 何でそうなるんだよ?!」
シンジは、思わず声を荒げた。
だが、ゲンドウは答えない。
「辞めて、どうする気?」
シンジは、質問の仕方を変えた。
「・・・・・・ケルンに行く」
国際司法裁判所に出廷する、という意味なのは、明白だった。
だが、止めることはできない。
それが、破綻したとはいえ、人類補完計画に荷担した事への、ゲンドウなりの責任の取り方なのだと、判ったからだった。
「リツコさんには、話したの?」
シンジは、問いを重ねる。
「いや」
「黙っていく気? そのほうが悲しむよ」
納得できるかは別問題として、シンジはゲンドウの考え方を、だいぶ理解できるようになっていた。
「・・・・・・かもしれんな」
ゲンドウは、素っ気なく言った。
不意に、控えめなノックの音が響く。
「時間だ」
ゲンドウは呟くように言うと、踵を返した。
「・・・・・・あとを、頼む。リツコを支えてやってくれ」
それは、最初で最後の父の『願い』。
いくら死刑廃止国が多いとはいえ、人類補完計画の全容を考えれば、死刑もあり得る。
良くても、一生軟禁は免れないだろう。
恐らくこれが、今生の別れになるはずだった。
「判った」
シンジは、はっきりと頷いた。
「・・・・・・元気で、な」
「父さん!」
シンジは、父の背に呼びかける。
「俺は、父さんの息子であることを誇りに思うよ」
自分の妻に逢いたいがために、自分の息子でさえ捨て、全世界を破滅に導こうとした男。
同時に、サードインパクトの後、私欲を捨て、世界の安定のために力を尽くした男。
父の強さも、弱さも、シンジはつぶさに見てきた。
だからこそ、ゲンドウを尊敬する。
「・・・・・・ありがとう」
ゲンドウは呟くように言うと、振り返らずに、病室を出ていった。
その顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
*
*
*
マナが外に連れ出されたのは、すっかり夜になってからだった。
街灯と、複数の車のヘッドライトのお陰で、辺りは意外に明るい。
目の前に停車した、黒塗りのリンカーンの後部ドアを、体格のいい、背広姿の男が開く。
「乗りたまえ」
男が、マナを促す。
と、その時だった。
「お待ちください!」
「邪魔すんじゃないわよ!」
「葛城二佐!」
「マナ!!」
「先程から申し上げている通り、霧島マナには誰も逢わせられません!」
「離しなさい!」
突然、言い争う声が響いた。
マナは、弾かれたように、振り返る。
そこには、もう逢えないと思っていた親友とその保護者が、保安部の男達ともみ合う姿があった。
「早く乗りたまえ」
傍らの男がマナを急かす。
だが、マナは躊躇った。
「離しなさいって言ってるでしょ?! 上官命令よ!」
それに気付いたミサトが、男達を強行突破しようとする。
「残念ながら、我々は総司令の指示で動いています! お言葉には従えません!」
「碇司令の許可ならとってあるわ! 離しなさい!」
完全な嘘だったが、男達の虚を突くには十分だった。
「マナ!」
一瞬だけ、動きの止まった男達の間をすり抜け、アスカは走り出す。
「五分でいいから、全員下がって! 命令です!」
ミサトが、凛とした声をあげる。
それに従い、マナの傍らに居た男も、渋々その場を離れた。
マナの前に駆け寄ったアスカは、彼女の半歩ほど手前で、ぴたりと足を止める。
鋭い視線が、マナを射た。
マナは、その視線から逃れるかのように、深く頭を下げる。
「ごめんなさい・・・・・・」
絞り出すような声。
「ごめんなさい・・・・・・謝って済む事じゃないけど、ごめんなさい」
アスファルトに、ぽたぽたと染みが落ちる。
しばらくの間、黙ってそれを見ていたアスカは、徐に口を開いた。
「・・・・・・顔、あげなさいよ」
冷ややかな声。
マナは言われたとおり、顔を上げる。
そして、アスカの表情を見て、はっとした。
彼女の表情は、怒りのそれだが、その目には、今にも零れそうなくらい、涙が溜まっている。
その瞬間。
ぱぁん!!
