「・・・・・・質問はこれで終わりよ」
エリカは、腕時計に視線を走らせて言った。
マナは、思わず溜息を吐く。
昨日、今日と、寝る時以外、この部屋に缶詰にされ、ゼーレに関する情報の聞き取りが行われていた。
「あなたへの聴取は、以上でおしまい。これから家に帰って、今までどおり、普通に生活して頂戴。勿論、明日から学校に行ってもらって構わないわ」
「え?」
マナは、驚いたようにエリカを見る。
「最初に言ったとおりよ。監視がつくほかは、あなたの生活は一切変わらないって」
「・・・・・・それは聞きました。でも、何故ですか?」
なぜ、そこまで普段通りの生活をさせようとするのか。
言外の問いかけに、エリカは笑ってみせる。
「死にたかった?」
「・・・・・・いえ」
マナは目を伏せた。
「まあ、少なくとも、あなたの為じゃないわね。そもそも、あなたを物理的に殺さなかったのは、シンジが決めたから。そして、『霧島マナ』を生かしておいたのは、惣流さんの決断を尊重したから」
エリカは、言いながら、ノートパソコンを閉じる。
「このゴタゴタに乗じて、あなたを第三新東京市の外に放り出す方が、ラクと言えばラクなんだけれどね。それですぐ殺されたんじゃ、さすがに寝覚めが悪いもの」
「あ・・・・・・」
「驚くことはないでしょ? それとも、あなたの組織は、裏切り者を生かしておくほど寛容なの?」
エリカの言葉に、彼女は黙って首を横に振る。
「もっとも、私達にしても、そんな情緒的な理由だけで、あなたを助けるわけではないけれどね」
エリカは机の上に肘をつくと、組み合わせた両手の上に、形の良い顎を乗せた。
「『鳴子』って、知ってる?」
「・・・・・・敵が近付いてきたことを知らせる、あれですか?」
突然の質問に、戸惑いながらも、マナは答える。
そして、その問いの真意に考えを巡らせ、表情を硬くした。
「私に期待されているのは、『鳴子』役だと?」
「賢い子は好きよ?」
エリカは、見事なまでに、上っ面だけの笑顔を作る。
「尤も、あなたはお飾りだけどね。鳴ればよし。鳴らなくても、特に問題はない。まあ、いざとなったら、惣流さんあたりの盾になってくれれば御の字」
「・・・・・・ 交換条件、ですか?」
私が生きるための。
「そうとってくれて結構よ」
マナは、一瞬だけ目を閉じると、エリカの目を見返して、静かに答えた。
「・・・・・・判りました。『鳴子』になります」
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天と地のはざまで <7>
終息、そして安息
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「おはようございます」
「2018年6月25日月曜日。今週も始まりました、『グッドモーニングT-3』。先週は、第三新東京市同時多発爆弾テロによる特別編成番組をお届けしてきましたが、今日からは、テロに関する続報を中心として、ほぼ平常通りの番組となります」
「先週は番組をご覧の皆様も、大変だったかと思います」
「被害に遭われた方々に、番組一同、心よりお悔やみ申し上げます」
「さて、市内も徐々に落ち着いてきたようですが」
「今日からは、比較的被害の少なかった公官庁や企業、それから休校になっていた学校なんかも再開されるようですね」
「列車も一部を除き、平常通りの運転を再開しているようです」
「道路状況も含めた交通情報については、後ほどまとめてお伝えします。それでは、早速行ってみましょう。『月曜朝イチ朝刊読み比べ』のコーナーです」
「はい。今日の一面トップは、これですね。国連特務機関Nervの総司令、碇ゲンドウ氏辞任」
「一般紙からスポーツ紙まで、全部これですね」
「日本時間の昨夜、国連本部のあるワシントンD.C.で、国連スポークスマンによる記者会見があり、発表されました。碇総司令は、先月の爆弾テロで受けた怪我をおして執務をこなしていたが、ここにきて容態が悪化したため、現職を退き、治療に専念するとのことです。なお、後任には、副司令の冬月コウゾウ氏が就任するとのことです」
「Nervの総司令と言えば、何と言っても激務でしょうから、重傷の身をおしてということは、相当の負担がかかったんでしょうね」
「そうですね。一刻も早い回復をお祈りいたします」
「さて、次はやはりこれですね。第三新東京市同時多発爆弾テロの続報です・・・・・・」
*
*
*
アスカが普段通りの時間に登校すると、教室には既に、殆どのクラスメートが顔を揃えていた。
「おはよう!」
「おはようございます!」
