二人でいるために 第5話 「結婚しよう」

その日は雨だった。

いや、正確に言えばその日も雨だった。

朝から重たいねずみ色の雲が空の端から端までを覆い、昨日と変わらない程度の雨を降らせる。

一昨日は曇りだったがその前の日もやはり雨だった。

雨続きで外に洗濯物が干せないシンジはかなり雨に嫌気がさしていた。

しかも買い物に出かけるのでさえ、こうして傘を差していかなくてはならない。

そして買い物の帰り道で雨のせいで靴や服がぬれてしまう。

その他もろもろの事情もあるが、シンジはとにかく雨が嫌いだった。

歩くのにも気を使わなくてはならないし、おまけに自分の傍を通る車にまで気を使わなくてはならない。

うっかりしていると、水溜まりを通った車のせいで自分達がびしょぬれになってしまうからだ。

世界的に気候が回復してきたのは非常に喜ばしい事だ。

しかし、何もこんな鬱陶しい季節まで回復することなかったじゃないか、とシンジは思う。

毎日毎日雨ばっかり。

一体どこからこんなに降ってくるんだ?

とシンジは思わず子供じみた文句を言いたくなる。

もっとも、相手は誰もいないのだが。

 

梅雨なんて大嫌いだ。

 

常々シンジはそう思う。

 

 

だが、アスカはそう思ってはいないようだ。

 

 

アスカはシンジとは対照的ににっこりと笑みを浮かべていた。

何しろじめじめしてくるこの季節、腕を組んで歩こうとするとシンジが鬱陶しがって嫌がるのだ。

だから、6月から9月くらいにかけては二人は手繋ぎパターンが多くなる。

 

けれども、こういう雨の日だけは一つの傘に入ることを前提にシンジと腕を組めるのだ。

アスカは腕組みが好きだった。

シンジは自分のものだと主張しているようだし、なによりシンジの温もりが自分の胸いっぱいに味わえるからだ。

夏ではシンジが嫌がるし、冬では堂々と組めるものの、何枚も着た服のおかげで温もりがちっとも感じられない。

 

アスカはこの季節が、雨が好きだった。

自分達が薄着で堂々と腕が組めるのはこの季節以外少ないのだ。

雨が降らなければ腕は組めないが、こうして雨が降っていれば好きなだけ腕が組める。

 

 

 

(毎日雨だったらいいのに)

 

 

シンジの腕を自分の胸に抱えこむように組み、幸せそうな表情をしながらアスカはシンジとは対照的な事を考えていた。

 


 

 

 

二人でいるために

 

第5話 「結婚しよう」


アスカのささやかな幸せの時間も、こうしてマンションの前まで来れば終わりだ。

いつもならこうしてマンションの入り口まできたところで腕を解くのだが、今日アスカは意地でも腕を解く気はなかった。

シンジが不満そうな声を上げても、シンジが傘を畳む時も決して腕を解かない。

こうして二人で買い物に行くのは久しぶりだったので、今日は絶対腕を解いてやらないと決めたのだ。

アスカにしてみれば、最近腕を組ませてくれないシンジに対するささやかな復讐のつもりなのだ。

 

無理やり腕を組む事がアスカにとっての復讐。

 

それは平和である証拠。

そして、二人が幸せである証拠。

 

 

 

 

 

ポストから手紙を受け取り、誰からかを確認せずシンジ達はそのままエレベーターに乗る。

腕を組まれ、暑苦しそうなシンジとは対象的にアスカは本当に幸せそうだ。

本当なら、どいてと言いたいシンジだが、しばらくアスカに腕を組ませてやれなかったという気持ちと、何より幸せそうに自分の腕にしがみつくアスカの顔を見ると何も言えなくなってしまうのだ。

まあ、しかたないか。

とシンジは思う。

 

そして二人の家に入るとアスカは腕を解き、そのまま背中からシンジの首に抱きつく。

家の中はエアコンが効いているので、蒸し暑いという事はない。

だからシンジにしがみついてもシンジは鬱陶しがらないのだ。

最もこうするためだけにエアコンをつけているというのがアスカの目的であるのだが・・・・・・

シンジはアスカよりも頭一つ分ほど背が高いので、アスカは文字通り首にぶら下がるような格好になる。

シンジはアスカを引きずるように歩き、アスカはえへへ、と顔をにやつかせながらシンジにしがみつく。

 