平手打ちが、マナを襲う。
あまりの強烈さに、彼女は二、三歩ふらついた。
だが、それを支えるように、アスカはマナを抱きしめる。
「アスカ?!」
マナは、予想外のアスカの行動に驚く。
「・・・・・・なさいよ」
「え?」
「言い訳しなさいよ! 家族が人質に取られたでも! 洗脳されたでも! どんな馬鹿みたいな作り話でもいいから、言い訳しなさいよ!」
泣いているかのような声で、アスカは叫ぶ。
「何か言いなさいよ・・・・・・私はそれを信じるから・・・・・・」
「アスカ・・・・・・」
「アンタは私の友達なんだから・・・・・・私の親友の霧島マナなんだから・・・・・・」
思わずマナは、アスカを抱きしめ返した。
(私はアスカのこと裏切ったのに・・・・・・)
(それでも、私を『親友』だと呼んでくれるんだね・・・・・・)
「ありがとう、アスカ・・・・・・騙してごめんね・・・・・・・ごめんね・・・・・・」
二人の少女は、抱き合って泣いた。
ミサトは、少し離れた場所からその光景を見、ほっと安堵の息を吐いた。
だが、その耳に、『不愉快な音』が滑り込む。
「よく、ここがわかりましたね?」
それは、純粋に賞賛の響きを含んでいたが、ミサトは途端に、表情を険しくした。
「加賀、二尉」
クリーム色のスーツを着、ブリーフケースをもったエリカに、ミサトは嫌悪の眼差しを向ける。
「どうやって調べたんですか?」
その視線を意に介さず、エリカは訊く。
「・・・・・・私も一応、幹部だからね」
ミサトは、見事なまでに上っ面だけの笑みを浮かべる。
マナの護送ルートは、極秘とされ、ほんの一部の人間しか知らないはずだった。
だが、その『一部』の中に、ミサトは入っていない。
そのことへの、当てつけだった。
「そうですか」
エリカは、あまり気にしたふうもなく頷くと、睨み付けるミサトを後目に、少女達の方へ近付いた。
そして、二人から1mほど離れた場所で立ち止まり、抑制の利いた声を発する。
「霧島さん、車に乗りなさい」
「・・・・・・加賀先生?」
顔を上げたアスカは、驚いたように目を瞠る。
「悪いわね、学校以外では、Nerv保安部の加賀二尉よ・・・・・・ついでに言えば、この件の責任者でもあるわ」
エリカは、周囲の部下達に目配せをする。
「さあ、車に乗りなさい」
エリカは、少女達を引き離し、再度促す。
男達が、アスカとマナを、それぞれ取り囲もうとする。
「ダメ!」
アスカは、咄嗟にマナの腕を掴んだ。
だが、マナは小さく首を振る。
「私はいいの。それが私の罰だから・・・・・・」
「何言ってんのよ?! 連れて行かれたら、アンタ殺されちゃうのよ?!」
アスカはマナを叱ると、視線を転じて、周囲を睨み付けた。
「マナは絶対、殺させない!」
敵意を露わにするアスカに、エリカはわざとらしく、片眉をあげて応じる。
「あら、惣流さんは、彼女を庇うの? ずっと騙されてたのに? 親友のフリしたスパイだったのに?」
その瞬間、アスカは自分の背後に庇ったマナが、身を硬くするのが判った。
「うっさいわね! 私は、マナを信じるって決めたの!」
だが、エリカの挑発するような台詞にも、まったく動じず、アスカは言い切る。
束の間、二人は無言で睨み合う。
だが、意外にも、それを断ち切ったのは、エリカだった。
「・・・・・・判ったわ。霧島マナは殺さない」
重大な発言は、ごくあっさりとなされた。
マナとアスカは、驚愕のあまり、言葉を失う。
本来ならばそれは、望み通りの回答だったはずだが、あまりにも場違いに感じて、二人の少女は、反応が鈍くなってしまう。
「霧島さんを殺しはしないと約束するわ。だから取り敢えず、彼女を連れて行かせて」
エリカは、重ねて言った。
だが、いち早く冷静さを取り戻したアスカは、再び表情を硬くする。
「・・・・・・殺すって、遺書まで書かせた人間が、やっぱりやめたって言っても、はいそうですか、って信じられると思うの?」
その言葉に、エリカは苦笑と共に、肩を竦めた。
「信じられないとは思うけど、信じてもらわないと、私達は延々とココで、睨み合ってなければならないわね」
頭ごなしの命令や、力ずくの排除は簡単だが、エリカはそれらの方法を、良しとしなかった。
その場に、沈黙が落ちる。
「・・・・・・私、行くわ」
不意に、マナが言った。
アスカは振り返る。
「私、加賀先生を信じるわ。アスカが私を信じてるなら、加賀先生も信じて。行かせて」
マナは、ぎこちなく微笑んだ。
「それに、例え殺されるとしても、私は罪を償わなきゃならないの」
二人の少女の視線が、交錯する。
やがて、アスカはゆっくりと俯いた。
マナの腕を掴んだままだった手が、力なく離れる。
それを了承の証ととったエリカは、ミサトを振り返った。
「・・・・・・葛城さん」
「何?」
ミサトは、硬い声で応じる。
「この件に関しての説明は、ダグから聞いて下さい。シナリオE-8に変更、と言えば判ります」
「え?」
訝しげなミサトには取り合わず、エリカは再び、マナの方へと向き直ると、彼女の背を押した。
「行きましょう」
マナは頷き、アスカを見た。
「・・・・・・ありがとう」
「マナ!」
アスカは、はっとしたように顔を上げ、彼女の名を呼ぶ。
だが、マナは振り返らずに、車に乗り込んだ。
続いて、エリカが乗り込み、ドアが閉じられる。
車は、静かに発進した。
「・・・・・・アスカ」
小さくなって行くテールランプを、じっと見つめるアスカに、ミサトは声をかける。
アスカは、きゅっと唇を引き結ぶと、くるりと振り返った。
「ミサト、説明とやらを聞きに行くわよ」
*
*
*
休憩所のベンチに座り、缶紅茶を口にしたダグラスは、反射的に顔を顰めた。