アスカに気付いた、ヒカリとマユミが、声を揃えて言う。
「おはよう・・・・・・皆早いのね」
アスカは、驚いたような表情を浮かべる。
「そりゃそうよ。ずっと皆と連絡とれなかったから、心配で早く来てるのよ」
ヒカリが苦笑する。
「そうですよ。特に、アスカさんとマナさんったら、自宅も携帯も全然繋がらないし・・・・・・心配したんですよ」
マユミが、窘めるように言った。
「・・・・・・ごめんね」
アスカは、ぎこちなく微笑む。
彼女にしろ、マナにしろ、電話どころの騒ぎではなかったのだが、それを口にするわけにはいかない。
「マナはまだ来てないけど、大丈夫かしら?」
ヒカリが、独り言のように呟く。
「アスカさん、マナさんと連絡取りました?」
「取ってないけど・・・・・・たぶん、大丈夫よ」
アスカはそう言うと、話題の転換を図った。
「それより、ヒカリもマユミも、家族とかは平気なの?」
「ええ、大丈夫です」
「私の家も」
二人は頷く。
「よかったわね」
アスカは、心からの笑みを見せる。
その声に被るように、チャイムが鳴り響き、勢いよく扉が開いて、エリカが入室してきた。
生徒達は、席に戻り、ヒカリが号令を掛ける。
「起立! 礼!」
「おはようございます!!」
「着席!」
がたがたと着席した生徒達を見回し、エリカは微笑んだ。
「皆、おはよう。先週のうちに、確認の電話を入れさせてもらっていたけど、こうして皆の顔を見ることができて、安心しました・・・・・・じゃ、出席とります」
生徒の名前を読み上げる。
そして、全員の点呼を終えると、エリカは名簿を閉じ、真剣な表情を浮かべた。
「・・・・・・今日、お休みなのは、伊勢さん、霧島さん、碇君、御崎君です。伊勢さんと御崎君は、ご家族の方が怪我をなさったそうで、その付き添いでお休み。碇君が、ビルの倒壊に巻き込まれて、入院しているそうです。霧島さんは、お父様が亡くなられたので、一週間忌引きになります」
ざわっ、と生徒達の間に衝撃が走る。
その中で、アスカとケンスケだけが、違う反応を見せた。
「静かに! 霧島さんのお父様のお葬式だけれど、親戚の居る第二で密葬ということなので、参列も弔電も遠慮したいそうです。それから、碇君の状態は、それほど悪くないようです。ただ、こういう状況だから、病院も慌ただしいので、お見舞いは遠慮してほしいそうです」
本当の理由を話せるわけがなく、また、一般人が見舞いに来られては困るため、エリカはもっともらしく、嘘八百を並べ立てる。
「先生! シンジは、どれくらいで治るんかいな?」
トウジが声をあげる。
「学校に来られるようになるまでには、2ヶ月近くかかるそうよ」
エリカは、教室内を見回した。
「連絡網でまわした通り、まだまだ大変だと思いますので、今日、明日は短縮授業で、半日になります。明後日から始まるはずだった期末試験は中止。そのかわり各担当の先生から課題がでます。提出期限までは短いけど、それなりの量だから、覚悟してね」
「げええええええええ!!」
「最悪ぅ!!」
「鬼! 悪魔!」
「ひでー!」
途端に、先程とは違う意味で、生徒達がどよめく。
「はいはい! 静かに!! 成績つかなくて、夏休み中補習でもいいの?」
エリカは、底意地の悪い笑みを浮かべる。
クラス中が、げんなりとした雰囲気に包まれた。
「まあ、日頃の成果が試される、ってところね。皆、できるだけ頑張りなさい」
エリカは教卓の上で、出席簿を整えた。
「はい、それじゃ、朝のSHRはおしまい。今週も一週間頑張りましょう! 委員長?」
「起立! 礼! 着席!」
ヒカリが再び、号令をかける。
ちゃくせき、という言葉が終わりきらないうちに、生徒達はわらわらと動き出した。
「あ、惣流さん! ちょっと」
エリカは、アスカを呼んだ。
担任教師がNervのエージェントであることを知り、また、彼女に対して不信感を拭いきれないアスカは、硬い表情のまま教卓の前へ近付く。
「・・・・・・なんでしょう?」
他の生徒達の耳目があるので、彼らに不審がられるような、ぞんざいな口調だけは控える。
「一緒に来て頂戴」
エリカは、アスカを伴い、教室を出る。
急遽中止になったとはいえ、本来ならば試験期間前のため、職員室や講師控室などは、生徒の出入り禁止となっている。そのため、エリカは生徒指導室に向かう。
「入って」
促されるまま、アスカは室内に入った。
エリカは、『使用中』のプレートを掲げると、ドアを閉めた。
そして、自分を睨むように立ちつくす少女に、苦笑を向ける。
「気持ちは理解できるけれどね。学校では、きちんと区別をつけて。それ以外の場では、好きにするといいわ」