「アスカ、重いよ」

 

「えへへ・・・・シンジィ」

 

シンジのささやかな抗議にもアスカは全く耳を貸さない。

 

「ねえ、離してよ」

 

「シンジィ・・・・・あったかい」

 

「僕は暑苦しいよ」

 

どうやらシンジの声はアスカには聞こえていないらしい。

今アスカはシンジの背中に頬ずりをするのに夢中なようだ。

アスカを離すことを諦めてそのままリビングのソファーに座りこむと、アスカは首から腕を解き、再びシンジと腕を組む。

そしてシンジの肩に自分の頭を載せ、目を閉じ、幸せそうな表情をしながら腕の力を強める。

片手をふさがれているのでシンジはさっき受け取った手紙を片手で一通一通見る。

どれもロクな手紙ではなかったのでそのまま手紙はゴミ箱へと直行した。

ふう、と小さくため息をつき、シンジはそのままソファーに身を預ける。

ぎしっとスプリングがきしむ音が僅かに聞こえ、ソファーがシンジを柔らかく包みこむ。

エアコンで丁度いい温度の室内とあいまってそれらがシンジにゆっくりと眠気を促す。

そしてそのままゆっくり目を閉じて一眠りしようかと思うと

 

「膝枕ぁ~」

 

嬉しそうな声を出しながらアスカがごろんとシンジの膝に自分の頭を載せてきた。

 

(全く、人が眠ろうとしていたのに)

 

シンジはアスカの頭を両手で掴み自分の膝からアスカの頭を引き離す・・・・・・・・

ようなことはせず、しかたないなぁ、といったような表情をしながら優しくアスカの頭をゆっくり撫でる。

 

「う・・・・・ううん」

 

アスカは甘ったるい声を出しながらシンジの膝に擦りつけるように頭を少しばかり動かすとそのまま目を閉じ、すうすうと規則正しい吐息を形のよい唇から漏らす。

 

「まったく、わがままなんだから」

 

そう言うシンジは決して嫌そうな顔ではなく、むしろ嬉しそうな表情でアスカの寝顔を見つめる。

なんだかんだ言いながらもアスカのわがままに従ってしまう自分を時々甘いかな?とも思う。

しかし、こうしてアスカが甘い声を出しながら甘えてくると、どんなわがままでも聞いてやりたくなってしまうのだ。

何よりもこうして甘い声でわがままを言われるのは、自分一人を置いて他にいないのだ。

 

アスカが自分一人だけに甘えてくるならば、自分は出来るだけアスカのわがままを聞いてあげよう。

アスカの甘えてくる時の表情を見ることが出来るのだから、むしろそれくらい当たり前かもしれない。

 

 

・・・・・・やっぱり甘いな。

 

 

アスカの寝顔を見て安らぐ自分にシンジは改めてそう感じた。

 

 

 

 

 

 

アスカが寝ている間は膝を貸している自分は動くことができないので出来る事といえば端末でのメールチェックくらいのものだった。

ネルフに所属しているという関係上、シンジの所にはいつも数十通ものメールが届く。

いつもなら重要そうなものにだけ目を通すのだが、今は何せヒマなので久しぶりにゆっくりと一通一通目を通す。

そして最後のほうでシンジは見なれた名前を発見し、それを開く。

一通り読み終えると今度はそれアスカにも読ませるために自分の膝ですやすやと眠るアスカを揺り動かす。

 

「アスカ、アスカ」

 

しばらく呼びかけながら揺り動かしていると、ううん、という眠そうな声とともにアスカがゆっくりとまぶたを開き始めた。

どうやら完全に熟睡していたらしい、アスカは大きなあくびをして目を腕でこすり、むくりと起き上がる。

 

「ごはん・・・・・・?」

 

おまけに寝惚けてまでいるらしい。

よく考えてみれば、今まで自分は膝枕で寝ていたのだからシンジが食事を作れるはずはないのだが、寝起きのアスカの頭の働きはかなり鈍いようでそうとは考えつかなかったようだ。

 

「ごはん・・・・・どこ?」

 

まだアスカは完全に目覚めていない様子で眠そうな目であたりをきょろきょろと見渡す。

そんなアスカが可笑しくてシンジはくすりと笑う。

 

「ご飯はまだだよ」

 

「まだ・・・・なの?」

 

アスカは眠い顔をしながらも口を尖らせて少し不満そうな感じだ。

 

「お腹すいた?」

 

「ううん」

 

「なら、このメール見てご覧よ。

洞木さんからだよ」

 

「ヒカリから?」

 

どうやらヒカリの名前でアスカは完全に目を覚ましたようだ。

アスカは驚いたような声を上げると体を起こし、端末を覗きこむ。

 

 

アスカ元気?