紅茶と呼ぶに値しない、甘ったるい色水の味が、口の中を不快にする。
未だ、地上では『掃討戦』が終わっておらず、臨戦態勢を維持している以上、本部から離れることはできないため、せめて飲食くらいはまともに、と思うのだが、それすらも高望みのようだった。
「・・・・・・美味い茶が飲みてぇな」
思わず呟いた時、ダグラスは、複数の靴音に気付いた。
必要以上に力の篭った音は、着実に休憩所に向かって来ている。
ダグラスは、首の後ろを撫でた。
襟足がちりちりする。
数え切れないほどのトラブルによって鍛え抜かれた勘が、雲行きの怪しさを感じとっている証拠だった。
「ダグ!」
アスカを伴ったミサトが、語気荒く彼の名を呼ぶ。
「・・・・・・おっかない顔して、どうした?」
ダグラスは用心深く、二人の美女を窺う。
「エリカが、今回の件について、あなたから説明を受けろと。シナリオE-8に変更だと言えば判るって」
ミサトは無表情だったが、相当、腹に据えかねているのだろう。酷く冷ややかな声で言った。
その半歩後ろに立つアスカも、怒りを抑えかねている表情である。
(・・・・・・そういうことか)
二人の訪問理由と、その怒りを正確に察したダグラスは、内心、溜息を吐いた。
(エリカの奴、一番面倒なところを俺に押し付けて、逃げやがったな)
「ダグ!」
「まあ、待て」
99.99999999%抗議であろうミサトの言葉を制して、ダグラスは対面のベンチを指した。
「落ち着いて、まずは座れや。話はそれからだ」
一瞬、眉を顰めたが、ミサトは言われた通り、どすん、とベンチに腰を下ろす。
アスカの方は、こんなやつの言うことを聞くものか、とばかりの態度で、立ったままでいる。
不審感を隠そうともしないアスカに、ダグラスは思わず苦笑した。
そして、ドイツ語に切り替え、声をかける。
「お嬢さんも座るといい。昨日今日で、だいぶ疲れてるだろう?」
アスカの表情が、僅かに変わる。
ダグラスは、英語に切り替えた。
「それとも、言葉が判らないか?」
「馬鹿にしてるの?!」
アスカは、日本語で叩き付けるように言う。
だが、ダグラスは苦笑でいなした。
「そんなつもりはないんだがな。ただ、そうやって威嚇されると、話し辛い」
再び、日本語に戻して言う。
アスカはむっとした表情のまま、ミサトの隣に勢いよく座った。
「結構」
ダグラスは頷いた。
「それで? シナリオE-8とやらの説明をしてもらいましょうか」
ミサトは、硬い声で問う。
ダグラスは、やれやれ、と言った風情で溜息を吐くと、彼女に苦笑めいた視線を向けた。
「恐らくエリカは、誤解させるような言い回しをしただろうから、先に言っておくが、俺達は最初から、霧島マナを『物理的』に殺すつもりはなかった。そうしない方向で、すべての計画をたてた」
「「え?」」
アスカとミサトの表情が、驚きのそれに変わる。
「元々、シナリオは二通りあった。そちらのお嬢さんが、霧島を憎んでいるままなら、彼女を『殺す』。お嬢さんが、彼女を許せたなら、Nervは何もしない・・・・・・そういう予定だった」
「・・・・・・私が、マナの生死を決めたってこと?」
アスカは、呆然と呟く。
「まあ、そういうことになる」
ダグラスは、軽く肩を竦める。
「お嬢さんと霧島の心理負担を考えたら、お嬢さんの意向に添うことが、最善だと考えたんでな」
ダグラスの視線が、ミサトを向く。
「だから、ミサトを焚き付けて、遺言を届けに行かせた・・・・・・お嬢さんが、霧島の存在をどう思っているかを、知るために」
自主的に起こした行動だと思っていたことが、実際はいいように踊らされていただけだった、という不快な事実に、ミサトの表情が歪んだ。
それに気付いたダグラスは、頭を下げる。
「騙すような真似をして、ミサトには悪いことをしたと思ってる。だが、そのおかげで、お嬢さんは、霧島を許した」
顔を上げ、ダグラスは微笑む。
「よって、霧島は身柄を保安部預かりとされるが、監視以外、特に何もしないという措置が執られる・・・・・・それが、シナリオE-8」
「・・・・・・もし、私が、マナを許さなかったら、どうなっていたの?」
先程よりは、幾分か表情を和らげたアスカが訊く。
「その場合は、他の敵対組織への牽制も兼ねた、霧島に対する『罰』として、各メディアに彼女の顔と名前を公開し、世論という裁きを与える。同時に、情報提供の代価として、死刑にした、という情報だけを流し、実際には顔を整形させ、別な戸籍を用意して、この街から離れさせる。先刻も言ったとおり、『霧島マナ』と言う名前の、『霧島マナ』という容姿の人間は、『死』に、お嬢さんとは二度と逢えなくなるはずだった」
「・・・・・・だから、『遺言状のようなもの』?」
ミサトが言う。
「そうだ」
ダグラスは頷いた。
「・・・・・・殺されない、っていうのは判ったわ。じゃあ、マナはどこに連れて行かれたの?」
アスカは、問いを重ねる。
ダグラスの視線が、泳いだ。
話せば確実に、二人が激怒することが予測できるためである。
「ダグ?」
不審そうなミサトの声に促され、ダグラスは溜息を吐くと、覚悟を決めて、口を開いた。
「・・・・・・今頃は、あるところで、第三新東京市爆弾テロ事件の犯人グループの一員として、テレビインタビューの収録中」
「何ですって?! どういうことよそれ?!」
「何もしないんじゃなかったの?!」
いきり立つアスカとミサトが、噛みつかんばかりの勢いで言う。
「そう喚くな。いくらなんでも、無罪放免、ってわけには行かないんだよ。それに、強制はしてない。あくまでも霧島の自発協力だ」
予想通りの反応に、ダグラスは渋い顔でたしなめる。