たとえ、立ち聞きされても大丈夫なように、最小限の言回しで、意志を伝える。
「・・・・・・用件は?」
対するアスカは、感情を押し殺した、低い声。
昔のように、いきなり喧嘩腰になっていない分だけ、彼女も大人になったといえる。
「放課後、鈴原君と相田君とあなたの3人で、機能研に行って頂戴。今後についての話しよ」
「・・・・・・マナは?」
「霧島さんなら、大丈夫よ。葛城さんが面倒を見てるわ」
その言葉に、アスカは安堵の表情を浮かべた。
マナの処刑に反対したミサトが保護しているとなれば、酷い扱いは受けていないはずだ。
「用件はそれだけ?」
「ええ」
「それじゃ」
アスカは、担任教師の横をすり抜け、部屋を出ていった。
「・・・・・・仕方ないか」
偸閑な隔意に、エリカは肩を竦めると、少女の後を追うように、部屋を出た。
*
*
*
セカンドインパクトによって、オランダのハーグから、国際司法裁判所と共にドイツのケルンに移転してきた国際刑事裁判所(※)は、1998年にローマでの国際会議によって設立が決定された、紛争地域における拷問や虐殺、ジェノサイドなど重大な非人道的行為を犯した個人の責任を裁くための史上初の常設裁判所である。
効力発生の条件である60カ国以上の批准は、セカンドインパクトもあり、難航を極めた。
なにしろ、セカンドインパクト直後には、裁判の要件を満たす事項が、全世界的に多数発生したのである。
しかし、世界情勢が安定化するに従い、また、不遡及の規定を盛り込むことによって、批准国が徐々に増え、2013年になって、ようやく実現を迎えた。
この日、ブラジル人の主席書記官は、一通の告訴状を受け取り、まず書かれていた名前に驚愕した。
原告は、国連隷下の特務機関Nerv、その新総司令である冬月コウゾウ。
被告は、その組織の前総司令である碇ゲンドウ。
そしてもう一人。こちらは何者なのか全く見当がつかない男、キール・ロレンツ。
訴状の内容を読み進めていくうちに、その驚愕は更に深まった。
彼は、直ちにフランス人の裁判所長と、ナイジェリア人の主席検察官に、この訴状を見せた。
セカンドインパクトの真実と、サードインパクト発生の原因。
それは天災ではなく、人災だった。
「これは・・・・・・」
「何という・・・・・・」
呆然という言葉を大言するかのような、裁判所長と主席検察官。
主席書記官は既に、十二分に衝撃を受けた後だったので、二人の反応を静かに見守る。
そして徐に口を開いた。
「いかがしますか?」
その問いに、やっと裁判所長が己の責務を思い出す。
「・・・・・・すぐに審理にあたりましょう。取り敢えず、現在の審理中の懸案をすべて一時停止し、こちらを優先します」
その一言で、開所以来、常に100件以上の懸案を抱えている国際刑事裁判所は、この日から2週間、完全に業務を停止し、この事案のみを審理することになる。
*
*
*
放課後。
アスカは、トウジとケンスケに『シンジの見舞いに行くから、一緒についてきなさい』と告げて、彼らを伴い、学校を出た。
一緒、といっても、どこか暗い表情のアスカがどんどん先行し、その数メートル後を、やはり浮かない表情のケンスケと、友人達の態度が理解できないトウジが着いていくという形だった。
学校をでてから、しばらく歩いたところで、彼らの背後からクラクションが二回、鳴らされた。
反射的に振り返ると、意外な人物が、フォルクスワーゲン・ゴルフの運転席から顔を出していた。
「よっ! 元気か?」
「加持さん?!」
アスカは、青年の傍へ駆け寄った。
「お久しぶりです! いつこっちへ?!」
加持との再会に、アスカは顔を輝かせる。
だが、その表情は、純粋に再会を喜ぶものであり、以前のように加持の気を惹くための、演技じみた、媚びるような雰囲気は、微塵もない。
それは、彼女の裡で、加持の存在についての『結論』がでたから。
そしてそれは、彼女のこころが成長したからであり、シンジと想いを通じたからだろう。
「今朝、戻ってきたんだ」
加持も、笑みを浮かべて応じる。
「加持さん、お久しぶりでんな」
「ご無沙汰してます」
葛城家で、何度か顔を合わせているトウジとケンスケも、車の傍へやってきて、挨拶する。
「君達も元気そうだな」
加持はそういいながら、集中ドアロックを解除する。
「これから機能研だろう? 実は、君達を迎えに来たんだ。乗ってくれ」
三人の少年少女は、顔を見合わせる。
「乗りましょ」
皆を代表するかのように、アスカが最初に、助手席のドアを開けた。
続いて、トウジとケンスケは後部座席に滑り込む。
同乗者達が、シートベルトを締めたのを確認し、加持は車を発進させた。