ヒカリです。

今度相田くんと鈴原の二人が第三新東京の近くに来るんだって。

せっかくだから来月の20日頃に久しぶりにみんなで集まろうと思うんだけどどうかな?

私もみんなといろいろ話したいし。

もし、日にちがダメなようだったら早めに返信ください。

多少なら調整できるから。

じゃあね。

 

 

 

 

「20日確か大丈夫だったよね?」

 

端末を覗きこむアスカにシンジがそう言うとアスカはゆっくりと振り向き

「うん、一緒に行こうね!」

と嬉しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして当日―

 

 

 

「ここね」

 

シンジと腕組をしているアスカは店の名前を確認すると重い木製のドアをゆっくり開ける。

するとすぐに黒いタキシードに身を包んだ店員がゆっくり頭を下げながらやってきた。

 

「いらっしゃいませ、碇様でいらっしゃいますね」

 

「はい、そうです」

 

「こちらになります」

 

案内されたテーブルには既に3人が座りこんでいた。

 

「久しぶりやな、お二人さん」

「よっ、二人とも」

「久しぶりね」

 

三人がそれぞれ二人を出迎える。

ヒカリとは何回かメールや電話でやり取りしているが、こうして会うのは初めてなので、アスカは真っ先にヒカリの元へと走っていき二人は手を取り合ってきゃあきゃあと騒いでいる。

騒ぐ二人を尻目に旧三バカトリオの三人も久しぶりに出会う友との再会に心から喜びあった。

 

再会の喜びも落ち着いてきた頃、五人の前に料理が並べられ始めてきた。

五人はそれを堪能しながら―アスカはシンジの料理のほうがおいしいと言ってばかりだったが―昔話に花を咲かせる。

 

「そうそう、そうだったわよね・・・・・・・・そう言えば相田くんその指輪って」

 

ヒカリが見つけた物、それはケンスケの薬指にきらりと光る銀色の飾り気の無い指輪だった。

ケンスケはちらりと自分の薬指を見ると顔をほころばせる。

 

「ああ、俺結婚したんだ」

 

「「「「嘘っ!!」」」」

 

ケンスケの思ってもいない言葉に四人は思わず声を重ねる。

そのあとも四人はぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。

曰く、まさかケンスケが結婚するとは!とか

曰く、先を越された、とか

曰く、それは人間の女なのか?とか

 

まあ、みんな好き勝手に騒ぎ立てている訳なのだ。

そんな光景もなんとなく予想ついていたのか当の本人のケンスケは一人まるで他人のようにその光景を見ていた。

 

「ねえねえ、どこで知り合ったの?」

 

まさに興味津々といった顔でヒカリが尋ねてきた。

 

「知り合ったのは結構前だよ。

確か、大学に入って二ヶ月位した頃から付き合い始めたんだ」

 

「へえー。

付き合って結構長かったんだね」

 

「そう、大学の頃から一緒に住んでいたりしたから、今更結婚したって何も変わってないんだよな。

まあ、しいて言えばお互いが忙しくなって遊びに行けないくらいかな」

 

「ふーん、気分的な問題なのかな?」

 

「まあ、そんなもんかもな」

 

 

冷めた口調でそう言うケンスケの顔には幸せそうな笑顔があった。

口ではそういっても実際はそれなりに幸せなようだ。

そして笑顔はケンスケだけではなかった。

この場にいる全員がそれぞれ幸せそうな表情をしていた。

そして時が経つにつれて全員の表情がすこしづつ変化して行く。

幸せの表情から楽しみの表情へと。

今この場にいる全員が、この小さな楽しみを一欠けらも残さずに掴み取ろうとしているような、そんな表情だ。

もう、全員学生では無く、それぞれ職を持ち、家庭を持っている。

こうして皆が集まってバカ騒ぎする事など数えるくらいしかないかもしれない。

だから皆必死なのだ。

この場の楽しみを、友に出会えた喜びを一欠けらも残さないように。

皆に会えない間の寂しさをその思い出だけで紛らわせるように。

そして皆はその思い出を胸にまた生きて行く。

 