「心配しなくても、彼女だと特定できないようにするさ。匿名で、顔はモザイク、声は変換して、犯人としてよりも、ゼーレはこんな子供までも利用していた!って煽らせて、被害者としての面を強調して報道させる。最初は、彼女に対する非難も上がるだろうが、それ以上に、ゼーレは非道な組織だっていうキャンペーンを張るからな。すぐに同情論一色になるだろうよ」
以前のNervのように、強制的に情報を統制し、虚偽を流すわけではない。
事実だけを報道させるのだが、センセーショナルな話題を好む大衆の心理を利用し、完全にNervの思惑通りの世論を作る。
恐ろしく洗練された情報操作だった。
「計画の全容はこんなもんだが・・・・・・納得してもらえたか?」
「・・・・・・一応は」
すべてを聞き、だいぶ落ち着いたアスカは、小さく頷く。
だが、ミサトは不満げな表情だった。
「・・・・・・どうして、私には教えてくれなかったの? 私も一応、幹部なんだけど?」
またも情報から取り残されたという、疎外感と屈辱感から、ミサトの口調に、棘が混じる。
「最後まで、どう転ぶか判らなかったから、黙っていたんだが・・・・・・悪かった。今回の件は、二人にだいぶ迷惑をかけたな。申し訳ない」
ダグラスは、再び頭を下げた。
素直に謝られると、それ以上言えないのがミサトである。
「・・・・・・いいわ。終わりよければすべて良し、って言うし」
胸の中にわだかまるモノを吐き出すように、溜息を吐いて言った。
「アスカ、行きましょう」
「うん」
二人は、ベンチから立ち上がった。
「そう言えば、シンジの様子は見に行ったか?」
不意に、ダグラスは訊く。
シンジの名を聞いて、アスカの肩が、びくりと震えた。
マナの事はともかく、シンジの事に関しては、まだ彼女の中で、整理できていないようだった。
「いいえ。まだ、面会謝絶らしいから・・・・・・」
顔色の変わったアスカの様子を横目で見ながら、ミサトは答える。
唐突な話の展開だが、彼女はその意図するところを、正確に見抜いていた。
マナとの関係が修復できた今、シンジとの関係も、元通りになって欲しい。
ダグラスだけでなく、ミサトもそう思っていた。
「実際は大したことないんだがな。見舞いに行ってやってくれるとありがたい・・・・・・できれば、そちらのお嬢さんも一緒に」
ダグラスは、穏やかに言う。
「そうね」
ミサトは曖昧に頷くと、身を硬くしたままのアスカの肩に、軽く手を置いた。
「さ、行きましょ。アスカ」
そして、二人は踵を返す。
「じゃあね、ダグ」
「ああ・・・・・・悪かったな」
ゆっくりと、二人の足音が遠ざかる。
ダグラスは溜息を吐くと、殆ど手を着けていない缶紅茶を、ゴミ箱に放り込んだ。
*
*
*
日付が変わって数時間後、発令所は、ようやく警戒態勢までランクが落とされた。
「ちょっと、仮眠してくる。すまんが、これ全部、MAGIに記録してもらえるか?」
ちらりと時計を眺めたダグラスは、マヤにメモを渡す。
「あ、はい」
マヤは、怪訝そうな顔をしながら頷く。
そこには、世界各国の、地上波、衛星波、ケーブルTV、ウェブTVのコンテンツ名が、ずらりと書き並べてあった。
「じゃ、頼む・・・・・・もし、何かあったら、構わないから起こしてくれ」
「判りました」
ダグラスは、発令所を出て行く。
マヤは、MAGIを操り、メモに書かれていたコンテンツすべてを記録するように手配する。
そして、自分のモニターの片隅に、TV画面のウインドウを作った。
程なくして、番組が始まる。
「・・・・・・何?」
微かに聞こえはじめた音に反応し、日向が後ろから覗き込む。
「ウエリントン一尉が、記録してくれって」
| 番組のテロップ アンカーウーマンのバストショット 右上隅に「LIVE」の文字 アンカーウーマンが、型どおりの挨拶をする 「・・・・・・日本の第三新東京市で起きた爆弾テロ事件で、当局と司法取引をした犯人グループのうちの一人と、接触をすることができました。 今日は、その衝撃の告白を、アリス・スペンサーが生中継でお伝えします」 カメラが引く 薄暗い部屋 「現在、彼女は生命を脅かされる立場に居るため、顔は勿論のこと、名前や声も伏せさせていただくことをご了承下さい」 カメラの正面に、アンカーウーマン 手前に人影 カメラワークと光の加減で、華奢な顎のラインだけが見える |
「・・・・・・これって」
二人は、思わず顔を見合わせた。
「重要機密事項の漏洩じゃないの?」
マヤが、同意を求めるように呟く。
「いや、あの人が仕掛けたんだろう・・・・・・恐らく」
日向は、画面を食い入るように見つめながら答える。
| 「まず、あなたの属していた組織について、教えて下さい」 「・・・・・・Seeleです」 アメリカ西部の発音に音声変換がかけられる 「Seeleといえば、約二年半前、人類補完計画という名の災害を起こそうとした、狂信的組織ですね?」 「そうです。私はそこで育てられました」 |
(・・・・・・巧くやってるわね)
テレビカメラの死角に立ったエリカは、満足げに頷いた。
公式の組織であるNervが、非公式の敵対組織とはいえ、特定集団に対する糾弾を、テレビというメディアを通じて、世間一般に広めてはならないという政治的見地と、マナの身元が割れることによって、いまだ公にされていない、エヴァパイロットの身元までも特定される恐れがあるという保安上の理由から、番組へのNervの関与の事実と、マナの身元を秘密にすることを条件に、番組の内容はテレビ局の自由を認める、という契約を交わしていた。
そのため、事前に打ち合わせをしてあるものの、生放送であるが故に、質問の内容や、それに対する回答が、Nervにとって好ましくないものになることもあり得たが、なんとかなりそうだった。