必要なら、カースタント並の運転もできる加持だが、今日は殊更丁寧な運転を心がける。
再び、アスカとケンスケは、沈んだ表情になった。
迎えに来たと言うことは、加持は『今後のこと』に関して、知っている可能性が高い。
それを訊くべきか、訊かないべきか、二人は葛藤しているのだった。
「おいおい、皆暗いな。どうしたんだ?」
車内の微妙な雰囲気を変えようと、加持は軽い口調で訊く。
「別にそんなことはないわ・・・・・・加持さんに久しぶりに逢えて、緊張してるのかな?」
青年が心配していることを敏感に察したアスカは、彼に同調し、わざとらしいほど明るく言う。
「そうそう。加持さんは、しばらく日本にいるの?」
「しばらく、というよりは、これからは完全にこっちになるんでね」
「そう・・・・・・ミサトが喜ぶわ。加持さんがいなくて、寂しそうだったもん」
アスカは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
その件に関して、あまり追求されたくない加持は、ごくさりげなく、逆襲に転じる。
「アスカこそ、寂しかったんじゃないのか? シンジ君がいなくて」
「そ、そんなことないわ! バカシンジがいなくて清々してたもの!!」
アスカは思わず、欠片も思っていなかったことを口にする。
他人に弱みを見せまいと、頑張って生きてきた時間が長かったせいか、憎まれ口を叩くのは、殆ど条件反射になっている。
「か~、よう言うわ。センセが帰ってきたときの浮かれようは、ハンパじゃあらへんかったのにな~」
トウジが茶々を入れる。
アスカは、音をたてそうな勢いで振り返り、トウジに罵声を浴びせようとした。
が、それを奪うように、絶妙のタイミングで、加持から爆弾が投げ込まれる。
「そういえば、シンジ君に告白したそうじゃないか」
再び、風を切る早さで、真横の加持の方を向いたアスカの顔は、これ以上ないくらい真っ赤だった。
酸欠の金魚のように、口をぱくぱくさせている。
「「ええええええええええええええ!!!!!!」」
遅れること十数秒後、後部座席の二人が、雄叫びのような声をあげ、変なポーズで固まる。
「そっ、それをどこで聞いたんですかっ?!」
アスカは、噛みつかんばかりの勢いで訊く。
「そりゃー勿論」
「ミサトね!」
その瞬間、アスカは、ミサトへのお仕置きを心に誓った。
「・・・・・・晴れて両想いになったんだってな? よかったな、アスカ」
加持に穏やかに言われ、少女は恥ずかしそうに俯くと、小さく頷く。
先程から、落ち込んだり、怒ったり、恥ずかしがったりと、実にその表情はめまぐるしい。
そんなやりとりの間、ずっとフリーズしっぱなしだった二人の少年が、ようやく復活した。
「ちょっと奥さん、お聞きにならはりましたかぁ?」
「ええ、聞きましたとも~」
ケンスケとトウジは顔を見合わせ、ずい、と身を乗り出す。
「「イヤ~ンな感じ!!」」
アスカとシンジのユニゾンもかくや、というくらい、ぴたりと揃った言動。
「うっさいわね!!」
再び、怒りを露わにして、アスカは後ろを睨んだ。
車に乗っていなかったら、即座に制裁行動に走っていただろう。
「それにしても、いつの間にだ? 惣流」
ケンスケが、野次馬根性丸出しで訊く。
「惣流のことやから、てっきりセンセ脅して言わせるんや思うとったけど、まさかジブンから言うとは驚きや~」
トウジが、大きく頷きながら言う。
「・・・・・・アンタ達、殴られたいらしいわねぇ?」
怒りに引きつる笑顔を浮かべたアスカは、顔の高さまで上げた右掌を、握ったり、開いたりしてみせる。
ところが、普段、アスカに凄まれた瞬間、コメツキバッタのごとく謝り倒す少年達は、今日に限って余裕だった。
「ま、おめでとさん、惣流」
「昔っから、いつくっつくかとは思ってたけどな。収まるところに収まって、よかったよ」
トウジとケンスケは、それぞれに心からの笑みを浮かべ、おめでとう、と言った。
「・・・・・・あ、ありがと」
友人達に祝福され、アスカは急に、しおらしくなってしまう。
お世辞のような賞賛や激励は、幼い頃から溢れるほど浴びてきた。
だが、心から心配されたり、祝福されたりする経験があまりなかったアスカは、そういった類の言葉には、滅法弱かった。
そういった事情をちゃんと知っているわけでもないが、親しい友人として、3年ほど一緒に過ごしてきた少年達は、アスカの機微をなんとなく理解していたため、ここぞとばかり、そこをついた。
そして、車がNervに到着するまで、祝福と揶揄、アメとムチを交互に使われ、アスカはからかわれ続けた。
*
*
*