 

 

(みんなに会えてよかった)

 

 

 

それはこの場にいる全員の共有している思いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、無常にも時が過ぎ

 

その宴にも終わりのときがやってくる。

 

 

 

 

「またな二人とも」

「また会おうね」

「また今度なー」

 

 

 

駅に行く3人と店先で別れ、シンジとアスカは暗い夜道をてくてくと歩いていた。

タクシーでなら10分で行けるが、こうして歩くと自宅まではかなりの距離がある。

疲れた様子のシンジを尻目に、まだ酔いが冷めていないアスカは鼻歌を歌い、跳ねるようにシンジの前を歩く。

アスカはご機嫌らしくさっきから鼻歌が止まらない。

アスカが歌っている鼻歌はなんだろうと、シンジがつまらない事を考えているとアスカがシンジの前を歩きながら少し酔いがまわっているような口調で話しかけてきた。

 

「ねえ、シンジ~」

 

「何?」

 

「今日は楽しかったねぇ~」

 

「そうだね、久しぶりに皆に会えてよかったよ」

 

「そうね、アタシも久しぶりにヒカリに会えて嬉しかった。

そういえばさ、シンジは知らないと思うけどヒカリって中学の頃、鈴原の事好きだったのよ」

 

「えっ!そうなの?」

 

そんなの初めて聞くというような顔でシンジが驚きの声を上げる。

アスカはそんな表情のシンジを見て一つ小さなため息をつき、シンジの目の前まで歩いてくるとシンジの鼻面をぴしっと人差し指ではじく。

 

「痛っ」

 

「だからアンタは鈍いって言われるのよ」

 

どことなく少し嬉しそうな表情でそういうと再びアスカはシンジに背を向けてシンジの五メートルくらい前を軽い足取りで歩き始める。

 

「ほら、中学はもう途中で大変な事になって学校どころじゃなくなったでしょう。

だからヒカリ告白も出来なかったのよ。

だから、この間ヒカリから電話があった時、ヒカリ鈴原に会えるの楽しみにしてたわよ。

なんかあの二人これからどこかに行くみたいだから案外うまく行くかもね」

 

「そうだね、あの二人ならお似合いだしうまく行くといいね」

 

「でしょ?」

 

アスカはくるっと顔だけ振りかえってシンジににっこりと微笑みを向けると再び歩き始める。

どうやらアスカは今、白線の上をはみ出さないように歩くのに夢中らしい。

酔っているせいで足元が微妙にふらつくので上手く歩けないのが妙にもどかしいらしい。

シンジはただそんなアスカをぼおっと見ていた。

 

「それにしてもさ」

 

どうやら白線の上を歩くのを止めたらしいアスカがシンジの前を歩きながら再び話しかけてきた。

 

「みんな変わったよね。

ヒカリはすごく可愛くなっちゃったし。

鈴原は今学校の先生だって言うし。

おまけに相田は結婚よ?

一番しそうになかったやつが結婚するとはさすがに驚いたわ。

皆あの頃の面影が無くなるくらいに変わっちゃって。

ま、アレから十年近くたっているんだから変わって当たり前なのかもしれないわね」

 

アスカは一旦喋るのを止め、夜空を見上げながら歩く。

そしてシンジはアスカに答えることなく黙ってアスカのその姿を見つめていた。

 

「皆大人になったって事なのよね。

あの頃みたいな子供とは違って、自分で判断して自分の力で生きて行ける人間になれたって事なのよね。

今度、皆といつ会えるかわからないけど、そのたびにみんな変わっていくのかな?

少しずつ変わっていってさ、そのたびに皆驚いて。

そんな感じなのかな?

なんか寂しい気もするけどずっと変わらないままの人間なんていないものね。

アタシとシンジもさ

こうして少しずつ変わっていくのかな?