彼女が見守る中、次々と質問が発せられ、Nervの思惑通りの番組内容になってゆく。
| 「・・・・・・つまり、善悪の判断が定まらない子供のうちから、Seeleへの忠誠を植え付け、意のままに動く工作員を『生産』しているということです」 「それは、一種の洗脳ですね。 そこにいる間、当然ながら、自分がやっていることに、疑問を持たなかったわけですね? 疑問を持てるような教育を受けていないわけですから」 「そうです」 「あなたはそこで、どんな訓練を受けたのですか?」 「主に諜報分野ですが、武器の扱い方や、格闘など、破壊工作の訓練も受けました」 「辛くはなかったですか?」 「辛かったです。 でも私には・・・・・・ そこにいた子供達は皆、逃げる場所がなかったのです。 精神的にも、肉体的にも」 「それは、帰る家という意味と、精神的な拠り所という意味?」 「そうです。 それに、辛い訓練を無事終えて、組織の大人達に認められることが、私達にとってのステータスでした」 「なるほど」 |
Nervから釈放されたあと、自分が巻き込まれた一連の事件の全容を掴もうと考えたケンスケは、ウェブTVで、それを見つけた。
「・・・・・・霧島?」
顔は見えない。
音声も変換されている。
だが、彼女以外にあり得なかった。
「どういうことだ・・・・・・?」
| 「では、あなたは、どういう命令を受けて、第三新東京市にやってきたのですか?」 「私達は、親子という設定で、第三新東京市に行きました。 長期間の潜入の予定だったので、持ち家を確保したり、様々な行動をとるにあたって、親子連れの方が、圧倒的に疑われずに済みますから。 勿論、本当の親ではありません。 彼は上官であり、工作員です」 「それは噂されているとおり、Nervへの敵対行為のため?」 「そうです。 ・・・・・・もっとも、私は作戦の詳細を知らされては居ませんでした」 |
シンジは、甲斐が持ってきてくれたノートパソコンを、右手一本でぎこちなく操っていた。
MAGIと接続されているそれは、全世界へ中継されている、第三新東京市爆破テロの犯人の告白番組を映している。
そして、どこのコンテンツにあわせても、同じ番組を放送していた。
「独占放映権を持ってるところが、転売したのか・・・・・・エリカの仕業だな」
| 「・・・・・・・ということは、第三新東京市爆破テロに関して、なんらかの指示を受けたわけではないと?」 「はい。 私は末端の人間でしたから、与えられる情報は殆どありませんでした。 詳細について知っていたのは、もっと上の立場の人間だけです」 |
ダグラスとの面談の後、結局、アスカは病室へは戻らず、ミサトと共に自宅へと帰った。
本来ならば、大事をとって、早々に休んでいなければいけないのだが、ミサトと並んでリビングに座る彼女の視線の先には、淡々と己のことを語るテロリストの少女が居た。
「マナ・・・・・・」
| カメラがズーム 再びアンカーウーマンのバストショット 「・・・・・・我々としては、この証言を元に、人権擁護と児童福祉の見地から、ユニセフなど関連公的機関に訴えかけていきたいと思います。 なお、第三新東京市爆破テロに関する詳細は、司法当局の捜査結果が待たれます。 ・・・・・・以上、アリス・スペンサーがお送りしました」 テロップ |
この番組は、その放映時間帯が、どこの国でも『ゴールデンタイム』に掛からなかったにも拘わらず、驚異的な視聴率を記録した。
そして、放送が無事、終了すると同時に、世界中からゼーレへの非難と、組織に利用された名も知らぬ少女への同情論が、一気に吹きあがった。
*
*
*
第三新東京市は、曇天模様の朝を迎えていた。
「・・・・・・アスカ?」
いつもの時間通りに起きたミサトは、既に朝食の用意を終えかけているアスカを、驚いたように見る。
「おはよう・・・・・・もうすぐできるから」
アスカは、ちらりと振り向いて言う。
昨夜は、ほとんど寝ていないのだろう、目が赤い。
「・・・・・・身体の方は大丈夫なの?」
ミサトは敢えて、そういう訊き方をした。
さすがに、心理的な方は大丈夫か、などと訊けはしない。
「一応、耳鳴りは落ち着いたし、あとは擦り傷みたいなものだから」
アスカは、淡々と応える。
「なら、いいけど・・・・・・」
ミサトは、アスカの物言いに、少し引っかかりを感じたが、取り敢えず頷くと、洗顔を済ませて来る。
と、軽やかな電話のベルが鳴り響いた。
「あ、出るから」
コンロの前に立っているアスカに、ミサトは声をかけ、電話を取る。
「はい、葛城です」
『おはようございます、甲斐です』
「あ、おはようございます」
昨日、数分話しただけのシンジの主治医の顔を思い出し、ミサトは挨拶を返す。
『朝早くから済みません。起こしてしまいましたか?』
「いえ・・・・・・どうしたんですか?」
『今日の午後には、シンジの面会謝絶を解除できますので、それをお伝えしようと思いまして。それと、ダグからの伝言が』
「何でしょう?」
『今日一日は、お嬢さんについていろ。それが今日の仕事だ』
甲斐は、ダグラスの口調を真似て言った。
つまりは、アスカを連れて、シンジを見舞いに行け。あるいは、なんとしてでも、アスカとシンジを会わせろ。と言うことである。
「判りました」
ミサトは頷き、ふと疑問に思ったことを口にした。
「でも・・・・・・何故、そこまで肩入れするんですか?」
アスカに聞こえていることを考慮して、固有名詞を省いて訊く。
『シンジが、彼女をどれだけ大切に想ってるか、私達は知っていますからね』
甲斐は、穏やかに言う。
『だから、結果はどうあれ、きちんと話し合う機会を与えたいんですよ』
ミサトは振り返り、テーブルの上に皿を並べている少女を見、答えた。