車が病院に着き、それぞれが降りた途端、アスカは少年二人へ、無言で拳を振り上げた。
少年達は、悲鳴をあげながら逃げ回り、アスカは、彼らを容赦なくドツキ回す。
だが、すぐに止めが入った。
「三人とも、お遊びはそこまでにして」
病院の入口で、彼らを待ちかまえていたミサトは、にこりともせず言う。
「・・・・・・ミサトが『待ってる』なんて、珍しいわね」
僅かな間とはいえ、車中でさんざんからかわれたことに対する鉄拳制裁を加えることができ、多少なりとも気が晴れたらしいアスカが言う。
「私だって、いつも遅刻するワケじゃないわ」
ミサトは肩を竦める。
「まずは、シンジ君の所に行きましょう。話はそれからよ」
彼女の後に続き、少年少女も病院へ足を踏み入れた。
外来診察が終わっているため、人も疎らなエントランスを抜け、入院病棟へのエレベータを目指す。
ミサトは無言のまま。
付き従う少年少女も、自然と口をきかなくなる。
エレベーターを降り、ナースステーションの中からこちらを見ている甲斐に会釈すると、四人はシンジの病室の前へ立った。
「シンジ君、入るわよ?」
ミサトがドアをノックして、声を掛ける。
「どうぞ」
即答にドアを開けると、シンジはノートパソコンにイヤホンマイクを繋ぎ、誰かと話をしている最中だった。
「・・・・・・Sorry, See you later.」
折り目正しいキングスで、会話の終わりを告げると、シンジはイヤホンマイクを耳から抜き、パソコンを閉じた。
「シンジ、傷の具合は?」
「センセ、大丈夫なんか?」
あちらこちらに包帯を巻かれ、点滴を受けている姿に、ケンスケとトウジは驚いたような声をあげる。
「ああ、大丈夫。大袈裟にしてるだけだから」
シンジはにこりと笑う。
「・・・・・・それじゃ、みんな座って。話を始めるわ」
ミサトがシンジのベッドの脇に立つと、それぞれに椅子を勧めた。
少年二人は、壁際に立てかけてあったパイプ椅子を開き、アスカはシンジのベッドに座った。
「相田君、これから話す内容は、機密事項です。口外した場合、対使徒法第五十九条、第三項、『機密の漏洩に関する規定』に則り、厳重に処罰されます。秘密を守ることを誓えますか?」
ミサトは、真剣な表情で訊く。
「誓います」
ケンスケは頷いた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何でケンスケが?」
単に見舞いにきただけのはずなのに、何故、ケンスケに機密事項云々の宣誓を求めるのか、理解できていないトウジが声をあげる。
「順を追って、説明するわ・・・・・・惣流特務准尉、碇特務准尉、鈴原特務准尉」
ミサトは、いきなり三人を、Nervから便宜上与えられた階級で呼ぶ。
「「はい」」
「あ、はい」
シンジとアスカは即座に、トウジは慌て気味に返事をする。
「これから話すことは、特A級機密事項になります。守秘義務違反の場合、Nerv服務規定により処罰されます。宣誓を」
「惣流アスカラングレー特務准尉、守秘義務の遵守を誓います」
「碇シンジ特務准尉、守秘義務の遵守を誓います」
「鈴原トウジ特務准尉、守秘義務の遵守を誓います」
三人は、それぞれ応えた。
「よろしい」
ミサトはそういうと、シンジのベッドの脇にある、ナースコールのボタンを押した。
『・・・・・・はい』
ナースステーションに詰め切りの甲斐が、即座に返事をする。
「お願いします」
『了解』
予め、話が通っているらしく、ミサトが詳細を言わずとも、甲斐は当然のように応える。
それから、30秒と経たずして、病室のドアがノックされた。
「入って」
ミサトが応えた。
「・・・・・失礼します」
躊躇いがちに入ってきたのは、マナだった。
「霧島?! なんでジブンが此処におんねん?! お父の葬式はどないしたんや?!」
唖然としてトウジが、声をあげる。
「トウジ君、今説明するから落ち着いて」
ミサトは冷静な声で言うと、マナへ折りたたみ椅子を渡す。
「霧島さん、適当なところに座って」
「はい」
マナは頷くと、強張った表情のまま、折りたたみ椅子を開き、端の方に腰をかけた。
「さて、始めます」
ミサトは少年少女の顔を見回した。
「まず、トウジ君の質問の答えからね・・・・・・トウジ君、ゼーレのスパイのインタヴュー特番見た?」
「え?・・・・・・あ、はい」
突然の問いに戸惑いながらも、トウジは頷く。
この二年半、彼も伊達にNervに所属しているわけではない。