 

少しずつさ・・・・・」

 

 

どこか寂しそうな口調でそう言い終えるとアスカは足もとの石をこつんと蹴りつけた。

石はアスファルトとすれる音を立てながらころころとアスカの正面を転がる。

やがて石は道端に転がるほかの石の中にまぎれ、わからなくなってしまった。

 

 

「変わらないよ」

 

そう、シンジがポツリと呟くようにそういうとアスカは驚いたようにその場に立ち止まり、視線をアスファルトに移す。

シンジは俯いたままのアスカの背中をただ、真っ直ぐ見つめていた。

 

「変わらないよ。

僕のアスカに対する思いだけは変わらない。

昔も、

今も、

そしてこれからもずっと・・・・・

 

 

アスカ、

結婚しよう。

 

 

僕はアスカのことが好きだ。

昔のアスカも、今のアスカも好きだ。

だから、

だから、これからもアスカ一人だけを好きでいたい。

アスカの傍で、これからずっと・・・・・

 

だから・・・・・」

 

 

「一つだけ・・・・約束」

 

アスカはアスファルトを見詰めたまま小さな声で、そして心の底から願うような口調でそういう。

 

「何?」

 

シンジが短くそういうとアスカはくるりとシンジのほうに振り向く。

振りかえり、シンジを見つめるその蒼い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

 

 

「お願い、絶対一人にしないで。

 

もう、シンジ無しじゃ生きていけそうにないから・・・・・・」

 

今まで涌き出るように溜まっていた涙が蒼い瞳から一筋、すうっと流れ出す。

アスカは涙を流しながらもシンジに微笑みかけていた。

 

「約束するよ、絶対一人にはさせない。

ずっと一緒だ」

 

 

「シンジ・・・・・・」

 

涙を流しながら、ふらふらと自分の胸に飛びこむアスカをシンジは両手で優しく、そして強く抱きしめる。

そして、自分の胸の中ですすり泣くアスカの頭を優しく撫でる。

壊れやすいガラス細工を触るようにそっと、そしてぬいぐるみを撫でるように優しく。

アスカはまるでうわごとのようにシンジの名前を呼びつづけ、そのたびにシンジの背中に回した自分の腕に力をこめる。

徐々に力が強くなってくるのでシンジは正直苦しかった。

でも嫌ではなかった。

むしろ力が込められるにつれて自分の中でのアスカへの思いがどんどん膨らんでいくような感じがしていた。

 

 

しばらくしてアスカが泣き止むとシンジはアスカの両肩に手を置いてアスカを自分から少し引き離す。

引き離されてもアスカは不満そうな顔をせず、鼻をすすりながら頬を濡らしている涙を両手で拭く。

そのしぐさがシンジには妙に幼く捉えられた。

 

「ほら、可愛い顔が台無しだよ」

 

シンジはまるで子供に言うような口調でそういうと右手の親指で涙の跡をゆっくりと拭いてやる。

それが気持ちいいのかアスカは抵抗一つせずに目を閉じ、シンジにされるがままにしている。

しばらく気持ちよさそうな顔のままシンジの指に自分の顔を任せていると唇に柔らかい感触が触れた。

それがシンジの唇だとわかるとやがてアスカはシンジの首に手を回し自分からシンジに抱きついた。

 

 

 

アスカは幸せだった。

今、この瞬間が今まで生きてきて一番幸せな瞬間だと確信していた。

でも、今が人生で一番幸せでないことをアスカはまた、確信していた。

これから自分はシンジと二人で生きていく。

二人で小さな家庭を作って、そこには自分たちの子供や家族、そして友人がいる。

そして皆で毎日毎日幸せを作っていく。

毎日が平和で常に幸せが溢れているような、そんな光景がアスカの頭の中に浮かんでいた。

そこには常に幸せがある。

幸せはすこしづつ蓄積される。

それは溢れることなく蓄積されつづけるのだ。

毎日が一番幸せな瞬間を更新しているようなものだから、今が一番幸せな瞬間ではないのだ。

 

そしてその傍には必ずシンジがいる。

自分が苦しい時も、悲しい時も、そしてうれしい時も必ずシンジが傍にいて気持ちを常に共有してくれるのだ。

自分はなんて幸せ者なんだろう。

愛する人が常に傍にいて私に幸せを与えてくれる。

これ以上幸せなことがあるだろうか?

 

 

 

 

 

(シンジ、愛してる)

 

 

 

 

その言葉はいつまでもアスカの頭の中に反響していた。

いつまでも

いつまでも