「・・・・・・判りました。ダグには、ご期待には添えないかもしれません、と伝えて下さい」
電話の向こうの甲斐は、少し笑ったようだった。
『では、よろしくお願いします』
そう言って、甲斐は電話を切った。
「・・・・・・誰から?」
自分の向かい側に座ったミサトに、アスカが訊く。
「ん? 病院からで、シンちゃんの面会謝絶が、午後には解除されるって」
「そう・・・・・・」
ミサトは、硬い表情のアスカに微笑みかけた。
「お見舞い行くけど・・・・・・アスカはどうする?」
ダグラスや甲斐に煽られたが、ミサトとしては、無理強いする気はなかった。
今日、焦って逢わせる必要はない。
時間はたっぷりあるのだ。
「・・・・・・行く」
だが、アスカは意外にも承諾した。
「それじゃ、1時頃出かけましょ? そのつもりでいてね」
「・・・・・・うん」
アスカは頷く。
「さて、ご飯にしましょうか?」
ミサトは微笑んだ。
そして、ぎこちなくも、いつも通りの朝が始まった。
*
*
*
シンジの面会謝絶が解除されたのは、彼が目覚めてから、丸二十七時間経過した後だった。
それを待っていたかのように、リツコが病室を訪れる。
「・・・・・・具合は、どう?」
「大丈夫です」
シンジは、微笑んで答える。
「そう」
安堵したような、だが、どこか作り物めいた笑顔で、リツコは頷いた。
「・・・・・・リツコさん」
笑顔を収め、シンジはリツコを見る。
彼女は、居心地悪そうに、その視線を外した。
それだけで、意味は通じた。
「あなたは、聞いていたのね?」
「はい」
リツコは、躊躇いを押し出すように、小さく溜息を吐いた。
「・・・・・・あの人は、今朝、行ったわ」
リツコは、皙い顔を伏せる。
その表情は、栗色の髪に隠され、ベッドに横たわったシンジの目線からでも、窺うことはできない。
「レイとカヲルがね・・・・・・まだ判らないから、バイバイって言うの・・・・・・いつも、あの人が出掛ける時と同じように」
シンジは、いたわるような視線を、義母に向けた。
「・・・・・・そんなに気を落とさないで下さい。父さんなら、きっと大丈夫ですよ」
「でも・・・・・・あの人が、帰って来るとは限らないわ・・・・・・いいえ、むしろ・・・・・・」
リツコの声は、微かに震えている。
「大丈夫ですよ。父さんが帰ってくることを、信じて下さい・・・・・・おかあさん」
シンジは静かに言い切った。
それは、どんな言葉よりも、リツコのこころに響く。
(この子は・・・・・・)
ダークサイド ケルベロス
(人を殺し、暗黒社会で『地獄の番犬』と恐れられるようになっても、変わってない・・・・・・)
(本質は、優しい、シンジ君のままなのね・・・・・・)
やがて、リツコは、ゆっくりと顔を上げた。
「そうね・・・・・・私が信じなきゃね・・・・・・」
その頬には、一筋の涙が伝っていたが、リツコは本物の笑みを浮かべる。
「ごめんなさいね・・・・・・お父さんこと、知らせるつもり来て、逆に慰められるなんて」
「いいえ」
シンジは微笑む。
「邪魔してごめんなさい・・・・・・それじゃ、ゆっくり休んでね」
リツコは涙を拭い、もう一度笑ってみせると、病室をでた。
物音一つしない、無人の廊下を歩き、扉が開け放されたままの医局を覗く。
中には、甲斐しかおらず、その彼は丁度、電話を切ったところだった。
「・・・・・・お邪魔しました」
リツコは、声をかける。
「おや? もういいんですか?」
「はい」
「今、連絡がありましてね。もうすぐ、葛城さんと惣流さんが来ますよ」
このフロアは、監視装置の類を仕掛けていないかわりに、シンジの専用となっており、甲斐の認可を得た人間しか、出入りできないようになっていた。
「アスカも?」
ミサトから、シンジに隔意を抱くアスカの様子を聞いていたリツコは、意外そうな声をあげた。
「ええ・・・・・・来たようですね」
「あ、リツコ?」
甲斐の言葉とほぼ同時に、ミサトの声が響く。
「二人とも、いらっしゃい」
リツコは振り返り、花束を抱えた親友とその妹分を迎えた。
「早いわね。もうシンちゃんと逢ってきたワケ?」
「ちょっと、用事があったから」
リツコはそう言いながら、アスカを見る。
微笑むミサトとは対照的に、彼女の表情は不安に彩られていた。
「そう。それじゃ、私達も逢ってくるわ」
ミサトは、アスカを促す。
「アスカ」
リツコは、少女を呼び止めた。
「・・・・・・何?」
アスカは振り返る。
彼女へ向けて、リツコは、包み込むような笑みを見せた。
「シンジ君は、確かに変わったかもしれない。でも、それは私達を護るため・・・・・・それを、理解してあげて」
不意に、アスカは、サードインパクトを思い出した。
「ずっと、守るから」
それは、シンジのくれた言葉。
彼は、約束通りにしてくれたのだ。
「・・・・・・判ったわ」
アスカは、ゆっくり頷いた。
*
*
*
「どうぞ」
ノックの後に聞こえた声に、アスカは思わず緊張している自分を発見した。
「はぁい! 美人のおねーさんと、可愛い女子高生がお見舞いに来てあげたわよ~!」
ミサトは、いつもの軽いノリで、部屋に入って行く。
アスカは無言で、その後に続いた。
「具合はどぉ? シンちゃん」
ミサトはベッドサイドに歩み寄ると、シンジの顔を覗き込む。
アスカは、少し離れたところで立ち止まった。
「大袈裟にしてますけど、大したことはありません」
シンジは、柔らかな笑顔で答える。
「・・・・・・それより、アスカの方が」
視線をアスカへ転じたシンジは、彼女のぎこちない雰囲気に、口を閉ざしてしまう。
ミサトもまた、少女の顔に滲む戸惑いと怯えを読み取って、苦笑する。