サードインパクト後、チルドレンとして再登録されてからは、格闘技やエヴァの操縦だけでなく、戦術・戦略論などの教育を受けている。それも、学校の授業のように『判らない』では済まされず、完璧に理解し、徹底的に身に付くまで行われるものだ。おかげで、中学時代は下から数えた方が早かった成績も、今では上位をキープしているほどだ。
その教育のなかで、常に社会情勢、特に国際政治に関心を持ち、TVニュースや新聞は欠かさず見るように、と指導されている。
その流れから、興味はなかったが、件の番組は一応、見た。
「あれはね、霧島さんなの」
「えええええっ?!」
トウジは大声をあげる。
驚愕の表情のまま、マナを見れば、彼女は俯いていた。
「・・・・・・霧島。ジブン、ワイら騙してたんか?」
トウジの低い問いに、マナはただ頷く。
刹那、彼は激発した。
「ジブンらのせいで、一体何人の人が死んだり怪我したりしたと思うとるんや!」
トウジは椅子を蹴倒し、小さくなっている少女に詰め寄る。
「鈴原!」
「「トウジ!」」
「トウジ君!」
咄嗟に、アスカとケンスケがトウジの肩や腕を掴み、ミサトとシンジが制止の声をかけた。
「なんや?! ジブンら何で冷静なんや?! 何で怒らへんのや! 惣流! ケンスケ! ワイらずっと騙されてたんやで?!」
「アンタばかぁ?! アンタもあの番組見たなら判ってるでしょ?! マナは好きでそんなことしたんじゃないわ!」
アスカは、トウジの肩を掴む力を強めた。
「マナはゼーレを裏切って、私達を助けてくれたんだから!」
「惣流の言うとおりだよ。あの時、俺は惣流の誘拐に巻き込まれてさ、一緒に捕まったんだ。でも、霧島は自分の危険を省みず、助けてくれた。それに、罰せられるのを承知の上で、『自分はスパイだ』って、Nervに出頭したんだ」
ケンスケは、言葉に力を籠める。
「それに、霧島さんは、アスカとケンスケが監禁されていることを、俺に知らせてくれた。そして、二人を助けに行った俺を、霧島さんはサポートしてくれたんだ」
シンジが、取りなすように言う。
「センセ! センセは、霧島の所為で怪我したんやろが! 何で庇うんや?!」
トウジはシンジに、苛立たしげな表情を向ける。
「この怪我は、霧島さんの所為じゃないよ。ビルの倒壊に巻き込まれた、ってことになってるけど、実際は違うんだ。仮にそうだったとしても、それは霧島さんに直接の原因があるわけじゃない。それでも、ゼーレの工作員だったんだから、責任の一端はある、って言われれば、そうかもしれない。だけど、それに関しては、十分な謝罪を受けたし、俺はもう赦してる」
「・・・・・・」
きっぱりと言い切るシンジに、トウジは無言で、身体の力を抜いた。
同じクラスで、恋人の親友であるということから、マナとは行動を共にすることも多かった。かなり親しかったといっても過言ではない。
だが、自分の属する組織を裏切って、アスカたちを助けたとはいえ、マナが、シンジに怪我を負わせ、第三新東京市に甚大な被害をもたらした、憎むべきテロリストの一員であったことも事実である。
その相反する二つを、心理的にどう始末していいか判らなくなり、トウジは頭を抱えた。
「・・・・・・なあトウジ。霧島は、友達じゃないのか?」
ケンスケが、徐に口を開いた。
「霧島は、確かに、俺達を騙してたんだろう。でも、過去の自分のすべてと、捕まった俺と惣流を天秤にかけて、俺達を選んでくれたんだ。それにシンジの言うとおり、シンジの怪我だって、霧島の所為じゃない。今回の事件の被害者には悪いけど、俺は変わらずに、友達としていようと思う」
マナは、驚いたようにケンスケを見た。
シンジとアスカには赦された。だが、正直に言って、他の人間からは赦されないだろうと思っていた。
自分が荷担したことは、それだけのものだ。
しかし、ケンスケは、自分の正体を知っても尚、変わらずにいると言ってくれる。
それがとても嬉しかった。
だが。
「霧島」
トウジに名を呼ばれ、マナは再び身を固くする。
だが、今度はトウジの視線を正面から受け止めて、口を開いた。
「・・・・・・ずっと騙していてごめんなさい。罰なら甘んじて受けるわ」
トウジは、改めて冷静にマナを見て、その顔が酷く窶れていることに気付いた。
(・・・・・・コイツも苦しんだんやな)
トウジは、溜息をつくと、普段のような笑みを浮かべた。
「何アホなこと言うとるんや。ダチに罰もなんもあらへんわ」
「鈴原・・・・・・」
マナはトウジの顔を見つめた。
やがて、その目に涙が滲む。
「ありがとう・・・・・・・本当にありがとう。相田、鈴原」
万感の思いを込めた言葉に、少年二人は、それぞれ照れたような表情を浮かべた。
ミサトが、わざとらしく咳払いをする。
「・・・・・・さて、本題に戻るわよ? 皆、もう一度座り直して」