(・・・・・・荒療治、してみますか)
ミサトは、敢えて博打に出ることにした。
「せっかくお花を持ってきたのに、この部屋って、花瓶がないわねぇ・・・・・・ちょっち、探してくるわ」
「ちょ・・・・・・ミサト?!」
アスカが、焦ったような声をあげる。
「何、アスカ?」
少女の考えを見切っていながら、ミサトは、わざとらしく訊いた。
「え、あの・・・・・・」
アスカは口ごもる。
シンジと急に二人きりになって、気まずくなるのは嫌だから行くな、などとは、さすがに言えない。
「まあ、しばらく、二人でゆっくり話してなさい」
ミサトはそう言うと、通りがかりに、アスカの背を、ベッドの方へ向けて押す。
不意を突かれて、アスカはシンジの枕元へと押し出された。
「ミサト!」
「あ、私がいないからって、怪我人襲っちゃだめよん?」
突き飛ばされて怒るアスカを、お約束とも言うべき発言で躱し、ミサトは花を抱えたまま、病室を出ていった。
後に残された二人の間に、複雑な沈黙がおちる。
それは、さぐり合い、とも言うべきものだった。
アスカはシンジに対し、怯えがあった。
シンジはアスカに対し、引け目があった。
互いを窺い、言いたいことがあるのに、どうやって話しかけていいのか判らない。
その窒息しそうな場を破ったのは、シンジだった。
「あの・・・・・・アスカ」
「・・・・・・な、何?」
突然話しかけられ、驚いたアスカは、素っ気無い物言いをしてしまう。
「耳鳴りがするって聞いたけど、大丈夫?」
気遣うような、ほんの少し気弱げな表情。
それは、アスカの知る14歳の頃と変わらぬものだった。
たったそれだけのことで、アスカは少し落ち着く。
「・・・・・・別に大したこと、ないわ」
「よかった」
シンジは、ほっとしたように微笑む。
アスカが一番惹かれる、こころに沁みるような優しい笑顔。
その表情に、彼女はどきりとし、紅潮する頬を隠すように、顔を背けた。
「わ、私なんかより、アンタのほうがよっぽど大怪我でしょうが」
どもりながら、なんとか会話を繋げる。
だが、それに対する返答はなかった。
不審に思ったアスカは、そっとシンジの顔を窺う。
「・・・・・・俺は、いいんだよ」
しばらくの沈黙の後、シンジがぼそりと呟く。
「それより、巻き込んでごめん」
「・・・・・・どういう意味?」
不審そうに、アスカは訊く。
「霧島さんを使っていた連中は、俺を捕らえるために、アスカを人質にしようとしたんだ・・・・・・だから、俺が居なければ、アスカは、こんな騒ぎに巻き込まれて、誘拐されたり、殺されそうになったりすることなんか、なかった。俺が居なければ、霧島さんがスパイだなんて、知らずに済んだ」
シンジは、目を伏せる。
「アスカにこの前、訊いたよね? 今、幸せか、って。君は幸せだって、答えた」
独白するかのように、少年は言う。
「でも、俺がその幸せを壊した・・・・・・それだけじゃない。使徒との戦いの時だって、俺はアスカを傷つけることしかできなかった。昔も今も、俺は、アスカを不幸にすることしかできない」
端正な顔が、悔恨と哀しみに歪む。
「シンジ・・・・・・」
アスカは、思わず彼の名を呟く。
(シンジは、変わってない・・・・・・)
(確かに、平気で人を殺せるような人間になったけど・・・・・・)
(本質的なところは、ちっとも変わってない・・・・・・)
(いつだって、自分のことより、他人のことばっかり心配して・・・・・・)
(馬鹿みたいに優しくて・・・・・・)
(悪いことがあると、何でも自分の所為だって、内罰的に考えて・・・・・・)
それは、アスカが好きなシンジ。
「・・・・・・嫌な思いをさせて、ごめん」
シンジは、ゆっくりと首を巡らせ、視線をアスカにあわせる。
「もう二度と、君の前には現れないから、赦して欲しい」
「え?!」
突然の言葉に、アスカは唖然とする。
「何言い出すのよ?!」
「俺が傍にいると、アスカを傷つけることしかできないから・・・・・・」
それきり、シンジは表情を消し、口を閉ざす。
だが、その無表情の中に、アスカは深い哀しみを感じ取った。
(やっぱりコイツは、変わってない・・・・・・)
(私の好きな、バカシンジのままだ・・・・・・)
いつの間にか、シンジに対する怯えは、きれいに消えていた。
その代わり、アスカの中に、シンジに対する愛しさが込み上げてくる。
その想いに勇気づけられ、アスカは大きく息を吸った。
(行くわよ、アスカ)
「うそつき」
「え?」
突然、詰るように言われ、シンジは目を丸くする。
「サードインパクトの時、『ずっと傍にいる』って、アンタ私に言ったじゃない。約束破る気?」
ずっと傍にいる。
ずっと守る。
「私の『幸せを壊した』? そう思うなら、責任とんなさいよ」
真っ直ぐな視線が、シンジを射抜く。
「『俺が傍にいると、アスカを傷つけることしかできない』? そんなの当たり前でしょ。他人と関わり合って生きている以上、傷つかないことなんかないんだから」
アスカは、シンジの台詞を、普遍化してみせる。
「でも、私はそれを嫌だとは思わないわ。確かに、傷つけられるのは嫌だけど、私が誰かを傷つけることもあるし、それ以上に人と触れあうのは、嬉しいことだもの」
シンジは、目の前の少女の内面の変化に驚いた。
彼同様、自分のことで精一杯だったアスカのこころが、他人を受け入れられる余裕と、しなやかな勁さを得たことに。
恐らくそれは、周囲の人々の支えや、様々な経験を経た結果なのだろう。
それだけで、この二年余の間は、彼女にとって、とても幸せな時間だったのだと判る。
「・・・・・・アスカ」
シンジにとって、アスカの変化は、眩しいものだった。
それ故に、シンジは、自分の『立場』を思わずにはいられない。
(やっぱり俺は、アスカの傍に居てはいけない)
(彼女の平穏を壊す、血塗れの手をもつ俺は)
シンジは、アスカの視線を遮るように、自分の眼前に右手を翳した。
包帯を巻かれた手。
ナイフを握り、銃の引き金を引き、命を摘み取る、手。
「・・・・・・でも、アスカは俺が怖いだろう?」
右手を強く、握りしめる。
「俺は、人殺しだから」
沈黙。
不意にアスカは、シンジの握りしめたままの右手を、自分の両手で包みこんだ。
その予想外の行動に、シンジは思わず、彼女の顔を見る。
「・・・・・・そりゃ、最初はね。びっくりしたし、怖かったわ。他人を傷つけることを嫌っていたアンタが、あんなふうになるなんて思ってもいなかったから」
アスカは一旦、手を離すと、シンジの握り拳を、そっと開かせていく。
「でも、今は平気。怖くなんかない」
開かせた手を、再び両手で包む。
「だって、この手が私を助けてくれたんだよ?」
包帯越しに、アスカのやわらかな温もりが、シンジに伝わる。
「今回だけじゃない。いつだって、この手は、私を助けてくれた」
マグマの中で。
サードインパクトの中で。
アスカに差し伸べられた、手。
「アンタのことだから、こうなるまでにはいっぱい悩んで、いっぱい苦しんだんでしょう?・・・・・・だから、例え世界中の人が、シンジを罪人だと責めても、私だけはシンジを赦すわ」
儚くも、美しい、聖母のような笑み。
そして、アスカは囁くように言った。
「好きよ、シンジ」
「・・・・・・アスカ」
突然の告白に、シンジは戸惑う。
自分を受け入れてくれると言ったアスカ。
だが、そのことが、彼女を傷つけるのではないかという考えから、抜け出すことができない。
「・・・・・・でも、本当に俺が傍にいて、いいの?」
「デモもストもないわ。私がいい、って言ってるの。第一、約束したのはアンタでしょ」
怒りか羞恥か、頬を朱に染めたアスカは、むっとしたように言う。
「それに、こういう時に言うのは、一言だけよ」
シンジは、暫く無言で、アスカを見ていた。
何かを思うように、一瞬目を閉じた後、その顔に、曇りのない微笑みが浮かぶ。
「ありがとう」
自分を受け入れてくれて。
「好きだよ、アスカ」
堪えかねたように、アスカは目を伏せる。
長い睫毛が震え、なめらかな頬を、涙が一筋伝う。
シンジは、右手を優しく引き抜くと、彼女の頬を拭った。
「もう一度約束するよ。ずっと傍にいる。ずっと君を守る」
それは、二人だけの約束。
「シンジ・・・・・・」
アスカは目を閉じ、顔を傾けた。
シンジの手が、そっと彼女の髪をかきあげる。
ゆっくりと二人の距離が縮まり、やがて静かに、唇が重なった。
瞬間、
「いやぁ~、お待た・・・・・・」
花を生けた花瓶を抱えたミサトが、勢い良くドアを開ける。
一瞬にして、アスカはベッドと反対側の壁際に張り付き、ベッド上でのけぞったシンジは、傷の痛みに呻く。
ミサトは無言で、そのままドアを閉じた。
「・・・・・・ちょ~っち、タイミング悪かったかな?」
引きつった笑みを浮かべる。
しばらくの間、シンジとアスカの二人がからかわれ続けたのは、言うまでもない。
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※この物語はフィクションであり、現存する組織、団体、個人などとは一切関係ありません。
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Ver.1.0 1999.10.11
誤字・脱字・用語ミス、その他感想などございましたらこちらまで
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【真夜中は別の顔、対談(含次回予告)】
しすたー:・・・・今、何時?
ぶらざー:・・・・・・えと、二十四時間制でも、十二時間制でも二時。
しすたー:ね、眠い・・・・眠すぎて、たったこれだけの文字打つのに、三回もミス・・・・あ、またミスった
ぶらざー:はははははははははははは~~~~~~~~~~~~~~~~(^^;)
しすたー:なんか、コレ(あとがき対談)やるのも久しぶりだね。やっと「決戦第三新東京市(←我々の中での呼称)」終わったし
ぶらざー:姐さん、皆さん、大変遅くなり、もーしわけございません!!
しすたー:一応、今までで一番大きいファイルサイズだね。それにしても今回すごかったよね~、書いている最中に作ったファイルの数。二十個くらい作った?
ぶらざー:正確にカウントしてないけど、それくらい。どーしても納得いかなくて、ワンシーンにつき、五種類くらい作ってみたりして、夢に見るほど悩んだ(笑)
しすたー:で? このレベル?
ぶらざー:・・・・・・い、一番自分が気にしてることを~~~~~~~~~~~~っ
しすたー:今更大丈夫よ。だぁれも仕上がり期待してなかったと思うから
ぶらざー:ぐっ! き、キツイ(^^;) でも、否定できない(T_T)
しすたー:で? 次回はどうなるの?
ぶらざー:姐さん、むっちゃ機嫌悪いですね(^^;)
しすたー:私はさっさと寝たい
ぶらざー:・・・・・・え~と、次は看病話か、学園に戻ります。
しすたー:まだ止めないんだよね?
ぶらざー:書きたいイベントが、まだ2~3あるし、それに、約束した件もあるので。
しすたー:それでは次回「安息」でお会いしましょう
ぶらざー:感想来たら、ムチ入りますんで、よろしく!!
おあとがよろしいようで?
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感想・ご意見などをおまちしております
ぶらざー玲&しすたー尚韻