少年少女たちは、慌てて座り直した。
「ちょっち、話が入り組んじゃったけど、先刻、シンジ君が自分で言ったとおり、シンジ君の怪我は、アスカ達を助けに行ったときのものなの。でも、それは公にはできないから、ビルの倒壊に巻き込まれたってことになってるわ。それと、クラスメートがお見舞いに行くって言い出すと困るから、シンジ君が『お見舞いは遠慮してほしい』って言ったってことにしたの。それでも、入院先を知りたがる人がいるかもしれないから、くれぐれも発言には気をつけて。いいわね?」
「「「「はい」」」」
シンジ以外が返事をする。
「霧島さんだけど、今までお父さんって称していた人物は、ゼーレの工作員だったので、拘束したわ。急にいなくなると不自然だから、今回の件で死亡して、第二東京でお葬式ってことにしたの。今後だけど、霧島さん自身の処分は済んでいるから、今まで通りの住居から、普通に学校に通ってもらうことになるわ。違うのは、Nervの保安部に所属となるってことね。まあ、それは形式上のことで、実際の仕事はほとんどないわ。強いて言えば、チルドレンと保安部の連絡係って感じかな」
「って何よ?」
アスカが訊く。
「保安部の連中が、ほいほい入っていけない場所ってあるでしょ? 学校内とか、大人がいるのがどう考えても不釣り合いな場所とか・・・・・・そういうところで、たとえば学校内に不審者がいる、とかそういうのを知らせる役」
ミサトは、エリカから説明されたとおりを告げる。
さすがにエリカも、鳴子とは言わなかったらしい。
「ふーん・・・・・・でも、学校内ならあの女がいるじゃない」
エリカに対する蟠りがあるアスカは、彼女を『あの女』と呼んだ。
「教師が常に、生徒にべったり張り付いてるわけにはいかないでしょ?」
ミサトは肩を竦める。
「まあ、そういわれればそうね」
「・・・・・・なんやそれ?」
ミサトとアスカの会話についていけず、トウジが訊く。
「担任の加賀エリカ。あいつ保安部の人間よ」
「何やて?」
トウジは唖然とする。
そして不意に、自分以外の誰もが驚いていないことに気付いた。
「・・・・・・って、誰も驚かんのか?」
「霧島がNervに出頭するとき、一緒にいたからな。そんときに逢った」
と、ケンスケ。
「エリカさんは、もともと俺の護衛をしてくれてたからね」
と、シンジ。
「何や。何も知らへんのはワイだけなんやな」
「別に、トウジ君を仲間はずれにしてるわけじゃないわよ? 偶然が重なってこうなっただけ。だからちゃんと説明したでしょ?」
顔を顰めたトウジに、ミサトがフォローする。
「・・・・・・そうでんな」
「じゃ、説明は以上です。質問はある?」
ミサトは、一同の顔を見回す。
「シンジの見舞いなんですけど、今後も来て平気ですか?」
ケンスケが訊く。
「いいわよ。専用のパスを用意しておくわ。後でアスカに預けておくから受け取って」
そういうと、不意にミサトは、いやらしい笑いを浮かべた。
「でも、あんまり頻繁に来ると、アスカを怒らせるから気をつけてね~」
「何よそれ」
アスカが、形のよい眉を顰める。
「他の人が頻繁にお見舞いに来ると、シンちゃんとの『らぶらぶぅ』な時間が減っちゃうじゃない。そしたら当然 」
「ミサトっ!!」
途端に、頬を紅潮させたアスカが、勢いよく立ち上がって怒鳴る。
「そーゆーワケだから、来るのはほどほどにしてあげてねん」
「馬に蹴られないように気をつけます」
にやりと笑って、ケンスケは応じる。
「相田っ!!」
「まあ、怒らないで。アスカ」
今にも掴みかからんばかりのアスカを、シンジが宥める。
そして、昔ならば、逆立ちしても言えそうにない台詞を、さらりと口にした。
「確かに、二人きりの時間が減るのは残念だよね」
「なっ・・・・・・!」
「「「おおっ!!」」」
アスカは、恥ずかしさの余り言葉を失い、ミサト、トウジ、ケンスケの声が、きれいにハモった。
「言うようになったわね~」
「ホンマや。そないに恥ずかしい台詞をよく言うわ」
「あの鈍感、朴念仁とまで言われたシンジがねぇ・・・・・・」
各々の感想に、シンジは苦笑した。
「言わないと伝わらないことは多いし、言わない所為で、失くしてしまうものも多いからね・・・・・・だから、気障かもしれないけど、自分の気持ちは、なるべく伝えようと思ってるんだ」
何気ない言葉だが、ミサトとアスカには、その裏に隠された翳りが理解できた。
それは、サードインパクトで得た教訓。
「シンジ・・・・・・」
アスカが、気遣わしげな表情を向ける。
が、それを勘違いしたのは、空気の読めない男、トウジだった。
「お~お~、しおらしくなってもうて。やっぱりミサトさんの言うとおり、『らぶらぶ~』やな~」
ぴくり、とアスカの頬がひきつる。
「・・・・・・こんのバカ鈴原っ!!」
今度は止める間もなく、アスカの平手が、トウジにヒットした。
「「トウジ!!」」
シンジとケンスケが声をあげた。
「痛~~~っ!!!」
派手な音をたてて、トウジは椅子ごと後ろに倒れる。
「うわっ! 大丈夫?!」
目の前に倒れ込まれ、マナが慌てる。
だが、トウジはすぐに立ち上がった。
「なっ、なにすんのやこのアマぁ!!」
「アンタが馬鹿なことばっかり口走るからでしょ!!」
トウジと、仁王立ちしたアスカが睨み合う。
一触即発のところを、ミサトが素早く仲裁に入った。
「はいはいはい! アンタ達、病室で取っ組み合いの喧嘩する気なの?」
ミサトはトウジの方を向く。
「今のはちょっち、トウジ君がからかいすぎ」
「これだから空気の読めないバカは!」
アスカが尻馬に乗る。
「こら」
今度はアスカの方を向き、軽く彼女の肩を叩いた。
「アスカも悪いわよ。いい加減、すぐに手を出すのはやめなさい・・・・・・はい、お互いに謝る」
「そやかてミサトさん」
「なんで私が」
二人は抗議する。
「あ・や・ま・り・な・さ・い」
「・・・・・・スマンかったな」
「わ、悪かったわね」
ミサトの眼光を受けて、お互い、渋々と口にする。
「はい。じゃあ、他に質問がなければ、話はおしまい。シンジ君はまだ安静が必要だから、今日はもう引きあげましょう」
ミサトが締めくくった。
「じゃあ、シンジ。また改めて見舞いに来るよ」
「早う治せや」
「シンジ君、お大事に」
椅子を片づけ、ケンスケとトウジ、マナはそれぞれ声をかけて、病室を出てゆく。
「ありがとう、皆」
「じゃ、シンちゃん。ゆっくり休んでね」
ミサトも笑顔を残し、病室をでた。
「はい。ミサトさん」
「・・・・・・シンジ」
アスカは、シンジの枕元に素早く近寄る。そして、頬を掠めるように、キスをした。
シンジは、驚いたように彼女を見る。
「また明日」
ほんのりと頬を染め、アスカは身を翻す。
「・・・・・・うん。また明日」
シンジは静かな笑みを浮かべ、その姿を見送った。
<続く>
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※この物語はフィクションであり、現存する組織、団体、個人などとは一切関係ありません。
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すみません!
大訂正です。
私の知識のなさで、国際司法裁判所のなんたるかが判っていませんでした。
1999年に「アナタニココニイテホシイ Aパート」を書いた時点で、ゲンドウが出頭する先を、「国際司法裁判所」というふうに表記しました。(実際には明記してないんですが、注釈によりそのように認識される書き方をしました)
しかし! 司法裁判所は、国家対国家の紛争を解決するための場所であり、個人は当事者たりえないんですね。(まあ、Nervは国連機関というなので、無理をおせば、当事者たり得るんですが・・・・・・)
で、今回この話を書くに当たって、つらつらと調べてみたら、近年、最も適当と思われる国連の機構ができたんですよ。
1998年に外交会議で、設置が決定(ローマ規定)された「国際刑事裁判所」です。
更に吟味すると、司法裁判所より刑事裁判所の方が適当であると判断できましたので、設定を変更しました。
アホな私を笑ってください・・・・・・
っていうか、もっと国際情勢に敏感になれよ>自分
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Ver.1.0 2004.3.5
誤字・脱字・用語ミス、その他感想などございましたらこちらまで
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【次回予告?】
・・・・・・何年ぶりでしょうか?
4年半てとこですね。いや、シャレになってないです(T-T)
その間に、転職して、入院して、手術して、退院して、入院して、退院して、無職になりました(笑)
今回もソースにちょこっと書き込みしてます。
一応、まだ続ける気らしいです。
次回は、看病話か、学園ものになると思います。
今回よりは早く仕上げます(マジ)
おあとがよろしいようで?
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感想・ご意見などをおまちしております
ぶらざー玲&しすたー尚韻